仕事日記

2020年04月14日

私が開業して間もない頃、母から「休みの日に何をすることがあるんだ?」と言われたことがあります。

鍼灸師の仕事は患者さんを施術するのが仕事なので、休みの日は何もすることがないと思っていたからです。

実家は農業なので、休診日には畑仕事や出荷の準備を手伝わされることもありました。最初の数年は応じることもあったのですが...あるとき、私は限界に達して「休診日こそ大事なんだ!」と言い返すようになり、畑仕事を卒業しました。例外は東日本大震災の年でした。経緯は覚えていないのですが、畑仕事を手伝った覚えがあります。

開業鍼灸師だった私にとって、休診日の過ごし方が重要でした。休みの日に差をつけていくしかないと思っていました。ワーカホリックだと揶揄されることもありますが、人が遊んでいる時に一緒に遊べるほど余裕がなかっただけです。

人が休みの日に仕事をしていなければ、淘汰される側になると強い危機感を抱いていました。開業する際に融資を受けていましたし、返済のプレッシャーもありました。

休診日まで必死になれたのは、鍼灸が好きで好きでたまらなかったからです。怠け癖のある私が本気になれたのは、好きなとことに加えて借金背負って崖っぷちに立たされていたからです。あえて、そうした部分もあります。

誤解のないように書いておくと「休日まで働け!」と言いたいのではなく、患者さんのいない時間といない日が勝負になると言いたいのです。会社としても、患者さんがいない時間帯を意図的につくるようにしていますし、私自身にも、患者さんがいない時間帯をつくるルールを課しています。

患者さんがいない時にしかできない仕事があるのです。

患者さんを迎えるための準備の諸々、勉強、情報収集、そして技能の研磨です。こうした取り組みの他、コツコツをつくってきたものがあります。それは「ツボネット」です。私一人ではなく、社内メンバーやエンジニアと協力しながらつくりました。現在も改良を加え続けています。

ツボネットのトップページ


このツボネットは全国の鍼灸院から症例を提供してもらっています。症例が増えるほど、ツボのデータが蓄積されていく仕組みです。ツボのリアルなデータを集めるという世界初の試みです。患者さんは実績のある鍼灸院を選びやすくなり、症例を提供する鍼灸院には「患者さんが集まる」というメリットが生じます。

昨日、このプロジェクトに参加している鍼灸師を集めて、画像編集を学べる無料セミナーを行いました。今流行っているビデオ会議のシステムを利用しました。講師は、うちの会社の画像製作の8割を担っている小堀くんです。社内で一番高性能なMacを操っています。

私もMacBookで参加。セミナーの様子を見守っていました。初めての試みだったので課題もたくさん見つかりました。繰り返していくなかで、だんだん良くなっていくでしょう。しばらく無料でオンラインセミナーをやってみたいと思っています。いつか有料化できるといいなと将来性を探っていきます。


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もしかしたら、患者さんは「本業に集中してほしい」と思っているかもしれません。でも、こうした親も気が付かない影の仕事があって、臨床という場ができるのです。理想は誰かが臨床の場を用意してくれることかもしれません。そういう環境に私も憧れていました。でも、自ら環境をつくろうと必死になってきたから、視野が広くなりましたし、仲間もできたのです。

しばらく、患者さんが少ない期間が続くでしょう。売上が減る苦しい時期ではありますが、こういう時でなければできない仕事が山ほどある、と考えたら逆に余裕はありません。明日の忙しく働こうと思います。

