エレミヤ書2章は、全体としてみれば、イスラエルの偶像崇拝という罪に対する告発です。
それは、世界における正義の審判者としてのイスラエルの隠された罪を白日の下にさらけ出す事と、あと、そこから罪の悔い改めに至ることができるようにという、神の悲痛なる言葉です。
ここで偶像崇拝が殊更に悪いものとして糾弾されていますが、旧約聖書における偶像崇拝とは、決して、神の民であるイスラエル人に対して、感情的に神が嫉妬しているのではないという理解が大切です。
本文の最後の方で明らかにされますが、偶像崇拝がそれほどまでに悪とされる理由は、それが神の正義を捻じ曲げるものであり、人を殺すものであるからです。
では、なぜ偶像崇拝が神の正義を捻じ曲げ、人を殺すものとなるのか?
それは、まずイスラエルにおいて神は、世界における正義を司る神であるという点にあります。
本来、人間の救済について、それは本質的に金銭に代えることのできないものです。神の救いは、それにあずかる人を分け隔てしません。つまり、王様であっても、奴隷であっても、イスラエル人であろうがなかろうが、関係ないはずなのです。
ところが、イスラエル宗教に偶像崇拝が入ってくることによって、神の救いに差別化が起こり始めることになります。
神殿に対して多額の寄進をする人はより多く救われ、しかし、神殿に献金のできない人は救われない、ということがまかり通るようになってしまったのです。
エレミヤ書で告発されているバアル神(五穀豊穣の神)は、奉げものが多ければ多いだけ、恵みを返してくれる神でありました。だからこそ、神殿に多額の献金をする人には、その多額の献金に対する見返りを神殿は行い、しかし、その一方で、貧しさのために献金のできない者は救いにすら預かれない、神によって呪われた者となったのです。
本来、神の救いは、そのような金銭に代えることのできるものではなく、宗教的な修行といった人間的な努力によって代えることもできない、「ただ神がその憐れみによって、その人の罪を赦す」という神の権威であったものを、当時の指導的立場にある人々が自分たちが良い生活をしたいがためにそのように信仰を捻じ曲げ、神殿や社会がそこに住む人々を食い物にしてきたのだという、罪の告白がなされているのです。
その意味で、本来、そういった誤った信仰ではなく、神の御前にあって神の正義に倣うはずの宗教的指導者たちが、自分たちが神から与えられている本分をわきまえず、むしろ自分たちからそのような悪の道へ走った罪は決して、軽いものではありませんでした。
その意味で、ここでは、北イスラエルが自分たちの罪によって滅んだことの教訓から、偶像崇拝の悪を学ぶことなく、その裁きによって、自分の罪を深く悔い改めるということのできなかったことに対する失意と、だからこそ、神の裁きを軽く見ることなく、それを真摯に自分たちのこととして受け止めることの大切さがここで言われているのです。
これは、キリスト教の信仰とも共通しますが、神を信じるとはつまりは神的な存在を拝むことではなく、神の前に自分の罪を悔い改め、そこから真実に生きることこそが、ここで言われている、正しい信仰であるのです。
その意味で、偶像崇拝とは、別の神の像を拝むという表面的なことよりも、むしろ神の前において自分の罪を認めないということが、まさに神に対して背を向ける行為であり、すなわちそれが偶像崇拝なのです。
では、そのようなポイントを踏まえつつ、以下、本分をみていきます。
1)主の言葉がわたしに臨んだ。
それは、世界における正義の審判者としてのイスラエルの隠された罪を白日の下にさらけ出す事と、あと、そこから罪の悔い改めに至ることができるようにという、神の悲痛なる言葉です。
ここで偶像崇拝が殊更に悪いものとして糾弾されていますが、旧約聖書における偶像崇拝とは、決して、神の民であるイスラエル人に対して、感情的に神が嫉妬しているのではないという理解が大切です。
本文の最後の方で明らかにされますが、偶像崇拝がそれほどまでに悪とされる理由は、それが神の正義を捻じ曲げるものであり、人を殺すものであるからです。
では、なぜ偶像崇拝が神の正義を捻じ曲げ、人を殺すものとなるのか?
