2010年09月18日

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桜が散って、初夏の雨が土を濡らす頃、公園の中にある道を歩きながら、お姉さんは、僕に向かって話し掛けた。

「ねぇねぇ」
「なんですか」
「日記、読んだことある?」

日記には、何が書かれているのだろう。
でも、何が書かれているにせよ、交換日記でもブログでもない、普通の日記は、きっと、誰かに読まれることを望んでいない。
いや、少なくとも、彼女はそれを望んでいなかった、というべきだろうか。

「勝手に読んじゃ、だめですよ」
「あなたはホントに、真面目な人ね」

読みたいか、読みたくないか、と自分自身の心に問われれば、僕は何と答えただろう。
自分の知らない空白を埋める何かが、そこにあるとしたら。
明かされなかった心の内が、赤裸々に書き付けられているとしたら。
それでも僕は、その日記を、読みたくないと言えただろうか。

読みたいと思うことは、隠されたものを知りたいと願うこと。
他の誰よりも、理解したいと願うこと。
今はもう、なくなってしまった絵が、かつてあったその場所は、自らの空白だけをかすかに残して、周囲の灯りが、まるで何事もなかったかのように、同じ場所を照らし続けている。
飛び散ったパズルのピースを集めて、一つずつ元の場所に嵌めていくことができれば、その絵は果たして、元に戻るのだろうか。

「いいじゃない、少しくらい。もう、怒られることもないんだから」

飛び散った破片は、どこにいってしまったのだろう。
いや、そもそもこの絵は、完全な絵だったのだろうか。
僕が、あるいは他の誰かが、完全な絵だと思っていただけなんじゃないか。
あるいは、砕け散り、なくなってしまったからこそ、破片を集めれば完全な絵に戻るのだと、いつの間にか信じるようになっただけなのだろうか。

人がいなくなるということは、砕け散った絵が、永久に戻らなくなってしまうということ。
それは、元々欠けていた絵が、永遠に満たされないままになるということ。
だから、大事なのは、限りあるパズルのピースを集めることではなくて、なくなってしまった絵のことを、元々欠けていた絵のことを、ずっとずっと、覚えておくことだ。

「読まない方が、いいです」

でも。

この世からいなくなる、その最後の瞬間に、これまで見えることのなかった、その心の中に、一体何が映っていたのか。
たとえ、全てを知ることができないとしても、その欠片の、その影を、少しだけ眺めてみたいと思うことは、果たして彼女を裏切ることになるのだろうか。

「あなたが読みたくない、っていうのは分かったわ。だから、一言だけ、中に書いてあった言葉を教えてあげる。悪いのは、勝手に読んだ私なんだから。あなたは、何も気にしなくていいのよ」

見ないほうが、幸せでいられるもの。
見たほうが、幸せになれるもの。
それは呪いだろうか。
それとも、祝福の言葉だろうか。
僕は、それを知りたかった。

『私の彼氏は、弁護士になるんだ』

「…だって。頑張りなよ、未来の弁護士さん」

いつか、砕けてなくなってしまった絵の、小さな小さな欠片が、どこからともなくやってきて、膝の上に落ちてきた。
そして、読まれなかった日記の、開かれなかった未来は、ノートの間から滑り落ち、いつの間にか結ばれてしまった。

その次には、どんな言葉が書かれていたのか、あるいは、書かれていなかったのか。
ノートを見れば、書かれた文字は見つかるかもしれない。
でも、書かれなかった何かは、一体どうやったら見つかるのだろう。

それを可能にするものは、想像力だろうか、それとも努力だろうか。
欠けていたものを満たそうとする、その力のために、僕は名前を探したい。
書かれなかった日記の、続きを書く力のことを、僕はこのさき、愛と呼べるだろうか。

(04:57)

2010年09月09日

・このブログは、当面、習作と批評を公開するための場所です。
・その1は2004年8月1日、その2は2005年5月29日に開始。
・今回は、2010年9月9日を目途に、毎日文章を書きためていきます。
・ブログについてのコメントは、この記事にお願いします。
・ここに書かれた文章は、すべて《フィクション》です。念のため。

