2006年05月31日

●修正について。

このブログで
過去、米原地区で計画されたリゾートホテルのために
土地を所有していた企業の名称の表記を変更いたします。
現在の表現では企業名の連想が可能なためです。
既に存在していない企業であっても
相手側関係者の承諾が必要との専門化のご意見です。
順次、変更して参りますのでご了承をお願いします。
  

2006年05月30日

●農業生産法人を考える亜崚效禄衢者の変遷」。

米原のリゾートホテル建設予定地。
ここの土地の所有者はめまぐるしく変わった歴史があります。
その多くの企業は、現在、存在していない状態です。
住民の方々から安定した企業に所有してもらいたいという考えが
あったのではないでしょうか。
しかし、現実は土地所有者の変更が続いたのです。
こうした状況に、農業生産法人が振り回されたことが考えられます。
本来の農業生産活動が充分に実施できない環境だったのかも知れません。
このころ、新たに移住してくる人々が増加。
住居棟が多く建設されるようになり始めました。
(続く)。
  

2006年05月29日

●農業生産法人を考える「新たなる活動」。

整理回収機構と金融機関が
米原リゾートホテル建設予定地の土地の問題で動き始めたのは
それらの土地を所有していたTO社の会社整理が始まったためです。
この話を持ちこもれたのが
現在の所有者であるO社です。
地元の金融機関からの話でもあったので対応したと推測されます。
当然、この時期にはリゾートホテルなどの企画もありません。
O社は宅地販売として考えていたと考えられます。
しかし、土地の説明を受けていたときに
住民などが賛成した形でリゾートホテルの建設計画が
進行していたことを知ります。
それならと全国展開しているMホテルに話を持って行ったストーリー。
これが実態ではないでしょうか。
その計画が進みます。
しかし、Mホテルに異変が起きたのです。
  

2006年05月28日

●農業生産法人を考える「地元を基盤に」。

土地の買収や農業の不振。
そんな状態の中で
米原リゾートホテル建設予定地の中に
農業生産法人が設立されました。
この推進を進めた人々。
多くは米原の農業を考えての設立と判断して
ほぼ間違いないようです。
その後も地元の農業関係者が主体となって
運営をしていると判断できます。
問題は、今回の米原リゾートホテルの建設に対して
何らかの関係があったかどうかです。
整理回収機構と金融機関がホテル建設を推進している
O社に地域一帯の土地の取得を要請してきたときに
始めて農業法人の存在を知った可能性が高いと見られます。

【お願い】
可能な限り資料などを参考にしていますが
事実と異なる箇所がありましたら
コメントにてご指摘をお願いいたします。

  

2006年05月27日

●農業生産法人を考える「土地を買いあさった人々」。

米原地区。
昭和の後半。
数多くのデベロッパーが注目し
可能な限り土地を買いあさった歴史があるようです。
いくつかの話をお聞きすると
土地のバイヤーが昼夜問わず訪ねてきたと言います。
土地の価格も日増しに高額になり
‐来のため。
⊆擽發諒嶌僂里燭瓠
G清筏〆爐旅愼のため。
いくつかの土地が売られていきました。
折しも、その前後から
農業に従事する人々の高年齢化が進んでいったのです。
そうした状況の中で
米原の農業をどのように維持していくか。
真剣に考える人々がいました。
このグループが農業生産法人に着目したのです。
法人としての資格や優遇もあったのですが
一人で続けるより、仲間がほしかったと、いう意見もあったと推測されます。
そこで建設予定地内に農業生産法人が設立されたのです。
  

2006年05月26日

●農業生産法人を考える「人的な交流」。

米原地区のリゾートホテル建設予定地に存在する
農業生産法人。
その法人の役員を登記簿謄本で確認してみました。
当然、農業に従事するものが
役員の中に存在しないと行けない規定になっていますので
地縁的に地域的に関係のある人が存在していることは推測されました。
しかし、意図して経営に積極的に関与する形での役員は
いないと推測される状態でした。
こうしたことから、
農業生産法人は、本来の目的を充分に果たすことなく、
継続されて来たということが正しい見方なのかも知れません。
現在の農業生産法人は
農業活動を実施している話を聞きました。
この農業生産法人の取り扱いが
ひとつのポイントになることだけは間違いがないようです。
(続く)。
  

2006年05月25日

●農業生産法人を考える「設立意図」。

米原地区のリゾートホテル建設予定地にある農業生産法人。
その設立は、離島の土地が注目を集めているときでした。
土地の売買がおこなわれたり
色々な事業計画が立案されたりしたと言われています。
この時期に農業生産法人を設立すると言うことは
農業生産法人を通して土地の買収をしようと企てたと考えやすいのです。
しかし、よく調べてみると
土地の取得に、あえて農業生産法人を通して
土地の取得をする必要がない状態だったと推測されます。
まだ調べてみなければならないことはありますが
設立の背景は
行き詰まった農業を何らかの形で打破したかったのではないかと思われます。
この時期の農業生産の活動内容や生産量などを知りたいところです。
(続く)。

  

2006年05月24日

●農業生産法人を考える「土地の買収」。

農業生産法人。
土地の取得が一般的にしやすいと言われます。
開発業者などがここに目を付けて
農業生産法人を設立。
この法人に土地のとりまとめをさせる方法などを考えがちです。
現実にこうしたことがおこなわれたケースがあると聞きます。
しかし、その方法は「農業生産法人」本来の目的から離脱するものです。
過去の米原地区リゾートホテル建設に当たって
このようなことがあったのかどうか。
そこがポイントになります。
過去からの建設計画と農業生産法人との関係。
現在入手できる資料などから
その背景を読み取ることは出来ません。
当時の関係者へのヒアリングが必要となり
この解明が大切な時に来ていると推測されます。
  

2006年05月23日

●農業生産法人を考える「生産法人の数」。

農業生産法人。
17年の統計では、全国で7,900組織。
全ての法人が設立当初の目的を達成しているかと言えば
そうではないところも多くあります。
しかし、果敢に農業の効率性、人材の確保、新規設備投資などに
成功し効果を上げているところも多くあります。
特に近年では、農業生産物と市場との関係を熟知した
経営としての農業をめざす」法人が多く登場しているようです。
米原リゾートホテル建設予定地内に存在する農業法人が
どのような目的で設立されたのかが知りたいところです。
設立された当時、
米原地区には数多くのデベロッパーが注目し来島している時期でした。
また、農業に携わる人々の高年齢化が始まった時期でもあります。
経済的にも決して良い時期とは言えません。
農業生産法人の設立により
こうした混沌とした農業の打破を願ったとしても不思議ではありません。
そんな時期だったのです。
(続く)。

  

