2019年01月08日

18−19の年末年始

 この年末年始は久々に秋田の実家で5泊6日を過ごした。

 毎年暮れに帰省はしていたが、年越しと初詣、お雑煮は夫の実家、午後から3日の帰省までは私の実家で過ごし、夫の実家に戻って荷物をまとめて帰省という、あわただしいスタイルだった。

 5年前に義父が亡くなり、長兄が義母と暮らしていたがいささか体調をくずしたため、102歳の義母にはショートステイで年越しをしてもらうことになった。そこで、夫は東京で猫と留守番、私が自分の実家に帰省することになった次第である。

 30日 14時に秋田駅に到着。妹の車で夫の実家に兄を見舞ったのち、年末年始の食料を買い足し。夜はきりたんぽ鍋を囲む。年末から実家で過ごすのは何十年ぶりだろう。92歳の父と90歳の母は弟妹に見守られつつ、なんとか二人暮らしをつづけているが、「年末から居てくれるとゆっくりするねえ」と喜んでくれた。

 31日 朝食後、義母の過ごすホームを訪ねる。車で1時間近くかかったが、私たちの来訪にびっくりするやら、喜ぶやら。ちょうどお昼時でランチの年越しそばをおいしそうに平らげたのを見て安心する。夜は妹が自宅マンションから同居の猫を連れてきて年越し体制の完了。弟の届けてくれた寿司をつまみながら、紅白歌合戦を鑑賞。9時過ぎに年越しそばを食べ、10時前に全員就寝。紅白をああでもないこうでもないと寸評しつつ最後まで見て、除夜の鐘をきいながら床についたのは遠い昔のことになった。

 1日  父が神棚と仏壇にお燈明をともし、4人でお参り。1年の健康を祈る。近くに住む弟夫婦と息子二人(長男は欠席)を迎えて、父の音頭で乾杯し、お雑煮を食べる。妹はなます2種、義妹は煮しめときんぴらを担当。デパートで買ったオードブルや数の子も並んでお正月らしい食卓となる。私の雑煮用のすまし汁もまあまあでほっとする。次男はこの春から東京で警察官、三男は長野で1年間、特任中学教師(現代国語)とのこと。この前まで、絵本をお土産に買ってきたのになあ。歳月茫々である。義妹は今日が誕生日だ。おめでとう。寒いし、混んでるだろうからと初詣は明日に。弟一家が帰宅したのち、配達された年賀状をたのしく読む。年賀状は何よりもうれしい新年の消息のプレゼントなのだと改めて感じる。

 2日  恒例のとろろ汁。妹がいただいた山芋を母の味付けで堪能する。雪の晴れ間をぬって、近くの三吉神社に初詣。階段で少し並んだが、なんとか無事に参拝を済ませることができた。帰宅したら雪が激しくなった。夜はちょっといい牛肉でスキヤキ。お酒がすすむ。「娘たちが酒っこを飲めてよかったね、お父さん」と母が喜ぶ。酒飲みで褒められるのも年に一度のことである。

 3日  昼は私の煮た小豆でおしるこ。なかなかおいしかった。家の前の階段で記念撮影してお別れ。妹が駅まで車で送ってくれる。新幹線は定刻の出発で一安心。妹からもらったコートを重ね着し着膨れて帰宅した。留守番の夫と猫に感謝。 

yokoakari0104 at 11:21|PermalinkComments(0) 生れ故郷 

2018年08月27日

すぐそこにある敗戦

相変わらず暑い。原武史の『松本清張の「遺言」「昭和史発掘」「神々の乱心」を読み解く』を読了。大戦前夜の知られざる「中心」の内側を垣間見る思い。松本清張は大衆作家であるという決めつけはやめたほうがいいという原氏の意見に納得。

 97年刊の『神々の乱心』は清張の遺作。週刊文春に90年〜92年まで連載されていて、清張の死去によって未完で終わった。文庫本で上下2冊の大著である。小説仕立てで宮中の女官の自殺から始まり、推理小説を読むような感じで読み始める。ここに『昭和の怪物 七つの謎』が参入し、私の中で霧に包まれていた昭和史が少しずつ形をなしていく。遅きに失したとは言うまい。

