October 16, 2009
イベントのお知らせ
岸田将幸『〈孤絶‐角〉』 中尾太一『御世の戦示の木の下で』刊行記念
OUT OF POETRY READING
「朗読」の外へ
言葉が身体と精神の深い傷であることを不可避として出立したふたりの新しい世代の詩人の、注目される新詩集が同時期に刊行される。彼らにとって「現代詩」は、もはや感受性の具象を試みる装置ではない。形になり得ない「生命」自体を「世界」と闘わせるために、詩は味方になるのか、敵になるのか、ふたりの詩人の傷だらけの声が届けられる。
そして、届けられたその声に対してわれわれは如何にみずからの声を発し得るのか、参加者全員によるフリーディスカッションへ、会場となる里山の古民家に集う冬の一日が引き延ばされていく!
出演=岸田将幸 中尾太一 友情出演=山嵜高裕 安川奈緒 手塚敦史
日時 12月19日(土)
朗読 13時〜 フリーディスカッション 14時30分〜
会場 こあに舎
西武池袋線 飯能駅下車 徒歩30分
埼玉県飯能市下畑38-2 電話042-983-0161
*参加者は12時に飯能駅改札に集合。タクシーに乗り合わせて会場に向かいます
*バスでお越しの際は、飯能駅南口より 美杉台ニュータウン行バス ひかり橋下車 徒歩 約15分
入場料 1500円
*定員40名
*入場人数に限りがあります。予約を承っております
*予約受付 思潮社 03-3267-8141
*会場には多少の飲食物の用意がありますが充分ではありません。各自お持ち寄りください
企画構成=稲川方人 後援=思潮社
(稲川方人)
OUT OF POETRY READING
「朗読」の外へ
言葉が身体と精神の深い傷であることを不可避として出立したふたりの新しい世代の詩人の、注目される新詩集が同時期に刊行される。彼らにとって「現代詩」は、もはや感受性の具象を試みる装置ではない。形になり得ない「生命」自体を「世界」と闘わせるために、詩は味方になるのか、敵になるのか、ふたりの詩人の傷だらけの声が届けられる。
そして、届けられたその声に対してわれわれは如何にみずからの声を発し得るのか、参加者全員によるフリーディスカッションへ、会場となる里山の古民家に集う冬の一日が引き延ばされていく!
出演=岸田将幸 中尾太一 友情出演=山嵜高裕 安川奈緒 手塚敦史
日時 12月19日(土)
朗読 13時〜 フリーディスカッション 14時30分〜
会場 こあに舎
西武池袋線 飯能駅下車 徒歩30分
埼玉県飯能市下畑38-2 電話042-983-0161
*参加者は12時に飯能駅改札に集合。タクシーに乗り合わせて会場に向かいます
*バスでお越しの際は、飯能駅南口より 美杉台ニュータウン行バス ひかり橋下車 徒歩 約15分
入場料 1500円
*定員40名
*入場人数に限りがあります。予約を承っております
*予約受付 思潮社 03-3267-8141
*会場には多少の飲食物の用意がありますが充分ではありません。各自お持ち寄りください
企画構成=稲川方人 後援=思潮社
(稲川方人)
September 26, 2009
9月26日は
9月26日は、福井桂子さんの御命日です。

詩集『艀』より、「沼沢地からの便り」の部分を
*
***
*
沼のほとりの小屋で
水晶雑巾に縫針を通してばかりいたわたしです
女童子たちの熱のしみだらけの笹葉、
笹の葉で消炭色のカーディガンを編み
わたしに何がゆるされてありましたか
藁のしべもかなしみも限りはないが
あなたは帰るところがあって幸せだ
わたしは北極におつかいに行ってきます
眠りのなかですら慰めてくれるのは
雑草に埋もれた引込み線…落ち葉のくれない…
あなたは頬を赤くはらし
メヒシバの童子をつくっているばかりではないのか
**
緑の林檎の明かりをともして
一そうの小舟がもやっている
水のなかで船の影が漂い、ゆれる
大湖沼ほどの青さ
*
***
*
アルストロメリアに似たユリを、と思いながら
秋冥菊(秋明菊)を買ってきました。
今年は『福井桂子全詩集』が刊行され、また新しい気持ちで
福井さんの詩を読み返しています。

詩集『艀』より、「沼沢地からの便り」の部分を
*
***
*
沼のほとりの小屋で
水晶雑巾に縫針を通してばかりいたわたしです
女童子たちの熱のしみだらけの笹葉、
笹の葉で消炭色のカーディガンを編み
わたしに何がゆるされてありましたか
藁のしべもかなしみも限りはないが
あなたは帰るところがあって幸せだ
わたしは北極におつかいに行ってきます
眠りのなかですら慰めてくれるのは
雑草に埋もれた引込み線…落ち葉のくれない…
あなたは頬を赤くはらし
メヒシバの童子をつくっているばかりではないのか
**
緑の林檎の明かりをともして
一そうの小舟がもやっている
水のなかで船の影が漂い、ゆれる
大湖沼ほどの青さ
*
***
*
アルストロメリアに似たユリを、と思いながら秋冥菊(秋明菊)を買ってきました。
今年は『福井桂子全詩集』が刊行され、また新しい気持ちで
福井さんの詩を読み返しています。
August 07, 2009
現代詩手帖8月号ー!!