それは、まずイスラエルにおいて神は、世界における正義を司る神であるという点にあります。
本来、人間の救済について、それは本質的に金銭に代えることのできないものです。神の救いは、それにあずかる人を分け隔てしません。つまり、王様であっても、奴隷であっても、イスラエル人であろうがなかろうが、関係ないはずなのです。
ところが、イスラエル宗教に偶像崇拝が入ってくることによって、神の救いに差別化が起こり始めることになります。
神殿に対して多額の寄進をする人はより多く救われ、しかし、神殿に献金のできない人は救われない、ということがまかり通るようになってしまったのです。
エレミヤ書で告発されているバアル神(五穀豊穣の神)は、奉げものが多ければ多いだけ、恵みを返してくれる神でありました。だからこそ、神殿に多額の献金をする人には、その多額の献金に対する見返りを神殿は行い、しかし、その一方で、貧しさのために献金のできない者は救いにすら預かれない、神によって呪われた者となったのです。
本来、神の救いは、そのような金銭に代えることのできるものではなく、宗教的な修行といった人間的な努力によって代えることもできない、「ただ神がその憐れみによって、その人の罪を赦す」という神の権威であったものを、当時の指導的立場にある人々が自分たちが良い生活をしたいがためにそのように信仰を捻じ曲げ、神殿や社会がそこに住む人々を食い物にしてきたのだという、罪の告白がなされているのです。
その意味で、本来、そういった誤った信仰ではなく、神の御前にあって神の正義に倣うはずの宗教的指導者たちが、自分たちが神から与えられている本分をわきまえず、むしろ自分たちからそのような悪の道へ走った罪は決して、軽いものではありませんでした。
その意味で、ここでは、北イスラエルが自分たちの罪によって滅んだことの教訓から、偶像崇拝の悪を学ぶことなく、その裁きによって、自分の罪を深く悔い改めるということのできなかったことに対する失意と、だからこそ、神の裁きを軽く見ることなく、それを真摯に自分たちのこととして受け止めることの大切さがここで言われているのです。
これは、キリスト教の信仰とも共通しますが、神を信じるとはつまりは神的な存在を拝むことではなく、神の前に自分の罪を悔い改め、そこから真実に生きることこそが、ここで言われている、正しい信仰であるのです。
その意味で、偶像崇拝とは、別の神の像を拝むという表面的なことよりも、むしろ神の前において自分の罪を認めないということが、まさに神に対して背を向ける行為であり、すなわちそれが偶像崇拝なのです。
では、そのようなポイントを踏まえつつ、以下、本分をみていきます。
1)主の言葉がわたしに臨んだ。
2)行って、エルサレムの人々に呼びかけ/耳を傾けさせよ。主はこう言われる。わたしは、あなたの若いときの真心/花嫁のときの愛/種蒔かれぬ地、荒れ野での従順を思い起こす。
3)イスラエルは主にささげられたもの/収穫の初穂であった。それを食べる者はみな罰せられ/災いを被った、と主は言われる。
---
預言者エレミヤに対して、ある時、主なる神の言葉が臨んだ。
「エレミヤよ、さあ、行ってエルサレムの人々に呼びかけ、彼らに神の言葉に対して耳を傾けさせよ。」
主なる神はこう言われる。
「わたしは、イスラエルよ、あなたの若い時の真心。つまり、出エジプトでのお前たちの正しい信仰心、まさに、まだお前が花嫁であった時の愛、種の蒔かれることのない土地、つまり荒れ野でのわたしに対する従順を思い起こす。
当時、イスラエルはまさに主なる神であるわたしに奉げられた、神に対する奉げもの、すなわち収穫の初穂であった。
もし、諸外国が神に奉げる初穂を侵略するのであれば、それは皆、神によって罰せられ、災いを被ったものだ」と主は言われる。
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預言者エレミヤに対して、ある時、主なる神の言葉が臨んだ。
