2009年03月07日
ちょっと休ませてくれ
久しぶりの鬱再来。
2週間位更新していない。申し訳。
少し休ませてくれ・・・。
栢野さんから、ありがたいコメントいただきました!!
感謝!!感謝!!
なので、サイトのデザイン変更しました。
将来的には自分でCSSデザインしてオリジナルのサイト作りたいです。
2週間位更新していない。申し訳。
少し休ませてくれ・・・。
栢野さんから、ありがたいコメントいただきました!!
感謝!!感謝!!
なので、サイトのデザイン変更しました。
将来的には自分でCSSデザインしてオリジナルのサイト作りたいです。
2009年02月16日
起業案 学習塾事業 1
現在ワタクシは26歳。
一応将来の夢は
「生涯学習」&「地域コミュニケーション」
なのですが、まずこの「生涯学習」といった部分。
この言葉はいろいろなところで使われているが
実は厳密な定義は知らないで使っているところは許してくれ(´∀`)
個人的には「人生=勉強」だと思っているので
要は
「人生を「勉強」というものを通して自己成長させ
面白おかしく生きちゃいましょう!!」
ということと勝手に解釈している。無知なのは承知だ。
で自分で人生を勝手に四分割してみた。
(1)出生〜保育園・幼稚園 (幼児期)
(2)小学生〜高校生 (小学生〜高校生)
(3)大学生〜社会人 (成人)
(4)60歳以上の年配層 (高年齢層)
ぱっと分けてこんな感じ、じゃないか?
もちろんはじめからこれらすべての事業に関われるとは思っていない。
ということで、この中で一番まずはじめに何をやりたいのか?
ということ。
それはずばり小学生〜高校生を中心とした事業。
こちらの年齢層に貢献できる方法はいくつかあるだろうが
今考えているのは学習塾事業。
実際勉強は割りと好きだったし、講師経験などを通して、生徒が
成長しているときの喜びと、それを実際に感謝の言葉をかけてもらえると
本当にうれしい。
しかし、この少子化の中、学習塾事業になんのプランも無しで乗り込むのは
かなり無謀である。いまや学習塾は寡占事業で、この村上地区にも大手
学習塾チェーンが展開している。
では、この中で以下にして差別化をしていくか。
まず、勝負する場所。
実は村上地区、新発田地区、学習塾は寡占状態ではあるが、半分本当で
半分うそなのである。
というのは村上市内、新発田市内まで行かないと塾が無いということ。
村上市でいうと、ワタクシの住む神林地区や朝日・神納地区には(たぶん)
存在しない。
なぜなら、学習塾事業というのは今はほとんど、個別指導性を採用している。
個別指導といえば聞こえはいいが、先生のほとんどは大学生などのアルバイトである。
(ちなみに、学生アルバイト自体が悪いということではない。
特に学力で言うとワタクシは学生アルバイト以下だと自信をもって断言できる)
つまり、学生アルバイトの集まらない地域では、塾の運営は難しい。
では、それらの塾に対してどうやって差別化していくのか。
1つの案は、今となっては古臭くなった集団授業である。
(学習塾での集団授業はかなり問題もかなりある。それについてはそのうち書く)
まずは中学生のみに対象を絞り、1学年20人集客する。
学費をもし1万円に設定した場合、単純計算で20万×3学年で
60万の利益。もちろんそこから経費などを差し引かなければ
いかないが、もしこれが一人で運営できるなら十分な収支を生むことができる。
ただし、その1学年20人集客がどれだけ難しいか、正直まだ分からん。
そこで、大手チェーン塾には真似できない代替案2がある。
それは今やメジャーな個別指導形式を地方の地方でやる方法である。
その案については次回。
一応将来の夢は
「生涯学習」&「地域コミュニケーション」
なのですが、まずこの「生涯学習」といった部分。
この言葉はいろいろなところで使われているが
実は厳密な定義は知らないで使っているところは許してくれ(´∀`)
個人的には「人生=勉強」だと思っているので
要は
「人生を「勉強」というものを通して自己成長させ
面白おかしく生きちゃいましょう!!」
ということと勝手に解釈している。無知なのは承知だ。
で自分で人生を勝手に四分割してみた。
(1)出生〜保育園・幼稚園 (幼児期)
(2)小学生〜高校生 (小学生〜高校生)
(3)大学生〜社会人 (成人)
(4)60歳以上の年配層 (高年齢層)
ぱっと分けてこんな感じ、じゃないか?
