ヘルモゲネスを探して

錬金術書を読む Si hoc est quomodo est, si non est quomodo non est [Avicennae ad Hasen Regem Epistula de Re Recta, c.1]

フェデリチ・ヴェスコヴィーニ『魔術的中世』2


 

とはいえ占星術の実践法は、東方の、ヘルメス主義の、ペルシャやエジプトの星辰崇拝の教義の影響を受けた魔術に広く染まっていた(中世アラビアではたとえば、ハラーンのサービア教徒たちはムスリム教徒ではなかった)−中世のそうした者の代表者が、九世紀の星学者で算術家テービト・ベン・クッラとみなされてきた(これはおそらく誤解だろう)。諸天はプトレマイオスが主張したようにただ物体的自然本性的な影響を運ぶものではなく、ダイモーンたちによって魂を付与されており(動かされており)、知性はこれらの応答を得るために儀礼と燻香をもって召喚をなす。ローマの法体系においては四世紀から五世紀(319409)のテオドシウス法典(Codex Theodosianus IX, 16, 1-12)は占星術から魔術まですべてを神占(ディヴィナツィオーネ)の類型として一纏めに禁止されることになった

つまり、神占、預言、占星術、魔術の間にはつねに協調(婚姻)関係が存した。中世にこれを代表するのが、フェデリコ二世の魔術師占い師であったミカエル・スコトゥスやチェッコ・ダスコリの生涯と占星術的著作だった。後者は特定の星辰配置のもとにダイモーン・フロロンFloronを召喚し、これがさまざまな応答を彼に伝えた

ここでは占星術的予測の魔術伝承についてではなく、プトレマイオスに由来する自然学−星学的予測の類を見てみることにする。これはアルブマセルやその弟子のサダンのようなアラビアの占星術師たちによって展開され、その後、ペトルス・ダーバノのようなラテン人たちによって占星術から魔術的ダイモーン的な観点が排除されることとなる。これはキリスト教徒の学者たちによって「迷信」として断罪されたものでもあった。魔術を「自然」占星術から分離しようという配慮は、近世のもっとも有名な著作の一つ、メランヒトンの娘婿ガスパール・ペウヒャーが編纂した『特殊な神占の類への註解』にもいまだ見出されるものである。魔術的、ダイモーン的、冥界あるいは天上の神占の一々の形式に関する記述と分析には、つねにガスパール・ペウヒャーによる慎重な警告が付され、プトレマイオスによって理論化された自然的、占星術的予測から分離されている。これだけが中世キリスト教徒たちに許され、彼の時代にも許容される唯一の予測であり、決してアグリッパの『オカルト哲学』に載せられたような降霊術(ネグロマンツィア)的な儀礼占星術と混同されてはならない。

神占というよりも占星術的予測としてここで論じようとしているのは自然的な類のもので、プトレマイオスに遡り、アルブマセルとその後継者たちのようなアラビアの占星術師たちに広く認められるとともに、入念に仕上げられたもの。何世紀にもわたって魔術と占星術の間に結ばれた関係をみたところで、理拠的「自然的」占星術の諸問題に立ち入ることにしよう。世界の占星術的解釈と宗教の誕生星図(ホロスコープ)の結びつきという問題を探りつつ、この伝統のうちに魔術的ではなく(科学)知識的な性格を際立たせてみたい。

フェステュジェール「錬金術」9


 

Parisin. 2327の特徴の一つはその重複の多さにある。大司祭(アルキプレテ)ヨハンネス(実は彼こそがアンエピグラフォである)、ff.140v-141 = 174r-v = 243。ゾシモスのγνησία γραφήf.112r = 161v = 221v = 242v。ゾシモス真性覚書、f.80 = 220-221。ウロボロス蛇、f.196 = 279。賢者の卵ff.23-24 = 229rπλευκώσεωςf.14v = 250v。辰砂、f.146v = 251rこれらは、この写本を入手した職人たちが、白紙に興味ある事例を書き記し、ペレカノスがすでに転写していることに気づかなかったものとしか考えられない。これはff.12-14 (= ff.90-92)と、ペレカノスの署名の後、手跡の違いが明らかなf.291v ss.の重複の根拠にはなる。しかし唯一の書写者による写本本体の中の重複については、ペレカノスの不注意によるものとしか考えられない。彼はさまざまな資料にあたりつつ、気づくことないまま同じ文書を何度も写すことになったに違いない。

結局のところParis. 2327M, Bとともに錬金術写本の第三類型をなしている。すでに長い伝統のもとに発展してきたものであるとはいえ、Mに代表される第一類型は、ビザンツの他の分野の諸集成(ヘルメス主義集成、占星術集成等々)と関連づけられる理論的性格を保存しており、恣意的な配列にみえるものの編纂者の意図が透けて見える序列でそれぞれの著者名を挙げて記された教理的著作集成である。Bに代表される第二類型は、本質的に実践書である。署名ある著作は最小限で、逸名の処方群が優越している。これは読解のためだけのものではなく、秘密の数々を実修してみるためのものである。第三に写本Aはこれらの混合形態で、Mにあらわれる教理書(すべてではないが)その他、Mに収められておらず、典拠の分からない貴重な教説が収められている。しかしここには著作群の体系化の試みは一切認められず、純粋に技術的な処方群がその間に明快な理由を示すことなく挿入されている。書写生は聖なる業に使えそうな資料をあらゆる方策をもって集め記したものと思われる。

 

他の偽書群のすべてを挙げるのは煩瑣に過ぎるだろう。MあるいはAの単なる書写本はさて置くことにする。まtVat. 1134 (= Neap. III D 19)も諸金属の変成にかかわる(中世の)論考一編を提供してくれるだけなので取り上げないまた興味深い写本Parisin. 2419 (R = Cat. I 3)はゲオルゲス・ミディアタスによって1462年ごろに書写されたもので、カテリーナ・デ・メディチの蔵書だったものも除外する。これは占星術的著作や魔術的著作の中にさまざまな中世錬金術処方やアルベルトゥス・マグヌス(アルベルトゥス・テウトニクス)の『正道Semita recta』のギリシャ語訳が収められている。ここではただ諸う数の写本群を挙げるだけにする。それは上気した類別のひとつに完全に当てはまるか、たいへん興味深い特徴を見せるものかである。これらの写本の中には第一類型に属するものはない。これに属するのは唯一M(およびこれに由来するもの)だけ。この「マルチアーナ写本Corpus Marcianum」を別に、他はすべてBに属する「手作業」の類の集成か、Aのような複合構成のものである。

十六世紀の小さな写本Parisin. 247 (Cat. I 36)は、錬金術師ジョン・ディーが所有していたcod. Oxfordおよび十七世紀のライデン写本と兄弟関係にある、典型的な錬金術便覧である。その構成は、1)錬金術的記号一覧、−2)語彙集、−3)賢者の卵、−4)ウロボロス蛇の図とその中に挿入されたゾシモスの寸言、−5)アランビクの図とゾシモスの句節(器具について)−要するにそこには実修する前に初学者が知っておくべき聖なる業の基本がみつかる。

第三類型(複合形=A)に属するのはVat. 1174 (Cat. II 4)、これに依拠したNeap. III D 18 (Cat. II 44)Ottobon. Graec. 60 (Cat. II 5)Parisini 2329 (E), 2249 (K), 2250-2252 (La, b, c)。これら五本のパリ写本について詳細にみてみることにしよう。そこには幾つか解消できない問題が見つかるから。いずれにせよそれがどのような矛盾であるのか指摘しておきたい。

フェデリチ・ヴェスコヴィーニ『魔術的中世』1


第四部 魔術と信仰−予言と占星術と降霊術(ニグロマンツィア)

 

10. 予言(占い)と占星術。アルブマサルの著作と世俗占星術。諸宗教のホロスコープ

 

哲学史あるいは文化史の総体にあって、占星術的「予言(占い)」についてはその膨大な論議に鑑みても深刻な曖昧さが存しつづけている。予言とは一般的に、古代世界におけるある種の狂気もしくは偏執、神々に霊感を受けた神的熱狂のうちに観念された未来予測のすべてを指すものとされてきた。そこから占いを意味するディヴィナツィオーネ(神占)という名辞が由来している。プラトンは『パイドロス』で四種の霊感を受けた熱狂を区別しており、そのうちの一つが予言に属するものである。またキケロは『予言について』でこれを二類型に分けている。その一つ目は業(アルス)で、巧み(人為的)なさまざまなしるしの解釈。二つ目(熱狂(フロール))は格別の高揚状態あるいは熱狂のうちに神々から人の自然本性に授けられる予言。中世文芸の大部分はこの区分に拠っており、セヴィリアのイシドロスも『語源論(エチモロギアエ)』でこの区分を採っている。神占(ディヴィニ)とは、神に満たされたquasi deo pleniという者たちが自らを神に擬し(同化し)、人を欺くような返答をなすこと。この時期の中世の学者たちにとって、神占(ディヴィナツィオーネ)とは神の侵害(簒奪)usurpatioであった。つづく十二、十三世紀の哲学者たちはこれについて夥しい分類をなし、神占の業のさまざまな類型を区別した。本論ではそのうちでも理論的な観点というよりは歴史的な観点から最も整理され体系化されたものとして、占星術的な神占の場合だけを取り上げることにする。

