永野牧師の部屋第1

 「十二使徒」とは、福音書において、生前のイエスが自分の直属の弟子として「指名した人物」として理解されています。

 たとえば、その具体的な例をあげると以下の聖書個所になります。

マタイによる福音書10章1~4節
1)イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
2)十二使徒の名は次のとおりである。まずペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、
3)フィリポとバルトロマイ、トマスと徴税人のマタイ、アルファイの子ヤコブとタダイ、
4)熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。


マルコによる福音書6章7~13節
7)そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、
8)旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、
9)ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。
10)また、こうも言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地から旅立つときまで、その家にとどまりなさい。
11)しかし、あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようともしない所があったら、そこを出ていくとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい。」
12)十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。
13)そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。


ルカによる福音書9章1~6節
1)イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。
2)そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、
3)次のように言われた。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。
4)どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。
5)だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。」
6)十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。

 上記の聖書個所を比較してみるとわかりますが、だいたい共通するのではありますが、しかし、厳密には同じでない部分もあるのです。

 また、これらの聖書個所を見るとマタイによる福音書10章2節に登場する「十二使徒」は、注解書等で見るとわかりますが、ギリシア語で固有名詞としての「十二使徒」ではなく、「12人の遣わされた者たち」の意味合いで使われており、厳密な意味では「十二使徒」(固有名詞)ではないと説明されています。さらに、ヨハネによる福音書には「使徒」という言葉さえ使われていません。

 こうした事から分かるのは、当時、「使徒」、あるいは「十二人」と呼ばれる弟子がいたことは確かなのですが、「十二使徒」(固有名詞)という特別な意味の使徒たちは、かなり後代にできたキリスト教の概念であるようです。

 ちなみに、「十二使徒」が固有名詞として新約聖書に登場するのは以下の聖書個所だけになります。

 ヨハネの黙示録21章14節
 都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。



 では、使徒について、初代教会がまだ存在していた時期を生きていた人物がどのように記していたか、新約聖書の中で言えば以下の箇所になります。


 コリントの信徒への手紙1 15章3~9節
3)最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、
4)葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、
5)ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。
6)次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。
7)次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、
8)そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。
9)わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。

 パウロは他の自身の手紙において、使徒の定義を「復活のイエス・キリストに出会い、それを証する人物」というように記しています。

 その意味で、パウロはそうした復活のイエス・キリストに出会い、それを証する人物として、当時、知られていたのが上記の箇所において①ケファ、②十二人、③500人以上もの兄弟たち、④(主の兄弟)ヤコブ、⑤すべての使徒、⑥自称使徒・パウロ

 ここに出てくる「十二人」がいわゆる今日においてわたしたちが「十二使徒」と呼ぶ人たちのことなのですが、パウロが生きていた時代において、まだ「十二使徒」という言い方はなく、ただ「十二人」と呼ばれていたことがうかがえるのです。また、この事から「使徒」とは決して十二人限定されるのではなく、もっと数多くの使徒と呼ばれる人たちが当時、存在していたことがわかります。



 しかし、新約聖書に含まれる文書の中では、主に「使徒」に関わる文書としては、唯一「使徒言行録」があるのみなのです。しかも、「使徒言行録」は内容を見ればわかりますが、主に前半部分はペトロの言行録であり、後半はパウロの言行録として書かれており、他の使徒たちについては、ほとんど何も記録を残していないのです。

 では、それ以外の使徒たちについての文書というのは一切書かれなかったのかと言えばそうではりません。

 ちょっと長くなるので部分的な資料を以下に示します。

使徒たちの記憶・フランソワ・ボヴォン_ページ_05

 この資料は、2007年に東京で開催された国際聖書フォーラムにおいて、フランソワ・ボヴォン氏の講演資料の抜粋です。資料を読んでみたい方は右のリンクをクリックしてダウンロードしてみてください(PDF資料はこちら



 ここに記されているのは、紀元2~3世紀において、様々な使徒たちの行伝が書かれたということが紹介されているのです。それは具体的には「アンデレ行伝」「ペトロ行伝」「ヨハネ行伝」等々で、いわゆる「十二使徒」のメンバーの名前を冠したものもあれば、その他に、「マリア」「マグダラのマリア」「フィリポ」等のいわゆる使徒ではない弟子たちの文書も書かれたということなのです。

 
 さて、こうした話がどのように新約聖書に関係してくるかと言えば、新約聖書が四福音書を含む27文書からなるものというのは、紀元397年の第三回カルタゴ教会会議においてでした。ということは、397年までには、新約正典に含まれる27文書以外にも様々な文書、もちろんその中には、前述の「アンデレ行伝」「ペトロ行伝」のようなものも含まれていたわけですが、それ以上に多くの文書が当時は存在していたということなのです。

 つまり、397年当時、新約聖書は最初から27文書だったのではなく、数ある中から絞に絞って27文書に限定したということなのです。


 ということは、数ある「~行伝」の中において、正典として当時のキリスト教会が合意の内に採用したのは、「アンデレ行伝」「ペトロ行伝」ではなく、「使徒行伝/使徒言行録」のみであったということなのです。


 しかし、問題は、「使徒言行録」以外はただ選考基準を満たさなかったということではありません。

 おそらく、個人的にこうした当時のキリスト教会の教会会議において問題となったのは、「使徒」と「権威」の問題、また「使徒継承」の問題にあったのではないかと推測するところなのです。


 なぜかと言えば、初代教会において、教会を信仰的・霊的に指導するのはまさに使徒たちの働きによるものでした。当然、当時の教会における使徒たちの権威は、イエス・キリストが地上におられない今においては、使徒たちが天におられるイエス・キリストの「代理人」として、先ほどの福音書の記述にもあるように「権威」を有していたことが想像できるのです。

 しかし、4世紀になるとキリスト教は迫害される宗教から、まさにローマ帝国の国教へと大きくこの世の権力と結びつきます。それと共に、地中海沿岸地域に数多く存在していたキリスト教会においては、やはり「一つの普遍的(カトリック)な教会」を考える上で、あまりにも各地の教会いおいてそうした様々な「使徒」の権威による教会が乱立することは、「キリスト教信仰の混沌化」を招くであろうことを危惧したのではないかと思います。

 そして、最終的に、十二使徒のペトロがローマ教会における初代法王として記念されると同時に、ローマ法王の権威はより盤石なものとなり、それによって各地にあった様々な司教を統括するシステムが出来上がったであろうということなのです。


 当然、そのためには「使徒」の「権威」はペトロに集中する必要があります。そのため、新約聖書・正典には、使徒ペトロ以外の権威は不要であり、そうしたイエス・キリストからいただいた天国の鍵を継承する存在として、「他の使徒」の権威は相対的に排除されることになったのではないかと推測するところなのです。

 だからこそ、今日わたしたちに伝えられている新約聖書はそうした他の使徒についての記述が少ないだけでなく、福音書等において使徒たちに権威が結びついていかないように、簡素な記述しかされなかったのではないかと個人的に推測するのです。


 ただし、そうした「アンデレ行伝」といった文書から、まさに使徒アンデレについてどれだけのことが分かるのかと言えば、かなりそれは怪しいと言わざるを得ません。なぜなら、「アンデレ行伝」「ペトロ行伝」といったような文書は前述したとおり、2~3世紀に成立しており、実際にアンデレやペトロが生きていた時代からすれば100年以上も後の時代の産物でもあります。アンデレが生前どうであったかについては口伝で伝えられている部分もあるかもしれませんが、しかし、話を盛られている部分も多分にあると考えられ、それらを分離して「真実のアンデレ」に到達することは不可能であると思います。

 その意味で、十二使徒とは誰なのか? という問いに対しては、実際問題として「よく分からない」というのが現時点における回答になるかと思います。何かしらそうした確信に迫るような資料が見つかればよいですが、化石が出てくるわけではないので難しいかなあというところです。

 先般、ご質問をいただいたのでちょっと調べてみました。

 質問とは以下のとおり。


 「洗礼者ヨハネは、いったいどこから罪の赦しを得させる水による洗礼を見出したのでしょうか?」


 もちろん、この問いに対する回答は聖書にはありませんので、手持ちの資料で幾つか関係するであろうものを調べてみました。

 以下、図にしたものを示します。

 青字ー>聖書に出てくるユダヤ教の宗派・宗団
 赤枠ー>ヨルダン川での沐浴を儀式として行っている宗派・宗団

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洗礼の起源2


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 今回の参考資料は平凡社から出されている『キリスト教史1』ジャン・ダニエル―著です。

 同書、p63に以下のようにありました。

ーーー以下引用ーーー
 ユダヤ教主流の周辺の諸宗派のなかには、もう一つ特に注目すべき一派がある。教会の草創期におけるユダヤ教諸派に関して、今日残っている諸記録の中に、バプティスト派という派に関するものがある。
 ヘゲシッポスは、これまでに名前の挙がったエッセネ派、ガリラヤ派、サマリア派、サドカイ派、ファリサイ派の他に、マスブタイ派についても述べている〔教会史IV,22、7〕。
 またユスティノスはバプティスト派(『ユダヤ人トリュフォンとの対話』、70,4(原注12)))について、エピファニオス(Epiphanios315頃―403年)はサバ派について(エピファニオスの『パナリオン』(Panarion[Adversus haereses])語っている。
 サバ派、マスブタイ派とは、バプティスト派と同じものを指す言葉である。この宗派の人たちは、ユダヤ教徒とともにノア派(Noachic, Noachiques 旧約時代のノアの名をかりたグノーシス派の一種)の信仰と宗規を共有している。さらにまたその最も重要な儀式は、聖なる河とされているヨルダン川での沐浴である。このグループは、ヨルダン川の岸に住み、イスラエル社会の外にいるが、ユダヤ人と深いつながりを持っている非ユダヤ的住民である。彼らはマンダ教徒の祖先なのである。
 初代キリスト教とこの人たちとのつながりは複雑である。はじめ洗礼者ヨハネが、そして後にキリスト教会が、ヨルダン川での洗礼を採用したという事実から、当時のユダヤ人の頭の中では、キリスト教徒とバプティスト派が、どこかで混同されてしまったことは確かである。しかしルドルフが指摘したように、ヨルダン川が聖なる河として重要視されていたということのほかには、サバ派とキリスト教徒のあいだには、なんら共通点はないのである。さらにまた、次のような事実が、この混乱をますます深めたように思われる。<ナザレの人>(ナゾライオス nazoraios)という言葉は、福音書の中ではイエスを指している〔マタ2:23〕。ところが、この言葉は、マンダ教徒を示す最も古い呼称としても用いられている。
 またエピファニオスは、ナサライオス(nsaraios)という形で、ユダヤ教の一派を指している。この言葉をめぐっては、学者のあいだに論争が起こっている。
 確かなことは、この言葉が<宗規を守る人>という意味だということである。それはまた、バプティスト派のことも指していたように思われる。
 それはおそらく、サマリア人という言葉と同じように、ユダヤ人のキリストおよびキリスト教徒に対するあだ名〔使24:5〕と、おそらくは故意に混同させたものであろう。ところがこの名称は、セム族によって日常的によく使われている言葉の洒落のおかげで、メシアを指す称号であるネゼル(nezer 新芽)という言葉と結びつけられ、キリスト教徒からは名誉ある称号として受け取られていたのである。
 さらにもう一つ奇妙な事実がある。それはまさにこのトランスヨルダンに、ナザレ派的なキリスト教の一派が存在していたということである。エピファニオスがこの一派について略述しているが、彼らはユダヤ教的な傾向を持ったキリスト教徒であり、その拠点はガウラニティスのペラにあった。
 ヒエロニュムス(Hieronymus 347-419/20年)がトランスヨルダンで目にしたアラマイ語で書かれた『ナザレ人福音書』(Evangelium Nazareorum)のいくつかの断片が今日残っている。エピファニオスは彼らが70年以降にパレスティナから追われたユダヤ・キリスト教徒であるとしているが、彼らはどうやら以前から存在していた教団に吸収されてしまったというのが事実であるらしい。
 この教団はトランスヨルダンの他の諸派とともに、ナザレ派という名で呼ばれていたが、この名はこの地方におけるバプティスト派の一般的な名称であった。この教団は他にもいくつかの特徴を示している。

