よなぷーの無駄喋り

2021年02月

とうとうこの日が来た。

白GHC王者にして真格闘神・志賀賢太郎様と、黒GHC王者のナチュラル・ボーン・マスターこと天才・武藤敬司。

2人がノアのリングで、しかも東京ドームのメインイベントで激突するというのだ。

プロレスファンは高まった期待感をぶつける相手を探し回り、見つかれば弁を達者に雌雄を論じる。

志賀様と武藤の会見記事を掲載した週刊プロレスは爆売れし、完売する書店が続出した。

果たして志賀様と武藤、どちらが強いのか――

日本のみならず全世界においても、人々の好奇心を刺激してやまないこの一戦は、日に日に社会の注目を集め、ついにはあのNHKが生放送するところまで行き着いた。

東京ドームに集った7万人の大観衆は、セミファイナルの渕正信対マイク・タイソンが渕のバックドロップで決着すると、手を叩いてメインを迎えた。

まずは弱い方の武藤敬司から入場だ。

名曲『HOLD OUT』が鳴り響くなか、入場ゲートに現れた武藤敬司は、いつものポーズを取ると悠然と歩み出した。

いつもなら志賀様の対戦相手をクソミソにけなすファンたちも、ベテラン中のベテラン、天才中の天才である武藤には一目置いていた。

「まあせいぜい頑張れ!」「死ぬんじゃないぞ!」「頭を丸めたのはやっぱり禿げたから?」「バクシンします!」

武藤はそんなよく分からない声援を聞きながら、膝をかばいつつリングイン。

またまたポーズを決めた。

次は強い方の志賀様の入場だ。

名曲『TRADITION』に乗って、最強の中の最強、究極中の究極たる日本国国王・志賀様が入場ゲートに姿を見せた。

この時点で大観衆は失神寸前の大興奮にうち震えた。

「志賀様ステキー!」「志賀様、不逞な輩を懲らしめてください!」「なんでそんなに最強なんですか?」「志賀様、究極過ぎます!」

志賀様に札束のおひねりが多数投げ込まれ、付け人の丸藤正道が全てを素早くキャッチした。

そして志賀様、リングイン!

レフェリーのレッドシューズ海野がなぜか仕切る中、ボディチェックが行なわれる。

中央でルール確認する際には、珍しく志賀様が武藤と視線を交錯させた。

しかしそれも一瞬のことで、2人はすぐさま両コーナーに別れる。

海野がゴングを要請し、遂に決戦の幕が開けた。

金属の響きが収まらぬ中、武藤がまずはロープにバウンドし、感触を確かめる。

志賀様はそんな武藤を睨み付けながら、時計回りにリングを歩いた。

武藤も距離を取って静かに円を描く。

そして、両者が向き合ったと見るや――

しなやかな動きで、ロックアップの体勢に入った。

志賀様と四つに組み合う武藤は、もうこの時点で汗だくだ。

自分と志賀様の力量の差を、早くも感じ取ったのだろう――天才だけに。

武藤はこのままでは両肩が脱臼してしまうと恐れたのか、志賀様を蹴って突き放した。

そして敏捷に組みつくや、ドラゴンスクリューに切って取る。

志賀様が回転し、マットに倒された。

これには観客から悲鳴が上がった。

それもそうだろう。

志賀様が様子見以外でマットに倒れるなど、三沢さん戦のほかにあり得なかったからだ。

武藤は畳み掛けた。

すかさず志賀様の足を取り、四の字固めに入る。

だが武藤の攻勢もここまでだった。

志賀様がこの攻撃を予期していたか、瞬時に裏返ったのだ。

そう、四の字固めは裏返ると、仕掛けた方が痛くなる技なのだった。

ピンチから一転、優位に立った志賀様に、熱い声援が送られる。

「いいぞ志賀様!」「武藤の人工関節を破壊しちゃってください!」「カッコ良すぎ!」

武藤はそれでも粘り、サードロープに何とか逃れた。

海野の助けで絡み合った足が外される。

志賀様は悠然と立ち上がった。

一方の武藤はもうボロボロで、ロープにすがって何とか身を起こす。

志賀様がとどめを刺そうと、近づいた時だった。

武藤が低空ドロップキックを志賀様の膝に叩き込んだのだ。

どうやら死に体は偽りだったらしい。

志賀様は右膝をついてしゃがみこむ姿勢になった。

これを逃さぬ武藤ではない。

シャイニングウィザード!

武藤の右膝が志賀様の左側頭部に炸裂した。

大観衆から恐怖の叫びが上がる。

だが、それは見間違いだった。

何と志賀様は、武藤の膝をギリギリ両手で弾き返していたのだ。

武藤は完全に膝を破壊され、泣きながら倒れこんだ。

志賀様は武藤を裏返し、STFを仕掛ける。

まさか、これは――!