聖書世界には神によって語られた預言が結びついている。一方、占星術の創案者の観点は具体的で方法(技術操作)的である。クラウディウス・プトレマイオスはこれを自然本性的物体的な(自然界のできごとの)予測のための理拠的な実践となし、神的もしくは神がなした超自然的な介入の一々を排除し、未来に関わる知解に新たな類型を理論化することとなった。それは必然ではなく、占星術にもとづいた純然たる蓋然性の予測、認識知解論的な水準においては可能性と偶然性という論理的範疇にあった。それは来たるべき(未来)の諸物の序列秩序に属するもの。こうした曖昧さが、予言(ディヴィナツィオーネ)のこの特殊な類型の歴史を牽引し、その諸典拠に準じて超自然と自然という二つの観点を混合していくこととなった。換言するなら、星辰は霊的な有と観念されることも、運動する物体と観念されることも可能であった。新プラトン主義的な降神術(テウルギア)的魔術、イアンブリコスの『エジプト人たちの諸玄義』では、占術(マンティカ)は人の自然本性の秩序の外にあり、それは神の天球に据えられ、自然本性の操作からは完全に分離されている。ところがこれら二つの観点は中世アラビアあるいはラテン世界の幾人かの著作家たち占星術師たちのなかで結びあわされることになる。こうして新プラトン主義の降神術(テウルギア)においては、プトレマイオスが意図したような占星術的予測作業(操作)は憎まれることになった。アラビアの学者たちの中には、『ピカトリクス』の著者のように魔術を実修する者たちもあった。占星術的な神占は超自然的で神的なものであり、これはまた預言をもなすものであるから。預言的な神占はここでは占星術と同化する。『ピカトリクス』には、神占は諸天の第五精髄であり、われわれが預言と呼ぶものである、と記されている。さらに、アヴィセンナの星辰理説の発出論図式においては、諸天体は永遠に生き、運動をつづける(魂を付与された)ものであり、つまりそれらの運行に先立ってある想像的な知性によって動かされている。たとえばペトルス・ダーバノが言及する解釈によると、預言が上位諸天球から降り来るという解釈はアヴィセンナに帰され、こうして預言と占星術が一つになされる。しかし、プトレマイオスを解説してみせたアリストテレス派の哲学者たちの立場はこれとは違い、ヘルメス主義に淵源するものかどうかとは別にアヴィセンナの解釈のような新プラトン主義的哲学の諸端緒原理の埒外にあった。こうした自然哲学者たちはプトレマイオスが『四書(クァドリパルティート)』で説く占星術の認識知解論に触発され、占星術を現在および未来に関わる偶然のできごとを予測可能とする知識とみなした。

この場合、これは神占(ディヴィナツィオーネ)というよりも、予報もしくは可能性の予測に関わる知解である。占星術は実践(技術)的な意味でプトレマイオスの時代のヘレニスム世界に、上位の超自然的で魔術的、神的な諸力に霊感を受けた不謬の神占としてではなく、必然の知識を主張するものとしてではなく、偶然性を検討し、未来の推測的判断をなす予測法として生まれた。

codex parisinus graecus 2327

codex parisinus graecus 2327
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フェステュジェール「錬金術」8


 

Parisin. 2327 (A) もまたイタリアからフランスにもたらされた写本である。Par. 2325同様、アンリ二世時のフォンテンブロー図書館目録に記載されており、この王の蔵書だったもの。これはコルフ島出身のテオドロス・ペレカノスによってクレタで14786月に書写されたもの(cfr. CCAG VIII 4, p.19. クレタ島のΧάντακαザンタカと呼ばれる場所で)だが、無学な者の著作である。粗末な過誤が多く見つかり、専門的な書写生の手になるものというより、錬金術職人の手になるものだろう。これは技法的な記述はかなり正確で、すぐさま意味が分かる記述になっている一方、一般的解説は推測を挟まないと文意が再構できないところからも確認される。

この写本はプセルスの黄金製造法(クリュソペイア)に関する書簡ではじまる(f.1-7)。つづいて第一部(ff.15-161)はおおむねBの内容と対応している。f.15の処方を記した頁の文字にはさまざまな手跡が混ざっており、ff.12-14の書写はff.90-92の写しになっている。

この第一部(ff.15-161)とBとの対照から、Aの方がBよりも内容が豊かであることが分かる。また表の錬金術記号、賢者の卵ff.23-24)、ステパノスの第九講義末尾、コマリウス、クレオパトラの対話、オスタネスの聖なる業論考(著者名がない)(ff.74-80にも相違がある。πράξις αβγの序の完全版πκρυσταλλίων (f.90r-v)、またクリスティアヌスの第二部の二句καδμίας πλύνσιςf.110v)と神水(f.111r)、大司教ヨハンネスに擬された一節(f.140v-141r)はじつのところアンエピグラフォのもの(cfr. M f.82v)で、f.174r-vf.243-249に重複記載されている。

f.181v以降、ABと対応しておらず、またこれがMから直接写されたものとも言えない。実際これら二つの写本でその順序は一致しておらず、Aの本文がMの本文と相違しているところも散見される。

AMの共通点を指摘しておく。アンエピグラフォ(ff.162-176v = M 78r-91r)、その一部(f.168v ss.)は過ってゾシモスに擬されている。またその一節(ff.174r-v)はff.140v-141rと重複している。ヘリオドロス雑纂(ff.178-195v = M 43v-57r)。錬金術師一覧(f.195v = M 7v, manu 1)。オリンピオドロスからペタシウス宛て(ff.197ss. = M 163r ss.)。賢者の石(ff.215v-219v = M 95v。ゾシモス真性覚書(ff.220-221 = M 189r)、ゾシモスのγνησία γραφήf.112r = 161v = 221v = 242v, cfr. M 141r)、ゾシモスからテオドロス宛てκεφ.ff.237-240 = M 179ss. = B, 215. 2-220. 16)。ペラギウス(ff.222v-227 = M 62v)。

他はAにしか載せられていないもの。ウロボロス蛇(f.196; 異文はf.279)、処方の数々(ff.220-230r = B, 337. 14-342. 18)、賢者の卵異文(f.229r = B, 20. 16-21. 9; M f.23-24の異文とは異なっている)。聖なる業に関する逸名註解(ff.230-231ss. = B, 315. 19-319. 7)。処方集(f.232 = B, 283. 14-384. 20)。哲学者たちの集会(synaxe?)(ff.233r-v = B, 35. 17-36. 18)。賢者の石の謎(f.234 = B, 267. 16-268. 2)。ユスティニアヌスのχρήσιςff.240v-242 = B, 384. 21-387. 21)。エジプトのソペーSopheの二異文(ff.251r-v, 260r = B, 211. 12-214. 23)、イシスからホルスへ(ff.256-258 = B, 28. 20-33. 3、デモクリトスかレウキッポス宛て(ff.258-259 = B, 53-56。黄金製造術(クリュソペイア)の処方(ff. 260v-262, 未刊)、アガトダイモンのオルフェウスへの託宣(ff.262-264 = B, 268. 3-271. 25。ゾシモスの火について論議(ff.264-266 = B, 247-250. 11)。処方集(ff.260-290)、この中にはイアンブリコスの処方(ff.266ss. = B, 285. 5-289. 22)、モーゼの処方(ff.268ss. = B, 300-315)、彫金師の処方集(ff.280-290v = B, 321-337)。以下はみな記述が途絶している。つまりウロボロス蛇の第二異文(f.279)、諸金属と諸惑星の対応表(f.280)、エジプトの月名とローマの月名の対応表(f.280)、そしてヴィルヌーヴのアルノオによる中世の著作断片f.291)、書写生テオロドス・ペレカノスの署名(f.291r)。この署名がペレカノスが書写したParis. 2327の終わり。残り(f.291v-299v)は後代の重複書写および追加

フェステュジェール「錬金術」7


 

Marc. 299につづいて古い錬金術写本はParisin. 2325 (B)で、十三世紀のものである。この写本はヴェネチアからフランスに届いたもの。それはこれの写しであるParisin. 2275 (C)f.123vに次のような記述があることから分かる。「聖なる業(ίερά τέχνη)と称される本書はエマヌエル・ルソータスの書写になるもので、ヴェネチアで1465年に書写されたものである」。この作品をMと対照しつつ分析すると興味深い知見が得られる。

一般情報(重さ、大きさ、語彙索引、錬金術的記号の一覧表)はMに関しては写本末尾に、Bでは巻頭(f.1-8v)に挙げられている。この最初の違いは典拠が別であることの指標である。Mはある種の序列秩序をもって再編された錬金術著者群の集成となっている。こうした集成は辞典の時代であったビザンツ期の流儀に則って、業の専門家が適宜抄録し、具体的な語彙と象徴記号の一覧に準じて配列したものだった

構成上、目次はどうしても最後になり、最初の集成つまりMの典拠となったものでは末尾に置かれることになった。錬金術写本は教説の集成というよりも、直接利用できる処方便覧と目されたものであり、これらの知見(目次や一覧)は新たな写本では巻頭に置かれることになり、錬金術写本群では教理的な解説の部分は縮訳され、技法的な委細が保存される傾向にあったMもまた偽デモクリトス、その註解者シュネシオス、そしてステパノス(f.8v-81v)という三人の著者たちを揃えているが、末尾はステパノスの第九講義で途絶−残りはただ断片群を収めているだけである。I) f.82r ゾシモス γνήσιαύπομνήματα (B, 134. 39-144. 7)、これはM f.188rと同一で、M 188vと同じ四図を添えられている。II) ゾシモスの「器具と窯炉」(B, 234. 11-235. 20)から採られたアランビク論にM f.193r7-9にもみつかるやっとこ(鋏)巨蟹宮?〕の規定〔祈禱?〕。III) f.83v 柄が二本あるアランビク(B, 236. 2-237. 5、これはM f.194r-196r B, 236. 2-238. 24の一部)、ここには四図が添えられているだけだが、MにはBにない他の四図およびこれらに関する文書がある。IV) f.84v. 蒸発について(138. 5-140. 8= M f.112r. V) f.86r. 神水(硫黄水)について(B, 141-143. 14)= M f.113v. 編者はゾシモス、クリスティアノス、ステパノスを引用している(B, 143. 10)。またff.82r-86rも彼(?)によるものにみえる。VI) f.88r. ゾシモスのπάρετήςπράξις α (B, 107-108. 1)の一節。これはπερί συνθέσεως ύδάτωνの表題の逸名文書の一部。この句節はMにも同じ系統の文脈でみつかるが、Mはまずf.92v)、πράξις αの全体を挙げB, 107-113. 7著者について触れている。これはA (f.84r)も同様で、ここではπρβγの序に加えてこれらが挙げられている。−VII) f.88r. ゾシモスの「火について」断片。ここには表題とその一句があるだけ(B, 247. 10。これはM f.115r18πράξις αの後)も同様VIII) f.88r. 業に着手しようとする者への忠言。無秩序な断片群。まず、まさに忠告(B, 144. 10-19)にはじまるが、これは偽デモクリトス(B, 46. 22-48. 3)から採られたものにみえる。つづいて、ゾシモスの「火について」の一節(B, 144. 20-145. 11, cfr. B, 247. 13-248. 9IX) f.89r. 蒸気に関する一節(B, 250. 12-252.21)。これはM f.116v-117r1およびA f.91r-92rにも見つかる。これら二写本はπκρυσταλλίωνに先立つもので、Bには欠けている。X) f.90v. 白化(B, 211. 3-11)。これは「火について」に由来するもののようにみえるこれはM f.118rおよびA f.92にみつかる。−XI) f.91r-116v. クリスティアヌスの最初の系列の完全な書写。−XII) f.116v-162r. クリスティアヌスの第二系列。Bにはないもの。1. καδμίας πλύνσις(カドミアの洗浄)(M 137r-v, A 110v-111 = B, 207. 5-208.7)、 πίούπξανθώσεωςの間に置かれたもの。2. オリンピオドロスの一節(B, 209. 2-211. 2; cfr. B, 90. 6ss.)。これはA f.111rπξανθώσεωςの後)に表題なしで収められているもの(83. 表題πτής κατά πλάτος έκδόσεως (B 126r, M 145v, A 118r)。−XIII) f.152v-159v. アラビア人サルマナスの真珠製造の手法。Mにはない新しい蒐集(八世紀?)だが、A f.141r-164r (B, 346. 5-371. 23)には収められている。Bではこれは白紙(156r-v)で途絶している。−XIV) f.159-160r. アセムの製造(B, 36. 19-37. 16)および辰砂の処方(B, 37. 18-38. 12 にかかわる古い二処方。これらはM f.106r-vA f.146r-vにも収められている。これら二写本にはBにないメルクリウスの製造法(B, 220. 17-222. 17)も収められている。−XV) f.160v-173v. 貴石や真珠の彫金師たちによる幾つかの彩色法(B, 350. 4-364. 4)。Mには欠けるが、A f.147r-155vに収められているもの。−XVI) f.173v-177r. 諸金属の焼き入れ法(B, 346.1-348. 7 = B, 342. 19-345. 23。これはM f.118r ss.およびA f.155v ss. に認められるもの。−XVII) f.177r. 鉛および黄金薄葉の処理法(B, 377. 7- 379. 23)。M f.130v-rA f.158v-159rにも見つかるもの。−f.179r-185には、後代の筆跡でさまざまな処方が加筆されている。その一つはグランマティカーレ(? f.179v)のもの。またf.181r-184vには修道士コスマの論考(クリュソペイアについて)が含まれている。これはMには欠けるが、A f.159v-161vには収められているもの(B, 442-446. 15)で、ビザンツ期の著作、おそらくプセルスの時代のものだろう。1465年にヴェネチアでBから書写されたcod. Parisin, 2275 (C)の書写生の署名はBの§XVIIの後にある。つまり写本Bは本来この処方箋で終わっていたものと考えられる。

