プライベートな話

2018年01月06日

ちょっと遅めの年末年始のお休みを頂きました。

混雑を避け、1月4日〜5日の那須旅行。3日は診療し、代わりに5日の金曜日は診療をお休みしました。


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よい仕事をするには、よい休息が大事です。体力的にも精神的にもエネルギーを回復させるよい機会となりました。今年は、仕事をどんどん任せて楽をしようと思います(毎年言っている気がしますが...)。

群馬にも良いところはあるのですが、昨年、那須に行ってからお気に入りの場所になりました。同じくらいの距離に軽井沢というビッグネームもありますが、子供たちを遊ばせやすいのは那須です。

大人だけなら軽井沢は最高だと思います。今年の秋、整動協会のみんなで軽井沢に行く予定があるので、その時までお預けです。

那須までクルマで2時間くらいです。日常を離れることができて疲れないちょうどいい距離です。

ホテルからの景色が最高で、創作意欲がかき立てられます。1ヶ月くらいこもって執筆活動できたらいいなと憧れてみました。暖かいストーブのある部屋。窓から見える真っ白な雪景色。あったかいコーヒーが机に置いてあれば完璧です。

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美味しいものを食べ、温泉につかり、子供たちと触れ合いました。今回は、妹と甥っ子、そして母も一緒でした。別の家で暮らしているので、あえて時間をつくらないと一緒に居られません。

父はもういませんから、旅行に連れて行くことはできません。生きている頃は、経済力に余裕もなく、父の子の関係にも余裕がなかったので、旅行に誘うことはできませんでした。


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2日目の昨日は、藤城清治美術館に行きました。

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雪の中に佇む教会。こういう感じ、好きです。

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那須には、美術館がたくさんあります。アートに親しむには最適なところです。


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お休みありがとうございました!


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2015年08月17日

■祖父のこと

送り盆の昨日、先祖が眠る墓地で母に祖父のことを尋ねてみました。


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実家に行くと本格的なかき氷マシンがありました(借り物)。


祖母(父方)と父が逝ってしまった今では、周りで祖父(父方)のことを知っているのは母くらいなのです。その母からしたら、義父ですから、当然の事ながら詳しく知っているわけではありません。

最初の質問は、祖父が戦地に行ったのかどうか。こんな基本的なことを私は知りませんでした。行っていない気がする程度の認識で、なぜ行かなかったのか理由を知らなかったのです。終戦の時、ちょうど私と同じくらいの年齢だったので、戦地で戦っていてもおかしくない世代です。

どういうことだったのか…。

私が祖父のことを知らないのは、私が小学校4年生の時に亡くなったからです。生きていた頃も、戦時中の話をすることはありませんでした。むしろ「戦争」という言葉を頻繁に口にしていたのは父でした。言うことを聞かない私に「戦争中は・・・」と叱っていた印象が強いです(父は大東亜戦争の開戦と同じ年に生まれているので、父が知っているのは戦後の話)。

戦争を、想像することも考えることもできなかった頃の私にとって、「戦争」という言葉は、我慢をさせられる時に聞く用語でした。そういう意味で「戦争」が嫌いでした。戦争の話に理解を示すほど、自由を奪われることになると恐れていたのです。今、親になっている私。子供を叱る時、良くも悪くも戦争を持ち出すことができません。


■墓地にて

この年になって、ようやく祖父のことが気になり出しました。しかし、祖父のことを詳しく知る者はもういません。仕方なく、目の前の母に墓地で母にう尋ねたのです。そうしたら話が急展開し始めたのです。

「おじいさんは、戦地には行かなかったよね?」

「中島飛行機で働いて行ってたね〜。その時のガラスが家(うち)にあるよ。」

「え、ガラス? なんの?」

「さぁねぇ…」

母は全く興味ないようでした。

中島飛行機とは、群馬県太田市にある、戦時中に戦闘機を製造していた会社です。ここから自転車で行けるような距離にあります。「スバル(富士重工業)」の前身です。つまり、そのガラスとは70年前のガラスであり、戦闘機を造っていた会社から持ち帰ってきたガラスです。


■当時の戦闘機

実家に戻り、ガラスの在りかを尋ねると、そのガラスは無造作に車庫の傍らに立てかけてあったのです。大事に保管してあるのかと思ったら、まさかの展開です。


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写真の中央やや下にある、角が丸くなった四方型のものです。手に取ってみると70年以上前のものとは思えないほど透明感のあるガラスでした。

なぜ、ここに???

古い記憶を探ってみると、確かにこのガラスを見たことがありました。それが何のガラスであるかなんて考えもしませんでした。野ざらしにしてあるこのガラスは、ただのガラス版でした。

5枚のガラス、よくよく見れば、戦闘機のキャノピー(天蓋)です。要するに、コックピット周りのガラス窓です。ここで二つの疑問が私の頭の中に浮かびました。

 1.なぜ戦闘機の部品を祖父は家に持ち帰ることができたのか?
 2.どの型式の戦闘機の部品なんだろう?

