2011年06月15日

東北ボランティア記 5/22(日)<前>

ずいぶん滞ってしまいましたが、5/22(日)の前篇を。

早朝から亘理町の隣にある山元町の被害状態を見に行くことにした。
実はオレのごく身近な知人のご両親が山元町で津波の犠牲になっていることもあり、最初はそこでボランティア活動をしようかと思ってました。ただ、テントが張れない等、県外からのボランティアとしては活動が難しいこともあり断念したのでした。
それでもやはり被害状態をこの目で確かめたいと思い、現地に向かいました。

S-CIMG5373


海岸から数キロ先まで高台が無いため、広大な平野が丸ごと津波に飲み込まれている。
これではどこにも逃げようがない…。
海岸付近では、多くの建物が基礎以外跡形も残さず破壊し尽くされている。
重機で集められた瓦礫がすごい高さで山積みになっている。
あまりの光景にすっかり言葉を失う…。
でも、この悲惨さをしっかりと目に焼きつけておきたい。


亘理町に戻り、ボランティア2日目開始。
昨日と打って変わって今日は雨。
住宅地と畑の間に張り巡らされた側溝に詰まっている泥の掻き出しを30人チームで行うことになった。

側溝の蓋を開けていくと、ぎっしりと汚泥が詰まり、水が全く流れない状態になっている。
海から運ばれてきた砂の層もあれば、腐りきって真っ黒な汚泥層もあり、割れたガラスやレンガブロック、植木鉢、衣類、家財道具…津波に飲まれたあらゆるものが詰まっている。
これらをショベルでひたすら掻き出していく。

ひと掻き、またひと掻きと繰り返し、ずっしりと体に重みが刻まれる。
側溝なんて町中の至るところに張り巡らされていて、それが青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉に及ぶとなると一体何千キロあるのかと途方に暮れそうだが、とにかくやるしかない。
しかも重機でどうにか出来る作業でもないので、とにかく一人でも多くの人の手が必要。

雨に打たれながら無我夢中で作業して、午前中で200〜300mぐらい進んだか。
上げた泥と、綺麗に水が流れるようになった側溝を見ると、充実感と感動が広がった。
しかし昼からどんどん雨が強くなり、午後の作業を断念。
まだまだ息の長い支援が必要なので、無理は禁物。

労をねぎらってくれたボランティアセンターの方々に、「また来ますよ!」と挨拶し、次の目的地へと向かいました。
自分の生活が破たんしない程度に、また何度でも来たいと思います。


…現地はこんな状況です。
もしボランティアに行こうかどうか迷っている方がいれば、今からでも全然遅くないので、ぜひ行って、見て、この状況を体験してみてください。
分からないこと、不安なことなどあれば、オレに出来るアドバイスは何でもしますので、遠慮無くご質問ください。
善意の和が広がり、1日も早い復興、再生に繋がることを願っています。


yonet_com at 23:59│Comments(0)TrackBack(0)

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