仕事日記

2019年10月29日

整動協会とぼくらの未来


無料から有料へ


私が代表を務める整動協会は設立から2年が経ち、次のステップに向けて準備を進めています。無料のコミュニティとして発足し、のちに有料のコミュニティに移行してきました。想像していた通りですが、無料と有料では会員さんの意識は大きく変わります。「無料なんだし」という理由で、許されていたことが許されなくなります。

会費が会の収入として入ってくるので、活動費用に余裕ができるいっぽう、会費に対する対価を提供できているのかと、厳しく自問していくことが必要です。鍼灸師の仕事や講師の仕事は楽しくできていましたが、組織の運営では「楽しいですよ」とは言い切れない自分がいます。「仕事は楽しもうよ」と人には言っている私が、心の内では「仕事は楽しいことばかりじゃない」と思っているので、明らかに矛盾しています。

人間関係の網がもつれないように、やりくりするのは簡単ではありません。いってみれば、組織運営は新しいスポーツへの挑戦と同じです。もし、私に才能があっても、1年程度では全国大会にはいけないでしょう。私が完成されたリーダーでないことは、私が一番よくわかっています。日々トレーニングです。少しずつ実力がついてきていると思います。

協会が発足する前は、会費のないコミュニティで、会員数が200人を超えていました。協会ができた時、数十人が抜けたので、160人くらいからのスタートになりました。


がんばりをねぎらいつつ、成果を冷静にみる


コミュニティが有料化されてからの1年を振り返ってみると、会員の増加数は+7人(163人⇒170人)です。有料化したから仕方ないと見ることもできますが、コミュニティ運営に多額のコストを費やしたので言い訳はできません。この数字を評価して結論を出すのもリーダーの仕事です。

私の手や目が行き届かないところは役員が代わりを果たしてくれました。私の知らないところでがんばっていたと思います。

彼らが費やした汗を想像し、ねぎらういっぽうで、代表としては、会費が有効に使われていたかを厳しく見なければいけません。役員は成果で評価すべきなので、私が把握している「がんばり」は箱にしまっておきます。

心を鬼にして評価すると、かかったコストに対し会員増加数が伴っていないように思います。もちろん、会員数増加だけで評価できませんが、協会の発足後、私と役員が課題としてきたのは、会員数だったからです。鍼灸師が成功できる協会であると認識されたら、自ずと会員数は増えるはずです。実績を冷静に見れば、内部充実と外部への発信力、どちらも足りていなかった可能性があります。会員数は会の運営資金にも直結しますし、増えた方が会の運営にプラスになります。また、会員が増えれば一人当たりの負担も減らせるかもしれません。

どのみち、現状と会費を照らし合わせると、会費の見直しを真剣に検討しなければなりません。そのためには、運営をコンパクトにしてコストを下げる必要があるでしょう。私一人では実現できませんし、改革にはみんなの理解が必要です。


相互扶助を実現するコミュニティ


「会の発展って何だろう?」って考えた時に、会員個人の成功に帰着すると思うのです。会員の一人一人が成功しなかったら、会が成功するはずがありません。どんなに崇高な目標を掲げても、会員一人一人が施術や経営で悩んでいたら前に進みません。だから、会員の成功をお手伝いするのが、もっとも近道で正攻法です。

鍼灸院の経営は他の業種同様に簡単ではありません。リスクを恐れて一歩を踏み出せない人もいます。根拠のない自信で飛び出して成功する人もいますが、失敗して諦めてしまう人も少なくありません。

成熟した組織が支援しても、リスクをゼロにすることはできませんが、半減させることくらいはできると思います。

私が考える会の在り方は、相互扶助です。会員同士がお互いに助け合う関係です。私もその一員になりたいと思っています。だから、私は時に助ける存在であり、時には助けてもらう存在です。上下関係ではなく、リスペクトし合える関係が理想だと考えています。

こういう観点からすると、まだまだ会員さんのスキルを引き出せていません。業界の外で養った高い能力を隠し持っている場合がとても多いのです。絵の才、音楽の才、デザインの才、編集の才、語学の才、スポーツの才、ユーモアの才、文才、経営の才など。思い当たる人がたくさんいます。


改革の時が来た


理想と現実を分けて運営しようと決意しています。超現実主義でいこうと考えています。未来に投資することは大事ですが、遠すぎる未来だと実現できぬ夢で終わってしまいます。