今発売中の現代詩手帖8月号に、
八潮れんが文を書きました。
みなさん、お読みくださいね。
お知らせ遅くなりました。すみません。
161ページだよ。
のぎ
八潮れんが文を書きました。
みなさん、お読みくださいね。
お知らせ遅くなりました。すみません。
161ページだよ。
のぎ
July 23, 2009
えこし会のイベントのお知らせです☆
えこし会の皆さまから、
えこし会主催イベント
「秩父で遊ぶ chichibu de asobu 中村文昭詩集朗読会と演奏会」の案内をいただきました。
日時は、7月26日14時30分より
場所は 秩父ポエトリーカフェ武甲書店にて
秩父は本当によいところです。
皆さま、ぜひどうぞ!
なお、詳細はえこし会のホームページをご覧ください。
えこし会主催イベント
「秩父で遊ぶ chichibu de asobu 中村文昭詩集朗読会と演奏会」の案内をいただきました。
日時は、7月26日14時30分より
場所は 秩父ポエトリーカフェ武甲書店にて
秩父は本当によいところです。
皆さま、ぜひどうぞ!
なお、詳細はえこし会のホームページをご覧ください。
July 22, 2009
これで、いいのかしら
沖島勲監督が新作を撮った。たった1日、たった4時間の撮影、出演者とスタッフも合わせてたった4人で、気宇壮大な傑作散歩映画が出来上がってしまった。久我山から井の頭公園まで、玉川上水を西上する沖島監督本人と、若い女性スタッフ。今年の4月中旬だろう、染井吉野が散って、桜に青葉が生い茂る頃、沖島監督が、玉川上水沿いを歩きながら、立ち止まりながら、ベンチに座りながら、若い女性スタッフに語りかける「時間」のこと、「空間」のこと、「風景」のこと、「絵画」のこと、そして自分の幼少の頃のこと、ただそれだけをビデオで撮った映画である。けれども見ながら何度も溜め息をついた。ふたりが歩く傍らを、地域住民たちが、自転車で、ジョギングで、徒歩でひっきりなしに通り過ぎる。風が、ひっきりなしに上水べりの木々を揺らす。大きな道路が造成されるために伐採されてしまうのか、移植されるのか、孤立した大木が記録される、あるいは建ち並ぶマンションの隙間に残る畑、それを耕している人、彼らが住む古い住宅。沖島さんは、ぼそぼそと、それらをめぐる自己の思念を語り続ける。その姿が見る者を癒さずにはおかない。最後に沖島さんが言う「人間のリセット」という概念は重要と思う。この散歩映画が真にたおやかなのは、春の陽射しのなかを歩く沖島さんの思惟に「人間批判」があるからだ。われわれはまだ救われる存在なのか、とこの映画が語っているからだ。
そう、この映画のタイトルは『これで、いいのかしら。(井の頭) 怒る西行』である。公開は決まっていないというが、きっと一般公開されるだろう。その折りの配給会社、宣伝会社に前もって提案したい。公開のプレイベントで、吉増剛造の『キセキ』も上映して、同世代の沖島勲と吉増剛造のトークを実現させるべきである。「風景」についての最上の話が展開すると思う。
散歩好きの人、この『これで、いいのかしら。(井の頭) 怒る西行』が早く公開されるよう、声を上げてください。
ショーB
July 20, 2009
「現代詩手帖創刊50年祭」報告4
報告もこれが最後になった。ここまで付き合ってくださった方々に感謝します。
さて、もう一度吉本隆明と吉増剛造に登場してもらいたいと思う。吉本は「芸術言語論の入口」で次のように書いている。
言い換えれば、日本の詩人たちは頭のどこかで、意識的にか無意識的にか、西欧の詩をモデルにして、それと等価な詩をつくろうとしてきたのではないか。そういう対応の仕方をしてきたのではないか。(中略)
典型的にいいますと、吉増剛造という詩人がいます。いい詩人、優れた詩人ですが、この人は等価というのは当然だというかたちで詩を書いています。そのことが吉増さんの詩の芸術的価値を増大させているのか減らしているのか、それはまた別問題ですけれど、とにかく吉増さんがめざしているのは日本語の表現もそのままヨーロッパ語の詩の表現と等価になりうるんだということだと思います。
このあと、吉本は等価性を目指して苦闘した詩人の例として伊藤静雄や吉田一穂を例にその難しさを説いている。そして等価性の試みの問題として、「一つは鋭い等価の試みは、うまく翻訳すれば西欧の詩人や読者にはすぐに理解されるでしょうが、日本の詩人や詩の読者からは難解で、もしかすると敬遠されがちになるのではないかということです。もう一つは、等価性の試みのための章句や節が、その詩の芸術的価値を増幅させるものか、それとも減少させるものか決められないにちがいないということです。」と書いている。吉増剛造に限らず、すでに新しい詩人たちの作品はそういう段階に入っているし、それが現実の問題なっていると思う。直観としても等価性を目指すことは不可避のことのように思える。そのとき、日本の詩の抒情はどのような形をとるのであろうか。
次ぎに「詩の現在をめぐって」といタイトルのシンポジウムから報告したい。
一番面白かった発言から記すべきだろう。松浦寿輝は稲川方人に初めて会ったとき「アツイ本を作るべきだ」といわれたそうだ。松浦寿輝は当然「厚い本を作れ」といわれたと思ったが、後でそれが「熱い本を作れ」という意味であることが分かった。稲川方人の面目躍如たるエピソードである。その稲川方人はパンフレットで次ぎのようにいっている。
