ヘルモゲネスを探して

錬金術書を読む Si hoc est quomodo est, si non est quomodo non est [Avicennae ad Hasen Regem Epistula de Re Recta, c.1]

キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』13


 

諸々の女神性について

 

1.    ネイトNeith。ハゲタカによって、あるいはハゲタカか獅子の頭の女性像としてあらわされる。後者の場合、タフ−ネットTaf-Netの称で呼ばれる。

2.    アトールAthor。雌牛の頭あるいは冠をかぶった女性像にハゲタカが影を落とす様子であらわされる。また矩形の中に鷹を描くことで示される。

3.    イシスIsis。牛の角をつけた女性像。角の間に円盤の数々を戴く。

4.    サテSate。ギリシャのヘーラーにあたる。頭に羽根をつけてトロートTrothとなる。これは死者の裁きをするためにあらわれる。アメンテスあるいはハデスの四精霊で、それぞれ男、ジャッカル、ヒヒ、鷹の頭をもっている。木乃伊のような姿でカノープスのうつわの上にこれらが一緒にあらわされることもある。

 

キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』12


 

エジプトの諸神性について

 

古神話の諸神性がバシリデス派の初期文書群にもひきつづき採用されている。これらの神秘的な目的と新体系への応用にかかわる洞察は、これらの古い神々の力能や帰属が太陽崇拝や大地(祖国?)にかかわる異論の余地ない信条の意味を知ることによって得られるかもしれない。それゆえ、主要な神性の数々について簡潔にその知見を挙げてみることにしよう。またそれらがそれとして識別される形姿について、これにしばしば付されるそのコプト語の称号とともにみてみよう。これらにはユダヤ教の天使たちの聖なる名、マギたちの精霊たち、インドに淵源する称号との奇妙な並置が認められる。これらの語彙は遥か遠く多様な典拠群を指し示すものでもある。

1.    プタスPhthas。音はPtah(プタ)、これは諸元素を類型化した「四つの基礎」と称される四段の台座の上に脚を揃えて立つ者の密着した外套に記されている。時にこれは矮人dwarfまたプリアポスPriapeanとしてあらわれ、時にPtah-Toreとして頭にスカラベを載せてあらわれる。これ固有の帰属はヒヒbaboon、犬頭(キュノケファルス)Cynocephalus

2.    アンモンAmmon。音はAmnアムヌ。人の頭もしくは時に羊頭で、そこから二本の斑色の羽根が伸びている。頭を剃り、笏杖をもっている。これはパン−メンデス、プリアポスに変身し、鞭を振りまわしている。その脚にアンモン−クヌビスAmmon-Chnubisの文字が巻きついている。また山羊の角があり、しばしば蛇体に描かれるとギリシャ人たちがアガトダイモンAgathodaemonと呼ぶものとなる。その象徴が「カノープスCanopusのうつわ」と呼ばれるのは、クヌビスという称号がギリシャ人たちからはこう発音されたからである。太陽と合一することでこれはアムモン−ラーAmmon-Raとなる。

3.    太陽神プレPhreあるいはラーRa。鷹の頭に円盤とウラエウスUraeusを捧げている。ii, 2参照。

4.    トートThothあるいはトイトThoyt。朱鷺の頭をもつ神々の書記。時として鷹の頭をもってあらわれるが、これがヘルメス・トリスメギストス。その象徴は翼ある円盤(Tat)で、ペルシャ人たちのミルMirに相当する。

5.    ソコスSochosあるいはスコスSuchos。鰐頭。あるいは尾を曲げた鰐の姿で象徴される。

6.    月神、ペイオPe-IohPeはコプト語の定冠詞)。両脚を揃えている。巻き髪を頭の上に纏めて満ちる姿をあらわす。またこの神性は諸天に金粉を撒く両性具有hermaphroditeとしてもあらわされる。これは星辰群の燦めきをあらわしている。