よい就職先を探したいとか、独立して食べていけるか不安であるとか、患者さんの数が落ち込んで経営が危ないとか、技術的に不安であるとか、そういう目先の課題が鍼灸師には降りかかってきます。

私は別の組織の理事をして「鍼治療の標準化」というプロジェクトに関わっています。すごく夢があるテーマで、実現したら医療の一部として鍼灸が認められる社会になります。とてもワクワクします。私が率いる整動協会は、そういう夢を抱くために必要な余裕をつくる場所にしたいです。

整動協会としては「整動鍼を普及させる」というミッションがありますが、整動鍼という技術体系が、鍼灸師の悩みを解決できなければ意味がありません。

改革のために、夏からずっと準備してきました。自分の想いを理解してもらえるように、内外に働きかけてきました。全員に理解してもらうことはできませんでした。私がやれることは、誤解を生じさせないことです。事実と違うことは勇気をもって訂正します。

リーダーとして未熟なところばかりですが、決断する勇気だけは忘れないようにしたいと思います。

6回に分けて、私の内面と共に組織の課題を告白してきました。中には、リーダーの揺らぐ姿を見て不安になった会員もいらっしゃると思います。でも、私はただの人間ですから常に揺らいでいます。特別な人間ではありません。そういう現実を隠して生きるよりも、弱さを含めた内面を理解してもらって生きる方を選んだのです。


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2019年10月23日

大人になりきれないリーダーの告白



セミナーの強みとリスクは「人」


セミナー業は、高価な機械に投資する必要もなく店舗もいりません。だから、ノーリスクだと思われていることがあります。低リスクな事業に分類されると思いますが、決してノーリスクな事業ではありません。私が背負っているリスクは、売上を「人」に依存していることです。

当たり前ですが、セミナーは講師が顏になっていくので、いかに優秀な講師を育てられるかで事業の行方が決まります。もちろん、講師を養成するにはお金がかかります。お金と時間をかけて育てた講師がフッと消えてしまうリスクを抱えています。

時々、セミナーの当日だけの収支で利益を計算されてしまうのですが、コストは1年を通してかかっています。ここまで全体を通してみれば順調と言えます。でも、そうではないことも起きています。期待していた人材が続々と流出するなどして、会社は大きな経済的ダメージを負いました。

育てた講師は、外から見れば実力が保証された即戦力です。声がかからないはずがありません。考え方によっては名誉な話です。うちの社員であることがブランドになっているのですから。とはいえ、現実はそんなふうに考えられる余裕はありません。残る社員に負担をかけないように、売上を確保しなければならないからです。経営者として神経をすり減らす場面です。 

これから入ってくる社員もいるので、この記事で不安にさせるわけにはいきません。会社はきちんとリスク管理ができているので安心してください。


利益は誰のものか


私は、手伝ってくれる人にはしっかり報酬を出したいので、セミナーでは売上を大事にしています。しっかり料金を頂いているので、立地の良いところを会場にできたり、講師に報酬を支払うことができます。もし、セミナー代が半分になってしまったら、会場を変えなければいけませんし、講師を頼むこともできなくなります。

実際に、復習会(2019年度では「整動鍼 DVD演習編」「整動鍼 取穴復習編」「活法 術理体得編」が相当)のような低料金設定のセミナーでは、会場代と依頼する講師代で売上はすべて消えてしまいます。私自身の講師料は生み出せません。もちろん、コストは会場代と講師料だけではありません。事務費用もかかります。そして、カリキュラム作成、教材制作、技術顧問へのロイヤリティ、交通費、協会運営に費用がかかっています。

受講者が少ない時は、薄利または赤字です。こういう現実を知らない人は、セミナー代が高いと感じるかもしれません。確かに鍼灸業界の相場と比べると料金が高めです。

鍼灸業界の多くのセミナーがボランティアで営まれているので、余計に高めに見えます。だからこそ、本気の努力が必要です。価格に対して内容が伴わないと判断されてしまえば誰も来てくれません。価格に見合うコンテンツを提供し続けなければなりません。

価格を下げれば、「良心的ですね〜」と褒めてもらえるかもしれませんが、講師はボランティアでお願いしなけれなりません。都心の会場も使えません。

ボランティアではなく事業としてセミナーを行っているのは、鍼灸師の雇用を拡大したり、鍼灸師の可能性を広げる事業を展開するなどの展望があるからです。だから、リスクを背負えるし、がんばることもできます。