(16:00)

2010年06月22日

この寮は、町を東西に走る、大きな通りに面していた。
今から40年前、おそらく70年安保で大学が賑やかだった頃に建てられたこの寮は、今も昔も、あまり変わっていない。
もちろん、僕は40年前に、この寮を見たことがあるわけではないのだけれど、入り口の門をくぐって見上げた寮の窓には、赤や青や黒の文字で書かれた「安保粉砕」の文字が躍っていて、あれらはきっと、70年安保のときに書かれたのに違いない、と思う。

門をくぐってから建物までの間は、黒いアスファルトが敷かれていたのだけれど、随分と使い古されているからか、濃い灰色、あるいは、白の混じった紺色のように見えた。
そして、アスファルトの上には、黒や銀、赤や青の自転車が、一面に敷き詰められている。
どの自転車も、ベルが外れていたり、かごが曲がっていたり、サドルの下の金具が錆びていたりして、もう何年も、その場所に並べられているようだった。
建物から出てきた寮生は、こちらにふと目をやったかと思うと、その自転車の中の一つにまたがって、通りへと出掛けていった。

玄関の、ガラスでできた引き戸は開け放たれていて、中には受付の机が見える。
受付、と言っても、学校の職員室にあるような事務机が一つ、置かれているだけで、机の前には、何かの会議で使われたらしいA4サイズの紙が、裏返しにして貼られていた。
紙の裏には、「受付」と黒いマジックで書いてある。
だから、それはやはり、寮の受付だったのだと思う。

「こんにちは、合格おめでとうございます。入寮希望の方ですか」
「あ、はい」

なんとなく、時代遅れのように見えた建物の中には、きっと時代遅れで、自分にはたやすく理解できないような人がひしめいているんじゃないか、と思っていた。
でも、僕の予想に反して、声を掛けてきたのは、細面で優しそうな、メガネをかけた男の人だった。

「もう見学は済まされましたか。よかったら、僕がご案内しますよ」
「じゃあ、お願いします」

大学の構内に張り出された掲示板で、自分の受験番号を確認して、その10分後には、僕は寮の玄関にいた。
ついこの間まで高校生だった自分が、大学生のひしめく寮をウロウロしているなんて、時間が経つのはあまりに早いし、環境の変化もあまりに早い、と思う。

男の人に伴われて、受付のあった玄関を奥へと進むと、白い木枠の、大きなガラス戸で囲まれた部屋が見えた。
一面の水色の床には、水色のシートと銀のパイプでできた椅子、そして、手入れされた白い板のテーブルが、きちんと並べられていた。
食堂のカウンターの向こう側では、エメラルドグリーンのタイルの上で、調理員さんが忙しく立ち回っている。
その部屋は、なんだか寮の他の場所よりも、明るく蛍光灯で照らされているような、そういう気がした。

「ここは、食堂なんですよ」
「おいしい、ですか」
「きっと、愛、でしょうねぇ」

料理の味には何も触れないまま、男の人は笑って、食堂を脇に見ながら、さきへと進んでいった。
食堂は、厨房、ガレージ、玄関に加えて、大きな廊下に囲まれていた。
廊下、というよりも、広場、と言った方が良いようなスペースには、書きかけのポスターが広げられ、何かの行事の立て看板が立て掛けられている。
何となく、寮の玄関から見えたポスターに近い雰囲気を感じるのは、色使いや、字体が似ているからだろうか。

「せっかくなので、僕の部屋にご案内しましょうか」

廊下の奥にあった階段の壁を、白やピンク、薄緑色のくすんだ紙が、所狭しと埋め尽くしていた。
ガイドライン、とか、カンボジア、とかの文字が見えるので、これはきっと、安保闘争よりは後の時代なのだろうけれど、やっぱりいつのものかは分からない。
貼って、貼られて、貼り返されて、きっと、灰色のコンクリートでできたこの寮の壁は、何枚ものビラやポスターと、寮生の行く末を、この場所から見守ってきたのだ。