 8月15日の夜、お盆で帰省した実家で、NHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」を見る。戦後に収録されたと思しき、軍部の生き残り当事者たちの証言は、軍部の無責任体質を露呈していて言葉がなかった。大正15年生まれの父は、昭和20年3月、陸軍経理部の少年委託生に志願して合格し、陸軍経理学校金沢文教所に入所する。直属の上官は士官学校出身の少尉で「何か困ったことはないか」と聞かれ、父が「ボタンなどをつくろう裁縫道具がなくて困っている」と話したところ、自身の裁縫道具を譲ってくれたという。父から毎夏聞かされるエピソードだが、この番組をみたあとではよけいに身に染みていく。父より10歳くらい年上だったらしいその人は、沖縄戦に転戦していったそうだ。戦死されただろうなあと父。昨年夏、金沢を訪れた折、陸軍経理学校跡を見学したが、父がここで少年委託生として過ごしたことに全く思いが至らなかった。情けない。

 父は金沢に入所する際に同級生や家族が寄せ書きしてくれたという旭日旗を取り出してきた。どこにしまっているのかわからないが、すぐ出てくるところがすごい。この世代の10代までを覆い尽くした戦争を改めて思う。

yokoakari0104 at 11:47|PermalinkComments(2) 読書の愉しみ 

2018年08月07日

今日この頃の読書

 前回から6年もたってしまったことに、ボー然。
 気を取り直して、今日の読書メモ。ゲンちゃんの『憲法が変わるかもしれない社会』を読了。原武史が引き合いに出していた松本清張の『神々の乱心』を図書館に予約。先に原武史の『松本清張の「遺書」』のほうが届いた。
面白そうだ。
 吉祥寺に出たTに頼んで梯久美子の『原民喜』と川上弘美の『猫を拾いに』を買ってきてもらう。
ところで、アマゾンから届いた古本の『椿の海の記』を読み始めたとたんに、本棚の後ろから昔買った単行本が出てきたのには驚いた。なんたる偶然。本の魔力です。 
 ほかに図書館から借りたもの、朝吹真理子の『きことわ』。新刊の『Timeless』は予約待ち。そんなに一気には読めないから、ちょうどよかった。これだけ、集まるとホッとする。結局読まないで終わることが多いのだが。
今日はここまで。

yokoakari0104 at 19:51|PermalinkComments(0) 読書の愉しみ 

2018年07月22日

旅の記録 18/夏 佐倉から成田山へ その2

 宿泊する湯パラダイスは、大浴場があり2食つきでなおかつ安いということで夫が探し出した稀少物件のはずだった。午前中に荷物を預かってもらうときに見たら、一階にはプールがあり、アスレチッククラブも兼ねている施設のようだ。上層階が宿泊施設になっている。私たちは和室を2部屋、広いほうが妹と私ということで、部屋に入ったのだが、な、なんとそこは大宴会ができそうな30畳はあろうかと思われる大広間だった。
 大は小を兼ねるとはいうけれど、ここまで広いとはどういうことなのか。何の説明もなかったが、おそらく合宿かなんかで20名くらいで泊るところでしょ、ここは。しばし呆然とする。夫の部屋は15畳くらいとこちらもかなり広い。3人でいろいろ推理したが、外国からの団体客が入っているとのことだったので、洋室はぜんぶそちらで埋まっちゃったのだろうという結論に達した。しかし、人の気配はほとんどなく、大浴場も人がちらほら。翌朝の食事も中国の人らしい男性2名と女性1名の2組といっしょだっただけ。静かだねえと首をかしげるほどだった。
 それにしても、30畳に二人で寝るという体験はもう二度とできないだろう。
 佐倉から電車に乗り込み、いよいよ大本命の成田山新勝寺へ。10時前に成田についたが、もう真夏のきつい日差しがガンガン照りつけて参道には影もない。ゆるやかに下りながらカーブする参道をたどる。途中で三橋鷹女の像を発見。鷹女は私の最も好きな俳人である。鷹女が成田出身で像があることは知っていたが、まさか参道のかたわらに立っているとは思わなかった。生誕百年を記念して市民と賛助者によって98年12月に建立されたものだそうだ。次の句が紹介板に記されていた。

   夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
   白露や死んでゆく日も帯締めて
   口中一顆の雹を啄み 火の鳥や
   千の虫鳴く一匹の狂ひ鳴き(遺作)

鷹女をはさんで妹と記念撮影。感無量。「口中一顆の……」は第4句集『羊歯地獄』の一句。改めて心に刻む。

  古い漢方薬局や鰻どころなどを眺めながらやっと成田山新勝寺の山門に到着する。参道にカーブと下り坂を取り入れて、本堂の姿をなかなか見せないところは独自の演出らしい。成田山開基1080年という横断幕が掲げられ、炎天下にもかかわらず、かなりの人出である。大本堂では暑さをものともせず護摩がたかれ、さまざまな祈願を胸に人々が頭を垂れていた。重要文化財が5棟もあるのもすばらしい。旧本堂である光明堂、釈迦堂、三重塔、額堂、仁王門、いずれも見事だった。
 もちろん、しめくくりは鰻。菊屋でビールで乾杯しつつ暑気払い。今回も充実した旅だった。(了)

yokoakari0104 at 14:59|PermalinkComments(2) 日々の滴り 

2018年07月18日

旅の記録 18/夏 佐倉から成田山へ

 2018年6月30日「しおさい3号」で 佐倉へ。

 上京した秋田の妹と3人で「しおさい3号」に乗り込んだ。今回の旅の目的地は佐倉市の歴史民俗博物館と成田山新勝寺である。佐倉駅に着いたら、猛烈な暑さが襲ってきた。駅のそばの宿泊場所、湯ぱらだいすに荷物を置いて、ブラブラ散策しながら武家屋敷をみて歴博へ……そんな計画だったが、甘かった。とにかく暑い。

   上総かな梅雨明けたるを知らぬまま

 暑いはずだ。なんと梅雨が明けてしまったのだ。まずはビールとばかり、ようやく見つけたラーメン屋さんへ駆け込む。ここで体勢を整えて、いざ出発。川をわたり、武家屋敷を目指す。次第に上り坂になり、生垣のつづく静かな一角へ。

   桔梗揺れ辿り着けない武家屋敷

 高台にある武家屋敷は生垣に囲まれ、住居も庭もこじんまりと簡素だった。人もほとんどいない。両側を竹林に囲まれた暗闇坂を下り、城址公園にある歴博を目ざす。妹曰く「武士は毎日この道を通ってお城に行っていたのかなあ」。たしかにかなりきつい坂だ。あまりの暑さに、道すがらの市営体育館に避難する。ここで一息つき、係の人にあとどのくらいか聞く。「すぐですよ」と励ましてくれて地図まで渡してくれたけど、我々が徒歩とは思わなかったのだろう。それからだいぶ歩いて公園入口に着く。歴博への近道という案内を発見。この近道がよかった。

   坂下りゆく緑陰のやわらかき

 近いだけじゃなくて、とてもきれいな緑の小径、しずかな池のほとりでイーゼルを立てているおじさんの傍らをを抜けてやっと歴博に辿り着いた。
 歴博は巨大な博物館だった。とても全部は見られないので、一番下の階にある明治維新から戦後までの二つの展示室を集中見学したが、「さすがは歴博」とうなるような内容だった。終戦後の人々の暮らしを映画「浮雲」や「懲役十八年」を用いて解説。子供のころに住んでいた県営アパートと同じつくりの団地の一室が再現されていて、妹と声を上げた。いま見るとこんなに狭いけど、引っ越した時は御殿みたいだと思ったよねえ。ほんとにねえ。気が付けば閉館が迫っていた。

   炎天の底開国も敗戦も

 もちろん、宿まではタクシーを利用。チェックインして、部屋のドアを開けて驚いた(この項続く)。


yokoakari0104 at 11:29|PermalinkComments(0) 日々の滴り 

旅の記録 17/夏 金沢

17年6月30日・7月1日 雨の金沢めぐり

 秋田の妹との恒例となった夏の小旅行、17年は北陸新幹線「かがやき」で金沢へ出かけた。駅前からバスで百万石通りを行き、宿泊予定のニューグランドホテルに近いバス停で降りたら、あの尾山神社が目の前に。兼六園に近いとは書いてあったが、こんないいロケーションとは思わなかった。次第に空が曇ってきて雨が降り出す。落ち着いた古い感じのホテル。荷物を置いてさっそく散歩に出かける。
 尾山神社では夕方からの夏越の祓の準備で大きな茅の輪が正面に据えられていた。妹と二人、行事に先駆けて、こっそり茅の輪くぐりをしてしまう。

