とうとうこの日がやって来た。
日本国国王にして真格闘神、『最強』の名を欲しいままにする男・志賀賢太郎様。
対して、志賀様の師匠でありプロレス界のキング、超絶唯一無二絶対究極最強格闘神な男・三沢さん。
世界どころか宇宙でも最強と称されるこの二柱が、今宵遂に激突するのだ。
新型コロナウイルスを死滅させる効果さえあるといういわくつきのこのカードに、日本列島は対戦決定時から沸きに沸いた。
国立競技場10万人ワンマッチ興行のチケットは、発売1分で完売。
志賀様と三沢さん、一体どちらが強いのか?
この格闘ロマンの道の果てを見逃すような馬鹿は、世界中に誰一人として存在しなかった。
歴史的一戦はペイパービューでも中継されることとなり、50億人が購入するという前代未聞の事態に発展。
『コロナを消滅させる』という事実が拡散されたため、このような次第となったようだ。
そして、遂に、とうとう。
試合開始の時刻を迎えた。
マスクを着けている者が皆無な三密国立競技場が、超満員札止めの観客で埋まっている。
コロナウイルスなど、もはや志賀様と三沢さんの敵ではなかった。
それが証拠に、発熱するもの、咳をするものはゼロである。
皆、立錐の余地もないパンパン詰めの会場で、静寂を持ってリングに注目していた。
舞台が暗転し、リング上でたたずむアナウンサー、ケロちゃんが肺活量を誇示した。
「それではただ今より、時間無制限一本勝負を行います。まずは青コーナーから……師匠、恩返しさせていただきます。天下無敵のジョイントクラッシャー、日本国国王、真格闘神――志賀賢太郎様入場!」
夜の静寂が突き破られ、悲鳴のような歓声が爆発する。
パイロが轟音を吐き出し、花道奥の入場ゲートにお姿を現したのは、紛れもない志賀賢太郎様。
その装束は黒色。
三沢さんカラーであるグリーンを消し去る使者として、この色を選んだのだろう。
名曲『TRADITION』が爆音で流れる中、真格闘神である男は悠々とリングへ向かう。
さすがに大一番中の大一番だけに、その表情はこれまで誰も見たことがないほど険しかった。
凄まじい気合いと覚悟がオーラとなって放出され、それにあてられた観衆は必死にかのお方を賛美する。
「あなたこそが最強です!」
「三沢さんを倒してください!」
「決めろ『志賀絞め』!」
志賀さまには10万人の観客からおひねりが投げ込まれたが、どれも最高額の一万円札を折り畳んだものなので、当たっても痛くはない。
そして志賀様、堂々とリングイン。
ロープに背もたれて、その張り具合を確かめた。
再びスポットライトがケロちゃんに集中する。
「赤コーナーより、『絶対勝つ、絶対負けない。何故なら俺が最高の格闘神だから……!』。究極絶対唯一無二最強格闘神、三沢光晴さん入場!」
パイロが再び鼓膜を痛打する轟きを発する。
最強の曲・『スパルタンX』をバックに、入場口に勇んで登場したのは、緑のタイツのお姿。
三沢さんその人である。
ポーカーフェイスか、超大舞台にも気後れした様子もなく穏やかな顔つきだ。
ヒョードルやミルコを一蹴した戦いの天才は、相手が恐るべき後輩・志賀様でも平常心を保てるらしい。
「三沢さん、時代を渡すな!」
「きついエルボーをかましたれ!」
「カッコよすぎる!」
観客の声援と投げ込まれるおひねりを背に受け、三沢さんは唇を引き結んで花道を進んでいった。
その勇姿の神々しさたるや!
紛れもない戦士がそこにいた。
そしてとうとう、三沢さんリングイン。
ここで志賀様が動いた。
三沢さんに近づき、額を付き合わせて睨みを利かせたのだ。
もちろん三沢さんも一歩も引かず、真正面から視殺戦に応じる。
王者同士の貫禄あるメンチ切り。
国立競技場はこれだけで大騒ぎで、両者へ等分に応援が巻き起こった。
それは乱気流のように大会場を隈無く席巻する。
やがて両者はどちらからともなく別れた。
それぞれガウンを脱ぎ、付け人の丸藤正道に渡す。
期待と興奮が入り交じって、見えない竜のごとくリング内外をのたうち回った。
そして、ゴングが打ち鳴らされた。
午後8時ジャスト。
志賀様対三沢さんの、究極の戦いの火蓋が、切って落とされた。