もちろんはじめからこれらすべての事業に関われるとは思っていない。
ということで、この中で一番まずはじめに何をやりたいのか?
ということ。
それはずばり小学生〜高校生を中心とした事業。
こちらの年齢層に貢献できる方法はいくつかあるだろうが
今考えているのは学習塾事業。
実際勉強は割りと好きだったし、講師経験などを通して、生徒が
成長しているときの喜びと、それを実際に感謝の言葉をかけてもらえると
本当にうれしい。
しかし、この少子化の中、学習塾事業になんのプランも無しで乗り込むのは
かなり無謀である。いまや学習塾は寡占事業で、この村上地区にも大手
学習塾チェーンが展開している。
では、この中で以下にして差別化をしていくか。
まず、勝負する場所。
実は村上地区、新発田地区、学習塾は寡占状態ではあるが、半分本当で
半分うそなのである。
というのは村上市内、新発田市内まで行かないと塾が無いということ。
村上市でいうと、ワタクシの住む神林地区や朝日・神納地区には(たぶん)
存在しない。
なぜなら、学習塾事業というのは今はほとんど、個別指導性を採用している。
個別指導といえば聞こえはいいが、先生のほとんどは大学生などのアルバイトである。
(ちなみに、学生アルバイト自体が悪いということではない。
特に学力で言うとワタクシは学生アルバイト以下だと自信をもって断言できる)
つまり、学生アルバイトの集まらない地域では、塾の運営は難しい。
では、それらの塾に対してどうやって差別化していくのか。
1つの案は、今となっては古臭くなった集団授業である。
(学習塾での集団授業はかなり問題もかなりある。それについてはそのうち書く)
まずは中学生のみに対象を絞り、1学年20人集客する。
学費をもし1万円に設定した場合、単純計算で20万×3学年で
60万の利益。もちろんそこから経費などを差し引かなければ
いかないが、もしこれが一人で運営できるなら十分な収支を生むことができる。
ただし、その1学年20人集客がどれだけ難しいか、正直まだ分からん。
そこで、大手チェーン塾には真似できない代替案2がある。
それは今やメジャーな個別指導形式を地方の地方でやる方法である。
その案については次回。
2009年02月15日
起業案 イベント・プロモーション 1
ブログを書き始めて結局のところワタクシが何をしたいのか
全く書いていないのでひとまず、今時分が考えているいくつかの
案を書いてみようと思う。
一つは「イベントの企画・製作・運営」業務。
はっきり言って地方には、有名な歌手も、劇団もきません。
もちろん新潟市内や長岡などのある程度の規模の都市では
いくらでも、そういった類のイベントはやっています。
ただなぜ地方の地方でやらないのか?
ここは個人的な簡単な仮説ですが
・集客に不安があるから
という部分が一番でかいのではないかと思います。
そこの部分がクリアできれば、地方には1000人ぐらいのキャパシティ
であれば、駐車場が整っていて、きちんとした施設はあります。
そもそも、なんで「イベントの企画・製作・運営」
がやりたいかって言うと単に
地元で、楽しいイベントあったら単純にみんな面白いじゃん!!
ってだけです。
もちろんある程度の採算性は計算しなければなりませんが。
その話はまた今度。
全く書いていないのでひとまず、今時分が考えているいくつかの
案を書いてみようと思う。
一つは「イベントの企画・製作・運営」業務。
はっきり言って地方には、有名な歌手も、劇団もきません。
もちろん新潟市内や長岡などのある程度の規模の都市では
いくらでも、そういった類のイベントはやっています。
ただなぜ地方の地方でやらないのか?