「エレミヤよ、さあ、行ってエルサレムの人々に呼びかけ、彼らに神の言葉に対して耳を傾けさせよ。」
主なる神はこう言われる。
「わたしは、イスラエルよ、あなたの若い時の真心。つまり、出エジプトでのお前たちの正しい信仰心、まさに、まだお前が花嫁であった時の愛、種の蒔かれることのない土地、つまり荒れ野でのわたしに対する従順を思い起こす。
当時、イスラエルはまさに主なる神であるわたしに奉げられた、神に対する奉げもの、すなわち収穫の初穂であった。
もし、諸外国が神に奉げる初穂を侵略するのであれば、それは皆、神によって罰せられ、災いを被ったものだ」と主は言われる。
4)ヤコブの家よ/イスラエルの家のすべての部族よ/主の言葉を聞け。
5)主はこう言われる。お前たちの先祖は/わたしにどんなおちどがあったので/遠く離れて行ったのか。彼らは空しいものの後を追い/空しいものとなってしまった。
6)彼らは尋ねもしなかった。「主はどこにおられるのか/わたしたちをエジプトの地から上らせ/あの荒野、荒涼とした、穴だらけの地/乾ききった、暗黒の地/だれひとりそこを通らず/人の住まない地に導かれた方は」と。
---
ところが、ヤコブの家よ、神の与えたイスラエルの名前を持つ家のすべての部族よ、今こそ、主なる神の言葉を聞け。主はこう言われる。
「お前たちの先祖は、主なる神であるわたしにどんな落ち度があったので、偶像を慕い、わたしから遠く離れて行ったのか?
彼らはまさに空しいものの後を追いかけ、自分たち自身がまさにその空しいものとなってしまった。
しかも、彼らは誰も尋ねなかった。「わたしたちの主はどこにおられるのか? わたしたちをエジプトの地から救い出し、あの荒れ野、荒涼とした穴だらけの地、乾ききった暗黒の地、だれひとりそこを通る者はおらず、人の住まない地に導かれた方はどこだ?」と。
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ところが、ヤコブの家よ、神の与えたイスラエルの名前を持つ家のすべての部族よ、今こそ、主なる神の言葉を聞け。主はこう言われる。
「お前たちの先祖は、主なる神であるわたしにどんな落ち度があったので、偶像を慕い、わたしから遠く離れて行ったのか?
彼らはまさに空しいものの後を追いかけ、自分たち自身がまさにその空しいものとなってしまった。
しかも、彼らは誰も尋ねなかった。「わたしたちの主はどこにおられるのか? わたしたちをエジプトの地から救い出し、あの荒れ野、荒涼とした穴だらけの地、乾ききった暗黒の地、だれひとりそこを通る者はおらず、人の住まない地に導かれた方はどこだ?」と。
7)わたしは、お前たちを実り豊かな地に導き/味の良い果物を食べさせた。ところが、お前たちはわたしの土地に入ると/そこを汚し/わたしが与えた土地を忌まわしいものに変えた。
8)祭司たちも尋ねなかった。「主はどこにおられるのか」と。律法を教える人たちはわたしを理解せず/指導者たちはわたしに背き/預言者たちはバアルによって預言し/助けにならぬものの後を追った。
9)それゆえ、わたしはお前たちを/あらためて告発し/また、お前たちの子孫と争うと/主は言われる。
---
「わたしは、お前たちを実り豊かな地に導き、味の良い果物を食べさせた。
ところが、お前たちはわたしの土地に入ると、そこをお前たちの罪で汚し、わたしが与えた良い土地を、人の住むことのできないような忌まわしい地へとすっかり汚染してしまった。
本来、そのことにもっとも鋭敏でなければならない祭司たちも尋ねなかった。
『わたしたちの主はどこにおられるのか?』と。
律法を教える人たちは、わたしの御心を理解せず、指導者たちは主なる神であるわたしに背き、こともあろうに、預言者たちはバアル神によって預言し、助けにならないものの後をイスラエルは追いかけた。
