仕事日記

2022年04月29日

整動鍼がオンラインセミナーをやらない理由


コロナ禍で失ったもの


試練は2020年の春から始まりました。鍼と整体のセミナーはコロナ禍に飲み込まれてしまったのです。

一時はセミナーは休止せざるを得なくなり、再開できた後も東京は避けられて参加者は激減しました。追い打ちをかけるように、初期の頃からずっとお世話になっていた貸し会議室も閉鎖してしまいました。

先が見えない中、セミナー事業を閉じるという選択肢も頭の片隅にありました。鍼灸関係のセミナーもどんどんオンライン化し、SNSでは「オンラインで十分だよね」という声が大きくなっていました。zoomの株価が最高値を更新している頃、いろんなところで「○○zoom」が流行っていました。

決断に必要なのは勇気だけだった


整体セミナーである活法は実技なしにはどうしても成り立ちません。いっぽう、鍼セミナーの整動鍼はオンライン化するという選択をもあったわけですが、あえてシフトしませんでした。

それどころか、常設のセミナー会場を用意する方向に舵を切りました。説明するまでもなく、会場はセミナーの都度借りる方がリスクが低いです。人の足がいつ戻るかわからない状況の中で決断するのは勇気がいりました。

未来が見えていたわけではありません。私の中にある感情と計算に従っただけです。


オンライン化を拒んだ感情


コロナで気づいた本当の気持ち


感情の方から説明します。オンライン化したセミナーを想像すると、モチベーションが下がってしまうのです。誰かは思うかもしれません。「リアルでもオンラインでも、技術を普及させたいと思う気持ちがあればこだわる必要なんてないでしょ?」と。

おっしゃる通り「技術を普及させたい」という気持ちがベースにあるなら、そうだと思います。ただ、ちょっと違うのです。

最初はこの違和感を説明できませんでした。だんだん、わかってきたのです。私は数の勝負をしたいのではなかったのです。シェアを拡大するといった、そういう野望がないのです。

とはいえ、欲がないわけではありません。「セミナーを続けたい」というはっきりした欲があります。その欲の正体に気がつくまで時間がかかってしまいました。新型コロナがなかったら、気がつかないまま走っていたかもしれません。

大切に使ってくれる人を大切にしたい


私の中にあったのは「大切に使ってくれる人」を増やしたいという欲と、そういう人と丁寧に付き合っていきたいという願望です。振り返れば、少人数制で実技中心のセミナーを選択してきたのは、そういう欲と願望があったからだと説明できます。

普及だけ考えるなら、YouTubeで技術を公開し、直接指導したい人だけをセミナーに集める、というやり方もあります。実際に、このビジネスモデルは主流です。こうしたやり方は、私には合いません。というより、やろうとする気持ちが生じないのです。理由はすでに書いた通りです。手から手へと丁寧に技術を伝えたいのです。

経営者としての責任


こうした気持ちは売上を伸ばすにはNGなのかもしれません。定員が20名くらいのセミナーを繰り返し続けても限界は決まっていて成長の余地はありません。

とはいえ、経営を破綻させて社員を困らせるわけにもいきません。売上が伸び悩んでも問題が生じない経営をする責任があります。

私が行き着いたのは、事業規模に合わせてスタッフを雇うのではなく、スタッフに合わせた事業規模にするという考えです。経営的に正しいかどうかわかりませんが、私のモチベーションにとってプラスなのは間違いありません。

事業を軸にするのではなくスタッフを軸にする


どういうことかと言いますと単純です。「一緒に働きたい人と働くだけ」です。私が一緒に働きたいと思う人がいれば声をかけますし、一緒に働きたいと言ってくれる人がいたら採用を検討するのです。

最初は「○○事業を始めるには○人の雇用が必要」と考えていた時期がりますが、今はまったく考えていません。「縁がある人と無理ない計画で仕事を楽しんでいく」と変わりました。


オンライン化を拒んだ計算


オンラインはブーム!?