「生の原理」と「生の形態」は著しく乖離を深めている。形態に内閉する夢想が行き場を失ない、原理が求める理想が抑圧される今日の世界。詩の言語は、夢想の解放と理想の奪還においてしか、とりあえず役割はない。われわれの詩は、見えない未来を展望するよりは、わずか数週間後の「生」を可視化する必要がある。
ここでは、実存が問われている。しかし今日、人間と「生の原理」や「生の形態」との間に深い穴が穿たれている。それによって現在的詩は言語の海で、戯れさせられているといえよう。そして稲川は、「現実世界への抵抗として詩的言語がある」と発言する。
また松浦は、「詩は凝縮である」、「遅れて届く言葉が詩である」と発言した。「人は詩という切手が貼られ、そこに消印が押されて自分に届いた封筒を開き、中に入っていた紙を引き出す。そのときそこに、世界の全体が一挙に立ち現われる。優れた詩を読むとはそうした体験のことではないか。それがなければ届かないもの。それがなければ受け取れないもの。詩とはそんなささやかな、しかし不可欠な「手形」なのだと思う。」というパンフレットにある言葉とともに含蓄ある批評である。
北川透は「詩は世間のどこにも位置を与えられない。詩はどんな庇護や、もてなしからも遠い。だから詩の孤立を、<わたし>は絶対的に擁護する」、とパンフレットに記し、「いま住んでいる山口市で自分の詩を理解する者はひとりもいない」、「詩の言葉は隣人には届かない、もっと遠くに向かって放つ言葉だ」と発言した。中原中也も同じく生前は山口市の人には理解してもらえなかった、と。
野村喜和夫の「詩は凧である」といい、「詩は常に前衛でなければならない」という城戸朱理、「詩人は詩を書かない人のものを含めて書く」という天沢退二郎を引用しながら語る井坂洋子、総じてこのシンポジウムは面白かった。
「和合君、きみはほんとうに詩人なのか、司会がうますぎるよ」という荒川洋治の言葉で棹尾を飾りたい。
最後に、朗読・トークのコーナー。小池昌代さんは実に落ちついていた。高貝弘也の詩を読みながらの震える手の演技は圧巻、犬のような田口犬男、鳥がおしゃべりしているような早口の小笠原鳥類、パンの耳のようにかわいらしい蜂飼耳さん、そして、「失われた抒情主体」に声を詰まらせる中尾太一は感動的だった。そして子宮から声を出していた三角みづ紀さん。「スーハ!」の八潮れんに「三角さん、よかったでしょう」と聞かれ、椎名林檎を脳裏に浮かべ、「すごかった」と答えるしかない。『男の子』のぼくは、『女子、イイよね』と内に呟いていた。
こんな情けない現実のまま、この報告を終わりたい。なお、八潮れんが「現代詩手帖」8月号に、「50年祭」の感想を書いているので、みなさん読んで下さいね。
(谷合吉重)
July 09, 2009
「現代詩手帖創刊50年祭」報告3
ぼくが生の吉本隆明を見たのは3度である。1度目は1969年頃の豊島公会堂だったと思う。ある労働組合の集会によばれた吉本隆明は、演壇に立ちぼそぼそとしゃべったあと、ゲバ棒を持って参加した学生たちに向かって、これからは角材では届かなくなるよといった趣旨の言葉を発していた。それからさして盛りあがらなかった70年安保を境に、学生運動が壊滅的状態になり1972年の連合赤軍の浅間山荘事件まで突き進んだ。2度目は十数年前で、友人と上野公園の不忍池を散歩していると吉本隆明が自転車でやって来て、ちらっと蓮池を眺めた後ユーターンして去っていった。伊豆の土肥の海岸で溺れる前だったと思う。「大衆の原像」を地で行くような風景だった。執筆中にちょっと気晴らしに来たんだなあと思った。まだ元気だった。
そしてこの日が3度目である。十数年後の吉本氏は車椅子で現れた。土肥の海岸での事故が尾を引いているんだなあという感じだった。本を読むにも大きな天眼鏡が必要だと噂に聞いていたが、たしかに視力もままならないようで、マイクに何度も頭をぶっつけながらの講演だった。だが時折笑みを浮かべながらの講演には、悲壮感はまったくなかった。
この日の講演は芸術言語論に終始した。言語芸術を芸術言語に置き換えて行く、「孤立の技法」ともいっていたように思う。芸術言語を拡張して行けば「詩と詩論」は無限に広がってゆくのではないかという話しだった。
吉本隆明は「芸術言語論の入口」で次のように書いている。
文学における芸術的価値は何かということに対するぼくの答えは、原則的にいって「自己表出」だということになります。この「自己表出」というものも『言語にとって美とはなにか』で使った言葉ですが、ひと言でいえば、自分が自分に問うという問い方の問題になります。/自分で自分に問うわけですから、その問いが言葉として外にあらわれるかあらわれないか、それはどちらでもいいわけです。(中略)言い換えれば、言葉のコミュニケーションとしてはゼロに等しいけれども、自分が自分に内心で問うている。その状態が「自己表出」です。それが芸術的価値の純粋な意味になると、ぼくは理解しています。
この「自己表出」という言葉も様々な議論を湧出してきた。特にソシュール言語学からフーコー、バルト、デリダと続く形式言語学の流れの中では絶滅の危機に瀕した。言語を相変わらず表現と見る吉本の理論は時代遅れとされ、言語を主体との関係なしにシステムとの関係でシニフィエとシニフィアンとからなる一個の記号と見るソシュールの論は新しい考え方と受け取られ流行となった。いわゆる「テクスト論」、「テクスト論批評」というやつである。事実、『言語にとって美とはなにか』をローカルとさえいう評論家もいた。しかしこれを認めてしまうと「報告1」でぼくが書いた「背後にある言語世界が谷川俊太郎の概念装置と連動して言葉が出てくる」、という部分の「概念装置」さえ危うくなってしまう。だれがこの流れを止めてくれるのか。