それゆえ、わたしはイスラエルよ、お前たちをあらためて告発し、また、お前たちの子孫と争う」と、主は言われる。
10)キティムの島々に渡って、尋ね/ケダルに人を送って、よく調べさせ/果たして、こんなことがあったかどうか確かめよ。
「わたしは、お前たちを実り豊かな地に導き、味の良い果物を食べさせた。
ところが、お前たちはわたしの土地に入ると、そこをお前たちの罪で汚し、わたしが与えた良い土地を、人の住むことのできないような忌まわしい地へとすっかり汚染してしまった。
本来、そのことにもっとも鋭敏でなければならない祭司たちも尋ねなかった。
『わたしたちの主はどこにおられるのか?』と。
律法を教える人たちは、わたしの御心を理解せず、指導者たちは主なる神であるわたしに背き、こともあろうに、預言者たちはバアル神によって預言し、助けにならないものの後をイスラエルは追いかけた。
それゆえ、わたしはイスラエルよ、お前たちをあらためて告発し、また、お前たちの子孫と争う」と、主は言われる。
10)キティムの島々に渡って、尋ね/ケダルに人を送って、よく調べさせ/果たして、こんなことがあったかどうか確かめよ。
11)一体、どこの国が/神々を取り替えたことがあろうか/しかも、神でないものと。ところが、わが民はおのが栄光を/助けにならぬものと取り替えた。
12)天よ、驚け、このことを/大いに、震えおののけ、と主は言われる。
---
さあ、北の方にあるキティム(キプロス島)に渡って、そこの人々に尋ねてみるがよい。
また、南方のケダル(北アラビアの地域)に人を送って、よく調べさせてみよ。
果たして、未だかつてこんなことが世界にあっただろうか確認せよ。
一体、かつて、どこの国が、自分たちの礼拝する神を取り替えたことがあっただろうか? しかも、それは決して神でもないものと。
ところが、わたしの愛するイスラエルの民は、自分たちの栄光であるはずの世界に唯一の神を、まったく助けにもならないものと取り替えてしまった。
天よ、驚け、このことを。大いに、震えおののけ。」と主は言われる。
13)まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて/無用の水溜めを掘った。水をためることのできない/こわれた水溜めを。
さあ、北の方にあるキティム(キプロス島)に渡って、そこの人々に尋ねてみるがよい。
また、南方のケダル(北アラビアの地域)に人を送って、よく調べさせてみよ。
果たして、未だかつてこんなことが世界にあっただろうか確認せよ。
一体、かつて、どこの国が、自分たちの礼拝する神を取り替えたことがあっただろうか? しかも、それは決して神でもないものと。
ところが、わたしの愛するイスラエルの民は、自分たちの栄光であるはずの世界に唯一の神を、まったく助けにもならないものと取り替えてしまった。
天よ、驚け、このことを。大いに、震えおののけ。」と主は言われる。
13)まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて/無用の水溜めを掘った。水をためることのできない/こわれた水溜めを。
14)イスラエルは奴隷なのか/家に生まれた僕であろうか。それなのに、どうして捕らわれの身になったのか。
15)若獅子が彼に向かってほえ/うなり声をあげた。彼の地は荒れ地とされ/町々は焼き払われて/住む人もなくなった。
16)メンフィスとタフパンヘスの人々も/あなたの頭をそり上げる。
---
「まことに、わが民は二つの悪を行った。
ひとつは、生ける水の源であるわたしを捨てたこと。そして、二つ目は、生ける水の水源にもならない、無用の水溜を掘ったことだ。
わたしの愛するイスラエルははたして奴隷なのか?
それとも、その家に生まれた下僕であるのか? もちろん、そうではない。イスラエルはわたしの愛する子どもである。
しかし、それにも関わらず、どうして今や、偶像によって捕らわれの身になってしまっているのか?
