ボウズ

巡り巡って無になった親心

ボウズ一家、娘の最初の高校受験前日。
私は娘の力になれることはないかと、
せめて激励だけでも、といつもより少し早く家に帰りました。

いろいろと熱い言葉をかけようかと思いましたが、
それが逆にプレッシャーになったらマズいかなー・・・
と思ってやめました。

妻に頼んで、弁当に激励のメッセージカードを
入れたいと申し出ましたが、「あんまり普段と違う事
しない方がいいんじゃない?」と言われ断念・・・
ちゅうか、それ以前に弁当なしで午前中だけで帰ってくると。

「お腹痛くならんように、朝トイレ行っとけよ」って言おうかと
思いましたが、その一言によって「お腹痛くなったらどうしよう・・・」って
不安にさせるかも・・・・・  などなど

考えれば考えるほど何もできず、
結局いろいろと実は熱い激励メッセージを
考えていたにも関わらず、掛けた一言は

「名前書くの忘れんなよ。」

しかし親の心配をよそに本人は全然緊張している
様子がありませんでした。

受験当日の朝、娘は私より10分程早く家を出ました。
久しぶりに見る娘の制服姿は
女子高生と変わらないくらい大人に見えました。
いつの間にかまた大きくなっとるな・・・

私が自転車で駅に向かうと、
先に出発した娘が友達と二人で歩いている後姿に
追いつきました。追い抜きざま、「頑張れよ」の一言だけでも、
と思いましたが、試験前に友達の前で父親に声を掛けられたら
恥ずかしいかなー・・・やめとくか・・・ということで、
1つ前の角を曲がり、娘に気付かれないようにいつもと
少し違う道で駅に向かいました。
そして改札のそばでこっそりと無事に駅に着いたのを見届けて、
会社に向かいました。

受験が終わったら、実はあの日お父さんは
お前のことを色々気遣ってたんや。
「名前書かくの忘れんなよ。」の超無難な一言には
いろいろな背景があったんやで。
と伝えたいと思います。







グローバルな夜

昨日、ある会合に参加するために地下鉄に乗り、
「なんば」の駅で降りました。
会場の場所は事前に調べていたので、
暗記した通りのルートを探しました。

地下鉄なんば駅下車→「26番-B出口」→出て右に真っ直ぐ5分

こんな簡単な道のりの予定でした・・・・

なんば駅で降りてすぐに26番出口を探すのですが、
なんばは今までほとんど降りたことが無いうえに、とても巨大で
一向に見つからず、焦った私は駅のインフォメーションに向かいました。

インフォメーションにいた案内係と思われる青年に話しかけると、
「ハイハイ、セツメイシマス」と少しぎこちない発音だったので、
その人をよく見ると「中国語案内」というプレートを胸に着けていました。

その案内係の人はおそらく中国人で、中国人旅行者を
中国語で案内する専任のスタッフだと思われます。
すこしアクセントに特徴がありますが、十分に聞き取れる
日本語で私を案内してくれました。

「オ客サマハ、イマ、ココニイラッシャイマス。」
案内図を指でなぞりながら
「ココヲ、コチラノ方向ニ進ンデクダサイ・・・
トチュウデ、道ガ、ヒロクナリマス・・・
ヒロクナッタラソノ先ニ・・・」
といった感じで片言の日本語で
とても親切に教えていただき、
遅刻することなく会場へたどり着きました。
ああ、よかった。

・・・・って、いや、逆やろ!!

本来なら片言の日本語で話しかけてくる中国の人に
道を教えてあげなアカン立場やろ!

この状況に笑ってしまいつつ、
グローバル化の波を改めて感じた夜でした。










贅沢な元旦

皆様、新年あけましておめでとうございます。
どのような正月をお過ごしでしたか。

私は妻の実家で本当にゆっくりと過ごしました。

周防大島と言いまして、瀬戸内海のとても綺麗な島です。
都会の喧騒や普段の忙しい日常を離れてゆっくり休みました。

元旦の朝、散歩に出かけると義母に告げると、
「あんまり山の上のほうに行くと、猪が出るけん、気いつけんさい。」
との返事が・・・

のどかだ・・・・

DSC_0171

近くの漁港の事務所には正月を祝う国旗と大漁旗がはためいて・・・

のどかだ・・・

DSC_0180

ゴミひとつ落ちていない砂浜・・・澄んだ海・・・

のどかだ・・・

砂浜を無邪気に走るボウズジュニアの背中を
眺めながら、今年も大切な家族を守るため、
しっかりと働こうとささやかな誓いをたてました。

激動が予想される2017年の元旦を、時間の流れる早さが違うと
錯覚するほどの環境で、穏やかに過ごしました。
このゆったりした時間が何よりも贅沢で、とてもよい正月でした。

