よなぷーの無駄喋り

2020年07月

とうとうこの日がやって来た。

日本国国王にして真格闘神、『最強』の名を欲しいままにする男・志賀賢太郎様。

対して、志賀様の師匠でありプロレス界のキング、超絶唯一無二絶対究極最強格闘神な男・三沢さん。

世界どころか宇宙でも最強と称されるこの二柱が、今宵遂に激突するのだ。

新型コロナウイルスを死滅させる効果さえあるといういわくつきのこのカードに、日本列島は対戦決定時から沸きに沸いた。

国立競技場10万人ワンマッチ興行のチケットは、発売1分で完売。

志賀様と三沢さん、一体どちらが強いのか?

この格闘ロマンの道の果てを見逃すような馬鹿は、世界中に誰一人として存在しなかった。

歴史的一戦はペイパービューでも中継されることとなり、50億人が購入するという前代未聞の事態に発展。

『コロナを消滅させる』という事実が拡散されたため、このような次第となったようだ。

そして、遂に、とうとう。

試合開始の時刻を迎えた。

マスクを着けている者が皆無な三密国立競技場が、超満員札止めの観客で埋まっている。

コロナウイルスなど、もはや志賀様と三沢さんの敵ではなかった。

それが証拠に、発熱するもの、咳をするものはゼロである。

皆、立錐の余地もないパンパン詰めの会場で、静寂を持ってリングに注目していた。

舞台が暗転し、リング上でたたずむアナウンサー、ケロちゃんが肺活量を誇示した。

「それではただ今より、時間無制限一本勝負を行います。まずは青コーナーから……師匠、恩返しさせていただきます。天下無敵のジョイントクラッシャー、日本国国王、真格闘神――志賀賢太郎様入場!」

夜の静寂が突き破られ、悲鳴のような歓声が爆発する。

パイロが轟音を吐き出し、花道奥の入場ゲートにお姿を現したのは、紛れもない志賀賢太郎様。

その装束は黒色。

三沢さんカラーであるグリーンを消し去る使者として、この色を選んだのだろう。

名曲『TRADITION』が爆音で流れる中、真格闘神である男は悠々とリングへ向かう。

さすがに大一番中の大一番だけに、その表情はこれまで誰も見たことがないほど険しかった。

凄まじい気合いと覚悟がオーラとなって放出され、それにあてられた観衆は必死にかのお方を賛美する。

「あなたこそが最強です!」
「三沢さんを倒してください!」
「決めろ『志賀絞め』!」

志賀さまには10万人の観客からおひねりが投げ込まれたが、どれも最高額の一万円札を折り畳んだものなので、当たっても痛くはない。

そして志賀様、堂々とリングイン。

ロープに背もたれて、その張り具合を確かめた。

再びスポットライトがケロちゃんに集中する。

「赤コーナーより、『絶対勝つ、絶対負けない。何故なら俺が最高の格闘神だから……!』。究極絶対唯一無二最強格闘神、三沢光晴さん入場!」

パイロが再び鼓膜を痛打する轟きを発する。

最強の曲・『スパルタンX』をバックに、入場口に勇んで登場したのは、緑のタイツのお姿。

三沢さんその人である。

ポーカーフェイスか、超大舞台にも気後れした様子もなく穏やかな顔つきだ。

ヒョードルやミルコを一蹴した戦いの天才は、相手が恐るべき後輩・志賀様でも平常心を保てるらしい。

「三沢さん、時代を渡すな!」
「きついエルボーをかましたれ!
「カッコよすぎる!」

観客の声援と投げ込まれるおひねりを背に受け、三沢さんは唇を引き結んで花道を進んでいった。

その勇姿の神々しさたるや!

