2011年09月16日
史跡 国指定 重要文化財 羽黒神社 屋根 茅葺き工事完了
平成二十年春より解体工事が始まり、まる四年が過ぎようとしています。平成二十二年度の工事から引き続き平成二十三年度分は、七月始めにかかりまして、八月末の二ヶ月間で終了しました。残工事は木工事の、回廊と天井上げ、建具工事、唄金具取り付け、木部の調色、電気及びセキュリテイの配線工事、素屋根解体等まだ色々小工事が残っています。

見事に仕上がった正面上の千鳥破風と本棟東側の千鳥破風です。棟が交差する谷の
部分は、下に茅を敷き詰め其の上に杉の皮を何層にも敷き詰めます。 
向拝上の千鳥破風、其れに向拝の箱棟です。向拝の屋根も葺き足の長い杉皮を、特殊な
釘で茅に打ちつけて、風雪にも絶え得る構造に先人の知恵が伺えます。
何れの破風も見事ですが、正面の唐破風は一段と見事です。茅足は破風の
面から四尺以上もあり、風雪にも耐える下組みは、長い茅葺きの歴史が
作った賜物と関心させられます。箱棟と屋根の接点には杉の葉を敷き詰め
雨とか粉雪の、進入を防ぎます。
2011年09月13日
史跡 国指定重要文化財 羽黒神社 屋根茅葺工事
屋根工事も最終段階に入って蓑甲部分の刈り込みです。屋根が均整の取れたバランスの良い形に収まるかの、大きな要素が曲線であり蓑甲の収まりです。正面向拝の所の収まりは社内一番の技術者が真剣に取り組んでいます。
唐破風上の千鳥の蓑甲は建物の屋根の要であります。施工してるのは熊谷産業の会長の実弟が自ら作業を行っています。
正面左側の谷の部分です。棟は杉皮を敷いて其の上に
千木と棟木が、収まります。
向拝上の千鳥破風です。茅の出が大きいので下地処理に独特の工法が有るようです。
2011年07月29日
史跡 国指定 重要文化財 羽黒神社 木工事開始
木工事の再スタートです。H23年度の最終工事です。工事内容は、屋根茅葺き工事の最終仕上げ工事と、木工事は回廊の擬宝珠高覧及び跳高覧取り付けと内部天井上げ、其れから向拝階段取り付け後は向拝土間の石組です。23年度の会計年度で24年3月25日終了です。
階段脇の平桁部材と親柱其れから たたら 束の部材です。木繕いも終わり組み立てをするばかりです。
斗束繕いが終わった所です。
其の他全体的に原寸型板に合わせて繕いをしています。
地覆を取り付けた所です。
角の床の地覆の収まりです。
2011年07月23日
国指定 重要文化財 羽黒神社代四期工事開始
羽黒神社の改修工事も本体工事は今回の工事で大体終了です。七月始より屋根葺きの職人が作業を開始しました。炎天下素屋根はポリカーボのなまこ板です。作業所の中は蒸し風呂です。氷水を飲み塩を舐めて、熱中症を予防しながらの作業です。木工事は回廊の高覧と向拝の階段、其れから内部天井材の木繕いです。
向拝の上の千鳥破風と本殿棟の千鳥破風が交差する部分です。写真左側の棟は正面甲拝の上に有る千鳥破風です。右側は本殿東側の千鳥破風です。
本殿右側の屋根全体を写した所です。

正面 甲拝の上にある唐破風です。以前の古い屋根は、差し茅だけで来たので原形を留めない程形が崩れてました。修正をして、正規の形に戻しました。全体が葺き上がった所で最後に刈り込みをして、形を整えます。
正面左側の 谷の部分です。全体に茅を敷き詰めて、其の上に杉皮を何層にも重ね、防水を図ります。茅屋根で一番神経を使う所です。
木工事の高覧手すり部材の木繕いです。年数が経ってるので部材が大変痛んでいます。痛んでる所を綺麗に剥ぎ取り、新材を埋めて補修します。
手摺を支える束です。作業場に部材を全て運んで確認をして補修を行います。
2011年07月12日
史跡 国指定重要文化財 羽黒神社屋根茅工事及び内部工事三期分完了
正面向拝上の千鳥破風の所です。慎重に完成後の姿を頭に絵がいて、其の下地を作ってます。
向拝の屋根は唐破風です。屋根は茅でなく杉の皮を敷き詰めて仕上げます。