加藤典洋は『テクストから遠く離れて』の中で、言語から記号へという吉本からソシュールへの展開は、「言語の謎」、つまり言語の意味の決定不能性にまつわる難点を生んだ、この問題を解く画期的な寄与を行ったのが、竹田青嗣の『言語的思考へ――脱構築と現象学』という本だというのである。
その理由(言語の意味の決定不能性にまつわる難点を生んだ理由)を、(竹田は)そこで言語が発語主体から切り離され、「一般言語表象」として扱われているからだと述べている。この見解は説得力に富む。言語は、ふつう、どんな場合でも、発語主体との関係性として、その「言語連関」のうちに生きている。そのことに着目する竹田は、発語主体との「言語連関」のうちにある言語を「現実言語」と呼び、これを「一般言語表象」と区別し、言語の謎、パラドックスと言われ、喧伝されてきた事実がすべて、これを「現実言語」として受け取るなら、謎でなくなることを立証してみせた。(中略)
ソシュールは、吉本が「現実言語」(発語主体との関係でとらえられる記号=言語)として考えたところを、「一般言語表象」(発語主体との関係を切断してとらえられる記号=記号)と置き換えることで、従来の言語観を更新していた。その結果、言語学は未曾有の領野を切り開いた。「テクスト論」もその成果の一つだが、ここにもやはり、「言語の謎」が持ち越されている。これらの批評の、「意味」にふれることができないという難点は、それを読む誰もが、というよりそれを誰もが、実はうすうす感じてきたし、いまも感じている。それを解くには、「言語は記号ではない」ということ、あの吉本の提示した言語観の場所に、もう一度、戻ってみるのがよい。というより、それ以外に、方法はない。いわば舞台は、この三十年間で、一回りしたのである。
加藤はそこから「虚構言語」という考えを示す。加藤はこれを<言語コンテクストのなかに「作者」の項がないことではなく、「作者」の項の「ないこと」が、あることを、意味する>作者の死の言語表現と意味付ける。「いない作者」は「作者」と見えない糸で深く結ばれている。これ以上この話しを続けると紙幅がいくらあっても足りないから、興味ある方は両者の著書に当たってもらいたい。とにかく作者はテクストの表面に現れないことによって現れる、という考え方は魅力的である。それは小説だけではなく詩でも事情は同じであろう。稲川方人いうところの「失われた抒情主体」もまたそこに位置するものであろう。「失われた抒情主体」は死ぬことによって生きているのである。それは加藤典洋がいうように「誰もが、実はうすうす感じてきたし、いまも感じている」ものなのである。
さてこの講演で一番印象的であったのは、詩を書きはじめた頃の吉本少年は、机に向かい教科書を立てて勉強をしている振りをしてその内側で詩を書いていたというエピソードである。吉本少年は机上に立てた教科書を壁として、内緒で自分自身に対して書くと同時に尊敬する人の詩を真似しながら書いた、毎日書いたという。この言説を吉本氏は何度も何度も繰り返した。その姿自体が自己表出という言葉を連想させた。また、この日、吉本隆明はポストモダン系の人たちの名前を一切口にしなかった。コミュニケーションとしての言語ではなく、沈黙としての言語、それが自己表出なんだと繰り返しいっていたように思う。芸術言語は宿命を指差す、と。
講演は大幅に時間をオーバーしていた。それでも吉本氏は西行を、森有正をあるいは小泉八雲を語り終わることを知らない。他の詩人の話しも聞きたいから終わらせてくれという客席の意見も出て、司会の瀬尾育生も困っていたが、それもまた楽しい一幕であった。予定調和ほどおもしろくないものはない。
さて、この回はこのように纏まりもなく終わりそうである。約束の吉増剛造への言及は次回にやります。
(谷合吉重)
July 02, 2009
「現代詩手帖創刊50年祭」報告 2
1回目の報告を終えて、吉増剛造のパフォーマンスについて綴ろうとパソコンに向かったら、頭が真っ白になってしまった。どう報告したよいか分からない。吉増氏が丸めた銅板や、本や、ハンドカメラやらをかかえて現れそれをバラバラと無造作に床に置く。係りの人が人間の背丈ほどある幟(といってよいのだろうか、長い紙に文字が書いてあって棒に吊るされていて下に重石がある)を2つ持ってきて舞台の中央に立て掛ける。背後にスクリーンがあるのですがその幟が邪魔するようになっている。また吉増氏の入場と共に係りの人から観客にA3大のカラーコピーが渡された。そこには4色?のインクを使って吉増剛造の手で文字が折り重なるようにびっしりと綴られている。
