aamall

February 11, 2008

ショーシャ

昨年暮れから、一つのことを祈りながら過ごしている。
私には力も余裕も無いので、一つだけにしている。
もうそれしかできることが無いのに、時折弱気になって途方にくれて、ついぼんやりとしてしまう。
横たわったからだを思い返している。
大きな人だから、見下ろしたことなどなかったのだ。
薄く張り出した腰骨のかたちや、頭頂の髪の白さや、自由に身をかわして歩いている間には軽々とさえ見えたその肉体が横たわった時のなまなましさを、初めて上から眺めたのだった。
それをぼんやり思い返している。
自分の力がおよばないところに預けられたのだ。
決してあきらめたりはしないけれど。

考える気力さえ失った自分をなぐさめる言葉が、開いた本から与えられることがある。
読みかけのままだった
『ショーシャ』(アイザック・B・シンガー著、大崎ふみ子/訳、吉夏社)
の後半を開く。

ショーシャ
















「本にはほかに何が書いてあるの?」
「ああ、あらゆる種類のことが。星はぼくたちから逃げ出しているってことが発見された。毎日何万マイルも」
「どこへ逃げてるの?」
「遠くの何もない空間へ」
「二度と戻って来ないの?」
「光が消え、まず冷えて、それからすごい力で後退していくので熱くなって、そうしてこのいやらしい仕事が最初からもう一度始まるんだ」



無垢でかわいらしい質問と誠実な答えのやりとりが、ほほえましくてせつない。
何度読み返しても、胸がきゅんとする。
ここを書き写しているだけで、なにも言わなくてももう十分という気がしてしまったけれど。



世界の歴史は人がただ先だけを読むことができる本なのだ。この世界の本のページを後戻りしてめくることは決してできない。だが、かつてあったものはすべて、まだ存在している。イェッペはどこかで生きている。〈ヤナシュの中庭〉で畜殺人たちが毎日殺す雌鳥、ガチョウ、アヒルたちはまだ生きていて、世界の本のほかのページでコッコと鳴いたり、ガーガー言ったり、時をつくったりしている――右開きの本だよ、だって、世界の本はイディッシュで書かれているんだ、イディッシュは右から左へ読むからね。


アーロンは子ども時代と同じように、再会した幼なじみのショーシャに語りかける。ショーシャは誰よりも熱心な聴き手だった。ショーシャを楽しませ、不安を取りのぞくためにアーロンは語り、語ることによってアーロンもまた解き放たれる。語り手と聴き手という幸福な関係がうらやましくもある。
私たちの住む世界や現実はそう簡単には変わらないかもしれないけれど、私たちは自在にあらゆることを思い描くことができる。
その時傍らに、あなたの語ることに目を輝かせ、繰り返しかわいい質問をし、あなたの語る世界を信じる者がいたら、やはりそれは唯一かけがえのない存在になるのだと思う。
聴くことによって彼女の(たぶん)魂(と呼ぶべきもの)が磨かれていく様が美しい。
「訳者あとがき」もまた、興味深くすばらしい。


タイベレと彼女の悪魔















先に読んだ同じ著者・訳者の
『タイベレと彼女の悪魔』(アイザック・B・シンガー著、大崎ふみ子/訳、吉夏社)
には、訳者によって選ばれたイディッシュ作家シンガーの珠玉の短篇十篇が収められている。
とてもおもしろくておすすめ。
細かく厳しい戒律の中で暮らす人々を描くが、シンガーの語る言葉は自由で、私たちはみなどこか似通っていて人はみないとおしい。
私たちのこの世界は、もしかしたら思い描く力によって広がっているのかもしれない。

(佐藤 恵)


yokosionclub at 03:52│Comments(0)佐藤恵 

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