7.    オシリスOsiris、ウスリOusri。背の高い帽子(升?)を頭にのせた男の姿。鉤形杖と鞭をもつ。目がその象徴。

8.    アロクレスArocres、アロールAror。ギリシャのホールスHorusにあたる。頭の上に一つにまとめた毛房を乗せている。イシスに乳を与えられる姿、あるいは蓮の上に坐す姿であらわされる。鷹の頭をもつ時もある。その象徴はイシスの胸の鷹。これはボルジア家コレクションの玄武岩胴像にみられる。

9.    アヌビスAnubis。アンボAnboはつねにジャッカル頭であらわされ、時に別の首から出た人頭が添えられることもある。これのコプト名アンボAnboがわれわれの語形formulaeの原型とされる。

10. ベボンBebon、あるいはバビュスBabys。これは河馬頭あるいは鰐頭で、片手に剣をもつ。この姿は時にテュポンTyphonの姿ともされる。これはデンデラの獣帯にあっては大熊座をあらわしている。

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き おまけ

オヴィディウス展入場券すなわち入信儀礼通行証...

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キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』11


 

ロゴスあるいはことばの継起

 

この超越的知識における最も固有で特徴的な一章は、マルコス派の使徒「マルコスの啓示」の中で提示されている神統譜(テオゴニア)であろう。「至高なるクァテルニオンQuaternionは見ることも名づけることもできぬ圏域からにまで、女性の形相(すがた)を纏って降り来た。なぜならこの世はそれを男性の形相(すがた)であらわすことが不可能であるから。そしてにこれまで神々にも人々にも語られることのなかった万有宇宙の生成(諸世代)が啓示される。最初に父、つまり理解不能、非存在、無性のものがはたらきはじめると、捉え難きものが生まれることを欲し、の目に見えないものに姿が与えられること(形相をもって包むこと)を望んだ。そこでは口を開き、「ことば」を自身のもの(彼に到来したもの)として発した。この「ことば」はの前に立ち塞がり、が何であるのかを示す。彼自身が不可視なるものの類型Typeもしくは形相(かたち)であることを明らかにしつつ。

この名の発語は次のように起こる。(至高者)は彼の名の最初の語を口に出す。それは四文字からなる音節(シラブル)である。つづいて彼は第二の音節(シラブル)をつけ加える。これまた四文字からなっている。そして第三の十の音節からなることばを。最後に第四の十二文字からなることばを。つまりこの名の発語の総体は三十文字、四音節からなるものである。一々の文字はそれぞれの形相(かたち)、音、綴りをもつが、その名の総体を見ることも理解することもできないし、それに隣接する文字の力能(冪乗?)をも知ることができない。それはさて、これらの連結(合一)した音は非存在、非生起、アイオーンをなす(となる)。これらは天使たちで、つねに父の顔を見つづけている。父は自らを理解不能なものとして知っており、アイオーンと呼ばれる一々の文字を与える。いずれにせよそれらの固有の音はいずれも個々には名の総体の発語に較べられるものではない」。

マルコスのクァテルニオンの啓示につづいて、裸女の存在が説明づけられねばならない。つまり先のグノーシス派の記念碑群にみたヴェヌス・アナデュオメネVenus Anadyomeneについて。「これらのことがらについて言明した後、クァテルニオンは付言して言った。「わたしは汝に「真実」[1]を示そう。わたしはこれを天の宿の数々から降らせ、汝は彼女の裸体をまのあたりにして、彼女の美を認め、彼女のことばを聞き、彼女の叡知に瞠目することとなるだろう。それゆえ、彼女の頭を、ΑΩを見上げよ。その首のΒΨを。その肩と腕のΓΧを。その胸のΔΦを。その胸郭のΕΥを。その背のΖΤを。その腹のΗΣを。その腿のΘΡを。その膝のΙΠを。その脚のΚΟを。その踝のΛΞを。そして足のΜΝ[2]。これが「真実」の体躯であり、これが文字の形、書写にあたっての文字(特徴)である。「真実」はマルコスを眺めやりつつ口を開くと、「ことば」を発した。この「ことば」が名‐われわれが知っており語るところの名−キリスト・イエスとなる。彼を名指して彼女は平安を送り届ける」。

