ヘルモゲネスを探して

錬金術書を読む Si hoc est quomodo est, si non est quomodo non est [Avicennae ad Hasen Regem Epistula de Re Recta, c.1]

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』11


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

神秘的錬金術師たちは、硫黄、メルクリウス、塩によって質料、運動、力能を意図していた。受動・女性原理であるメルクリウスは質料。能動・男性原理である硫黄は質料をかたちづくる力能であり、塩つまり運動を介してそこにあらゆる形相を与える。

塩は象徴的に質料に形相を賦与することによって帰結する(賦与するための媒介として)中項(中間)を名指す語であり、男と女の合一から生まれる新たな存在である。どうやら、この理説と現在の化学の間にはいかなる矛盾もないように見える。化学は唯一の質料という仮説を拒絶するものではない。これは最古時代から、形而上学が世界を説明するために不可欠のもの、とみなしてきた仮説である。英国の科学者クロークスはこの唯一の質料をプロタイルProtyleと呼んでいる。彼の理論によれば、われわれの現実の体躯はプロタイルの重合体に他ならない。一方、質料は能作せず、これは運動してるのでなければ格別の性質をもたない。一々の運動は熱をもつものと想定されるから。マイナス273度つまり絶対零度にあっては化学的諸性質は無に帰し、硫酸も苛性カリに対してはたらかない。力能の一性については物理学者たちも考慮するところである。いまや、磁気、熱、光、電気、音に異なった原因を探す者はいない。さまざまな液体(流体)はあれこれに還元される力に置き換えられた。われわれの目に異なって映じる力能も、それがある物体(コルプス)に捺す振動数に他ならない。そればかりか、振動するあるいは運動する物体(コルプス)は可感的に熱され、早々に光を放つこととなる。音が終わるところに熱や光がはじまるのであるとすれば、連続性に切れ目はない。

「自然本性は飛躍しないNatura non facit saltus」。

ここに付言しておくべきは、錬金術師たちによってこの理説が洞見されるや否や、当時の凡庸な知識水準にもかかわらず、それは発展(進歩)せずにはおかなかった、という点である。先に見たように、錬金術師たちは質料は唯一であるとみなし、それを第一質料あるいはヒューレーと称した。彼らはまた万有宇宙(普遍)の力の実在をも認めた。ボードワンはこれを万有宇宙の磁気(マグネティスム・ウニヴェルサーレ)、磁気的息吹きと呼んだ。神秘家たちにとって、力とは神の息吹き、生命および運動の第一原理である。パラケルススはこれをアルケーと呼んだ。アルケーとはつねにはたらく力能のことで、これが質料に加わると質料は動き、そこに形相が賦与される。パラケルススの造語であるアレスAresおよびクリッススClissusもこれと同じ意味である。

運動は火と等置され、これは力を蒙った質料を矯正するという考えを表現するものとなった。

ここまで洗練された錬金術理論を自らのものとした錬金術の達人(アデプト)は僅かであったが、こうした卓抜な総合に驚いてばかりもいられない。こうした純粋な理拠づけは、すでにピタゴラス、デモクリトス、プラトンによってもっとも高位な真実として観念されたものであった。

錬金術師たちはこの理説を三角形によって表現した。これは絶対的平衡の象徴であり、最初の角には力の象徴である硫黄のしるしが、二つ目の角には質料の象徴であるメルクリウスのしるしが、三つ目の角には運動の象徴である塩のしるしが記された。

これを纏めて、錬金術理説の三様の応用を表示しておこう。

 

硫黄・・・・・・男・・・力・・・原因

メルクリウス・・女・・・質料・・主体

塩・・・・・・・幼子・・運動・・帰結

 

この理説の総体を要約しておくなら、質料(マテリア)はその唯一の本質(エッセンチア)を自ら形相(フォルマ)のうちに差異化させ、これらに力を伝える運動(変成)を帰結する。

 

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』10


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

第四章   〔神秘的錬金術−空想的な理説−錬金術的カバラ−ヘルメス理論の三様の応用−聖域〕

 

ギリシャ人たちのもとで錬金術は、これと淵源をともにする魔術(マギア)や降神術(テウルギア)と混淆していた。後にアラビア哲学者たちによって疑わしい要素の数々から解放され、十五、十六世紀になるとふたたび隠秘(オカルト)哲学と結びつく。

その時以降、数多の錬金術師たちがカバラ、魔術あるいは占星術に大いなる業の鑰を探ろうと努めてきた。パラケルススは自らの弟子にただ占星術に精通した人物をだけ受け入れた。これについて彼自身、「わたしが援助を惜しまないわたしの弟子たちを満足させるため、この論題に戻ろう。あなたたちは自然本性の賜を授けられており、万物の質料について語る占星術や哲学を熟知しているのだから」(パラケルスス『宝の宝』)と言っている。

彼の先行者たちおよび同時代人たち、ハリド、ヴァロワ、ブーレーズ・ド・ヴィジェニェールは諸金属の生成に諸星辰がもたらすはたらきを認めるのとどまっていたが、パラケルススはいつどのように諸惑星が諸金属に影響するのか算定できると主張する。錬金術師の中にはこの理説をもととして占星術とヘルメス主義に密接な関係を据え、諸惑星が好意的な時をあらかじめ確かめない限り実修に着手しない者もあった。

パラケルススはまた、錬金術にカバラ的要素の幾つかをもちこんだ。彼の隠秘(オカルト)理説は『隠秘哲学論考』[1]および『魔術的大理論(アルキドクセス)』[2]に説かれている。

そこでカバラについて簡約に述べてみよう。この知識はことばをばらばらに解体し、これらの文字に数価を宛てることで、あらかじめ定められている規範をもとに可能な帰結のすべてを取り出してみせることからなっている。たとえば、鉱物圏の精華(誉れ)である黄金はヘブル語表記では209の数価をもち、精気(霊)の世界において、神(イェホヴァ)に一致する。

ヘッファーは『化学史』[3]において、諸金属へのカバラの適用を数頁にわたって論じている。体験知(実験科学)としての錬金術を純然たる思惟の知識であるカバラと組み合わせても、なんの利益も得られない。関係のない諸要素を加えることは、それを晦渋(暗愚)なものとするだけであり、それゆえパラケルススはここで間違いを犯している、と。パラケルスス以前に、バシリウス・ヴァレンティヌスはこれと同じ傾向の幾つかの試みをなしている。彼はアゾートAzothという語を次のように分解してみせた。「アゾートは端緒(原理)であり終局(目的)である。というのも、AOはいたるところに存する(はじめとおわりにある)から。哲学者たちはこれをアゾートという名をもってあらわしてきた。ラテン人たちはAZにより、ギリシャ人たちはαとωにより、ヘブル人たちはアレフとタウをもって。これらは全を意味し、アゾートという語をかたちづくる」(『哲学者たちのアゾート』[4]

パラケルスス以降特にカバラ錬金術に専念した人物は二人だけであった。そのひとりはヴェネチアの司祭パンテウス、もうひとりは英国のカバラ錬金術師にして算術家ジョン・ディー。パンテウスは『金属変成の業と理論』、『ヴォアルカドゥミア』[5]の二書を著した。これらの論考には、生成の数は544、腐敗の数は772、またメルクリウス、黄金、銀はそれぞれヘブル文字セト、ヘー、ヴァウに符合する等々、夢想(珍奇な思いつき)が語られている。ジョン・ディーは『聖刻モナド』[6]で、錬金術象徴の数々を助けとして独特なカバラの案出を試みている。メルクリウスの象徴は月、太陽、四元素を表象(代示)している。太陽の記号は中心点がモナドをあらわすばかりか、周円が世界を象徴している。この奇妙な論考は『変成術の劇場』[7]第二巻に収められている。

こうした錬金術師たちおよびクンラート、マイアー、ブーレーズ・ド・ヴィジェニェールのような者たちは、この知識(科学)に錬金術理説の新たな解釈をもちこんだ。正確(精密)な自然学知識は帰納(誘導)と演繹(推理)によって進められる一方、隠秘(オカルト)知識は類推(類比)によって進められる錬金術に類推法を適用しつつ、彼らは言う。「鉱物、人、神の三つの世界がある。人の世界にわれわれは万物の諸原理、硫黄、メルクリウス、塩および一なる質料をもっている。人の世界あるいはミクロコスモスにおいては、体躯(コルプス)、霊(スピリトゥス)、魂(アニマ)が人のうちで合一している。神の世界においては、三つの位格(ペルソナ)が唯一の神の中にある。三性は一性(三位は一体)のうちにあり、一性は三性のなかにある。これが体躯、霊、魂であり、硫黄、メルクリウス、アルセニコである」(ベルナルドゥス・トレヴィサーヌス『忘却されたことば』[8])。つまり大いなる業には三様の終局(目的)がある。質料世界においては、諸金属を完成へと、黄金へともたらす変成。小世界(ミクロコスモス)においては人倫の完徳成就。神の世界においては、神性をその光輝のうちに観照すること。つまり人とは賢者のアタノールであり、その中でその力能(徳)が鍛錬され成就される。神秘家たちによれば、次の一節はまさにこのような意味に解されなければならない。「この業はあなたたちとともに、あなたたちの眼前にある。もしもそれらがあなたたちのうちに見出され、つねにそこにあるなら、あなたたちは地上あるいは海上のどこに居ようとそれを手に入れているのである」(ヘルメス『七章』[9])。

 



[1] Paracelsus, Traite de Philosophie occulte.

[2] Id., Archidoxes magiques.

[3] Hoeffer, Histoire de la chimie.

[4] B. Valentinus, L’Azoth des philosophes.

[5] Panteus, Ars et Theoria trasmutationis metallicae ; Voarchadumia.

[6] John Dee, La Monade hieroglyphique.

[7] Theatrum chimicum.

[8] Bernardus Trevisanus, La parola delaissee.

[9] Hermete, Les sept chapitres.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』9


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

諸金属の生成に介入する諸惑星の注入(影響)について語らずにこの章を終えることはできない。中世においては、地上に起こることがらと諸惑星の間には直接関係があるものと考えられていた。「土中および水中には天から種を播かれたもの以外には生じない。これら二つの物体(コルプス)の間に常在する関係については三角形をもって表現することができるかもしれない。その頂点が太陽に触れ、下辺(台座)は土の上にあるような」(ブーレーズ・ド・ヴィジェニェール『火と塩について』[1])。また「わたしの愛する息子たちよ、太陽と月と諸星辰は不断にその注入(影響)を土(大地)の中心へと投じつづける」(ヴァロワ『著作集』[2])と。すでに観たように、七つの金属は七つの惑星に捧げられ、これらに由来するものとみなされた。諸惑星と諸金属は同じ名と同じ記号(しるし)で名指されてきた。こうした理論は錬金術の起源にまで遡るものである。五世紀の新プラトン主義的哲学者プロクロスの『プラトンのティマイオス註解』は、「自然本性的な黄金、銀、その他の諸金属は、諸他の物質(スブスタンチア)同様、土(大地)の中に神々しい諸天の影響、注入をうけて生じる。太陽は黄金を、月は銀を、土星は鉛を、火星は鉄を産生する」(ベルトロオ『古代錬金術序論』序[3]参照)。それどころか、もっと時代を遡ることもできる。ペルシャ人たちも諸金属を諸惑星に捧げた。そこでは金星に錫が、水星に鉄が挙げられており、中世に準えられた諸星辰と同一ではなかったにしても。

すべての錬金術師たちは諸惑星の諸金属に対するはたらきを認めていたし、パラケルススもこれを詳述している。彼によれば、一々の金属はその生成を同じ名で呼ばれる惑星に負っており、他の六つの惑星はそれぞれ獣帯の二つの星座と結びつくことでこれに異なった性質を賦与する。「月は白羊宮、巨蟹宮、火星から、その硬さ、その心地よい響きを受け取る。また金星、双子宮、天秤宮から、溶解への抵抗性(溶解困難さ)と展性を受け取る。そして土星、天蠍宮、磨羯宮はその濃密さと均質性とを受け取る等々」(パラケルスス『哲学者たちの天』)。

つまり、第一質料から形成された諸金属と諸鉱物は硫黄とメルクリウスからなっている。焼の度数、組成成分の純粋さ、さまざまな偶性、諸惑星の注入(影響)が諸金属を識別させるその差異を決定する。

 



[1] Baise de Vigenere, Traite du feu e du sel.

[2] Valois, Oeuvres.