2006年05月22日

●農業生産法人を考える─孱毅亜鵝廖

農業生産法人。
その売上の50パーセントは農業関係でなければなりません。
法人の特性から当然の規定と思われます。
米原地区リゾートの建設予定地内にある
農業生産法人の場合、次の二点がポイントになります。
’清叛源宰/佑箸靴導萋阿鬚こなってきたかどうか。
△修粒萋亜頁箴紂砲裡毅亜鶲幣紊農業関係であったかどうか。
この二点です。
農地が縮小し、農業の衰退を防ぎ、
新しい時代に対応した農業母体の確立をめざして制定されたのが
農業生産法人です。
建設予定地の農業生産法人の活動実績が重要なことになります。
あわせて、リゾート計画を予定していた企業との関係も
明確にしておくことが大切です。
しかし、計画を推進していた企業のほとんどが
倒産や解散をしています。
関係を明確にするための糸口が少ない状態です。
各企業の登記簿謄本などを資料として人的な関係から
判断してみることしかないのが現状です。
(続く)。
  

2006年05月21日

●農業生産法人を考えるА崘清叛源些萋亜廖

整理回収機構と金融機関からの話で
O社が土地を取得する前まで、
農業生産法人の活動はどのようなものだったのか?。
これがひとつの重要な本とになります。
基本的な活動内容は各地方団体に設置されている
農業委員会に提出するのでその資料の閲覧で調べるのが
効率的なのですがまだおこなっていません。
たた、関係者からお聞きしたところでは
「農業生産活動を積極的ではないものの実施はしていた」と
いうレベルのようです。
本格的な農業生産活動を積極的に実施していたとは
判定しにくいのでは思えます。
現在のところ
最後に整理回収機構と金融機関からのアプローチで
リゾートホテル建設予定地を購入したO社以外の会社は
倒産、解散をしており詳しい情報を得ることができない状態です。
(続く)。

  

2006年05月20日

●農業生産法人を考えるΑ崔聾鬼覿箸土地取得へ」。

平成02年。リゾートホテルの建設予定地をTO社が取得します。
TO社は具体的に計画案の作成に入り
事業がスタートするものと思われていました。
しかし、この時期にTO社の経営が破綻。
この計画自体も消滅してしまいます。
企業整理が始まりTO社の処理に
整理回収機構が入ります。
整理回収機構は、資産などを査定し
売却などをおこなっていきます。
金融機関と共に建設予定地の売却先を捜し
現在の所有者である地元企業のO社にアプローチをかけるのです。
O社は整理回収機構からの話であることや
顔見知りの金融機関が間に入ったこともあり
この話を受け入れたようです。
同時に農業生産法人との関係を明確にした様です。
しかし、ひとつの問題が出てきました。
それは農業生産法人の活動実績でした。
(続く)。
  

2006年05月19日

●農業生産法人を考えるァ崟瀘と開発との関係」。

米原地区のリゾートホテル開発予定地域。
そこにある農業生産法人。
その設立は昭和59年11月14日。
この時期。
既にリゾートホテルの計画が存在しており
沖縄の企業と思われるN社が
土地のとりまとめを終了したかほぼ終了していたと推測できます。
この企業は昭和47年より米原地区に注目し
土地の取得を始めていたと思われます。
なお、この会社は数回にわたって企業名を変更しています。
その後、この企業は解散したのではないかかと推測できます。
農業生産法人が設立された後、
土地の登記名が変わります。
昭和60年にI社に。
平成01年にT社に。
平成02年にTO社へと続きます。
そのTO社は、リゾートホテルのプランをかなり具体的に完成させていました。
しかし、計画は途中で頓挫。
その企業の経営状態の悪化が原因と言われています。
その後、この企業の精算にあたり整理回収機構が動き始めた様です。
めまぐるしく変わる登記名称。
そこに違和感を持つのは当然かも知れません。
  

2006年05月18日

●農業生産法人を考えるぁ嵌足当時」。

リゾートホテル建設予定地にある
農業生産法人。
その設立について
どのような目的的でおこなわれたのかを調べています。
この設立時期と
リート計画が存在した時期とをシンクロさせて
その背景を明確にしようとの試みですが
現在となっては入手できる資料に制限があり
解明には至っていません。
解明のポイントは
農業生産法人を使って
リゾートホテルの用地買収をおこなったかどうかです。
農業生産法人は
土地の取得などが容易にしやすいと言われています。
リゾートホテルなどの建設に当たって
農業生産法人が動くという話を聞くことがありました。
ここにポイントを絞って調べることを継続しています。
まずは現状の報告です。

  

2006年05月17日

●農業生産法人を考える「建設予定地にある農業生産法人」。

今回のリゾートホテル建設予定地に
農業生産法人が所有・管理している土地があります。
農業生産法人は、法律で定められた生産活動をしなければなりません。
同時に、その報告を管理する委員会に報告することが義務となっています。
それがおこなわれているかどうかの情報は得ることができませんが
大々的ではないものの
活動をしていると思われる痕跡を見ることは出来ます。
しかし、これも建設予定地と思われるところを数回、見た程度のことですので
確証を得ることはできません。同時に農業経験が全くない視点での判断です。

この農業生産法人。
日本各地に存在しています。
いくつかを見させていただく機会がありました。
若い人々が新しい農業への挑戦をしているところがあります。
また、日本的な農業手法から脱却し
海外の農業手法を導入しているところもありました。
最近では、オーガニック野菜など
特長を持った商品の生産をしているところもあると聞きます。
このような場合、農業生産法人の役割は大きなものがあると思います。
ところが
事業計画地の土地取得に農業生産法人の特典を
本来の目的から離れて利用するケースが存在しているようです。
これは、本来の目的から離脱し、特典だけを利用することになり
好ましいことではありません。
こうしたことが、米原のリゾートホテル開発予定地にもあったのでしょうか。
予定地内の農業生産法人の設立の背景と
その経緯を調べてみることにしました。
◎資料入手の方法に時間が掛かるのですが
一応、明日に続く予定です。
  

2006年05月16日

●農業生産法人を考える◆屬いつかの法律」。

農業生産法人を考えるときに
関係するいくつかの法律が出てきます。

農地法第4条。
これは農業に携わる人々の
基盤である農地を維持することを目的にした法律です。
農地を他の事業用地として、また住宅として転用することに対して
いくつかの条件のあることを明示しています。

農地法第五条。
農地や採草放牧地などを農地以外に利用する際の許可の必要性について
明確にしています。

農業振興地域の整備に関する法律。
農業の発展を促進するために設定された
「農業振興地域の整備に関する法律」と言うのがあります。
この地域の場合、農地の転用する以前に
除外が必要であることが明示されています。