オンライン化に踏み切らなかったもう一つの理由は、オンライン化は一時のブームになると予想していたからです。もし、オンラインを軸にしてしまったら、会場セミナーの価値を自分の手で潰してしまうことになるからです。私が思う、会場セミナーの価値は、時間と空間を同時に共有できることです。

仲間がいるから上手くなる


技術セミナーに対して「何をどうすればいいのか教えてくれれば十分」と考える人もいるでしょう。ただ「仲間づくり」という観点からするともったいないと思います。仲間づくりを大切にしたいのは、寂しさを埋め合わせるためではありません。技術を向上させるには仲間が必要だからです。

仲間と練習するから気がつくことがあります。患者さんが言ってくれないことも、仲間なら言ってくれます。個人事業の鍼灸師は積極的に外に出なければ、技術交流はできません。技術があると思っていたのは自分だけ、なんて状況は笑えません。

お気づきの通り、完全にオンライン化してしまうと、最初に試すのは患者さんという状況が生まれるのです。もちろん安全範囲でやることですからキケンという意味はありませんが、不確実性は拭えません。


セミナーの価値


セミナーの価値は内容だけにあるわけではなく、その機会に乗じて仲間づくりができることにあると考えています。受講者と受講者の関係はもちろん、受講者と私の関係も大切です。講師をしていても、受講者さんと関係が生まれると私も学べるのです。

セミナーの価値の半分は仲間づくりにあると言っても過言ではありません。少なくとも私はそう考えていますし、その場を提供できていることに喜びを感じています。

ピンチはチャンス


話を最初に戻します。コロナ禍が始まった2年前、オンラインセミナーのブームは2〜3年続いた後、会場セミナーの価値が見直されていくだろうと予想し、自前で会場を持つことにしたのです。物件を探し、品川駅の港南口から徒歩圏内のところと契約しました。

コロナ禍が過ぎてから借りるというリスク回避もありますが、コロナ禍の真っただ中の方が、物件が選びやすく値段交渉がしやすいと考えました。

品川区の物件を選び内装を終えて稼働が始まったのが2021年1月でした。1年ちょっと前です。セミナー単独で使うには無駄が多いので鍼灸院との併設で折り合いを付けました。ですので、港区でやっていた鍼灸院を品川区に引っ越ししました。セミナーの売上は激減し大きな出費が重なった2020年は経営的に正念場でした。

カポスの動く壁(YAMAZAKI スライディングウォール)

ちなみに、内装には動く壁(スライディングウォール)を採用していて、YAMAZAKI(富山県)に依頼しました。こららのページで仕掛けが紹介されています。


セミナー本格再稼働


この2年間、セミナー情報の発信は控えめにしてきましたが、本格再稼働に向けて動き始めています。政府も経済活動再開への意識を強めてきていますし、私も活動を活発にしていこうと思っています。

さっそく、いろいろ用意しています。

6月には山口県で整動鍼の講習会を行います。山口県鍼灸師会の学術部から依頼をいただきました。東京ばかりだったので地方セミナーに飢えていましたので嬉しいです。単発開催なので臨床のヒントをたくさん用意していこうと思っています。参加費がたいへんリーズナブルなので早めに満席になるかもしれません。山口県鍼灸師会に所属していない一般の方でも参加できますので、お近くにお住まいの方はぜひご参加くだささい。

山口県鍼灸師会の整動鍼講習の案内

◎日時 6月5日(日)11:00-16:00
◎会場 山口県セミナーパーク
◎参加費 一般5,000円(山口県鍼灸師会会員3,000円)
◎申込み(お問い合わせ) 山口県鍼灸師会

7月には、自前の東京会場で整動鍼の入門セミナーを行います。本格的にやってみたいけど、「いきなり2日連続の基礎編では...」と躊躇している方にとってはうってつけの内容です。このセミナーで整動鍼の虜になってしまう鍼灸師がとても多いです。「入門編」と名付けてはいますが、もっとも応用範囲の広い技術を学べるセミナーです。定員は18名ですので、申込みが集中すると満席まで時間がかからないかもしれません。

整動鍼入門セミナー


◎日時 7月24日(日)10:30-18:00
◎会場 東京(JR品川駅から徒歩10分)
◎申込み 整動協会 受付開始 5月1日(日) 21:00〜




twitterもよろしくお願いします。
https://twitter.com/kuri_suke

はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川駅)
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2022年03月07日

名人にあこがれると成功できないワケ


名人には欠点がある


鍼灸師は職人であると思っている方は少なくないでしょう。確かに職人の要素があることは否めません。言語化できない身体技法があるのは確かです。ただ、個人的には職人としての側面は控えめにしておきたいのです。

鍼灸をもっと広げていくためには、誰かがマネのできない特殊な能力を獲得するよりも、全体のスキルを底上げした方がよいと考えています。そのためには、鍼灸師のスキルはできるだけ言語化し、ノウハウにまとめていく作業が必要です。

鍼灸師を目指すからには名人になりたいと思うのは当然かもしれません。私もその一人でした。今は名人というものを全く意識せずにスキルアップに努めています。名人と言われる人がいたら、どこが上手いのかを分析するようにしています。そうすると、そもそも名人には個性があって、その強烈な個性が評価されていることが多いのです。