[3] Berthelot, Introduction a l’etude de la Chimie des anciens.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』8


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

錬金術師たちはまた、硫黄が父(能動原理)であり、メルクリウス(受動原理)が母である、とも言っている。

 

「メルクリウスは生銀であり

これは七金属を支配している

というのもこれはそれらの母であるから。」(ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ『知識の愛の泉』[1]

 

ここではただ、硫黄とメルクリウスおよびこれらが諸金属の生成で果たす役割に限って論じることとしよう。これら二つの原理は別々に(分離して)大地(土)の胎内に存する。硫黄は固体、固着、粘性のある物体(コルプス)の形相(フォルマ)のもとに、メルクリウスは蒸気の形相のもとに。「硫黄とは土の脂質で、これは緩慢な加熱により鉱脈中でより濃密となり硫黄をなすに到るまで硬化する」(アルベルトゥス・マグヌス『錬金術論』[2])。両者はお互い不断に引き合い、これら二原理は諸金属および鉱物を形成するにあたり、さまざまな比率で結びつく。しかしこれら二つの原理の親和性を変じるまた別の諸状況もある。つまり加熱の度数、純粋さの度数、さまざまな偶性。錬金術師たちは土の胎内に据えられた火の実在を認めており、硫黄とメルクリウスの混合による諸性質は加熱の度数の大小によって変じる。「われわれが知る諸金属の自然本性(ナトゥーラ)は硫黄とメルクリウスから生じるものである、ということを観た。金属種の多様性を決定するのは、ただ加熱と消化の相違に過ぎない」(アルベルトゥス・マグヌス『複合物の複合』[3])。純粋さの度数に関しては次の一節を引いておこう。「構成原理である硫黄とメルクリウスの純粋さの大小によって、完全なあるいは不完全な金属が産生する」(ロジャー・ベイコン『錬金術の鑑』[4])。ここからすると、最初に不完全な諸金属ができ、鉄が同に変じ、つづいて完成度を高めつつ、銅は鉛に変じる。そしてこれが錫、水銀に変じ、そして銀に、最後に黄金に変じる。諸金属は一種の円環を辿る。「先に『鉱物論』で明快に論じたように、諸金属の生成は円環をなすものである。それは円環に沿ってあるものから他のものへ容易に移行する。近接した諸金属は性質も似ている。それゆえ銀は容易に黄金に変じる」(アルベルトゥス・マグヌス『複合物の複合』)。グラウバーはこれを遥かに推し進め、独特な見解を披歴している。それによれば、諸金属はひとたび黄金の状態に到達すると、円環を逆向きに辿り、ついに鉄に到るまで不完全さを増していく。そしてふたたび完成へと昇り、限りなくこの円環を巡る。「諸元素の力能によって日々新たな金属が生まれ、旧来のものは壊敗する」(グラウバー『鉱物論』[5])。ここで元素という語彙は鉱物化力の意味で用いられている。

つまり、完全である黄金は自然本性の易ることない目的である。しかし硫黄とメルクリウスの不完全な加熱の度数および純粋さの不足以外にも、さまざまな状況がそのはたらきを阻害し得る。「自然本性が不断に向かう目的は完成つまり黄金である。しかしさまざまな偶然(偶性)がその経過を阻害し、さまざまな金属の多様性(差異)を生む」(ロジャー・ベイコン『錬金術の鑑』)。さまざまな金属が根を張る(広がる、成長する)鉱脈の発掘は、こうした偶然(偶性)のひとつとなる。「たとえば鉱脈の発掘において、そこにいまだ完成していない諸金属が見つかることがある。それは鉱脈の発掘によって自然本性のはたらきが中断され、そうした諸金属は不完全なままにとどまり、決して完成に到らず、この鉱脈に蔵される金属性の種子はその力能と徳能を失う」(『錬金術の書』[6])。

 



[1] Jean de la Fontaine, Le fontaine des amoreux de science.

[2] Albertus Magnus, De Alchimia.

[3] Id., Compose des composes.

[4] Roger Bacon, Miroir d’Alchimie.

[5] Glauber, L’Oeuvre mineral.

[6] Texte d’Alchymie.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』7


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

第三章   〔七金属−その組成−その創生−中心の火−形成の周期−諸惑星の影響〕

 

錬金術師たちはまずもって諸金属をもって実修したので、彼らの探求がその誕生(創生)および構成(複合)に向けられたのも当然であった。金属には七種が知られ、それぞれに七惑星の名としるしが帰属された。黄金あるいは太陽、銀あるいは月、メルクリウス(水銀−水星)☿、鉛あるいは土星♄、錫あるいは木星♃、鉄あるいは火星♂、銅あるいは金星♀。これらは完全で変質しない(劣化しない)金属である黄金と銀および不完全な金属つまり火と気のはたらきによって灰(酸化物)に変じ、さまざまな酸に容易に腐食されるものに分けられる。「火の元素は不完全な諸金属を壊敗し、破壊する。これらの金属は五種で☿♄♃♂♀。完全な金属は火によっても変質しない」(パラケルスス『哲学者たちの天』[1])。

ではここでヘルメス理論の諸金属への応用とはどのようなものか見てみることにしよう。諸金属はすべて同じ源泉すなわち「第一質料」から導き出されるものでなければならない。ヘルメス哲学者たちはこの点でみな一致している。「諸金属はお互いその本質において類似しており、ただその形相において異なっているに過ぎない」(アルベルトゥス・マグヌス『錬金術論』[2])。「諸金属には唯一の第一質料があり、これは加熱の度数およびある種の自然本性的能作のはたらきの大小によって異なった形相を受け取る」(ヴィルヌーヴのアルナルドゥス『小道の小道』[3])。ちなみにこの理論は逐一鉱物にも応用できる。「すべての金属および鉱物には唯一の質料しかない」(バシリウス・ヴァレンティヌス)。また「石は諸他のものと同じ自然本性をもっている」(コスモポリタ)。

ここに引いたアルベルトゥス・マグヌスの一節はたいへん明快である。質料は存在する者すべてにとって唯一であり、形相によって差異化する(区分される)。つまりお互い同一である不可分なものども(アトム)は異なった幾何学な形(形相、フォルマ)をとり、諸物体(コルプス)の差異はここに由来する。化学における同素体(アロトロピア)がこの理論を確認させてくれる。

ここから、第一原理である質料に準じる二次的原理である硫黄とメルクリウスは、他ならず、性質の総体(全)を表示(代示)するものとなる。「ここに硫黄とはメルクリウスの物体(スブスタンチア)から分離したものではなく、卑俗な硫黄のことではない、ということは明らかである。そうであるなら、諸金属の質料は均質な自然本性をもつものではないことになる。とするとこれは哲学者たちのさまざまな言明と矛盾することになる」(ベルナルドゥス・トレヴィサーヌス『金属の自然学の書』[4])。同書でベルナルドゥス・トレヴィサーヌスはこの論議に戻っている。「硫黄は生銀と異なりあるいはこれとは分離したものという訳ではなく、ただその熱と乾がメルクリウスの冷と湿に卓越しているだけである。この硫黄は消化を経て、他の二つの性質つまり冷と湿に卓越し、これにその力能を刻印する。これらの異なった焼段階から諸金属の差異が導出される」(同書)。硫黄は熱の自然本性で能動的、メルクリウスは冷の自然本性で受動的である。「そこには二つの自然本性がある。一方は能動、他方は受動。わが師は、これら二つの自然本性はどのようなものか、とわたしに問うた。わたしはこれに、一方は熱の自然本性、他方は冷の自然本性、と答えた。熱の自然本性とはどのようなものか。熱とは能動であり、冷とは受動である」(アルテフィウス『大いなる叡知の鑰』[5])。

硫黄あるいはメルクリウスはいずれかが諸金属の構成(複合)の中で支配的であり得る。つまりいずれかの性質が他よりも優越し得る。塩についてはすでに、この原理は初期の錬金術師たちには知られていなかったもので、後のパラケルススの後継者たちによってもたいして重要なものとはみなされなかった。塩もしくはアルセニコとは、ただこれによってのみ他の二つの原理を結びつけることができるもの。「硫黄、メルクリウス、アルセニコは諸金属を構成する諸原理である。硫黄は能動原理であり、メルクリウスは受動原理、アルセニコはこれらを結びつける絆である」(ロジャー・ベイコン『神の賜要略』[6])。ベイコン自身このように、塩に大した重要性を認めておらず、他の著作ではこの構成原理に触れてすらいない。「諸金属の諸原理はメルクリウスと硫黄である。これら二原理は、数多の異なった種として存するすべての金属およびすべての鉱物の根源である」(『錬金術の鑑』[7])。要するに、すべての金属は硫黄とメルクリウスから構成されており(の複合からなり)、これら両者とも第一質料に還元できる。

 

「すべての金属は

硫黄と生銀からなっているから。

これらが諸金属の二つの種子である」(ニコラス・フラメル『提要』[8]

 



[1] Paracelso, Le ciel des philosophes.

[2] Albertus Magnus, De alchimia.

[3] Arnaldus da Villanova, Le chemin du chemin.

[4] Bernard Trevisano, Le livre de la Philosophie naturelle des metaux.

[5] Artephius, Clavis majoris sapientiae.

[6] Roger Bacon, Breve breviarium de dono dei.

[7] Id., Miroir d’Alchemie.

[8] Nicolas Flamel, Sommaire.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』6


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

水はすべての液体同様に加熱されると蒸気に変じ、固体物体(コルプス)は一般に可燃性であり、ヘルメス哲学者たちの中には諸元素の数を目に見える二つ、つまり土と水だけに減らすべきだと考えるものもあった。これらのうちに不可視の元素である火と気を含めることで。土は自らのうちに火を含んでおり、水は不可視な状態の気を閉じ込めている。外部からの原因が働きかけることで火と気はあらわれるだろうから。この理説を先に触れたアルテフィウスの理説と比較してみるなら、土は硫黄に対応し、水はメルクリウスに対応する。四元素と硫黄およびメルクリウスは、原初の質料が諸他のすべての物体(コルプス)を構成していくにあたっての、ほぼ同様の変化を表象(代示)している。金属の諸性質を表示(代示)する硫黄とメルクリウスは、特殊具体的に金属や鉱物に留保されるものである一方、四元素は植物界および動物界に援用される。錬金術師が木材を蒸留してその固着残滓、その本質(エッセンチア)つまり油を得る時、そこに得られる可燃性の諸産物から、木が土、水、火に分解された、と言ったのだった。後になると、四元素に五番目のもの、第五精髄(クィンテッセンチア)がつけ加えられることになる。「もっとも堅固なもの(固体)の部分を土と称し、もっとも湿った部分を水と、もっとも希薄(精妙)で精気(霊)的な部分を気と、自然本性的な熱を自然本性の火と称する。一方、秘匿された本質(エッセンス)的な部分はまさしく天上の、星辰の、第五精髄の自然本性と呼ばれる」(デスパーニュ『自然学再興の手引き』[1])。

この第五精髄は塩に相当するのかもしれない。錬金術師たちの諸理論とどれほど一貫性が認められるか注目する必要がある。鞴吹きたちが三原理、四元素、普遍質料の迷路にたちまち道を見失った一方、哲学者[2]はこうした外見の相違を容易に和解させた。ここでやっと修道士ヘリアス(エリア)のことばの真の意味が了解される。「神の全能によって創造された四元素をもって、万物はこの世に存する」(ヘリアス『錬金術の鑑』[3])。

こうした理論の数々は錬金術の端緒から存した。ギリシャの錬金術師シネシウスは『デモクリトスの書註解』[4]で、錬金術の作業の間、業をなす者はなにも造らず、ただ質料を変じ、形相を替えるだけである、と言明している。先に引いた逸名のキリスト教徒は彼と同じ時期に活躍した人物である。四元素もまた往昔から知られていたものである。ゾシモスはこれらを纏めてテトラソミアつまり四物体と名づけている。

一般的な錬金術理論を要約して表にしておこう。

 

・・・・・・・・|−硫黄・固着原理―|―土(可視的・固体状態)

唯一にして・・・|・・・・・・・・・|―火(隠秘的・希薄状態)

不壊なる――――|――塩――――――――第五精髄・自然学のアイテールに類比できる

第一質料・・・・|・・・・・・・・・|―水(可視的・液体状態)

・・・・・・・・|―メルクリウス――|―気(隠秘状態・ガス状態)

・・・・・・・・・・・揮発原理

 



[1] D’Espagnet, Enchiridion de la physique retablie.上註では羅語表記になっていた。

[2] 単数形なのでアリストテレスを指しているのかも。

[3] Helias, Le Miroir d’alchimie.

[4] Synesius, Commentaires sur le livre de Democrite.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』5


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

硫黄、メルクリウス、塩は抽出されるもの(抽象)に他ならず、性質の総体を指し示すために用いられたものだった。もしもある金属が黄色もしくは赤色で、溶融困難であるなら、これは硫黄に富むと称された。しかし、硫黄、メルクリウス、塩が原初の質料から導き出されたものであったということを忘れてはならない。「なんという驚き。硫黄、メルクリウス、塩は、唯一の物質(マテリア)の中に三つの物質(実体、スブスタンチア)を認めることをわたしに許す」(マルコ・アントニオ『闇から立ち昇る光』)[1]

ある物体(コルプス)から特定の性質を取り除くことは、硫黄あるいはメルクリウスを分離することに等しい。たとえば、ある非溶融性の金属を灰あるいは酸化物に変じるとは、メルクリウスを揮発させ、硫黄を抽出することを言おうとしたもの。また別の例。一般のメルクリウスには関係のない諸金属が含まれており、これらは蒸留されるとアランビクの底に残る。錬金術師たちによって、この固着部分は卑俗のメルクリウスの硫黄とみなされてきた。生銀あるいは二塩化水銀を変成させることで、完全に揮発性の物体(コルプス)が得られ、この作業を通じてメルクリウス金属つまりメルクリウスの原理が得られるものと考えたのだった。

それはさて、十一世紀の錬金術師アルテフィウスの理説を語らずして、われわれは三原理の論議を閉じる訳にはいかない。彼にとって、硫黄とは諸金属の目に見える諸性質をあらわし、メルクリウスとは秘匿され隠された諸性質をあらわしていた。一々の物体(コルプス)には、硫黄によって表示(代示)される、色、輝き、大きさのような目に見える性質と、メルクリウスによって表示(代示)される、外部から力を加えられることによってやっと明らかとなる秘匿された性質つまり溶融性、展性、揮発性等々とがある。この理説は上述した理説と類比的である。

錬金術師たちは、硫黄、メルクリウス、塩とともに、理拠的四元素つまり土、水、気、火の存在を認めてきた。これらの語彙は世俗(卑俗)の意味とは完全に違った意味で用いられた。錬金術理論における四元素は、三原理と同様、それぞれの物体(コルプス)を表示(代示)するものではなく、単純に質料の状態あるいは様相をあらわしている。水は液体と同義、土は固体状態、気はガス状態、火とは熱によって膨張したガスのような、たいへん希薄(精妙)なガス状態のことである。四元素が質料があらわす諸状態を表示(代示)するものであるとするなら、これが万有宇宙のすべてを構成している、と言明するに十分な理由があることになる。錬金術師にとって、一々の固体は土であり、一々の蒸気は気である。それゆえ古の自然学論考にあっては、通常の水が加熱されると気に変じる、と称されている。これはなにも水が周辺環境をなしている呼吸できる混合ガスに変じるという意味ではなく、液体であった水が気性のガス状の液体に変じることである。

諸元素は物理状態を表示(代示)するだけではなく、そこからその諸性質にまで拡大解釈される。「古人たちによって、熱性のもののすべては火と呼ばれ、乾鋳た固体は土と、湿った液体は水と、冷にして希薄(精妙)なものは気と呼ばれた」(『アレクサンドロスの書簡』[2])。

 



[1] Marco Antonio [Crassellame], La Lumiere sortant par soi-meme des Tenebres.