見よ、若獅子であるアッシリアは北イスラエルに向かってほえ、うなり声をあげた。
北イスラエルはそれによって、荒れ地とされ、町々は焼き払われて、住む人もなくなったではないか。
エジプトのメンフィスとその東の地域の人々も、彼らはお前たちの助けとなるどころか、神の祝福である頭髪や髭をすっかり剃り挙げてしまうであろう。(頭髪や髭は神の祝福と信じられており、それが無くなると神の祝福がなくなると信じられていた。《例》士師記16:17「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。」)
17)あなたの神なる主が、旅路を導かれたとき/あなたが主を捨てたので/このことがあなたの身に及んだのではないか。
「まことに、わが民は二つの悪を行った。
ひとつは、生ける水の源であるわたしを捨てたこと。そして、二つ目は、生ける水の水源にもならない、無用の水溜を掘ったことだ。
わたしの愛するイスラエルははたして奴隷なのか?
それとも、その家に生まれた下僕であるのか? もちろん、そうではない。イスラエルはわたしの愛する子どもである。
しかし、それにも関わらず、どうして今や、偶像によって捕らわれの身になってしまっているのか?
見よ、若獅子であるアッシリアは北イスラエルに向かってほえ、うなり声をあげた。
北イスラエルはそれによって、荒れ地とされ、町々は焼き払われて、住む人もなくなったではないか。
エジプトのメンフィスとその東の地域の人々も、彼らはお前たちの助けとなるどころか、神の祝福である頭髪や髭をすっかり剃り挙げてしまうであろう。(頭髪や髭は神の祝福と信じられており、それが無くなると神の祝福がなくなると信じられていた。《例》士師記16:17「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。」)
17)あなたの神なる主が、旅路を導かれたとき/あなたが主を捨てたので/このことがあなたの身に及んだのではないか。
18)それなのに、今あなたはエジプトへ行って/ナイルの水を飲もうとする。それは、一体どうしてか。また、アッシリアへ行って/ユーフラテスの水を飲もうとする。それは、一体どうしてか。
19)あなたの犯した悪が、あなたを懲らしめ/あなたの背信が、あなたを責めている。あなたが、わたしを畏れず/あなたの神である主を捨てたことが/いかに悪く、苦いことであるかを/味わい知るがよいと/万軍の主なる神は言われる。
---
北イスラエルが滅亡した経緯を学ぶが良い。
あなたの神である主が、旅路を導かれたとき、神ではなく、むしろあなたが神である主を捨てたので、その報いがあなた自身に及んだのではないか。
それなのに、今、あなたはエジプトに行って、ナイルの水を飲もうとする。すなわち、エジプトの軍事力によって助かろうとする。
また、アッシリアに対しても同じように振舞う。それは一体、どういうことか?
決して、神の裁きだと、神のイスラエルに対する嫉妬のゆえに、あるいは憎しみのゆえに、その裁きが下るのではない。
むしろ、イスラエルよ、あなたの犯した悪こそが、あなたを懲らしめ、わたしに対する背信、それ自体があなたを責めているのだ。
だからこそ、今こそ、あなたが、主なる神であるわたしを畏れることなく、あなたの神である主を捨てたことが、いかに悪く、苦いことであるかを味わい知るがよい。そこから、正しい信仰が何かを学ぶように。」と万軍の主なる神は言われる。
20)あなたは久しい昔に軛を折り/手綱を振り切って/「わたしは仕えることはしない」と言った。あなたは高い丘の上/緑の木の下と見ればどこにでも/身を横たえて遊女となる。
北イスラエルが滅亡した経緯を学ぶが良い。
あなたの神である主が、旅路を導かれたとき、神ではなく、むしろあなたが神である主を捨てたので、その報いがあなた自身に及んだのではないか。
それなのに、今、あなたはエジプトに行って、ナイルの水を飲もうとする。すなわち、エジプトの軍事力によって助かろうとする。
また、アッシリアに対しても同じように振舞う。それは一体、どういうことか?