紛れもない戦士がそこにいた。

そしてとうとう、三沢さんリングイン。

ここで志賀様が動いた。

三沢さんに近づき、額を付き合わせて睨みを利かせたのだ。

もちろん三沢さんも一歩も引かず、真正面から視殺戦に応じる。

王者同士の貫禄あるメンチ切り。

国立競技場はこれだけで大騒ぎで、両者へ等分に応援が巻き起こった。

それは乱気流のように大会場を隈無く席巻する。

やがて両者はどちらからともなく別れた。

それぞれガウンを脱ぎ、付け人の丸藤正道に渡す。

期待と興奮が入り交じって、見えない竜のごとくリング内外をのたうち回った。

そして、ゴングが打ち鳴らされた。

午後8時ジャスト。

志賀様対三沢さんの、究極の戦いの火蓋が、切って落とされた。

我々は夢でも見ているのだろうか。

平成から令和にかけて最強と呼ばれた二人――志賀様と三沢さんが、金屏風の前でカメラのフラッシュを大量に浴びているのだ。

そう、今日は『志賀様vs三沢さん』の試合直前記者会見。

かたや日本国国王にして真格闘神の志賀賢太郎選手。

かたや究極絶対唯一無二最強格闘神の三沢光晴選手。

格闘技界の頂点に君臨する、世界、いやさ宇宙の支配者たちが、遂に激突するのだ。

数日後の国立競技場で……

カメラに向かって拳を固め、ファイティングポーズを決めるスーツ姿の両雄。

まさに神様の共演だ。

付け人の丸藤正道が制限時間を告げ、ひとときの撮影会は終了した。

颯爽たる二人の猛者は、長机の両端にある椅子に座って、マイクと記者陣に向き合う。

もうこの時点で、感激で涙するもの多数だった。

遂に、遂に現実化するのだ。

志賀様対三沢さんという、究極の黄金カードが。

しかし取材をする記者である以上、読者や視聴者に最新の情報を伝えねばならぬ。

マスコミ各社は席に着き、付け人の丸藤正道の司会で、記者会見の準備を整えた。

まずは志賀様から意気込みを語る番だ。

志賀様がマイクに顔を近づけ、急に静寂を迎えた室内に、朗々たる声を発する。

志賀様「いちプロレスラーとして、伝説のレスラーである三沢光晴選手とあいまみえるかと思うと、今から武者震いがして止まりません。僕の憧れ、プロレス/格闘技界のトップ中のトップ、三沢さん。おそれ多いと同時に、とうとう自分もこの域まで来たかと、ある種感無量です」

記者「やはり長かったですか?」

志賀様「はい。本当に長かった。三沢さんはこの11年間、東京ドーム地下闘技場で338勝を積み重ねられたと聞きます。今が最盛期なんだろうなと感じます。その最高に強い伝説の男、三沢さんのステージに到達するにはどうしたらいいか。悩みに悩み、様々な相手との戦いでヒントを得るべく、日々を費やしてきました。そして三沢さんからの対戦要求。その話をいただいたときは、自分がやって来たことが間違ってはいなかったのだと、泣いて喜びました」

記者「世界中のファンが待ち望んでいた対戦です」

志賀様「はい。ファンの方々からは、この戦いの実現の報で、激励の言葉を多数いただきました。反対に、三沢さんのファンから誹謗中傷が届くようになりました。今は複雑な思いです」

記者「試合に臨むにあたってどんな心境ですか。ドキドキですか、ハラハラですか?」

志賀様「そうですね、やっぱりワクワクですかね。磨きに磨いた僕の技の数々が、果たして格闘神に通用するか。パワー、スピード、テクニック、スタミナ。宇宙最強のプロレスラー相手にどこまで張り合えるか、ワクワクしています」

続いて三沢さんのインタビュー。

記者「とうとう志賀様をお認めになられました。やはり今までの志賀様の活躍を注視なされていたのですか?」

三沢さん「そりゃあもちろん。はっきり言って、彼がここまで伸びてくるとは思わなかったよね。志賀が全日本プロレスに入団してきたときは、よくいる雑魚かと見下していたよ。まさか真格闘神にまで上り詰めるとはね。ぶっちゃけ、ここ最近は戦いたくて戦いたくてしょうがなかったよ」

記者「やはりヒョードルやノゲイラやミルコごときでは、三沢さんの心の琴線に触れることはできなかったのですね」

三沢さん「彼らは八百長で生きてるからね。地下格闘技場で対戦してやったけど、俺にとっては暇潰しにもならなかったよ。はっきり言って、志賀が今は世界最強だよ。これだけは断言できるね」

記者「その志賀様と国立競技場で戦います。意気込みはどうですか?」

三沢さん「もちろん俺が勝つよ。時代はまだまだ渡さないつもりだから。ぶっちゃけ、俺のエルボー地獄に志賀が耐えられるとは思ってないからね。まあ軽く10分でKOかな。志賀が倒されるところ、見たいでしょ?」