[2] Epitre d’Alexandre.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』4


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

第二章   〔錬金術の諸理論−質料の一性−三原理つまり硫黄、メルクリウス、塩あるいはアルセニコ−アルテフィウスの理説−四元素〕

 

錬金術師たちはおおむね盲目にその探求をつづけたと言われてきたが、それは深刻な過ちである。彼らはたいへん理拠的な諸理説に従っていた。それは二世紀のギリシャの哲学者たちが説いたもので、これが改変されることなく十八世紀まで保存されることとなる。

そのヘルメス的な理説の基礎には「質料の一性」という基本則が認められる。質料は一であるが、さまざまな形相を受け取ることができる。こうした新たな諸形相(フォルマ)が結びつくことで新たな諸物体(コルプス)が限りなくできあがる。こうした第一質料が種子、混沌、普遍物質(スブスタンチア・ウニヴェルサーレス)とも呼ばれた。その詳細に入り込むことなく、バシリウス・ヴァレンティヌスは質料の一性の大筋をこう定義している。「万物は唯一同一の種子から生じる。始原、すべては同じ母から産まれた」(『アンチモニオの凱旋車』[1])。コスモポリタの綽名で有名なセンディヴォギウスはその『書簡集』でより明瞭に語っている。「キリスト教徒は、始原に神はある種の質料(第一質料)を最初に造った、と言う。...この質料から分離を通じて単純な諸物体(コルプス)が導きだされ、これらが相互に混合されることで、複合によりわれわれが目にする諸物が構成された。...創造においてある種の従属関係(序列秩序)がつくられ、もっとも単純な諸物体(コルプス)が後続する複合構成に用いられ(役立ち)云々」。つまり彼の考察は以下の二文に要約できる。「1. 先立つもの一切なしに第一質料が産生される。2. この質料の諸元素への分割、そしてこれらを介して諸混合物が組み合わせによって造られる」(書簡集11)。彼は混合物によってあらゆる種類の複合物体を意図している。

デスパーニュはセンディヴォギウス同様、質料の不壊性について言明し、これはただ形相を変じるだけである、と言う。「...存在あるいは物質(スブスタンチア)の特性をもつもののすべてはもはやこれを失うことはできない。これは自然本性の法則(自然則)であり、これ(存在)が非存在に移行することは不可能である。それゆえトリスメギストスは『ピマンデル(ポイマンドレース)』で、この世界ではなにも死なず(滅びず)、すべては移りゆき変じるだけである、と言うのである」(『自然学再興の手引き』[2])。当然ながら、彼は第一質料の実在を認めている。「哲学者たちは諸元素に先立ち、第一質料というようなもの(まず質料とでも呼ぶより他のないもの)があった、と信じていた」。この仮説はすでにアリストテレスに認められる、と彼は付言している。ここで形而上学者たちが質料(マテリア)に帰属してきた諸性質を検討してみよう。バルレはこの点を明らかにしてくれる。「普遍物質(スブスタンチア・ウニヴェルサーレス)は全(一)であり、類も性差もなく、そのうちに可感的諸物のすべてを孕んでいる」(『神業と宇宙』[3])。これは、第一質料が現勢的にはいかなる物体(コルプス)を含むものでもなく、すべてを可能態として代示(表象)するものである、ということを言おうとしたもの。通常、原初の質料は液体とみなされてきた。世界の初めの水とは混沌であった。「第一質料はすべての形相を可能態において含んでいた。...この均一な物体(コルプス)は水性で、ギリシャ人たちはこれをヒューレーと呼び、この同じことばによって水をも質料をも意図していた」(『哲学書簡集』[4])。このずっと前の箇所で、質料つまり女に対して男の役割を果たすのは火であり、万有宇宙を構成するすべての物体(コルプス)はこうして生まれた、と言われている。ここからすると、第一質料という仮説は錬金術そのものの基礎をなすものであり、この端緒原理から出発することで、諸金属の変成の論理が承認されてきたのだった。

質料はまず、硫黄とメルクリウスに分けられた。これら二つの原理はさまざまな比率で合一することであらゆる物体(コルプス)をかたちづくった。「すべては硫黄性と水銀性の質料の複合からなる」と、逸名のキリスト教徒、某ギリシャの錬金術師は言っている。

その後、これら二つの原理に第三の原理、塩もしくはアルセニコが加わる。いずれにせよ、これにそれらと同様の重要性が与えられることはなかったが。これら三つの原理は世俗(卑俗)の諸物体(コルプス)を完全な様相で描出するものではなかった。かえってこれらは質料のある種の性質を表示(代示)していた。金属において、硫黄はその色、可燃性、諸他の金属に付着する(攻撃する)性質、硬さをあらわし、メルクリウスはその輝き、揮発性、溶融性、展性をあらわしていた。一方、塩は単純に硫黄と水銀の媒介であった。それはあたかも生命の精気(霊)が体躯(コルプス)と魂(アニマ)の間にあるのと同じこと

塩は、バシリウス・ヴァレンティヌス、クンラート、パラケルススによって、つまり神秘的錬金術師たちによって三つ組(三一)原理として導入されたものだった。彼ら以前にこれについてロジャー・ベイコンが語っているが、これに特別な性質を帰属していた訳ではない。逆にパラケルススは、塩を知らなかった先行者たちに侮蔑のことばを投げている。「彼らはメルクリウスと硫黄をすべての金属の原理と信じ、第三のものについて語ろうなどとは夢にも思ってみない」(『宝の宝』[5])。いずれにしても塩はたいして重要ではなく、パラケルスス以降もこれについて語らない錬金術師は数多いた。

 



[1] Basilius Valentinus, Char de triomphe de l’antimoine.

[2] D’Espagnet, Enchiridion phisicae restitutae.

[3] Barlet, Le theotechnie ergocosmique.この一節は「普遍実体とは類的性的区別なく、そのうちに可感的諸物すべての観念を孕む」と、ラチオを説いたものとも解せる。

[4] Lettere philosophique. 誰の?

[5] Paracelso, Le Tresor des tresors.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』3


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

錬金術師たちはまた、アルカエスト[1]つまり普遍(万能)溶剤を探った。これはそこに浸された諸物体(コルプス)をすべて溶かす液体で、ある者はこれを苛性カリと同一視し、他の者は王水と、グラウバーは彼の驚異の塩(硫化ナトリウム)と特定している。しかし彼らは一つ忘れていることがある。アルカエストが普遍溶剤であるなら、これを容れるうつわも腐食されてしまうだろう。いずれにしても偽りの仮説ですら、錬金術師たちをなんらかの真実の発見に導くもの。アルカエストを探し求めつつ、彼らはさまざまな新発見をなすこととなった。再生(パリンゲネシ)のもととなる観念も、それほどホムンクルスの観念から遠いものではなかった。このことばは蘇りを意味し、この操作によって灰から樹木を、花を再生させるもの。キルヒャーは『地下世界』[2]に、灰から花を咲かせる処方を記している。

錬金術師たちは「世界霊(スピリトゥス・ムンディ)」を集めることをも試みた。この物質(スブスタンチア)は気中に拡がっており、諸惑星の注入(影響)に満たされて数知れぬ驚くべき性質をもっている。そこには特に黄金を溶かす性質も含まれる。彼らはこれを朝露天の花(フロス・コエリ)あるいはノストック[3]に探った。これは大雨の後にあらわれるものの暗号のようなものである。「春分の雨は、土(大地)から天の花(フロス・コエリ)あるいは万有宇宙の神撰(マンナ)を生じさせるために、わたしには欠かせない。わたしはこれを集め、そこから永遠の若さの泉の水を分離するためにこれを壊敗する。これこそ黄金を完全に溶かすものである」(ド・レスポール『鉱物精気の稀有なる実修』[4])。

第五精髄という問題はもっとも理拠的な基礎の上に据えられたものであった。これは一々の物体(コルプス)からもっとも活動的(能作する)諸物質(スブスタンチア)を取り出すことに関係している。これの直接的成果が蒸留法の精緻化(完成)となった。

また錬金術師たちは飲用金をも探し求めた。黄金は完全な物体(コルプス)であるので、活力旺盛な治癒薬となり、あらゆる病に対する著しい抵抗力を身体器官に賦与する、と彼らは考えた。以下の一節に認められるように、それを黄金の塩化物溶液とみなす者もあった。「この溶液に多量の水を注ぎ、ここに錫、鉛、鉄、ビスマス、黄金を浸たし、合金を沈降させる。これらをこの水に混ぜるとたちまち黄金が濁った泥のように沈降し、水の中で凝集する」(グラウバー『普遍薬』[5])。

しかし通常、実践的錬金術師たちは美しい黄色の液体ならなんでも飲用金と名づけ、高額で売りつけたものだった。これはおおむね鉄の過塩化物溶液だった。

以上のように、錬金術師たちはこうした骨の折れる実修ついて論議していない訳ではないが、大多数の者たちは、おおいなる業の実現のため、こうした卑俗な業を軽視する。ヘルメス学的論考はほぼすべて、ただ賢者の石について語るだけであり、われわれもこれの検討に移り、そうした副次的な諸問題についてはこれに止めることとしよう。いずれそれらは錬金術の歴史においてかなり後代にあらわれるものであり、一々の錬金術師がその構想や解決法を改変することで問題は紛糾することとなったものだった。

 



[1] alkaest

[2] Kircher, Mundus subterraneus.

[3] nostoc

[4] De Respour, Rares experiences sur l’esprit mineral.

[5] Glauber, La medicine universelle.

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』2


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

第一部   理論

第一章   〔錬金術の定義−卑俗の錬金術とヘルメス哲学−鞴吹き(ペテン師)と達人−錬金術のさまざまな目的、大いなる業、人造人間(ホムンクルス)、アルカエスト、転生(パリンゲネシス)、世界霊、第五精髄、飲用金〕

 

錬金術とはなにか。われわれにとっては自然学(自然本性の知識)にして化学の母に他ならない。では、錬金術師たちはこれをどのように定義していたのだろうか。「錬金術は諸金属をある種(形相)から他の種(形相)に変じることを教える知識である」(『哲学者の天』[1])とパラケルススは言う。これは錬金術師たちの大多数が与えている定義である。ドニ・ザケールは『金属の自然本性に関する哲学小論』[2]で「自然学の一部門であり、可能な限り自然本性のさまざまなはたらきを模倣することで諸金属を土からどのように完全とするかを明かすもの」と言っている。ロジャー・ベイコンはより厳密な定義を与えている。「錬金術とはある種の薬(媒剤)つまりエリクシールの調整法を教えるもので、これを不完全な諸金属に投じると、投影の瞬間にその完全さをそれらに伝える」(『錬金術の鑑』[3])と。また「黄金製造(クリュソペア)と銀製造(アルギロペア)は黄金と銀に近い質料にこれらの金属の形相を与えることを教える業である」(ガストン・クラーヴェス『クリュソペイアとアルギロペイアの擁護』[4])。十八世紀、化学が隆盛となると、これら二つの知識を区別することが必要となった。この点についてドン・ペルネティがこう語っている。「世俗(卑俗)の化学(キミカ)は自然界がかたちづくった複合物を破壊する業であり、ヘルメス的な変成術(キミカ)は自然本性とともにそれらを完成させるためにはたらく業である」(『ギリシャとエジプトの寓話解明』[5])。

とはいえこれらはみな、高位なる錬金術について説いている。じつのところ錬金術師には二種があった。鞴吹きとヘルメス哲学者と。前者は理論的基礎なしに、幸運任せで作業をすることで賢者の石を求めるだけでなく、石鹸、贋貴石、酸、合金、顔料をつくり、経験的製造化学をもなした。彼らこそ化学に端緒を拓いた者たちだった。黄金をつくる秘密を売り、贋金を鋳るほら吹きたち、詐欺師たち。ひとりならぬ鞴吹きたちが金塗の絞首台に吊るされた。一方、ヘルメス哲学者たちはこうした活動を軽蔑し、賢者の石の探求に耽った。それはなにも金銭への渇きからではなく、知識への愛からで、彼らはそのための技法を厳修し、探求の厳密な規定に拘泥した。