1については、誰も真実を知ることはできません。
2は、調べれば何とかなるかもしれません。そこで、中島飛行機で製造していた飛行機をネット上で徹底的に調べました。

もっとも有名なのは、零式艦上戦闘機、あの「ゼロ戦」です。ゼロ戦は、三菱重工業と中島飛行機が製造し、半数以上は中島飛行機製だったと記録されています。ゼロ戦のキャノピーをじっくり観察してみても、5枚のガラスと同じ形のものはありません。ゼロ戦の部品である可能性は低いと思います。

当時の戦闘機の機種を調べてみると、「こんなにあるのか?」と思えるほど出てきました。その中で中島飛行機が製造に携わっていたものから、可能性のある機種をピックアップしました。ガラスの形と実物やプラモデルの写真を見比べて可能性が高いと思うのはこの4機種です。

 ・天山(てんざん) 1,266機
 ・彩雲(さいうん) 398機
 ・銀河(ぎんが) 1,102機
 ・天雷(てんらい) 試作機6機のみ

引き続き調査する予定です。


■ミステリー

ガラスを一部が土に埋まっていたため、汚れが完全に取れませんでした。専門家に依頼し、キレイにしてから改めて、このブログでもう一度公開します(情報収集のために)。

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ブログの趣旨から外れますが、個人的に重要なことなので、この場を使おうと思っています。このガラスの意味を知りたいからです。戦闘機の部品を祖父が持ち帰ってきた理由については、答えを見つけられそうにありません。資材の少なかった当時、このガラスが貴重でなかったはずがないのですが…。

工場で祖父がどのような立場にあったかわかりませんが、どんな立場にあっても簡単に持ち出せるものではなかったはずです。試作機で使うはずのものが、余ったとしても。

全ての可能性を考えると、盗品の可能性もあるわけです。そもそも、本当に中島飛行機から持ってきたものなのか…母の聞き間違えの可能性もあります。この出来事で改めて思ったのは、もう戦争の話を聞ける人が周りにはいないことでした。私がそうなのですから、息子や娘はなおさらです。

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2014年12月25日

突然、妻(クリ子)からクリスマスプレゼントが届きました。
本当にビックリしました! いつの間に書いたのだろう・・・。

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メリークリスマス、クリ助の妻のクリ子です。

クリ助のブログをお読み頂きありがとうございます。

今日は、クリスマスということで、ツボ日記を読んでくださっているみなさまに感謝の気持ちを込めまして、クリ助に何の相談もなく勝手に私も書いてみようと思い立ちました。初です。

それと、決してクリスマスとクリ助を掛けているわけではございませんので、どうかあしからず。この記事がみなさまの目に触れているということは、クリ助検閲を無事にくぐり抜けたということです。

よっしゃ!やってみるもんですね。

最近のクリ助の記事はどうも気合いが入りすぎでお堅い内容が多いので、少し息抜きでもしましょう。唐突ですが、クリ助という人間について掘り下げて考えてみようと思います。大げさな言い回しですが、クリ子なりのクリ助紹介文みたいなものですね。それでは、よろしくお願いします。

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私の夫クリ助は鍼灸師を生業としている。
私はその鍼灸院の受付で患者さんの応対をさせて頂いている。

ここには、さまざまな年齢、性別、出身地の方々が実にさまざまな事情を抱えていらっしゃる。10年ほどここに立たせてもらっていながら、最近知ったことだが、高い割合で治療中に涙を流す方がいるという。病のつらさの涙、希望にすがる涙、ホッとした涙どんな涙かはそれぞれかと察する。

具体的なことは全く聞かないのでどなたがどのように涙されたのか知りようもないが、もしかしたら、さっきまで私と朗らかに挨拶を交わしたあの人も、楽しそうに雑談をしていたあの人も、施術室では涙を流したのかもしれない、とハッとした。他人に泣く姿を見られるということは、とても尋常な状況とはいえない。

そうか、夫の仕事は、その人の「人生」そのものでもある、その人の体に耳を傾ける仕事なのだな、と改めて気付かされた。

話は、ここからである。

クリ助は泣くことはあるのだろうか、とハタと疑問が生まれた。自慢にもならないが、夫がしっかり涙を流して泣くところを私はいまだに見たことがない。泣き顔を知らない。夫も一応泣く生き物に属することすら忘れかけていた。

泣かないなどと言うと、クリ助ってどんだけ冷徹人間だ、と思われるかもしれないが、夫の名誉にかけて言わせてもらうと、夫はそれほど冷徹人間ではない。それほど、というと怒られそうだ。いや、むしろ熱い人間だと思う。冷静そうな見た目というオブラートに包まれた煮えたぎったマグマを持っている。たとえが下手すぎで、また怒られそうだ。