ここでこの名の理拠をめぐって疑念がわき上がる。ロゴスという語彙が神的発出(エマナツィオーネ)に最初に与えられたとき、これは純然たるラビの語彙としての「名」あるいは「ことば」の解釈として提起されたものであったのではないのか、と。つまり「捉え難い名」あるいはエホヴァJehovahの略称であったのではないか。それが後にロゴスの副次的な意味、「理拠(理性)」と解され、アレクサンドリアのプラトン主義ユダヤ人たちによってソフィア−アカモトつまり至高なる原因から最初に生まれたものと直接的な類比をなされることになったのではないか。

三十文字にまで拡張されたこの名の構成(なりたち)は、ことばにできないものの意味に関するなんらかの手掛かりを与えるものであるかもしれない。この多音節の称号は、神秘的な図案を刻んだグノーシス派の護符(タリスマン)の数々の縁を途切れない円環をなして巡るものであるか、立ちあがった蛇のくねる姿(曲線)であったのかもしれない。玉髄(カルケドニオ)に刻まれたこれの一例をvi, 4に示す。

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[1] アレテイア?

[2] これらはアルファベートの最初と最後から順に対をつくったもので、男女にも符合している。

『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 20

そして、ゼーリ旧蔵の斧石の図解。マストロチンクェ先生の著作から

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 19

ファビオさんにいただいた署名。

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 18

ファビオさん編集の怪作『未来の記憶−フィオレのヨアキムとヨアキム主義』

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キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』10


 

諸アイオーン

 

諸アイオーンの名の真の知識には数多の力能(美徳)が授けられるが、それはこれらに下属され得ず、許容されないものもある。以下の一覧はグノーシス主義者としてたいへん偉大な学者であるヴァレンティヌス自身によって録されたものであり、こうしたものの中でももっとも権威あるものである。彼はこれらを男と女の対として、先在する永遠の原理であるビュトスBythosからの連続的発出として配列している。列挙される対の数は十五、つまり聖なる数である五の三倍。そこにみられるように、それらの名はシリア語で、幾つかの女性名の力能呼称に前置されたvaは純然たる繋辞「と」である。ヴァレンティヌスはアレクサンドリア生まれではあるがユダヤ人家系のものであったとマターMatterは想像している。テルトゥリアヌスによれば、彼は本来プラトン主義者であったが、キリスト教に改宗。しかし司祭職を得ることができずこれに失望して新たに自らの宗教を創立した。

 

1. Ampsiu Ouraan • 深さと沈黙

2. Bucuua, Thartuu . • 思惟(精神)と真実

3. Ubucua, Thardeadia • 理拠(理性)、生命

4. Meraxa, Artababa. 男(人)、教会

5. Udus, Casten . '}

5a. Udu, Vacasteni .• 慰安者、忠実(忠信)

6. Amphaiu, Essumen • 父性、希望

7. Vananim, Lamer • 母性、慈愛

8. Tarde, Athames • 永遠性、知性

9. Susia, Allora • 光、祝福(至福)

10. Buciatha, Dammaddaria 聖体(聖餐)、叡知

11. Allora, Dammo • 深さ、混合

12. Oren, Lamasspechs • 不滅、合一

13. Andempheets, Emphibochibaud •自己生成、克己(節制)

14. Assiousche, Belin • 生起(ただ与えられるもの)、一性

15. Dexariche, Massemo • 不動、悦楽

 

エピファニウスは綴り間違いを誤解して一対(5)を二度書写し、十五対を一つ越えて列挙している。

 