たとえば、賢者の石の調整においてはただ諸金属のみを用いた。通常は貴金属を。一方、鞴吹きたちは彼らの鶴首フラスコ(ストルト)に、植物、動物、鉱物界のあらゆるものを詰め込んだ。哲学者たちは何世紀にもわたり変わらず守られてきた理説を厳修したが、鞴吹きたちは長期にわたるとともに費用がかさむ探求を徐々に放棄し、より利益が上がる世俗の活動に従事することとなる。こうして化学は知識の一分野と化し、錬金術と分離していった。

この点についてよりうまく要約しているベッヒャーの『地下世界の自然学』[6]の一節を引いておこう。

「偽錬金術師たちはただ黄金を造ることを求め、真の哲学者たちは知識より他を欲しない。前者は染め、不純物の添加、不条理をしかなさず、後者は諸物の原理を探求する」。

つづいて錬金術師たちが解決に努めた諸問題について検討してみよう。第一の主要な問題はエリクシール、おおいなる業(マギステロ)、薬(媒剤)、哲学の石、賢者の石と呼ばれる、一般諸金属を黄金もしくは銀に変じる性質を授けられた複合物の調整にある。エリクシールには二種が認められてきた。一方は諸金属を銀に変じる白いもの、他方は黄金に変じる赤いもの。すでにギリシャの錬金術師たちもこの区別を知っていた。前者は諸金属を白化する(レウコーシス)、後者はこれらを黄化する(キサントーシス)(ベルテロオ『錬金術の起源』[7]参照)。最初、賢者の石は諸金属を変成する力をもつだけのものだったが、後にヘルメス哲学者たちは、貴石、金剛石(ディアマンテ)、あらゆる病患の治癒、通常の限界を越えた人の寿命の延長、注入された知識を所持する者に諸天の諸権能に命じる力を賦与すること等々、さまざまな性質を帰属した。

最初期の錬金術師たちはただ諸金属の変成をだけ目的としていたのだが、ひきつづきさまざまな問題が提起されることとなる。彼らの自尊心(尊大さ)は自ら神に比肩する者となることができ、魂を賦与された諸存在をまるごと造り出すことができると信じた。伝説によれば、すでにアルベルトゥス・マグヌスは木製の自動装置(*予言する頭)を造り、これに力ある呪文をもって生命を賦与したという。パラケルススはこれをより進め、血肉をもつ生きものつまりホムンクルスを創造することができると自負している。その処方は彼の論考『自然の事物について』[8]に詳論されている。うつわにさまざまな動物性の事物を容れる。ここでは慎重にそれらの名を列挙しない。この実修を完遂するためには、諸惑星の注入(影響)および緩慢な熱が好意的にはたらく必要がある。すると早々に軽微な蒸気がうつわの中を昇り、徐々に人の姿(形相)ができあがる。この小さな被造物は動きはじめ、語り、ホムンクルスが生まれる。パラケルススはこれから引き出される利益について、これの養い方について、大変まじめに論じている。

 



[1] Paracelso, Le ciel des philosophes.

[2] Denis Zachaire, Opuscule de la philosophie naturelle des metaux.

[3] Roger Bacon, Miroir d’Alchimie.

[4] Gaston Claves, Apologia Crysopoeiae et Argyropoeiae.

[5] Dom Pernety, Fables grecques et egyptiennes devoilees.

[6] Beccher, Physica subterranea.

[7] Berthelot, Les origines de l’alchimie.

[8] De natura rerum, in Paracelsi opera omnia medico chimico chirurgica, vol.II.)

アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』1


Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

 

I.

錬金術は中世以来伝承される知識の中でも最も晦冥なものである。スコラ学では精妙な議論をもって、神学では曖昧な言い回しによって、占星術にあっては複雑に広範に、もはや稚戯とは言い難い。

十五世紀から十六世紀にかけての尊いヘルメス的論考の数々を繙き読んでみたまえ。もしもあなたがこの論議の研究に情熱を傾けたことがないなら、あるいはすでに錬金術の語彙に習熟しているのでないなら、それとも無機化学の一定の知識をもたないなら、早々に幻滅し落胆してその書冊を閉じてしまうことだろう。

そこにある寓意の数々には意味がなく、神秘的な象徴の数々も空想の形象に過ぎない、と言う者もあるだろう。理解できないことを蔑するのは容易であり、困難に刺激され、闘いを愛する者は僅かである。こうした者だけがこの知識に選ばれたものである。忍耐を保つことは知識ある者の第一の美徳(力能)であるのだから。難題を前に、解決を求めて不断に努めること。高名な化学者デュマは置換法則を発見するのに十年を要した。

ヘルメス論考群は実際晦渋であるが、この暗さの中に光が隠されている。錬金術の理説を知るならば、あなたもたちまちその主要な象徴群の鑰を手に入れ、ライムンドゥス・ルルス、パラケルスス、ベルナルド・トレヴィサーノ、フラメル、ロジャー・ベイコン、フィラレテスを解読できるようになる。意味のないものに見えたことが理解され、怖気をふるわせるだけだった象徴群が象形文字を解読するマリエッティのように解読され、あなた自身こうした解読にはかりしれない悦びを見出し、この見知らぬことばをたどたどしく辿るうちに、徐々にしかし確実にあなたは光に向かって進むことだろう。

 

II.

他の学問知識同様、錬金術は古代エジプトに生まれた。本来その知識は神秘に包まれた祭司たち秘儀参入者たちの間で秘匿され、聖域の沈黙の中で実修された。ローマ帝国による征服の後、イシスの諸玄義は新プラトン主義者たちグノーシス主義者たちに遺贈された。真の錬金術の誕生はまさにこの時期(二−三世紀)に遡る。この時期最初の錬金術論考群が著され、それらはオスタネス、ペラギウス、偽デモクリトス、シネジウス、ゾシモス、ヘルメス、逸名のキリスト教徒、クレオパトラの著作に擬されて現在にまで伝わっている。これらの著作において黄金製造の業は、冶金術や商業交易の処方と並べられていた。これらはベルテロオの著書『古代の変成術序論』[1]や『ギリシャの錬金術師集成』[2]で検討されている。これらの文書を読むと、錬金術理論は何世紀にもわたり、われらが偉大なラヴォアジェまで変化を蒙ることなく伝承されてきたものであることが分かる。

異教徒たちがヨーロッパを侵略した時に西欧の技術、知識、文芸は死滅し、東方のアラビア人のもとで再生した。忍耐強い観察者であるとともに巧みな作業実修者であったアラビアの変成術師たちは、錬金術の領域を拡大し、魔術やカバラや神秘主義といったこれに関係のない諸要素から清めていった。錬金術師たちの中でも最も高名なのがゲベルで、硝酸と王水について初めて語っている。彼とともに名をあげておくべき者たちとして、アヴィセンナ、ラーゼス、アルフィディウス、ハリド、モリエヌス、アヴェンゾアルがある。

アラビア人たちによって錬金術はその頂へと登る道の第一歩を完了した。

千年紀の怖れから解放されたヨーロッパはある種の新生(ルネサンス)を体験する。十字軍は西欧に自然学的知識の声望と栄光とその知解を伝えることとなる。十字軍がヨーロッパにもたらした最も貴重な戦利品は、まさにアリストテレスの著作集途アラビアの錬金術師たちの論考群だった。

あらためて哲学が開花し、錬金術ははじめてヨーロッパ人の師たちを識ることとなる。リールのアラヌス、トマス・アクィナス、アルベルトウス・マグヌス、ロジャー・ベイコン、ライムンドゥス・ルルス。こうして錬金術だけでなく、あらゆる体験知に道が開かれた。古の権威(典拠文書群)に代えて具体的体験を据えたのはロジャー・ベイコンとアルベルトゥス・マグヌスではなかったか。

特に十四世紀末から十五世紀にかけて錬金術師たちは増殖していった。イングランドのジョージ・リプレー、ノートン、バルトロメオ・アングリクス、フランスのベルナール・トレヴィサーノそれに高名なニコラ・フラメル、ゲルマニアのシュルツバッハのエック、ウルステッド、トリテミウス、バシリウス・ヴァレンティヌス、ホランダのイサク。

 

III.

バシリウス・ヴァレンティヌスとともに錬金術は新たな段階に入る。それはより神秘的要素を纏い、その揺籃期のようにカバラや魔術とふたたび手を結ぶことになる。また、彼の登場により、変成術(キミア)は徐々にその母親と距離をとりはじめる。

十六世紀の最も高名な錬金術師はパラケルススである。彼ほど断固とした改革者はかつてなかったし、これほど熱烈に友情をかちえる一方でこれほど激烈な憎悪を招いた者はいなかった。彼の弟子たちあるいは彼を誹謗した敵対者たちの著作を枚挙するには一冊の書のすべてをもってしても足らないだろう。彼の後継者としてもっとも知られた者たちに、トゥルネイッサー、クロル、ドーン、ロシェル−バイユーフ、ベルナール・ペノオ、クェルケタヌス、そしてなによりリバヴィウスがいる。どの党派にも属すことのなかったこの時期の錬金術師としては、高名なドニ・ザケール、ブレーズ・ヴィジェニェール、バーノウ、グロスパルミイ、ヴィコ、ガストン・クラーヴェスあるいはドゥルコ、ケリー、センディヴォギウスあるいはコスモポリタがいる。そして、『自然魔術』や『顔相論(フィジオノミア)』の著者ジャン・バッティスタ・デッラ・ポルタ。

十七世紀になると錬金術は全盛期を迎える。これの達人たちはヨーロッパじゅうを移り歩き、実際に驚くべき変成の業を実修しつつヘルメスの知識の真実(有効性)を証示してみせた。しかし真の使徒たちは貧しく身を隠しつつ生きていた。町から町へとただ賢者たちを尋ねつつ、彼らの唯一の希望はさまざまな事実をもって錬金術理論の真実を証明することだけだった。ファン・ヘルモント、ピサのベルガルドゥス、クロッセ・ド・ラ・オーメリー、ヘルヴェティウスは錬金術に熱中した。そしてその目的は果たされ、錬金術による黄金に対する関心は世界中に広まった。いまやどの修道院にも工房が備わり、王や君主たちはお抱え錬金術師たちの援けを得ておおいなる業を実修し、数多の薬剤師や医師がこのヘルメスの知識の実践に耽った。まさにこの時期、有名な薔薇十字協会が誕生したが、これについてはいまだ正確な知見がない。

十七世紀に刊行された錬金術の著作は数知れないが、その中で特記しておくべきは、フィラレーテ・デスパーニェとミカエル・マイアーである。つづく者たちとしては、シャルティエ、ヌイスマン、コールソン、ダトレモン、サルモン、ヘリアス、バルクーセン、プラニスカンピ、サン−ロマン等々。

 

IV.

十八世紀になると、錬金術は完全に退嬰する。逆に化学が大きな進歩を遂げ、独自の知識として確立されるとともに、たちまちのうちにさまざまな発見がつづいた。いまだ錬金術に追従する者たちがあったとはいえ、もはや彼らは非常識な者たちとみなされ、身を隠して実修するよりない状況だった。もはやこの業の達人は存在せず、旧論考が再刊されるか、もはや価値のない編簒書の類が公刊されるだけだった。ここに挙げるべき人物は僅か、ペルネティ、デ・レスポール、ラングレイ・ドフレスノワ、『ヘルメス哲学史』の著者、リボワ、サン−ジェルマン。十八世紀の錬金術の歴史は二人のペテン師、カリオストロとエッテイラとともに幕となる。

われわれの世紀(*本書は十九世紀末に著されたもの)、錬金術はもはや死滅したもののように見える。それはただ不可思議で奇妙な知識、未熟な前化学の類とみなされている。ただ二人の錬金術師、キュリアーニとカンブリエルだけが古の理説を改訂してみせているだけである。またティフェローやルイス・ルカスは近代科学から出発し、まさに錬金術師たちと同じ結論に到達した。最新の科学的諸発見は質料の一性を証明するもののようにみえ、つまり変成の可能性を明かすものにみえるから。なるほどピタゴラスは大地が太陽の周りを廻ると言明していたにもかかわらず、コペルニクスがこの古の真理を証明するまでには二千年の過誤を要したのだった。

 

V.