(続)

(22:21)
彼が寮に来た頃、身の回りの世話はみんなで分担しよう、と、話し合いをして決めたのだけれど、結局、一緒に住んでいたナナミさんが、ほとんど全部彼の世話をしていたのだった。
エサをあげるのも、トイレのシートを換えるのも、一番多く顔を引っ掻かれたのも。
だから、ナナミさんが寮を出て、彼を実家に連れて行くと言ったとき、誰も反対する寮生はいなかったし、きっと彼も、ナナミさんと一緒にいたかっただろうな、と思う。

ナナミさんは、なかなか会いに行けない僕に、いつも彼の写真を送ってくれた。
最近仕事がしんどいんだけど、というメールと共に送られてきた彼の写真は、いつも寝転んでいる姿だった。
もちろん、彼は猫なので、二本足で歩いている写真はほとんどなく、むしろ、少ないながらも二本足で歩いている写真がどうしてあるのか、今さら不思議に思うのだけれど、とにかく彼は、いつも機嫌が良さそうに、畳の上に敷かれたナナミさんの布団の上で寝転んでいた。

ナナミさんいわく、寮を離れてからの彼は、昔よりもスリムになったらしい。
寮にいる頃、先生からは、生後1年にしては太り過ぎだと心配され、寮生からは、ブタネコだとかデブネコだとか言われて、お腹を触られていたのに。
ナナミさんの家は、寮から電車で二時間ほどの、山深い小さな町にあった。
彼は、日中は家の外で走り回ったり、ときにはネズミを連れて帰ってきたりするのだと、ナナミさんがメールで教えてくれた。
彼は、自然に囲まれて暮らすうちに、野生を取り戻したのか、世の中に疲れて、人里離れたところで過ごすことを望んだのか、それとも、与えられた環境を、ただひたすらに楽しんでいただけなのか。
左の前肢を少し引きずりながら、それでも楽しそうに町をウロウロしていた彼は、寮での暮らしを、寮での出来事を、覚えていたのだろうか。

ナナミさんは部屋を出るとき、私がいなくなったら彼の世話をする人がいなくなるから、と言った。
でも、本当は、他の誰よりもナナミさんが、彼と離れるのが寂しかったんじゃないか、と思う。

猫の一生は、人間の一生よりも短い。
だから、猫を迎える時は、自分が生きている間に、猫の命と、猫と共に過ごした自分の一部が、いつか喪われてしまうかもしれないということを、必ず、覚悟しておかなければならないのだ。

ただ、彼を寮に連れて来た、彼女を除いて。

でも、それはまた、別の話。

(次)

(03:14)

2010年06月17日

気が付くと、サトウさんはトイレにいた。
目が覚めて、顔を洗うために部屋を出ると、廊下を挟んで僕の部屋の向かいにある女子トイレの中から、サトウさんが顔を覗かせていた。
女子トイレに逃げ込まれないように、慌てて捕まえようとすると、彼は、僕の右脇を通り抜けて、そのまま元の部屋に帰ってしまった。

寮と、その住人に慣れたからだろうか。
僕の部屋には、サトウさんの顔を見たさに、あるいは、サトウさんのお腹を撫でたさに、ひっきりなしに人が出入りしていたし、さすがに一日中ゴロゴロしているだけの彼も、寮生の顔を覚えたのかもしれない。
そして、僕の部屋は、いつも鍵を掛けていなかったから、偶々ドアが開きっぱなしになっていたとき、外を覗いたサトウさんは、部屋の外に広がる広い世界に、興味を覚えたのかもしれない。