『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 17

ミーノさんの署名

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 16

アリアーニ−ミーノ版はだいたい邦訳と同じ版型。

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 15

つづいて、アリアーニ−ミーノ版『ヒュプネロートマキア』

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キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』9


 

アブラクサス、その真の語義

 

ベレルマンはこの神秘的な称号に卓抜な解釈を提起している。つまりこれはコプト語の「聖なる(祝福された)名」を意味しており、AbあるいはAf(なる)、Bak(崇める)、Sadshi(名)に宛てられたSaxの複合語である。この複合語はヘブル語の同義語であるエホヴァehovahの神聖な名つまりShem Hamphiloshにも著しく似ている。この「聖なることば」はラビたちによって「名」もしくは「ことば」に要約(圧縮)された。

これはまたエジプトの語彙Abrakとも独特の一致をみせている。これはモーゼ(創世記xli, 43)によって、ファラオがヨセフに自分の山車に乗るように、彼の前に跪き「アブラク」と歓呼するよう命じるところに用いられている。ここでエジプトの語彙がヘブル語文書の中にとりいれられており、これと同義のことばに置き換えられてはいない[1]

またディスパーテルDispaterの伴連れ(配偶者)の上にアブラクーラAbracuraという名があらわれる。これらふたりの冥府の神性の前に、ヘルメスによってヴィビアVibiaが導かれるところを描いたフレスコ画が、プレテクスタトゥスPraetextatusのカタコンベのヴィンケンティウスとヴィビアの墓にみられる。このヴィンケンティウスは碑銘に「サバツィスSabazisの神官」と記されている。この称号そのものがイアオIao崇拝との関係を示すものである。アブラクーラAbracuraは明らかにΑβρα κορηのラテン語転綴であり、コーレー(処女)はプロセルピーナに与えられる神秘的な名である一方、アブラはグノーシス派の語義におけるのと同じ意味をあらわしている。これは有名な呪言アブラカダブラAbracadabraにも組み込まれている。

 



[1] 黙示録xix. 12にも異語による称号が表現されている。「彼の眼は火の炎のごとく、その頭の上には数多の冠が載り、書き記された名(thereon)をもっている。それは彼自身より他の誰も知り得ぬものであった。また彼は血まみれの衣裳を纏っており、彼の名は「神のことば」と称された」。

『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 14

ポッツィ師の著書の一部

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 13

ポッツィ師にいただいた署名

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 12

ジョヴァンニ・ポッツィ版『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』。版型は1499年元版の小フォリオ版を踏襲している

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 11

薔薇と百合の絵。カラー図版

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 10

そして、ゼーリその他が鑑定に参加したロレンツェッリ画廊刊のカタログ"forma vera"

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『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵説き 9

そして、講談社から出る予定(宇山さんがまだ元気だったころに...)と聞いていたゼーリとイアレッラ共著の探偵小説。

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キング『グノーシス主義諸派と古代および中世におけるその名残り』8


アブラクサスを刻んだ貴石

ABRAXAS-GEMS.

 

現存する純正のアブラクサス貴石はエジプトやアジアに由来するもので、バシリデス派が多く移植したスペイン由来のものもある。この哲学的キリスト教党派はグノーシス派の一支脈であり、そこではアブラクサスの形象がたいへん敬われた。彼らはこれを彼らに固有な超越的な問い、神秘的な教えに導かれる者が従うべきことがらとして教師のために用いた。あるいはまた初学者(秘儀参入者)たちが同じ党派に属することを示す符牒あるいは合図として。護符(アムレトにしてタリスマン)として、そして最終的に彼らの教えの封印(印章)として。