     無限大描きて茅の輪くぐれば雨   燈

 境内を奥へすすむと、お堀通り(いもり堀)に出る。左側は金沢城跡で、いろいろな石垣がつづいている。しかし、雨が激しくなりそぞろ歩きもままならず、、21世紀美術館に駆け込む。円形のモダンな設計の中の展示室をめぐる。雨が上がっていた。旧制四高の赤レンガを見学。夜は香林坊のおでんや「三幸」でいっぱい。
 翌朝も雨。金沢城址公園から兼六園へ。14年3月、その前年に亡くなった金沢生まれの句友、九牛なみさん(享年67)の納骨式と句碑建立の法要に参加、兼六園へ足を伸ばしたことを思い出す。

     恋しさの色あらばいま寒夕焼   なみ

 句碑の石はご主人の選んだ夕焼色だったなあ。
 雨の兼六園もなかなかよかった。チェックアウト後、泉鏡花記念館、金沢蓄音機館、そして五木寛之文庫のある金沢文芸館へ。五木寛之の全作品が展示されていて圧巻。すっかり遠ざかっていた五木文学に再会した感あり。雨が激しくなり、土砂降りの中をあかり坂を下り、浅野川を渡ってひがし茶屋街へ。
  
     あかり坂くらがり坂や梅雨月夜   風花

   お土産に御殿毬のお店で愛らしい針山を買う。金沢には雨がよく似合う。


yokoakari0104 at 10:46|PermalinkComments(0) 日々の滴り 

2016年06月14日

春の連ドラあれこれ

 以前見たドラマで記憶に残っていた俳優たちが鮮やかな変貌を遂げて、新たなドラマを盛り上げている……そんな経験が最近多い。うれしい。
 4月スタートの『重版出来』で、どうにか連載を勝ち取るナイーブな若い漫画家を演じている永山絢斗は、「ごめんね青春」の錦戸のコミカルなライバルだったし、バイブス編集部のクールな編集部員、安田顕は、「問題の多いレストラン」のおかま役だったよなあ。『ゆとりですがなにか』のポン引き、マリブ役が、あの「誰も知らない」の柳楽優弥だったとは。『結婚できないんじゃなくてしないんです』の桜井君役の徳井は、そういえば映画『天国はまだ遠く』の民宿のおにいちゃんだった。今回も二枚目でいい味だしてるよなあ。去年のドラマだけど『ちかえもん』の万吉役、青木崇高は、「ちりとてちん」の草々兄さんだったんだなあ。そして、花魁役の優香と結婚でスポーツ紙をにぎわしているのも、妙に納得。
 テレビドラマに、こんな楽しみがあったとは。そんなドラマが全部6月いっぱいで最終回を迎える。ちょっとさびしい、豊作な春から夏でした。

yokoakari0104 at 20:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日々の滴り 

2016年06月09日

6月はピアノ三重奏

 武蔵野市民文化会館が建て直しに入っているため、今月は三鷹芸術文化センター、風のホールに足を運んだ。三鷹駅北口は再開発が急ピッチで、昔歩いた懐かしい路地はだんだん姿を消しつつある。大好きだった北海道ラーメン特一番もなくなっている。新しいビルができたら戻ってくるのかな
 04年で閉店した、わが燈書房の前を通る。いまはおしゃれな美容院となってがんばっている。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲全曲演奏会の第一夜。演奏はトリオ・ワンダラー。3人の出会いはパリ音楽院とあるが、名前から推測すると、ドイツ人とフランス人だろうか。50代にさしかかったとおぼしき渋い男たちである。
 世界有数の室内アンサンブルの一つに数えられているとプログラムにあるとおり、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの息がぴったり合った、透き通るような美しい演奏だった。
 演目を記しておく。どれも初めて聞く曲ばかりだ。