その他に関係する法律や条令がありますが
とりあえず重要なのがこの三点です。
  

2006年05月15日

●珊瑚を考える「産卵の後」。

5月13日。
天候は晴れでしたが
前線の関係で、意外に波が高く船が揺れました。
そんな中、小浜島に到着。
その途中、船の方から「サンゴの産卵の後ですよ」と、いう光景を見ました。
サンゴが産卵。
無事に着装されることを祈りたいのですが
その割合は意外に少ないと聞きました。
自然の厳しさを感じた次第です。
  
Posted by yoneharanews at 07:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

●農業生産法人を考える 峇靄榲概要」。

農業生産法人。
石垣や離島などに多くあります。
一体、どのようなものなのかをリポートいたします。

一言で言えば。
農業生産法人とは、法人資格で農業を営む場合の形態です。
農地法で定めらたものなのです。

農業生産法人の要件。
日本では「法人」が農業を営む(経営)ときには次の4種類の要件(条件)を満たしていなければなりません。
)/融餝福ΑΑΑΑη清帆塙臻/諭合名会社、株式会社、有限会社。
                                 会社法の改訂がありましたのでご注意ください。
売上資格・・・・・その法人の売上の50パーセントを農業で稼ぐこと。
人容資格・・・・・農地を提供したりしている個人と農業専従であること。
し弍鳥餝福ΑΑΑΑμ魄の半数が農業専従者であること。
などが基本的な資格となります。

事業内容について。
次の事業内容が、売上の過半数を占めなければならないとされています。
農業意外に関連しているものとしては、
’醒椹妻を原料又は材料として使用する製造又は加工
農畜産物の貯蔵,運搬又は販売
G清叛源困防要な資材の製造
で精邏箸亮託
デ清箸畔擦珊圓ξ啅
η聖組合法人が農業と併せ行う共同利用,共同作業
これらの事業とされています。

こうした農業法人。
どのような歴史があったのでしょう。
(続く)。
  

2006年05月14日

●珊瑚を考える「産卵が始まりました」。

関係者からの話によりますと
昨日からサンゴの一種である「ミドリイシ」の産卵が確認できたとのことです。
サンゴの産卵は「大潮」の時。
このブログでもお伝えしていましたが
今年は5月13〜14日を中心に前後、数日と見ていました。
ミドリイシの産卵の場合、
精子と卵胞が入った「バンドル」というカプセルの様なものを放出します。
この放出がダイバーの方々や研究者の方々が確認されたのです。
推測では、今日あたりが最終日になると予想されます。
無事にサンゴが着装して育ってくれることを願いたいものです。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月13日

●珊瑚を考える─崘竸緇化運動」。

世界中で進められているサンゴと珊瑚礁の保護活動。
その活動の中で「廃水浄化のアクションプラン」は
私たちが参加しやすい活動です。
排水に気を配り
海に流れる水の純度を高めようとする活動です。
排水が汚染処理されずに
そのまま海に流れている住宅地。
意外に多いのです。
こうしたところを含めて
〔を海に直接流さない。
∪献乾澆覆匹諒敢侫乾澆鮨紊閥Δ卜さない。
洗剤の使用量を極力、少なくする。
ぬ剤や塗装液などを流さない。
デ戚瑤覆匹猟樟榲な流出を防ぐ。
こうした活動で
海がかなりきれいになるそうです。
サンゴと珊瑚礁のために。のアクションプラン。
とても参考になります。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月12日

●珊瑚を考えるА峪晃蠑鳴敢此廖

世界各地でサンゴと珊瑚礁の調査がおこなわれています。
最近の傾向としては
調査の資金を多くの市民や企業が提供する
コンソーシアム形式が多くなっています。
海岸住民、
ダイバー、
大学などの研究機関
漁業関係者、
観光企業、
などの参加が多いようです。
海水温度の上昇は複合的な原因です。
自然環境全体からの視点が必要となります。
サンゴと珊瑚礁の完全死滅と破壊。
その可能性が見え始めてきてしまった現在、
こうしたコンソーシアムなど
各分野の専門化の知恵とが集まることは

遅かったのかも知れませんが、
小さな一歩の前進と言えるのではないでしょう。
小さいながらも世界各地に誕生した非営利の団体の力が
意外に大きなパワーになるのかも知れません。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月11日

●珊瑚を考えるァ屮汽鵐瓦搬翩」。

サンゴの被害と天候。
その関係が注目を集めています。
天候の異変と海水温度の上昇との関係についての報告が
世界各地から寄せられているためです。
天候とサンゴ。
密接な関係と言えるのでしょう。
例えば、台風とサンゴの関係もあります。
極めて大きな台風の場合、
そのエネルギーで珊瑚礁が大きな被害を受けたり、
海底の砂の移動などで珊瑚礁が埋没したり、
計り知れない被害を与えたケースがあります。
しかし、適度な台風の場合、
ヽた絏硬戮両緇困鰺泙┐燭蝓
海水の浄化をしたり、
赤土やヘドロなどの汚れを除去をしたり、
数多くのメリットもあります。
天候とサンゴ。
新たな視点で見る必要がありそうです。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(3)●石垣島の珊瑚 

2006年05月10日

●珊瑚を考えるァ屮汽鵐瓦糧鏗押廖

サンゴの被害。
特に海水の高温化。
年代的に見ると
1980年代の後半より頻繁に発生するようになりました。
この傾向は、おそらく今後も続くと思われます。
沖縄エリアでも同様の状態になると思われます。
世界的に見てもサンゴに与えるダメージの第一位的な要素が
海水温の高温度化です。
しかし、これへの対応は
自然環境全体のことで、なかなか対応策がありません。
そうした中でサンゴと珊瑚礁はダメージを受け続けると予想されています。
世界的にサンゴが全滅する日、
珊瑚礁か総白化する日を避けることは出来ないと推測されています。
とても残念なことです。
米原地区でも高温化によりダメージを受けた後、よみがえりが見えましたが
生息状況などを調べ、大きなベクトルで判断すれば
サンゴと珊瑚礁はゆっくりと消滅の方向ということができます。
そのことは被度のパーセントの数字として表れ始めています。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月09日

●珊瑚を考えるぁ峪才颪間近」。

サンゴの産卵。
大潮の前後2日〜4日程度でおこなわれると言われています。
今年の場合には
5月13日から14日を中心にして産卵が始まると予想していますが
果たしてどのようになるでしょう。
産卵が上手におこなわれることを祈りたいものです。

2004年の石垣島での産卵状況。
過去の記録を調べてみます。
2004年の産卵のデータによれば、
川平から米原地区で5月6日前後に産卵されたと推測されています。
この年は早いところで5月1日前後、
遅いところで5月30日から6月1日と言えます。