とはいえ、私一人が頑張っているわけではありません。私一人の力でもありません。支えてくれてきた人たちのおかげで今があります。だから、得た利益は、できるだけセミナーを支えてくれた人に回し、自分は最後になるようにしています。

私の気持ちを十分に理解してくれる人ばかりです。ただ、中には事情を知らずに「利益を独占するのはけしからん」と非難してくる人もいます。極端な例になりますが、会社の資産や人件費を含む経費、さらには個人の資産を開示するように迫られたことがありました。もちろん、上場していない株式会社の資産や従業員の給与を公開する必要はありません。

個人的な活動に協会の会費が使われていると勘違いされていることもありました。こうした誤解をつくっているのも、きっと私自身です。

おそらく、私の会社(活法ラボ)と協会(整動協会)のお金が外からは区別しづらいことが原因です。セミナー業務は会社で担っているものがほとんどですが、受講者が混乱しないように、すべて協会を介して対応しています。利便への配慮でやったことが誤解の種になっていたら元も子もありません。


傷ついてもよい人は一人もいない


あの渋沢栄一も言っていますが、透明性は大事ですが何でも馬鹿正直に開示するのはよくありません。守るべきものは守るのもリーダーの務めです。

 もともと商業は、政治と比較すれば、機密など持たなくても経営していけるはずのものであろうと思う。ただし銀行においては、事業の性質としてある程度は秘密を守れなければならないことがある。たとえば、誰にどれくらいの貸付があるとか、それに対してそのような抵当が入っているといったことは、社会道徳のうえから秘密にしておかなければならなないことだろう。
 また、一般の商売においても、いかに正直を旨としなければならないとはいえ、この品物はいくらで買い取ったもので、今この値段で売るからこれくらいの利益になる、といったことをわざわざ世間に公表する必要もあるまい。

渋沢栄一 著 守屋淳 訳『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)(p161)


これから、協会の会員に向けて、セミナー代の一部が誰にどのように使われているのか詳しく説明する予定です。会費の用途も開示します。

渋沢先生がおっしゃる通り、社会道徳として秘密にしておく事項もあると思うのです。だから、ブログで公開できることはあまりありません。にも関わらず、公の場に記事を書いているのは、私の仕事に対する想いを外にも伝えたいからです。

協会を設立して2年。どこからともなくやってくる「組織とは○○であるべきだ」という圧力。その中で自分の信念を貫くのは容易ではありません。組織の代表である前に、個としての私がいます。

個人的に大事にしたい価値観があります。この仕事を通じて成し遂げたいことがあります。会員さんと築きたい人間関係があります。その延長上に組織があるだけなのです。個を切り離して考えることはできません。

組織は切り分けていったら個になります。その個を愛おしいと感じるから組織を大切にできるのです。少なくとも私はそう考えます。もちろん、組織を運営するには割り切った方が考え方が必要だという一般論は知っています。リーダーとしての資質がないと言われても、自分に嘘をついてまで組織論を追求したいとは思いません。大人になりきれないリーダーなのです。

未来を切り拓くことも大切ですが、この瞬間を粗末にして進んだ未来に居場所はありません。本当に大切なものを失わないために、私自身が変わるべき時がやってきています。

次回の更新では、私が思い浮かべている協会の姿を書きます。

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2019年10月22日

お金の解釈は人によって違う


第3話「お金では買えないものを生み出すと成功する

正解のない金銭感覚


組織運営で避けて通れないのがお金の管理です。立ちはだかる問題は、お金の解釈は人によって違うことです。また、生まれ育った環境で金銭感覚も変わります。みんな自分が正解であるかのような顔をして話をします。

生まれながらにして、絵が上手な人や歌が上手な人がいるように、商才というものがあるのだと思います。絵も歌も下手な私は、せめて商才だけでも...と思う時があります。もちろん、鍼灸師としての才能を一番認めてもらたいです。

鍼灸には理論がありますが、決め手となるのは感覚です。経営も経営論がありつつも、やっぱり感覚が頼りになります。金銭感覚を磨くことは、鍼灸師が手の感覚を磨くのと同じように大事なのだろうと思います。私の感覚はほぼ実践で培ってきました。