MBと対照してみるならその相違は顕著となる。Mはいまだ理説にかなりの紙幅を割いているが、Bは純然たる実践書で、工房での手引書である。著者としては、Bは偽デモクリトス、シュネシオス、ステパノスを保存しているだけで、その選択理由は不明。他は直接利用できる処方群である。

フェステュジェール「錬金術」6


 

オリンピオドロスからの抄録の拙い挿入(ο μέγας λνμπιόδωρος ... λέγεται)を勘案ぜずに、写本MAの乖離をどのように説明づけたらよいのだろうか。これには二つの仮説が提起されている。ここではそれを指摘するにとどめる。Reitzenstein (Nachr. Gott, 1919, p. 1 ss., 特にp. 8 ss.) Mの表(目次、M f.2r)を基にしてMの内容を本来の形に戻そうと、M 39v2940r1の間、ステパノスの第九講義末尾、ヘラクリオン、ユスティニアヌス、コマリウス、そしてクレオパトラの巻頭を含むかなりの紙葉が失われていると考えた。この最後の断片はMAの並行箇所にはなく(M 40r25: και ύμεϊς, ώ φίλοι = A 75r24 δεϊ οϋν και ήμας ούτω, ώ φίλοι)、かえってM 40r1 (-λεσαν και άλήθειαν ειπον)に、つまりA 73v4A(オリンピオドロスの拙い挿入の後)に、ステパノスの第九講義のつづきとして付されている。

Lagercrantz (Catal. II, p. 341 ss, IV p. 399 ss) Berthelot (Intr. p. 179 ss.)に準じて、Aに優位を与えている。Aの典拠はステパノスの第九講義の真の末尾を、精華集の結論とともに提供しており、つづいてコマリウス、MAの並行句からはじまるクレオパトラの対話の断片を載せている。ここでM f.2rの表(目次)をもとに、Aの文書(典拠)ではヘラクリオン、ユスティニアヌス、そしてコマリウスの末尾、クレオパトラの書き出しが失われていることが分かる。一方Mの文書(典拠)はステパノス第九講義の末尾、コマリウスの全体が欠けている。つまり共通の欠損はヘラクリウス、ユスティニアヌス、コマリウスの末尾、クレオパトラのはじめ。どちらも同じ典拠に拠ったものであろう(83-1)。また、M f.39v-40rの書写者は幾つかの音をγε- <νήσεται, εκά> λεσαν省略しただけであったのかもしれない。いずれAMとは独立したもので、ラゲルクランツによればより良いものということになる(2

この仮説についてはさておき、M 39v40rの欠落あるいはAの頌歌の嵌入を別に、そこにはMの書写とAの書写を分ける貴重な基準が定められている。この問題を精査するためには目録(カタログ)の次の巻(IX)の刊行をまたねばならない。ここはわたしの検討の成果要約しておくだけにする。

1Marc. 299 (M)は直接的あるいは間接的にイタリア写本Marc. 598 (Cat. II 2)Marc. App. ms. cl. IV 28 (Cat. II 16)Ambros. A. 794および815 (Cat. II 6, 7)、スペイン写本Scorial. I Ψ 13 (Cat. V 6)、ライデン写本Voss. Gr. 47 4 (Cat. IV, p.93)、ウィーンの二写本Vienna V 23 (Cat. IV, pp.3, 25)、これらはヴェネチアでコルネリウス・ムルムレウスが1564年にMから書写したもの。またドイツ写本Cassel. 2 Ms. chem. 1 (Cat. IV, p.117, 直接Mから写されたもの)とこれに拠ったGotting. Phil. 8 I-II (Cat. IV, p.173)Vratislav. R 46 (Cat. IV, p.296, コルネリウス・ムルムレウスによって1565年に書写されたものの書写)Gothan. A 242 (Cat. IV, p.140)Guelferb. Chart. 36. 738. 3 (Cat. IV, pp.196, 203)Lips. Gr. 66 (Cat. IV, p.222)Monac. Gr. 112 (Cat. IV, p.247)(これら最後の五写本はおそらくアウグスブルクにあった同一写本に拠ったもの〔現存しない〕で、これは直接Mから写されたものであったと思われる)。そしてRegimont. (Cat. IV, p.273)、これは1828年、Monacensisをディエツが写したもの。コペンハーゲン写本Haun. 207, 2 (Cat. IV, p.325)、ゴタヌスによる書写。

目録(カタログ)にはNeapol. III D 17 (Cat. II, 43)のステパノスの第九講義に関する示唆は見られないが、このナポリ写本はコルネリウス・ムルムレウスが1565年に書写したものであるから、たしかにMと関係がある。さらに、他の基準からしてMと関連づけることができるオクスフォードの二写本Oxford (Cat. III, 2, 3)がある。またBarberin. gr. 197 (Cat. II, 35)Mに拠ったものだが、ステパノスを収めていない。

II) Parisin. 2327 (A)以下の写本群と関連づけられる。イタリア写本Laurent. 86. 16 (Cat. II 3, コマリウスを収める)Ambros. 282 (Cat. II 8, コマリウスなし)、スペイン写本Scorial I Φ 11 (Cat. II 8, コマリウスを収める)、パリ写本Parisini 2329 (E, コマリウスなし)、同2251 (Lb, ステパノスを含まないが、コマリウスを収める)。

最後に末尾が欠損しているParisin. 2325 (B)の欠損部2Bの写しであるParisin. 2275 (C)に見つかることを註しておく。

 

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フェステュジェール「錬金術」5


 

現存する最古の写本Marc. 299(十−十一世紀)の表(目次)の総体はかなり忠実に範型に従っているが、大きく損壊している。表(目次)にあるさまざまな論考が欠け、あるいは紙葉の幾つかが欠けている。あるいは典拠に(7すでにそれらの論考が見当たらない。また紙葉の順序が先後しているものもある。アンエピグラフの二編はシュネシウスとゾシモスのπ. αρετήςの間に置かれ、これの二篇目はf.79rにはじまりf.92v24までつづいた後、f.112r1-12に飛んでいる。アガトダイモン、ヘルメス、ゾシモス等々のκεφάλαια8)はf.103v2912丁(四折り)末尾)からf.119r1-2515丁のはじめ)に飛んでおり、その間に1314丁が誤って挿入されている。さらに13丁と14丁は逆にされねばならない。というのもf.118v23-29インドの鉄の染色はf.104r1-20につづくものだから(81-1)。またf.137vの処方π. ξανθώσεως(黄化)は141r-141v20につづいている。Mの表(目次)と内容のもっとも重要な相違の一つは以下のようなもの。表(目次)と写本はf.8(ステパノス)(2)以降、f.118r(アガトダイモン、ヘルメス、ゾシモス等々のκεφ.末尾)まで、およびf.136vκεφ. λεゾシモスからエウセベイア宛)からf.193r(ゾシモスΩの書末尾)まで同じ順序を保っているが、表(目次)で後続する論考(染めについて、クリスティアノス、語彙)は写本のf.118r(染めのはじめ)からf.136r(語彙の終わり)に収められている。以下解決のつかない問題を列挙する。

興味深い特徴から写本Mに由来する写しの数々が特定できる。それはステパノスの第九講義で、f.36vにはじまり、f.39vにおわっている。それは次のように結語されている。

έα[28] κάτω και γενήσεται. άρα τι γίγνεται ; ουκ δρα ίός νοε[29] ρός ; και φησιν εν τοΐς ζωμοΐς ・ μετά το εα κάτω και γε- (sic), 一方f.40r1はこうはじまる。-λεσαν (!) καΐάλήθειαν είπον, έτεροι δε σώματα εκάλεσαν [2] άλλοι θείον και ουκ επταισαν, この一文は40r25までつづく。και έκαστον αυτών εν τη γη κέκρνπται εν τη ίδια δόξη, さらに、και ύμεΐς, ώ φίλοι, これは表(目次)f.2rに「クレオパトラと哲学者たちの対話」と表題された一編(ここで途切れている)の書き出しをしるしている。あきらかにf.39v29f.40r1の間には欠落があることはすでに十四世紀の一読者がf.39vの下部にλυπεί με το λεϊπον λίαν, ώ φίλος.(かなりの語が欠損している)と註しているとおり。

cod. Paris. 2325 (B)(十三世紀)のステパノスの第九講義はf.81vで次のように終わっている。καί φησιν εν τοΐς ζωμοίς μετά το εα κάτω καί γενήσεται一方f. 82rのゾシモスの一節の抄録(「神水(硫黄水)について」)。これは1478年書写のParis. 2327 (A)でその書き出しはParis. 2325 (B)とたいへんよく似ている。この一節はM 39v28-29  40r1-2に対応しており、f.73r5: εα κάτω και γενήσεται, αρα τί [6] γενήσεται ・ ούκ άρα ίός νοερός, και φησιν [[ό μέγας λυμπιόδωρος ( = 'Ολύμπιοδώρος) ...73 ν 4 : σύστημα χρυσοϋν λέγεται ・]] μετά το εα κάτω και γένησεται, εκάλεσεν και άλήθειαν ειπών (!) ・ ετέρα σώματα εκάλεσεν και άλήθειαν ουκ επτεσεν (!), 本文はMの本文同様につづくが、74r8までより長い文章となっている。και έκαστον αυτών εν τήγή κέκρυπται ・ και εν τή ίδία δόξη χαιρώσιν (!) και εύτρεπείζωνται (!)そしてステパノスの他のπράξειςの精華集同様に終わる(74r10-13)。これにつづいて(74r14)「コマリウスの講義、クレオパトラ宛」(Mには欠)が75r24からはじまる。これはMでも「クレオパトラの対話」としてはじまるものと同じδει οϋν και ήμας (ύμαςと読む) οντω, ώ φίλοι, κ.τ.λ.