誤解を恐れずに言えば、名人ほど欠点をもっています。欠点を覆い隠すほどの優れた点があるから成り立っているのです。何もかも優れているなぁと思う名人には出会ったことはありません。名人というのは、能力の偏りから生まれてくるものです。


生き残るために必要なのは、基本か個性か


「あなたにしかできない鍼灸を追求しなさい」という声をあちこちで耳にします。基本があって応用があって、その先に個性の追求があるのが本来だと思うのですが、鍼灸は基本があってないようなものです。

もちろん、衛生管理など、患者さんをリスクにさらさない基本的な約束事はあります。ここで話題にしたいのは、効果を出すために必要な基本です。

開業して食べていける鍼灸師の多くは個性を磨く努力をしていると思います。「個性」は「差別化」や「強み」と言い換えることができます。

鍼灸院は基本的に自由診療(保険の適用外)ですから、資本主義の競争に晒されます。一般的な企業と同じように差別化することは成長や持続させていくのに必要だと思います。

現実的に考えれば個性は必要だと思います。同じ医療者であっても、標準治療があり保険診療で保険料の一部が収入になっている医師とは、条件や環境が異なりすぎて思考を揃えることが困難です。

だからといって、資本主義に飲み込まれて個性を磨くことだけに注力することは、医療人としての立場で考えると疑問を抱かざるを得ません。鍼灸が医療として成り立つためには「基本とは何か」を考えていきたいのです。そうでなければ、鍼灸の標準治療は永遠に見えてきません。


あこがれたら分析をする


鍼灸の基本を考えるためには、名人のパフォーマンスが参考になります。ただし、名人は平均から大きく外れている、外れ値でもありますから気をつけないと基本どころか癖だらけになってしまいます。

名人は、自分の上手さの正体に気がついていないことがあります。さらにいえば、欠点にも気がついていないことが多いです。強烈な上手さが欠点を覆ってしまうので、欠点が欠点でなくなってしまうからです。

だから、名人を見て「こんなテキトーでもいいんだ」と思ってしまったらマズイです。患者さんは何を評価していて、何に目をつむっているのか、しっかり分析しておかないとマネしなくてもよいところまでマネしてしまいます。

実際に「そこまでマネしたらいけないでしょ」という光景を目撃したことが何度もあります。たとえばですが、カルテを取らないとか白衣を着ない(制服がない)とかです。

これとは別ですが、私にもマネしなくてもいいことをマネしてしまった心当たりがあります。罠にはまらなくなったのは、憧れを捨てたからです。そうすると、患者さんがどこを評価しているのか客観的に見えてきます。そこに絞って見習えばよいのです。

名人と出会ったとき、わかりやすい指導は期待しない方がよいと思っています。なぜなら、名人だからといって教えることまで上手いとは限らないからです。


120点を狙うより80点を狙う


名人への憧れを捨てるのと同じくらい大切にしていることがあります。それは、自分自身にも特別なことを期待しないことです。自分の能力以上のことを臨床で期待しないようにしています。80点を狙うというと手抜きしていると誤解されるかもしれませんが、それくらいの方が冷静な判断ができますし、余計なプレッシャーがないので実力が出やすくなります。

余力を残すのは別の意味もあります。自分のスキルを客観視するためです。自分の良いところと足りないところを知ることができます。精一杯になってしまうと、仮によかったとしても、なぜよかったのかわからないので再現性が低くなってしまいます。


名人に共通する4要素


「名人」と呼ばれている人は、技術だけが優れているとは言えません。欠点となるような癖もありますが、そこに注目しても学びはないので私なりに「上手い」と思う点を4つ紹介します。

】K罎壁集修鬚靴覆


 ものごとをきっちりと表現しています。モゴモゴしゃべったりしません。

∋覲佚にわかりやすい施術


 施術そのものであったり効果を視覚化するのが上手いです。

8鎚未紡弍する能力


 マニュアルを感じさせないということです。

し亳核富に見えること


 風貌もかなり影響すると思います。施術室にある使い込んだ道具も印象をつくります。


上手さの比率

 
話をしたとき、相手に与える影響は次の割合であることが科学的にわかっています。

 内容 7%
 身体 55%
 声  38%


内容がたったの7%なのです。これには驚きを隠せませんでした。どんなに内容がよくても、姿勢や視線、そして発声が足りていないと高い評価は得られないということです。

患者さんの目を見て、自信ありそうにしゃべらなければ、いくら知識を蓄えても報われることはないということです。勉強熱心である人ほど覚えておいてほしいです。



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2022年01月20日

『ツボがある本当の意味』出版から3年で見えてきたこと


出版から3年


拙書『ツボがある本当の意味』を出版したのは2019年3月。もうすぐ3年が経とうとしています。鍼灸師になったときには、自分が出版することになるなて思っていませんでした。