 ロト(Lot),ヨブ(Job)、メルキゼデク(Melchisedek)といったユダヤ人ではない聖人に捧げられた聖地が、トランスヨルダンでは重要な位置を占めていたということが考古学的に明らかにされている。さらにまたこの仲間からは、犠牲を捧げることに反対し、潔めの沐浴の習慣を頻繁に実行し、ノアの掟に固執するエビオン説が生まれているのである。

 さて最後に、キリスト教の宣教は新たな問題を提起する一つの社会、すなわちパレスティナにおけるギリシア・ローマの異教社会とぶつかることになる。実際、パレスティナには、主として異教徒の住んでいたギリシア人の町がいくつもあり、その多くは地中海に沿って散在していた。ところで『使徒言行録』は、<ヘレニスト>の宣教活動がこの地方にも広がっていたことを教えてくれる。フィリポはカイサレイアとヤッファに足跡を残している。彼がエティオピア出身のユダヤ人新信徒に洗礼を授けたのは、ガザの近くにおいてである〔使8:38〕。フィリポに続いてペトロが、これらのさまざまな地域、すなわち、まずサマリア、続いてカイサレイア、ガザ、ヤッファを訪れていることに注目すべきであろう。このことは、教会全体の監督という十二使徒が負っていた役割を示すものと思われる。使徒たちに与えられた使命の普遍的な性格は、とりわけペトロによって示されているのである。こうして十二使徒がエルサレムで果たしていたと思われる仲裁者的役割が裏付けられるのである。

ーーー以上ーーー


 まず、聖書に登場するユダヤ教の諸派は、図で青字で示したものです。

 通常、プロテスタントのキリスト教会の説教で触れるのはおよそ青字で示された宗派等であって、黒字で示したものについては出てきません。

 そのため、わたしも今回調べてみて知りましたが、イエスさまが生きていた時代におけるユダヤ教の諸派についてはわたしたちが知らないものも多々あって、しかも今日記録として残っているものも間接的な資料か、あるいは断片的なものくらいで、そのほとんどが失われてしまったということのようです。そのため、厳密にそうした諸派についてのまとまった資料というのは無いようで、断片的な資料を元にして、いくつかの推測ができるというようなもののようです。



 まず、洗礼者ヨハネですが、彼自身が水による洗礼を発明したということではなく、実は、当時存在していたユダヤ教の諸派の幾つかにノア派と似た信仰を持つ宗団があったらしく、洗礼者ヨハネはもともとそうした宗団で信仰を身につけたのではないかということです。(図中、赤い枠で示しました)

 その諸派のいくつかはバプティスト派、サバ派、マスブタイ派というような名称で、キリスト教の歴史においては使徒教父と呼ばれる人たちによって、いくつかの呼び名で呼ばれたようで、これらは「ノア派」から派生したものと推測されるようです。

 このノア派とは、創世記における「ノア契約」(ノアと神さまとの間で結ばれた契約)を基礎にして、自分たちはノアの子孫であるという理解の下、その重要な儀式として聖なる河と呼ばれるヨルダン川で沐浴を行っていたようです。

 ただ、このノア派に由来するヨルダン川での沐浴は、必ずしも一回限りということではなく、繰り返し行われていたようで、洗礼者ヨハネも元々はそうしたところから信仰が始まったものと思われます。その意味で、恐らく「罪を清めるヨルダン川での沐浴」はこうしたノア派の系統にある宗団においては一般的に行われていたものと思われます。

 そして、洗礼者ヨハネは、聖なる河ヨルダン川での沐浴を、何かしらの信仰的な経験を通して、一回限りの罪の赦しを得させる洗礼へと発展させたのだと推測されますが、問題の「どのように移行したのか?」という「その過程」については今日、資料としては残されていないのではないかと思います。

 ただし、「一回限りの罪の赦しを得させる洗礼」は、他に類例がないため、洗礼者ヨハネ自身が、もともと属していた宗団において、何らかの信仰的な経験を経て、そうした宗団を離れ、独自に「一回限りの罪の赦しを得させる洗礼」を標榜する洗礼者ヨハネの宗団を形成するに至ったであろうことが考えられます。

 その意味で、「一回限りの罪の赦しを得させる洗礼」のきっかけについては、洗礼者ヨハネの体験に基づくものである可能性が高く、それを本人か、あるいはその直系の弟子で、体験を文字化、あるいは伝承として残したものがあるとすれば、それが、この問いに対する的を射た答えになると思います。

 また、別の可能性として、マンダ教等の資料にそうした洗礼者ヨハネについての何かしらの情報が含まれているかもしれませんが、マンダ教等の中近東における様々な宗教についての情報はほとんど持っていないため、これ以上は、より専門的な研究によらなければ新たな発見ということはないのではないかと思います。

 聖書における洗礼者ヨハネについての情報は、ごく断片的なものであって、そうした洗礼の起源に関わるものは皆無です。

 ただし、洗礼者ヨハネの直系の弟子として、ヨハネによる福音書では以下のように記しています。

 その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。(ヨハネ1:35~37)
 ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。(ヨハネ1:40)

 他の共観福音書では十二使徒の一人であるアンデレは同じ十二使徒のシモン・ペトロの兄弟として、ガリラヤ湖の漁師であると報告されていますが、しかし、ヨハネによる福音書ではアンデレは、洗礼者ヨハネの言葉を聞いてイエスの弟子になった二人の人物の内の一人がアンデレであったと報告しています。

 その意味で、ヨハネによる福音書の記述によれば、洗礼者ヨハネの直系の弟子の一人はアンデレであり、また、以下のような記述があります。

 さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子をつくり、洗礼を授けておられるということが、ファリサイ派の人々の耳に入った。イエスはそれを知ると、――洗礼を授けていたのは、イエス御自身ではなく、弟子たちである――ユダヤを去り、再びガリラヤへ行かれた。(ヨハネによる福音書4:1~3)

 つまり、イエスさまも洗礼を授けていたであろうことは自身も洗礼者ヨハネから洗礼を受けているのでおよそ想像できますが、しかし、それ以上に十二使徒たち、あるいはその弟子たちが「洗礼」について熱心に行っていたという記述です。そして、その洗礼を十二使徒において強く実践させた張本人がアンデレであって、可能性としては彼の兄弟であるシモン・ペトロも、洗礼者ヨハネの洗礼を実践したであろうし、今日、キリスト教会の伝統として「洗礼式」が伝えられているのも、実は、使徒アンデレともう一人の弟子(たぶんシモン・ペトロじゃないかと個人的には思いますが)に寄るものであることが言えると思います。




 あるいは、他方、そうした「聖なる河において、水を使った罪の赦しを得させる洗礼」ではなく、いわゆる「入会の儀式」としての「洗礼」が実は多くのユダヤ教諸派において、またキリスト教会において行われていたことがうかがえます。

 使徒パウロは、その手紙の中で、水による洗礼について触れて書いているところがありますが、パウロにとって「洗礼」とはイエス・キリストの「聖霊による洗礼」を意味しており、それは「水による洗礼」とは別物として理解していたことがパウロの手紙からうかがい知ることができます。


 かなり断片的な話になりましたが、およそ上記のような状況がイエスの前後の時代においてあったようです。

2018年11月14日・祈祷会資料
【なお、上記のプリントの「ルツ記の内容」は『ルツ記、雅歌、コーヘレト書、哀歌、エステル記』、岩波訳を参照】



 ルツ記1~4章

 ルツ記は、ルツというモアブ出身の女性が、ベツレヘムから移り住んできたエリメレク家の長男マフロンと結婚するところから物語がはじまります。

 「ルツ記」という名称はこの主人公のルツから来ていて、物語はこのルツを中心として描かれています。

 1章ずつ説明してもいいですが、内容的には一続きの物語ですので、一回で説明します。内容についてごく大雑把に説明すると以下のとおりです。

1)ユダの地にエリメレク(「我が王は神」の意)とナオミという夫婦、そしてその二人の息子マフロン(「弱々しい」の意)とキルヨン(「消滅」の意)がおり、ユダの地で飢饉が発生し、そこからのこの家族が「モアブの地」へと移住するところから話がはじまります。

2)エリメレク一家がモアブの地で生活する中において、マフロンはモアブ人の女性ルツ(「友情」の意)と結婚し、キルヨンも同じようにモアブ人の女性オルパ(動物の「ガゼル」の意)と結婚します。ところがエリメレクとマフロン、キルヨンが相次いで死に、エリメレク一家はナオミを家長として、二人の息子の嫁であったルツとオルパの3人が残されました。

3)その後、ナオミは飢饉が去ったとのうわさを耳にして、住み慣れたモアブの地を離れてベツレヘムへ帰ることを決意します。

4)ナオミはベツレヘムへ向かう道中、嫁であるルツとオルパに対して、自分の家に帰るように促します。しかし、オルパは自分の生まれた里に帰っていきますが、ルツは頑なにナオミに従うことを決意し、ナオミはルツを連れてベツレヘムへと帰ります。

5)当面の食料を得ようと、ルツは麦の落ち穂を拾いに麦畑へと出かけていきますが、たまたまそこはエリメレクの親戚のひとりであるボアズの畑でした。ボアズはルツについて、自分の親戚にあたるナオミに対して尽くしていることを知り、ルツに対して好意を示します。

6)ナオミはルツが落ち穂を拾いに行った先が親戚のボアズの畑であることを知り、ボアズとうまく結婚できるようにとルツに勧める。ボアズはルツの申し出を受けるが、実は、ボアズよりも有力な親戚がいて、ひょっとするとその人物がルツを妻として迎え入れる可能性があると、あとのことは自分に任せてナオミのもとに帰るよう促します。

7)ボアズは、自分よりも有力な親戚に対してナオミが嗣業の地を売りに出しており、自分たち親戚にはそれを買い取る責任がある(申命記25:5~10)ことを伝え、しかも、エリメレクの名を継ぐためにルツと結婚して子どもをもうけなければならないことを伝えます。結果、その有力な親戚はその資格を放棄し、ボアズがエリメレク家の嗣業を受け継ぎ、ルツと結婚することの証人となります。