記者「正直、この二人の戦いに決着がつくことが、どちらかが勝者となりどちらかが敗者となることが、今は恐ろしくもあり楽しみでもあります」

三沢さん「だよね。……おい志賀、試合では全力でこいよ。手を抜いたら絶縁だからな」

志賀様「もちろんです。胸を借りる、なんて殊勝な気持ちはさらさらありません。全身全霊をもって三沢さん、あなたをマットに沈めてみせます」

三沢さん「よく言った。後で泣き言を抜かすなよ。ちなみに握手はしないからそのつもりでな」

志賀様「はい。お互い健闘しましょう

記者「お二人にお聞きします。この戦いは国立競技場ワンマッチで、観客10万人を動員する予定です。新型コロナウイルスに勝てますか?」

志賀様「もちろんです。僕と三沢さんの激突を見たなら、コロナなんて浄化されてしまいますよ。当日はマスクを着けず、三密上等で観戦してください

三沢さん「やっぱり声援は聞きたいからね。思いっきり叫んで、贔屓の選手を応援してほしいよね。それがプロレスラーには何よりの力になるからね、ぶっちゃけ」

記者「お忙しいところありがとうございました。当日を楽しみにしております」

そして再びフラッシュの洪水が室内を飲み込んだ。

志賀様vs三沢さん。

勝つのは果たしてどちらの格闘神か?

実現に向けて動き出している『志賀様vs三沢さん』。

一方の当事者である三沢さんには、具体的な対戦欲求と、国立競技場10万人での「コロナウイルス落とし」という目的が存在することが報じられた。

ならばもう一方、日本国国王である志賀様はどうか。

我々マスコミは、原チャリをノーヘルで走らせている志賀様を発見し、時間を取らせていただいた。

記者「三沢さんはやる気満々です。志賀様はどうですか?」

志賀様「もちろん師匠超えに意欲がないわけないです。むしろ『ついにこのときが来たか』という感じですね。はっきり明言しますが、僕こと志賀賢太郎は、三沢光晴さんと一対一で対戦します」

記者「おお……っ! 志賀様もやはり、逃げも隠れもなさらないわけですね」

志賀様「そりゃそうですよ。地上最強、『化け物』の異名を持つ三沢師匠が相手ですから。たとえ敗けたとしても、全力で当たることは僕に課せられた使命です。この決意の前には、きっとコロナウイルスも尻尾をまいて退散しますよ。間違いなくね」

記者「当日はどちらかが脱糞・失禁するまで戦い続ける、通称『青木真也バウト』が予定されているとか……。これは本当ですか?」

志賀様「いえ、そこまで徹底して潰し合うことは本望ではありません。それに、僕も三沢さんも、意地でも脱糞・失禁はしないでしょうし。ごく普通にプロレスルールで戦うことでしょう。僕らはプロレスラーなんですからね」

記者「これは失礼しました。さて、三沢さんとやり合うとなると、当然タイガードライバー91やエメラルドフロウジョン、どうたぬきの被弾も覚悟せねばなりません。志賀様の首の古傷が爆発することも考えられますが」

志賀様「それは確かに眉をしかめるポイントですね。首を折られたら、今度こそ車椅子生活になりかねない。ひょっとしたら命を落としさえするかもしれない。……ですが、戦う前から敗けること考える馬鹿はいませんよ。何とか完璧な受け身を取って、スリーカウントを回避するよう心掛けるつもりです」

記者「他方、志賀様には『パーフェクトホールド』こと『志賀絞め』や、スパイラル・シガ・シューターがあります。ぜひとも三沢さんに決めたいですね」

志賀様「志賀絞めが決まれば100%僕の勝ちですね。ただそれ故に警戒され、決めるのは厳しいとにらんでいます。まあ、当日になったら僕の頭に閃きが浮かんで、何とかしてくれるだろうと予感しています」