ここは個人的な簡単な仮説ですが
・集客に不安があるから
という部分が一番でかいのではないかと思います。
そこの部分がクリアできれば、地方には1000人ぐらいのキャパシティ
であれば、駐車場が整っていて、きちんとした施設はあります。
そもそも、なんで「イベントの企画・製作・運営」
がやりたいかって言うと単に
地元で、楽しいイベントあったら単純にみんな面白いじゃん!!
ってだけです。
もちろんある程度の採算性は計算しなければなりませんが。
その話はまた今度。
2009年02月14日
栢野克己さん講演会
今日は初のNBA参加!!
当たり前ですけど、アメリカの
プロバスケットリーグじゃないですよ!!
「新潟ビジネスアカデミー」
というマイミクの愛のマッキーさんが主催している
中小企業の経営者、及び個人事業主が集まって
講演会や勉強会などを通して、それぞれの業績
を上げていく集まりす。
言ってしまえば、まだ独立していないワタクシは
ちょっぴり場違いなのですが、その辺はキニシナイ!!
とにかく誘ってくださったマッキーさんに感謝しつつ
少しでも勉強する機会と、起業家ネットワークの拡大
を目指して参加してまいりました
というわけで、栢野克己さんの講演会だったのですが
経歴をWebで見て、著書などは全く読んでいかなかった・・・。
正直、もっと勉強していけばよかった。
栢野克己さんの経歴は大学卒業後職を転々とし、鬱も経験。
なんか自分と重ねてみてしまうところがある。
さらに母親自殺。
借金一億。
正直笑えない。
でも栢野さんはそんなそぶり全く見せない。
とにかくパワフル。
そして今は中小企業(主に小企業)を中心にコンサルや講演
本の出版などをしている方。
正直、無知な上に栢野さんの人生に興味を抱いた俺は
どのような経緯で這い上がってきたのか興味があったが
話の内容はマーケティング中心。
まあ、経営者向けのセミナーだから当たり前か。
ということで、栢野さんの本2冊購入。
そのあたりの経緯については、読んで勉強してみたいと思う。
ただマーケティングの話自体もとても為になった。
とにかく、夢と戦略と感謝。この3つがそろって真に成功できる。
自分の場合、夢の部分は漠然と見えているが
戦略は全くそろってない。感謝も仕切れてるとは言えない。
というか「感謝」の仕方が分からない。
それに周りの方と比べて正直、経営やマーケティングに関する知識
の不足をものすごく感じた。
当たり前といえば当たり前だが
自分は絶対的に勉強量が足りないのだ。
このままでは、独立しても失敗に終わる可能性は高い。
かなり反省。
これからは、もっと多くの本、多くの人と出会って
独立に向けて勉強していきたいと思う。
そして目標となる人、協力できる人をもっと見つけて
自分自身を成長させていきたい。
当たり前ですけど、アメリカの
プロバスケットリーグじゃないですよ!!
「新潟ビジネスアカデミー」
というマイミクの愛のマッキーさんが主催している
中小企業の経営者、及び個人事業主が集まって
講演会や勉強会などを通して、それぞれの業績
を上げていく集まりす。
言ってしまえば、まだ独立していないワタクシは
ちょっぴり場違いなのですが、その辺はキニシナイ!!