誰でも出版にチャンスはあります。ただ、誰でも出版を目指すべきという考えを伝えたくてこの文章を書き始めたわけではありません。出版というものがどういうものか、そのメリットとデメリットをお伝えすることが目的です。




きっかけはブログ


2014年の7月から『温故知新』という鍼灸師や柔道整復師を対象にした業界誌で『鍼灸師のための経穴デザイン入門』という連載をはじめました。この連載の記事が、拙書『ツボがある本当の意味』の原稿の7割を占めています。

連載をはじめたことを紹介している懐かしい記事がこちら
鍼灸師のための経穴デザイン入門はじめました。

なぜ、この連載の執筆に声がかかったのかを考えてみると、十中八九このブログです。このブログが目に止まったのです。ブログを書き続けていると、いろんなことが起こります。


ブログが時代遅れでも関係ありません


最近は、YouTubeなどの動画、InstagramやTikTokなどSNSのパワーもすごいのでブログにノスタルジーを感じてしまうかもしれません。

しかし、ブログの価値は変わりません。偉そうに断言してしまいましたが、私は一時ブログへの情熱を失って、発信がTwitterに移っていました。しかし、ブログを主戦場の戻すことにしました。

理由は、ブログが書いていて一番楽しいからです。時代がどうこうじゃなくて、やっていて楽しいのがブログなのです。楽しい理由はいろいろですが、ブログを書くと頭の中が整理できるからです。書くことは考えることだからです。

もちろん、Twitterだって書くわけですから頭の整理には役立ちます。ただ、どうしてもリアクション(いいね)に気持ちが傾いて、書く目的(頭の整理)がぼやけてしまいます。リアクションがどうであれ、書くことに価値を感じているわけですから、それを一番大切にしようと思ったのです。無理ないところで、週1回のペースで更新を目標にしています。

文章というのは書くほどに書けるようになっていくので不思議です。書いていないと、どんどん書けなくなっていきます。そして、終いにはやる気を失っていくのです。まるで筋トレ。

書いていたら何か起こりそう。

ブログを書く理由はこれだけで十分です。何かが起こらなくても普通です。


連載が決まった時から出版するつもりだった


連載の話が来たとき「これは出版するチャンスだ!」と感じました。中学生の頃から文章を書くのが好きだったので、大人になったら出版したいなぁと漠然と思っていました。

連載は毎月1回でした。原稿料はありましたが、執筆に使った時間を考えると100円にも届きません。一本の原稿を書くのに何日もかける場合がありましたから。参考図書の購入代金を入れたら原稿を書けば書くほど赤字です。

でもモチベーションには影響がありませんでした。お金目当てでやっていたわけではなかったからです。

このとき、書籍化は個人的な想いですから、書籍にできる保証なんてありませんでした。そして、連載から2年後、あることが起こりました。


連載していた『温故知新』が終了


諸事情により、業界誌の『温故知新』が終了することになりました。それにともなって連載も終了です。理想的だったのは『温故知新』の会社から出版することでしたが、それは現実的でないと考え、出版社を探さなければなりません。

最初に思いついたのが、活法のDVDの出版でお世話になっていたBABジャパンです。3本のDVDを出しています。私も企画や撮影で関わっています。

それがこれです。



このときの担当者に連絡をとってみたら、書籍担当の方を紹介していただけました。さっそく会うことになり、品川のルノアールで待ち合わせしました。


持ち込み原稿


私の鞄には、原稿を印刷したものが入っています。担当者と挨拶を交わすとさっそく原稿を渡しました。何枚かに目を通すと「面白そうなので持ち帰って会議に出します」と。緊張する瞬間です。

新人作家が出版社に原稿を持ち込むときの、あのシーンを思い受けべてください。あれです。

数日後、返事が来ました。出版できるとのことでした。ただし、原稿が少ないので書き足しが必要となりました。たしかに、一冊の本にするには少なすぎるのです。書き足すことを承諾して、話が決まりました。しかし、その前にやることが一つ残っています。


原稿料を全額返金


『温故知新』に出版のことを伝え、原稿料を全額返金し、原稿の権利を私に戻しました。こういう場合のルールがわからなかったので、私の方から「お返しするので原稿の権利を私に戻すことはできますか?」と切り出しました。それでOKとなり、BABジャパンと話を先に進めることになりました。自分書いたものを買うという、奇妙な経験でした。


ゴーストライターは?