サンゴ再生プロジェクト。
いくつかの団体がサンゴの再生プロジェクトを実施しています。
こうした活動は産卵の時が一番忙しさを増します。
産卵されたものが用意したチップに
上手に定着してもらうことがポイントだからです。
今年も産卵時期を狙って再生活動が展開されていると聞きます。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月08日

●珊瑚を考える「1997〜1998年の出来事」。

1997〜1998年。
世界的に海水温度が上昇する異変が起きました。
この海水温度の上昇がサンゴに大きなダメージを与えるのです。
世界的な規模でサンゴの白化が発生したのです。
この被害の回復には長い時間が掛かると推測されたのです。

2001年の出来事。
1997〜1998年の海水上昇によるサンゴの白化。
その被害からサンゴが立ち直り始めた2001年に
サイド、海水温度が上昇し再びサンゴの被害が広がったのです。
このように、海水温度の上昇の頻度が頻繁になり始めています。
そうしたことを考えていくとも
いつしかサンゴが全滅してしまう可能性が高まっています。

サンゴからの警告。
最近、こうした地球環境の変化を
サンゴが敏感に関知していることに
極めて注目している研究者の方々がおられます。
地球温暖化による数多くの被害。
それはいままで地球が経験をしたことがないことが多くあります。
そうした地球の健康状態の警告を
サンゴが私たちに与えてくれるのです。

全世界的なモニタリング。
サンゴと珊瑚礁の状況の把握のために
各種団体やNPO組織、ダイバーの方々の
調査がおこなわれています。
これがモニタリングという作業です。
また、地域の企業などが
地域エリアのサンゴ調査を実施するケースも増えています。
こうした活動の中核となっている団体のひとつが
REEF BASEです。
英語ですが一度ご覧になってください。

産卵が始まります。
そろそろ産卵が始まります。
予定では、今月の12日から13日前後でしょうか。
新しい生命がしっかりと根付くことを期待したいものです。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

●米原(よねはら)地区とホテル「いまこそ考える時」。

無理を通さない経営方法。
ひとつの事実があります。
それは大和ハウスと大和リゾートは
無理やごり押しをしてホテル建設をしたことが
過去に一度もないという事実です。
私たちが可能な限り調べてみると
日本の企業の中では珍しいことです。
説明と納得を得て建設をしています。
と、言うよりかは、
地元の強い要請で建設をしているケースが多いのです。
さらに、一度建てた場合には
必ず経営的に安定させているという事実です。


【ご注意】
この件で異なる情報があればお知らせください。

では、米原のホテルをどう考えているのか。
おそらく、大和ハウスと大和リゾートは
最終の判断をしているところと思われます。
”屋数をどれくらい確保できるか。
建設予算はどの程度で設備投資の回収は可能か。
4超に共生するホテル建設の責務を果たせるか。
そ嗣韻諒々の賛同を得られるのか。
ッ楼茲糧展に役立つことが出来るのか。
そうした総合的な判断をしているはずです。
住民の意志が大切な段階に来たと思えるのです。

  
Posted by yoneharanews at 05:59Comments(0)●今日の石垣島米原地区 

2006年05月07日

●珊瑚を考える◆屮汽鵐瓦稜魏宗廖

サンゴの色について。
サンゴそのものは石灰質の骨格出来ていますので
白から明るい灰色です。
そのことから考えると
サンゴの「白化」とはどういうことなのだと思いますね。
ここで思い出していただきたいのです。
サンゴは「藻」と共生しています。
サンゴが正常に生きているときには「藻」も元気です。
ところが「藻」が死んでしまうとサンゴの命も途絶えます。
サンゴ自体は「白」でも
「藻」の色があるのです。
種類などにより藻の色には数々あります。
この「藻」が死んでしまうと
サンゴだけの色になってしまうのです。
これが「白化」と言われるのです。

共生「藻」のストレッサー要因。
では、サンゴに共生している「藻」は
どのような状況で死んでしまうのでしょう。
いくつかの原因が考えられています。
々發た絏喉28〜30℃という考え方が主流です。
低い水温→サンゴの北限が沖縄です。
6い光り
せ膤粟
ゲ蹴慂質
ε攵蹇弊崚擇覆鼻砲領出
Ь鐚韻魃曚┐織廛薀鵐トンの発生
などが主流と言われます。

共生している「藻」の死。
「サンゴ」と「藻」。
その関係はサンゴが出す二酸化炭素などを
藻が引き受けて光合成に役立てて消化。
光合成で得たエネルギーをサンゴに提供する仕組みでした。
図式化すると次の様になります。
060507-1


その「藻」が死んでしまうと
サンゴが作り出した二酸化炭素が光合成できなくなります。
あふれた二酸化炭素が「藻」を損傷することもあると言います。
また、酸素が悪玉酸素となり活性酸素になります。
活性酸素は私たち生命の加齢を促進させてしまいます。
その活性酸素が「藻」の命を絶つという考え方もあります。
このプロセスを分かりやすく海水の高温化で図式化すると
060507-2
以上の様になります。
なお、図式化に当たり日本サンゴ礁学会の資料を参考にし
改変して作成しました。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月06日

●珊瑚を考える 屮汽鵐瓦脇以」。

サンゴは刺胞動物(腔腸動物)。
サンゴは樹木のように枝分かれしているものがあり
植物のように思われている方もおられると思いますが
サンゴは刺胞動物(腔腸動物)の一種です。
同じ仲間にイソギンチャクやクラゲなどがいます。

大別して二種類のサンゴ。
このサンゴには大きく二種類の珊瑚があります。
‖ぞ魅汽鵐刈浅い海に住んでいます。
∧石サンゴ→深い海でゆっくりと成長します。
一般的に造礁サンゴのことを表しています。
以下、サンゴの表現はこの造礁サンゴのこととします。

群体を作るサンゴ。
このサンゴは個体が分裂して群体を作ります。
ひとつの群体には
大きな場合で数万個の個体から出来ているものがあります。
この分裂はいわばクーロン細胞から出来ていると言われています。

石灰岩の骨格を持つサンゴ。
群体を持つと同時に石灰質の骨格を作ります。
この石灰質の骨格は成長と共に大きくなります。
その成長の方法で
〇涵。
塊状。
テーブル状。
などに別れます。
こうした群体の形は、サンゴの種類や生息場所の環境などが影響します。
生きているサンゴは表面だけで、
それ以外は骨格だけとなります。
こうしたものが大きく集まってサンゴ礁を作るのです。

サンゴとサンゴ礁の違い。
従ってサンゴとは生き物のことであり
サンゴ礁とはサンゴの石灰質が作り出した地形のことです。
「サンゴ礁が死滅しました」と言う表現はおかしいことになります。