8)その後、ボアズはルツと結婚して、息子オベドをもうけ、ボアズはオベドを、ナオミの長子として養子に出し、結果として、このナオミの子であるオベドからエッサイが与えられ、そこからダビデが輩出されたことを伝えて物語が終わります。



【ルツ記は何を言おうとしているのか?】

 ルツ記は表面的に本文を読むだけですと、イスラエルという文化・社会の中において、姑に忠実であったルツの忠誠心・信仰的な正しさが神のみ前において高く評価された、というような印象を受けます。

 嫁・姑という関係性において、「理想的な嫁の姿」を提示しているように読むことができます。

 そういう意味では「嫁はかくあるべし」というようなお説教じみた内容の書になってしまうのですが、そうだとするとなぜこれが『聖書』に採用されたのか、その理由が見えてこないというような話になってしまいます。

 この物語においては、「ボアズとルツとの結婚」がいわゆる一般的な結婚ではなく、申命記25章5~10節のところに記述されている「レビラート(義兄弟)婚」というイスラエルの律法における特別な結婚の例として、まさにその事が書かれています。

 では、ルツ記は全体として、この「レビラート婚」という在り方を肯定しているのでしょうか? 確かに、「レビラート婚というイスラエルにおける特別な結婚によってダビデの血筋が守られたのだ」というメッセージを読み取ることもできます。

 
 むしろ、ここではそうしたことよりも、この物語のもう一人の主人公である「ナオミ」との関係に重点があると言って良いでしょう。

 なぜかと言えば、それは1章20~21節のナオミの独白にポイントがあると思います。

 ナオミは言った。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。出て行くときは、満たされていたわたしを/主はうつろにして帰らせたのです。なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主がわたしを悩ませ/全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」(ルツ1:20~21)

 これは、いわばナオミにとって、自分は「神によって幸福の絶頂から不幸のどん底へと突き落とされたのだ」という叫びに他なりません。すなわち、ここには「わたしは(普段から律法を守り)神に対して何も罪を犯していないのに、神はわたしに不幸を与え、わたしからすべてを取り上げられた。」という事が言われているのです。

 その意味で、このナオミの独白は、神(の正義)に対する一つの挑戦であって、「律法には本当に人を救う力があるのか?」という事をもう一つテーマにしているのです。

 そして、もう一つ付け加えれば、このナオミの独白は、ただナオミ個人の問題ではなく、これがイスラエル民族にまで拡張される時に、実は、これはイスラエルに臨んだ未曽有の不幸(子孫が絶えてしまう状況)において、神がルツという異邦人(申命記の記述からすれば、憎むべき敵)を用いて、イスラエルを導き救い出すという、「民族救済をテーマとした物語」として読むことができるのです。

 それは、いわば変形された「アブラハム物語」に近いように思います。

 たとえば、そうした近親性がみられるのが、ボアズがルツに対して語って聞かせた言葉にあります。

 ボアズは答えた。「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。(ルツ2:11)
 
 主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。(創世記12:1)

 ここに書かれている直接的な言葉は異なりますが、ルツもアブラハムも共に、神の導きによって、生まれ故郷を捨てて、全く見も知らない国に移り住むことになります。そこには、イスラエルを導かれる神が、異邦人(アブラハムもカルデア出身者、ルツはモアブ人)を用いて、イスラエル民族を守り導かれたというメッセージがあるのです。

 しかも、創世記や申命記の記述によれば「モアブ人」とは、どういう人たちかと言えば、以下の記述にあるとおりです。


 このようにして、ロトの二人の娘は父の子を身ごもり、やがて、姉は男の子を産み、モアブ(父親より)と名付けた。彼は今日のモアブ人の先祖である。妹もまた男の子を産み、ベン・アミ(わたしの肉親の子)と名付けた。彼は今日のアンモンの人々の先祖である。(創世記19:36~38)

 アンモン人とモアブ人は主の会衆に加わることはできない。十代目になっても、決して主の会衆に加わることはできない。それは、かつてあなたたちがエジプトから出て来たとき、彼らがパンと水を用意して旅路で歓迎せず、アラム・ナハライムのペトルからベオルの子バラムを雇って、あなたを呪わせようとしたからである。(申命記23:4~5)


 すなわち、「モアブ人のルツ」とは、イスラエル民族からしてみれば、アブラハムの親戚であるロトの血筋に生まれた民であり、その意味では遠い親戚にあたるけれども、出エジプトの出来事にあっては、イスラエル人に対して敵対した忌むべき民族であって、決して、結婚相手として選べるものではないのです。

 もちろん、ルツ記は、そうしたことを「知らなかった」という事ではなく、「知った上で、モアブ人のルツ」を主人公にしたというところであるのです。

 

 その意味で、ここでは「モアブ人」に対する申命記の記述を覆し、まさに忌むべき民族であるモアブ人のルツによって、イスラエル民族は、ダビデの血筋を絶やすことなく守られたというメッセージを伝えようとしているのです。

 実は、こうしたメッセージ性は、旧約聖書においては『ヨナ書』が似た傾向をもっています。『ヨナ書』は神がユダヤ人のヨナという人物を召して、アッシリア帝国の大都市であるニネベの都に罪の悔い改めを呼びかけさせる物語です。この『ヨナ書』のストーリーは、結果としては、ユダヤ人ヨナの神の御心に対する不信心とニネベの人たちの信仰深さが対照的に示され、神がニネベの人たちの信仰を認めるのです。

 『ヨナ書』と『ルツ記』の共通性は、イスラエル民族が神に対して信仰的に頑なであるのに対して、むしろ異邦人の方が信仰的であるということを主張しています。

 そして、そうした主張の対極にあるのが、実は、エズラ記・ネヘミヤ記なのです。

 エズラ記・ネヘミヤ記は、バビロン捕囚後、イスラエルの民がエルサレムに帰還し、エルサレム神殿を再建し、エルサレムの町を復興させる、そうした内容なのですが、エズラ記・ネヘミヤ記では、極めて「ユダヤ民族主義」的な傾向が強く、例えば外国人と結婚している人は、エルサレムで生活するために、外国人の家族を離縁せよという、極めてナショナリズム的な傾向の強い書物です。

 その意味で、『ヨナ書』も『ルツ記』も共に、そうした「イスラエル民族」というものに優位を認めようとするエズラ記・ネヘミヤ記に対するプロテスタント運動として成立した文書として理解することができるかというところです。


 そうした事から、『ルツ記』が最終的に伝えようとしているのは、イスラエル民族をこの世において子孫を継がせたのは、まさに敵対する異邦人ルツの存在を神さまが用いられたことによって導かれたものであって、イスラエルの律法を通じて、イスラエルの民は救われたのだという事を主張する書物として読むことが可能であると思います。

 つまり、イスラエルの神を信じる信仰は、独善的なものではなく、むしろ、他民族に対して寛容なものであると同時に、異邦人ルツの謙遜さに学ぶことを教えるものであるのです。

 

 
 

 Hauptwerkをパソコンにインストールするためには、まず、Hauptwerkのサイトから最新版のプログラムをダウンロードするところからはじまります。


 ダウンロードできたら、ダウンロードしたファイルをダブルクリックでひらきます。インストールが一通り終わると準備完了です。

 インストール完了後、最初にHauptwerkを起動すると、どのモードで起動するのかを聞かれます。

 モードは3種類で「フリーモード」「ベーシックモード」「アドバンスモード」です。

 「フリーモード」は無料で使用できますが、いろいろと制約が多いです。たとえば、サードメーカー等のサンプルセットをインストールすることは制約の関係でほぼ無理だと思います。また、同時発音数が256音に制限されています。

 ただし、標準でインストールされている聖アン教会のパイプオルガンは使用することが可能です。


 「ベーシックモード」「アドバンスモード」も選択することは可能ですが、3秒か5秒おきくらいでトライアングルの音が入ってきます。このトライアングルの音を解除するためには、ドングルをパソコンにセットした状態で、ライセンスのアップデートが必要になります。


【USBキー/ドングル とは?】

 ドングル

 USBキー/ドングル とはこの写真にある見た目は「USBメモリ」の部品です。「ベーシックモード」「アドバンスモード」を利用するためには、このUSBキー/ドングルが必要になりますが、これは「USBメモリであれば何でもよい」ということではなく、「ベーシックモード」「アドバンスモード」を購入した時に、ショップから送ってくる特別なUSBメモリです(ネットで購入後、到着に1~2週間かかった)。

 なお、このUSBキー/ドングルは、送ってきたのをそのままパソコンに接続すれば直ぐに使えるというものではなく、まずは、このUSBキー/ドングルを使用できるようにするために、HauptwerkのサイトからこのUSBキー/ドングル専用のドライバーをダウンロードして、パソコンにインストールする必要があります。

 USBキー/ドングルのドライバーをインストールできると、パソコンでこのUSBキー/ドングルを認識できるようになります。

 次に、Hauptwerkを起動して、メニューから、LicenseRequestFileを選択し、LicenseRequestFileを作成します。(以下では「Create a license update request file・・・」)

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 その後、Hauptwerkのサイトから、ライセンスのアップデートを行うのですが、この時、ベーシック版、アドバンス版をネット上で購入した時の「購入番号(HW*****)」が必要になります。(トライアル版サンプルセット等の制限解除等にもこの作業が必要になります)また、アップデートされたライセンスファイルを受信するためのメールアドレスを入力する必要があります。

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 そうして、Hauptwerkのサイトから24時間くらいでメールがおくられてきますので、そのメールに添付されているファイルを、Hauptwerkを起動してメニューから「Apply a license file」を選択し開いてやればライセンスのアップデートは完了します。


 (Milan Digital Audio からメールが届きます)
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 この作業は、ベーシック版からアドバンス版へアップグレードしたり、あるいはトライアル版のサンプルセットの制限解除等の場合にも必要になってきます。

 以下、その手順を記したものを紹介します。

 
Hauptwerk・アップデート方法



 先にご紹介してシステムでどれくらいの音が出るのかをテストしてみました。

 スマホで録画しているのであんまり音質は良くありませんが、雰囲気はわかるのではないかと思います。

 先に、自分で弾いているのを記録(MIDIデータ)し、それを再生したものです。


 現在、日本国内においてパイプオルガンを弾いてみたい、あるいは学んでみたいと思っても、なかなか簡単でないというのが現状です。

 そこで、今回、わたしがおよそ十年越し(財政的理由)で入手したバーチャル・パイプオルガンのシステムを紹介します。

 現在、日本国内において「パイプオルガンを練習したい」と考え、楽器店に行っても、パイプオルガンを目にすることはまずありません。なぜなら、パイプオルガンは通常、建物に対して設置する大きなもので、よほど特注の小さなもの(本文の後ろの方で紹介します)でもない限り、まずお目にかかることができません。
 確かに、コンサートホール等でパイプオルガンを設置しているところは全国にかなりの数(オルガン探検家・高田高太郎さんのホームページ)がありますが、普段、日常的にそういったホールのオルガンで練習するということは、まず不可能です。また、自宅にパイプオルガンを入れるとは、あまり現実的ではありません(不可能ではない。アメリカではそういう人を紹介した動画がYouTube上に出てます)。