そう・・・平和すぎてブログのネタが全くないほどに・・・

それでは皆様、今年もよろしくお願いいたします。








日にち薬

先日、腰に張りを感じたので日頃愛用している
「アンメルツヨコヨコ」に手を伸ばすと空になっていました。

妻に「明日、アンメルツヨコヨコ買っといてくれん?」と頼むと
近所のドラックストアが「ポイント5倍デー」の日に買いたいので、
それまで頑張れとの答えが。

さらに数日後、ストレスからか上唇の裏に強烈な痛みの口内炎ができ、
妻に「明日、口内炎の薬買っといてくれん?」と頼むと
「うーん、来週ポイント5倍デーだから、もう少し我慢できない?」
との答えが。

ま、所詮口内炎なので、我慢できない事はないだろう。
という判断でまた買ってもらえず。

で、翌週、「明日ポイント5倍デーだから、何か買うものある?」
と妻にきかれましたが・・・・



「もうすっかり全部治っとるわ!日にち薬で!!」






ボウズ、故郷を走る

10月23日、私、人生初のフルマラソンに挑戦致しました。

フルマラソンデビューのレースがなんとわが故郷
「金沢マラソン」
しかもジョギングの師匠であるランナーさんと一緒に
参加できるという、素晴らしいステージが整いました。

で、入れ込みすぎて1か月前に膝を故障。
完走できるかどうかの大きな不安を抱えてのレースとなりましたが、
心優しい、男気溢れるランナーさんが自分のタイムそっちのけで、
スタートからゴールまで伴走してくれました。
ありがとう、そして・・・いろいろゴメン。

スタート前

スタートから男気溢れるランナーさんは
「足どうや?大丈夫か?」と気遣いながら
走ってくれました。

初マラソンで入れ込んだ私は、ペース配分もわからず
ハーフを2時間ちょっとで通過・・・
順調かと思いきや、ハーフ以降は半端ない勢いで
ペースを落とし27キロ地点からしばしば歩き出す始末・・・

そこでもランナーさんは
「大丈夫か?一回足伸ばすか?」
などと常に私を気遣ってくれました・・・

30キロ地点
30キロ地点では金沢カレーが振る舞われました。
しかしこの時点で、私の足は残念ながら完全に死んでおりまして、
30キロ以降は全速力でもペンギンに抜かれそうな感じでした。

30キロ以降もランナーさんが定期的に
「大丈夫や、完走いけるいける!」などと声をかけ続けくれました。

くれ・・・!! もっと声くれ!!

「よーし、あと5キロ!!頑張ろうぜ!!」

いい・・・その檄いい・・・・

終盤の30キロ以降私はずーっと心の中で念仏のように
次のセリフをぶつぶつ唱え続けました。
「俺は右足を前に出し、次に左足を前に出す。
そして俺はまた右足を前に出し、次に左足を・・・」

41キロ地点・・・・
もう完走が完全に視野に入った頃・・・

さあ、最後はどんなステキな言葉で私を励ましてくれるのかと思いきや、
ランナーさんはポケットからスマホを取り出し、
私の失速ぶりを実況つきで動画撮影し始めました・・・

「歩いてまーす・・・あと1キロやのに歩いてまーす」・・・と。

やめろー!!撮るなや!!
なんて言っているうちになんとかゴールできました。

本来なら3時間40分ほどで走りきるランナーさんが、
私の情けない「電池切れ」によって5時間半近くたっぷりと
走らされるハメになりまして・・・・

完走

迷惑かけましたが、私にとっては最高の思い出になりました。

DSC_0149

沿道の声援、スタッフの皆様のもてなし、
完走メダルや記念Tシャツのデザイン、
全てが最高だった金沢マラソン。
郷土の自慢がまた増えました。
来年も是非参加したいと思います。




























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