吉増氏は椅子に座りどこかの国の玩具を口に銜え、語り始める。また語りながら渡されたカラーコピーの文字や、持ってきた本の一部をカメラで捉えスクリーンに映して行く。でも二本の幟がスクリーンを見たい観客の視線を邪魔する。銜えた玩具で邪魔して言葉の音声にノイズを入れる手法。それは氏の映像DVD「キセキ」を見たときのことを思い出させる。カメラを移動するごとにビデオの輪郭が幾重に尾をひき移動する方向を追うように、輪郭が残って行くのではなく追っているようにみえる手法。残像の方が未来を押して行くように見える手法。残像は未来を押すから未来はやはり先に先にと不在であり、勿論残像の中に未来を取り込むことはできない。いやいや、残像は痕跡だから未来は逆に過去かもしれない。はたして、痕跡は何処からやってくるのか。ぼくは初めて吉増剛造の肉声を聞くのだが、数日前に「キセキ」で語り部のような話し方を経験していたので違和感無くその世界に入って行けた。羽村の「まいまいず井戸」にカメラを持ちながら話しながらカタツムリの形の井戸に右回りに降りて行き、左回りに戻ってきたであろう吉増剛造とは何者であろうか。またサンパウロのバベルの塔のような蟻塚を廻る「キセキ」の映像と重なり、今も夢の中の出来事のようにしか吉増剛造のパフォーマンスはぼくの中に残っていない。それが幻でなかったことだけは当日現場で配られたA3のカラーコピーが手元に残っているから確かである。その断片を写してみます。
ようこそ、ことしの入梅(つゆとルビ)のさなか、…新宿での現代詩手帖創刊50年の記念の昼下がり「これからの詩どうなる」を、貧しい、乏しい心の幽かなひかりで、少しでも(or少しづつ)ひきだしますこころみを、よしますなりに。左は、nakedwritingGozo、この3/27のてがみです。ささやかなおみやげにと、colorcopyをいたしました。(それがたのしいことでした。よろこびでした)<次に、原稿用紙の桝目を無視して文字が…雪の、雪に包まれている仏蘭西全土を、烟るように(眼や身体を通じて…とnakedwritingがつづき>お手元のチラシでも少し綴りましたが’70,1,4〜’09,6,20までの約四十年間の゙間 (アントル)に゛這入って来ました、こと、もの、声、言葉と’09,5,30〜’09,6,20の2ヶ月で、そこでさらにその゙間 (アントル)に゛這入って来ました、こと、もの、声、言葉、物音を、映像、VTR、わたしのらしい声によって、来るべき詩の兆(きざ)し、萌(きざ)しをみなさまに、みなさんに、読みとっていただきたいというのがわたしの希(ねが)いです。
余白には(メモ)と書かれた後に、ストラスブルグ、古代天文台、滝口修造、岡田隆彦、ゴーギャン、安東次男、放哉などの名が記されていて、このコピー一枚でこの世界を逆に神話化してしまっているような魅力ある一枚の紙である。
つぎに「アジアの詩とは何か」というシンポジウムに入ります。幕が上がり、パンフレット通り向かって左から辻井喬氏、高橋睦郎氏、佐々木幹郎氏、平田俊子氏、田原氏の顔が明るいライトの下に現れたときには、吉増剛造の幽玄なパフォーマンスの後だっただけに妙なリアル感がありました。会場で渡されたパンフレットの基調声明の中で、高橋睦郎の「詩の顕現のために書かれるものと、自己宣伝のために書かれるものとが、ますます目に見えてくっきりと分かれるだろう。もちろん前者だけが詩の名に値し、後者は非詩と指弾されなければなるまい」という文言が端的である。このことは現代詩手帖の今月号で、谷内修三が荒川洋治の『実視連星』の書評をしているが、その中の<多くの現代詩の「ことば」は「場」を拒絶し、「オンリーワン」を生きている。独自性を競っている。「オンリーワン」であることが「ナンバーワン」であるかのように。……「オンリーワン」といわなくても、必ずどこかが違っている。完全に一致するものなどない。違うことを諒解した上で、「同じこと」を重ねるようにして「場」をつくり、「こと」を共有し、「こと」を手触りのあるものとして育てていくことの方が重要なのだ>という言葉と共鳴して心に残った。
さて「アジアの詩とは何か」という題名に対して、田原氏が司会を務めたことも影響してか、このシンポジウムのおもなる関心が漢字文化圏の縦書き横書きの問題になってしまった。佐々木幹郎の、1945年以来中国ではすべての文書が横書きに統制されたとう言を発端にさまざまな意見が出された。同氏はまた縦書きでは上の文字の重みが下の文字に垂直的に掛かることによって文章の価値が違ってくるというような趣旨の話しをした。それ自体は興味深いものがあった。しかし、天安門事件など話題が中国の詩に終始し、韓国の詩の状況などについてももう少し突っ込んで討議して欲しかった。
次回は吉本隆明の講演について報告します。ここでは吉増剛造にもういちど触れたいと思います。
(谷合吉重)
吉増氏は椅子に座りどこかの国の玩具を口に銜え、語り始める。また語りながら渡されたカラーコピーの文字や、持ってきた本の一部をカメラで捉えスクリーンに映して行く。でも二本の幟がスクリーンを見たい観客の視線を邪魔する。銜えた玩具で邪魔して言葉の音声にノイズを入れる手法。それは氏の映像DVD「キセキ」を見たときのことを思い出させる。カメラを移動するごとにビデオの輪郭が幾重に尾をひき移動する方向を追うように、輪郭が残って行くのではなく追っているようにみえる手法。残像の方が未来を押して行くように見える手法。残像は未来を押すから未来はやはり先に先にと不在であり、勿論残像の中に未来を取り込むことはできない。いやいや、残像は痕跡だから未来は逆に過去かもしれない。はたして、痕跡は何処からやってくるのか。ぼくは初めて吉増剛造の肉声を聞くのだが、数日前に「キセキ」で語り部のような話し方を経験していたので違和感無くその世界に入って行けた。羽村の「まいまいず井戸」にカメラを持ちながら話しながらカタツムリの形の井戸に右回りに降りて行き、左回りに戻ってきたであろう吉増剛造とは何者であろうか。またサンパウロのバベルの塔のような蟻塚を廻る「キセキ」の映像と重なり、今も夢の中の出来事のようにしか吉増剛造のパフォーマンスはぼくの中に残っていない。それが幻でなかったことだけは当日現場で配られたA3のカラーコピーが手元に残っているから確かである。その断片を写してみます。