みんな、感染に気をつけてね。


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2020年04月12日

傍観者


まじめな人ほど疲れてしまうと思う


今、世の中がとても感情的です。ずっと怒っている人もいます。まじめに情報を追っている人ほど精神が疲弊してしまうのではないでしょうか。

実は、私が追ってしまうタイプです。まじめなんですね(笑)院の経営やセミナーの運営の方針を打ち出さなければならないので、目を背けるわけにはいきません。

私もこのブログやTwitterでささやかに情報発信をしているわけですが、その際に「こういう発言はやめよう」と自分に課しているルールがあります。

|かを批判するような発言はしない
悲観的なことは書かない

誰だって「もっとこうした方がいいのに…」と思うことはあります。でも、当事者でなければ見えない景色があったり、当事者でなければわからない事情があります。

それよりも、こんなたいへんな状況で生きていること感謝しています。どうしても怒りが抑えられなければ、本人だけにぶつけます。

共通の敵がチームを強くする


苦しい状況であることは間違いありません。でも、やっぱり生きています。自分よりもっと大変な人はいっぱいいて、私くらいの悩みで悲観的になる必要はないと思います。

こんな状況でも、電気も水道も使えるし、Wi-Fiも使える。なんだかんだで生活できています。これって、すごいことだと思うのです。成熟した社会のおかげです。不満より先に感謝です。

新型コロナが猛威を奮っているなか、よいことも起きています。社内は、この苦境をみんなで乗り越えようといつも以上に結束しています。私の努力も労ってくれます。理解されているので不安を感じません。理解してもらえると不安が軽くなるのです。そうです。これは、患者さんの心理と全く同じです。


感情的になると計算ができない


どんなに優秀な人でも感情的になると、判断力が低下します。私程度の者が感情的になったら判断力はマイナスまで落ち込みます。ですから、感情的にならないように工夫しています。

共感しやすくなっているとネットやテレビから流れてくる情報に自分の感情が乗って行ってしまいます。だから感情が激しく動いていることに気がついたら「今は冷静な判断はできないぞ」と思うようにして、すぐに行動を起こさないようにしています。

人は、感情が爆発していると単純な計算問題ですら解けなくなります。怒り、不安、恐怖、どれも計算力を奪っていきます。つまり、判断できない人間になってしまいます。

私は、自分が上手に生きるコツとして、この瞬間が安全であるならば、起きていることを傍観するようにしています。普段から上手にやっている人は「俯瞰ができる」というのでしょうが、私はそこまで行っていません。映画の中を覗いているような気分で、嫌な人を目にした時は「悪役がいない映画はつまらないよなぁ」と思うようにしています。

自分も含めて、映画の中のキャストです。こんなふうに考えた方が感情的にならずにすみます。自分をコントロールできます。計算力を失わなければ損切りの判断もできます。うまくいっていないことにズルズルと引きづられることなく、スパッと切って次の課題に取り組めます。今の私はまさにそういう状況です。

失ったものは忘れる


4月からセミナー開催をストップしているので、貴重な売上を失いました。でも、これをいつまでも悔しがっていたら次の課題に取り組めません。二本柱のもう一つ、鍼灸院の経営を安定化させておいた方がよいのです。

しかし、その鍼灸院も緊急事態宣言が発令されてから売上が下がっています。これにもズルズルとやられているわけにはいきません。ですので、セミナーや鍼灸院に時間を奪われてできなかったことに着手しています。

その一つはマネージメントです。会社の仕組みを強くするために時間をつかっています。どうしたらみんなが働きやすい会社になるのか、どんなふうにしたら人が育つのか、どうしたら、つぶれない会社にできるのだろうか、などなどやることがいっぱいあります。


自分のコントロールに集中するだけ


自分のコントロールすら難しいものです。難しいことに気づいている人ほど他人をコントロールしようとするのかもしれません。

どうしたって、新型コロナウイルスもコントロールできません。自らの行動を変えて対処していくかありません。

宿主である私たち人間が、三密を避けてしまえば、ウイルスは増殖したくても増殖できません。ウイルスに触れてしまっても、石鹸で手を洗えばウイルスは細胞に入り込めなくなります。ネットでいくら情報を集めたところで、もうやるべきことは決まっています。

最後に一つだけお願いがあります。感染した人のことも悪く言わないでほしいです。考えてみてください。いつ自分が感染するかわからないのです。誰かに放った言葉は自分に返ってきます。そして、どんなに自制心をもって行動しても感染する時は感染してしまいます。