 なお、日本国内においてはパイプオルガンのビルダーさんがそこそこおられ、たとえばそういったビルダーさん(須藤オルガンSuzukiオルガン)に「練習用の小型のパイプオルガンを制作して欲しい」ということで、相談をすれば、ある程度、家庭用の小型のパイプオルガンを作成してもらうことは可能です。その場合、あまり音色を多くとることはできませんが、パイプオルガンとしては標準的な2段鍵盤に足鍵盤をそなえた小型のパイプオルガンを特注で制作してもらうことが考えられます。(分解移動可能な小型パイプオルガンの例

【須藤オルガンさんによる練習用パイプオルガンの例】
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 小型とは言え、トラッカーシステム(パイプオルガンの発音機構)による鍵盤は、本物のパイプオルガンと変わりありません(本物なので)。この場合、費用的なところではビルダーさんによって異なると思いますが、およそ200万円前後(須藤オルガンさんによる練習用パイプオルガンの例)はかかると見ておいて良いと思います。



 しかし、「そこまで費用をかけられない」、あるいは「夜も練習したい」(小型のパイプオルガンと言っても結構大きな音が出ます。また音を小さくすることは基本的にできません。)という人にとっては「電子オルガン」というのが現実的な選択肢になってきます。

 現在、日本国内のメーカーで電子オルガンを製造販売しているのはRolandくらいです。以前はYAMAHAやKAWAI楽器、スズキ楽器も出していましたが、現在、直接的に電子オルガンを製造販売するメーカーはほぼありません。スズキ楽器はハモンドオルガンとの提携があって、足鍵盤付きのハモンドオルガンもありますが、ハモンドオルガンの足鍵盤は鍵盤数が多いもので25鍵盤と、パイプオルガンの練習には若干不向きです(一般的なパイプオルガンの足鍵盤は30鍵。32鍵というのもある)。

 その代わり、海外においては比較的電子オルガン(シアターオルガン その昔、無声映画等でBGMを流すために作られた電気仕掛けのパイプオルガン。簡単に言えばエレクトーンのお化け的なやつ)が良く売れているせいか、日本国内では、そうした海外の電子オルガンを輸入販売するケースがほとんどです。

 海外メーカー製の電子オルガンは基本的に輸入代がかかってくるので、およそ国内メーカー製よりも割高になります。金額的に安いものは20万円程度のものがありますが、これはいわゆるキーボードと同じで足鍵盤は付いてきません。「パイプオルガンの練習をしたい」というとどちらかと言えば手鍵盤よりも「足鍵盤の練習をしたい」という事になるので、手鍵盤だけの電子オルガンは、せいぜい教会の礼拝奏楽用というところです。

 上述のRolandが出していた(過去形)電子オルガンで、まだ市場に出回っているのが「C-330u」です。 https://www.roland.com/jp/products/c-330u/

 だいたい金額的には130万円前後です。なお、Yahooオークションを見てみたら、Roland C-330uに形状が近いヨハネスチャーチオルガンStudio150というのが出ています。これについては120万円(本体、足鍵盤、イス付き、150Kg)ということで、より財政的に余裕があるのであれば、ナザレン関係では「新川ピアノセンター」さんが、そうした海外の電子オルガンの取次をやってくれています。(以下、写真はヨハネスチャーチオルガンStuio150)


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 前置きが長くなりましたが、「100万円はだせないが、50万円くらいならできるかも」という選択肢として、今回のHauptwerkを利用したバーチャルパイプオルガンの紹介をする次第です。


【バーチャル・パイプオルガンとは何か?】

 バーチャル・パイプオルガンとは、パソコンを音源としてパイプオルガンの音で演奏しようというものです。しかし、それだと「シンセサイザーと何が違うの?」という事になります。

 今日出回っているシンセサイザーにはアナログ・シンセサイザー、デジタル・シンセサイザーがありますが、両者に共通するのは音の波形をコンピュータを利用して人工的に作り出すことにあります。前述の電子オルガンもそうした専用の音源を内蔵している点で、基本的に変わることはありません。

 ただ、バーチャル・パイプオルガンがいわゆるシンセサイザーと異なるのは、その音源が「実際のパイプオルガンから録音された音を使っている」という点にあります。これを「サンプリング音源」と言いますが、要は実在するパイプオルガンのパイプの音をひとつひとつ録音してデータにし、それをパソコンで押された鍵盤に相当するパイプの音を再生するという仕組みになっているのです。
 なのでバーチャル・パイプオルガンから出てくる音は、確かに録音された音ではありますが、実在のパイプオルガンの音が鳴るのです。



【バーチャル・パイプオルガンの種類】

 今日、わたしたちがパソコンを使って入手できるバーチャル・パイプオルガンは大きく2つあります。一つは有料ソフトのHauptwerk(ハウプトベルク)と無料ソフトのGrandOrgue(グランドオルグ)の二つです。

 この両者は共に英語のソフトで、日本語には対応していません。そのため、両者を使うには英語のスキルが必須となります。フリーソフトは無料で利用することが可能ですが、問題は、フリーソフトである関係でパソコンの知識と技術がかなり必要になります。
 逆に、英語ではありますがHauptwerkの方は、有料ソフトであるぶん開発が進んでいて、キーボードの設定等の仕組みが分かりやすくなっています。「安さ」を追求するのであればGrandOrgueですが、ある程度の実用性を考慮するとサポートのついているHauptwerkの方に軍配が上がるというところです。

 わたしは英語があまり得意ではない(Google翻訳だのみ)ので、そこらへん苦汁を飲んでHauptwerkを選択しました。


 海外ではこうしたHauptwerk等のソフトを使って自分で電子オルガンを自作する人たちが一定数いて、Youtubeで検索してみると、いろいろとペダルの作成方法であったり、実際に自分で作ったHauptwerkのシステムを演奏して見せたり、様々な動画を見つけることができます。



【Hauptwerkの入手方法】

 Hauptwerkの入手方法ですが、2018年11月時点の最新バージョンは「4.~」でソフト自体は無料でダウンロードすることができます。(あとで限定解除をすることによって更に機能を使うことが可能になる) Hauptwerkの入手先は以下のホームページからになります。


 https://www.hauptwerk.com/

Hauptwerk


 上記サイトのメニューバーの左から4番目「Downloads」を左クリックすると下の画面になります。


Download


 Windowsパソコンをお持ちであれば、上記画面の「Download」のところにFirstName LastName Emai Adressを打ち込んで「Submit」を左クリックすると最新バージョンのHauptwerkをダウンロードするリンクが表示されるので、表示されたらダウンロードをします。

 ソフトをパソコンにダウンロードしたら、あとはインストールしてやるだけです。以下は、Hauptwerkに無料サンプルとして付いてくるパイプオルガンです。イギリスにある聖アン教会のパイプオルガンで、いくらかの制約はありますがこれだけでも色々と練習したりすることは可能です。

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【Hauptwerkを用いたわたしのシステム】

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 関係のないものも色々と映っていますが、全体としてこのような感じです。1段鍵盤とペダル鍵盤でスピーカーはBOSE S1Proを使用しています。なおSP1Proの購入はヤフオクを利用しました。
 なお、最近のスピーカーはBluetooth経由でPCに接続できますが、Hauptwerkの演奏には事実上使えません。これは通信ができないのではなく、Bluetooth経由による若干のタイムラグ(0.3~5秒くらい)が発生するため「演奏しにくい」ことから事実上使えないということです。(自分で収録した、あるいはMIDIデータをHauptwerkで再生する分にはリアルタイムでコントロールするわけでないので問題ありません。)
 Bluetoothのバージョンが上がってより高速通信が可能になったら、こうした問題は解消されると思いますが2018年の現状においてはちょっと無理です。

 
 なお、HauptwerkをインストールしてあるPCはMicrosoftのSurfacePro3(RAM8GB,SDD256GB、Windows8、64Bit版)です。
 無料での使用に限定するのであればRAMは2GBの32Bit版Windowsマシンで大丈夫です。ただベーシックバージョンであれば4GB、またアドバンスバージョンで運用したいのであればRAMは最低8GBが必要です。
 32Bit版のWindowsをOSで使用しているパソコンをベースにすると、OSの仕様の関係でRAMが4GBまでしか認識されません。一応、Hauptwerkは32Bit版も以前のバージョンとしては存在しますが、現行のバージョン4.0以降は64Bit版のWindowsを使用する必要があります。
 SurfacePro3であれば、それなりに演奏が可能です。より本格的にというのであれば、更に大きなRAMを積んだPCがおすすめです。さらに、なぜSurfaceであるのかと言えば、Windows8/10(64BitのOS)版が動作し、かつ画面をタッチで操作できるからです。マウスでのコントロールも可能ですが、画面をタッチできれば、PCに詳しくない人でも使う時に便利です。
 さらに、配線をコンパクトにできるので、あれこれ接続を悩む必要がないというところです。


 また、キーボードやキーボードスタンドはサウンドハウスで購入しました。キーボードは特にメーカー等の指定はありませんが61鍵盤のものがベストです。PCとの接続は「Midi-USB変換ケーブル」や、あるいはMIDI機器をUSBケーブルでPCに接続する機器が必要です。最近のキーボードであればだいたいUSBポートが付いているのでこの点はあまり問題になりません。
 さらに、音源を搭載していないMIDIキーボードであれば値段も安いので、そういう意味では61鍵盤のMIDIコントローラー(シンセサイザーと区別してこう呼ぶ)がおすすめです。わたしが持っているArutria KeyLab61は特価で24,500円だったかで購入しました。もちろん、これよりも安いMIDIコントローラーでも問題ありません。

 ただし、「USB接続もMIDI接続もできないキーボード」はHauptwerk以前にPCに接続ができませんのでご注意ください。

 通信販売可能でかつ色々な種類の音楽機材を取り扱っています。DTMをやる人にとっては結構有名どころじゃないかと個人的には理解しています。

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 ちなみに、足鍵盤とイスは神奈川にあるSuzukiオルガンさんで作ってもらったものです。なお、上記のサイトを見ていただくとわかりますがSuzukiオルガンさんはパイプオルガンのビルダーさんで、パイプオルガンも作成してもらえますし、また中古のパイプオルガンも扱っていたり、また足鍵盤だけではなく、手鍵盤も注文して作ってもらうことができます。ただ、今回、わたしのシステムはHauptwerk以外はなるべく実用的であり、かつ安くなるようにということで足鍵盤とイスだけ作成してもらいました。

【Suzukiオルガン・トップ】
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【本業はパイプオルガンの製作】
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【練習用の小型のパイプオルガンの製作】
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【Midi手鍵盤も作ってもらえます】
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【わたしはイスと合わせてこれをお願いしました】
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 Hauptwerkを用いたわたしのシステムの概要図を下に示します。今は1段鍵盤でやっていますが2段、3段と拡張することはUSBケーブルでPCに接続するだけなので簡単です(その場合はポート数の多いUSBハブが必要)。なぜわたしが1段鍵盤でやっているのかと言えば、これはパイプオルガンの構造によるところなのですが、複数鍵盤を持つパイプオルガンは複数の鍵盤を同時に連動させて動かす機構をそなえていて、およそ1段鍵盤で同時に2段、3段の鍵盤を動かすことが可能なのです。サンプルセットになっているパイプオルガンは1段鍵盤、2段鍵盤、3段鍵盤等色々あります。