フェステュジェール「錬金術」4


 

cod. Marc. 299から判断するに、この表はおそらくステパノスの弟子のテオドロスに遡るもので、七世紀に遡るπαλαιοί(古い)文書をその註釈者たちがどれほど不手際にこれを扱ったかが分かる。シュネシオスとオリンピオドロスは毀損しており(2、後者は説明のつかない混乱状態で提示されており、この註解の中では註解者と称する著者(ゾシモス)と後の註解者の註解の区別も定かではなくなっている。デモクリトス(80-1の四書からはただ序論(オスタネスの召喚)と黄金製造および銀製造(第一書と第二書)から幾つかの処方が引かれ、おそらくアルギュロペエ(銀製造)(2の結論部が付されている。第三書については何も伝えられておらず、第四書からは処方が一つだけ引かれている3。ゾシモスはその大著から幾つかの章(ケファライア)が抜き取られ、本来の状態を保存しているのは唯一編だけ(Ωの書)である。ゾシモスに関してはシリア語訳が存するが、これも同じような性格のものである。28書からなる論考πραγματείαのすくなくともIからXII書はシリア語で残されている(4。またそこにはかなり長い処方の数々の記述が保存されているが、文意の解説およびこの錬金術師にώκεα-νόβρντος γλώσσα(大海のごときことば) (5)という渾名を付させた神秘的な解説の部分は抜けており、これに関してはギリシャ語でもシリア語でもほとんど何の痕跡も見いだせない(6

 

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フェステュジェール「錬金術」3


 

このゾシモスはパノポリス生まれで、どうやら三世紀末に活躍した人物のようである。ギリシャの錬金術師の最初の人であったとは言わぬまでも、そのもっとも有名な者であったことに間違いはなく、自らの署名をもって錬金術を論じている(3。現存するのは断片群だけであるとはいえ、ギリシャ語(4ばかりでなく、シリア語訳(5も存する。彼の編著は聖なる業の歴史からばかりでなく、ヘレニスムの神秘主義の知解にあたってもたいへん興味深いものである。ゾシモスの論述によって錬金術は真の玄義(神秘)と化した。その書の前半でゾシモスは錬金術の過程(プロセス)について記している(夢の幻視で明かされた過程(プロセス))(76-1。それは魂が神秘の階段を上る上昇過程として観念され、すべて霊的な象徴主義に従って展開する。ここにはヘルメス主義のさまざまな想像力がみつかる。盃(クラテル)による洗礼、死と再生、第一の人(アントローポス)の失墜と再上昇、魂がその中で真の自然本性を感得することになる天の鏡等々。ここでの中心主題はふたたびヘルメス主義的教義、あるいはよりグノーシス的な神および自己の「知解」となる。つまり神性に迎え入れられるためには、自らに沈潜し、「視覚」の好意を得る必要がある。これまた神秘的でグノーシス的な他の文書群もこの時期に遡るもののようにみえる。つまり「クレオパトラと哲学者(錬金術師)たちの対話」(2。もちろんこれらだけがその解説書であった訳ではなく、他にも散逸したものが多くあったに違いない。ゾシモスの著作の大部分、グノーシス派の著作家の大部分が散逸したように。

四世紀以降、独創的な著作家たちに註解者たちがとって代わる。シュネシウス(五世紀)は偽デモクリトスを註解し(3、オリンピオドロス(五世紀)はゾシモスの『諸力能についてκατ' ενέργειαν』を註解した(4。五世紀には皇帝ユスティニアヌスの(もとに集まった者たちの)著作(5、七世紀の皇帝ヘラクリオン(6のもとに集まった著作家たち、註釈者ステパノス、クリスティアノスの編纂書、アンエピグラフスの論考群、ビザンツの詩人ヘリオドロスの凡庸な作品群(77-1。そしておそらく註釈者ステパノスの弟子であったテオドロスに最初の錬金術師たちの著作集成の編纂作業が帰属されねばならない。現存する最古の写本群(十−十一世紀)やMarc. 299 (M)(十二世紀)はこれに由来するものである。こうした錬金術文書群の発展は三つの相を示している。まずそれは単純な技法書(ライデン・パピルスX)から、ある規範に則って編まれた著作(偽デモクリトス、ゾシモス)へ、そしてこれらを基礎とした註解の数々。するとこの「聖なる業」の文書群はすべて古代頽廃期に共通する文芸範疇の一つとみなされ得る。その一方で、独創的な著作者たち註解者たちといえどもグノーシス派や新プラトン主義の影響を甚だしく被っていることが分かる。ゾシモスの著作がグノーシス主義に浸されている(2というだけでなく、彼は某ビトゥス(3の図絵(pinax)に触れているが、これは『神秘について』(イアンブリコス、VIII, 5)の預言者ビテュスと同一でもあろうか。またポロス(4の名で引用されるだけでなく、一連の染色処方イアンブリコスの名で挙げられている5アレクサンドリアのオリンピオドロスもまた、プラトン註釈者であった(6。ステパノスはプセロス同様に新プラトン主義者であり、『黄金変成術(クリュソポエイア)』(CGMA, VI)の著者である。さらに一つその特徴を挙げておかねばならない。解釈者たちの文書群がゾシモスの声望を証しているにしても、この錬金術師の主要著作がシリア語では幾つか残されているにせよ、ギリシャ語では僅かばかりの断片としてしか伝わっていないことは驚きである。この散逸は「聖なる業」というものの本性から説明され得るかもしれない。この業の真の実修者たちにとって、それは教理的な問題であるばかりではなく実修用の処方であった。そこでは哲学的な考察と神秘的な教訓は冷遇され、ただ彼らが実修することのできる技術的な委細、製造の秘密だけが保存された。ここでゾシモスの著作群は実践から隔絶し、そこから抄録されたものが短い章句として伝えられ、これらが纏められて新たな章(作品)として『諸章(ケファライア)κεφάλαια』という表題のもとに編まれた。こうしたものがマルチアーナ写本の中にも収められている。κεφ. λεはゾシモスからエウセビアへ、κεφ. ιεはゾシモスからテオドロスへ、またアガトダイモン、ヘルメス、ゾシモス、ニルス、アフリカヌスのκεφ.として。七世紀のクレティアヌスの編纂書はゾシモスその他の著作家たちの言辞の寄せ集めでできている(78-1。こうして実践における必要から、最新の錬金術著作群が拾遺集となる興味深い帰還が認められる。そこに認められる相違は、神々の「ことば」が古の偉人たちの「言辞」に置き換えられていることだけである(2この精華集も早々に解体され、処方の有用性を保証していた著者たちの名も消え去った。たとえばcod. Paris. 2327 (A)のような写本には数々の処方χρήσειςが無秩序に連なっている。これは職人が知った順に書き移していったもので、著者の年代や統一性には構わず、同一書の中でゾシモスの二つの定式がばらばらに記述されているものもあれば、出自も時期もその技法もまったく異なる二つの作業が混合されているものもある。

比較的よく編纂された集成、たとえばcod. Marc. 299, f.2rにあらわれる表、またこれの範型とされたものにも、こうしたちぐはぐさが認められない訳ではない。そうしたものの筆頭により後の編纂物の数々を挙げることができる。ステパノとヘラクレリオス(五世紀)、ユスティニアヌス(六世紀)、コマリオスの講義とクレオパトラの対話(四−五世紀?)、さらに詩人たち、あるいはヘリオドロスの四つのしるし(署名?)(五世紀)。そして著作時期不詳の某ペラギオスによる著作および伝説的なオスタネスの著書。さらに古い著作家たち、偽デモクリトスとその註解者シュネシウス(四世紀)、アンエピグラフ(七世紀)、ゾシモスのπ.άρετης79-1、アガトダイモン、ヘルメス、ゾシモス、ニルス、アフリカヌスκεφάλαια、ゾシモスの25 κεφおよびオリンピオドロスによる註釈、ゾシモスの15 κεφ.とこれに付されたアンエピグラフの断片、パッポス(?)とモーゼの処方、エフゲニウスとヒエロテウスのκεφ.、器具と窯炉に関するゾシモスの論考二編(Ωの書)およびその他の断片、また別のゾシモスの神水(硫黄水)に関する書。そして一纏めにされた一連の断章群がある。これはたまたま転写されたもののようにみえる。この種のものを加えるとリストは限りなく膨らむだろう。逸名のさまざまな染色処方、アセム、水銀、辰砂の製造法。クレオパトラの論考の一断片には重さと大きさにかかわるものもある。逸名のκεφ、錬金術語彙集、さらに「クリュソポエイアに関する様々な著者たちの諸断章」−χρήσειςつまり黄金製造−といったより曖昧な表題のものもある。

フェステュジェール「錬金術」2


 

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錬金術師たちの文書群は、本来単なる技法の集成だった。これがエジプトの職人たちによって父から子へと伝承された(3。これらの処方はその性格からして貴重なものであったばかりでなく、ヘレニスム期にはこれらは神々の特権的な知識とみなされこれらの錬金術定式は、諸他のマテーマタとともにこれらを啓示した神のすがた(ヘルメス−トート、アガトダイモン、イシス、オシリス、ピベキオス=ハイタカ・ホルス)あるいは王のすがた(ソフィア=けオプス、クレオパトラ)に結びつけられて伝承された。こうして「口伝」の集成が編まれることになる−ヘルメスの言、アガトダイモンの言等々。そこでは幾つかの格言の中に、理拠をもとに設けられたさまざまな変成原理および第一質料の教義が結びつけられている。これが錬金術師たちによってかぎりなく繰り返し語られることになった有名な言辞、あるいは尾を咬む蛇(ウロボロス)の図像に象徴されるものだった。

εν το παν, και δι' αντον το παν, και εις αυτό το παν, και ει μη εχοι το παν, ουδέν έστι τό παν (一は全であり、それ自体が全であり、それ自体によって全である。汝が全を観ないなら、全もない(73-1).