ようこそ、ことしの入梅(つゆとルビ)のさなか、…新宿での現代詩手帖創刊50年の記念の昼下がり「これからの詩どうなる」を、貧しい、乏しい心の幽かなひかりで、少しでも(or少しづつ)ひきだしますこころみを、よしますなりに。左は、nakedwritingGozo、この3/27のてがみです。ささやかなおみやげにと、colorcopyをいたしました。(それがたのしいことでした。よろこびでした)<次に、原稿用紙の桝目を無視して文字が…雪の、雪に包まれている仏蘭西全土を、烟るように(眼や身体を通じて…とnakedwritingがつづき>お手元のチラシでも少し綴りましたが’70,1,4〜’09,6,20までの約四十年間の゙間 (アントル)に゛這入って来ました、こと、もの、声、言葉と’09,5,30〜’09,6,20の2ヶ月で、そこでさらにその゙間 (アントル)に゛這入って来ました、こと、もの、声、言葉、物音を、映像、VTR、わたしのらしい声によって、来るべき詩の兆(きざ)し、萌(きざ)しをみなさまに、みなさんに、読みとっていただきたいというのがわたしの希(ねが)いです。
余白には(メモ)と書かれた後に、ストラスブルグ、古代天文台、滝口修造、岡田隆彦、ゴーギャン、安東次男、放哉などの名が記されていて、このコピー一枚でこの世界を逆に神話化してしまっているような魅力ある一枚の紙である。
つぎに「アジアの詩とは何か」というシンポジウムに入ります。幕が上がり、パンフレット通り向かって左から辻井喬氏、高橋睦郎氏、佐々木幹郎氏、平田俊子氏、田原氏の顔が明るいライトの下に現れたときには、吉増剛造の幽玄なパフォーマンスの後だっただけに妙なリアル感がありました。会場で渡されたパンフレットの基調声明の中で、高橋睦郎の「詩の顕現のために書かれるものと、自己宣伝のために書かれるものとが、ますます目に見えてくっきりと分かれるだろう。もちろん前者だけが詩の名に値し、後者は非詩と指弾されなければなるまい」という文言が端的である。このことは現代詩手帖の今月号で、谷内修三が荒川洋治の『実視連星』の書評をしているが、その中の<多くの現代詩の「ことば」は「場」を拒絶し、「オンリーワン」を生きている。独自性を競っている。「オンリーワン」であることが「ナンバーワン」であるかのように。……「オンリーワン」といわなくても、必ずどこかが違っている。完全に一致するものなどない。違うことを諒解した上で、「同じこと」を重ねるようにして「場」をつくり、「こと」を共有し、「こと」を手触りのあるものとして育てていくことの方が重要なのだ>という言葉と共鳴して心に残った。
さて「アジアの詩とは何か」という題名に対して、田原氏が司会を務めたことも影響してか、このシンポジウムのおもなる関心が漢字文化圏の縦書き横書きの問題になってしまった。佐々木幹郎の、1945年以来中国ではすべての文書が横書きに統制されたとう言を発端にさまざまな意見が出された。同氏はまた縦書きでは上の文字の重みが下の文字に垂直的に掛かることによって文章の価値が違ってくるというような趣旨の話しをした。それ自体は興味深いものがあった。しかし、天安門事件など話題が中国の詩に終始し、韓国の詩の状況などについてももう少し突っ込んで討議して欲しかった。
次回は吉本隆明の講演について報告します。ここでは吉増剛造にもういちど触れたいと思います。
(谷合吉重)
June 24, 2009
「現代詩手帖創刊50年祭」報告1
6月20日、「現代詩手帖創刊50年祭」が新宿明治安田生命ホールで行われました。「これからの詩どうなる」と銘打たれた、12:30から20:00までの7時間半にわたる長丁場の会の内容を何回かにわけて報告します。なお、この詳しい内容は、「現代詩手帖」8月号で特集される予定と聞いています。
本論に入る前に当日のプログラムを簡単に紹介しておきます。
第1部
12:30開会挨拶
12:40【対話】谷川俊太郎+谷川賢作「詩ってなんだろう」
13:30【パフォーマンス】吉増剛造「gozoCine、そして」
14:20【シンポジウム1】「アジアの詩とは何か」辻井喬+高橋睦郎+佐々木幹郎+平田俊子+田原(司会)
第2部
15:30【講演】吉本隆明(ききて・瀬尾育生)「詩論について」
16:30【シンポジウム2】「詩の現在をめぐって」北川透+藤井貞和+荒川洋治+稲川方人+井坂洋子+松浦寿輝+野村喜和夫+城戸朱理+和合亮一(司会)
18:00【朗読・トーク】小池昌代、高貝弘也、田口犬男、小笠原鳥類、蜂飼耳、中尾太一、三角みず紀
19:30閉会挨拶