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【Hauptwerkを用いたわたしのシステムの特徴】

 わたしの所有するHauptwerkを用いたバーチャル・パイプオルガンのシステムは以下のポイントを大事にしました。

(1)なるべく安く

 わたしのシステムの実際の費用は上の概要図に示したとおりです。およそ個人でパイプオルガンを練習したい(公の場では使用しない)のであればだいたい55万円くらいで一式揃います。パソコンと英語のスキルがあれば、これをHauptwerkをGrandOrgueに変更するだけで更に13万円くらい安くすることも可能です。


(2)大人一人で移動が可能

 先に上に紹介したヨハネスチャーチオルガンStudio150はサイズとしては最も小さいものになりますが、それでも重量は100Kgを越えます(全体で150Kg)。その意味で、大人数人がかりでやっと移動が可能になります。

 それに対して、わたしのシステムはそもそもが個別のパーツの寄せ集めなので、最も重いのが足鍵盤でおよそ20Kg、イスが6~8Kgくらいで、あとはスピーカーが8Kgと全体をいっぺんに動かすことはできませんが、個別に運搬することは可能です。


(3)電源のない場所でも演奏可能

 これはわたしが個人的にこだわった点ですが、わたしのシステムはバッテリーだけで演奏することが可能です。足鍵盤は大きいですが、実はモバイルバッテリー(単三電池4本)で動いてます。つまり、「パイプオルガンを屋外で演奏する」ということが可能です(あまり意味はない)。


(4)様々なパイプオルガンの音色で演奏が可能

 バーチャル・パイプオルガンの真骨頂は、まさにこの点にあります。通常、電子オルガンでも、プリセットされている音色を別のオルガンの音色に変えるということはできません。しかし、バーチャル・パイプオルガンはもともとシミュレータなので、様々な実在するパイプオルガンの音色を楽しむことができます。(ただ、有料のサンプルセットはそこそこ高いです。3万円~6万円くらい。)



【Hauptwerkを導入する場合の注意点】

 Hauptwerkについて色々と検索してみましたが、なかなか日本にも利用者はそこそこ居るのではないかと思いますが、絶対的に情報量が少ないです。

 無料の状態で使用するだけであれば、あまり問題はないかと思いますが、たとえばこのシステムを教会(公の場)で利用したいという場合の注意点を記しておきます。

~~~バージョンの問題~~~

 Hauptwerkには制約の異なる複数のバージョン(利用形態)が存在します。そして、それとは別にライセンス契約というのがあって、特に公の場での使用には注意点があります。

 まず、Hauptwerkのバージョンについて、以下のとおりです。

・無料バージョン(ダウンロードしてインストールしただけ)
・ベーシックバージョン(およそ4万円)
・アドバンスバージョン(およそ6.5万円)

 上記の差は、たとえばオーディオ出力や同時発音数の多さなどの違いがあります。実は、ダウンロードしただけの無料バージョンを起動すると、起動画面でバージョンを選ぶ選択肢が示されますが、この時、ベーシックバージョンやアドバンスバージョンを選択することは可能です。(ただし、やってみるとわかりますが、1~2秒おきにトライアングルの音が鳴ります。)

 では、どうやってベーシックバージョンやアドバンスバージョンを判定するのかといえば、ベーシックバージョンとアドバンスバージョンは、オンライン注文で送ってくるUSBキー(ドングル)をPCに接続した状態でHauptwerkを起動・動作させるのです。

 このUSBキー(ドングル)を使って、ホームページ上でライセンスの登録を行うのですが、これについては別の機会に説明します。このライセンスの登録をしない限り、アドバンスバージョンを購入したとしてもトライアングルの音が鳴り続けます。


~~~ライセンスの問題~~~

 Hauptwerkを(Hauptwerkの)オンラインショップで購入する場合、ライセンスについて「プライベート」か「パブリック」かを選択するようになっています。

 特に、自宅で練習するだけであって、どこかで発表するのでない限り、プライベート・ライセンスで問題ありません。

 ただし、たとえば教会でHauptwerkを導入したいというような場合、あるいはオルガンの演奏会を開くといった場合はパブリックライセンスでの購入が必要になります。

 オンラインショップで特に指定せず購入すると「プライベート・ライセンス」になるのですが、仮に、先に「プライベート・ライセンス」のものを購入し、その後、「パブリック・ライセンスに移行したい」という場合は、同じオンラインショップで「バージョンアップ」として「パブリック・ライセンス」の購入をすれば良いようになっています。


~~~ハードディスクの問題~~~

 色々なパイプオルガンの音色を楽しめるHauptwerkですが、ひとつのサンプルセットが数GBと大きく、調子に乗って色々なサンプルセットをインストールしていくと結構な勢いでハードディスクの空きが減っていきます。特に不要と思わるサンプルセットはアンインストールして、ハードディスクがいっぱいにならないように気を付ける必要があります。


~~~キーボードは61鍵盤を選択~~~

 日本国内でHauptwerkを導入している方で、いわゆる普通の電子ピアノ(88鍵盤)を利用されている方があります。手鍵盤は特に決まりはないのですが、導入しやすさからすれば「61鍵盤」のキーボードがベストです。Hauptwerkのバージョン4は61鍵盤のキーボードを前提にセットアップのアシストがあるので、それを利用しない手はありません。

 通常パイプオルガンはそれぞれに鍵盤の数が違って、歴史的パイプオルガンでは1段当たり56鍵~58鍵と、かなり鍵盤の数が少ないことがわかります。現代的なパイプオルガンであれば61鍵盤くらいあったりしますが、それでも61を越えてピアノの88鍵盤と同じ鍵盤を持つパイプオルガンは存在しません。
 もともと足鍵盤もあってピアノの音域をカバーするので手鍵盤自体はそんなに数が多くないというところです。なので歴史的に古いパイプオルガンで近代のパイプオルガンの曲を演奏しようとすると、「最高音がない!」とかいう状況に直面します。まあ、これもまたパイプオルガンの個性と言えるかもしれません。


~~~当然ながらトラッカーシステムではない~~~

 前述しましたが、パイプオルガンを専門にされる方はパイプの鳴り、送風機から送られてくる風が生み出す独特なうねりを感じコントロールすることに重点を置く方が多くあり、そうした方からみれば、Hauptwerkのシステムに、いわゆる市販のキーボードを使うのは、「パイプオルガンの練習にはならない」と言われる事もあります。

 その意味で、「値段を安く抑える」という事は、どうしてもそうした「本物志向」からすれば邪道と言わざるを得ません。

 ただ、こうしたHauptwerkを勧める方はそうしたことよりも、よりパイプオルガンが一般的に普及することこそ大切にする方が多く、個人的には「パイプオルガンを特権的な楽器」とすることにはわたしも反対です。
 また、ピアノであれば鍵盤を押し込む時の重さなどが統一されていますが、パイプオルガンは楽器によって鍵盤の重さがまちまちであったりします。結局のところ、実物に触れてみないことには鍵盤の重さがどうなっているか。ストップを選択したときにどのように鍵盤の重さが変化するかは分かりません。それほどパイプオルガンは楽器の個性が強い楽器になっています。

 そうした意味で、志向の違いがパイプオルガンを専攻しようとする方にとってみれば、いろいろと問題になってくることもありますので、最終的にプロとして「パイプオルガンを専攻する」ことを考える方は、まず、「師事する先生と相談の上」でトラッカーシステムを採用したものにするか、あるいは、小型であってもちゃんとしたパイプオルガンを購入するか(多くは電子オルガンで代用してます)を判断した方がよいと思います。





【Hauptwerkで色々なパイプオルガンをためしてみたい!】

 バーチャル・パイプオルガンのもっとも大きな魅力は、色々なパイプオルガンの音色を試すことができるという点にあると思います。そこで、そうした色々なパイプオルガンの音色(サンプルセット/SampleSet)をダウンロード/購入のできるサイトを以下に紹介します。


 https://www.hauptwerk.com/learnmore/instrument-downloads/

 これはHauptwerkのサイトにあるものでほとんどが体験版です。

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 https://www.piotrgrabowski.pl/

 Hauptwerkの無料(寄付歓迎)サンプルセットを扱うサイトでは恐らく最も有名です。わたしもここのを愛用してます。

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 http://www.pcorgan.com/SampleSetsEN.html

 バーチャル・パイプオルガンのサンプルセットの「まとめサイト」的なサイトです。

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 https://www.organartmedia.com/

 非常に美しい作りのサイトです。Hauptwerk用の有料のサンプルセットを紹介しています。

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 http://www.pipeloops.com/
 
 上記のサイトとこのサイトは、Hauptwerkのサイトからも注文することができます。
PCOrgan.com でも紹介されていますが、サンプリング方法についてこれらのサンプルセットのベンダー毎の違いがあって、音色にもそれがあらわれているそうです。
 
 
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 http://www.lavenderaudio.co.uk/index.html

 

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 http://www.sonusparadisi.cz/en/organs.html

 基本的には国別で歴史的パイプオルガンのサンプルセットをまとめてあるサイトです。その他の情報もあります。

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 https://hauptwerk-augustine.info/Original-sample-sets/

 前述のサイトとは関係のないサイトで、トライアル版・有料のサンプルセットを扱っています。

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 http://www.hauptwerk.nl/welkomen.php

 これまでのサイトが主に「ネット決済・ダウンロードで入手」に対して、こちらは「ネット決済・データDVDの送付」になっています。この会社はオランダにあって、海外からの輸入になりますので、実際の金額に対して「輸送料」がそこそこかかってきます。

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 http://www.inspiredacoustics.com/

 上記と同じようにパッケージでサンプルセットを販売しているところです。体験版(Free-Bits)についてはダウンロードが可能のようです。


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 http://www.contrebombarde.com/

 GrandOrgueやHauptwerk関係の情報を共有しているサイトです。

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 http://organ.monespace.net/index.html

 上記と同様にサンプルセットの他、バーチャル・パイプオルガン関係の情報を集めたサイトです。

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 https://midiworks.ca/

 カナダにあるバーチャル・パイプオルガン用の各種パーツを通信販売できるサイト。鍵盤だけとか、キーボードだけ、あるいはMidiのコントロール用基板や、フットスイッチ等、いろいろなパーツを扱っている。英語力と電子工作等の技術があれば、たぶん、このサイトだけでバーチャル・パイプオルガンのシステムを作り上げることが可能。ちなみに、サイトのトップページに紹介されている電子オルガンは、このサイトで扱っているパーツによって組み立てられたシステム。このシステム自体を注文することも可能(それなりの費用ですが)。


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~~~その他 追加~~~

 https://maltesepipeorgans.webs.com/

 地中海に浮かぶマルタ島のバルザン(市?)にある歴史的パイプオルガンの音色を後世に残そうという取り組みの中で作られたサンプルセットです。無料でダウンロードできるデータもありますが、そうした「歴史的パイプオルガンの音色を保存しよう」という取り組み・働きに対して「寄付」として購入するものもあります。

 歴史的パイプオルガンは長年の経年劣化によって、たとえばパイプの表面に酸化被膜が形成されたものも少なくありません。少し、専門的な話になりますが、そうした酸化被膜はパイプオルガンの置かれた環境で自然に発生するものなので、古くなったパイプオルガンの補修として「古いパイプを現代の新しいパイプ」で置き換えると、まったく異なった音色になってしまうことがあります。
 そのため、こうしたバーチャル・パイプオルガンのプログラムを用いて、その歴史的に培われた音色、人間が作る事のできない、そのパイプオルガンが置かれた気候風土、100年というような時間をもって熟成された音色を後世に残すために、こうしたサンプルセットを作ると同時に、そうした活動を支える意味で用いられている場合もあります。
 
 その意味で、このサイトはこれまで紹介したサイトとは主旨が異なりますが、しかし、パイプオルガンが好きな人にとっては、そうした世界の色々なところのパイプオルガンに触れることのできる意味で、こうしたサイトが増えることは有意でないかと思うところです。

 ヨシュア記、士師記の記述において解釈が難しいのは、神の言葉によって異邦人を抹殺することが肯定されている、そうした聖書個所です。

 ヨシュア記6章においては、エリコの町に対して神の命令として、「町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。」(ヨシュア6:17a)という事が語られているからです。

 「この滅ぼし尽くす」という言葉は以下に示しますが、ヘブライ語の「ハーラム/へーラム(岩波訳での表記)」という言葉です。岩波訳の「ヨシュア記」においては「聖絶」という言葉が使われていますが、要は、「神に捧げるために滅ぼすこと」を意味します(大事なのは「捧げる」行為であって、「滅ぼす」行為が大事なのではない)。

 
 ただこうした「ハーラム」の意味は、今日的には「テロリズム」との関係で「神による殺人の肯定」という解釈に流れるような傾向があって、信仰的に要注意です。


 キリスト者として、「ハーラム」という言葉は、そのままの意味として理解するのではなく、より「信仰的な解釈」が必要です。

 たとえば、単純に「ハーラム」の意味を、まさに「民族浄化」的な意味として解釈するのであれば、律法における「殺人の禁止」との整合性をどのように理解するかというところです。もちろん、十戒における「殺人の禁止」はあくまでも「同胞に限定される」というところかもしれませんが、キリスト教において、「イスラエル人も異邦人もない」という理解に立つのであれば、「ハーラム」は「民族浄化」の意味ではなく、より「宗教的な聖性」との関係における「特別な意味の言葉」として解釈することが順当ではないかというところです。

 その意味で、「ハーラム」は「殺人の肯定」ではなく、極めて宗教的な意味として、「神の所有物でないものを神の所有物にするための清めの行為(儀式)」として理解することが、わたしの現時点における解釈の方法です。

 岩波訳『ヨシュア記・士師記』の注で書かれていますが、「ハーラム/聖絶」はそうした宗教的な意味として解釈されることを説明しています。

 つまり、「ハーラム」は「殺人一般」を指すのではなく、あくまでも神の御心による、神の御業の代理的執行であって「殺人」とは切り離されて考える必要があるのです。

 加えて、それは今日においても「同様の行為が求められている」ということではなく、「過去においてエリコの町の出来事として」、今日の現実世界とは切り離されて考えられているということが言えるかと思います。

 さらに、この記述の最後に載せていますが、ある注解に、「ハーラム」は「殺人・滅ぼすこと」に重点があるのではなく、むしろそうした行為によって「イスラエルの民を異教から保護すること」に重点があるのだという説明です。


 ヨシュア記6章の記述は、どちらかと言えば、「神が肯定すれば、侵略戦争も可なり」という印象を受けますが、ヨシュア記7章の記述との緊張関係を見れば、それは「イスラエル民族が特別に神から特権を与えられているのではない」ということが分かります。

 すなわち、神の言葉に忠実である限りにおいて、神の権威によってイスラエルの民は「ハーラム」に参与することが可能となりますが、しかし、神の言葉に対して「私的なもの」を混入させたり、命令通りに行わない時に、イスラエルの民は神の裁きの対象となるのです。

 注意して考えれば、「ハーラム」という出来事は、異邦人だけでなく、イスラエルの民も同様に神の「ハーラム」の前に立たされているというふうに見る事ができます。

 神の言葉は、イスラエルを特別に保護するものではなく、あくまでもイスラエルの民も、神の正義の前に立たされており、同時に裁かれているというものであるのです。

 その意味で「ハーラム」は神の聖なる御業であって、異教の穢れたもの、神の所有物でないものを、「ハーラム」という神の御業を通じて、浄化し、神の正しい所有物とする行為であって、それは見方を変えれば、ある意味で「祝福」ともとれるものであるのです。

 「剣にかけて滅ぼす」という出来事が「神の祝福」であるとは、なかなか直感的に理解できません。
しかし、イスラエルの民は、まさに「剣にかけて滅ぼす」という出来事を通じて、罪に穢れていない土地、呪われていない土地を正しく祝福された土地として、神からいただくことができるのです。