決して、神の裁きだと、神のイスラエルに対する嫉妬のゆえに、あるいは憎しみのゆえに、その裁きが下るのではない。
むしろ、イスラエルよ、あなたの犯した悪こそが、あなたを懲らしめ、わたしに対する背信、それ自体があなたを責めているのだ。
だからこそ、今こそ、あなたが、主なる神であるわたしを畏れることなく、あなたの神である主を捨てたことが、いかに悪く、苦いことであるかを味わい知るがよい。そこから、正しい信仰が何かを学ぶように。」と万軍の主なる神は言われる。
20)あなたは久しい昔に軛を折り/手綱を振り切って/「わたしは仕えることはしない」と言った。あなたは高い丘の上/緑の木の下と見ればどこにでも/身を横たえて遊女となる。
21)わたしはあなたを、甘いぶどうを実らせる/確かな種として植えたのに/どうして、わたしに背いて/悪い野ぶどうに変わり果てたのか。
22)たとえ灰汁で体を洗い/多くの石灰を使っても/わたしの目には/罪があなたに染みついていると/主なる神は言われる。
---
主は言われる。
「乙女イスラエルよ、あなたは久しい昔に、主である神(エル)の支配(イスラ)を壊し、わたしの制止を振り切って、『わたしは主なる神に仕えることはしない』と言った。
あなたは高い丘の上、緑の木の下と見ればどこにでも身を横たえて遊女となる。
わたしはあなたを甘いぶどうを実らせる確かな種として植えたのに、どうして、お前は主なる神であるわたしに背いて、悪い野ぶどうに変わり果ててしまったのか?
たとえ、灰汁で体を洗い、多くの石灰を使って漂白しようとも、主なるわたしの目には、罪があなたの体には染み付いている」と主なる神は言われる。
---
主は言われる。
「乙女イスラエルよ、あなたは久しい昔に、主である神(エル)の支配(イスラ)を壊し、わたしの制止を振り切って、『わたしは主なる神に仕えることはしない』と言った。
あなたは高い丘の上、緑の木の下と見ればどこにでも身を横たえて遊女となる。
わたしはあなたを甘いぶどうを実らせる確かな種として植えたのに、どうして、お前は主なる神であるわたしに背いて、悪い野ぶどうに変わり果ててしまったのか?
たとえ、灰汁で体を洗い、多くの石灰を使って漂白しようとも、主なるわたしの目には、罪があなたの体には染み付いている」と主なる神は言われる。
23)どうして、お前は言い張るのか/わたしは汚れていない/バアルの後を追ったことはない、と。見よ、谷でのお前のふるまいを/思ってみよ、何をしたのか。お前は、素早い雌のらくだのように/道をさまよい歩く。
24)また、荒れ野に慣れた雌ろばのように/息遣いも荒く、欲情にあえいでいる。誰がその情欲を制しえよう。彼女に会いたければ、だれも苦労はしない。その月になれば、見つけ出せる。
25)素足になることを避け/喉が渇かぬようにせよ、と言われても/お前は答えて言う。「いいえ、止めても無駄です。わたしは異国の男を慕い/その後を追います」と。
---
それなのに、どうしてお前は言い張るのか?
「わたしは汚れていない。これまでバアル神の後を追いかけたことはない」と。
見よ、谷でのお前のふるまいを思い出すが良い。そこでお前は何をしたのか?
わたしは知っている。お前は、すばやいメスのらくだのように、交尾相手を求めて道をさまよい歩く。
また、荒れ野にも慣れたメスろばのように、息遣いも荒く、欲情にあえいである。 一体、誰がその情欲を制しえようか?
そのようなお前に会いたければ、誰も苦労する者はいない。
なぜなら、発情期になれば、簡単に見つけ出せるからだ。
「素足になることを避け、喉が渇かぬようにせよ」と言われても、お前はわたしに答えて言う。
『いいえ、止めても無駄です。わたしは異国の男を慕い、その後を追います』と。
26)盗人が捕らえられて辱めを受けるように/イスラエルの家も辱めを受ける/その王、高官、祭司、預言者らも共に。
それなのに、どうしてお前は言い張るのか?
「わたしは汚れていない。これまでバアル神の後を追いかけたことはない」と。
見よ、谷でのお前のふるまいを思い出すが良い。そこでお前は何をしたのか?
わたしは知っている。お前は、すばやいメスのらくだのように、交尾相手を求めて道をさまよい歩く。
また、荒れ野にも慣れたメスろばのように、息遣いも荒く、欲情にあえいである。 一体、誰がその情欲を制しえようか?