案内に12:00開場/12:30開演、終了予定20:00とあり、会場には食べ物の販売はないと書いてあるので、ぼくは池袋構内の立ち食い蕎麦屋さんで掻き揚げ天麩羅蕎麦をものして新宿に向かいました。駅に着いて携帯を見るとまだ11:30だったので会場に向かうのを躊躇したのですが、スーハ!同人の中に満員で予約を取れなかったひとが何人かいたので、ただごとではない予感がして歩を進めました。案の定、新宿駅改札から2分と掛からない会場に上る階段にはすでにひとが並んでいました。まいったなと思ったら、係りの男の子が予約有り無しをぼくに訊いてくれて、待っているひとは予約無しだと分かりました。なんとなくいい気分になり受付けに行くと首から札を掛けられました。番号入りです。それでも受付けの若いお嬢さんたちに鼻の下を長くしてロビーに入ると、札を首から下げたひとたちが沢山いました。本会場には12:00まで入れないということで待つことにしました。とにかく大変な熱気でした。番号札には驚きましたが、連れられて行くところがガス室でも牢獄でもないことは雰囲気で分かりました。
12:00になり、受付けの番号順に本会場に入りました。席を確保して自動販売機で飲物などを買って知り合いと話しなどしているといよいよ始まりました。
まず、思潮社社長の小田久郎氏の挨拶。すこし緊張されているのか、思潮社発足時のことを語る小田氏の口元は多少こわばっているように見えました。
そして第一部のトップバッターは谷川俊太郎氏・賢作の親子。言葉・ピアノand歌の掛け合いです。父がまず鉄腕アトムの歌をうたったと思います。そのあと賢作氏が言語と音楽等をめぐり俊太郎氏を挑発するのですが、それをかわす父の減らず口が面白かった。賢作氏が俊太郎氏を詩壇の長島茂雄にたとえて挑発します。たしかに宇宙人的なところは両者に共通するコードかもしれない。「ぼくと長島茂雄では、動くお金がちがう」とかわした父の当為即妙にはうなりました。ここで、ちょっと資料を入れます。「現代詩手帖」2008年4月号で、三浦雅士と谷川氏が対談しています。
三浦―やっぱり谷川俊太郎というのは特異なひとだと、ひょっとすると詩人の範疇に入らないかもわからない、というくらい特異だと思う。つまり言葉が根本的に概念的なんですよ。……他人とか他の生物に関してじかじゃないんです。概念になっている。……言葉の宿命というふうに捉えているところがある。
谷川―作者の宿命ではなくて……
三浦―ええ。だから、谷川俊太郎という生身の存在がいないように思えるときがある。
父の減らず口(詩の言葉)は生身の言葉ではなく、一見、彼の背後にある言語世界に操られて機械的に出てくるように思えるときがある。三浦雅士も「思えるときがある」と断っていますが。それはやはり錯覚なんだと思う。たしかに言語世界はわたしたちの主体性を無視するかのように堅固にできていて、わたしたちが次にどんな言葉を選ぶかはあらかじめ決定されているように見えるときがある。そこから言葉の象徴化という網目に囚われた人間の問題が生まれてくる。しかし、谷川俊太郎にしても言語世界から言葉を受けるとき自分の脳と身体で選ぶ過程が必ずあるはずである。背後にある言語世界が谷川俊太郎の概念装置と連動して言葉が出てくるのだから。この概念装置と言語世界が連動してスパークするところに、抒情とかが生まれるのだと思います。この問題は一番厄介な問題なので、これ以上深入りするのはやめます。この場では手に余る問題でもあるし。吉本隆明のところでもう一度触れられたらふれます。
この対談の最後の方に「人間は最初からなかば死の世界に属している。言語を獲得した段階で、なかば死の世界に属すということになってしまった」と三浦雅士がいっていますが、谷川俊太郎宇宙人説を解決するヒントかもしれない。では、生身の谷川俊太郎はどこに行ったのだろうという疑問を残したまま。それでも谷川俊太郎の精神はまったく健康なのです。やっぱり不思議な人にかわりはない。(三浦雅士の発言の背景を詳しく知りたい方は「出生の秘密」(三浦雅士著・講談社)を参照して下さい。)
最後の方で、谷川俊太郎が自作の詩に武満徹が曲をつけた歌をうたいました。あまり記憶が確かではないので省略させていただきます。
次回は吉増剛造のパフォーマンスから話しを進めます。楽しみにして下さい。
(谷合吉重)
本論に入る前に当日のプログラムを簡単に紹介しておきます。
第1部
12:30開会挨拶
12:40【対話】谷川俊太郎+谷川賢作「詩ってなんだろう」
13:30【パフォーマンス】吉増剛造「gozoCine、そして」
14:20【シンポジウム1】「アジアの詩とは何か」辻井喬+高橋睦郎+佐々木幹郎+平田俊子+田原(司会)
第2部
15:30【講演】吉本隆明(ききて・瀬尾育生)「詩論について」
16:30【シンポジウム2】「詩の現在をめぐって」北川透+藤井貞和+荒川洋治+稲川方人+井坂洋子+松浦寿輝+野村喜和夫+城戸朱理+和合亮一(司会)
18:00【朗読・トーク】小池昌代、高貝弘也、田口犬男、小笠原鳥類、蜂飼耳、中尾太一、三角みず紀
19:30閉会挨拶
案内に12:00開場/12:30開演、終了予定20:00とあり、会場には食べ物の販売はないと書いてあるので、ぼくは池袋構内の立ち食い蕎麦屋さんで掻き揚げ天麩羅蕎麦をものして新宿に向かいました。駅に着いて携帯を見るとまだ11:30だったので会場に向かうのを躊躇したのですが、スーハ!同人の中に満員で予約を取れなかったひとが何人かいたので、ただごとではない予感がして歩を進めました。案の定、新宿駅改札から2分と掛からない会場に上る階段にはすでにひとが並んでいました。まいったなと思ったら、係りの男の子が予約有り無しをぼくに訊いてくれて、待っているひとは予約無しだと分かりました。なんとなくいい気分になり受付けに行くと首から札を掛けられました。番号入りです。それでも受付けの若いお嬢さんたちに鼻の下を長くしてロビーに入ると、札を首から下げたひとたちが沢山いました。本会場には12:00まで入れないということで待つことにしました。とにかく大変な熱気でした。番号札には驚きましたが、連れられて行くところがガス室でも牢獄でもないことは雰囲気で分かりました。