サンゴ礁のタイプ。
サンゴ礁はできあがった位置の関係から3種類に分類されます。
/礁(きょしょう)・・・・陸地とサンゴ礁とが接した形のもの。
堡礁(ほしょう)・・・・・陸地とサンゴ礁の間に浅い海(ラグーン)を持つ堡礁。
4直漫覆んしょう)・・・サンゴ礁だけがリング状につながった環礁。
この3つのタイプにわけられます。
米原には海岸近くは裾礁。沖には環礁があることになります。

サンゴの共生を簡単に説明。
動物であるサンゴは体内に植物である小さな「藻」を住まわせています。
この「藻」が光りを浴びて光合成をします。
この「藻」が作り出したエネルギーをサンゴは利用して生きています。
ここに共生関係が成りたつのです。
きれいな海で光りが届きやすいところにいれば
「藻」の光合成も活発になるのです。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●石垣島の珊瑚 

2006年05月05日

●ホテルの挑戦。

ホテルが実施している環境対策とはどのようなものなのか。
ひとつのケースとして都市型ホテルを取り上げてみることにします。
東京の赤坂地域にあるホテルニューオータニです。
このホテルの規模を把握していただくために概要を記します。
一日のホテル利用者数は15,000人から20,000人。
ホテル客室数は1,600室
レストラン数は34
宴会場数は34
テナント数は200
日本を代表する規模のホテルです。

コンセプトを設定して実施。
このホテルでも環境対策は重要な経営のファクターとなりました。
そこで始めたのが「R-economy」。
ホテルを都市の小モデル(=集約された地球環境)ととらえ、
環境破壊を抑止し、循環型社会を実現するための活動のコンセプトを設定したのです。
具体的には
.┘優襯ーの高効率化と廃熱利用による「エネルギーシステム」。
▲灰鵐櫂好肇廛薀鵐箸砲茲襦嵜品循環資源システム」。
バイオテクノロジーによる「中水リサイクルシステム」。
これらの三領域で環境対策を実施しています。

バイオテクノロジー活用による中水システム
ニューオータニの地下3階に「中水システム」が稼働しています。
このシステムは厨房などで排水を利用して
最大で600トンの「中水」を作り出しているのです。
排水からゴミを除去した後にタンパク質、油分などを
微生物の力で分解する方法です。
ここで作られた「中水」は、
トイレ洗浄用水、散水、洗車用として利用されています。
当然、ホテルから排出される排水の
純度を高め川や海の環境負荷の軽減に役立っています。

エネルギーの高効率化と廃熱利用による「エネルギーシステム」。
コージェネレーション・プラントを導入し、
天然ガスと非常用運転のための灯油を燃料とするガスタービンを設置。
1時間あたりの発電量は3基で4,500kW、
エネルギー効率は他に類を見ない75%を達成。
自家発電でホテル内の電力使用量の約40%をまかなっています。
このほか、

.好繊璽牋.ュレーターによるスチームの再生。
¬覺崚杜呂任弔った氷を蓄える「氷蓄熱プラント」。
L覺崚杜呂任弔った冷水を蓄える「水蓄熱プラント」
つ狭盡率の冷凍機導入による「冷房エネルギーの削減」
ゥ曠謄詁發濃箸錣譴詁偉呂魄豎膣浜「動力用電力の節電」
などを実施しています。

食品循環資源(生ゴミ)リサイクルシステム  
50カ所の厨房から出る生ゴミの量は毎日約5,000kg。
この膨大な生ゴミをリサイクルするコンポスト・プラントを開発。
コンポスト・プラントで一次発酵させたコンポストは
普通肥料として堆肥工場に運ばれ、
さらに3〜6カ月かけて二次発酵させ堆肥を生産。
この堆肥は農家に販売され、
農家で生産された野菜類は再び食材として
ホテルが買い上げています。
このシステムにより生ゴミの100%コンポスト化が実現しました。
その他にも
〇餮蚕朶跳診儡物分別の実施。
∋餮蚕朶跳織乾漾3,650トン」の分別実績
などを実施しています。
サービス業の環境と自然への挑戦。
挑戦は続いているようです。

【参考資料】
ニューオータニが発表している広報資料を参考にしました。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●今日の石垣島米原地区 

2006年05月04日

●米原キャンプ場「1990年4月16日」。

米原キャンプ場。
多くの人に利用されています。
このキャンプ場は、財団法人石垣市公共施設管理公社
管理と運営をおこなっています。
yonehara.gif (8874 バイト)
↑公社のオフィシャルウェブサイトから。

【資料】
石垣全体のキャンプ場に関する情報はここから。

この米原キャンプ場。
キャンパーの中ではとても評価の高いキャンプ場です。
その米原のキャンプ場に大きな事件が起きたことがあります。
1990年4月のことです。

1990年2月。
総選挙がありました。
この選挙に「真理党」で立候補をしていた25人は全て落選。
党として次の展開の模索を始めざるを得なかったのです。
この党の上位組織が「オウム真理教」でした。

次への展開のひとつとして
ある会議が1990年3月に実施されたと言われています。
それが「サリン」などを使用する戦略の方針決定だったと言われています。
この決定が、大変な犠牲者を出すサリン事件につながっていきます。

そして、二番目の展開もおこなわれました。
それが1990年4月10日に開催された秘密会議です。
ここで麻原教祖は
今までのマハーヤーナ(大乗)での救済は出来ない。
これからはヴァジラヤーナ(金剛乗)で行くとの指示でした。

この二番目の展開の後、すぐに三番目の展開が始まります。
麻原教祖は、日本が沈没するとの予言のもと救済セミナーを指示。
なんと1270人を引き連れて石垣島に集結するのです。
いわゆる「石垣セミナー」です。
時は1990年4月16日。
この石垣セミナーの拠点となったのが
米原キャンプ場です。
米原キャンプ場には1300人の教壇関係者とマスコミなどが殺到。
大変な混乱となりました。

教壇は、この「石垣セミナー」で500人に上る出家者を認定し
教団勢力の盛り返しを図ったのです。
同時に、これ以後、霊感商法、信者への情報操作、詐欺まがいの取引などが
続いていくのです。

