イザヤ書61章は 一口で言えば、第3イザヤの召命の箇所です。

 内容的には、神の霊によって、まさにメシア(油を注がれた者)としての経験を主人公が経験するところから始まります。そして、4節から9節にかけて、イザヤに対して示された神の救い(報復)の言葉。そして、10・11節にて、もう一度、イザヤの召された経験についての賛美の言葉で締めくくられます。

 ところで、第1イザヤ、第2イザヤ、第3イザヤの違いは何かですが、主に時代背景の違いがその理由になっています。

 すべては、仮説に過ぎませんが、本文の内容から第1イザヤはおよそ紀元前740~700年頃にかけて活動していた人物であって、恐らく、弟子を持つくらいの影響力を持っていたのではないかと推測されます。

 そして、第2イザヤは、南ユダ王国のエルサレムで書かれたというよりも、ペルシャ帝国キュロス王について言及している点から見て、第1イザヤの信仰を引き継ぐ集団であって、時代的にはキュロス王によってバビロン捕囚から解放された紀元前538年の前後に活躍していたことが推測できるのです。

 そして、第3イザヤとは、前述のバビロンからの解放を受けてエルサレム帰還がはじまり、紀元前515年のエルサレム第二神殿が完成します。おそらく、その前後のことを内容に含んでいることから、第3イザヤはおよそ紀元前515年前後に活躍したのではないかということが言えるのです。

 第3イザヤはそういう意味で、第1イザヤ・第2イザヤの信仰を引き継ぐ形で、しかも、既に苦しみの時(バビロン捕囚)は終わりを告げ、第二神殿の完成によって、あらたな時代の始まり、世界において正義を司る神による新しい支配、それまで罪によって回復不能のところまで陥っていたイスラエル民族の浄化が完成されたと同時に、その救いが世界に対して行われていることを物語ります。

 イザヤ書61章は、この時代のイザヤとして召命を受けた人物の、その証と宣べ伝えるべき喜びのメッセージに、神を褒め称える歌となっています。

 では、以下、本文をみていきます。



1)主はわたしに油を注ぎ/主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして/貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み/捕らわれ人には自由を/つながれている人には解放を告知させるために。
2)主が恵みをお与えになる年/わたしたちの神が報復される日を告知して/嘆いている人々を慰め
3)シオンのゆえに嘆いている人々に/灰に代えて冠をかぶらせ/嘆きに代えて喜びの香油を/暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために。彼らは主が輝きを現すために植えられた/正義の樫の木と呼ばれる。
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 主なる神はわたしをイザヤとして油を注ぎ、主なる神の霊によってわたしは預言者とされた。
 それは、わたしを心の貧しい人、つまり真実の神を切に求める人たちに対して、喜びの知らせを伝えるためだ。
 主なる神は、今こそ、主の御前にあって打ち砕かれた心をその愛によって包み、捕らわれている人には自由を与え、鎖に繋がれている人には、その鎖からの解放を行うことを告知された。
 主なる神が恵みを与えてくださる時代、わたしたちの神が、わたしたちの悩みや苦しみに対して報いてくださるその時であることを告知され、嘆いている人々に慰めを与えられる。
 エルサレムが破壊され、棄てられてしまったことに嘆く人々に対して、後悔の故に頭に灰を被って泣く者に対して、その灰を取り去り、喜びの冠をかぶらせてくださる。嘆きに代えて喜びの香油を注いでくださり、暗い心に代えて喜びの賛美の衣をまとわせてくださる。
 そうして心から主を賛美する彼らは、まさに主が御自分の輝きを世界に対して現すために植えられた、この世の何事に対しても決して曲がることのない堅い正義の樫の木と呼ばれることであろう。



4)彼らはとこしえの廃虚を建て直し/古い荒廃の跡を興す。廃虚の町々、代々の荒廃の跡を新しくする。
5)他国の人々が立ってあなたたちのために羊を飼い/異邦の人々があなたたちの畑を耕し/ぶどう畑の手入れをする。
6)あなたたちは主の祭司と呼ばれ/わたしたちの神に仕える者とされ/国々の富を享受し/彼らの栄光を自分のものとする。
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 彼らはとこしえの廃墟、古い荒廃の跡であるエルサレムと神殿を建て直し、再興する。今まで廃墟となっていた町々、代々の荒廃の跡を新しくする。
 他国の民によって搾取され、苦しめされていたエルサレムの民は、今こそ、逆に、他国の人々によって養われるようになる。他国の人々がエルサレムの民のために羊を飼い、異邦の人々がエルサレムの畑を耕し、そのぶどう畑の手入れをする。
 エルサレムの民は、世界中の人々から主の祭司と呼ばれ、世界において唯一である神に仕える者とされ、世界の富と栄光をその身に受けることであろう。



7)あなたたちは二倍の恥を受け/嘲りが彼らの分だと言われたから/その地で二倍のものを継ぎ/永遠の喜びを受ける。
8)主なるわたしは正義を愛し、献げ物の強奪を憎む。まことをもって彼らの労苦に報い/とこしえの契約を彼らと結ぶ。
9)彼らの一族は国々に知られ/子孫は諸国の民に知られるようになる。彼らを見る人はすべて認めるであろう/これこそ、主の祝福を受けた一族である、と。
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 一度は失われたエルサレムの民たちよ、あなたたちはこれまで被るべきであった基準の二倍の恥を受け、世界中からの嘲りこそがお前たちの取り分だと言われた。それゆえ、主なる神は、お前たちの受けた損失に対して、基準の二倍の恵みと祝福を与えようといわれる。すなわち、永遠の喜びを受けるのだ。
 主なる神であるわたしは世界において正義を愛し、献げ物の強奪を憎む。以前の祭司たちはまさに、神への献げ物を強奪し、自分たちのものにしたゆえに、その罪によって滅びた。またそのようにならないように留意せよ。しかし、わたしはまことをもって罪を犯したエルサレムの民の、その罪の故に被った労苦に対して報いよう。そして、とこしえの契約をお前たちと結ぼう。
 主なる神を信ずるこの一族は、世界において知られるようになり、その子孫は世界中において知られるようになる。彼らを見て、世界中の人々は認めるであろう。すなわち、これこそ、世界において正義を愛される主なる神の祝福を受けた人々である、と。



10)わたしは主によって喜び楽しみ/わたしの魂はわたしの神にあって喜び躍る。主は救いの衣をわたしに着せ/恵みの晴れ着をまとわせてくださる。花婿のように輝きの冠をかぶらせ/花嫁のように宝石で飾ってくださる。
11)大地が草の芽を萌えいでさせ/園が蒔かれた種を芽生えさせるように/主なる神はすべての民の前で/恵みと栄誉を芽生えさせてくださる。
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 主なる神から受けた言葉によって、わたしは主なる神のゆえに喜び楽しみ、わたしの魂はわたしの神にあって喜び躍る。
 まさに、主なる神は、救いの衣をわたしに着せ、恵みの晴れ着をまとわせてくださった。あたかも花婿のように救いという輝きの冠をかぶらせ、花嫁のように主なる神の恵みの宝石で飾ってくださるからである。
 まさに、茶色い大地が草の芽を萌え出でさせすっかり緑に包まれるように、園が蒔かれた種を芽生えさせ美しくなるように、主なる神は、世界中の国民の前にあって、その恵みと栄誉を芽生えさせてくださるのだ。