正面を真横から見た所です。左右の屋根が交差する谷の部分も茅の上に杉皮で仕上げます。

内陣の所です。少し写真が暗いですが本尊が安置されるところです。
向拝右側の回廊の部分です。三期の工事で木工事の90%近が完了します。新しい床板と再使用の床板で色がはっきり違ってますが、代四期工事で全体の色あわせをします。2011年02月21日
国指定 重要文化財 羽黒神社 屋根茅葺き工事開始
工事は屋根下地も終わりまして今度はいよいよ建物全体を左右する、茅葺きのスタートです。先ずは木工事と同じく軒先の下地から貼り付けていきます。工期としてはH23,3月5日(期内)ごろと予定してますが、残りは四期目の工事に成ります。
屋根の四隅を固めて確りと縄で垂木に茅を抑えて、軒付けの下地を作ります。
角の所は特に念入りに神経を払って下地つくりをします。
正面で作業してるのが熊谷産業の会長の弟 武山部長で 社内で一番の腕利きで、肝心な所を治めます。
写真左側の居る人が小林君と言いまして、若いけれども技術は武山部長の後継者のようです。矢張り肝心な所の出隅、入隅の軒付け下地を作って居ます。
反対側の出隅 入り隅を武山部長が作って居ます。垂木に茅を載せ押し木で押さえ、縄できつく絞めて下地が出来て行きます。2011年02月05日
国指定 重要文化財 羽黒神社 内陣 外陣及びH22年度分木工事完了
建物廻りの回廊床しきは昨年の末で終了し、今度は内陣、外陣の床を敷いて敷居と鴨居を取り付けてH22年度の木工事は終了です。後は又新年度の予定に従って工事を進めます。H23年度で、H20年から始まった工事も一段落です。H22年度の工事の最大の作業は屋根の茅葺きの工事です。今回のような面積と技巧の伴った屋根を、差し茅でなく全解体をして、新しく作り直すと言う工事は県内でも珍しい大工事で、茅葺きの技術の保存のため大事な仕事です。
此れからの作業を次回より順を追って御案内致します。
内陣の床板を張る前の根太掛けです。今ですと三尺ピッチで大引きが入りますが、昔の建物の床は根太を太い丸太を使い、一面とって床板を馴染ませ施工します。
床板を張ってる所です。板の狂いを調整すると、最後に板が間に合わなく成り補充します。
あらかた床板が敷き詰められ敷居と鴨居を納めます。
床板が張り終わりまして交換すべき板は取替えて、最後の調整をします。
新しく取り替えた板は後日塗り師によって古色仕上げを施し、テープが貼られてる部分は虫が食った所で、此れもまた詰め物をして回りと馴染ませます。
2011年01月29日
国指定 重要文化財 羽黒神社 屋根茅下地 母屋及び垂木取り付け完了
私共が仕組んだ合掌梁の上に熊谷産業の人達が、丸太の母屋を一定間隔に固定します。
此れからの屋根の見せ所、向拝と東側切り面の大事な所です。母屋の上に垂木を掛け、其接点も釘は一切使用せず、手で編んだ藁縄で合掌から母屋、母屋から垂木と全て古来のやり方で仕組みます。
垂木も全部取り付けられ後はいよいよ建物全体のデザインを左右する茅葺きの開始です。最近珍しい寺院の差し茅でなく、全面作り変えを工程を追ってお知らせ致します。2010年12月20日
国指定 史跡 上杉治憲敬師郊迎跡 普門院山門屋根差し茅工事完了
敬師郊迎跡 普門院山門差し茅を十二月七日より工事が始まりました。初日は 写真の様に何とか天気は持ちましたが、後は雪国の米沢では仕方の無い話ですが、雪に見舞われまして、施工が大変でした。当山は鷹山公が細井平州先生が米沢に来られた時、城から出て迎えに来られまして先生とお会いした場所です。
全国で史跡は沢山有りますが、場所に指定を受けたのは此処だけだそうです。
工事始は写真の様に天気に恵まれ、工事も快調に進んだのです。
中盤から御覧のように雪に見舞われ、仮設の屋根を作って雪を凌ぎながら施工しました。
大体の茅も収まりまして、雪の中で茅表面の微調整を神経を払って綿密に行ってるところです。