場内は興奮のるつぼと化した。

志賀様がSTFから片羽絞めに移行し、ぐるりと反転する。

仰向けに武藤を絞め上げた。

これぞ伝説の秘奥技、究極の必殺技、『志賀絞め』だ!

武藤はその手の平で超高速タップし、海野レフェリーはゴングを要請した。

2分15秒、志賀様のギブアップ勝ちである。

東京ドームは揺れに揺れ、拍手喝采が天井を破壊せんばかりだった。

武藤は黒GHCベルトを意地汚く抱き締めながら、担架で運ばれていった。

志賀様と戦って脱糞しなかった一般レスラーは、オカダ、棚橋に続いて3人目である。

場内からは健闘を称える武藤コールが湧き起こった。

だがそれも、志賀様がリングでマイクを手にすると静まり返る。

志賀様「今日は皆さん、ご来場ありがとうございました! ベテランの武藤さんと戦えて、勝つことが出来て、最高の気分です!」

大観衆は陽気に『志賀様』コールする。

志賀様「ありがとうございます! 僕はまだまだ、この白GHCを守り抜いていく所存です! これからも応援よろしくお願いします!」

ファンの中には、『志賀絞め』を生で見ることが出来て、嬉し泣きするもの多数だった。

武藤のことなどもはや忘れ去っている。

悲しいが、格闘技とはそういう世界なのだ。

志賀様「ではいきますよ皆さん! いち、にい、さん、シガーっ!」

このコールに大観衆も声を合わせて思いっきり叫んだ。

東京ドームは何度目かの揺動で嬉しそうにきしむ。

志賀様「では皆さん、また観に来てください! それでは!」

志賀様がいれば、大丈夫。

コロナも武藤も敵ではない。

そんな当たり前の事実が、当たり前に展開されたことを、誰もが喜んだ。

やっぱり志賀様最強!

どこかでウグイスが鳴いている。

高級ホテル『ドラディション』一階鶴の間において、志賀様と武藤敬司の対面記者会見が行なわれた。

金屏風をバックに両名が椅子に着席し、長テーブルに置かれた無数のマイクに向かって抱負を語る。

マスコミ陣は800名を超え、この一戦が全世界規模で注目されていることを如実に語っていた。

武藤「俺もう58だけど、何て言うかさぁ、まだまだやれると思うんだよね。ノアに入団したことだし、骨の髄までしゃぶってくれよと皆には言いたいね」

記者「相手は宇宙最強の志賀さまですが」

武藤「俺の技を全部受けてくれると思ってるからさ、すかさないでほしいんだよね。……こうして近くで志賀様を見ると、物凄い余裕っていうかね。オーラみたいなものを感じるよ。試合当日が待ち遠しくてたまらないね。まあ、俺からはそんなところかな」

記者「では、続いて志賀様、どうぞ」

志賀様「還暦間近のプロレスラーが、ノアの至宝である黒GHCを巻いたっていうのは、かなり衝撃でしたね。僕は白GHCの王者ですが、王者対決ということで、今から腕をぶしています。ここまで対戦が楽しみだというのも、今までなかったことです。当日は武藤選手の技を存分に受けて、楽しみたいと思います」

記者「勝ったら黒GHCを巻くのですか?」

志賀様「いや、タイトルはかけない方がいいでしょう、お互いに。ベルトを巻くのはプロレスラーの夢ですが、それで露骨な権力争いに発展してしまっては最悪です。いちプロレスラーとして、相対したいと考えています」

記者「恐らく武藤選手は、志賀様の苛烈な攻撃の前に脱糞すると思うのですが、その辺りは」

志賀様「それは……」

武藤、遮る。

武藤「おいおい、いつから俺が脱糞魔になった? 志賀様と闘ってひどい目に遭わされても、脱糞だけはしないと約束するよ。志賀様には存分に攻撃してきてくれと言いたいね」

その後、両者はカメラマンに向かって至近距離でファイティングポーズを取った。

フラッシュの瞬きが物凄いなか、2人はにこやかに取材陣の要求に応じた。

武藤敬司は志賀様を身近に感じても、失禁も脱糞もせず、むしろ余裕さえ浮かべてたたずんでいる。

本当に強いからなのか、それとも感受性が磨耗しきっているのか、報道陣にはよく分からない。

ともあれ、東京ドーム決戦の行く末はいかに?