これくらいの売上なら、人件費はこれくらいで、投資はこれくらいで、内部留保はこれくらいできるなぁ、と自分の中で心地よく収まる範囲があります。正解か不正解かとは別に、感覚的な心地よさがあります。何事も理屈では説明できない感覚の領域があると思います。商才に恵まれた人は、その感覚の領域に正解が生まれやすいのでしょうね。

私は常に試行錯誤の中で生きています。正解はわからないので「こうしておいた方がいい」という心の声に従っています。後から「やめておけばよかった」と思うことはありますが、勝率が5割より上なので生き延びています。

うちの会社は小さいので、私の経験と感覚が軸になります。もちろん、会計士に相談したりするなど専門家の意見には耳を傾けています。相談相手がいても、結論を出す(責任を取る)のは私です。

お金がなくて苦労した駆け出し時代があるので、もうお金で悩みたくはありません。資金がショートしないように慎重になっています。でも、使うところは使わないと事業はしぼんでしまいます。

私のお金の使い方をみて「思いきりがいい」という人と「ケチ」と言う人がいます。同じことをしているのに評価が正反対というのは興味深いことです。実際にどっちかなんて重要ではないのです。最初に書いたように、みんな金銭感覚が違うので答えなどないのですから。


コミュニティづくりに投資をする


協会設立は私にって新たな挑戦でした。私自身を成長させるためにも、会社を成長させるためにも、新しい仲間をつくるたにも、新たなステージに登るためにも必要な決断でした。

協会を立ち上げるために思い切って資金を投入しました。

「会社だけでセミナーやっていた方がラクでいいのに」と言われましたし、今でも言われています。その意味はよくわかります。自分の会社だけでやっていた方が売上を独占できます。

短期的にみれば会社単独開催の方がお得です。でも、中長期的な視点で考えたら限界がすぐにやってきます。コミュニティがなければ、セミナーはすり減って消耗していきます。受け取ってくれる人が待っていてくれるからこそ、この人たちのために頑張ろう、って思えるのです。

セミナーを続けていくためにばコミュニティが必要だと考えました。やるなら最高のコミュニティをつくりたいと思いました。セミナーの受講者がそのまま居残りたくなるような場所が理想です。情報や感情も共有し、一緒に成長していける場を思い描いています。

それまでもfacebook上に仲間が集まっていました。受講した人が集まるグループをつくって、やんわりと管理しました。協会の会員はここに集っていた人たちが中心となりました。有料化になって出て行った人もいます。有料化にした理由は、有益な新たなサービスを提供するためでした。無料FBグループのメンバーの中から、協会の運営メンバーが決まりました。2年前のことです。

彼らに期待したのは、だいたい次の5つです。

 .札潺福室講者の代表であってほしい
 ∪案逸の可能性を信じてほしい
 私の理解者であってほしい
 た靴靴ぅ▲ぅ妊△鮖ち込んでほしい
 タ靴靴せ業を立ち上げてほしい

簡単に言えば、「私を信じている限り、好きなことをやってもいいよ」という気持ちです。資金で困ることがないように、セミナーの売上の一部を永続的に提供することを約束しました。私の会社(活法ラボ)がセミナーをやり続ける限り、協会にお金がプールされていきます。こうして、会費とセミナーの売上の一部を協会の運営資金として使える体制をつくりました。

私の理想を実現するために誰かが犠牲になることがないように、次のことを守ることにしました。

  ̄娠張瓮鵐弌爾剖眩的なリスクを負わせない
 運営メンバーの自主性を重んじるため命令をしない
 C惨で結果を求めない

協会が負債を負うことがないように、セミナーとコミュニティ運営にかかる経費はそれまで通り私の会社で持ち続けました。そして、協会独自のサービスが生まれるのを待ちました。私は私の会社を通じて整動協会のパトロンになったわけです。

解釈は人それぞれです。私は利益を分配する覚悟で立ち上げた組織ですが、「協会でセミナーをやっているのに、なぜ代表の会社にばかりお金が入るのか?」という声も出てきます。とても不本意な言われ方ですが、こうした現実を受け入れて対応していくことも私の仕事なんだと思います。