追加の原稿を書くのに、少し時間をもらいました。半年くらいかかったと思います。ちなみに、原稿はすべて私自身が書いています。よくあるのが、取材を受けてしゃべってそれをライターが原稿にするというパターンです。健康系の書籍の多くはこれです。

私の場合、原稿にはほとんど手が入らずそのまま出版することになりました。ただ、表現の修正や誤字脱字のチェックを入社したばかりの岡本(悠馬くん)に任せました。彼は大学で中国語の講師をしたり、中国語の書籍を日本語に翻訳するなどしているので適任でした。


出版記念イベント


無事に2019年の3月に出版することになりました。それに伴ってイベントを開催することになりました。もう懐かしい感じです。考えてみれば、この1年後にはコロナ禍が始まっていたのです。かろうじてコロナ前です。

『ツボがある本当の意味』出版記念イベント


その時のブログがこれです。
鍼灸師と医師で解き明かす 経絡とツボの正体」(イベント 東京3/24)


Amazonレビュー、気になる★の数


気になるのは評価です。この本は、評価が真っ二つに分かれるだろうと予想していました。そもそも、そういう内容の本だからです。「教わったことを考えることなく信じていいの?」というメッセージが強いからです。

たとえば「経絡(けいらく)」。鍼灸医学の世界では、当たり前のように「ある」という前提で話が進んでいて、疑問を挟んだらいけないような空気になっています。

『ツボがある本当の意味』は、鍼灸業界の空気を読んだら絶対に書けない本です。敵ができても仕方ないと思えなければ書けません。

Amazonレビューには、★1つがたくさん入るだろうと思っていました。と思いきや、★5が意外と多くてびっくりました。

『ツボがある本当の意味』のレビュー


気構え次第ですがレビューは面白いです。悪い評価も含めて何度も読んでいます。もし、このブログを読まれている方で、完読された方がいらっしゃいましたらレビューをお願いします。一言だけでも参考になります。


集客効果は?


鍼灸師や柔道整復師、その他の民間資格の方が一般向けに本を書く場合は、集客が目的のことがほとんどです。

私はと言うと、上に記した通り、同業者向けの原稿から始まっているので、一般向けとしては内容が難しめです。治療法をわかりやすく紹介した本ではありませんから、予想していた通り、この本を読んだ方から「治療を受けたいです!」と言われたのは数えるほどしかありません。

患者さんを集める効果はほぼゼロでした。ただ、鍼灸師や鍼灸学生が読んだ後にセミナーに来てくださるので、セミナーの集客効果は少しありました。今でも、そういう声が聞こえてきます。


また書きたいか?


出版には前向きです。ただ、記事がなければどうにもならないので、日頃の執筆を大切にしていこうと思います。今は連載がありませんので、このブログを主な舞台としてやっていきます。SNSも大切なのですが受信者のリアクションが早いので、読み手の反応を気にしすぎて本当に書きたいことを書けているのかわからなくなります。

カタカタとキーボードを打ちながら、思考をコトコト煮込んでいきます。


実技動画はじめました!


いくら思考が深くても実技に反映されていなければ、臨床家としては意味がありません。ですので、Twitterにショート動画をアップすることにしました。テーマが思いついたらアップしていきます。



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2021年07月27日

<前編>はコチラ

どんな現象が効果といえるのか


「鍼灸が効いた」とは何を指しているのでしょうか。どんな現象が効果と言えるのでしょうか。これがわかれば鍼灸の価値を評価しやすくなるのですが、現実はあまくありません。

鍼灸の施術後に観察できる現象こそ効果、と考えるのが科学的な思考です。しかし、観察できる現象はほんの一部です。

患者さんが「スッキリしました」と言ったときの「スッキリ」には、肉体的の変化(たとえば血流量の変化)の他に心理的な変化もあります。どちらも計測するには機材も必要で普段の臨床で数量化するのは困難です。

実際のところ、患者さんに起こる変化は術者の五感でとらえるしかありません。科学的視点からしてみたら、頼りなく感じるかもしれませんが、五感による総合評価は人間の特権とも考えられます。現実的に考えれば、五感を研ぎ澄まし公平感を意識しながら効果を評価していくしかありません。

将来的には、現象を観察して科学的に評価できる仕組みを整えるべきです。そうしなければ、鍼灸だけが取り残されてしまいます。伝統を守ることは、既存の方法にしがみつくことではありません。既存の方法に疑問をぶつけながら前に進む強い意志が「伝統」を創っていくのだと信じています。