努力で変えられることもあるいっぽうで、どうにもできないことだってあります。人間は誰しも努力ではどうにもならないものを抱えていて、だからこそ社会を形成して補い合っているのですから。


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2020年04月05日

共感力よりも想像力が理解を生む


人は病気や怪我をして、はじめて健康の価値に気がつきます。私もそうです。自分の体調が悪いときの方が、患者さんの気持ちがよくわかります。だからといって、自分の調整が悪かったら余裕がなくなり患者さんの対応がお粗末になってしまいます。

患者さんに共感することは大切です。

しかし、共感しすぎてしまうと患者さんの感情に巻き込まれて、精神状態が悪化します。実際に、共感力が高すぎるために疲れたり体調を壊してしまう鍼灸師は少なくありません。こうした患者さんのネガティブなところに同調してして体調を壊すことを業界では「かぶり」と表現されています。

かぶりを回避するには、知性や理性で対応するしかありません。言葉にすると、冷たく感じてしまうかもしれませんが、これは学術以前の重要な思考でありテクニックです。

共感力に頼りすぎの問題は、施術者自身の体調を守る以外にもあります。共感は、自分が過去に経験したものに偏ります。施術者自身が基準になってしまうと、サービスとして歪なものになってしまいます。

そこで大事になってくるのが想像力です。想像力は鍛えられます。想像力を支えているのは知識です。勉強すればするほど想像力が強化されます。自分の経験の外にあるものを理解して、患者さんの悩みを共有することができます。

また、ここで「経験」についても書いておこうと思います。患者さんは、体を預ける鍼灸師が経験豊富であるかどうかをとても気にします。私にも駆け出しの時代がありましたから、年齢によって患者さんの見る目や態度が変わってきていることを肌で感じます。単純に従事している年数が多かったり年齢が高い方が患者さんは安心する傾向があります。


経験年数よりも症例を整理した数が大切


実際は、従事している年数が経験値と比例はしていません。どれだけ携わった症例を整理しているかどうかが重要です。整理の方法は、必ずしも学術的なルールに基づく必要はありません。過去に似たような症状を診ていたら、その時にどんな考えでどんなツボを使ったのか説明できればよいのです。

そもそも、記録(カルテ)がなければ、過去の症例を参考にすることもできません。記憶は都合よくすり替えられてしまいますから、記憶に頼るのはよくありません。

ただ、名人や天才と言われている人ほど、記録する習慣がないように思います。名人や天才にあこがれて真似をしてよいのは、天賦の才を持つ人だけだと思います。本当は、名人ほどカルテを後進のために残してほしいと思います。

澤田健は、昭和に活躍した天才鍼灸家ですが、例外にもれず記録をほとんど残していません。澤田先生の治療を記録して『鍼灸真髄』という書籍にまとめた代田文誌先生はすばらしい仕事をしたと思います。おかげで、沢田先生の施術内容と思考の一部に私たちは触れることができます。


ネットの症例を読んで予約される方


ネットで調べて来院される方が半分くらいです。そのほとんどが症例を読まれています。自分と似た症状がアップされているかどうか、とても気にされています。私が患者でも同じです。ピタリの症状があれば迷いませんし、似たような症例があったら第一候補になります。

同時に強く思うのは、類似した症例があっても患者さんの不安は残っています。似た症例を読んだから来院したはずの患者さんが「同じ症状の人を診たことがありますか?」と質問されることが少なくないのです。

冷静に考えれば、この質問そのものが矛盾しています。でも、この矛盾こそが患者さんの心理の本質を教えてくれているのです。患者さんは理性的ではありません。つらい症状がある時は理性が弱まっていて感情的です。だから、この感情を受け入れることを大切にしています。逆にいうと、患者さんが冷静に考えられるようになっていたら半分は救えていると思います。

患者さんを迎える側は理性で対応しなければいけませんが、患者さんに理性は求めません。症状が改善すれば理性は自然に戻ってきます。こうした考えに基づけば、患者さんに必要な説明は、理性に届けるものではなく、感情に届けるものです。不安という感情に届く説明が必要です。