とにかく誘ってくださったマッキーさんに感謝しつつ
少しでも勉強する機会と、起業家ネットワークの拡大
を目指して参加してまいりました
というわけで、栢野克己さんの講演会だったのですが
経歴をWebで見て、著書などは全く読んでいかなかった・・・。
正直、もっと勉強していけばよかった。
栢野克己さんの経歴は大学卒業後職を転々とし、鬱も経験。
なんか自分と重ねてみてしまうところがある。
さらに母親自殺。
借金一億。
正直笑えない。
でも栢野さんはそんなそぶり全く見せない。
とにかくパワフル。
そして今は中小企業(主に小企業)を中心にコンサルや講演
本の出版などをしている方。
正直、無知な上に栢野さんの人生に興味を抱いた俺は
どのような経緯で這い上がってきたのか興味があったが
話の内容はマーケティング中心。
まあ、経営者向けのセミナーだから当たり前か。
ということで、栢野さんの本2冊購入。
そのあたりの経緯については、読んで勉強してみたいと思う。
ただマーケティングの話自体もとても為になった。
とにかく、夢と戦略と感謝。この3つがそろって真に成功できる。
自分の場合、夢の部分は漠然と見えているが
戦略は全くそろってない。感謝も仕切れてるとは言えない。
というか「感謝」の仕方が分からない。
それに周りの方と比べて正直、経営やマーケティングに関する知識
の不足をものすごく感じた。
当たり前といえば当たり前だが
自分は絶対的に勉強量が足りないのだ。
このままでは、独立しても失敗に終わる可能性は高い。
かなり反省。
これからは、もっと多くの本、多くの人と出会って
独立に向けて勉強していきたいと思う。
そして目標となる人、協力できる人をもっと見つけて
自分自身を成長させていきたい。
2009年02月08日
はじめに その3
さて、そんなこんなで新卒でベンチャー企業に入社したんですが
初めの3ヶ月間は研修。ただ普通の研修じゃない。
まずなんか教えるとか一切無い。自分で調べて課題やって!!
って感じ。
それは、まだいいんだが課題を提出するごとに席順を変えられる。
どういう風に席順が変わるかというと成績順で1〜90位までつけられる。
上位半分は下の階、下位半分は上の下位といった風に空間さえもさえぎられる。
俺はというと、課題が基本的にプログラミングだったので
研修の時点では、真ん中よりチョイ上ぐらいの順位にいた。
だから、その時は仕事にそれほど不安も、不満も無かった。
そんでもって配属されたのが、プログラムの企画・開発する部署。
正直、コンサルタントを志望していたのだが、コミュニケーション能力
無しとの通告をうけ、とにかく配属された部署で粘ってみようと思っていた。
でも、自分のキャパシティを超える作業が次々に降りかかる。
毎日、夜中までの作業、徹夜の作業。
(ちなみに、こう書くとめちゃめちゃハードに感じるが、フルフレックスで実際は昼に出社したりしてたので、作業時間自体はそんなに多くない)
受験勉強もそこそこ、大学の勉強もそこそこ、就職活動も運で乗り切ってきた自分には、そのプレッシャーを乗り越えることができませんでした。
不規則な生活が祟り、精神面で崩壊。医者の診断
「うつ病」
遠い世界の話で、自分とは全く関係の無い病気だと思っていたものが
事実こうやって向き合っている。もうその世界に存在したくないと本気で思った。
結局、円満にとはいかず、約一年で退職することになりました。
本来、そこで少しゆっくりすればいいものの、なんか休んでいることに罪悪感を感じてしまいすぐに就職活動。
契約社員名もののかなり有名な広告・情報サービスの会社。
しかし、病気は一向に改善の兆し無し。
初めは負担の少ない仕事をこなしていたから、問題なかったもののそこも約一年ぐらいたったころ、負担の大きい仕事をこなすようになってから、自分のキャパシティを超え始め、前の会社と同じように退職。
ここで、初めて実家に帰ろうという考えを持ってみました。
なにをするでもない、とにかく帰って休みたいと思っていました。
その4へ続く
初めの3ヶ月間は研修。ただ普通の研修じゃない。
まずなんか教えるとか一切無い。自分で調べて課題やって!!