石垣島の美しさの代表。
米原キャンプ場。
1990年の冒頭にすごい事件の舞台として登場していたのです。
051227
↑現在の米原キャンプ場です。

【参考資料】
林郁夫著「オウムと私」
曹洞宗オフィシャルウェブサイト
週刊文春
有田芳生オフィシャルウェブサイト
厚く御礼申し上げます。
  
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2006年05月03日

●米原(よねはら)地区とホテル「願いを込めて」。

何度も続いたホテル計画とその頓挫。そして撤退。
そうした中で、米原にリゾートホテルを誘致をしたいと考える企業と人々は
あらゆる人脈を使って誘致作業を続けていたようです。
そのひとつとして大和ハウスがあげられました。
この企業は、日本各地にリゾートホテルを経営していますが
ほとんどが地元からの誘致によるケースと言えます。
自ら企画と判断で地域の土地を購入して開拓をするということは
ほとんどしていないと考えて良いと思われます。
地方公共団体や地元からの要請で協同事業の様な形を取っています。
この企業が熱心な誘致に答えてリゾートホテル建設の検討を始めたのです。
当然、リゾートホテル建設のプロが米原地域の調査をしたと思われます。
その結論は、決してバラ色の決定では無かったのではないかと推測されます。
リゾートホテルを建てるには充分なインフラとは言えないからです。
但し、地元の要請を尊重する傾向の企業体質があるために
計画の検討を開始したと言えます。
この地で収益を守りながら自然と共生したホテルの運営が出来るのか。
どれくらいの客室が確保できるのか。
どれくらいのゲストを集客できるのか。
そんな最後の検討段階に入っているでしょう。
米原住民の方々の賛成と反対の意向と同時に
日本を代表する大手企業として
この事業の遂行についての最終決断の時期が到来していると言えます。
  
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●小学生であふれた竹富島。

昨日の竹富島。
石垣市と竹富町の複数の小学生でにぎやかでした。
屋敷集落から仲筋集落まで
ノートを持った小学生が
民話の研究など様々なテーマを調べるために
島内を歩き回っていました。
すれ違う観光客の方々に大声で挨拶する姿は
とてもほほえましいものでした。
  
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2006年05月02日

●米原(よねはら)地区とホテル「全国ホテルチェーからの話」。

米原のリゾートホテル。
撤退の続く中で4番目のホテルは
全国にホテルチェーンを持つ電鉄系でした。
米原地区での本格的なリゾートホテルをめざしての参入でした。
マスタープランまでは進んだものの
その段階で撤退となりました。
理由として考えられるのが
,修離曠謄襯船А璽鷸態の経営の悪化。
∧童驚篭茲量ノ呂隆薄さ。
この二点であったと考えられます。
こうして四回も続いたホテル計画はいずれも頓挫したのです。
そして五番目が今回の話です。
米原の将来を考えると
ホテルなどの施設が不可欠で
そうした中で経済的に自立をめざしたいという考えです。
そうした背景には
過疎、経済活動の低下、従来からの住民の高年齢化、
そして、新たに移住してきた住民の高年齢化、
個別開拓による自然の破壊などの理由があったと思われます。

  
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2006年05月01日

●米原(よねはら)地区とホテル「空白期間」。

3度目の計画の頓挫で
米原地域には空白期間が訪れます。
一時的に静かな時期が訪れるのです。
しかし、石垣全体ではいくつものリゾート計画が立案されていました。
米原はその中には入らなかったのです。
その理由は
(童兇縫曠謄觀設をしたときのメリット。
▲曠謄觀設に適しているかどうかの判断。
集客できるウリが少ないこと。
などが原因ではないかと推測できます。
事実、観光客におこなったアンケートでも
米原地区は「通過的観光地」で
「滞在的観光地」ではないとの結果が出ています。
(2005年12月実施・サンプル246名)
このことはホテル建設だけでなく、
今後の米原の発展にも関係することなのです。
そんな時、大手のホテルチェーンから
ひとつの話が持ちこまれました。
  
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2006年04月30日

●米原(よねはら)地区とホテル「収益性の問題が露呈」。

二度の撤退の後に3度目として
進んでいた米原の大型リゾート計画。
暗雲が出はじめました。
それは「収益性」です。
◎部屋数と客単価との関係。
ホテル経営には部屋数と客単価がシビアに影響します。
例えば、客数を極端に少なくすれば
客単価を上げることになります。
客単価が上がると顧客が限られ、
集客に困難さが出てきます。
経営が成りたたなくなるのです。
このバランスを取るところがまさに経営そのものなのです。
◎地域の魅力と集客との関係。
そうした中で、大型リゾートを計画したときに
部屋数が確保されるために客単価は少なくて良くなるものの
交通などの集客環境が整備されているかどうか、
多くの顧客にとって魅力的な環境があるかどうか、
そんなシュミレーションがおこなわれました。
その結果、「値しない」と言う結論が出たのだと推測されます。
3度目のリゾート計画も撤退となったのです。
その間に米原の宅地分譲は続いていきました。
  
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2006年04月29日

●米原(よねはら)地区とホテル「慎重に計画」。

新たなリゾートホテルの計画は慎重に行われたようです。
この計画立案には地元住民の方々の意見の収集作業を重視。
土地の購入、ホテルの図面作成などにも
住民の意見が反映されたと推測できます。
しかし、この計画にも暗雲が見え始めます。
〇業主体の経営状況。
⊆益の確保。
E蟷餠盂曚梁腓さ。
こうしたことから、見直しが始まったのです。
「またしても撤退か・・・・」。
そんな声が上がったと言われます。
事実、この時期になると観光客が米原に尋ねてもらうことで
経済的に好転する施設ができはじめていました。
それともう一つ。
米原キャンプ場に
ある宗教団体が集団で移住し始めた事件などのこともありました。
早く健全な状態を作り出したいと言う気持ちになったことも事実です。
しかし、こうした希望とは逆の結論が出てしまうのです。
  
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2006年04月28日

●米原(よねはら)地区とホテル「新たな計画」。

二度のホテル計画の頓挫の後、
大阪の企業が名乗りを上げてきました。
この時期は日本経済が不安定な時でした。
同時に石垣島の経済も先の見えない状態が続いていました。
住民の多くの皆さんも、米原(よねはら)のリゾート計画に
おおむね、賛同をされたと聞きます。
計画は進みました。
収益を確保するために施設の収容人数を多くした
いうわゆる「大型リゾート計画」ということができると思います。
しかし、この計画も途中で頓挫してしまいます。
理由は、大阪の企業が
―元劼虜て颪
⇒益確保の困難さ
7設費の高騰
などが理由であったそうです。
この計画も中止となり撤収していきました。
その間に、宅地販売が進んでいきます。
新しい米原住民が増えていくことになったのです。

  
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2006年04月27日

●米原(よねはら)地区とホテル「頓挫と撤収」。

本島のある企業。
その企業が事業主体となって展開するリゾートホテル。
それは米原(よねはら)地区では
初めての本格的なホテル計画でした。
その企業の経営状態の悪化は
リゾートホテル計画の頓挫と撤収を意味するものでした。
買われた土地は転売などがおこなわれたりして
計画は実現しませんでした。
その後も、他の一社が計画をしましたが
これも途中で断念したのです。
投資額に対する収益性の悪さが原因だったと言われています。
この両者も、那覇にて調べてみましたが
既に解散していました。