専門知識を高めるほど、説明は理性がターゲットになりやすいです。だから勉強熱心な鍼灸師は現場に出て躓いてしまうことがあるのです。学校の成績がそのまま臨床力にならないのは、こうした理由が大きいのではないでしょうか。誤解しないでください。学校の成績が意味がないと言いたいのではなく、患者さんの感情を理解していないと、学校で得た知識や技が役立てられないかもしれない、とご理解ください。

困った時に居てくれる安心感


経営の勉強をすると、必ずリピートの話になります。リピート率をいかに上げるかみたいな話になるのですが、私は興味がありません。なぜなら、患者さんはそもそもリピートするつもりで来院されていると思うからです。期待している通りか、それ以上なら必要な回数はリピートしてくれます。

患者さんに、「1回では取り切れない症状なので、何度が通院する必要があります」と告げた時、「最初から1回で取れきれる症状でないと思っているので、最初から通うつもりで来ました」と返ってきます。

ですから、患者さんはリピートするつもりでやってきていると思って対応しています。鍼灸院は、リピートを促して売上を上げる仕事ではないのです。リピートが必要な方の、リピート回数をできるだけ減らす仕事です。

リピート回数が減ったら売上が落ちてしまって経営が苦しくなると懸念される方もいらしゃるでしょう。でも、心配ありません。リピート回数が少なめで改善した人は、新しい方を紹介してくれます。リピート回数は下がっても紹介数が増えます。私はこれまでこうした考えで経営してきました。

リピートを前提とした患者さんにとって、期待以上であることが大切です。もし、あおるような広告で患者さんを集めてしまうと、その期待以上を提供するのが難しくなってしまって、結果は出しているのに期待はずれとなってしまいます。

大事なのは結果だけではありません。「困った時にいつでも相談に行ける」という安心感も重要だと思っています。何年も通院していなかった患者さんから突然予約が入ることがあります。こういう患者さんが増えると経営は安定します。ですから、今やっている仕事は3〜5年後の安定のためなのです。逆にいうと、今の売上は3〜5年前の仕事がつくっているのです。

いつなくなるかわからない鍼灸院い行きたいと思うのでしょうか?
いついなくなるかわからない鍼灸師に体を預けようと思うでしょうか?

私なら選びません。一度選んだらずっとお世話になりたいです。中には、いろいろな鍼灸院を巡り歩く人もいますが、そういう方は対象外です。

技術があっても理解してくれない鍼灸師には診てもらいたくない


このテーマの結論になりますが、私が患者であるならば、もっとも重視するのは理解してくれる鍼灸師です。技術力があるかどうかは当然気になるのですが、いくら技術があっても、私の悩みを理解してくれない鍼灸師なら二度目を受けようとは思いません。

理解するには、学術的な正しさよりも感情の源泉が大切です。どうして、そのような感情になっているのかに関心を持つことが必要です。知ったから解決できるとは限りません。というより、ほとんど力が及ぶものではありません。聞いて理解するだけです。

患者さんが話したがらないものをむりやり聞き出すこともありません。患者さんが理解してほしいと思っている部分だけに耳を傾けます。

患者さんは、ネットの情報だけで鍼灸師のウデを判断するのが難しいです。口コミも参考になりません。あなたが「超うまい!」と思っているお店の星の数は平均であったりしませんか?やはり行ってみないとウデはわかりません。

「鍼灸院は相性が重要だ」という人もいます。確かにそういう側面があることは否めませんが、実際は「理解してもらえるかどうか」で相性を判断しているケースが多いのではないでしょうか。

さいごに


私も一人の人間ですから病めるときもあります。病院に行って症状を訴えた時、理解してもらえているのかどうかを気にします。医師の態度を冷たいと感じるのは、理解する姿勢が見られないときです。検査の数字だけを見て、目を合わせることもなく「大丈夫ですよ」と言われてもぜんぜん大丈夫ではありません。むしろ、不安が広がります。その医師が名医だとしても、名医であることに気づくこともないでしょう。