以前、映画オペラ座の怪人をみたときは、泣きそうなほど感動していた。最愛の父の死に直面したときも、病院のベッドの枕元に座って顔を埋めて静止していた。

だけど、涙の顔は見たことがない。涙は出ていたこともあったのかもしれないが、泣き顔は見せたことはない。

テレビを見ながら鼻水を垂らして泣いている私の横にいても、普通にしている。たまに、そういうタイミングで夫がティッシュを取りに行こうものなら「お、もしや夫も泣いているのか」とニヤニヤして見ていても、私の期待に反して夫は鼻をかむだけである。紛らわしいことこの上ない。

そういえば、もう一つ言えるのは、夫は周りに泣いている人がいても、特にアクションは起こさない。たとえば、私が泣いていても気付かないテイで空気のようになる。慰めのことばをかけることもなければ、茶化したりもしない。泣いている人の気持ちを理解していないわけではなさそうだ。

なぜなら、夫自身も泣くような状況になれば、心では泣いているのでは、と思うからだ。見た目には、涙は見えていなくても、大号泣している。そう、結論づけることにした。少なくとも、泣いている人を理解しようとはしている。

とりとめもない話になってしまったが、私がもっとも言いたいことは、クリ助はどんな人間にもニュートラルに接しますよ、ということだ。これからも、泣いている人、泣いていない人、涙は流さないが心で泣いている人、どんな人にも、冷静でかつ熱い心で接するだろう。

今後とも、そんなクリ助を冷徹人間だなんて思わず(冗談です、はい)温かい目でみていただきたいと思う。

ついでだが、私どもの子供たちはよく泣く。特に長男のクリ太だが、小学2年生男子、恥ずかしさも出てくるお年頃だから、あまり大きな声では言えないのだが、泣き虫にもほどがあるほど泣く。(息子よ、すまぬ)

クリ助が「泣くな!」と言うと、クリ太は必死で泣くのを止めようとして余計に泣くのがお決まりのパターンだ。きっと、クリ助も子供の頃、クリ助の父(クリ太のじーちゃん)から同じようなことを言われて育ったのだろう。厳しい父だったようであるから、(私にとってはとても優しい義理のお父さんでした)もっときつーく叱りとばされていたかもしれない。だから、息子もそのうち泣き虫キャラでは無くなるだろうと、今のところ楽観的に見ている。

子供の頃に泣き虫だったかについては、未確認である。今度、機会があればクリ助母に聞いてみることにしよう。

それでは、お邪魔しました。

クリ子


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yoki at 00:51│Comments(9)このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年06月27日

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Kプロジェクトの途中ですが、、、このブログについて思うことがありますので。

■仕事の話ばかりで…

この1年くらいは、ブログとフェイブックを律儀に使い分けています。かつてはプライベートなこともこのブログに織り交ぜていたので、子供たちの成長も伝えることができました。

ブログからプライベートを排除してからは、フェイスブックのアカウントを持っていない友人や知人に対しては、仕事の話ばかりを発信している状況になっています。

このブログの目的の一つは、私の方から自己開示して、出会いのきっかけを作ることです。自己開示のほとんどをフェイスブックで行っている近頃、このブログが目的から外れそうです。

というわけで、今日は1枚の写真をアップしてみました。

息子の体を整えようとチェックしている最中、娘が邪魔に入ろうとしています。すべての患者さんが帰られた後の施術室の光景です。

おかげさまで、息子のクリ太(息子のブログネーム)は7歳。今年の4月に小学生になりました。娘のクリ菜(娘のブログネーム)は2歳です。

仕事、仕事、で子供たちと十分な時間が取れていないと思います。できることをやって許してもらおうと思っています。昨日の晩は、体が緊張しやすい息子のために緊張がほぐれるようにアレコレやってみました。ちなみに、昼休みはクリ子(妻のブログネーム)の生理痛の治療でした。

過緊張な体では運動能力も集中力も下がってしまいます。息子はだいぶ損をしているように思います。上手な子育てはできませんが、身体調整に限っては、どこの親御さんにも負けないつもりです。

大口を叩きながら、悪い癖で、家族は後回しになりがちです。
時間ができた時には、家族に鍼灸と整体です。


■フェイスブックの友達申請について

たくさんの方から友達申請を頂いております。お会いしたことがなかったり、接点に心当たりがない方からの申請は承認しておりません。本当は承認したいのですが、フェイスブックではプライベートな内容を中心に投稿しているため、無条件に承認できない事情があります。

私の脳は、忘れるのが得意なので、お会いしているのに「だれ?」となっている場合もあるかと思います。無視して「失礼なヤツ」だと思われたくありません。友達申請の際にはメッセージを添えてお願いします。そうすれば思い出せると思います。

フォローしても友達でなければ情報が見えないのですが…一応。



次回は「Kプロジェクト」に戻ります。

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