すべては秘密にされねばならない。その起源(由来)は玄義(神秘)であり、沈黙の掟のもとに誓いをもって緘黙して守られなければならない。正嫡の息子あるいはそれにふさわしいもの以外には伝承されてはならない(2。論理的な展開として、これの集大成の必要性が感じられることになり、「聖なる業」のさまざまな部分−黄金製造、銀製造、貴石、織物および諸金属の染色−が論じられることとなった。古代の概括的な経緯をみると、古の賢者たち、物語作者たちはこれをさまざまな編纂書(成分組成)に帰属している。これにはさまざまな伝統を認めることができる。ギリシャの伝統は『自然本性と神秘な本性Φυσικά και μυστικά』(3に代表される。これは偽デモクリトスの著作で、アブデラの哲学者に準えられたものである(4。この書はある啓示によってはじまる。デモクリトスは聖なる業の師オスタネスの導きによってメンフィスの神殿にやって来る(5オスタネスは彼の教えを完了する前に亡くなり、デモクリトスはこの魔術師(マグス)の亡霊を召喚する。それは最初黙していたが、こう言った。「諸書は神殿の中にある」と。無益にそれを探して疲れ果てた末、或る日、弟子たちが神殿に集まり頌詩を唱えるうち、突然一本の円柱が開いた。そこには文書が蔵されていた訳ではないが、石に次の格言が刻まれていた「自然本性は自然本性を魅了し、自然本性は自然本性を超克し、自然本性は自然本性を支配する」(74-1。ペルシャ語訳には、ゾロアストロ(2、オスタネス(3、ユダヤ人モーゼ(75-1、モーゼの妹マリア、テアゲネスの息子の某テオフィルスがゾシモスを引用している(2

フェステュジェール「錬金術」1


ALCHYMICA par A・ J・ Festugiere, 1939

 

大戦後すぐ、国際アカデミーとM. ビデツの主導のもと、第一線の学者たちの援けによって(711CGMA(ギリシャ語錬金術書カタログ)第九巻が公刊された。これまでに公刊されたのはパリ写本一覧(I)、イタリア写本一覧(II)、イングランド写本一覧(III)、ドイツ、オーストリア、デンマーク、オランダ、スイス写本一覧(IV)、スペイン、ギリシャ写本一覧(V)。第九巻はロシアの写本を集め、偽書を一覧にしたもので、こちらは唯一例を挙げるとギリシャの図書館に所蔵されるものではなく、いまだ未見の修道院群のものによって増補されている。VI巻にはM. ビデツによってプセルスの『クリュソポエイア』その他の著作、未刊のプロクロスの『聖なる業(アルテ・ヒエラティカ)』にかかわる貴重な小論(2が収められた。VII巻では先ごろ没したズレッティによって逸名の『黄金もしくは銀の変成について』(3が論じられ、VIII巻でもズレッティにより七写本群にあらわれる記号の数々が校訂され註釈されている(4X巻はV.デ・ファルコの監修によりギリシャ写本の目録となるだろう。一方、W.J. ウィルソンは雑誌『オシリス』VIにアメリカとカナダの錬金術写本一覧(5を公刊した。

これらの著作はそれ自体が目的ではなく、ギリシャ錬金術師たちの著作集成を編集するために用いられるのでなければならない。これに関してはベルテッロ−ルエレ(721が不十分なテクストを僅かばかり公刊しているだけである。

いまだ完全に偽書の系譜を跡づけるに十分とは言い難い。わたしの目的はより概括的で凡庸なものである。1)錬金術書の一般的性格を簡潔に述べること22)写本MMarc.299)とAParis. 2377)の内容の概略を示すこと。3これまでに知られている写本群の中でも重要なもの幾つかの成り立ちを解説すること。もちろんここでさざまな困難を検討し解決しようという訳ではない。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』15


 

チェッコの註釈は当時降霊術(ネグロマンティア)と呼ばれていた業の儀礼にかかわる知見を与えてくれる。すでにみたように、この語は文字通りにとられてはならない。当時の魔術論考の中で召喚される超自然的な諸力能はしばしば悪鬼(ダイモーン)、霊、上位なる知性等々と呼ばれ、熾天使(ケルビム)の位階に属するフロロンもそうしたもののひとつである。上記した『理念の影De umbris idearum』では、この世のさまざまな圏域に棲む亡霊たちがソロモンによって召喚され、またゾロアストロが枢要点の数々の霊たちの好尚を得る方法を教えているが、そこには人の血あるいは人か猫の屍の肉を供えるように勧められている(473)。この規定はミカエル・スコトゥスが当時の実修について看ているところと共通している。これは上述した通り、鏡占い(カトプトロマンティア)と水盤占い(レカノマンティア)に降霊術(ネグロマンティア)が密接に結びついたものとして解釈されるだろう。魔術師たちも厳密に識別していない悪鬼(ダイモーン)、天使、精霊たちが、死者の魂、冥府の悪鬼(ダイモーン)に置きかられる緩慢な変化の内に、降霊術(ネグロマンティア)の儀礼の数々が残されることになった。

十四世紀の歴史集成『ゲスタ・ロマノールムGesta Romanorum』(481)には、鏡占い(カトプトロマンティア)がローマでも実修されていたことが示されている。魔術的な鏡の援けを借りて、或る師が町を行く或る騎士を明らかにする。この騎士の妻と共謀した降霊術師によって彼は死に至らしめられた。ヴィルギリウスに帰されたこの伝説も、他のさまざまな魔術的発案や偽装とともに中世に遡るものである。、鏡の制作もまた。

「その中にあらわれた像から

すべてが明らかとなる。

もしもローマへ行くことがあるなら、

彼らの屈した(犯した)ことに

嘘偽りのないことが分かるだろう。」

とアデネット王(十三世紀)(2が表現したように。これに類した鏡は司祭ヨハネスとして知られる伝説的な魔術師のものでもあった。これは聖別による力能のおかげで敵の陰謀を暴いたという(3)。

 

***

 

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』14


 

エイメリクスの文書と教皇ヨハネス二十二世の書簡から、カトプトロマンティアの実修における悪鬼(ダイモーン)の召喚について記した魔術書の数々が存したことが分かる。『指針』のこの章のはじめ、著者は特にソロモンの『板』もしくは『小鍵(クラヴィコラ)』、ホノリウスの『降霊術(ネグロマンツィア)宝鑑』を挙げている。これらにチェッコ・ダスコリが著した『サクロボスコの天球論Sphaera mundi註解』2をつけ加えておこう。チェッコは1327年、占星術犯罪によって異端審問で有罪とされ、フィレンツェで焚刑に処された。さらに、ソロモンに帰される或る書、『理念の影umbris idearum、そして所謂降霊術(ネクロマンティア)に関するゾロアストロの書(3)がある。

ソロモンの書には、さまざまな悪鬼(ダイモーン)たちの中、熾天使(ケルビム)の位階の某フロロンFloronが大いなる召喚によって鋼の鏡に囚われの身となり、そこから自然界(自然本性)の数知れぬ秘密を明らかにする、と語られている。その中には宝の所在ばかりでなく、曖昧な返答で相談者たちを欺き、たとえば悪い冗談でマンフレディ王を誑かす事例まで挙げられている(4。また内密な啓示を得るために悪鬼(ダイモーン)たちを召喚するにふさわしい時にかかわる問いに対し、フロロンはそれには満月の時がもっともうまくいくと答える。「その時、悪鬼(ダイモーン)たちは盗品を見出すための実修の時のように人々を欺くことはない。童貞少年が見つめる輝く物体、剣や鏡や水晶や爪といった道具がしばしば欺くように」(441)。この文章はさまざまな鏡占い(カトプトロマンティア)の方法を反駁したものともみえる。特に悪鬼(ダイモーン)たちのぺてんや詐術の傾向について、悪鬼(ダイモーン)たちの詭計と、成果をもたらす霊(スピリトゥス)たちへの相談とは異なることが説かれるが、明確な区別が定義されている訳ではない。アテネ写本(2)や『クラヴィクラ』と呼ばれる中世の論考群に記された『ソロモンの業』の円輪の業は、道具なしに実修されるもっとも単純で劇的な悪鬼(ダイモーン)召喚実修であったのだろう。

チェッコはまた別の『理念の影De umbris idearumの抄録から引用している(3。それによれば北の亡霊と南の亡霊は金属の中に閉じ込められ得、その自然本性は悪鬼(ダイモーン)あるいは霊(スピリトゥス)の種類によって異なる(constringi specifico minerali個々の鉱物による強制)という。この晦渋な表現を解説して(4チェッコは金属性の小像だけを取り上げているが、これはどうやら過ちである。先に検討した教会資料群およびオーヴェルニュのグリエルムスの一節には、悪鬼(ダイモーン)たちの宿りの場所として捧げられる(聖別される)器物ととして、つねに鏡が貴石、指輪、小像とともにあらわれた。一方、他の文書群の検討から(5)、鏡占い(カトプトロマンティア)において世界の四つの圏域あるいは四つの枢要点の諸権能が召喚されている。

魔術師がフロロンに相談することで触発される道理は、まさに鏡占い(カトプトロマンティア)およびその変種と称されるものにおいては信頼できず、ここでは別の類の召喚による占いの優位性が示唆されているのかもしれない。というのも、ここで利用される器具には輝く物体という共通の性質があり、著者はこの論議ではこれを批判しているとも考えられる。こうした器物の反射は格別、妄想を生むに適したものともみなされ、悪鬼(ダイモーン)たちの巧緻(技巧)に利するものに翻案される(転じる)ことに疑いはない。