平成二十二年十二月十八日に施工が終わり足場を取り払い、江戸後期に作られた当時の姿に生まれ代わりました。2010年12月04日
国指定 重要文化財 羽黒神社 回廊床張り工事完了
東側の板が大分痛んでましたので多く交換しました。
一枚ずつホゾでつなぎ、上からは全くおさかないのです。
西側の板敷き完了です。
板を敷いて最初から納めると、新しく交換した板がつまる恐れがあるので後日最後に一枚だけ巾を合わせて納めます。
向拝の所のおさまりです。来年度の工事で階段及び欄干が付くので、今年度は此処までで終わりです。
見事に張りあがった回廊の床です。2010年10月23日
国指定 重要文化財 羽黒神社回廊地束立て完了
回廊工事も板張り直前の基礎石を固定し直し、地束の根継ぎ、そして僅かな隙には鉛を敷いてレベルを合わせ、束に貫を通しレベルを合わせた束を完全に固定します。いよいよ床板の敷き込みに入るばかりです。
回廊の束の鉛での調整も、下に示した写真の様に、束の太さに合わせて、鉛を型に流し込んで製作しました。手の混んだ手間の掛かる仕事です。
根継ぎを鉛で施した所です。土台石との接点の癖を取り、其れを受けて鉛を溶かし、型に流し込み寸部の隙も無く収めました。
地束を貫きで固めた所です。束と貫きも数箇所、年数が経っているものですから腐って再使用が出来ないので、新しい材料と交換しました。
角の所です。上に敷く板も45度に切断してとめを合わせます。
向拝の所の地束組です。頭貫きの所に正面階段が取り付けられます。頭貫きと階段の側板の接点が不明確で流石の文研協の担当の方も苦慮してるようです。2010年10月09日
国指定 重要文化財羽黒神社 回廊部分仕組み直し 地束根継ぎ及び鉛詰め
工事も進み屋根工事は茅葺きをするばかりと成り、木工事はいよいよ下のほうに下がって回廊の板敷き、床張り、壁板張り、天井上げを残すのみとなりました。先ず最初に回廊の板敷きから入ります。
板を敷く前の作業として地束の不陸の調整から入ります。長くく根継ぎが必要な所は木材で調整しますが、ミリ単位の所は鉛を使用して、高さを調整します。

高さを見る場合い、もとのの地束を立てて見て高低を計り、地束一本一本の数値を計り、其れから木材を刻みます。
刻んだ木材を地束に継ぎ足して水平にします。
誤差の少ないところは鉛を型を作って流し込み、微調整をして納めます。
鉛取り付け後、地束とずれると悪いのでビスで固定します。2010年10月02日
国 指定 重要文化財 上杉家墓所及び全体整備工事完了。平成22,10,1、 本工事H,6,~H19, 整備工事H,20,〜H,22,
上杉家の墓所整備工事も、平成二十二年十月一日 AM 9時、資料館のオープンをもって、平成六年〜平成二十年の三月まで十四年間、国と県と市の指導のもとで続いた仕事を無事終了し、米沢市指導の下で平成二十年〜二十二年十月一日まで行われた工事も、今日を持って、延べ十六年間続いた工事が見事完成しました。

全体の各廟の配列、及び施工年度。
初代 謙信公の廟です。元は上杉城内に有ったのですが、明治になってから現在の場所に移されたそうです。廻りの石垣も痛みが激しくなったので、全部解体し、下地を鉄筋コンクリートで固め其の上に亀甲型の石を張り直しました。上の白壁も海苔を使わず、わらを当時のままの工法で加工して施工しました。
逝去 1578,34,29
二代 景勝公の廟です。現在建っている御堂の中では、一番古いのですが、材質が欅材を使用していたので、建物の傷みは一番少なく上げ屋をして桁下を半解体して、屋根は部分補修をし、割り木葉の上に銅板を貼り直しました。 逝去 1623,4,19
三代 定勝公の廟です。彫刻に彩色された形跡が見られたので、赤外線カメラを使って調べていた様です。逝去 1645,10,29
四代 綱勝公の廟です。右側の廟は二代の景勝廟ですが、建物の間も一段と広く確保されてます。逝去 1664,6,30