12:00になり、受付けの番号順に本会場に入りました。席を確保して自動販売機で飲物などを買って知り合いと話しなどしているといよいよ始まりました。
まず、思潮社社長の小田久郎氏の挨拶。すこし緊張されているのか、思潮社発足時のことを語る小田氏の口元は多少こわばっているように見えました。
そして第一部のトップバッターは谷川俊太郎氏・賢作の親子。言葉・ピアノand歌の掛け合いです。父がまず鉄腕アトムの歌をうたったと思います。そのあと賢作氏が言語と音楽等をめぐり俊太郎氏を挑発するのですが、それをかわす父の減らず口が面白かった。賢作氏が俊太郎氏を詩壇の長島茂雄にたとえて挑発します。たしかに宇宙人的なところは両者に共通するコードかもしれない。「ぼくと長島茂雄では、動くお金がちがう」とかわした父の当為即妙にはうなりました。ここで、ちょっと資料を入れます。「現代詩手帖」2008年4月号で、三浦雅士と谷川氏が対談しています。
三浦―やっぱり谷川俊太郎というのは特異なひとだと、ひょっとすると詩人の範疇に入らないかもわからない、というくらい特異だと思う。つまり言葉が根本的に概念的なんですよ。……他人とか他の生物に関してじかじゃないんです。概念になっている。……言葉の宿命というふうに捉えているところがある。
谷川―作者の宿命ではなくて……
三浦―ええ。だから、谷川俊太郎という生身の存在がいないように思えるときがある。
父の減らず口(詩の言葉)は生身の言葉ではなく、一見、彼の背後にある言語世界に操られて機械的に出てくるように思えるときがある。三浦雅士も「思えるときがある」と断っていますが。それはやはり錯覚なんだと思う。たしかに言語世界はわたしたちの主体性を無視するかのように堅固にできていて、わたしたちが次にどんな言葉を選ぶかはあらかじめ決定されているように見えるときがある。そこから言葉の象徴化という網目に囚われた人間の問題が生まれてくる。しかし、谷川俊太郎にしても言語世界から言葉を受けるとき自分の脳と身体で選ぶ過程が必ずあるはずである。背後にある言語世界が谷川俊太郎の概念装置と連動して言葉が出てくるのだから。この概念装置と言語世界が連動してスパークするところに、抒情とかが生まれるのだと思います。この問題は一番厄介な問題なので、これ以上深入りするのはやめます。この場では手に余る問題でもあるし。吉本隆明のところでもう一度触れられたらふれます。
この対談の最後の方に「人間は最初からなかば死の世界に属している。言語を獲得した段階で、なかば死の世界に属すということになってしまった」と三浦雅士がいっていますが、谷川俊太郎宇宙人説を解決するヒントかもしれない。では、生身の谷川俊太郎はどこに行ったのだろうという疑問を残したまま。それでも谷川俊太郎の精神はまったく健康なのです。やっぱり不思議な人にかわりはない。(三浦雅士の発言の背景を詳しく知りたい方は「出生の秘密」(三浦雅士著・講談社)を参照して下さい。)
最後の方で、谷川俊太郎が自作の詩に武満徹が曲をつけた歌をうたいました。あまり記憶が確かではないので省略させていただきます。
次回は吉増剛造のパフォーマンスから話しを進めます。楽しみにして下さい。
(谷合吉重)
June 05, 2009
矢板から
山田亮太さんの詩集『ジャイアント・フィールド』、よかったです。それを移動中の車の中で読んで、今は貨物列車の音が聞こえる矢板のホテルにいます。『ジャイアント・フィールド』、人工的な(とかもう使わない言葉なんでしょうか)造形ですが、それを「殺伐とした巨大な平野」だととる精神の定型は、卑屈だろうと思います。
この詩集で見えてくる風景を著者の生まれた場所と重ねて見るというよりも、著者が内面の原風景を手放していないということを確認することで了承しうるものが、この詩集にはあるように思えます。そのとき、「トルタ」という詩誌のあり方がこの詩集の装丁の方向を決めてしまっていることで、見えにくくなるものがあるだろうという、すこし残念な気持ちがありますが、それはささいなことです。
今、午前一時くらいで、こんな時間に矢板を通るのは貨物列車ぐらいでしょうから、やはり耳に聞こえているのは人を乗せていない車両がレールを走る音です。その音を聞いて、必然的に思い出されるぬくいものに、『ジャイアント・フィールド』が一部属していることを、起きているついでに書いています。
この詩集で見えてくる風景を著者の生まれた場所と重ねて見るというよりも、著者が内面の原風景を手放していないということを確認することで了承しうるものが、この詩集にはあるように思えます。そのとき、「トルタ」という詩誌のあり方がこの詩集の装丁の方向を決めてしまっていることで、見えにくくなるものがあるだろうという、すこし残念な気持ちがありますが、それはささいなことです。
今、午前一時くらいで、こんな時間に矢板を通るのは貨物列車ぐらいでしょうから、やはり耳に聞こえているのは人を乗せていない車両がレールを走る音です。その音を聞いて、必然的に思い出されるぬくいものに、『ジャイアント・フィールド』が一部属していることを、起きているついでに書いています。