フロロンは十四世紀のイタリアの悪魔学において重要な役割を果たしている。これは他の資料記録群からも明らかである。この時代の年代記のひとつには、有名な扇動者コーラ・ディ・リエンツォの家のことが語られている。彼の死後、そこでよく磨きあげられた鋼の鏡が発見された。これにはさまざまな人物像や「霊」フィオロネFioroneのすがたが描かれていた。また別の年代記によれば、これに類した魔術的な鏡で、フィオロノという名をつけられたものがヴェローナの司祭の枕の下でみつかったが、これによってマルティーノ・デッラ・スカラに死がもたらされたという(461)。またこの悪鬼(ダイモーン)の名はダイモーン・フロリエトFloriethあるいはフロリジェトFlorigetをも想起させる。これはソロモンに記されるまた別の著作の表題『アルス・アルフィアレイ・フロリエト・イデエars Alphiarei Florieth ydee』にあらわれるもの、またミカエル・スコトゥスが記載した処方(2にもみられるもの。この語ideae(霊の元型か?)はチェッコ・ダスコリが引くソロモンの著作の表題にもあらわれ、その発想(霊感)のもとには関連性があるようにみえる。

以上からすると、フロロンはワイアーWier(十六世紀)が『悪鬼の贋帝国Pseudomonarchi daemonum』(3)に描写しているフラウロスFlaurosとも同一であると推測できる。そこには「フラウロス、権能溢れる首魁。豹のすがたであらわれ、恐怖を抱かせる。あるいは恐ろしい相貌の人のすがたで、その目は焔をあげている。それは過去、現在、未来の完全で精細な知見を与える。三角形であらわれるなら(471すべての点は他のことがらを欺く(?)。また神の意志を(神性について)(2)、世界の創造について、崩壊について語り...」。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』13


 

十四世紀の初頭には、盥、剣、水晶、自らの親指(つまり親指の爪)を凝視める(観照する)幼児の援けによってさまざまな予言(占い)が実修された。さらにこれは降霊術(ネグロマンツィア)の一部としてロバート・デ・ブリュンネRobert de Brunneの『罪人の導きHandlying Synne』(1303)(401にものがたられている。ロバート・デ・ブリュンネが範例としたのはワディントンのグリエルムスの『罪業便覧』で、これには剣と盥だけが述べられている(2

異端審問は当然、覗く(speculare)業を実修する者たちを、魔術を実修する他の占い師たち同様に審問し迫害した。異端審問官たちの導きとして書かれた最初の便覧群のひとつが『異端審問大全Summa de officio inquisitionis(1270年頃)411)で、「占い師(アウグラーリ)や偶像崇拝者」に向けられる尋問の一覧のなかに、「鏡、剣、釘、球、あるいは象牙の柄の実修をしたことがあるか」というものもある。オーヴェルニュのグリエルムスが列挙する占いの器具として表面の輝く(滑らかな)ものの大部分はここに見つかる。ここにはさらに球(speraもしくはsfera)もあり、これは硝子か水晶の玉であることに間違いない(2)。これが水晶の玉について記述された最初の事例である。現代式に考えるなら、これは鏡その他の表面が磨かれた(輝く)器具の使用法と対照することのできるものであった。

教皇ヨハネス二十二世の1318227日付書簡(3)には、リヨン司教区在住の司祭、ローマ教皇庁に属する人物を含む幾人かの人物について、降霊術(ネグロマンツィア)、土占い(ゲオマンツィア)その他の魔術の実修に関する罪科の審問が要請されている。教皇は「彼らが魔術書を所蔵しているかどうか、...彼らがその呪わしい儀礼によって聖別した鏡や小像を用い、円輪を描き、邪悪な霊たちを召喚して人々を破滅させようとしているかどうか、その呪術をもって暴力的に人々を殺害しようとしたか、長患いによってその生命を衰弱させ、寿命を縮めたかどうか。悪鬼(ダイモーン)たちを鏡、円輪、あるいは指輪の中に閉じ込め、過去のことばかりか未来のことをも尋ねたかどうか...その答えによって未来のことを予言しようと、占いや魔術を、時としてディアーナの業dianes4)を実修したかどうか。また悪鬼(ダイモーン)たちの召喚をした後、彼らがこれに類した数々の実修をしたかどうか」。

 

同じ教皇の1326年もしくは1327年の教令(421)は、魔術師たちの破門にかかわるもので、魔術的な迷信として、硝子瓶、指輪、小像等々、相談事の答えを得るために悪鬼(ダイモーン)たちを閉じ込めるためのある種の儀礼に捧げられた器物、そしてその脇に据えられた鏡のことが語られている。

すこし後の同類の記録資料にはある種の迷信に対する断罪判決が載せられている。それは1398年のパリ大学神学部が発布したもの(2)で、その第四箇条は、「魔術の業によって悪鬼(ダイモーン)たちを石、指輪、鏡、小像等々に、それらの名によって聖別によってというよりも呪詛とともに閉じ込め、阻み、封じ込める、あるいはその肖像に生命を吹き込むことは偶像崇拝ではない」という得心に言及している。これらの記録は先にオーヴェルニュのグリエルムスの文書についてなした解釈が正しかったことを証している。つまり或る種の悪鬼(ダイモーン)たちは魔術的儀礼あるいは蠱惑(呪詛)によって、鏡の中を住まいとなし、いつでも魔術師の召喚に答えてあらわれる準備をしているように強制される、という信憑が存したことが分かる。さらに、占いには本来聖別されていた鏡が用いられたものが、通常の鏡に置き換えられる傾向も窺われる。おそらくオーヴェルニュのグリエルムスとともに、石あるいは貴石も語られるようになるが、これまた悪鬼(ダイモーン)の住まいにふさわしいものとして鏡の横に据えられている。占いに用いられる貴石の中で、水晶を第一の地位に据えたのはミカエル・スコトゥスであった。

1357年以降アラゴン家の異端審問総監となったニコラウス・エイメリクスの『異端審問指針Directorium inquisitorum』では、魔術が三範疇に分類されている。神礼拝(ラトリア)において崇められる悪鬼(ダイモーン)たちにかかわるもの、聖人や天使崇拝(ドゥリア)において崇められるもの、そして予言(占い)の儀礼において召喚されるもの、「たとえば、地面に円輪を描き、そこに幼児をひとり入れ、鏡、剣、硝子瓶等透明な(pervium)器物の前に立たせて、降霊術師(ネグロマンテ)自身が書物を手に、悪鬼(ダイモーン)の召喚辞等々を唱え、上述した業(ソロモンの『板』もしくは『小鍵(クラヴィクラ)』)の啓示をなさせ、またこうした実修の多くで告白をさせるもの」(431)。ペーニャ(1587)のperviumという語に対する註釈も示唆的である。「pervium、輝き(眩しく)透明な。降霊術師たち(ネグロマンティ)は、ひとりの少年もしくは少女の前に透明な瓶もしくはそれに類するものを置き、そこに彼らの業をもって悪鬼(ダイモーン)たちの亡霊や知りたいと望むものの像をあらわれさせた。彼らはその亡霊や像を自ら見ることはできないが、無垢な子供たちによって見られたものを表現させ記述させた。これが今日たいへん普及している占い(予言)の類である」。『指針』の中で言及される占い(予言)の二類はレカノマンティアとカトプトロマンティアで、鏡もしくは剣を用いるものである。それはオーヴェルニュのグリエルムスが述べているような自然本性的な手法に従って実修されるものではなく、悪鬼(ダイモーン)の召喚を伴うものである。とはいえ生贄奉献ではない。もしもこれが行われるなら、告発項目は犯罪的魔術の第一もしくは第二範疇となるに違いない。その内側で実修が行われる円輪は、教皇ヨハネス二十二世も語っている魔術的な円輪で、「アルテフィウスの業」にも引かれ、ティルブリーのジェルヴァシウスにも触れられている。

君主たちも魔術の氾濫、占い(予言)の実修の普及を心配した。すでに1265年、カスティリア王アルフォンソ十世によって公布された刑法では、魔女およびある種の占い師の死罪が公言されている(2)。そこに挙げられている占い(予言)法には、水の中の幻視(ヴィジョン)、水晶、鏡、剣、その他輝く器物による幻視、また幼児あるいは処女の掌占いがある(3)。これと同じ手法がヨハネス二世によって1410年に発布された法典にも、1598年のフィリップ二世のものにも述べられているが、刑罰は軽減され、死罪から永久追放(441)に軽減されている。少年もしくは処女娘の掌の検査から啓示を得る手法は、どう見ても啓示ではなく、手相見(キロマンティア)であろう。しかし少年や処女娘の手の検討は当時、手相見に限定されず、十五世紀のドイツの記録に載せられているようにカトプトロマンティアから導出された固有の方法であったのかもしれない。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』12


 

睡眠(夢遊)状態は上に要約したような理説の基礎をばかりか、現代人たちがカトプトロマンティアによる予言(占い)という現象を説明するために援用する催眠術の理論をも想起させる。この予言における童貞少年たちの所作(身振り)は合理(理性)主義によって説明され得るものではない。情動の不在、特に官能的(ヴェネレア)な情動の不在は、魂を体躯から分離することを許し、可感的現実(リアリティー)から解放されて、直観洞察を容易にする。おそらく賢明な思惟(精神)は、実修にかかわる自然本性的な方法の観察に導かれた合理(理性)的な説明に努めることだろうけれども。

グリエルムス自身が提起する解釈として、彼は超自然的なことがらを二様に説いている。彼は主体の聴覚と視覚が現実諸対象と一致(照応)せず、それらはつまり想像力の産物であると観る。幻覚も夢も心的錯乱状態も同様である。こうした幻覚は霊的な光に原因される魂の照明によっても産生され得る。つまり神自身のあるいはその善意から遣わされた他の光によって。こうした光輝の発出は質料や内的視覚−たとえば憂鬱気質その他の特殊な魂の(心理)状態(こころの(精神)病、悲痛な諸情動、夢、宗教的熱狂)−、霊的道徳的な純粋さ、輝く対象物の観照からの切断(分離)を容易にする。ティルブリーのジェルバシウスは、処女の魂の霊的直観(洞察)spirituales intuitusについて語る時、こうした観念に自覚的であったようにみえるが、残念ながらこれの思索を発展させることはなかった。

 