次回は、この問題を掘り下げていきます。


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2019年10月16日

お金では買えない


第2話「セミナーは仲間づくり」のつづき

セミナー業の難しさ


セミナー業はとても面白くてやりがいがあります。魅力を伝えつつも、簡単に稼げる仕事であると勘違いされることがないように、できるだけ正直に書いてみます。裏側で大変なことも山ほどありますので、セミナーをやってみたい方には参考になるかと思います。

最初にお伝えしたいことは、「セミナー業=講師業」ではないことです。講師は重要な仕事ですが、講師だけがいても成り立ちません。受講者がいての講師です。

先に結論を書いてしまうと、受講者と講師のセッティングを繰り返すことがセミナー業の本体です。受講者は勝手に集まりませんから、魅力的な企画をする必要があります。そして、講師も勝手に育ちませんから、講師の教育が必要です。企画と教育がセミナー業の本質です。

事業が小さいうちは、自ら企画をして自ら講師をするので、思いつきと勢いで乗り切れるかもしれません。事業が個人から組織になっていくと、やはり綿密な計画とリスクマネジメントが必要です。また、イベントと違ってセミナーは同じものを繰り返していく性質があるので、同じでありながらも飽きない工夫も必要です。業務に携わる人に、安定的に仕事を供給することも大事です。

セミナー業は人を管理する仕事です。コストをかけて育成した講師が流出するリスクもあります。特許に守ってもらえない仕事なので、ノウハウの流出もリスクです。

私が個人的に考える最大のリスクは、「何でも惜しみなく放出することが正義(何ならタダで)」という空気です。どんなにコストをかけて蓄積したノウハウであっても、それ自体が見えにくいことから、その価値を理解されにくいのです。また、何年もかけて培ってきた信頼もモノではないので、理解されにくいのです。そのため、「運営ノウハウや顧客リストがセミナー業の財産である」ということを言い続ける必要があります。


ノウハウの流出


良くも悪くも、セミナー業は人が財産です。流動性が吉と出ることもあり凶と出ることもあります。もし、講師が流出すれば、ノウハウと共に供給力を失います。製造業でいえば、設計図と工場を同時に失うのと同じです。

工場を建てるのに時間がかかるように、講師の育成にも時間がかかります。1人前になるのに2〜3年の計算です。利益をもたらすようになるのは3年目くらいです。その頃になると、自分の力を外で試してみたいと考える時期なので、流出の確率が高まります。講師には技術の最高レベルのものを伝え、トレーニングするので技術的なノウハウも対象になります。外部から声もかかりやすくなります。

対策は活躍の機会を増やすことに尽きます。講師は受講者がいなければ活躍できませんから、受講者が集まる仕組みを用意します。ただ、いくら受講者が集まっても、本人が講師業に関心がなければ意味がありません。ですから、大事なことは次の2点です。

々峪婉箸剖い関心がある人を講師に育てる
⊆講者が集まる仕組みをつくる


人材への投資


こうして考えると、セミナー事業は人材への投資が本質であると理解して頂けると思います。この視点から言うと、最初のステップを踏み出したに過ぎず、成功しているとは言えません。

人材が人材を生み出す領域には入っていないからです。私自身がペダルを漕ぐのをやめたら、事業が止まってしまいます。そして、私の健康状態と事業が一体化しています。関わっている人が多いというのに、私の健康状態に大きく左右されてしまう事業は健全とは言えません。

現状、私は病気や怪我が許されません。健康管理は最重要課題です。私は体調を崩すことが少ないので、体が丈夫であると勘違いされやすいのですが、体が発する悲鳴を聞き逃さないように細心の注意をしているのです。休日を増やして体調管理を徹底したいと常々思いつつ、実現できないまま月日が流れています。

何かあれば私の責任になるわけですから、私自身の立場を守る意味でも、早急にとり組むべき課題です。セミナー数を減らしてリスクマネジメントを行います。誤解されないように補足しておきますと、体調が悪くなったから減らすのではありません。体調を崩すことが許されないので、安全マージンをつくっておくのです。それと並行して、私に何かあっても大丈夫なように、人材教育にも力を注ぎます。

ここまで読んできてどうでしょうか。セミナー業のイメージが変わってきたのではないでしょうか。「余裕のある時に、いくらかのお代を頂きながら自分の経験を教える」ことと、事業としてセミナーを行うことは似て非なるものです。従業員や提携している相手がいれば、安定した売上が必要です。経費も計算しなければいけませんし、売上の落ち込みにも対応しなければいけません。