~~~蛇足~~~
 以前、親戚の葬儀(仏式・何宗かは忘れた)の中で、遺体の額のところに剃刀を当てる所作を3回だったか繰り返す所作を見ました。これは何を意味するのかと言えば、仏門に入る・出家の時にする儀式に剃髪の儀式があるのですが、遺体の頭髪を剃る行為はさすがにできませんので、上記の所作をもって剃髪をしたことにするのです。

 これはわたしの完全な空想に過ぎませんが、「剣にかけて滅ぼす」という宗教的清めの儀式を今日において実践するのであれば、上記の仏式の葬儀における所作を拝借して、たとえば剣を持っている人が、その持った剣を、滅ぼす対象に対して触れさせる、あるいはかざすといった行為を持って、殺したり破壊したりするのではなくて、宗教的な意味において「滅ぼした」とし、同時に、神のものとされるというふうに理解すれば、別に、「滅ぼす」といっても、単に対象に対して剣をかざすだけの行為で神のものとされることになる。

 ただ、これだと「盗む」という行為が可能になってしまうので、やはりだめかな~。


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 だからこそ、「ハーラム」はほんのささいな人間的なものの混入も許しません。ヨシュアの命じる「わたしが鬨の声をあげよと命じる日までは、叫んではならない。声を聞かれないようにせよ。口から言葉を発してはならない。」と、人間の言葉を通じて様々な罪・悪が入り込むことを極力防ぐのです。

 そして、そうした神さまの守りによって、「イスラエルの民は正しく土地を取得することができたのだ」ということが結論として言われようとしているのです。


 その意味で、これは決して侵略戦争を肯定するものでも、民族浄化が叫ばれているのでもありません。
 あくまでも、記念碑的なものとして、イスラエルの歴史においてただ一回限りの神の出来事として、エリコの奉献がなされたのです。そして、それは次の7章におけるアカンの罪の物語と密接に関係しています。

 イスラエル人だから侵略や掠奪が許されたのではありません。

 この出来事を主催されたのはあくまでも神であって、神が世界において正義を執行されるその御業がなされるところにイスラエルの民がたまたま参与することができたのです。もちろん、そこには神さまのイスラエルの民に対する御心があったでしょうが、それはあくまでも「隠されている」という点にポイントがあります。

 もし、神さまが「イスラエルの民」に対する「贔屓」を表わした状態で「正義」を語るのであれば、いかなる「ヘーレム」も「贔屓」になってしまったことでしょう。しかし、そうではなく、あくまでも神さまの御心の内に、世界における正義の執行であるからこそ、この「ヘーレム」は肯定されるのです。


 逆に、イスラエルの神が「好戦的な神でない」ということを表わす聖書個所として、旧約聖書においては申命記20章における戦争についての記述と、ヨナ書の記述が例として挙げられるのではないかと思います。

 申命記20章においては、いわゆる「突然の攻撃」「不意を突いた攻撃」ではなく、必ず、「降伏の勧告」からはじまって、イスラエルの民に対しても「相手と戦いたくない」と思う人は家に帰ることが許されているというように、神さまの強権的なものでも、強勢的なものでもありません。

 役人たちは更に民に勧めて言いなさい。「恐れて心ひるんでいる者はいないか。その人は家に帰りなさい。彼の心と同じように同胞の心が挫けるといけないから。」(申命記20:9)

 ある町を攻撃しようとして、そこに近づくならば、まず、降伏を勧告しなさい。もしその町がそれを受諾し、城門を開くならば、その全住民を強制労働に服させ、あなたに仕えさせねばならない。(申命記20:10~11)



 「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている。」(ヨナ1:2)

 神は彼らの業、彼らが悪の道を離れたことを御覧になり、思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。(ヨナ3:10)

 
 



 以下に、辞書等で調べたものを載せます。


 新共同訳で「滅ぼし尽くす」と訳されているヘブライ語の単語は以下のもの。

ーーー
חָרָם charam {khaw-ram'} (カタカナ表記だとハーラム/ヘーレム〔岩波訳〕)

Meaning: 
1) to ban, devote, destroy utterly, completely destroy, dedicate for destruction, exterminate
 禁止、捧げる、完全に破壊する、完璧に破壊する、破壊のために捧げる、駆除・駆逐する


1a) (Hiphil)
1a1) to prohibit (for common use), ban  (一般的な用法として)禁止する、禁止
1a2) to consecrate, devote, dedicate for destruction  奉献する、捧げる、破壊のために捧げる
1a3) to exterminate, completely destroy  駆除・駆逐する、完全な破壊

1b) (Hophal)
1b1) to be put under the ban, be devoted to destruction  禁止下に置かれる、
1b2) to be devoted, be forfeited  捧げられた、没収された
1b3) to be completely destroyed  完全に破壊しつくされた

2) to split, slit, mutilate (a part of the body)  裂く、切込みを入れる、切断された部分(体の部分)

2a) (Qal) to mutilate
2b) (Hiphil) to divide 

Origin:  a primitive root; TWOT - 744,745; v
Usage:  AV - destroy 34, utterly 10, devote 2, accursed 1, consecrate 1, forfeited 1, flat nose 1, utterly to make away 1, slay 1; 52

用法として多いのは 「破壊」34回、「全く」10回、「捧げる」2回、「呪われた」1回、「奉献する」1回、「失われた」1回、「平らな鼻」(鼻をそり落とされた鼻腔)1回、「完全に離される」1回、「殺す」1回、計52回