新GHC王者・武藤敬司の対戦要求を突きつけられた格好の志賀様が、記者団の前にお姿を現した。

志賀様は日課となっているヒョードルとの対戦を終え(志賀様の4530勝無敗)、タクシーでノア道場へ帰るところだった。

駆けつけた報道陣に苦笑した志賀様は、相手にしないよう促す付け人の丸藤正道を制し、5分だけならと時間を区切って対応してくださった。

記者「潮崎選手が武藤選手に破れたことについて」

志賀様「シオもまだ若いですからね。いい勉強になったのではないでしょうか」

記者「改めて、武藤選手の戴冠について」

志賀様「GHCのベルトは強いものが巻くものですから、構わないと思います。58歳という年齢も考えると素晴らしい。悪くないんじゃないでしょうか。ただ、黒GHCを巻いたのなら、僕の持つ白GHCにも挑戦してきてくれないかな、と思いますね。今回話に出てこなかったようなのが不満です」

記者「武藤敬司選手との一戦は、受諾なされますか?」

志賀様「これはもう、僕への挑戦権は得たと見て間違いないでしょう。受けますとも。僕も柔な相手ばかりで飽き飽きしていたところです。おい丸藤、ドーム抑えろ!」

丸藤「ははぁっ!」

丸藤選手がどこかへ電話する。

すぐに志賀様に指で丸印を作ってみせた。

丸藤「取れました!」

志賀様「場所は東京ドーム。メインイベントは志賀賢太郎対武藤敬司。決定です! ……それでは」

カメラのフラッシュを浴びながら、志賀様は丸藤とともにタクシーに乗り込む。

マスコミ陣は超ド級カードの決定に興奮しながら、真格闘神・志賀様の後ろ姿を眩しい思いで見送るのだった。

58歳にしてGHCヘビー級王者に輝いたナチュラル・ボーン・マスターこと武藤敬司が、一夜明けて記者会見を開いた。

武藤「やっぱ俺さぁ、取れるとは思ってなかったわけよ。この歳でベルトなんてね。でもこうなると、欲も出てくるじゃない」

記者「欲、とはどのような?」

武藤、ニヤリと笑う。

武藤「もちろん、志賀様への挑戦だよ。やっぱり世界最強の男への対戦要求、これで掘は埋まったと思うんだよね。まあ、後は相手次第だけど」

武藤敬司対志賀賢太郎様という黄金カードの実現が、まさに現実のものとなってきた。

報道陣は夢中でフラッシュを焚く。

記者「気が早いですが、もし実現するとなったとき、勝算は?」

武藤「ムーンサルトプレスが使えないのが残念だけど、俺には長年のキャリアがあるからね。老獪に立ち回って志賀様の隙を狙うことは出来ると思う。やっぱり俺さぁ、志賀様を倒せるのは俺ぐらいだと自惚れてるんだよね。まあいいじゃない、GHC王者なんだしさ」

記者「場所はどうなりましょうか?」

武藤「武道館か、東京ドームか……そこはマスコミとファンに任せるよ。俺は志賀様と闘えて、それなりにお米(ギャラ)をいただければ、ね(笑)」

事態は風雲急を告げてきた。

マスコミ陣は取材もそこそこに、早速この最新情報を形にしようと、慌ただしく動き出すのだった。

カーフキックを武器に志賀様に挑戦して、速攻で負けた堀口恭司。

彼が記者会見を開き、敗戦の弁を語った。

堀口「この前は志賀様と生意気にも試合してしまい、申し訳ありませんでした」

報道陣からフラッシュが焚かれる。

記者「格の違いを認める、と?」

堀口「はい。まさかカーフキックでこちらの足が折れるとは思いませんでした。志賀様の無限の強さに打ちのめされた次第です」

記者「それなら、敗者としてやるべきことをやらねばならないですよね」

堀口「と、言いますと……?」

記者「土下座ですよ土下座。五体投地でもいいぐらいです」

堀口は反発するかと思いきや、さすがにこの前の敗戦がこたえているらしく、唯々諾々と従った。

堀口「そうですね。では、足を骨折しているのであれですが、出来る限りの土下座をしたいと思います」

そういって、堀口は机の前まで足を引きずりながら移動すると、マスコミ陣に向かって両ひざをついた。

堀口「志賀様に、志賀様のファンに、日本国民に。本当に、本当に申し訳ございませんでした!」

堀口は額を床に擦り付けて謝罪した。

カメラのシャッター音が雪崩のように鳴り響く。

そのとき、堀口のケツの方からモリモリモリと異音が発生し、凄まじい勢いで脱糞が開始された。

土下座という屈辱に耐えきれなかったらしい。

堀口は自身の脱糞でロケットのように飛び上がり、天井に衝突したあと、緩やかに着地した。

記者「ほ、堀口選手……!」

堀口「見苦しいところをお見せしました。これで皆様、ご勘弁を」

そう言いながら面を上げ、凄絶な笑みを閃かせる堀口に、取材陣は声もなかった。

やっぱり志賀様が最強!

どこかでウグイスが鳴いている。

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