効果を判断する3つの方法


鍼灸の効果を実感できる人が少なければ、とうの昔に鍼灸は消え去っていたでしょう。2000年以上に始まって現在も行われているということは、人々が効果を実感してきたからに他なりません。科学では証明できない価値が潜んでいると考えるのが妥当です。少なくとも必要とする人がいたという事実は曲げられません。

実際の臨床の場面では、どのように効果が判断されているのでしょうか。

鍼灸の効果


ー膣囘な効果


患者さんが自身が得る好転感です。その場で感じられるものもあれば、施術後しばらくしてから感じるものもあります。簡単に言えば、患者さんの「効果ありました」という言葉をそのまま受け止めるということです。逆に「効果がなかった」という場合も同様です。

客観的な効果


変化を体感できなくても検査の数値が改善している場合があります。

たとえば、突発性難聴などです。私の鍼灸院では、病院での治療と並行して行うケースや、病院での治療が終了した後に行うケースがよくあります。前者の場合、鍼灸の成果のみを取り出すのは難しいのですが、後者は数値の変化によって効果を推測できます。

苦しいのは、突発性難聴における鍼治療の効果に十分なエビデンスがないことです。現状では「効果があったかもしれない」とまでしか言えません。

信じる効果


「効果が出ていますよ」という鍼灸師の言葉を信じて、患者さんがそれを信じるパターンです。

その場では改善した感覚がなくても1〜2日経ってから症状が大きく改善するパターンがあります。こういうとき、患者さんは改善している感覚がなくても、施術者はよい手応えをつかんでいることがあります。患者さん本人が気が付かない変化を捉えているからです。

実際に、「明日か明後日には今よりも軽くなってると思いますよ」と伝えて終わりにすることもあります。その通りになれば、患者さんは「効果のある施術を受けた」と思います。予告通りのことが繰り返されれば患者さんは私たちの言葉を信じてくれるようになります。

疑い深い患者さんよりも信じてくれる方の方がやりやすいのが本音です。しかし、患者さんの信じる力に頼りすぎると、鍼灸が信仰の対象になってしまいます。医療であるならば、軽く疑いをかけられているくらいの方がちょうどいいのかもしれません。


効果の証明コスト


鍼灸の臨床において、成果一つひとつに対して効果の証明書を添付できません。現実的なことを言えば「効果が出たらしい」を「効果があった」と処理し、「効果がわからなかった」を「効果がなかった」と処理しないと進めません。

ただし、鍼灸に限った話ではありません。鍼灸に限らず治療の効果というのはあいまいです。

効果をあいまいにしているのは鍼灸ばかりではありません。病院にて、医師が「効果がないらしい」と判断すれば、薬や治療方が変更され、患者が「効果がないらしい」と感じれば、別のところに相談しにいきます。

効果の有無をきっちりさせるにはコストも時間もかかります。臨床では他に優先すべきことがあるので、そこにこだわることはできません。バランスを考えると、効果があいまいのまま残ってしまうのは仕方のないことです。

効果を体感しやすくなる臨床のコツ


ここからは臨床テクニックの話になります。ここまで読み進めていただいた方に感謝の気持ちを込めて、できるだけ客観的な姿勢で患者さんが効果を感じられるように、普段から私が行っていることを紹介します。

…砲澆魎兇犬討い觸蠅箘枉鐡世飽をつける


気になるところにはペンで印をつけています。いったん別のところに目や手を移動させても、あとで同じところに確実に戻れるからです。そうすることで、施術の前後で変化を比較しやすくなります。

そもそも手の感覚はあいまいです。だからせめて位置だけでも確実にしておこうという単純発想です。ただ、大半の鍼灸師は行っていません。素人っぽく見えるからかもしれませんが、患者さんはそうは思わないと思います。丁寧に間違いなくやろうとしている姿勢と受け止めてくれます。

痛みなどの症状を感じる姿勢や動きを再現する


どこが痛いのかを丁寧に効いても、どうしたら痛いのかの聞き取りがあまくなるケースがあります。施術直前に、無理のない範囲で症状の再現を行ってもらうようにしています。施術直前であることが重要です。そして、施術直後にも同じことことをやってもらいます。

前後をしっかり比較したい場合には置鍼(鍼をしばらく刺して待つ)ではなく、単刺(刺したらすぐに抜く)の方が有利です。なぜなら、時間経過が少ないので、ちょっとした変化にも気づけるからです。時間が経つと「さっきはどうだったかな?」と記憶がぼやけます。