ーーーー

同様の言葉(ヘブライ語)が使われている聖書個所
青字は動名詞的な用法赤字は動詞的な用法黒太字は名詞的用法
レビ21:18だれでも、障害のある者、すなわち、目や足の不自由な者、鼻に欠陥のある者、手足の不釣り合いの者、
レビ27:28(2回)また、自分の持ち物のうちから、永久に主のものとして奉納したすべての奉納物は、人であれ、家畜であれ、先祖伝来の畑であれ、それを売ったり、買い戻したりすることはできない。永久に奉納物はすべて、神聖なもので主に属する。
レビ27:29特に、永久に神に奉納された奉納物が人である場合は、その人を買い戻すことはできず、必ず殺さねばならない。
民数18:14イスラエルにおいて奉納されたものはすべて、あなたのものとなる。
申命7:26(2回)いとうべきものをあなたの家に持ち込んではならない。そうすれば、あなたも同じ様に滅ぼし尽くすべきものとなる。それを憎むべきものとして憎み、徹底していとい退けなさい。それは滅ぼし尽くすべきものである。
ヨシュ6:17町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。ただし、遊女ラハブおよび彼女と一緒に家の中にいる者は皆、生かしておきなさい。我々が遣わした使いをかくまってくれたからである。
ヨシュ7:13立って民を清め、『明日に備えて自分を聖別せよ』と命じなさい。イスラエルの神、主が、『イスラエルよ、あなたたちの中に滅ぼし尽くすべきものが残っている。それを除き去るまでは敵に立ち向かうことはできない』と言われるからである。
ヨシュ19:38イルオン、ミグダル・エル、ホレム、ベト・アナト、ベト・シェメシュなど十九の町とそれに属する村。(実は、ホーレムは名詞としても使われている)
エゼキエル44:29彼らは穀物の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物としてささげられたものを食べることができる。イスラエルにおいてささげられたものは、ことごとく彼らに与えられる。


 ただし、新共同訳『聖書』において日本語で「滅ぼし尽」を検索すると、それ以外も見つかって、ヨシュア記だけでいけば2:10、6:17、18、21、7:1,11,12,13,15、8:26、10:1,28,35,37,39,40、11:11,12,20,21、22:20、24:20と22カ所に登場する。



『Alchaelogy Study Bible』の注釈
Josh 6:18
This description is not of total destruction or ethnic cleansing but of religious purification. It is stated in the Torah(Deut.20:10-15) that Israel will live among the inhabitants of the land, and the Law established rules for treatment of foreigners.  It is also clear that many non-Israelites lived within the land(e.g., Gibeonites).  The emphasis is on God's judgment of the Canaanites and protecting the Israelites from falling into idolatry and apostasy(Deut. 7:1-6) rather than on giving a complete description of the conquest.

この記述は、完全破壊や民族浄化ではなく、宗教的浄化のものである。律法(トーラー、申命記20:10~15)によれば、イスラエルは諸国民の間に生活し、律法は外国人と交戦的な状況になる場合について規定されています。そのことは、イスラエルの人々の近隣に多くの異邦人が生活していたことも明らかにしています(例、ギブオン人)。このことのポイントは、カナン人に対する神の裁きと、完全な征服というよりも、むしろ、イスラエル人が偶像礼拝と背教に落ちないように保護することに重点があります(申命記7:1~6)



 今回はキリスト教についての質問をいただいたので、その事にお答えします。

~質問1~
 イエスさまのお母さんマリアは娼婦だったのですか?

~質問2~
 マグダラのマリアは娼婦であったのか?

~質問3~
 イエスさまには7人の妻がいたのか?

~質問4~
 実際、どうだったのか?


 まず、この質問のうちで一番答えやすいのは4番目の「実際、どうだったのか?」ということについてだと思いますので、まず、そこから回答したいと思います。

 さて、キリスト教の成立を考えると、福音書の最後の方に出てくる「イエスさまの復活」という出来事を弟子たちが宣べ伝えたところから、キリスト教がはじまったことを見て取れます。

 つまり、キリスト教の「始まり」は、時間的な視点からすれば「イエス・キリストの復活」がスタート地点になるのです。

 新約聖書において「使徒」と称される人たちが登場しますが、このイエス・キリストの弟子でありつつ、かつ「使徒」と呼ばれる弟子には他の弟子たちと比較して特筆すべき点がありました。それは何かと言えば、不思議なしるしや奇跡を行なうという事もありますが、何よりも「復活の主に出会った」という体験・経験者であったということです。

 その意味で、初期の使徒たちによる福音宣教においては、イエスさまの両親がだれであったか、あるいはそうした「人間イエス」に関わる様々な個人的な情報というのは、キリスト教の「始まり」においては無用な情報であって、そうしたことを「使徒」たちは重要視しなかったであろう、というところです。
 ちなみに、パウロ(彼は直接、生前のイエスさまには会っていません)は「ガラテヤの信徒への手紙」において、自身が使徒として召される経緯を説明するところで「わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。」(ガラテヤ1:12)と、「復活のイエスによる啓示を受けた」と説明しているとおりです。

 なので、当然、イエスさまの出生や両親についての実際的な情報は厳密なところ分からない、ということが正直なところです。


 なお、イエスさまの十字架・復活の出来事(紀元30年前後)から、およそ30年後の紀元60年代に、まず「マルコによる福音書」が成立するのですが、そこにはイエスさまの個人的な情報として以下のことが記されています。

 マルコによる福音書1:9
 「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。」


 マルコによる福音書6:3
 「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。」

 ここから分かることは以下の点です。

 1)イエスさまは「ナザレ出身者」である。

 2)イエスさまは洗礼者ヨハネから(罪の悔い改めの)洗礼を受けた。
 
 3)イエスさまは大工であった。

 4)イエスさまはマリアの息子(すなわち父親が不明。私生児)であった。

 5)イエスさまには異父兄弟(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン+姉妹たち)がいた。

 こうした記述から、当時、イエスさまについて伝承として知られている個人的な情報が教えてくれるのは、「ナザレ出身のイエス(ナザレのイエス)」という、「大工」を生業にした人物がいて、イエスやその両親・兄弟たちを知る人たちがナザレには多くいたということ。また、イエスさまのお母さんについてはマリアで間違いないが、父親については不明であった。


 また、以下のような記述が「マルコによる福音書」より10~20年後に成立した「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」に出てきます。

 『人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。』(マタイ11:19、ルカ7:34)

 「大食漢で大酒飲みだ。」という言い方は「私生児」を意味する言葉であって、こうした記述がイエスさまが私生児、すなわち父親が誰だかわからない人物として知られていたことを示しています。
 


 さて、こうした事から~質問1~について回答します。
 
 「イエスさまのお母さんマリアは娼婦だったのですか?」という問いについてですが、聖書にはイエスさまのお母さんについて職業が娼婦であったという記述はありません。その関係から、この質問の背景にあるのは、「イエスさまが私生児であり、父親が誰か分からない」という情報から類推された質問であることが分かります。

 イエスさまの出生について、その情報を知っているのは母マリア、そしてその事実を知っているその他のナザレの人たちということが言えます。

 イエスさまが弟子たちに対して、自分が私生児であることを語られたという話は福音書では書かれていません。
 
 その意味で、イエスさまは個人的な情報については弟子たちに対して一切語られなかったということがうかがえます。

 逆に、イエスさまの出生について、またその人について、ナザレの村の人たちが噂話として、語った内容がイエスさまにとって「社会的に不利な情報」である限りにおいて、それは真実の可能性が高いことがうかがえます。なぜなら、自分たちが神として信じる人物に対して、わざわざ作り話でそうしたイエスさまの評価を落とすような記述を付け加えるとは考えられないからです。

 そして、そもそもイエスさまが人々から本当の意味で神の子として信じられるようになるのは、イエスさまが復活してからであって、生前から知られていたわけではありません(ただしルカによる福音書はそうした記述がされています)。

 つまり、聖書の記述か言えるのは、イエスさまが父親が誰かわからない私生児であったことは事実ではあるが、しかし、母マリアが娼婦としてできた子どもか、それとも犯罪、つまり強姦によって身ごもったのかは不明である、ということです。



 では、~質問3~イエスさまには7人の妻がいたのか? についてですが、これはたぶん「イエスさまはマグダラのマリアと結婚していた」という話と「マグダラのマリアが七つの悪霊をイエスさまに追い出してもらった」(マルコ16:9「〔イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。」)という記述がごちゃまぜになったものだと思います。

 ちなみに、福音書においてイエスさまが結婚していた、という情報は出てきません。また、7人の妻がいたという情報もありません。

 ただし、だからと言って、その全てが否定されるわけではありません。福音書にはガリラヤからイエスさまと行動を共にした婦人たちの集団についての記述があります(「この婦人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、イエスに従って来て世話をしていた人々である。なおそのほかにも、イエスと共にエルサレムへ上って来た婦人たちが大勢いた。」マルコ15:41)。この婦人たちの集団とイエスさまとがどういう関係であったのかは福音書においてはその他の詳しい記述はありません。
 ただ、この婦人たちの集団が「身の回りのお世話をしていた」ことは確かなので、この関係性が果たして「結婚」という概念に相当するものであるのか、それとも、単純に、食事の準備に限定されるものなのかは不明です。

 また、マグダラのマリアがイエスさまの復活の最初の証人として、第一使徒として考えられていた時代もキリスト教の初期の頃にはありました。その後、歴史的にマグダラのマリアの権威は、使徒ペトロとイエスの母マリアの二人に継承されることになります。(参考文献:『マグダラのマリア、第一の使徒 権威を求める戦い』、アン・グレアム・ブロック著、吉谷かおる訳、新教出版社)

 こうしたことから、以下のように回答します。

 「イエスさまは結婚していましたか?」 -> 「わかりませんが、可能性がないとは言い切れません」

 「イエスさまには7人の妻がいましたか?」 -> 「可能性は限りなく0です。」


 
 最後に、~質問2~ マグダラのマリアは娼婦であったのか? について。

 そもそもなぜ、このような質問が出てくるのかと言えば、当然マグダラのマリアが娼婦であるという事があるからです。
 ただし、マグダラのマリアが娼婦であるという記述は聖書には出てきません。むしろ、福音書に登場する「マグダラのマリア」は、イエスさまの十字架の下に立ち会い、またイエスさまの復活の最初の証人として登場します(4福音書において記述あり)。

 それ以外に、ヨハネによる福音書に姦通の罪(売春行為)で訴えられ、イエスさまがその罪を赦す(厳密には「罪に定めない」)という物語があります。

 つまり、このマグダラのマリアと誰だか分からない女性とが合わさって、「マグダラのマリアは娼婦であった」という話が出来上がったものと思います。

 
 そうしたことから、「マグダラのマリアは娼婦であったのか?」については「マグダラのマリアと別の女性の話がこんがらがった間違いである」というところです。

 

 出エジプト記40章は、新共同訳聖書においては、内容的に25章1節以下に記された「幕屋建設の指示」と重複する印象を受けるけれども、まったく同じではありません。

 出エジプト記40章はどちらかと言えば、まさに先に神によってモーセに語られた様々な指示の言葉に基づいて、それをイスラエルの人々が行った行い、そして、神もそれを認め、確認した上で、物語としてはイスラエルの人々はそのような生活を行ったのだ、というものになっています。

 その意味で、出エジプト記だけで読むのであれば、「約束の地への到達」ということは登場せず、イスラエルの人々はモーセを指導者として、「神の言葉に従って荒野を移動しながら生活をした」という事が最終的な結論として示されているということになります。

 その意味で、出エジプト記だけでは物語としての「終わり」が無く、まさにエンドレスな印象を受けます。


 ということは、出エジプト記はこれ自体では完結せず(エンドレスをもって完結としたという可能性もあるかもしれませんが)、物語としては非常に尻切れトンボのような感じで、「完結編」を必要とするようにも思えます。