この党派の創設者であるバシリデスはどうやら、神アブラクサスの姿(形象)の案出者であった(実際、彼の時代以前にはこの表象(代示)が存しなかったことは検証されている)。彼はトライアヌス帝およびハドリアヌス帝の時代つまり一世紀末から二世紀初頭に活躍した人だった。彼はエジプト生まれでアレクサンドリアに居住し、キリスト教を奉じ自身を使徒マタイの弟子と称し、自ら聖ペテロの弟子であったグランチアスGlanciasを師としたことを誇った。

彼はキリスト教に改宗する以前、東方のグノーシス派の教義に就き、新たな改宗者たちの多くと同様、霊(来世)と自然(現世)とのいずれにおいてもキリスト教信仰の教義にグノーシス哲学を繋ぎ合わせた。そのため、彼は自ら発案した表現を選び、独創的な象徴群を用いた。神およびその諸帰属、そのことばと創造について、諸霊および諸世界の発出、大地の構築、自然界の多様な諸力にかかわる彼独特の知見の数々を広めるにあたり、彼は同時代のシリアのサトゥルニヌスSaturninusと同じ方途を採った。彼の思索体系はキリスト教、ユダヤ教、異教(ギリシャ思潮)、エジプトの知見の数々を組み合わせたものだった。それは特に当時バラモン教徒(ブラフミン)Brahminsのもとに存した東方グノーシス諸派の知見を取り込んだものだった。バシリデスは彼の教えをアレクサンドリアの彼の学派の熱烈な教師としてばかりでなく、多産な著作家としてもおおいに広めた。アレクサンドリアのクレメンスによれば、彼は頌詩や霊的な讃歌ばかりか、『福音書諸書註解』二十四巻をも著したが、すべて散逸した。彼の諸教義は同時代のエイレナイオスによって以下のように描写されている(i, 23)。

「バシリデスはグノーシス派の思弁哲学により彫琢をほどこし、自らの探求を無限(者)にまで推し進めた。彼は、神つまり非被造にして永遠の父をヌース、思惟(精神)と説いた最初の者だった。これ(無限者=神)こそロゴス(ことば)であり、フロネーシス(知性)。フロネーシスからソフィア(叡知)とデュナミス(力能−強度)が発出する」。エイレナイオスはこれによって、彼のクィンテルニオンQuinternionが五つの実体(スブスタンチア)、個的(人格的)知性、神格(神の思惟)の外に実在する諸物を示すものと解している。しかしそれらは神格の擬人(ペルソナ)化された諸帰属について謂ったものと考えた方がよいだろう。彼(神格)の外的および内的なはたらきからする諸形相(かたち)として[1]。また彼が説く別の箇所では、「非被造で名づけられ得ない父が人の壊敗を観たとき、彼は彼の最初の産生物であるヌースをキリストの姿(形相)をもってこの世に遣わす。彼を信じる(恃む)者たちすべての贖いのため、この世をつくった者たち(デミウルゴスとその六人の息子たち、惑星の精霊たち)の力能から逃れるために。彼は人々の間に人−イエスとしてあらわれ、数々の奇跡をはたらく。このキリストは個人(ペルソナ)として死ぬわけではなく、彼のかわりに彼に体躯という形相(かたち)を貸したキュレネーの人シモンが苦しむことになった[2]。神の権能(力能)、永遠なる父のヌースは非体躯的であって死ぬことはあり得ないから。つまりキリストは死んだと思いつづけているものは、無知の奴隷に他ならない。これを否む者は解放されてあり、父の目的を解する者である」。

エイレナイオスはまた次のように付言している。「図像(護符)、召霊、降霊術その他魔術にかかわるもののすべてを彼らは使用する」と。

ここには形象(フィグーラ)という暗示的なことばがあるが、それはなにを指して用いられているのか。ベレルマンはこれを図像の組み合わせにアブラクサスAbraxasという実際の名を記したものと考えている。この名はグノーシス主義のパンテオスPantheosに相当し、適宜象徴群を用いてしるされる五つの発出(エマナツィオーネ)とともに(を伴う)至高存在をあらわしている。神性をしるす慣用形象である人の体躯から二つの介添え(扶養者)つまりヌースとロゴスが発出している。これらは内的諸感覚と理解の活性化(蘇り)を象徴する蛇体であらわされる。これはギリシャ人たちが蛇をパラスPallasに帰属したところに相当する。彼の頭−鶏頭−はフロネーシスをあらわしている。この鳥は先見(洞察)と警戒の標章である。彼の両手はソフィアとデュナミスの象徴を抱えている。つまり叡知の楯と力能の鞭とを。