ではここで本書について一言しておく。われわれはこれを可能な限り明晰なものにしようと努めたが、すべての議論が唯一のことがらの論証として厳密に連鎖しており、これは順を追って丹念に読まれなければならない。数々の引用はわれわれの言明を証するために不可欠のものであり、ここに忠実に写すとともに、古フランス語の場合には原初の書字法を残した。

本書の末尾にはより一般的なヘルメス的象徴の数々に関する語彙解説(辞書)、引用した著者名一覧、今世紀の錬金術書にかかわる書誌を付した。

本書は『錬金術五論』につづく錬金術研究書である。これにつづいて古代から現在に到る錬金術の歴史、またヘルメス学者たちの錬金術工房、装置、変成実修に関する研究書を準備中。

A.    ポワソン

 



[1] Berthelot, Introduction a l’etude de la Chimie des anciens,

[2] Id., Collection des Alchimistes grecs, 

キルヒャー『錬金術の象形表現』18


『エジプトのオイディプス』から

 

変成術の業における熱の調整は困難であるにせよ、最大限必要不可欠であること〕この業が不幸な結果に終わる原因は、賢者たちが註してきたとおり、自然本性のはたらきを補完する熱の調整にある、ということに対する無知に尽きる。しかしこれについては『地下世界』第三巻の金属地質(ゲオガミアム・メタリカム)項にすでに記した。そこでヘルメスの燈火あるいは窯炉にかかわるアラビアの思索を録しておいたのでここでは略すが、当該個所を参照されたい。[1]

われわれの第二の作業に期待される火は、その持続、湿、蒸気、気、およびそこに加えられる巧みな操作と協働するものでなければならない。これにふさわしい燈火つまり窯炉は幾何学的な比率をもつものでないと、熱の欠損によって所定の時間のうちにそのしるしがあらわれないか、過剰な熱により黄金の花が焼尽し、すべての業を無効とし無益な結果をもたらすこととなる。この燈火あるいは窯炉、灰や煙の熱には比率があり、密封したうつわをこれにふさわしい火にかざすことで望みの循環が実現される。[2]

変成術の業における鉱物の火〕二つ目の火はわれわれの賢者の水の自然本性の中にあり、この火はその(水の?)自然本性に反するものと謂われる。これについてはハリドの言辞を引いておこう。黄金から精気(霊)をなす水に元素の火の力を与えることはできない。それは鉱物の(火)であり、端緒から諸金属のうちに入り込んでいるもの、硫黄を分有するものである。これはすべてを破壊し、凝固、溶解、焼において可燃物の髄(内奥)まで浸透する生命の泉の水である。これは業の端緒(はじめ)、中間、終局(おわり)に必要(不可欠)な制作者の自然本性であり、巧緻の火を調整することなしにははたらかず、かえってこの火だけで十分である。ではヘルメスの業における色について、それが生じる条件を解明することとしよう。[3]

ヘルメスの業における四つの色〕そこでは主として四色が生じるが、これはわれわれのヘルメス記号の十字にあらわされている四分に適応している。そこにあらわれるのが黒、白、赤、黄であるにせよ、これらのうちからその他のすべての色の種が生じる。色とは黒ではなく(黒は色ではないので)、これを白化することはできない。黒化は白化の端緒(原理)であり、腐敗、変質のしるしである。これは物体に(鉱物性の火が?)浸透し、これを増殖させるしるしである。業の実修において最初に芥子粒(微細粒子?)の中にある黒があらわれる。そして持続的な焼によって白化が起こり、乳酪に付随する白あらわれる。これは精気(霊)がその中に溶解し凝集結合したしるしである。この白があらわれると闇黒の湿の自然本性の支配は終わり、物体(コルプス)に白が浸透し、これが新たに蘇り、明るい不滅の白があらゆる欠損(病患)に勝ち誇る。これが業のはたらきのすべてつまり賢者の石による補完であり、完璧な物体(コルプス)がかたちづくられる。これを硝子の瓶(ファリア)に密封し、外気が中に入り込まないようにして、弱火つまり湯煎あるいは堆肥の熱で消化すると、火による完全な焼が継続され、腐敗し黒へと溶解し、白が昇る。この熱は湿の中にはたらき、最初の黒色を生じる。そして乾のうちに加熱をつづけると、第二の色として白が生じ、つづいて黄がそして赤が純然たる乾のなかに生じる。つまり黒が白化され、白が赤化されて業は完成される。じつにこの白化にあたっては目が眩むほどの輝きがあらわれる。白の中に赤が隠されている、ということを知っておかねばならない。焼をつづけると、乾と熱から黄色が、そして輝くばかりの赤があらわれる。これを目の当たりにすることとなるなら神を讃えたまえ。この世にさまざまな業をあらわし、熱心な学究の配慮と労苦に報いたまうものに。[4]

 



[1] [Caloris temperies in Chimica arte maximae necessaris, se difficillima.] Ut proinde certae putem, non alia de causa hoc negotium tam infelices exitus fortiri, etiam apud summae notae Philosophos, nisi quod caloris temperiem ad naturae operationem complendam necessariam nesciant. Sed cum hanc materiam libro tertio Mundi Subterranei, quam Geogamiam metallicam vocamus, ubi lampadem seu furnulum Hermeticum ex mente Arabum ex professo describemus, reservaverimus, hic longiores esse noluimus.

[2] Ignis itaque in secundae operationis nostrae auspicio, continuus, humidus, vaporosus, aereus & artificiali industriae, nec minori iudicio concinnatus esse debet; si enim lampas seu furnule debita sibi Geometricae proportione careat, certae per defectum caloris non comparebunt signa in tempore designato, aut per caloris excessum auri flores comburentur, irrito prorsus & evanito totius negotij conatu. Aut lampas itaque, aut furnulus, aut cineres, aut fimus calorem proportionatur continens, ita concinnanda sunt, ut deinde vase Hermeticae sigillat, imposito, per circulationem effectum desideratum nanciscaris.

[3]  [Mineralis ignis in arte Chimica.] Secundus ignis est in naturalis aquae nostrae Philosophicae, qui ignis contra naturam etiam dicitur, uti supra ex Haled ostendimus; quia est aqua, & ex auro facit spiritum, quod ignis Elementaris praestare non potest. Est enim mineralis, & a principio metallis inditus, qui & de sulphure participat; omnia destruit, congelat, soluit, calcinat, penetrat intimas quasvis medullas, incombustibilis, & fons aquae vivae, in principio, medio, & fine opifici necessarius, naturae artifex, qui non nisi artificialis ignis temperiem operatur. Sed haec de igne sufficient. Procedamus modo ad colorum in opere Hermetico occurrentium conditiones explicandas.

[4] [Colores quatuor in opere Hermetico.] Scias itaque quatuor potissimum colorem genera, qui aptae per quadripartitam Hermetici characteris nostri Crucem exprimuntur, se obtrudere, niger, albus, ruber, & citrinus, est quibus omnes reliquae colorum species nascuntur. Color qui non niger est, dealbare non potest; est enim nigredo albedinis principium, & signum putrefactionis, alterationisque, & signum praebet corpus iam penetratum, multiplicatumque esse. In opere itaque primo apparet nigredo instar iuris piperini, deinde coctionis continuatione in albedinem degenerat, & instar cremoris albi supernatat; quod signum est unitionis spirituum in ea indissolubili nexu congregatorum: apparente enim albedine, tenebrosum humidae naturae dominium mox perit, sumusque albus penetrat in corpus novum, resuscitatum, clarum, album, ac immortale, victoriamque ab omnibus iniurijs reportando triumphat. Est ergo totius operis sive lapidis Philosophorum (quod bene notandum) complementum, ut formetur corpus perfectum, [417] quod ponendum in phiala vitrea Hermeticae sigillata, ne aeri aliunde introeundi locus pateat, in digestione lenis caloris, veluti balnei, vel fimi temperatissima, operisque instantia continuetur per ignem perfectae decoctionis, donec putrefiat, & resoluvatur in nigrum, & elevetur in album: sicuti enim calor agens in humidum, generat nigredinem primum colorem, sic continuatus calor in sicco generat albedinem secundum colorem, & deinde citrinitatem, & rubedinem agens in mero sicco. Dealba ergo nigrum, & rubefac album, ut opus compleas, & cum videris albedinem apparere veram, fulgore oculorum aciem perstringentem; scias ruborem in albedine absconditum: tunc enim decoctio tantum continuanda, ut cum siccitate & caliditate superveniat citrinitas, & rubedo fulgentissima; quam cum videris, lauda Deum, quia tandem invenisti, quod Mundus tantopere expetit, tam studiose ambit, tot curis & laboribis acquirendum ducit.

キルヒャー『錬金術の象形表現』17


『エジプトのオイディプス』から

 

賢者のメルクリウス〕これが賢者のメルクリウスであり、卑俗のものつまり生銀ではない。これは太陽および月の金属の中に密かに貯えられてある。[1]

賢者の石〕メルクリウス、月、太陽の三つ、つまり他の何ものかではなくまさにこれらの三つ組から賢者の石と称されるものがつくられる。この物体(コルプス)は、われわれの水の力能によって昇った、固着した精妙な太陽の土である。それの魂(アニマ)は太陽と月の染剤、その精気(霊)は両鉱物の力能、その水は物体(コルプス)の上に、諸物体(コルプス)に染色を与える魂(アニマ)である。つまり精気(霊)は物体(コルプス)に浸透し、魂(アニマ)がこれらを結び合わせ、白く染める。これら三つがなければ、いかなる変成術の業も無益に終わる。それゆえ物体(コルプス)を上述したわれわれの水に溶かし、穏やかな熱で消化させることで、この水の染めにより白色あるいは油の白(透明)が発する。つまりこの物体(コルプス)をわれわれの水とともにヘルメスのうつわに容れて密封する。これを弱火にかけ、油状に溶けるまで消化させる。長時間にわたり緩慢な蒸留をすることで望みのものが得られる。この弱火の持続により、粘りある水の溶液となり、まず完全な黒化(ニグレディニス)の染色が起こる。これが真の溶解のしるしである。加熱をつづけると水は白化する(白い永劫水となる)。その浴槽の表面に卑俗のメルクリウスのようなものが昇り(昂揚し)、明るい輝きを発する。ここで物体(コルプス)は溶解して粘った水となり、汝にはこれが物体が蒸気に転じたというしるしである。ここに汝は、死んだ物体(コルプス)から分離された魂(アニマ)を得る。これが精気(霊)のうちへと昇華によって運ばれる。ここで男と女つまり太陽と月から複合物体(コルプス)ができる。昇華により浄化された精妙(希薄)な生命の自然本性は自らの植物(自育)性および増殖性を獲得する。まさにこれが上掲したわれわれのヘルメスの象形文字の太陽−月−メルクリウスの三一にあらわされているのであり、これら惑星のもとに生起することにはなにも偶然はない。[2]

白羊宮の角とヘルメスの十字の連結は元素と鉱物の二様の火を意味している〕ヘルメスの酢と賢者の水あるいは塩を四元素の変成から調整する様相の玄義を分析してみると、すべてがヘルメスの象徴記号の中にあらわされているのが分かる。ここでその白羊宮の角と十字の連結について解説してみよう。エジプトのハンモンの著作(業)には一切誤りなしにこれが証示されている。白羊の角の形は自然本性的事物の熱−湿が、そしてその帰結として事物の生成には本質的に熱と湿が不可欠であるところから、豊饒多産の神性があらわされている。[3]

変成術における火の元素とはどのようなものであらねばならないか〕ここで二本の角によって二様の火、物体(自然本性)的な火と力能(徳、仮想的)としての火とがあらわされている。卓越しているのは元素(の火)の方であるが、そこには特殊な巧緻をもって組み立てられた燈火に認められるような比率が洞見される。もちろん大いなる業のすべてにおいてこの火を適切な比率をもって表現することは困難であり、これほど大きなものではないが、この比率を高めるための試みは貴重である。[4]

 



[1] [Mercurius Philosophorum] Atque hic est Mercurius ille Philosophorum, de quo supra, minime uti vulgus putat, vulgare illud argentum vivum: in eius tamen, ut in coeterorum metallorum Solis & Lunae, intimo recessu repositum.

[2]  [Lapis philosophorum.] Ex quibus quidem tribus, non alijs, Mercurio, Luna, Sole, veluti ex triade quadam mystica, lapis ut vocant, Philosophorum conficitur, cuius corpus est terra Solaris fixa, subtilissima, per virtutem aquae nostrae elevata; anima eius est tinctura Solis & Lunae; spiritus vero est virtus mineralis amborum & aquae, quae defert tincturam seu animam supra corpora, & ex corporibus. Uti ergo spiritus penetrans corpus figit, ita anima copulat, tingit, & dealbat, & sine his tribus omnis in Chimico negotio labor frustraneus est. Solve ergo corpora in aqua nostra supradicta, & digere ea calore temperato, quousque tota tinctura per aquam in colorem album sive oleum album egrediatur: haec eadem corpora pone una cum aqua nostra, in Hermetico vase Hermeticae sigillato, super ignem lentum, eaque digere usque dum in oleum resolvantur; quod lentissimae stillatione longo tempore, quod quaeris, tandem suppetit. Sit autem, ut dixi, ignis lenis, & continuus, donec in aquam viscosam solvantur, & tota egrediatur tinctura in colore nigredinis primum, quod est signum verae solutionis. Continua denique decoctionem quousque fiat aqua permanens alba; in suo enim balneo nitorem & claritatem acquiret Mercurio vulgari similem, super aquae primae superficiem exaltata. Cum itaque videris corpora soluta in aquam viscosam, signum id tibi fit, corpora iam in vaporem conversa, & animas te habere a corporibus mortuis separatas, & in spirituum Chorum sublimatione devectas, ibique corpus compositum ex mare & foemina, id est, ex Sole & Luna; & ex illa subtilissima natura purgata per sublimationem vitam accipit vegetabilem & multiplicativam sui ipsius. Atque ex hoc patet, quare character noster Hermeticus hieroglyphicus supra expositus maxime hanc triunitatem Solari-Lunari-Mercurialem exprimat; coeterisque planetis sub ijsdem non nisi per accidens constitutis.