五代 綱憲公の廟です。左側の定勝廟との間もたっぷり空地を取られてますが、それ以降は狭くなっております。逝去 1704,7,3
六代 吉憲公の廟です。減封されたので堂も少し小振りになりました。逝去 1722,6,14
七代 宗憲公の廟です。逝去 1734,6,14
八代 宗房公の廟です。逝去 1746,9,26
九代 重定公の廟から屋根が変り寄棟となり、露盤宝珠を取り付け、埋葬八代までは火葬にし、御骨は高野山に埋葬しこちらには灰と遺物を埋葬したのですが、鷹山公の儀父になる方なので、火葬にするのは忍びないと土葬にし、屋根の形を変えたのです。逝去 1798,5,11
十代 冶憲公(鷹山)の廟です。作られた順で行くと諸堂の中では新しい方なのですが(180数年前)材料がお粗末で一番先に限界に達しましたので最初の工事でした。作業中に気付いたのですが材料は一番お粗末ですが、継ぎ手や仕口等がとても精巧に作られ当時の工匠の心意気を感じました。逝去 1822,5,3
世子 顕考公の廟です。鷹山公のご子息で上杉家の家督を受ける直前(19歳)で、ほうそうで亡くなられたのです。小振りな御堂で各殿様よりも一段後退して、謙虚に祭られております。逝去 1794,2,4
十一代 冶廣公の廟です。逝去 1822,10,25
十二代 斉定公の廟です。逝去 1839,3,16
砲水銃を設置した所です。広い境内に数箇所配管をして設置しました。其れから大きなポンプ庫と大容量の貯水槽を地下に設置して其処から配管でつなぎました。
十二代の城主の御堂と、世子 顕考公の御堂合わせて十三棟全てが完成したすがたです。
資料館です。各廟の工事中に出た貴重な物を展示しております。鷹山公の遺品なども多数展示されております。
受付の社務所です。古い社務所を大改装して、新しく再生をしました。
墓所全体の入り口に有る門です。以前の門は間口が小さいので火災や其の他、緊急の場合いの車が進入出来ないので、旧の門を忠実に拡大して製作しました。
上杉家の菩提寺 法音寺住職様による資料館落成の御払いをしてる最中です。
吉田建設の社長が皆様に延べ16年に及ぶ工事をさせて頂いたことに深く謝辞を述べているところです。
全て工事が完了し新装成った参道を通して各廟を見たところです。整然と整備された所設備と古代杉に囲まれた各廟の殿様が安らかに鎮座されますことを祈って。2010年09月04日
国指定 重要文化財 羽黒神社 小屋組の合掌補強工事
屋根の木組みも進み、最終段階に入りました。茅を葺く下地になる、母屋を止める合掌の取り付けが最終完了しまた。後は屋根葺きの工事です。
素屋根が掛けられているので、中は40度以上位に成るので、氷水を置いたり、塩や梅干を熱中症予防の為になめたり、飲んだりしながら全身汗だらけで、作業しています。
四隅に掛かる隅桔木の先端が設計では良かったのですが、屋根やの方からクレームが付きまして、先端の方を15センチほど低くしてくれとのことで、大変難儀しました。
写真の様に二本の桔木を金物で緊結し、更にボールトで閉じたのを、金物とボールトを取って桔木を削り再度組み立てるのです。
其の上に隅の合掌が入ります。桔木の先端も削り取られボルトでとじられ、綺麗に収まりました。
向拝両側の合掌が3メートル程既存の建物は、飛んでましたので非常に弱いと言うことで両側に1本ずつ新しい物を補強の意味で入れました。
破風も収まり合掌も収まり、小屋組みはひと段落致しました。後は屋根葺きを待つばかりです。
2010年08月27日
国指定 重要文化財羽黒神社 破風三箇所取り付け及び合掌取り付け完了
屋根の工事も、木工事の方は最終段階に入りました。妻側の破風二箇所(東と西) 其れから向拝正面の破風、いずれも千鳥の破風で優美な形をしています。さすが建設当時の工匠が魂を込めて製作したことが、肌で感じました。