って感じ。
それは、まだいいんだが課題を提出するごとに席順を変えられる。
どういう風に席順が変わるかというと成績順で1〜90位までつけられる。
上位半分は下の階、下位半分は上の下位といった風に空間さえもさえぎられる。
俺はというと、課題が基本的にプログラミングだったので
研修の時点では、真ん中よりチョイ上ぐらいの順位にいた。
だから、その時は仕事にそれほど不安も、不満も無かった。
そんでもって配属されたのが、プログラムの企画・開発する部署。
正直、コンサルタントを志望していたのだが、コミュニケーション能力
無しとの通告をうけ、とにかく配属された部署で粘ってみようと思っていた。
でも、自分のキャパシティを超える作業が次々に降りかかる。
毎日、夜中までの作業、徹夜の作業。
(ちなみに、こう書くとめちゃめちゃハードに感じるが、フルフレックスで実際は昼に出社したりしてたので、作業時間自体はそんなに多くない)
受験勉強もそこそこ、大学の勉強もそこそこ、就職活動も運で乗り切ってきた自分には、そのプレッシャーを乗り越えることができませんでした。
不規則な生活が祟り、精神面で崩壊。医者の診断
「うつ病」
遠い世界の話で、自分とは全く関係の無い病気だと思っていたものが
事実こうやって向き合っている。もうその世界に存在したくないと本気で思った。
結局、円満にとはいかず、約一年で退職することになりました。
本来、そこで少しゆっくりすればいいものの、なんか休んでいることに罪悪感を感じてしまいすぐに就職活動。
契約社員名もののかなり有名な広告・情報サービスの会社。
しかし、病気は一向に改善の兆し無し。
初めは負担の少ない仕事をこなしていたから、問題なかったもののそこも約一年ぐらいたったころ、負担の大きい仕事をこなすようになってから、自分のキャパシティを超え始め、前の会社と同じように退職。
ここで、初めて実家に帰ろうという考えを持ってみました。
なにをするでもない、とにかく帰って休みたいと思っていました。
その4へ続く
2009年02月05日
はじめに その2
というわけで、ITベンチャー企業に就職したワタクシ。
話は前後しますが、この会社に入るにはまず筆記テスト→面接→1ヶ月のインターンシップで実力が認められれば、3年間もしくは成績がさらによければ5年間の入社フリーパスが貰える。っていう仕組みだったんですね。
筆記、面接をなんとかパスしたワタクシはインターンに参加することになりました。
別に、学歴コンプレックスがあるわけではありませんが(いや、これは嘘かも。実はあるのかも)ワタクシは知る人ぞ知る中堅大学の出身です。とりあえず、インターンシップの会場に行ったら名前と学校名がデカデカと書かれたバッチをつけさせられ席に着くと左隣、東工大。右隣、東大。
他にも周りを見渡すと早稲田、慶応、ICU・・・。
たまに法政、明治とかの学生がいるくらい・・・。
やべー、明らかに場違いなとこ来ちゃったよwww
と、その当時は思いました。
でインターンの内容は出された課題に対して、その課題を解決するためのプログラムを開発するというものだったんですが、学歴が上と言っても周りの学生はほとんどプログラミング初心者。かくいうワタクシは学校である程度の基本は学んでいたので、その点かなり有利な条件でした。
初めのほうは、なかなかうまくいかなかったものの評価されている人のプログラムを見ながら「なるほど、こういうのが試験管に受けるのか!!」とヒントを得て、最終的にはAパス(5年間入社フリーパス、ノートPCプレゼント)を頂くことができました。
ちなみにそのときのインターン参加者は200名ぐらい、Aパス貰ったのは5人だったので、正直生きててはじめて自分が評価された気がしましたよ・・・。だっていわゆる学歴が自分よりも上の人たちの中で選ばれたんですもん。
でもそこからがいけなかったんですよね・・・。
いわゆる「天狗」になってたんだと思います。
俺はできる人間なんだ!という根拠の無い勘違いですね。
そんな経緯があって、自信満々にやる気に満ち溢れて大学卒業後すぐにそのITベンチャーに就職することになったんです。
その3へ続く