[3] [Arietis cornus Hermeticae Cruci affixa significat duplicem ignem, elementarem, & mineralem.] Vidimus hucusque anatomiam mysticam, modumque praeparandi acetum illud Hermeticum, aquam seu salem Philosophicum, per quatuor Elementorum metamorphosin, omnia per characterem Hermeticum symbolicae expressa; iam quid per Arietis cornua Cruci affixa indicaverint, exponamus. Persaepe, ni fallor, in hoc Opere demonstratum fuit, Aegyptios per Hammonem [kru?morphon] sive Arietiformem calid-humida in natura rerum, & consequenter Numen totius foecunditatis expressisse, [416] cum generatio rerum non nisi in calore & humore essentialiter existat.

[4] [Elementaris ignis qualis debent esse in chimia.] Aptae itaque percornua duplicem ignem expresserunt, unum physicum, alterum virtualem. Prior est Elementaris, sed cum certa intensionis proportione, cuiusmodi est lampadis, ad id singulari industriae & ingenio constructae; neque ulla maior se difficultas in toto artis magnae magisterio exhibet, quam in aptae proportionando hoc igne, & praecisissimam quamdam proportione temptando, ut effectum tandem speratum fortiatur.

キルヒャー『錬金術の象形表現』16


『エジプトのオイディプス』から

 

メルクリウス水あるいは賢者の酢の役割〕メルクリウス水つまり賢者の酢の目的は消化した黄金の白化、その第一質料への還元にある。それはつまり不燃性の白硫黄と固着された生銀である。ここにその湿は完了する、つまり黄金の液化の繰り返しによりわれわれの溶剤に溶け、硫黄と固着した生銀に還元される。これにより完全な太陽の躰(黄金物質)はその水の中で生命を受け取り、賦活され、息をし、成長(増殖)し、その種を増殖させる。このようにこの酢には太陽と月が混じており、これが付着することでその物体は輝くばかりの白染めを受ける。ここにその物体は媒剤(薬)の白銀に化すが、まさにこれは不完全な金属のすべてを最高の銀に転じ、その物体(基体、スブスタンチア)の本性熱、重量を増加させ、染める。つまりその内なる熱を増加させ、その物体(コルプス)を完全な太陽および月となす。その物体(実体)の白さはまさに銀の色に類同(同一)で、染剤として液化される(染め色を溶出させる?)。これについてハリドは言う。

〔ハリド〕[1]

「その精気(霊)と魂は太陽と月、火に溶ける油と水、湿った火、希薄(精妙)な酢である」。つまりこれこそが太陽と月の完璧な物体(コルプス)の自然本性へと、その種(形相)を保存しつつ、変容させるに適した唯一の媒剤(メディウム)である。それを溶解し、凝固し、固着させるその破壊において土の白さを強い、よりよい形相へと還す。[2]

溶解し凝固させる生命の水〕これの驚くべきところは、この水に溶かすと同時に凝固するところにある。それはあるものが溶けて他が凝固するのではなく、その水そのものがそこに溶けた諸物体(コルプス)とともに凝固する。これはそのはたらき(業)の進捗を見ることで汝にも了解されるだろう。[3]

生命の水の効果〕堅くて乾いた物体(コルプス)の内奥まで浸透して溶解し、染めるなどということは、われわれの水がもつ自然本性なくしては不可能である。これが物体の金属性の形相を破壊し、湿性、軟性の流れる物体(実体)に変じ、転ずることで、その内奥の髄まで完全に染め濡らすことが可能となる。これはわれわれの水がその中心からそれの精気(霊)を引きだし、賢者たちが精気(霊)と魂の白煙と呼ぶ生気(霊)的物体(実体)に還すことなしには染めることはない。このすべてが上掲したスカラベ−蟻の象形文字の分析的な意解として明快に示されている。ここからホルスとイシスつまり太陽と月にさまざまな地上(土性)の不完全な物体が帰順し、諸元素に分離され、に構成され、親和による牽引が卵黄(ヴィテッロ、子牛)の中に現勢するとともに卵白が凝縮してそのはたらきを完了することなしには、世界の精気(霊、世界魂)が生じることなど不可能であることが洞察される。[4]

生命の水が黄金と銀から不燃性の油をつくること〕この水は黄金と銀とをたちまち溶解し、不燃性の油とする。そこに諸他の不完全な金属を混ぜるとこれは上昇し(それへと高められ)、そこから導出され運び出され、それは溶解性の塩の自然本性に転じる。これをアラビア語で「サル・アルブロート」と称する。これは固着し精妙(希薄)で浸透性のたいへん高貴な塩で、あらゆる物体(コルプス)の内奥まで浸透する完全なるエリクシールで、これこそ「最大の秘中の秘」である。これについてハリドは次のように言っている。[5]

〔ハリド〕

「太陽および月の塩およびその生成について知るものは誰でも、不完全な諸物体(コルプス)の親和的混合の理拠(比)を知ることとなり、これは万物の最大の玄義を知ることである」。ここに示唆されていることについては、メンフィス近郊の岩場にコプト文字で刻まれた銘記に認められる。以前それをメンフィスのコプト人ミカエル・スカッタがわたしにエジプト語とアラビア語で筆写してくれた。[6]

コプト語銘記

それは以下の通り。「上なる天と下なる天。上なる星辰と下なる星辰。上なるものはすべて下なるものである、これを把握し利する(幸運を待つ)がよい」。[7]

上なるものは下なるもの、下なるものは上なるもの〕これはまたヘルメスの「エメラルド版」に示唆されているところでもある。[8]下なるものは上なるものであり、また逆も真。分離、分割、昇華によって昇る上(高み)を天と謂う。これは星辰にも鉱物にも援用される。そこに残されるものは、その自然本性を高貴なものに変じて常在する(?)。つまりこの物体(コルプス)が腐敗し溶解した後、物体(コルプス)は高みへ、溶解した水の表面へと昇る。その色は天(空色)の星辰の白で、この白こそが生命である。換言するなら、ここにメルクリウスの白い魂(アニマ)は太陽と月の精気(霊)の自然本性を注入され(が浸透し)ており、これが精妙(希薄)を粗雑(濃密)から、不純(純粋?)を不純から、均質を不均質から分離し、土性の滓の汚れを取り除き、天の資質(本性)を獲得することとなる。[9]

 



[1] [Aqua Mercurialis seu aceti Philosophorum finis.] Finis itaque huius aquae Mercurialis, sive aceti Philosophorum, est dealbare aurum sublimatum, & in primam suam materiam reducere, id est, in sulphur album incombustibile, & in argentum vivum fixum; hac enim humidum terminatum, id est, aurum per reiterationem liquefactionis in aqua nostra dissolutiva convertitur & reducitur in sulphur & argentum vivum fixum, & sic corpus perfectum Solis accipit vitam in tali aqua, vivificatur, inspiratur, crescit, & multiplicatur in sua specie, sicuti coeterae. Acetum enim hoc mistum Soli, & Lunae, illis adhaeret, corporaque ab ipso accipiunt albedinis splendentis tincturam. Qui itaque sciverit convertere corpus in argentum album medicinale, is nullo negotio deinde per illud omnia metalla imperfecta in optimum argentum convertet, augmentando in eo suum calorem nativum, pondus, substantiam, & tincturam; mox enim ac senserit calorem sibi inclusum, si in ea fuerit corpus perfectum Solis & Lunae, illud findet, & in substantiam albam similem ipsi eum argento coloris, ponderis & tincturae liquefaciet. Nam ut recte Haled:

[Haled]

[2] “Est enim spiritus & anima Solis & Lunae, oleum & aqua dissolvens ignem, ignis humidus, acetum subtilissimum”. Est igitur unicum medium aptum & natu- [414] rale, quo corpora perfecta Solis & Lunae mirificam quamdam metamorphosi sub conservatione suae speciei, & absque ulla destructione, nisi ad novam nobiliorem & meliorem formam, resolvuntur; ut resolutione factam tandem cum ipsis congeletur, fixetur, & in terram albam constringatur.

[3]  [Aqua vivae simul ac solvitur, congelatur.] Est & hoc mirabile, quod simul ac solvitur haec aqua, eodem tempore quoque congeletur; neque enim unum solvitur, quin congeletur & alterum. Cum videris itaque aquam seipsam congelare cum corporibus in ipsa solutis, scias te recto ad operis complementum tramite procedere.

[4]  [Aquae vivae effectus.] Et quoniam impossibile est, ut dura & sicca corpora fine dissolutione intimae penetrari & tingi possint, hinc aqua nostra hanc a natura dotem nacta est, ut destruat, mutet, convertatque corpora & metallicas formas in substantiam humidam, mollem, fluidam, ut sic intimae & medullitus perfectam tincturam imbui possit. Hinc autem non tingitur, nisi spiritus eius per hanc aquam nostram ex centro eius extractus, in spiritualem quasi substantiam reducatur, quam & Sapientes fumum album, spiritum, & animam vocant. Quae omnia per superioris hieroglyphici Scarabaeoformis anatomiam significata, pulchrae demonstrantur. Est enim impossibile, ut quod intenditur, nascatur ex spiritu Mundi, nisi Horus & Isis, id est, Sol & Luna a corpore terreo, varijsque imperfectionibus obnoxio, per Elementorum separationem separentur, & in ovum condantur, & sic tandem amico attractu actuata in vitellum & albuginem condensentur, quod ultimum est operis complementum.

[5] [Aqua vita ex auro & argento saluto oleum facit incombustibile.] Praeterea aqua mox ut aurum solverit & argentum, facit oleum incombustibile, quod alijs metallis imperfectis commixtum illa elevat, & ad id, ex quo educta sunt, perducit; convertit enim ea in naturam salis fusibilis, quem Arabes □□□ Sal Albroth” vocant; estque sal nobilissimum, fixum, subtile, penetrans, omnes interiores corporum medullae permeans, Elixir completum, □□□ id est, “secretum secretorum maximum”. Hinc dicitur ab Haled:

[Haled]

[6] “Quicunque noverit salem Solis & Lunae, & generationem eius, & noverit rationem eum cum coeteris imperfectis corporibus & amicis seu sympathis commiscendi; is certe noverit mysteriorum omnium maximum”. Atque huc alludere videtur illa inscriptio Copticis characteribus insclupta in quodam saxo propae Memphim, quemadmodum Michael Schatta Coptita Memphitanus, olim meus in Aegyptiacis & Arabicis Amanuensis, scribit:

[7] [Coptica inscriptis]

Hoc est: “Coelum sursum, coelum deorsum: astra sursum, astra deorsum; quod sursum, omne id deorsum, haec cape & prosperare”.

[8] [Superiora in inferioribus, & inferiora in superioribus.] Quo quidem ad Hermetis tabulam Smaragdinam alludere videtur, ut inferius patebit.

[9] Quae enim inferius sunt, sunt superiora, & contra; quod per separationem, divisionem, sublimationemque in altum elevatur, coelum dicitur, [415] astrumque minerale; relinquit enim id quod fuit, permanet quod est, in nobiliorem tamen naturam mutatur; post horum enim corporum putrefactionem & dissolutionem, corpora se in altum elevant, ad usque aquae dissolventis superficiem, in colorem albedinis coelestis & astralis, quae quidem albedo vita est, suo modo loquendi, in vita albedinis anima Mercurialis nutu naturae spiritibus Solis & Lunae infunditur, quam separatur subtile a spisso, & impurum ab impuro [?], homogeneum ab heterogeneo, exutaque terrestrium foecium contagine coelestem quandam indolem acquirit.