こうした膨大な計画は終焉。
土地を所有していた方々は、それぞれの理由で
土地を売却したり、逆に土地を手に入れたりしていったのです。
同時に、この頃から買った土地を転売し
新しい住民の方々に販売する計画が持ち上がりました。
しかし、多くの住民の方々は、
米原地区にリゾートホテルを誘致したいと考えていました。
それが嘆願書になったと聞きます。
  
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2006年04月26日

●米原(よねはら)地区とホテル「土地を求めて」。

干ばつや社会事情などで
農業だけで生計を立てるのが難しくなってきた頃、
土地買いが米原に来ました。
本島や本土から続々と。
「その表現が適切だった」と言われています。
いつまで農業が続けられるか、
将来の展望があるのか、
子供たちの将来は。
そんななから土地をそうした企業に売ることは
決しておかしくない決断だろうと思います。
その販売した土地にホテルが建ち
人々が訪れ、新しい米原が出来るはずだったのです。
そんな時に、
「どうもホテルを運営する会社の経営が危ないらしい」。
そんな話が伝わってきたのです。

  
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2006年04月25日

●米原(よねはら)地区とホテル「見切り」。

石垣島の米原(よねはら)にホテル計画が浮上しました。
昭和58年〜59年頃の話です。
この時期の石垣には経済的な変革がありました。
〃設業界が不況に突入しました。
▲僖ぅ鷸唆箸良埒兇継続し存亡の危機が迫ってきました。
4海个弔長期化してきました。
そんな中でサトウキビが復帰後、最高の生産量となるものの
どことなく不安感が定着した時期でした。
農業では生きていけない。
そんな気持ちになるのは当然だったと思います。

そこに持ち上がったのが米原リゾート計画でした。
本島の企業が中心になり
米原地区に観光客を誘致しょうという計画でした。
生きていくための選択をした方々もおられたと聞きます。
しかし、この計画は途中で頓挫します。
その企業も解散してしまいました。
そんな時に次の企業が表れたのです。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月24日

●水脈を考える「立体的な構造」。

水脈をイメージするときに
どうしても平面でとらえてしまいます。
この水脈。実は立体的な構造をしています。
陸地の面積が少ない場合には
特に「立体的な水脈」である場合が多いのです。
石垣島・米原(よねはら)地区の場合にも
立体構造の強い「水脈」と推測されています。
大地の表面に平面的にある水脈の場合には
植物環境に良い効果を与えます。
逆に立体的な水脈の場合には
大地の奥深くに抱きかかえる形となります。
米原地区で「水」を大切にしなければいけない理由のひとつに
こうした水脈の構造的な形があると言えます。

米原が立体的な水脈であると陸地の構造からのみ考えていますが
この部分には異論もあると思います。
ご意見などをお願いいたします。

  
Posted by yoneharanews at 10:00Comments(2)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月23日

●水脈を考える◆岾ご澆泙任竜離」。

於茂登岳と海岸までの距離。
これが水を抱きかかえる量に大きく影響します。
せっかく降った雨が、この距離が短ければ
すぐに川から海に流れてしまいます。
逆に、この距離が長ければ
水は大地の中にいる時間と川として流れる時間が多くなります。
ご存じの通り、米原地区の場合、
於茂登岳と海岸との距離が短くなります。
それだけ、水資源は大切なことになります。
,泙瑳然の維持のために水脈を変えないこと。
⊃∧などに充分に水を吸収させるみこと。
川を人工的に変えることなく維持させること。
この三点が重要となります。
水資源を自然のままに。
ホテル建設の絶対的な条件となります。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(1)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月22日

水脈を考える ̄茂登岳と水。

於茂登岳。
石垣島・米原(よねはら)地区の水脈を考えてみます。
多くの知見や情報などがございましたらお知らせください。

水を抱え込む大地。
大地は水を抱きかかえる力があります。
分子レベルで抱きかかえると固定水として
また、水そのものを留保すると自由水として
さらに、植物が抱きかかえると吸水水として
水を抱きかかえてくれます。

必要以上の水を抱きかかえた後は
大地の中の「川」を通して排水します。
これが「水脈」と言われるものです。
地域にもよりますが
大きな水脈から、ホントに小さな水脈までが張り巡らされます。

於茂登トンネルを通過すると「水」が落ちてきます。
本来の大きな水脈は、
地形的に診てもトンネルの下に存在すると推測されますが
そこに流れる中くらいの水脈や小さな水脈からの水と考えられます。
その意味では水が豊富と考えてしまうのです。

しかし、離島のもつ限界があります。
大地の面積が少ないことで
固定水や自由水の限界があるのです。
世界的にも「水」に窮するのは
砂漠と島です。
天候の変化が起きると枯渇しやすいのです。
米原の水。
豊富に見えても、大切に利用しなければならない「水」なのです。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(0)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月21日

●米原(よねはら)地区とホテル「昭和59年から」。

石垣島。米原地区。
この地区のホテル建設案は
今までに解明できているだけで三回あります。
そのいずれも途中で頓挫しているのです。
【第1回】本島の企業が事業主体となり計画。
【第2回】大阪の企業が事業主体となり計画。
【第3回】全国ホテルチェーンが事業主体となり計画。
そして、今回が4度目となります。
いずれの場合も、地元の賛成を得た上で
計画をスタートしたにも拘わらず
途中で中止、または撤退をしています。
その原因は
〇業主体となる企業の経営状態の悪化。
▲曠謄覬娠直紂⊇元劼難しい地域であるとの判断。
水道と下水・排水に経費がかかること。
などが考えられます。
調べてみると昭和59年から
米原地区でのホテル建設が計画と撤収を繰り返しているのです。
その原因を細かく調べてみることが大切なのかも知れません。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(4)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月20日

●大気と海と植物と。その

海岸地帯に発生する「海陸風(かいりくふう)」。
この海陸風には二種類あります。
[γ呂硫硬拆緇困半緇叉のと海風反流などの海風循環。
海上の温度維持と下降気流と陸風反流などの陸風循環。
この二つです。

一般的に
海風循環は100メートルから1000メートルの高さがあります。
それに対して陸風循環は400メートル前後の高さです。
但し、この高さは陸地の面積が多く、それぞれの循環が大きな時のデータです。
石垣島、とりわけ米原地区の場合、
陸地の面積が極めて少ない状態です。
島ですから、米原の反対側の海岸でも同様のことが置きます。
相互に反応しあって循環の高さは不安定になりますし
さほど高さが稼げない状態になります。
また、海岸線に接して於茂登岳があります。
樹木が多い環境は陸地の温度変化に強い結果となり
循環の高さに様々な影響を与えるのです。