医学は学問だから、人間関係に左右されませんが、医療は人間関係の中で行われるものです。言い方を変えれば、人間臭いものです。つまるところ、私が選ぶ鍼灸院というのは、人間臭さを感じるところです。AI(人工知能)ですら人間臭さを獲得し始めているのですから、うかうかしていられませんね。

孤独を感じたり人間関係に悩んだ時におすすめの本を紹介して終わります。

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2020年01月27日

食べたり飲んだりしながら人はつながる


整動鍼セミナー脊柱編の1日目が終わりました。

1日目が終わった夜には「たべたりのんだり会」と名付けたゆるい懇親会をしています。この時間は、セミナーの内容を振り返って話すこともありますが、それよりも「普段はどんなふうに仕事しているの?」と、地元での活動っぷりが話題になることが多いです。

食事とお酒を自由に持ち込むスタイルにして無料でやっています。当初は居酒屋で懇親会をしていたのですが、こっちのスタイルにしてから参加者が急増。毎回半数以上の方が参加されます。多い時はほぼ全員です。2時間では話し足りないって人もいるようで、終わってから再び出かけちゃう人もいます。

こういう場を必要としている場が多いんだなって思います。戦略的な人脈づくりを目的にしている人がいるかもしれませんが、雰囲気はそういう感じではありません。孤独感や寂しさを胸の中に抱えていて、つながれる場を求めているのだと思います。そもそも私がそんなタイプです。

講師だから教えるのが仕事なんですが、「教えて終わり」だったら面白くありませんし、寂しいです。そういう感じであれば、セミナー事業を10年も続けて来なかったと思います。

私にとって重要なのは「双方向」です。セミナーだけでなく鍼灸の臨床でも重要です。私の臨床は、鍼をしたら反応を見る…の繰り返しですからね。

リアクションが見えない仕事は、たぶんできません。やった仕事に対して「どう?」ってすぐにリアクションを求めます。もしかしたら鍼灸師全般がそういう人種なのかもしれません(勝手に決めつけんなって言われそうですが…)。そう思うのは、前職で「自分の仕事が社会にどう役立っているのかわからない」と思って鍼灸師になったというエピソードが多いからです。


リアクション次第で好きになってしまう


人にリアクションを求めているのだから、自分がリアクションが薄くならないように気をつけています。もともと上手くないので、自然なリアクションができるようにしておかないと。行動でやろうとすると不自然なので、心の感度を上げるようにしています。

私が仕事に求めているのは、いつだってつながりです。患者さんがたくさんやってくる鍼灸院を目指すのも、つながりを増やしたいからです。セミナーを繰り返すことで得られるのも、つながりです。一人ひとりと出会っていくことが社会との接点を増やし、結果的に社会とのつながりを太くしていけるのです。

つながりを意識して講師をするようになってから、より楽しめるようになりました。「上手に説明しよう」とか「上手な実技を見せよう」とか考えると、いらぬプレッシャーを生み出してしまいます。つながりを意識すると不思議とプレッシャーを感じなくなります。たぶん、相手のリアクションに注意が向けられ、自分のリアクションをチェックするモードになっているからでしょう。

人には相性があるし、好きとか嫌いとか、ありますよね。その判断って、相手のリアクションの質でやっていませんか? 私は、笑顔とか見せられるとすぐに心が引き寄せられてしまいます。けっこう軽い心をしております。

とまあ、こんなふうことを考えながらセミナーを開催しているのであります。もちろん、セミナーで意識する「つながり」はゆるいものだから、警戒する必要ないですよ。ご安心くだされ。

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宿泊先のビジネスホテルにて思いつくままに。

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2019年12月03日

群馬の養気院を大改造


施設拡大計画が進行中


今、群馬では一つの計画が進んでいます。

これまで大きな挑戦を2つありました。この挑戦は三度目です。今までで一番大きな投資になります。

額が大きいので「大丈夫?」って心配されますが、わかりません。絶対に成功する事業なんてないので。「大丈夫にするしかない」って状況をエネルギーに変えていくだけです。

ここまでの挑戦を簡単に振り返って整理してみました。

一度目の挑戦は、鍼灸院の開業(26歳)でした。
二度目の挑戦は、セミナー事業(33歳)と東京での鍼灸院開業(37歳)でした。
三度目の挑戦は、教育事業に伴う施設拡大(43歳)です。