また、単刺は、効果がなければすぐに次の手に移行できるので、施術時間内にいろいろ試せます。

触診の圧を精密にコントロールする


体に痛みがあるときは触診の圧を利用します。押す圧が強すぎると「そんなに押されたら痛いに決まってる」になりますし、弱すぎると「最初から痛くない」になります。

ちょうどいい圧痛(押された痛み)を出しておくと、施術後の変化がわかりやすくなります。もちろん、前後は同じ圧であることが重要です。


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たとえば五十肩の治療だとしましょう。1回の施術で完全に痛みが取れることは希ですが、1回の施術で好転することはよくあります。もし「痛みはどうですか?」と施術後に尋ねると、患者さんは痛みを再現しようとします。痛みがゼロになっていない限り「まだあります」と返ってきます。

可動域をチェックすると、最初よりも増えていることがあります。前と同じ角度なら痛みが軽減していると言えます。五十肩を痛みの症状から動かない症状に置き換えるだけで、変化を読み取りやすくなります。問題をすり替えているように思う人がいるかもしれませんが、問題を視覚化する意味があり大切なことです。

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できるだけ変化を予告するようにしています。症状が変化した際に施術の結果がもたらしたことを認識してもらうためです。施術の精度と同じくらい予告の精度も大切にしています。言われたことが実際に起これば、患者さんは「効果によるもの」と安心できます。


さいごに


ここまでお付き合いくださりありがとうございます。長くなってしまいましたが、それでも「効果とは何か」というテーマを完結にまとめたつもりです。壮大なテーマなので、これだけで対談のテーマとして十分なくらいです。

この記事はあくまでも私の視点からのものです。もちろん違った意見もあるでしょう。いろいろな意見が触れ合うことで鍼灸はもっとわかりやすいものになっていくでしょう。

私は臨床ベースの鍼灸師ですが、研究ベースの鍼灸師と交流を深めていくことで、さらに効果を明瞭化することができると思います。科学から効果を証明する取り組みもタイミングをみてやっていきたいです。そのために十分な余裕を持てるようにしようと思います。

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7月22日(木)にルート治療の代表者である白川先生と対談をしました。とても有意義なものとなりました。
経緯についてはコチラにまとめてあります。


(7月30日まで視聴できます)


「効果」の解像度を上げる


今回の記事では効果をテーマにします。理由は、対談を観た鍼灸学生さんから指摘されたからです。noteに綴られた文章は丁寧で好感が持てました。学生さんに聞いてほしいと思っていたので嬉しいです。対談をしてよかったと心の底から思います。

一部を抜粋します。
捉え方がかなり違うお2人が、対談の中で使われていた「効果」の定義というのは共有されていたのか。そこがすごく気になりました。
共有されていないで話を進めると、お互いのマウント合戦のような印象を与えかねないからです。加えて建設的な議論として成り立たないからです。
「効果」という言葉の解像度をもっと高くしてほしいなと素直に聞きながら考えていました。

「ルート×整動鍼 対談」を見た鍼灸学生が抱いた素直な意見より)


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確かに対談中に「効果」という言葉が何度も出ていたと記憶しています。指摘して頂いた通り、本来であれば「効果」の意味することを定義してから話を展開する方がわかりすいです。でも、僕はあえてスルーしていました。なぜなら、これだけでも大きなテーマすぎて本題に入れなくなってしまうからです。

本題は、それぞれの治療法にたどり着くまでのストーリーを聞き出すことでした。当日はその枠からはみ出ないように話を進めていました。

実は、効果の定義は大好物のテーマです。言いたくて仕方ありませんので、このブログで伝えようと思います。対談動画を観ていなくても読み進められる内容になっていますのでご安心ください。


効果を患者さんが決めるなら


一番大きな問題は、効果は誰が決めるのか、ということです。患者さんが決めるのでしょうか。それが妥当なように思えるのですが、ちょっと待って下さい。

病院でのやりとりをイメージしていましょう。処方された薬の効果の判断は誰が行っているでしょうか。言うまでもなく担当医ですよね。医師の判断は尊重されます。

もちろん患者側としても効果の有無が感覚的にわかります。でも、その感覚はあくまでも判断材料の一部です。

このように考えると、鍼灸の効果は患者さんが決めてよいものか疑わしく思えてきます。たとえば腰痛。1回の施術で痛みが完全に取れるとは限りません。数日経って痛みが半分程度になっていたとき、患者さんは「まだ痛いです」と言うでしょう。

1回で痛みがゼロになった人の話を聞いていれば、痛みが半分程度になった程度では「効果なし」と考えるかもしれません。症状によっては数日で痛みが半分になるのは十分な好転ですので、「効果なし」と判断されると困ります。