この理説が直接的にあるいは間接的にイアンブリコスの『神秘(玄義)についてDe mysteriis』に影響を受けていることは確かである。その第三巻14章でイアンブリコスはポルフュリオスの予言の或る類型に関する問いに答え、それが霊感を受けたものでも、いわゆる技法あるいは人為によるものでもあり、これらの混合したものとして説明できると言っている。知性の調節を保ちつつも、諸主体は人為的な手法によって幻覚を産生する(θειάζουσιν κατά τόφανταστικόνφαντάζονται)。イアンブリコスはこれをアイテールを介した神の光の輝きによる魂の照明(φωτός άγωγήέλλαμψις)として説明している。この照射は魂の想像力をとらえる幻視(ヴィジョン)を産生する。ここに用いられる幾つかの手段(器具)の自然本性は、この予言の本性である幻覚を産生するにあたっての光の重要性を明かしている。或る星辰の観照、もしくは(日中に照らされる)壁面の観照、水の詮索(覗き見)、ここで透明さという要素が優れた光の受容器(うつわ)をなしている。ここに鏡に関する記述がないことは残念だが、この水盤占い(レカノマンティア)の解説はより鏡占い(カトプトロマンティア)に適したものであると認めない訳にはいかない。

とはいえ、グリエルムスはこの説明に満足しない。魔術の実修の逸脱として、当時の悪魔学の偏執によって道を踏み外し、彼は悪鬼(ダイモーン)たちを巻き込む。彼は言う。悪鬼(ダイモーン)たちがこうした実修(操作)において片棒を担がない、あるいは幻覚を生むにとどまる、あるいはこの主体(幻覚の虜となる者)の体躯と魂とを毀損する意志をもつに到ることがないなどとは考えられない。それらの介入による哲学的、霊的頽廃は見るも恐ろしい様相を呈する。これら二つの完全に異なる解釈の組み合わせが、或る点で彼の態度をかなり躊躇させることになる。特に、神の是認による預言的幻視(ヴィジョン)と、悪鬼(ダイモーン)たちの業によるそれの相違は、前者が単に超自然的な諸影響を行使するものである一方、後者は悪鬼(ダイモーン)たちを召喚し、これらに生贄を捧げるまさに魔術と呼ばれるものによるものであるという以外、明確でない。しかしさまざまな句節(pp.1054B f, 1057B c)では、前者においても悪鬼(ダイモーン)たちの介入が実修者たちの知らぬ間に起こっていることがある。グリエルムスの二様の解釈は、超自然的な影響の二つの異なった序列(秩序)として語られているが、これらは異なった典拠による和解し難い二つの教説に触発されたものである。グリエルムスが言及する先行哲学者たち−残念ながら誰のことか特定できない−はどちらもこれを魂論(心理学)的に説くことに批判的で、こうした諸現象を現代人が勘案する以前の合理(理性)主義的な二つの試みの一つをなしている。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』11


 

啓示は時として幼児が悪鬼(ダイモーン)たちの顕現を見たり聞いたりした結果として、時として質問の対象となるものやできごとの幻視(ヴィジョン)を介して到来する。著者はこの予言の実修において霊媒(媒介)に起こる心的生理的な損壊を観てとっている。彼は幻視者の恐ろしげな相貌やその眼に長く残りつづける恐怖を註している。また魔術師たちが実修のあと、霊媒の目を閉じ、通常の状態にゆっくり戻るようにする。神経や思惟(こころ)の錯乱が彼らを深く苛むことになる。彼らの状態は法悦状態に準えられ、狂気に陥ることもある。

これがオーヴェルニュのグリエルムスの文書にかかわるわれわれの探求を第二段階へともたらす。そこではこれらの現象はどのように説明されるだろうか。まず、彼が参照している見解を注意深く検討し、この類の予言(占い)が超自然的な影響に訴えることなしに、どのように人の思惟(こころ)の源泉となるかを説明しているかについて観てみなければならない。グリエルムスが古代の賢者たちについて語る時、古代の著作者あるいは中世の哲学者の誰のことを言っているのか見極めるのは不可能である。彼がこの説明を見出した著作群は失われたものと考えざるを得ない。それはプラトンの二つの理説をもとにしたものだと言われている。一つは知識の本性にかかわるもので、それを想起とみなす考え。われわれはすべてを知っているが、知ることについては知らない。われわれはこの知ることについて、それがわれわれの深みに埋まって隠されているのを再発見するのでなければならない。二つ目は予言の本性と諸条件について。グリエルムスは『ティマイオス』(71bの一節を疽記しているようにみえる。そこでは眠りの間に夢に到来する予言について説明したもの。「神々は肝臓をかたちづくった。これは濃密で輝き、甘いが、苦みも含んでいる。これは知性から到来するさまざまな思惟の自然本性的な力能に従って受けとられた諸対象の捺印を、鏡のように反射し(省察し)、それらの像(イマジネ)を目に与えることで魂のこの部分(苦い部分?)を驚愕させることができる...逆に知性の側からする静穏な霊感(触発)が肝臓にこれとは逆の像(イマジネ)を描くと、苦い部分は休息を与えられ、...この霊感(触発)は肝臓の近くにある魂の部分を歓びで満たし、夜間にこれが夢を見るにふさわしい方向性を与え、予言(占い)に用いられる」(371

ここでどれほどプラトンの思惟が大胆に解釈され、歪められているかをみることができる。夢占いを肝臓の表面反射の役割によって解説してみせる理説は完全に違う文脈に移され、他の体躯の輝く表面を利用する予言に援用されている。ここで肝臓と鏡の対比はこの転移の出発点とされている。しかしこの新たな理説にはプラトン主義とは関係のない要素が幾つも存する。そこには現実の犀利な観察があり、こうした現象の現代的な説明にたいへん近い真理の深みが指し示されている。これらの著者たちによれば、輝くものを長く凝視しつづけると諸感覚のはたらきが麻痺し、魂が自らのうちに退却を余儀なくされ、直観(洞察)にふさわしい状態となる。注意は外界の諸物から遠ざけられて、内的生命に集中し、知解の光と薄れた記憶の情動が取り戻される。時に主体はこの観照(凝視)のうちに収斂し、その状態は脱魂あるいは法悦にも似ている。これと同じことをグリエルムスは別の一節で報じている。そこでこの理説に光を投じるように、この第二状態について興味深い観察をしてみせる(p.1040 B f)。「時として、われわれは目をみひらいているにしても眼前にしているものを見ていないようなことがある。それはわれわれの魂の注意がよそに向いているからで、自らに囚われ、このとき眼に入っているものから逸れているからである。時として驚きに惑乱して、諸感覚によって感覚的なものを一切感得できないような人々に出会うことがある。彼らに諸感覚の感受を取り戻させるためには、その体躯を揺らすか叫ぶかして一種の夢遊状態から目覚めさせ、可感的な諸物へと向かわせねばならない。...時として魂は四肢を離れたかのようにみえることがある。それらは法悦にあるかのように運動と感受を失い、麻痺もしくは忘我状態にあるから」。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』10


 

鏡占い(カトプトロマンティア)の諸現象の幾つかについては、あらためてまた別の著作『法(法則)についてDe legibus』に記されている。『法について』(24章、I, p.70, A f)「悪鬼(ダイモーン)たちは、彼らから未来のことや隠されたことがらを知ることができる、と人々を唆す。ここから誰もが知る忌まわしい実修の数々が生まれた。未来のことその他の秘密を知るための鏡の、剣の、爪の観照。これらの実修のすべてにおいて、悪魔的な〔悪魔への〕生贄奉献については、知られているところも知られていないところもある。魔術的著作を見てみると、著者の考えが明確に分かる。こうした好奇心の傷〔罪〕から『聖なる書』と呼ばれるこの呪われた忌まわしい書と、『鏡』と呼ばれる別の玄妙な書とが生まれた。そこではこの恐ろしいことがらの主役である〔恐ろしい書の著者である〕悪鬼(ダイモーン)たちが、過去、現在、未来を見ることを約束している」。(p.78 A h)「魔術師たちは(諸星辰の影響(注入)を利用する方途を探りつつ)彼らの魔術の道具−小像、鏡、金属板その他−の上に(諸惑星の天使たちの)名を書きまた刻み、またその他の道具−小石、煉瓦、蝋燭−を用いた」。

26, p.84 A e)「諸霊の捕囚に関する祈禱定式(呪詞)でも同じ過ちが犯されている。そこではサロモンがすべての悪鬼(ダイモーン)たちを硝子瓶に閉じ込めたと言われているように、一般的信心においては悪鬼(ダイモーン)たちは鏡、指輪、石の中にも閉じ込め得ると言われる」。(B e)「悪鬼(ダイモーン)たちは偶像なしにでも、同じ明快さで返答してよこす。たとえば貴石、指輪、鏡、赤児の爪の中から。時にこれらすべてを援けとして...」。(h)「応答や啓示ということについては、悪鬼(ダイモーン)たちが偶像の中でなしているようにみえる。偶像は崇められ尊ばれねばならないものだから。しかし刻印や描画のない貴石や先述したような鏡、赤児の爪、羊皮紙、卵、盥、象牙の柄もまた崇められ尊ばれるべきである。実際、こうした器物のすべてに尋ねることで、諸霊は過去、現在、未来のことがらについて忠告を与える」。(p.86 A h)「悪鬼(ダイモーン)たちはもはや彫像の中では、赤児が自らの眼前に捧持するうつわや釘のなかから、あるいは剣や卵、盥や象牙の柄の中同様に語らない。これらの器物のいずれかが声を発することはないから。もしも実際に声を挙げるなら、同じ距離を隔ててそこに居るみながそれを聴くに違いない...この種の聴覚が夢を見ている人が聞き思い出すようなものであることは明らかである。そこでは像(イマジネ)が声となる(声が想像されている)」。

 

これらの文章から鏡占い(カトプトロマンツィア)に関する知見の数々を集めてみる−当時の流行に準じて冗長であるが。予言(占い)の道具の一覧、これについて著者は共通で必要な性質−器物にあらわれる輝き−をうまくまとめている。それは、鏡、剣、盥、釘、貴石、にあらわれる。ここに幾つか新たなものがつけ加わる。卵、羊皮紙、象牙の器物、そして特に小刀の柄。著者は、これらの器物の輝きを増すために、油が塗られていることを見てとっている。これはソールスベリーのヨハネスの文書にも録されている。羊皮紙(pelles)は、同じ句節の中にあらわれる盥(pelves)という語彙の転訛でないとすると、それに油を塗って、作業に必要な反射を得るための何らかの輝く装置に用いたものかもしれない。同じことは卵の使用についても言える。この業の実修者は、ティルブリーのジェルヴァシオにみられるように、時として占い師と呼ばれ、また時として降霊術師(ネグロマンティ)と呼ばれた。通常、霊媒(媒介)には童貞赤児が使役される。この著者は善い主体(霊媒)を見出すのはたいへん困難で、実修に適しているのは十人の赤児のうち一人であると言っている。