話は前後しますが、この会社に入るにはまず筆記テスト→面接→1ヶ月のインターンシップで実力が認められれば、3年間もしくは成績がさらによければ5年間の入社フリーパスが貰える。っていう仕組みだったんですね。
筆記、面接をなんとかパスしたワタクシはインターンに参加することになりました。
別に、学歴コンプレックスがあるわけではありませんが(いや、これは嘘かも。実はあるのかも)ワタクシは知る人ぞ知る中堅大学の出身です。とりあえず、インターンシップの会場に行ったら名前と学校名がデカデカと書かれたバッチをつけさせられ席に着くと左隣、東工大。右隣、東大。
他にも周りを見渡すと早稲田、慶応、ICU・・・。
たまに法政、明治とかの学生がいるくらい・・・。
やべー、明らかに場違いなとこ来ちゃったよwww
と、その当時は思いました。
でインターンの内容は出された課題に対して、その課題を解決するためのプログラムを開発するというものだったんですが、学歴が上と言っても周りの学生はほとんどプログラミング初心者。かくいうワタクシは学校である程度の基本は学んでいたので、その点かなり有利な条件でした。
初めのほうは、なかなかうまくいかなかったものの評価されている人のプログラムを見ながら「なるほど、こういうのが試験管に受けるのか!!」とヒントを得て、最終的にはAパス(5年間入社フリーパス、ノートPCプレゼント)を頂くことができました。
ちなみにそのときのインターン参加者は200名ぐらい、Aパス貰ったのは5人だったので、正直生きててはじめて自分が評価された気がしましたよ・・・。だっていわゆる学歴が自分よりも上の人たちの中で選ばれたんですもん。
でもそこからがいけなかったんですよね・・・。
いわゆる「天狗」になってたんだと思います。
俺はできる人間なんだ!という根拠の無い勘違いですね。
そんな経緯があって、自信満々にやる気に満ち溢れて大学卒業後すぐにそのITベンチャーに就職することになったんです。
その3へ続く
2009年02月04日
はじめに その1
はじめに。
私は新潟県村上市(旧神林村)の出身です。
私は地元の進学校に進み、漠然と大学進学を考えていました。
そして、目指した大学は「新潟大学」。
地元の国立大学です。
(と言っても通える距離じゃないですが・・・)
しかし、受験は失敗。
結局、滑り止めで受けていた東京の私立大学に進学することにしました。
大学では情報科学を専攻し、四年間はとても充実したものでしたが、就職活動シーズンが始まり、自分の将来について考えた時、地元で就職するという選択肢は全くありませんでした。
なぜなら、地元には大学で四年間で学んだ知識や経験が生かせるような企業は無いと思っていたからです。
結局、卒業後はインターンシップに参加して、内定を貰ったITベンチャー企業に就職することにしました。
初任給は年俸560万。
同年代の社会人、ましてや地元に残っている同級生よりもはるかに高い報酬だと思います。
この時は自分の人生はバラ色。
そのように考えていました。
しかし、人生それほどうまくはいかないものです。
その2へ続く
私は新潟県村上市(旧神林村)の出身です。
私は地元の進学校に進み、漠然と大学進学を考えていました。
そして、目指した大学は「新潟大学」。
地元の国立大学です。
(と言っても通える距離じゃないですが・・・)
しかし、受験は失敗。
結局、滑り止めで受けていた東京の私立大学に進学することにしました。
大学では情報科学を専攻し、四年間はとても充実したものでしたが、就職活動シーズンが始まり、自分の将来について考えた時、地元で就職するという選択肢は全くありませんでした。
なぜなら、地元には大学で四年間で学んだ知識や経験が生かせるような企業は無いと思っていたからです。
結局、卒業後はインターンシップに参加して、内定を貰ったITベンチャー企業に就職することにしました。
初任給は年俸560万。
同年代の社会人、ましてや地元に残っている同級生よりもはるかに高い報酬だと思います。
この時は自分の人生はバラ色。
そのように考えていました。
しかし、人生それほどうまくはいかないものです。
その2へ続く