実際にこんなやりとりがあります。

「どうですか?」

と尋ねて

「全然変わっていません」

と返されることがあります。

「では、前と同じくらい痛みますか?」

と聞き返すと、

「前よりだいぶいいんですけど、まだ痛いんです」

と返ってくるパターンは数えきれません。

患者さんは、ペインスケール(痛みの程度)を意識するとは限りませんから、施術者は意識して聞かなければなりません。実際の臨床では、つらい症状がゼロになっていなければ「効果がない」と答える方は少なくありません。患者さんの言葉は尊重しますが、実際の状況が感情の膜に包まれることがあるので要注意です。


効果を鍼灸師が決めるなら


こんどは、鍼灸師が効果を判断してよいと仮定してみましょう。この場合、患者さんの感覚は無視して、検査の結果など客観的な事実を材料に判断することになります。結果が良ければ効果ありとされます。患者さんが「まだつらいです」と言っているとしてもです。

畑が変わりますが、客観的なデータだけで効果を判定できるものがあります。ワクチンです。接種しても発症する人はいます。でも、その一例でワクチンの効果が否定されることはありません。効果は集団を対象にして統計的に判断されます。人の感覚に頼ることなく効果が判定できるので客観的です。


感想を集めても効果の証明にはならない


鍼灸の効果はワクチンのようにデータを集めて評価しようと思っても社会的な基盤がありません。客観的な証拠を示すことが難しい場合が多いため、臨床では患者さんの主観を大切にします。患者さんの訴えや感覚を尊重しなければ成り立ちません。このように考えると悪いことばかりではありません。悪い面としては、いくら患者さんから好評を得たとしても、エビデンス(科学的根拠)はないと言われてしまうことです。証明するには、統計的な処理が必要です。

鍼灸の現場では、「鍼灸はこんなに効くのだからもっと広がった方がいい」と言われることがよくあります。私も同じ気持ちです。ただ、その「効く」を証明することができない限り、ある患者さんの感想としか言えません。

ただ、その感想も大きな力を持ち始めています。今や鍼灸院もネットの口コミで評価される時代です。

鍼灸師の「効果ありますよ」より、患者さんの「効きました」の方が確からしいと考える人が多いです。もちろん、その「効きました」は効果の証明にはなっていませんが、その言葉で期待を抱きます。エビデンスが乏しい鍼灸において、良くも悪くもクチコミが鍼灸院の評価です。


感じる効果、感じない効果


効果には、感じない効果と、感じる効果に分かれます。たとえば、ワクチンであれば抗体の数値に変化が出れば「効果あり」と言えますが、その効果は感じることができません。これに対して、鍼灸では、何らかの数値が変化していても、患者さんが好転した実感がなければ「効果あり」と言っても納得してもらえません。

鍼灸の臨床では、ほとんどの場合感じる効果のみが評価されると考えてよいでしょう。つまり、患者さんの実感のみ効果として評価されます。例外も挙げておきましょう。突発性難聴は聴力が数値化できるので、変化を客観的に判断できます。ただし、厳密に言えば、変化の確認であって鍼灸の効果であるという証明は困難です。


認められない効果


感じる効果しか認めてもらえないという現実を受け入れると、どうしたら効果を感じられるのかと考える必要があります。

患者さんは身体に変化が起きても気づかないことが多いです。学生のときは、こんな視点で考えることもありませんでした。教科書通りにやれば、患者さんが教科書通りの変化を勝手に感じて喜ぶものと思っていたからです。

第一の問題は、効果を術者がよくわからないことです。たとえば、脈診というものがあります。私は、鍼灸学校の1年目から練習をはじめて、プロになってからも練習を続けていました。実際の臨床でも用いていました。

施術中に脈の打ち方は変化します。脈拍数だけでなく脈の印象が変わります。ただ、脈はさまざまな条件で変化するので、その変化が鍼灸施術によるものなのか判断ができません。変化が一過性であることも多いです。この変化は指で感じているものですから、あくまでも個人的な感想です。しかも、脈の変化は患者さん自身はわかりません。

症状との関連性もあいまいです。脈は変わったように感じるのに、痛みは全く変わっていないという状況が普通に起こります。これが第二の問題です。

ですから、脈の変化は鍼灸の効果として認めることが難しいです。

効果判定の手段として「脈診は伝統だから」では不十分な説明です。科学技術の水準が現在とまったく違う時代に行われていたことが現在でも同じ価値を持つかどうか疑問を持つべきでしょう。特にこれから鍼灸師になる学生は、脈診の意義を慎重に考えてほしいと思います。

後編へ続く)


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yoki at 00:46│Comments(0)
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