そうした結果から考えると
海岸線に高さのある建物はハザードとなってしまうのです。
特に陸風循環に影響を与えるのではないかと推測できます。
こうした風の変化は
植物全体に大きな影響を与えることになります。
岬の先端に突き出た、万座ビーチホテルやザ・ブセナテラスとは
根本的に異なる地域の建設なのです。

頂きましたご意見の中に
風よりも水源と水量ではないかとのコメントがありました。
確かに水は大切な要素ではありますが
風も植物などには無視できない要素です。
上限は20メートル程度と考えられます。
従って13階建ては、
当初から植物たちに悪影響を与える計画だったのです。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(2)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月19日

●13階建てについてお答えいたします。

昨日に以下のコメントを頂きました。
有り難うございます。
当方の表現に言葉足らずのところがあったと思います。
コメントをご紹介いたします。

この前の企業説明会では、
もう13階建てプランはなくなった、と聞きましたが、
こちらのブログではまだ13階建てプランが生きているのでしょうか。
企業とも要請活動などでよく話し合っておられるようですから、
こちらの方が信憑性があるような・・・ 
だとしたら米原住民は油断するようだまされているのでしょうか。
心配です。

ご指摘の通り、大和ハウス側は13階建ての計画案を
全面的に見直すという発表をしています。
そうしたプロセスから13階案が再浮上することはないと思います。

しかし、私たちは13階を5階に変更する意味を考えています。
「皆様が反対ならば13階を5階にいたします」と、
安易に語れない部分があります。
収容人数の変化は、売上の減少に結びつきます。
その結果、一室あたりの売り価格が高くなります。
料金のアップは集客の困難がともない
結果として上位顧客が獲得できない結果を生み出していきます。
企業として収益確保が難しい事業となるのです。

こうした状況の中で一般的な開発企業であれば
次のような選択肢を想定すると思います。
.曠謄襪硫礎誉犬鮃發瓩胴睇娉嘆礎融楡澆箸靴独稜笋垢訐鑪をとる方向。
建設費をダウンさせ少ない収容人数でも維持する体制を確立させる方向。
E餌爐垢詈向。
などです。

前回の説明会の内容を見ると
大和ハウス側は,琉討膿覆鵑任い襪塙佑┐蕕譴泙后
高付加価値施設の建設。
ハード中心のホテル建設ではなく、ソフトによる建設となります。
これはとても難しいものです。
こうしたことに成功しているリゾート企業がアジアにありますので
これらのケースの調査や視察を実施しているか
または既に終わっているのではと推測しています。

昨日、発信した内容は
米原地区に13階建てのホテル施設を作るのは
「風」の一点だけから考えても
いかがなものかということでした。
  
Posted by yoneharanews at 05:00Comments(1)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月18日

●大気と海と植物と。

昨日に続き「風」などを考えてみます。
多くのご意見や知見を頂きました。
有り難うございます。
ご指摘前に作成した部分もありますが
順次、反映させて参ります。

石垣島米原(よねはら)地区の「風」を考えてみます。
一般的に海岸地域では「海陸風(かいりくふう)」という風が発生します。

■陸地の温度上昇と上昇気流と海風反流などの海風循環について。
天候が良く陽射しが出ると
陸地は暖まりやすく冷えやすい特性を持ちます。
陸地の暖まった空気は上昇します。
,修侶覯漫海から空気が流れ込み海風となります。
⊂緇困垢覿気は上昇気流となります。
上空では気圧が高くなり陸から海への海風反流(かいふうはんりゅう)となります。
こうした大気の流れや風の状態を「海風循環」と呼びます。

■海面の温度維持と下降気流と陸地反流などの陸風循環について。
海面は暖まりくく冷えにくい特性を持ちます。
夜になると空気は下降します。
,修侶覯漫⇔Δら海に流れ込み陸風となります。
空気は下降気流となります。
‐絛では気圧が低くなり海から陸への陸風反流(りくふうはんりゅう)となります。
こうした大気の流れや風の状態を「陸風循環」と呼びます。

■海流循環と陸風循環の間について。
大気の流れが変わり、一旦、風が無風状態となることを「凪」といいます。
海岸地域では、どこでも凪が存在します。
但し、石垣島など陸地の面積が少ない場合や、
米原の様に北風、北東風、混合風などが強い地域の場合には「凪」を感じることが難しくなります。

■植物の力。
多くの植物は、季節の流れを
〕杣佑靴両態。
気温。
Iの変化。
ぢ臙呂凌緤の状態。
ゾ動物の活動状態。
自らが持つ生体時計。
Г修梁勝
そうした要素から判断をしていきます。
大気の流れや風を充分に関知出来る状況が大切なのです。
米原の地形などを考えると
13階建ては海風循環と陸風循環の地上での流れを変える可能性が高いのです。
風の及ぼす植物への影響。
それを考えてみることが大切です。

  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(3)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月17日

●風の効用。

野鳥たちは「風」で天候を読むと言われますが
それだけではありません。
潮の状態を「風」から把握する力があると言われています。
そのひとつが「凪」。
凪で潮目が変わることを理解し
一日の時の流れを把握するのです。
この風の流れを阻止するものに
巨大な建物があります。
海風が山にたどり着くのを妨害し
山風が海に流れるのを阻止します。
その結果、「凪」が読みにくくなるのです。

これは野鳥だけではありません。
実は多くの植物も「風」から時の流れを察知しています。
動くことの出来ない植物は、光りと風で時を読んでいるのです。
自然の大切な要素。
それが風の流れです。
米原地区の「風の動き」。
調査が絶対に必要です。
  
Posted by yoneharanews at 06:00Comments(3)●今日の石垣島米原地区 

2006年04月16日

●トライアスロン大会。成功。

石垣島トライアスロン大会が無事に終了いたしました。
夕方5時5分に最後のランナーが入り
花火が打ち上げられ、汽笛が鳴らさせました。
午后に開催された「ITUトライアスロンワールドカップ石垣大会」の
女子選手競技の頃には応援する人々も最高潮となりました。
複雑なコースの運営をスタッフが見事にやりあげたことは見事でした。
この後、交流パーティが真栄里公園にて7時から開催されます。


競技結果の速報はここからどうぞ。
  
Posted by yoneharanews at 18:00Comments(0)●今日の石垣島米原地区 

●トライアスロン大会A組・完走者が続出。

どんよりと曇った天候。
時折、雨がぱらつく中、
早朝の6時過ぎには参加者などが会場に集結。
午前のAプログラムがスタートしました。
実行委員会、一般ボランティア、高校生ボランティア、市役所関係者など
多くの人々の協力で順調に進行しています。
特に「琉球国祭り太鼓」と指笛の応援は
参加者、応援者の注目を集めていました。
10時過ぎには、10位までの完走者が出ています。
午后からはBプログラムとなります。
  
Posted by yoneharanews at 10:10Comments(1)●今日の石垣島米原地区