キルヒャー『錬金術の象形表現』15


『エジプトのオイディプス』から

 

個々の惑星−金属の塩〕サトゥルヌス塩はサルニトロと呼ばれる明るく輝く(透明な)もの。マルス塩はサル・コエと呼ばれる血紅色のもの。ヴェヌス塩はアルカリ塩(サル・アルカリ)とよばれる緑色に輝くもの。太陽(ソル)塩は琥珀の黄色。これらの塩は太陽(黄金)に親和し、ここから抽出される金属を太陽に変成する。メルクリウス塩はアンモニア塩(サル・アンモニアクス)と呼ばれ、太陽(黄金)と月(銀)を生じる。ユピテル塩あるいはサル・タルクは月に親和する。これらが主要な七つの塩で、この中にたいへん貴重な生命の水と賢者のメルクリウスが隠されている。これこそがこの業の秘鑰であり、これについてハリドの書ではヘルメスがこう語っている。

アラビアのハリド[1]

生命の水に関するヘルメスの言辞〕「ヘルメスは言った。硫黄、煙、蒸気、生銀つまり苦い塩、賢者のメルクリウスと称されるものを採り、これを炭の弱火でこの業の正しい方法で蒸留する。これにより消化を進め、水を消尽させてからそのまま冷ます。ふたたび水を加え、これを蒸留して、酢を蒸留洗浄する。これこそヘルメスの酢、賢者たちの酢であり、これは四元素からなる苦い塩のうちにあるもので、この中にはすべてがある。大井なる業においてはこれの本質が蒸留酢であり、尊い水(アクア・ラウダビリス)、生命の水と称される。この水はすべてを火で燃やし、それは水の可燃性を保存し、不純な味覚を洗い落とし、焼することで硫黄となり、溶解することでメルクリウスとなる。この水はまさに凝固した火、冷たい力能、溶解した硫黄、固着した生銀の合一であり、これこそ生命の秘鑰、地上に生きるすべてのものにその死後ふたたび生命を賦与する(蘇らせる)もの、生命の水と呼ばれる。[2]

スカラベの象形文字が教える生命の水の秘密〕ここで至高なるスカラベの象形文字のかたちについて適切に解説してみよう。ここでスカラベは七つの金属の第一質料の清浄な精気(霊)のはたらきを、すべての形相への志向性を意味している。そこにはさまざまな色つまり金色、緑色、赤色、白色、黒色、空色、透明(輝き)といった様々な色(ヘリオカンタルスの躰があらわすすべての色)があり、これは変成術のはたらきの進捗のうちに認められ、指し示されるものである。ここで卵の尾は種子に終わり(極まり)、これが卑俗な卵の内奥に隠されているものつまりそれを賦活する(魂を賦与された)ものを指し示している。ここでスカラベの糞の球こそ種子を現勢させるものとなる。その熱はその精気(霊)の螺旋(運動)として展開するが、これは個々の惑星の円環つまり五つの不完全な金属が五つの円環として記されている。この惑星の形象は最終的に完成へと向かうその本質を示しており、ホルスの頭が太陽(黄金)を、月の形象をその頭に載せている。元素への溶解において純粋と不純を、不均一と均一を分離する抽出収集(スパジリカ)の業が包括的にこの月の十字によって示されている。[3]

この最終目的に向かって、ヴェヌス(金星‐銅)の自然本性的志向はそれぞれ類同の志向に輝きつつ(?)より高貴な形相を採るように促されていく。このようにここにヘルメスの卵の内的発展(成長)がスカラベの象形文字のはたらきとして表象されていることが、前掲図から明らかになる。この図に秘されている上位世界と下位世界の類比(アナロギア)については『パンフィリ家のオベリスク』f.341を参照。この大いなる業のすべては先述した賢者が録している酢のはたらきにある。これをアルテフィウスは正しくこう言っている。この親和性の水と融和的な諸金属が太陽を白化し(?)、躰(コルプス)を完全とすることで、その自然本性を第一質料つまり白色に輝く硫黄と生銀となすとともに、この物体(コルプス)が酢に溶解することで、水の表面に昇り、揮発性の物体(コルプス)となる。[4]

ハリドとアルテフィウスが説く賢者のエリクシール〕メルクリウス(水銀)のはたらきについて、ハリドとアルテフィウスが説くところ。千年を生きたものは誰も、その長寿のためひとえにエリクシールを頼みとした。これは以下のようなものに擬されている。まず、上述したアンチモニオのサトゥルヌス酢(これは変成の業をもってするのでなければ正しく調整することができない)とアンモニア塩(サーレ・アンモニアコ)に未精製の黄金の薄板(耕した黄金aurum foliatum)つまり薄板に展ばしたものを浸ける。これを先述したようにまず焼し、質料の増殖(倍化)ができるように幅も高さも十分な硝子のうつわに容れて加熱する。するとたちまちその表面に毛皮が生じるように液体油が滲み出て凝固し、酢の湿が泡立ちながら揮発する。そしてその底に黄金の第五精髄が不燃性の透明に輝く油のように残される。これが賢者のエリクシールである。[5]

 



[1]  [Sal singulorum planetarum metallicorum.] Sal Saturni dicitur Salnitrum coloris lucentissimi. Sal Martis dicitur Sal Coe, coloris sanguinei. Sal Veneris dicitur Sal Alkali, coloris viridis & lucentis. Sal Solis est coloris citrini instar succini. Atque hi sales sympathici sunt ad Solem, id est, transmutant metalla, ex quibus extracta sunt, in Solem. Sal Mercurij dicitur etiam Sal Ammoniacus, & Soli & Lunae confert. Sal Iovis sive Sal Talci sympathus Lunae est. Atque hi sunt septem Sales principales, in quibus latet aqua illa vitae tantopere aestimata, & Mercurius Philosophorum, unica ad operis consummationem clavis. De quibus sic Hermes apud Haled:

[Haled Arabs]

[2] [Hermetis sententia de aqua vitae.] “Dixit Hermes, accipe sulphur, & fumum, & vaporem, & argentum vivum, illud videlicet quod dicitur Sal amarum, & Philosophorum Mercurius est; hunc accipiunt & distillant in igni lento, fortificantes eum paulatim igne carbonum, & distillant iuxta artem sensim, cum eo usque dirigendo, donec consumpta aquae nihil aliud fluat; deinde totum frigefieri sines in loco suo, & affundatur aqua secunda, & distillabis eum, & distillabitur tibi acetum defaecatissimum, & hoc est acetum Hermeticum, & acetum omnium Philosophorum, & in hoc habes totum id, quod est in sale amaro ex quatuor elementis, & super essentiam eius in magisterio memorato aceti distillati, & est aqua laudabilis, & dicitur aquae vitae; quoniam haec aqua comburit omnia sicut ignis, & conservat ea a combustione sicut aqua, & lavat ea sicut sapo ab immunditia, & calcinat ea sicut sulphur, & dissoluit ea sicut Mercurius, & haec aqua est ignis congelatus, vix frigida, & sulphur dissolutum, & argentum vivum fixum instar unionis candidi, & hoc est secretum vita, & invenitur in omnibus rebus, haec vivit terra post mortem suam, & dicitur aquae vitae.

[3] [Scarabaei hieroglyphicum docet secretum aquae vitae.] Quae appositae sane superiori hieroglyphico Scarabaeo formi exponuntur; in quo Scarabaeus materiam primam septem metallorum spiritu Mundano agitatam significat, appetitum habet ad omnes formas; in eo diversitas colorum, id est, aureus, viridis, ruber, albus, niger, caeruleus, candidus (hos enim omnes colores in corpore suo exhibet Heliocantharus) diversos colores, quos in processu operis Chimici specta- [412] mus, designat; cuius cauda in ovum terminans semen quoddam in intimo ovi mundani recessu latere indicat, quod eo modo animandum est; quo Scarabaeus pilulam stercorariam inducto semine actuat; hoc enim caloris vi dispositum, evolutumque est spiritus suis helicibus, singulis planetarijs circulis, sive quinque metallis imperfectioribus, quae per quinque circulos notantur, communicatur; ex quo dicti Planetae formam suae essentiae suscipientes, ulterioremque perfectionem appetentes, tandem in Solem, quo Hori caput indicat, & Lunam, cuius index est ipsa Lunae figura capiti imposita, degenerant; per elementarem dissolutionem, purorumque ab impuris, sive heterogeneorum ab homogeneis separationem, sive per spagyricam artem, quam pulchre, uti supra dictum est, Crux Lunae inclusa indicat.

[4] Haec tandem omnia finem suum consequun- [413] tur per Venerem, sive naturalem inclinationem appetitumque, quo vitro unumquodque sibi simile appetit, idque ad nobiliorem formam adipiscendam sollicitat. Quae quidem Hermetici ovi evolutio & involutio pulchre per Scarabaei operationem hieroglyphice exponitur, ut ex figura praecedenti apparet. Sed de latente mira quadam in hoc schemate superioris cum inferiori Mundo analogiam vide fuse actum in Obel. Pamphi. fol.341. Fit autem totius magisterij consumatio ope aceti supra memorati Philosophorum. Nam ut recte Artephius dicit, est haec aqua amicabilis, & metallis placabilis, dealbans Solem, & reducit corpus perfectum, quod est de sua natura in suam primam materiam, id est, in sulphur & argentum vivum albi coloris, & plusquam speculum splendentis; corpus volatile reddit, id est, ubi corpus in hoc aceto dissolutum fuerit, ascendit superficiem aquae.

[5] [Elixir Philosophorum ex Haled & Artephio.] Ita autem operatur institutione Mercurij, Haled, & Artephius, quisquis ille fuerit mille annorum [makrobith], qui solius elixiris sui usu vitam protraxisse, hoc loco imperite fingitur. Fiat primo acetum Saturninum antimoniale, uti supra dictum fuit, (sine hoc enim nihil in Chimico opere recte confici potest) cum sale Ammoniaco, intra quod aurum crudum foliatum vel in subtiles laminas distentum, vel prius calcinatum, uti diximus supra, impones in vitreo vase lato & alto, pro multitudine materiae capaci, quod calore temperato foveatur; & videbis brevi tempore elevari quasi liquorem olei desuper natantem in modum pelliculae, quod identidem colligendum, donec nihil superfit, humiditatemque aceti superfluam evaporare fines, & remanebit in fundo quinta essentia auri, in modum olei candidi incombustibilis, quod est elixir Philosophorum.

キルヒャー『錬金術の象形表現』14


『エジプトのオイディプス』から

 

太陽の焼〕まず太陽(黄金)を薄い板に展ばし、すべての汚れを清める。アンチモニオを開いたうつわに容れ、窯炉で六日間にわたり焼する。これが完全に灰化したものを蒸留した雨水で繰り返し洗う(よりよいのは五月の朝露(?豚))。この混合灰を硝子のうつわにとり、炭灰の上に一日据える。そしてこの灰に水を十分に含侵させる。これを窯炉に据えて一日焼する。そしてまた水を含ませ、この操作を十回あるいは十二回繰り返す。こうしてそれは完成し、至純な灰、完全な輝きをみせる黄金ができる。これを白(チェルッサ)黄金と称する。[1]

ヴェヌスの焼〕太陽に親和する第二の惑星がヴェヌス(金星)♀つまり銅で、これを窯炉で完全に焼する、つまり硝子の窯炉で十日焼する。これには十字と円環が結びついており、明らかに十(完全数)を象徴している。上述したとおりにその全体の焼を繰り返すと、血色の染めにより緋色となる。これをチェルッサ(?)銅と称する。[2]

マルスの焼〕太陽に親和する第三の惑星がマルス(火星)♂つまり鉄で、これを十日焼し、上述した窯炉で再度焼し洗浄することで、灰は赤く染められる。[3]

サトゥルヌスの焼〕太陽に親和する第五の惑星がサトゥルヌス(土星)♄で、これも上述したところと同様にチェルッサへと導かれる。[4]

月その他の惑星の焼〕月およびこれに親和する諸惑星の焼について。月をうつわの中に密封して十日間還流(循環)させ、含侵させると、上述した太陽の焼のように、月のチェルッサができるが、これは幾分青み(チェルレウム)を帯びている。ユピテル(木星)を焼することで同様に月との親和が生じ、ユピテルのチェルッサとなる。メルクリウスを焼すると月との親和により逃散性となり、その他の自然本性をほとんどもたないようになる。まずメルクリウスをその二倍量のアルミニスと一倍(同)量のサル・ペトラとともに強水に溶かし、これに僅かばかり冷たい泉の水を注ぐ。そしてこの中に僅かに共通塩を振りまくと、溶けたメルクリウスがたちまち明るい(透明な)灰の一種となる。そしてこのうつわから水を分離し、上述したように灰を洗浄すると望みのものが得られる。[5]

個々の惑星−金属灰から太陽(黄金)を抽出する方法〕得られた七つの金属の灰のそれぞれから塩を抽出するには以下のようにする。まずいずれかの惑星の灰をうつわにとり、熱灰で三、四度蒸留した最良の酢を注ぐ。この酢と灰を加熱し、うつわごと冷えるのをまち、微細で最良の滓を沈ませる。至高なる巧緻(?)の水とこの灰を混ぜて、蒸留用アランビキに容れ、熱灰あるいは弱火で加熱し、酢を加えると膠化しはじめるので、アランビキを(火から)取り出して冷ます。するとたいへん美しく輝く塩ができる。これには先述した驚くべき浸透性があり、これを使用に供するまで保存する。この塩ができたなら、可燃性の不完全で欠陥のある金属の自然本性を正しく太陽(黄金)あるいは月(銀)との親和へと変成する。[6]

 



[1] [Calcinatio Solis.] Sol primo in subtiles laminas extensus, & ab omni sorditie mundatus, ope Antimonij calcinetur in fornace reveberationis in vase aperto per sex continuos dies; in calcem vero reductus lavabitur aquam pluviali (vel etiam, quod melius, rore Maiali) distillabitur, quanto saepius, tanto melius; hanc calci mistam, atque vasi vitreo impositam eoques supra cineres calidos unius diei naturalis spacio, usque dum calx totam aquam imbiberit consumperitque; deinde hanc calcem furno reverberationis impositam denuo per unius diei naturalis spacium calcinato, ablutione pariter, uti prius, iterata; & hanc operationem decies aut duodecies repetes, donec perfectionem suam nanciscatur; cuius signum erut calx purissima, aurea prorsus, clara & fulgens; unde & cerussa Solis dicitur.

[2]  [Calcinatio Veneris.] Secundus Planeta sympathus Soli Venus est, scilicet cuprum, & calcinatur in furno reverberationis, vel fornace vitraria per decem dies, quod circulo annexa, denarij symbolum, clare ostendit; & procedendum ut supra, recalcinando illam toties, donec tincturam sanguinis ad instar rubram acquisiverit, & dicitur cerussa Veneris.

[3]  [Calcinatio Martis.] Tertius Planeta Soli sympathus est Mars, id est, ferrum, quod per decem dies calcinabis, & recalcinabis in dicta fornace, lavabisque toties donec tincturam ruberrimam calx nacta fuerit.

[4]  [Calcinatio Saturni.] Quartus Planeta Soli sympathus Saturnus est, quem eodem prorsus modo, quo supra dictum est, in suam cerussam traduces.