彼は、夏の暑い日は、冷たい廊下で寝そべり、冬の寒い日は、隣にある談話室の暖かいコタツの中で眠るようになった。
廊下でセミを捕まえては、僕と、僕の部屋に住むナナミさんを驚かせたし、ベッドの上の布団に早々と丸くなっては、眠ろうとするベッドの持ち主を困らせた。
コタツに足を入れた寮生は、試みに彼の柔なかなお腹を蹴ってみたし、コタツの中に寝そべる彼は、ことあるごとに誰かの足を甘く噛んでいた。
サトウさんは、これまで、そういう風にして育ってきたのだ。

一体誰なのだろう、彼を屋上から突き落としたのは。
彼は、二段ベッドのはしごを踏み外すような猫だったから、決して運動神経が良かったわけではない。
加えて、猫がいくら、高いところから飛び降りることができると言っても、飛び降りるのと放り投げられるのでは、きっとバランスの取り方が違うのだろう。
いずれにせよ、彼は、誰も見ていない夜のうちに、4階建ての寮の屋上から、宙に放り投げられたのだ。

鳴き声、というより、叫び声に近い声を聞いたという寮生が、彼を抱えて僕の部屋にやってきた。
彼は、左の前足を痙攣させながら、小さな声で唸っている。
どこから流れてくるのか分からない血が、彼の顔を汚していた。
ナナミさんは、泣き出しそうな顔をしながら、携帯電話で佐藤動物病院に電話を掛け、受け取ったサトウさんを抱えて、部屋を駆け出して行った。

彼は一体、何を思っただろう。
ある日突然、見知らぬ誰かが、あるいは、ひょっとすると、見知った誰かが、自分のありきたりな一日に闖入し、悪意か、憎悪か、好奇心か、何やら分からぬ気持ちと共に、自分の身体を宙に放り投げたその時に。

彼はこの事件を、幸せな生活の終焉ではなく、幸せな生活に起こった気まぐれな偶然だと、信じることができただろうか。

(続)

(23:29)
彼の名前は、サトウさんという。
彼はいつの間にか、名字のような、名前のような、不思議な名前を付けられてしまった。
その理由はただ一つ、彼が保護されていた病院の名前が、「佐藤動物病院」だったということ。

彼が鼻風邪を引いたとき、僕はスクーターに乗り、彼を連れ、その病院に行ったことがある。
サトウさんはいつも、じっとしているのが苦手だったし、一つところに押さえつけられると、すぐにそこから逃げだそうとした。

「こら、サトウさん、じっとしてないと」
「サトウさん、って」
「彼の名前です」
「もう少し、別な名前を」
「いえ、彼は、みんなから愛されているもので」

それは、一度付けた名前に対する愛着からか、ユニークな名前を付けた自分達に対する誇らしさからか、あるいは、まるで人間の名字のような名前を付けることで、彼がなんだか、寮生の一員になったような、そんな気分になったからか。
今となっては、その理由は分からないけれど、とにかく僕らは、育ての恩のある先生に反対されながらも、彼の名前を、かたくなに、サトウさんと呼び続けたのだった。

僕らは、彼のことを、サトウさん、と呼び続けていたのだけれど、彼は、それが自分の名前を呼ぶものなのだということに、気付いていたのだろうか。
彼が反応していたのは、もっぱら、サトウさん、と呼ぶ人間の声ではなく、スーパーの袋を丸めた時の、カサカサ、という音だった。

スーパーの袋を丸めて、ロフトベッドの上に、投げる。
ベッドに昇って、くわえて、降りる。
スーパーの袋を丸めて、本棚の上に、投げる。
棚に昇って、くわえて、降りる。
彼はまるで、それが自らに与えられた、極めて重要な仕事であるかのように、何度も何度も、ロフトベッドや本棚を、昇っては降り、降りては昇り、それを何時間も繰り返していた。