ベートーベン作曲

 ピアノ三重奏曲第4番変ロ長調 「街のうた」Op.11 1797年作
 創作主題による14の変奏曲変ホ長調Op.  1792年作
 44 ピアノ三重奏曲第5番ニ長調「幽霊」Op.70、No.1  1808年作
後半 
 ピアノ三重奏曲(アレグレット)変ロ長調WoO39 1812年作
 ピアノ三重奏曲第2番ト長調 Op.1、No.2  1795年作
 ピアノ三重奏曲第6番変ホ長Op.70 No.2  1808年作

 あまり演奏されることのないという後半の3曲が私には印象深かった。
アンコールはハイドンの「ジプシートリオ」。こも初めての曲だが、すてきだった。
 終演後、何年ぶりかで旧知のN氏とばったり。駅前で一献傾けつつ、芭蕉の話に花が咲いた。

yokoakari0104 at 21:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日々の滴り 

2016年03月23日

夜のオアシス

 2月から3月にかけて3つのコンサートに足を運んだ。
 2月20日は上の文化会館のジャニーヌ・ヤンセンのヴァイオリンソロコンサート。急に先輩からチケットを恵まれ、前から3列めで美しいヴァイオリニストの心のこもった温かい演奏を堪能する。演目はブラームスのヴァオリンソナタ2番、バルトークのヴァイオリンソナタ2番、ルトスワフスキ―のスビト、そして最後はベートーベンのヴァイオリンソナタ10番。ピアノのおじさん、イタマール・ゴラン氏とのデュオも息がぴったり。まるで、最近DVDで見た映画「マイインターン」のロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイみたいな感じだった。アンコールは、クライスラーのウィーン小行進曲、ファリャのスペイン舞曲、クライスラーの愛のかなしみと3曲も弾いてくれた。アンコールもすばらしかった。
 3月7日は会員になっている武蔵野文化会館で弦楽四重奏を聞く。こちらはずいぶん前に予約したもの。ペーター・ブックとロータス・カルテットの演奏で、ベートーベンのヴァイオリンソナタ第9番クロイツェルとシューベルトの弦楽五重奏曲。ペーター・ブック氏のチェロが全体をそっと包み込んでいるような感じの演奏だった。ビオラの山崎智子さんもすてきだった。
 そして、3月20日はわが先生、橋口瑞恵さんの定例コンサート、題して「四弦に人生を乗せた人々」。ヒンデミットの無伴奏ヴァイオリンソナタ、クライスラーのレチタティーヴォとスケルツォ・カプリス、イザイの無伴奏ヴァイオリンソナタ第4番、前半の最後がシューベルトの魔王。これは先生の弾きおろし。歌でしか聞いたことがなかったので、ヴァイオリンの楽譜があるのだとびっくりした。魔王は今後レパートリーにしていきたいのでと、アンコールでも再度演奏するという力の入れようだった。後半はパガニーニの24のカプリスより10曲。例によってMCをまじえたエネルギッシュな演奏を堪能した。本当にいつも熱い先生である。
 クラシックには詳しくないけど、ライブのよさはわかる。初めての曲でも引きずり込まれてしまうのはライブの力である。2,3月はいそがしかったが、オアシスのような夜だった。

yokoakari0104 at 19:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) バイオリン 

七色の声

 明け方になると、必ず起すリラ。じっと聞き耳をたてると、実にいろいろな声音を使い分けていることがわかる。高音のミューミューという先触れがやがて、もしもし、という呼びかけになり、きっぱりとご飯を要求する声に変わり、やがて、なんで起きないんだとなじるような声になる。この七色の声を味わってから、しぶしぶ起きてちょっとだけ、朝飯前のカリカリをあげる。だいたい4時、5時であることが多い。そのまま起きるにはちょっと早いので、また布団に戻る。甘やかしたから悪いくせがついたんだ、という声が聞こえてきそうだが、私はこの七色の声を味わえる朝のひとときをひそかに楽しんでいる。
 早起きするだけあって、昼間は熟睡を決め込んでいるリラちゃんである。

yokoakari0104 at 18:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 時々のリラ