記者「インタビューに応じていただき、誠にありがとうございました。今日はこれからどちらへ?」

志賀様「コロナウイルス関連で東京都知事と会談する予定です。じゃ、僕はもう行きますので。今度は正式な記者会見の場でお会いしましょう」

そういって志賀様は、ノーヘルで原チャリを走らせて去っていった。

『志賀様vs三沢さん』の実現か、という衝撃情報から数日。

我々取材班は、列島を揺るがすこの二人の戦士のうち、三沢さんと接触することに成功した。

三沢さんは2009年6月13日に影武者がリング禍で亡くなったため、地上の世界に出られなくなった。

そのため憂さ晴らし代わりに、東京ドーム地下3階格闘技場で連日総合の試合を行っている。

その戦績、11年で338戦全勝。

ヒョードルなどの薄ら馬鹿は一人で10敗もしているらしい。

それはともかく、真の三沢さんは志賀様関係の一報が出てからというもの、地下格闘技場にすら姿を見せなくなっていた。

しかし我々西京スポーツ新聞社は、ある独自ルートを使って三沢さん本人への取材に成功した。

記者「日本国を揺るがしておきながら、一人地下に潜伏するとは、三沢さんも罪なお人だ」

三沢さん「はっきり言って、東京ドーム地下8階のプライベートスペースを訪ねてきたのはおたくらが初めてだよ。こうなったら仕方ないね、何でも喋るとするか」

記者「ではまず肝心要な事から。志賀様と対戦なさるのですか?」

三沢さん「うん。ぶっちゃけ、俺の中ではもう決定事項だよね」

記者「なぜこのタイミングで?」

三沢さん「分かってるくせに。……コロナ退治だよ」

記者「やはり……! 三沢さんと志賀様の試合を行うことで、日本から邪気である新型コロナを追い払うのが目的なのですね」

三沢さん「うん、俺と志賀の戦いなら、それに熱狂する格闘技ファンたちなら、まずそれは成功間違いないよね」

記者「場所はやはり国立競技場ですか」

三沢さん「10万人、客を入れて盛大に開催するよ。俺と志賀の対戦ならワンマッチ興行になるだろうね」

記者「全世界が注目し、莫大な金が動くと思われますが……」

三沢さん「はっきり言って、コロナダメージで落ち込みが激しい日本にとって、ほんの少しでも救いになればなあ、とは思うよね。まあ史上最大のPPVになることは確定的だよね」

記者「その割には少し浮かない顔をしておられるようですが……」

三沢さん「だって、相手は真格闘神の志賀だからね。かつてNOAHで一緒に戦っていたときのあの志賀じゃない。遥かにレベルアップした究極の神だからね。まあこっちも神だけど、そりゃ敗ける場合も考えて憂鬱にはなるよ」

記者「究極絶対唯一無二最強格闘神の三沢さんでも、対戦を前に気が塞がるほど、今の志賀様は……」

三沢さん「強いよね。俺の最強の技の数々……タイガードライバー91、雪崩式エメラルドフロウジョン、どうたぬき……。総力をもって当たるしかないよ。決められるかどうか分からないけどさ」

記者「と、ともかく三沢さんは、国立競技場10万人の前で、志賀様と戦う、と」

三沢さん「うん。ぶっちゃけ、志賀も受けてくれると思うよ。……というわけで、今度は相手陣営にでも取材に行ってくれよ。俺は練習で忙しいからさ」

記者「ありがとうございました」

その一報は受け取った者の心に巨大な乱流を生じせしめた。

何と、唯一無二究極絶対格闘神・三沢光晴猊下と、真格闘神・志賀賢太郎日本国国王の一騎討ちが、近々実現するというのだ。

三沢さんといえば『PRIDEハンター』と呼ばれ、ヒョードルやミルコ、ノゲイラやシウバなどの強豪を一蹴してきた戦いの申し子。

他方、志賀様といえば、三沢さんのいなくなった地上における名うての格闘家たちを、まるで問題としてこなかった超最強な人物。

この師弟二人が、とうとう同じリングに立って向かい合う――

日本のみならず世界の格闘技・プロレスマスコミが、この世紀の一戦の情報に飛び付き、真贋を探ろうと跋扈し始めたのも自然なことだった。

プロレスリング・ノアの電話もサーバもパンクし、SNSは早くもこの話題で持ち切りとなった。

『志賀様vs三沢さん』――

これほど格闘技ファンの心を殴打するトピックも、およそ未来永劫ないであろう。

東京スポーツ新聞社はこの一戦決定の号外を配布したが、瞬く間に在庫が底をついた。

地上波テレビ各局は速報でこの話題を報じ、NHKなどはおびただしい資料から二人の歴史を振り返る特番を放映した。

本当なのか。

本当に、プロレス・格闘技ファン垂涎のカード、『志賀様vs三沢さん』は実現するのか。

夢が叶えば、コロナウイルスも死滅するという噂も早くも流れている。

志賀様と三沢さん、強いのはどっちだ。

人々は一大決戦を井戸端会議しながら、この試合の行く末に思いを馳せるのだった。

どこかでウグイスが鳴いている。

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