セミナー業はよく誤解されます。「売上=利益」と思われやすいのです。確かに、セミナー当日だけを数字を見れば利益率が高い業種です。しかし、コストの大半は、セミナー当日ではなく、セミナーの前後にかかります。だから、セミナー当日の労働時間から、私の報酬は算出できません。


計算できない価値


忘れちゃいけないのがカリキュラムです。カリキュラムはセミナーの台本です。台本に命を吹き込むのが講師の仕事です。また、カリキュラムはセミナーに秩序をもたらす役目があります。講師がその都度思いつくままにやっていたら、回によって内容が違ってしまい公平感がつくれません。セミナー事業を継続するためには、この公平感が肝になります。

カリキュラムには、2つの角度で価値が決まると思っています。一つは、習得しやすいように伝える順番を考えたり、理解しやすい表現を工夫することです。同じ内容を伝えるのであれば、短期間で習得できる方がよいです。カリキュラムは習得のガイドラインになります。

もう一つは独創性です。私がもっとも力を入れているところです。他では教えてくれない内容が含まれている方が価値は上です。この独創性の価値は計算で導けません。実際に価格を付けてみて、売れるか売れないかで判断するしかありません。受講者が感じる価値よりもセミナー代が高ければ受講してくれません。安くしすぎれば利益が出ません。受講者が感じる価値に耳をすませつつも、もう一つ大切にしていることがあります。それは、いくらで売りたいかです。価格を予め設定し、その価格に見合う内容を考えるのです。

その時に基準になるのは、「自分が受講者なら喜んで払う価格」であることです。さらにいえば、「お金で買えないものが手に入る」と思えるセミナーを用意できたら必ず成功します。

カリキュラムの原案を考えるのが私の仕事です。最高のものを提供したいので、価格も高めにしています。自らにプレッシャーをかけています。このプレッシャーが私の観察眼を刺激してくれるのです。カリキュラムがあるからセミナーをするのではなく、セミナーがあるからカリキュラムが生まれてくるのです。

「クリ助さんは臨床に専念して、セミナーや組織運営は人に任せた方がいい」という意見を頂くことがあります。でも、これでは私のモチベーションは消滅します。私が新しいツボの発見に挑戦し続けられるのはセミナーをやっているからです。臨床に専念したら、効率が上がるどころか挑戦する気持ちが萎えてしまって、新しいものが生まれてこないでしょう。

私が臨床家として成長できるのは、セミナーで自分の技術をさらけだして、毎回評価して頂いているからです。患者さんの評価とは違う厳しさがあります。価格を高めに設定したセミナーなので、私を見る目は鋭く妥協がありません。

そんな目を愛せる人だけがセミナーで成功できると思います。

つづく...第4話「お金の解釈は人によって違う


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2019年10月06日

鍼灸師でないもう一人の私 第2話「セミナーは仲間づくり」


第1話「鍼灸師ではないもう一人の私」のつづき

整動協会を立ち上げた目的


私は整動協会の代表を務めています。

立ち上げたのは2年前です。協会をつくる前は会社組織でセミナーをやっていました。協会をつくろうと思ったのは、整動鍼の受講者が増え始めたからです。セミナーというのは、イベントみたいなものです。基本的に「必要な人が必要だと感じた時にやってくる」というものです。でも、私がセミナーをやってきたのは、技術を伝える以外に、仲間づくりという目的があったからです。

そのため、協会ができる前から、facebookのグループ機能を使って交流会を用意していました。それなりに機能していたのですが、上のランクを目指すことを決意しました。サークル的な交流会を公式なものにしようと思ったのです。そのためには、会社組織で運営するようりも、協会をつくった方が公平性のある組織になる考えたのです。所属する会員の声を運営に反映させるにも、その方がよいと思っていました。

協会の運営陣は、会員の中から選出しました。しかし、端からみたら2つの団体の役割分担が見えにくいため、境界線がぼやけていき、誤解や混乱の源になってしまうのです。仕切り直したいと思っています。

もともと、セミナー運営は会社で担い、コミュニティ運営は協会で担うように役割を設定していました。しかし、セミナーとコミュニティは連続しているため、曖昧な部分もあります。
完全に切り分けることは困難ですから、「まあ、細かいところは気にせず行こう」と割り切っていました。しかし、この曖昧さは責任の所在も曖昧にしてしまいます。