 その意味で、「モーセの死」を扱っている申命記と内容的にセットになっているような感じを受けます。
 これは個人的な印象ですが、出エジプト記と申命記とは独立して存在するものというよりも、相互補完的なものとして成立しているように思えるのです。
 
 ただ、こういったことはあくまでもわたしの個人的な印象ですので、それを証明する論文もなにもありません。


 具体的な内容については、あまり難しいということはありません。かねてモーセに語られたように、イスラエルの人々はそれを忠実に実行し、完璧にそれを果たしたということが言われているのであり、当然、これを読む人たちに対して、同様のことを要求するものとして解釈することが可能です。

 ただ、問題としては、そこに書かれていることを忠実に守ること、ただし、これは生活における事柄というよりも、極めて宗教的・儀式的な内容についての言及しかされていないため、たとえば十戒で語られている集団内における裁判に関わるような内容についてもイスラエルの人々は忠実にまもったのかというと、そこらへんの内容については無視されているようです(あえて触れられていない?)。

 その代わり、アロンを祭司(長)とする幕屋と神に対する供犠をささげる事については、完全にそれを実行し、しかも、神もそれを受けてイスラエルの民に対して栄光を表わしてくださったということが過去の出来事として表現されていますので、当然、そうした時代よりも後において成立していることと、同時に、過去においてはそのようであったという、一種、歴史の記録として役割を持っている印象を受けます。

 以下に本文を紹介します。


~幕屋建設の命令~
1)主はモーセに仰せになった。
2)第一の月の一日に幕屋、つまり臨在の幕屋を建てなさい。
3)あなたはそこに掟の箱を置き、垂れ幕を掛けて箱を隔て、
4)机を運び入れ、その付属品を並べ、燭台を運び入れてともし火をともす。
5)更に、掟の箱の前に香をたく金の祭壇を置き、幕屋の入り口には幕を掛ける。
6)また、焼き尽くす献げ物の祭壇を幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口の前に据え、
7)洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、これに水を入れる。
8)周囲には庭を設け、庭の入り口に幕を掛けなさい。
9)次に、あなたは聖別の油を取って、幕屋とその中のすべてのものに注ぎ、幕屋とそのすべての祭具を聖別する。それは聖なるものとなる。
10)次いで、焼き尽くす献げ物の祭壇とそのすべての祭具に油を注ぎ、祭壇を聖別する。祭壇は神聖なものとなる。
11)あなたは洗盤と台に油を注ぎ、それを聖別しなさい。
12)次に、アロンとその子らを臨在の幕屋の入り口に進ませ、彼らを水で清めなさい。
13)アロンに祭服を着せ、彼に油を注いで聖別し、祭司としてわたしに仕えさせ、
14)彼の子らを前に進ませ、これに衣服を着せる。
15)あなたは、彼らの父に油を注いだように、彼らにも油を注ぎ、わたしに仕える祭司としなさい。彼らがこのように、油を注がれることによって、祭司職は代々にわたり、永遠に彼らに受け継がれる。
16)モーセは主が命じられたとおりにすべてを行った。
17)第二年の第一の月、その月の一日に、幕屋が建てられた。
18)モーセは、まず、台座を置き、壁板を立て、横木を渡し、柱を立てて、幕屋を組み立てた。
19)次に、幕屋の上に天幕を広げ、更にその上に天幕の覆いを掛けた。主がモーセに命じられたとおりであった。
20)次に、彼は掟の板を取って箱に入れ、箱に棒を差し入れ、箱の上に贖いの座を置き、
21)その箱を幕屋の奥に運び入れた。そして、至聖所の垂れ幕を掛け、掟の箱を隔てた。主がモーセに命じられたとおりであった。
22)また、机を臨在の幕屋の中の垂れ幕の手前、幕屋の北側に置き、
23)その上に供えのパンを並べ、主の御前に供えた。主がモーセに命じられたとおりであった。
24)更に、燭台を臨在の幕屋の中の、幕屋の南側に机と向かい合わせて置き、
25)ともし火を主の御前にともした。主がモーセに命じられたとおりであった。
26)また、金の祭壇を臨在の幕屋の中の垂れ幕の前に置き、
27)香草の香をその上でたいた。主がモーセに命じられたとおりであった。
28)次に、幕屋の入り口に幕を掛けた。
29)この幕屋、つまり臨在の幕屋の入り口に焼き尽くす献げ物の祭壇を設け、焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物をその上でささげた。主がモーセに命じられたとおりであった。
30)次いで、洗盤を臨在の幕屋と祭壇の間に据え、それに清めの水を入れた。
31)その水でモーセ、アロンおよびその子らは、自分の手足を清めた。
32)彼らが臨在の幕屋に入るとき、あるいは、祭壇に献げ物をささげるときは、水で清めるのを常とした。主がモーセに命じられたとおりであった。
33)最後に、幕屋と祭壇の周囲に庭を設け、庭の入り口に幕を掛けた。モーセはこうして、その仕事を終えた。


~主の栄光~
34)雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。
35)モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
36)雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。旅路にあるときはいつもそうした。
37)雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。
38)旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。

 出エジプト記39章は、先の38章と同様な内容が過去形で示されており、既に説明したとおり、先に神によって示された内容について、それをモーセとイスラエルの民が、それに則って制作した(過去形)という形をとっています。
 そして、最後にモーセによってイスラエルの民が行ったところが、神のみ前においてキチンとされたことが確認され、最後にモーセを通じてイスラエルの民に対して祝福の祈りがなされ、イスラエルの民が荒野において神を礼拝するために必要な物事が完成したことを報告します。

 次章において、出エジプト記は完了しますが、1章からはじめて、出エジプト記が示すのは、そうしたエジプト脱出までの出来事と、エジプトを脱出後にシナイ山において神との契約関係に入り、そして、神を礼拝するための用具の作成を終え、これから荒野での生活が始まるという、まさにそうした内容になっています。

 つまり、モーセはまだこのところでは生きており、出エジプト記は、まさにこれから荒野の40年間の始まりを示す、そうした内容になっているというところです。

 以下、本文を紹介します。


~アロンの祭服~
1)彼らは主がモーセに命じられたとおり、青、紫、緋色の毛糸を使って、聖所で仕えるために織った衣服を作った。すなわち、アロンの祭服を作った。


~エフォド~
2)エフォドは金、青、紫、緋色の毛糸、および亜麻のより糸を使って作った。
3)すなわち、金を延ばし、金箔を作って細い糸にし、これを青、紫、緋色の毛糸、および亜麻糸の中に織り込んで意匠家の描いた模様を作り、
4)その両端に肩ひもを付けた。
5)付け帯は、主がモーセに命じられたとおり、エフォドと同じように、金、青、紫、緋色の毛糸、および亜麻のより糸を使って作った。
6)彼らは、イスラエルの子らの名を印章に彫るように彫りつけたラピス・ラズリの回りに、金で縁取りをし、
7)それを、主がモーセに命じられたとおり、それぞれエフォドの肩ひもに付け、イスラエルの子らのための記念の石とした。


~胸当て~
8)次に、金、青、紫、緋色の毛糸、および亜麻のより糸を使って、エフォドと同じように、意匠家の描いた模様の胸当てを織った。
9)それは、縦横それぞれ一ゼレトの真四角なものとし、二重にした。
10)それに宝石を四列に並べて付けた。第一列ルビートパーズエメラルド
11)第二列ざくろ石サファイアジャスパー
12)第三列オパールめのう紫水晶
13)第四列藍玉ラピス・ラズリ碧玉/これらの宝石を並べたものの回りに金で縁取りした。
14)これらの宝石はイスラエルの子らの名を表して十二個あり、それぞれの宝石には、十二部族に従ってそれぞれの名が印章に彫るように彫りつけられた。
15)次に、組みひも状にねじった純金の鎖を作り、胸当てに付けた。
16)更に、金の縁取り細工二個と金環二個を作り、二本の金の鎖を胸当ての両端に、
17)すなわち、二本の金の鎖をそれぞれ胸当ての端の二個の金環に通し、
18)二本の鎖の両端を金の縁取り細工に結び付け、エフォドの肩ひもの外側に取り付けた。
19)また、別の二個の金環を作って、おのおのを胸当ての下の端、つまりエフォドと接するあたりの裏側に取り付けた。
20)更に、別の二個の金環を作り、それを二本のエフォドの肩ひもの下、すなわち、エフォドの付け帯のすぐ上、そのつなぎ目のあたりの外側に取り付けた。
21)胸当ては、主がモーセに命じられたとおり、その環とエフォドの環を青いねじりひもで結び、それがエフォドの付け帯の上に来るようにし、胸当てがエフォドからはずれないようにした。


~上着~
22)また、エフォドと共に着る、縁取りをした上着を青一色の布で作った。
23)その上着の真ん中に穴をあけ、そのへりは革の鎧の襟のようにして破れないようにした。
24)上着の裾の回りには、青、紫、緋色の毛糸のより糸でねじったざくろの飾りを付けた。
25)また、純金の鈴を作って、それを上着の裾の回りのざくろの飾りの間に付けた。
26)鈴の次にざくろの飾り、鈴の次にざくろの飾りと、上着の裾の回りに付けた。これは、主がモーセに命じられたとおりに仕えるためであった。


~その他の衣服~
27)また、アロンとその子らのために、縁取りをした亜麻の長い服、
28)亜麻のターバン、亜麻の美しいターバン、亜麻のより糸で織ったズボン、
29)亜麻のより糸で織った飾り帯、すなわち青、紫、緋色の毛糸を使ったつづれ織を作った。主がモーセに命じられたとおりであった。
30)また、純金の花模様の聖なる額当てを作り、その上に印章に彫るように「主の聖なる者」と彫った。
31)この額当てに青いねじりひもを付け、ターバンに当てて結んだ。主がモーセに命じられたとおりであった。


~幕屋建設の準備完了~
32)幕屋、つまり臨在の幕屋の作業はすべて完了した。イスラエルの人々は主がモーセに命じられたとおり、すべてそのとおり行った。
33)彼らは幕屋をモーセのもとに運んで来た。すなわち、天幕とすべての祭具、壁板、留め金、横木、柱、台座、
34)赤く染めた雄羊の毛皮の覆い、じゅごんの皮の覆い、至聖所の垂れ幕、
35)掟の箱と棒、贖いの座、
36)机、およびそのすべての祭具と供えのパン、
37)純金の燭台とともし火皿、すなわち一列に並べるともし火皿、およびそのすべての祭具と灯油、
金の祭壇、聖別の油、香草の香、天幕の入り口の幕、
38)青銅の祭壇と青銅の格子、棒とそのすべての祭具、洗盤と台、
39)庭の幔幕、その柱と台座、庭の入り口の幕、綱と杭、および臨在の幕屋で行われる幕屋の務めに必要なすべての祭具、
40)聖所で仕えるために織った衣服、すなわち、祭司アロンのための祭服、およびその子らが祭司として仕えるための衣服を運んで来た。
41)イスラエルの人々は主がモーセに命じられたとおりに、すべての作業を行った。
42)モーセがそのすべての仕事を見たところ、彼らは主が命じられたとおり、そのとおり行っていたので、モーセは彼らを祝福した。

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