[5]  [Calcinatio Lunae & coeterum planetarum.] Luna vero, & coeteri planetae enim sympathi sic calcinantur. Luna in vase clauso ponenda est, decem dierum curriculo, & procedendum in ablutione, uti supra in calcinatione Solis dictum est, & habebis cerussam Lunae clarissimam & nitentem, declinantem aliquantulum ad caeruleum. In calcinando Iove Lunae sympatho pari passu in omnibus procedes; & habebis cerussam Iovis. Calcinatio vero Mercurij sympathi Lunae, cum fugacis naturae fit, paulo aliter se habet; ita autem procedes. Dissolvetur Mercurius primo in aqua forti cum duabus partibus aluminis, & una salis petrae; quo dissoluto infundes super eum aquam fontanam pauxillum tepidam, intra quam parum salis communis insperges, & statim Mercurius fundum petet sub specie calcis candidae; quo facto, aquam ex vase eximes, & calcem perlues ut supram, & habebis intentum.

[6] [Sol quomodo extrahatur est singulorum, planetarum metallorum calce.] Obtenta calce septem metallorum, ex singulorum calce salem extrahes haec industriam. Accipe calcem cuiuscunque Planetae volueris, quam vasi inclusam superaffuso aceto optimo ter vel quarter distillato supra cineres calidos impones; & ubi aliquantulum incaluerit acetum cum calce, deposito vase, mixtum frigefieri usque ad optimum sedimentum, fines; deinde summam industriam aquam, ne calci misceatur, abstrahes, impositamque alembico distillabis in cineribus calidis, igne lento, habebisque acetum; & cum videris congelationis inceptae praeludia, abstracto alembico frigefieri finas, & constringetur in salem pulcherrimum & lucentis- [411] simum, mirificam vi ad penetrandum praeditum; hunc conservabis in usum. Finis huius salis est, transmutare naturas metallorum imperfectorum combustibiles & defectuosas, in perfectas, uti est Sol & Luna, iuxta sympathiam, quam singlua vel ad Solem, vel ad Lunam habent.

『緑の夢』その後


 アルベール・ポワソン『錬金術師たちの理論と象徴』[1]を読んでいたら、こんな謎解きが見つかった。

 

『緑の夢』[2]の末尾には数々の転綴(アナグラム)がみつかる。たとえば、Seganissegedeは賢者たちの霊(ゲニウス)を、Tripsarecopsemは精気(霊、スピリトゥス)、体躯(コルプス)、魂(アニマ)を意味したものである。



[1] Albert Poisson, Theories & Symboles des Alchimistes, Paris 1891.

[2] B. Trevisanus, Songe verd.

キルヒャー『錬金術の象形表現』13


『エジプトのオイディプス』から

 

変成術のエジプトにおける実修〕ともあれ、エジプトの実修とアラビアの文書を繋ぐところについて観てみよう。[1]

すべての業の鑰は金属性質料を火によってその元素へと溶かし、腐敗させることにある。腐敗していない物体(コルプス)はいかなる形相をも産生しない。腐敗のための火の調節によって、それは蒸留され溶かされる。七つの惑星−金属から、まず四つに分離した自然本性つまり灰、塩、水、油に分離(を溶解?)しなければならない。これが賢者のメルクリウスであり、すべての業(はたらき)の終局目的である。[2]

金属性質料のその元素への溶解を教えるヘルメスの記号〕われわれのヘルメスの記号には適切に十字があらわされており、これの下線が地上の金属性物体と灰を、横線が塩と水を示し、その上部は火性の物質つまり油をあらわしていることは、質料の想定から明快に導出される。つまりヘルメスの象形図像に上述の七つの金属物体が認められる。まず灰への還元、つづいて灰からの塩の生成、そして塩から水、水から賢者のメルクリウスが生じる。こうした諸金属の力能が魂に溶け(解消し)、これが最良の変成を起こす潜在力をもっている(可能態である)。[3]

焼、変成の業の端緒(はじまり)〕業の端緒は金属の焼で、灰の調製により塩を取り出す。これがアラビアの苦い塩あるいは酢と呼ばれるものである。塩の抽出以外に業が期待するところは他にない。この塩には金属変成の魂(アニマ)が含まれており、これにより一々の金属は唯一の自然のはたらきによってより高貴な金属に変じる。これの浸透性の力能はたいへん精妙(希薄)で辛辣なものである。つまり太陽と月は不完全な金属の塩を固着することでのみその力能と潜在力を得る。その強烈さは太陽の灰にも類する黄色の灰を生む。この塩が白灰を生む。これは善い灰とも言うべきもので、以下これについて述べることとしよう。[4]

太陽と月の親和を教えるヘルメスの記号〕不完全な諸金属が親和するのは太陽と月であることは、上述したとおりヘルメスの記号に明示されている。♄はサトゥルヌス(土星)あるいは鉛、はヴェヌス(金星)あるいは銅、はマルス(火星)あるいは鉄。月が親和するのはユピテル(木星)あるいは錫、もしくはメルクリウス(水銀)。これらの惑星の黄灰から白灰が産生する。これら両者は塩に、そして水になり、そして油が抽出され、変成力が月のうちに獲得される。[5]

個々の惑星−金属の焼(灰化)〕先に予告したところで残されたのは、いずれ僅かばかり触れた個々の惑星−金属の焼についてだけである。これについてはヘルメスの業についてアラビアのハリドの言から汲むこととしよう。これについては体験に頼らずわたしの言うことを信じるがよい。ただオイディプスがなしたように、すべてを開示し真を偽から取り出すために。[6]

 



[1] [Aegyptiorum praxis in Chimico negotio.] Sed ut ad veritatem dictorum propius accedamus, praxin Aegyptijs usitatem ex Arabum relatione sub nectamus.

[2] Sciendum itaque, totius artis clavem consistere in dissolutione materiae metallicae in sua Elementa per ignem, & putrefactionem; corpus enim non putrefactum nullam producit formam; ministerio autem ignis putrefactum iam distillando resolvitur. Septem itaque Planetae metallici, primo in quatuor disparatas naturas resolvi debent, id est, in calcem, in salem, in aquam, & in oleum, qui est Mercurius Philosophorum, totius operationis finis.

[3] [Character Hermeticas docet dissolutionem materiae metallicae in sua elementa.] Quae omnia in charactere nostro Hermetico aptae exhibentur per Crucem, in qua infima linea terrestrem substantiam metallicam sive calcem, laterales lineae salem & aquam, superior denique igneam substantiam sive oleum, quae ex praesupposita materia educi debent, pulchre referunt. Scias itaque, dicta septem metallica corpora, quae in characterismo Hermetico ostenduntur, primo in calcem reduci posse, deinde ex calce fieri salem, post ex sale aquam, ex aqua demum Mercurium Philosophicum, & est cuius vis metalli resoluti anima, potentiam habens simile sibi in optimum transmutandi.

[4] [Calcinatio principium operis Chimici.] Principium itaque operis est calcinatio metallorum, ut ex praeparatione calcis deinde extrahatur sal, quem Arabes salem amarum, sive acetum vocant; neque aliud in opere attendendum, nisi salium extractio; hi enim sales continent in se animam metallorum transformaticem, quam omnia metalla, sola naturae operatione, transmutantur in nobiliora & nobiliora metalla; habet enim virtutem penetrativam, ob summam suam subtilitatem & acrimoniam. Sciendum tamen, Solem & Lunam habere solummodo virtutem & potentiam fixandi sales coeterorum metallorum imperfectorum, potissimum eorum, qui calcem producunt similem calci Solis, id est, citrinum; eorum vero sales, quae album calcem producunt, similem calci buonae, ut in sequentibus dicetur.

[5] [Character Hermeticus docet quae Soli & Lunae sint sympatha.] Quaenam vero ex metallis imperfectis sympatha sint Soli, quae Lunae, Characterismus Hermeticus pulchre ostendit, ut supra docuimus. Sunt enim, Saturnus seu plumbum, Venus seu cuprum, & Mars seu ferrum: Lunae vero sympatha sunt Iuppiter seu stannum, & Mercurius; uti enim illi Planetae calcem citrinam, ita hi calcem candidam producunt; quorum uterque in salem, deinde aquam, & tandem in oleum ductus, vim transmutandi in Lunam acquirit.

[6] [Calcinatio singulorum planetarum metallicorum.] His praemonitis nil restat, nisi vi calcinationem singulorum Planetarum metallicorum paucis quoque ostendamus, quae ex Hermetis operibus ab Haled Arabicem relatis decerpsimus. Nec quisquam putet, ijs me fidem habere, cum [410] non ea experimento didicerim, sed ut Oedipum decet, ea tantum, uti omnia coetera huius farinae, exponere voluisse, ab omni veritate aut falsitate abstrahendo.

F. ボル、C. ベゾルド、W. グンデル『占星術の歴史』第V章 6


 

ここでこうした応用の一例について観てみることにしよう。つまり「占星術的な地誌および民族誌」について。大地になにが起こるかを天に問うにあたり、天のあちこちとの(?天と地の)一定の等置(差異、関係式)があることを認めねばならない。東西南北にある土地(国)に諸星辰が驚異をなすか僥倖をもたらすかを、直接読み取ることができねばならない。

 

現代に到るまでギリシャに伝えられた体系で、おそらくペルシャにまで遡ると思われるものに、地上の主要な領地(国)を獣帯の十二のしるしに配当してみせるものがある。白羊宮はペルシャ、金牛宮はバビロニア、双子宮はカッパドキア、巨蟹宮はアルメニア、獅子宮は小アジア、処女宮はヘラデとイオニア、天秤宮はリビアとキュレネ、天蠍宮はイタリア、人馬宮はキリキアとクレタ、磨羯宮はシリア、宝瓶宮はエジプト、双魚宮は紅海とインド。ペルシャはこの世を支配する領域(国)として頭(第一)に置かれる。カッパドキアは二人の大守制であるので双子に属す。獅子は遥か昔からリディアとフリギアの聖獣だった。ナイルの国は当然ながら宝瓶宮に属す。紅海が双魚宮に属するように。ダニエルの預言はアンティオコス四世エピファネスの時代つまり前二世紀に遡り、人馬宮はセレウコス朝のシリアに結びつく。

 

星辰から民族の特殊性が導きだされるという観念も利用されることになった。ギリシャの民族誌は獣帯の三角相をこれに用いている。プトレマイオスはギリシャの地誌の手法と調和するように、人の住む土地を大きく四つの三角形に区分し−そのために住域(エクメネ)を無理やり分割する必要はなかった−、これらの三角形を四つの天の三角形およびそれらと関連する諸惑星と対比(比較)した。つまりそれらの性質から、球体(地球)の各部分に住む民の自然本性が導出された。実際、これによって−ひとたびこの架空の基礎が認められると−個々の民族の驚くべき性質や習慣が説明づけられるものと考えられたのだった。その心性、文明、宗教、性的倫理、戦闘性、平和傾向、衣裳や食物、葬儀慣習が驚くべき一貫性をもって明かされる(もちろん古代に知られていた狭い世界の民族に限られているとはいえ)。そこには高祖たちの意志を支配する諸星辰のもと、はじめから民の宿命は定められているという極端な単純化と図式化が施されているとはいえ、これに対する深刻な反論にも答えることができた。たとえば、ヘブル人たちは自分たちの律法をどの国に行っても厳修しているではないか。「一般」占星術は個人の誕生占星術に先立つものであり、個人の宿命をもすべての民と国について諸星辰のうちにしるされてある同じ諸法則のもとに判定できるものと考えられる。

とすると、個々人の生の推移(人生)は、唯一その特別なホロスコープだけから決定されるものではない。一般法則は「人の歳」の差異についても明らかにする。そこで七惑星はその自然本性的な下から上への序列に準じてその笏杖(支配権)を順に譲っていく。歳月の変転は月の移り変わりに、生まれたばかりの時期は水星に準じ、これによって最初の意識を得る。つづいて金星により、青年期の情熱的騒乱がもたらされる。つづく生の頂点つまり力溢れる成熟した壮年期にあたる二十年、火星の支配は戦いへと押しやり、壮年期後期を満たす艱難、絶望へと到る。木星の穏やかな支配のもと、生は新たな頂点、つまり老年に触れることとなる。その賢いまなざし、悲喜こもごもに対する平静さがしばらくつづくうち、ゆっくりと遠隔の陰鬱な土星が老年後期にやってきて、生命力を冷やし固めていく。造形美術はたちまちこれを範形として数限りない表現を成し遂げてきた。偉大な詩人シェークスピア(『お気に召すまま』)はその憂鬱な登場人物ジャックに、諸惑星によって引き起こされる七つのはたらきによってあらわされる人生の「奇妙で波乱に満ちたなりゆき(歴史)」の苦々しい性格について語らせている。ショーペンハウワーは『余録と補遺Parerga und Paralipomena』の「人のさまざまな歳月の相違について」という体験的な濃密な章の末尾で、卓抜な議論をもって古の占星術の理説に新たな生命を与えてみせた。もちろんそれは冗談ではあったが、彼の哲学の基本的な主張の数々の底にある真率な思いを伝えるものともなっている。

 

パレルモの「死の勝利」の不思議なしるし


生命の泉に星座のしるし?が見られる例を他に知らないが...
先のドキュメントから、その細部をあげておこうか。誰かこれに示唆をくださる人がいるならばと期待しつつ。

 
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