これらの系列はバラモン(ブラフマン)の教えとよく一致している。そこでは第一原理がこれにつづく五つの力能を産生する。つまりマガスヴィアMagaswia、サダシヴァSadasiva、ルドラRudra、ヴィシュヌVishnu、ブラーフマBrahma。これらはある者にとっては純然たる神性の諸帰属であり、あるいはアイテール、気、火、水、土という質料的な意味に採る者もあった。グノーシスの総体系はカバラやギリシャ哲学に由来するものではなく、モシャイムMosheim[3]がすでに考えたように、東方に由来するものである。

エイレナイオスはまた別の箇所で語るところからは、この種の探求に豊かな進捗がもたらされることであろう。「それにまた彼らは天使たちの名をも案出し、彼らを第一、第二、第三天等々に配した。これらとは別に彼らは、彼らの所謂365天のアイオーンの名と由来と力能についても説明に努めている。また大地の球体にもそれ固有の名を与え、救世主(彼らはこれをKavlacavと呼んでいる)がここを訪れ、立ち去ったことをも語っている。これを正しく解し、諸アイオーンとそれらの名を知る者は、目に見えないものとなり、諸アイオーンの力能を超えて救世主Kavlacav自身となるだろう。神の子がこの世に知られぬままにありつづけるように、バシリデスの弟子もまた人々に知られずにありつづけなければならない。彼らはこうしたことのすべてを知りつつ、異邦人たちに混ざって生きなければならないので、彼らは自らこの世の者どもに知られることなく、見えないように生きなければならない。ここから彼らの格言、「すべてを知るべく学びつつも、自らを知られることのないように保ちたまえ」が由来しており、彼らは自らバシリデス派であるという事実を否定する習慣をもったのだった。彼らは自らをあらゆる党派に擬してみせるとはいえ、キリスト教異端とみなされてはならない。彼らの憲章(教えの核心)は千人に一人あるいは二千人に一人というわずかの者にだけしか知られなかった。365天の局所配置について彼らは測量技師のように個別に描き出してみせる。彼らの教えは秘密の書あるいは象徴図像の書に載せられている。彼らの至高なる主、万物の首魁を彼らはアブラクサスAbraxasと呼んでいる。この名は数365からなっている」。

 



[1] この解釈からすると、バシリデスはこの観念をカバラ学者たちから借りているように見えるが、これはかえってより古い典拠に遡るものだろう。そうしたものとして、非被造、クィンテルニオンQuinternion、原初の仏陀とこれにつづく五仏をあげることができる。

[2] ここからバシリデス派はキリスト教正統信仰の側から仮現論者Docetae(迷盲論説者)と呼ばれることとなった。敬虔なバラモン教徒もまた彼らの神話の解説にあたり、それはすべてマーヤ(幻覚)であり、神の尊厳(公準)をあらわすものではない、と説いている。

[3] Johann Lorenz Mosheim (9 October 1693 – 9 September 1755) ?

『ヒュプネロートマキア』あとがきの絵解き 8

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現クィリナーレ宮蔵 メロッツォのサンティ・アポストリ教会円蓋中央部キリスト像剥離フレスコ画



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六年目、ということでまたプロフィル欄を更新しようと思ったのですが、もうその欄に触れられなくなってしまっていました。 さて、これからどこへ行くのか。 あと探しものといえば、Sanioris Medicinae。
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