そのようなお前に会いたければ、誰も苦労する者はいない。
なぜなら、発情期になれば、簡単に見つけ出せるからだ。
「素足になることを避け、喉が渇かぬようにせよ」と言われても、お前はわたしに答えて言う。
『いいえ、止めても無駄です。わたしは異国の男を慕い、その後を追います』と。
26)盗人が捕らえられて辱めを受けるように/イスラエルの家も辱めを受ける/その王、高官、祭司、預言者らも共に。
27)彼らは木に向かって、「わたしの父」と言い/石に向かって、「わたしを産んだ母」と言う。わたしに顔を向けず、かえって背を向け/しかも、災難に遭えば/「立ち上がって/わたしたちをお救いください」と言う。
28)お前が造った神々はどこにいるのか。彼らが立ち上がればよいのだ/災難に遭ったお前を救いうるのならば。ユダよ、お前の神々は/町の数ほどあるではないか。
---
まさに盗人が捕らえられて、公衆の面前で辱めを受けるように、イスラエルの家も世界の人々の前で辱めを受けるであろう。
その王、高官、祭司、預言者らも共々に。
なぜなら、彼らは木で作ったモノに向かって「わたしの父」と言い、石でつくったモノに向かって「わたしを産んだ母」と言うからだ。
そのようなお前が作った神々とやらは、一体、どこにいるのか?
むしろ、災難に遭ったお前が助けを求めるのであれば、わたしではなく彼らが立ち上がればよいのだ。
町ごとに、そのような偶像をつくり、それを礼拝する。ユダよ、お前の神々は、まさに町の数ほどあるではないか。助けを求めるのであれば、むしろそられの神とよぶモノに助けを求めるが良い。
29)なぜ、わたしと争い/わたしに背き続けるのか、と主は言われる。
まさに盗人が捕らえられて、公衆の面前で辱めを受けるように、イスラエルの家も世界の人々の前で辱めを受けるであろう。
その王、高官、祭司、預言者らも共々に。
なぜなら、彼らは木で作ったモノに向かって「わたしの父」と言い、石でつくったモノに向かって「わたしを産んだ母」と言うからだ。
そのようなお前が作った神々とやらは、一体、どこにいるのか?
むしろ、災難に遭ったお前が助けを求めるのであれば、わたしではなく彼らが立ち上がればよいのだ。
町ごとに、そのような偶像をつくり、それを礼拝する。ユダよ、お前の神々は、まさに町の数ほどあるではないか。助けを求めるのであれば、むしろそられの神とよぶモノに助けを求めるが良い。
29)なぜ、わたしと争い/わたしに背き続けるのか、と主は言われる。
30)わたしはお前たちの子らを打ったが/無駄であった。彼らは懲らしめを受け入れなかった。獅子が滅ぼし尽くすように/お前たちは預言者を剣の餌食とした。
31)この世代の者よ、見よ、これは主の言葉だ。わたしはイスラエルにとって荒れ野なのか。深い闇の地なのか。どうして、わたしの民は言うのか。「迷い出てしまったからには/あなたのもとには帰りません」と。
---
「なぜ、わたしと争い、わたしに対して背き続けるのか」と主なる神は言われる。
「わたしはお前たちの子らを打ったが、それは結局のところ無駄であった。
彼らはわたしの懲らしめを受け入れず、かえって獅子が滅ぼし尽くすように、お前たちは、わたしの送った預言者を殺してしまった。
この世代の者たちよ、見よ、これは主の言葉だ。
主なる神は言われる。
「わたしはイスラエルにとって荒れ野なのか? それとも深い闇の地なのか?
どうして、わたしの民は言うのか。『わたしたちは迷い出てしまったからには、あなたのもとには帰りません』と。」
---
「なぜ、わたしと争い、わたしに対して背き続けるのか」と主なる神は言われる。
「わたしはお前たちの子らを打ったが、それは結局のところ無駄であった。
彼らはわたしの懲らしめを受け入れず、かえって獅子が滅ぼし尽くすように、お前たちは、わたしの送った預言者を殺してしまった。
この世代の者たちよ、見よ、これは主の言葉だ。
主なる神は言われる。
「わたしはイスラエルにとって荒れ野なのか? それとも深い闇の地なのか?