セミナーとコミュニティ


話を元に戻します。

私が、セミナーだけでなくコミュニティ運営に力を入れるのには理由があります。それは、鍼灸師としての根の部分に、「鍼灸の価値をたくさんの人と共有したい」という気持ちがあるからです。私が施術における再現性にこだわる理由も同じです。共有したいから再現性にこだわるのです。

整動鍼は再現性が高いから共有しやすいのではなく、共有しやすい鍼灸を追求した結果、整動鍼が生まれたのです。私が整体術として活法を選択したのも、共有しやすいと感じたからです。根底には、常に仲間との共有があるのです。

そんな私がたどり着いたスタイルが、「セミナー×コミュニティ」です。整動鍼はそれだけ価値があるものですが、共有することで新しい価値が生まれると信じています。私だけではできないことが、仲間と一緒ならできると信じています。

協会を立ち上げる前に、facebookにつくったコミュニティは100人を超えていました。この100人がつながりをつくっていましたし、自主的に勉強会を行うなど活動が盛り上がっていました。私が用意したセミナーがきっかけとなって、人と人がつながっていくことに特別な喜びがありました。

「こういうの、いいなぁ」

って、いつも思っていました。と同時に立場的に勉強会に参加することはできず(私が行くとセミナーになってしまうからです)、寂しさも感じるようになっていました。本当は自分が一員となりたいコミュニティだからです。コミュニティをつくって、初めて気がついた孤独です。とはいえ、そんな孤独が気にならないくらい夢中になって働いていました。

2年前に整動協会を立ち上げる前も今も、コミュニティは私の憧れなのです。


活法ラボとセミナー事業


協会を設立する前の話をしましょう。

私がセミナー事業に関わり始めたのが2009年です。活法のセミナー運営を手伝うことから始まりました。ボランティアのような関わり方からスタートし、試行錯誤をしながら事業を育ててきました。活法も練習し、講師としてのスキルも磨いていきました。

夢中になっていたら、セミナー運営の中心を担うようになりました。そして、セミナー事業は私の仕事の中で臨床と同じくらい重要な位置づけになりました。

失敗もしてきました。セミナーに人が集まらないこともありました。苦い経験を重ねながら、少しずつノウハウを蓄積し、2013年にはセミナー事業(カリキュラムづくり、セミナー開催、講師養成)を展開する、活法ラボを株式会社として立ち上げました。同時に、開業したのが品川の「はりきゅうルーム カポス」です。社員を雇用しての事業拡大ですから、収益に対する意識も自ずと高まります。

大きな責任を感じるようになりました。自分の都合や好みだけで動けない窮屈さも感じるようになりました。でも、自分で選んだ道です。

セミナー運営に関わった当初から、(ボランティア活動ではなく)事業としてやるつもりだったので、収益を上げることが絶対条件でした。

セミナーは、ボランティアで運営されているところも多いので安価なところが多いです。それを良心的と定義するならば、私が設定した金額は決して良心的とは言えません(それでも、私が活法を習った時の半額)。

価格に見合う価値を提供できなければ、「ぼったくり」の烙印を押されて廃業してしまいます。価格に見合う価値を生み出すために、私が取り組んだのはカリキュラムです。

今となっては、カリキュラムごとに受講者を分けて講習するのは当たり前ですが、初期の活法には、そういう事例がありませんでした。そもそも口伝で、見て覚える世界だったからです。

私が習った時、配布物がいっさいありませんでした。師匠が解説する手順を覚え、その場で体の感覚に落とし込むしかりませんでした。

ノートにらくがきのような絵を描きながら要点をメモしていました。師匠を見ているとノートが取れず、ノートを取っていると師匠の動きを見逃してしまうため、1日中気が抜けませんでした。

セミナーの価値は時間を買うことだと思っています。「自分で調べて、自分で考えて、自分で試して...」というプロセスを省かせることが仕事です。簡単に言えば、私と同じ苦労をさせないように道筋をつくることです。

同じ内容をブラッシュアップしながら何度も繰り返すことができるのがカリキュラムがあることの利点です。何度も受けたいカリキュラムに仕上げると、再受講をする人が出てきます。セミナーで顔なじみになって友達になります。セミナーが仲間づくりの場として機能するのです。とても嬉しい副産物です。


つづく...次回は「セミナー事業の難しさ」について語ります。


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