彼は、とても大人しい猫だった。
いや、さっきも言ったように、彼は毎日、ビニール袋を追い掛けて部屋を走り回っていたし、同じように、紐のついた猫じゃらしを振り回すと、何十回、何百回と飛び跳ねていたのだから、大人しい、とは言えないかもしれない。
ただ、彼はほとんど、鳴き声を上げなかったのだ。
春になり、窓の外から、昼と言わず夜と言わず、猫の鳴き声が聞こえる季節になったとしても、彼は決して、声を上げることなく、部屋の布団の上でじっと動かなかった。
僕が、数少ない彼の声を聞いたことがあるのは、何時間もエサをあげるのを忘れていた時と、暗がりの中で、彼に気付かず踏んづけてしまったときだけだった。

ただひたすらに、撫で、撫でられ、エサを与え、与えられ、愛を注ぎ、注がれる。
そこでは、誰の言葉も必要なかった。
彼が、まるでゆりかごのような、この部屋の中にいる限りは。

(続)

(11:54)

2010年06月16日

電話の向こうで、涙に咽ぶ女性の声は、死を容易に連想させる。
気だるい午後、コーヒーを淹れる手を措き、机の上の携帯電話に手をやると、いつも見慣れた名前があった。

「もしもし」
「もしもし…」

電波の力で伝わる、震えた声色は、電話口からの、たった一言の挨拶だけで、何か取り返しのつかないことが起こったのだと訴えている。

僕が、彼と初めて出会ったのは、寮の一室だった。
一室、と言っても、その部屋は、僕の住んでいた部屋そのものなのだけれど、彼はなぜか、かの電話の主と一緒に世話をするという約束で、突如として僕の部屋に住むことに決められたのだ。

当時、寮のあちこちでネズミが現れはじめており、フンをしたりゴミを漁ったりするだけでなく、寮生が寝ている間に身体をかじったりしていた。
そこで、ネズミの現れた部屋の寮生が、彼をペットにするついでに、ネズミの駆除をさせてしまおうと考えたのが、事の始まりだった。

彼は、生まれてから3ヶ月経った頃、街のはずれにある駐車場に捨てられていたところを、近所にある動物病院の院長先生に保護された。
そして、先生が里親を募ったのを、寮生がインターネットで見つけ、これを引き取ったのだ。
彼は、拾われたときこそ、やせ細って元気がなかったものの、病院で先生や看護師さんに世話をしてもらううち、少しずつ体型は丸みを帯びていき、寮に来た頃には、生後6ヶ月にしては少し太りすぎだ、と先生に言われるほど、成長していたのだった。

彼は元々、ネズミを捕るために連れて来られたものの、ネズミ部屋に住む寮生の一人が、猫はどうしても苦手だということで、仕方なく僕の部屋に連れて来られた。
そして、ネズミのいない僕の部屋には、散乱したスナック菓子や、おつまみの残りくらいしか、彼が食べられるものがなかったので、同居人たちは、お腹を空かせて鳴く彼に、エサを与え始めたのだった。

僕の部屋の入り口のあたりには、半畳分くらいのスペースがあって、部屋に敷き詰められた畳のおかげで、ちょうどたたきのようになっている。
その隅っこで、押し開けたドアが当たらないようにしながら、彼は自分専用の小屋と、エサを入れるためのボウルを手に入れた。
そして、彼は、一日三食、ボウルに入れられた乾燥キャットフードを食べては、部屋の中をウロウロと歩き回り、のんびりと窓の外を眺めたり、誰かの布団の上で眠ったりして過ごしていた。

そんな、安穏とした暮らしに慣れた彼は、いつの間にか野生を失い、ネズミを捕ることが出来なくなった。
いや、彼は最初から、ネズミを捕ることが出来なかったのかもしれない。
人が、環境によって規定されるのだとすれば、猫も当然、環境に規定されるのだろう。
彼は、食べるものにも困らず、外敵に襲われることもなく、この部屋の中で、ただひたすらに、寮生から愛を注がれていた。
だからこそ、太ったアメリカンショートヘアの彼は、すくすくとその身長を伸ばし、その腹囲をさらに、大きくしていったのだ。

(続)

(01:00)