妻側の破風の収まりです。懸魚 樽の口 紅梁 と荘厳な彫り物が付けられています。
向背の上の千鳥破風です。屋根が茅葺きなので収まりが見当付かず、最終の形は茅が葺かれないと解りずらいと思います。
木組みが進み合掌に付いてる小さな木の栓の様な物に、今度は母屋が掛かります。
軒回りも出来上がり後は屋根葺きさんの出番を待つばかりとなりました。
2010年08月12日
2010年07月30日
国指定 重要文化財 羽黒神社検討委員会 H22,7,28、行われる。
羽黒神社の検討委員会が去る七月二十八日、羽黒神社の現場で上杉様を始として、各大学教授の方並びに諸担当の方の御出席で行われました。とても暑い日だったので、各委員の先生方も大変苦労されました。
検討委員会が始まるところです。上杉様も皆様と一緒に説明を受けて居られました。
米沢市の埋文センターで地下の調査をしました。三層に地層が別れてるのが調査の結果解りませた。
写真では解り難いですが、三層に成ってる地層です。過去に三度建物が改修され現在に至ってる事が立証されました。
文研協の方から、今度は建物の進行状況の説明を受けて、御一同熱心に聞き入っていました。2010年07月23日
国指定重要文化財 羽黒神社 桔木より飛燕垂木を金物で緊結終了
工事も軒先の補強と言うことで、既存の桔木の外に、新しく追加して更に細かく桔木を入れました。飛燕垂木をとぅして桔木に力を伝える金具は、今ではボールトで簡単に吊りますが、建立当時はタップ ダイスも無くボールト其の物がなかったと言うより、製作する技術が無かったので、写真の様な建立当時の金物を、専門の業者に製作を依頼して組み立てました。
写真に表示されて居ますが、建立当時の金物です。今と違ってネジではなく、平金物ですので、長さの誤差は3ミリ以内でないと収まりません。
桔木に納める所の閉め金具を入れた所です。金具の先が傾斜が付いてますが、其の斜めの寸法(3ミリ)が吊り金具のグリアランスです。
飛燕垂木を吊った金具の化粧面です。現在の様にナットで其の上に飾り金具を被せれば、同じ様に見えるのですが、創建当時の工法で、と言うことなので、施工精度は3ミリ以内でないと収まらないのです。金具一つまで当時の物を忠実に再現して施工してます。2010年07月16日
国指定重要文化財 羽黒神社例大祭 H,22,7,14、〜15、
平成22年7月14日〜15日に掛けて羽黒神社の夏祭りです。
14日が夜祭りで、15日が昼祭りです。14日は氏子の老若男女が総出で神輿やら稚児の行列やらで、大変賑やかです。
夜は神社の境内で皆のノド自慢です。老いも若者も又小さい子供達も、各々自慢のノドを披露します。
お祭りの前日氏子皆で会場設営です。
いよいよお神輿の出発です。子供の樽神輿を先頭に、総出で長い行列です。
可愛い子供たちも、紅白の紐を引っ張って樽神輿のお手伝いです。
青年部の笛でお囃子を、取りながらの行列です。
古くから神社に伝わったお神輿です。今では重くて青年部の若者の数も少なくなったので大変な作業です。
行列も終わり後は皆のノド自慢大会を待つのみです。此れだけ大勢でのお祭りは最近珍しくなりました。2010年07月14日
国指定 重要文化財 羽黒神社三期目 工事開始(三年目)回廊、床張り、天井上げ 屋根の梁組其の他、
後は屋根の茅葺きが主な仕事です。魂を込めて誠意を込めて、恥ずかしくない仕事をさせて頂ます。
回廊の床板です。古い板が朽ちて使用出来ないので新しい材料で補足します。何しろ厚みが8cmもある厚い床板なので、加工が大変です。
回廊床板角の収まりでです。古い建物の癖を受けて、原寸に合わせて角を納めます。
新しい材料と古い材料とが交互に仕組まれます。建物全体にに合わせる為に、古い建物の原寸をおこし、其れに合わせ、実際の床板を敷き詰め原寸図と合わせ加工します。
古い材料も新しい材料に挟まれて再度命を長らえて、又数十年の命を吹き返します。