鍼灸のチカラをもっと世の中に知ってほしい一心でここまでやってきました。順風満帆なんてことはなく悪戦苦闘と試行錯誤の毎日です。細かな挫折は数え切れません。めげずに状況を楽しんでいると、誰かが手を差し伸べてくれます。だから、周りにはいつも応援してくれる人がいます。私は、そんな人たちに感謝しながら毎日を過ごせる幸せ者です。


才能と努力の限界を超える方法


世の中には鍼灸師の免許をとっても活かしきない人もいます。彼らの努力が足りないとか才能がないとか、そんなふうには思いません。真面目すぎたり、誠実すぎるためにうまくいかないケースもあるように思います。そういう人にこそ成功してほしいと思うのです。

成功している人は運に恵まれています。「運は自分で引き寄せるもの」と語る人もいますが、取り返せない失敗もします。自分の人生を振り返ってみても、失敗や挫折ばかりです。

‐学6年生のとき、胃痛で苦しんだ
 ⇒自分の体にツボを感じるきっかけとなる

中学2年生で「ギランバレー症候群」と診断され、半年間の入院生活
 ⇒多感な時期に思い通りに体が動かない苦しさを経験した。

C羈悖廓のとき、膝に原因不明の激痛が出て医師にさじを投げられる
 ⇒医学や医師は万能ではないことを知った。

ぢ膤惻験で第一志望に落ちた
 ⇒合格していたら鍼灸の道を捨てていたはず。

ワ灸学校の第一志望に不合格で第二志望に合格した
 ⇒理由あって第二志望にしたが、合格したのは真の第一志望だった

こうしてみると、不運のあとには幸運がやってきています。不運だと思っても本当はそうではなくて、神様が「そっちに行っちゃダメ」って止めてくれたのかもしれません。今年も、大きな挫折を味わいました。これまでの流れから、もうすぐ幸運がやってくるはずです。

人生には流れのようなものがあって、思い通りにならない場面があります。努力不足だと言われても、やっぱりどうにもならないことがあります。だから、そんな時は意味を見つけるしかありません。意味が見つかったときには、別の道が開けていることが多いです。


伝えなければ伝わらない


ここまで私一人の力ではやって来られませんでした。特に、どんなときでも私の味方でいてくれた妻には感謝の念が絶えません。

誰かに協力をしてもらいたかったら、想いを伝え続けなければなりません。どんなに近い人でも、黙っていては想いは伝わりません。協力してもらい続けるには感謝の言葉を言い続けることも大切です。振り返ってみると、うまく行っていない時は伝えられていないときです。伝わっていると勘違いしているときが危ないです。

身近な人には、直接口で伝えられますし、離れている人ともネットで繋がっている時代です。必要なのは、伝える気持ちだけです。

離れている人にも、想いは届けられます。想いを書き続けているといろいろなことが起こります。セミナーに受講者がどんどん集まって、協会を設立できるようになったのも、スペインで活動できるのも、書き続けてきたからです。

この記事は、いつ誰に届くのかわかりませんが、確実に誰かに届きます。すぐに何かが起こらなくても、いつか何かになるのです。

ブログを始めたのは2004年。その頃は20代でした。ライブドアブログと共に年を重ねてきました。このURLは私の履歴書です。私の歴史にアクセスしたい人が時々いるので、あえて古い記事をそのまま残しています。

20代、30代の鍼灸師を見ていると勢いを感じます。彼らの伝えるパワーに圧倒されます。心底すごいなって思っています。感心してばかりもいられないので、私もどんどん情報発信します。


次回は、第三の挑戦について詳しく書きます。
なぜ、借金をしてまで施設を拡大するのか...心情と展望を明かします。


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