どうして、わたしの民は言うのか。『わたしたちは迷い出てしまったからには、あなたのもとには帰りません』と。」
32)おとめがその身を飾るものを/花嫁が晴れ着の帯を忘れるだろうか。しかし、わたしの民はわたしを忘れ/数えきれない月日が過ぎた。
33)なんと巧みにお前は情事を求めることか。悪い女たちにさえ、その道を教えるほどだ。
34)お前の着物の裾には/罪のない貧しい者を殺した血が染みついている。それは、盗みに押し入ったときに/付いたものではない。それにもかかわらず
---
おとめがその身を飾るものを忘れることがあるだろうか? 花嫁が晴れ着の帯を忘れるだろうか?
しかし、驚くべきことに、わたしの民はわたしを忘れてしまい、数え切れない月日が過ぎてしまった。
遊女イスラエルよ、なんと巧みにお前は情事を求めることか。
悪い女たちにさえ、その道を教えるほどだ。これ以上、いう言葉がない。
お前の着物の裾には、罪のない貧しい者を殺した血が染み付いている。
それは、決して盗みに押し入ったときに付いたものではない。
お前たちは、自分たちでは直接手を汚すことなく、偶像崇拝において救われるべき貧しい者たちの命を奪ったのだ。
35)「わたしには罪がない」とか/「主の怒りはわたしから去った」とお前は言う。だが、見よ。「わたしは罪を犯していない」と言うなら/お前は裁きの座に引き出される。
おとめがその身を飾るものを忘れることがあるだろうか? 花嫁が晴れ着の帯を忘れるだろうか?
しかし、驚くべきことに、わたしの民はわたしを忘れてしまい、数え切れない月日が過ぎてしまった。
遊女イスラエルよ、なんと巧みにお前は情事を求めることか。
悪い女たちにさえ、その道を教えるほどだ。これ以上、いう言葉がない。
お前の着物の裾には、罪のない貧しい者を殺した血が染み付いている。
それは、決して盗みに押し入ったときに付いたものではない。
お前たちは、自分たちでは直接手を汚すことなく、偶像崇拝において救われるべき貧しい者たちの命を奪ったのだ。
35)「わたしには罪がない」とか/「主の怒りはわたしから去った」とお前は言う。だが、見よ。「わたしは罪を犯していない」と言うなら/お前は裁きの座に引き出される。
36)なんと軽率にお前は道を変えるのか。アッシリアによって辱められたように/エジプトにも辱められるであろう。
37)そこからも、お前は両手を頭に置いて出て来る。主はお前が頼りにしているものを退けられる。彼らに頼ろうとしても成功するはずがない。
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それにも関わらず、お前は「わたしには罪がない」とか、「主なる神の怒りはわたしから去った」とお前は言う。
だが、見よ、「わたしは罪を犯していない」と言うなら、お前は主なるわたしの裁きの座に引き出される。
それにしてもなんと軽率にお前は自分たちの道を変えるのか?
先に、北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされたように、お前たちはエジプトにも侵略されるだろう。
そうなれば、お前は降伏として両手を頭に置いて出て来る事になる。
しかし、主なる神はお前が頼りにしているものを退けられる。すなわち、エジプトやバビロニアなどの諸外国に頼ろうとしても成功するはずがないのだ。
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それにも関わらず、お前は「わたしには罪がない」とか、「主なる神の怒りはわたしから去った」とお前は言う。
だが、見よ、「わたしは罪を犯していない」と言うなら、お前は主なるわたしの裁きの座に引き出される。
それにしてもなんと軽率にお前は自分たちの道を変えるのか?
先に、北イスラエルがアッシリアによって滅ぼされたように、お前たちはエジプトにも侵略されるだろう。
そうなれば、お前は降伏として両手を頭に置いて出て来る事になる。
しかし、主なる神はお前が頼りにしているものを退けられる。すなわち、エジプトやバビロニアなどの諸外国に頼ろうとしても成功するはずがないのだ。