輝く器物を凝視(観照)することによる予言(占い)は一般に悪鬼(ダイモーン)の仲介に対する信心に基づいている。これはまた召喚あるいは悪魔払いによって準備される。時に生贄が捧げられるところから、著者は悪魔的と評している。これについては人の肉と血を供物とするとミカエル・スコトゥスが語っていた。いずれにしても、著者は占い師たちは悪鬼(ダイモーン)たちを召喚することはなく、自然界の事物をだけ用いると註している。これらの占い師たちはオニコマンティア(夢占い)を好む、と。そこにはある種の占星術的な影響(注入)が用いられる。諸惑星の天使たちの名を鏡の上に刻み、時と日と一年の時期の賢明な選択による時宜を勘案しつつ。これまたミカエル・スコトゥスの記述に認められるところであるとともに、アルテフィウスの手法に見られた諸星辰の隠秘な発散(香気)の果たす役割でもある。この表現の中には異教の記憶−アポロンの鏡−が残されていることにも気づかされる。この鏡のつくりかたはおそらく古代に遡るものだろう。文書のひとつには特殊な実修法が示唆されている。鏡の魔術的な奉献(儀礼)はある種の悪鬼(ダイモーン)たちを魔術師に仕える(使役される)よう強要する。この信心はギリシャ−エジプトの魔術の名残りで或る親しい霊δαίμον πάρεδροςを得るための手法であり、これにはいつでも主の望みをかなえてくれる用意がある

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』9


 

この著者はつづいて(19章)知識の記憶(想起)にかかわるプラトンの教理を上掲した教説と比較してみせる。そして(20 p.1053 B c)「このように、われわれは先に据え置いた点にふたたび戻ることになる。輝く器具の観照を介して得られる予言は、或る哲学者たちによると、悪鬼(ダイモーン)たちの主宰によるのではなく、先述したようにこれらの道具の自然本性だけに助けを求めるものである。この類の知識あるいは問題となっている知解はこの道具を介して観照する前には人の魂の中に存したものではなく、道具によって産生されたもので、ここに語った観照の過程ではじめて彼に到来したものである。つまりこれらは上位の霊的な光の反射によってかたちづくられたものである。狂人、重病人あるいは夢のうちに激しい恐怖に襲われた者、ある種の問題に深く悩む者たちに啓示や照明が起こるのも、人の魂が外的な諸物や彼らの体躯によって惑乱させられるからである。(d)この光が直接自然本性的に上から降るものであるか、創造主の恵みによって彼らを照明するために遣わされた別の光であるか...われわれの魂に直接降る光は、創造主そのものである」。(p.1054 A f)「多くの人々がさまざまな悪徳や罪に塗れ、直接照明を受けることを妨げられていることに疑いはない。多くの人々は魂と肉体の連繋の中で、この目的〔直接照明〕に不可欠な霊的な離脱(切断)を妨げられている。さらにある種の気質〔肌の色〕は魂を濃密化し、その高貴な力能を捕縛する。...(g)こうした様々な理由からアリストテレスは、才能のある(精霊をもつ)人々はすべて憂鬱気質であり、他の気質の人々よりも憂鬱気質の人の方がこの照明を授かりやすいという見解を述べている。というのもこの気質は肉体的な歓びや世俗的な諸問題から魂を離脱させるものだから。...(h)上述した哲学者たちが輝く物体の観照を介して到来する予言や啓示を認めているところからして、ある種の人々がこれを得、上述したような阻害を免れることもあり得るのは確かである」。(p.1054 B e)「じつのところ、このように繊弱な反射光をもって、肉体を離れ、自らの中に沈潜し、至高なる神の輝く真実にまで昇ることは難しい。これはただ自らの肉体や諸他の肉体存在〔物体〕に愛着しない魂にだけ起こる。いずれにしても自らの思索力を予言されるべきものごとに援用するとともに、熱心な祈りを介することで、こうした照明に到達する魂もあり得る」。(21章、p.1057 B c)「啓示および照明がここに語ったような輝く物体を凝視することから得られ得るにしても、時に邪悪な諸霊がこの実修にはたらきかけることで人を傷つけ、人々がこうした輝く物体を見ることを妨げる〔実際これらは人の眼にとって危険である〕ことも、創造者を冒瀆する危険を冒させるような啓示や予言に導くようなこともある」。ここで著者はアルテシウスの『アルス・トリブリア』を暗示している。そして(p.1058 A g)「アポロンの鏡によって十全な啓示を得られるものと考える嘘つきを信じてはならない。なぜといってアポロン自身、アポロンの鏡が約束するような現在、過去、未来のすべてのできごとを知っている訳ではないから。おそらく鏡そのものの幻影が悪鬼(ダイモーン)の憑依の帰結であり、−鏡の映像が完全に実修〔識別〕されるような介入が可能であるとは思われず−このような捺印〔印象〕は人を欺き、あらゆる秘密の知解を得たという幻想を抱かせることになる。体験から多くの場合、こうした逸脱的な過誤に陥っていることが証せられる。これが再三、憂鬱な者たちに起こるところであり、彼らはまったく未知のことがらの多くを知ったものと信じ込む。この病が進行すると、こうした愚かな見解にますます囚われることになる。もしも邪悪な霊のいずれかがある種の秘密を明かす約束をするとしても、これらの秘密に到達することのできる者は僅かであり、彼らからはるかに隔たったものであり、そうした啓示をなすことを許された者は稀である」。

デラッテ『ギリシャの鏡占い(カトプトロマンティア)』8


 

そこでの儀礼に録されている霊の名フロリジェトFlorigetは僅かに異なった『ソロモンの書』と表題された書のの別の祈禱定式にも再現する。ここからすると、この魔術の業の師に帰属されたニグロマンツィアの論考は、中世にあって、ソロモンを崇めるものであったとともに、ミカエル・スコトゥスによって挙げられた処方の典拠ともされたものとみえる。

パリ司教(12281249)を務めた神学者オーヴェルニュのグリエルムス(3はその著作で当時の魔術について豊富な知見を伝えているが、そこには鏡占い(カトプトロマンティア)その他これに類した占いの手法も語られている。ここで問題にしている点についてもたいへん興味深いその本性が詳細にわたり彼の見解を加えて説かれている。もっとも興味深い文書は『宇宙論De Universo』に見つかる。その幾つかを逐字的に引いておこう。

II, 2, 35, I, p.878 A g)(291「魔術師たちの業によって産生されるようにみえる幻視(ヴィジョン)もしくは顕現、通常ネグロマンティと呼ばれるものについて。その或るものは童貞赤児が自らの爪を凝視するうちに起こる。赤児はそこに盗まれたものの像、盗人の名、その逃走経路、東南現場およびこれが隠された場所を見る。爪が小さいので、盗人そのものが爪の上に乗ることは不可能である...(さもなければ)そこにいる者たちすべてがそれをそこに見ることになる...(A h)この赤児は自らの内部にこれらすべてを見、盗人の名を感得するのである。じつのところ、これらすべてのものが彼(赤児)の中に存する訳ではなく、ただ幻覚あるいは諸物の像としてあるだけ...幻覚もしくは像でこの顕現と啓示には十分である。つまりこれらは幻視の想像力の中に像もしくは幻覚として捺印(印象)されることで産生され...(B f)これは他の、たとえば、卵や象牙、剣、盥、鏡、特にこの類のものとして魔術師たちがもっとも重要な実修とみなすアポロンの鏡に起こる(映じる)ものの魔術的観想(集中)においても同じである。同じことは『聖なる書』(2と呼ばれる実践書の観想についても言える。疑いの余地なくこれらの幻視(ヴィジョン)は、幻視者の相貌にあらわれる驚愕の表情から忘我(法悦、誘拐(つまり盗難)ravissementsと称されたものである」。著者はこの種の幻覚の善し悪しは別に、これがただ病あるいは超自然的な影響によって引き起こされるものであると付言している。

II, 3, 18, p.1049 B b)「隠れた者を見るためにある種の道具、つまり鏡、赤児の爪、卵、象牙の柄、磨き上げられた剣を用いる者たちもまた占い師と呼ばれた。これらの道具には輝きを増すために油が塗られた。(c)邪な詐欺師たちは上述した器具の中に巧みな顕現もしくは幻視が起こるように、この悪魔払い(祓魔)あるいは召喚の時間厳守を追加している。さて、あなたはすでにわたしの言からこれらの器物(もの)の上にものそのものやものの形象があらわれるのではないことを知っている。さもなければそれを眺める者みなが等しくそれを見ることになってしまう。数多の実修から明らかなように、七人もしくは十人の童貞少年にこの種の幻視を試みさせても、そのうちの一人でもここで明かされるべきもの、つまり盗品、盗賊、あるいはその他の秘密を見ることはなかなか困難なことである。ここから、古の賢者たちの或る者は、この種の器具は顕現もしくは幻視を産生するにあたりこれから語るような唯一の力能をもっているだけだと言うに到った。(d)その反射そのものが霊〔思惟〕を貫く、つまりこの器具を凝視するものの霊〔思惟〕を貫く、と。器具の眩しい輝きが、これを凝視する者が外部の諸物に霊〔思惟〕を集中すること(301を妨げるから。この抑圧と逸脱は自らへと向かわせ、自らの内奥を眺めさせる。プラトンの教説によると、霊〔思惟〕が体躯に由来する穢れから清められ、人の魂に付着すると、それは自らのうちに澄んだ鏡の中を覗き込むように、隠されたものもあらわれたものもすべてを、あるいはその一部を、探す秘密を見ることになる。これは魂が穢れから清められより自由となるほどに、より精確に、より完全に見られる」。ひきつづき知識とは想起であるというプラトンの理説が簡潔に解説される。

p.1050, A e)「(これらの哲学者たちによれば)新たな知識の数々はその教えや体験によってわれわれの魂を形成するものではない。(f)それ〔われわれの魂を形成するもの〕は生来われわれのうちに埋め込まれ隠されている古い知解が観照(理説)あるいは体験によって見出されるのであり、それがわれわれのうちにわれわれ自身として存することに疑いはない。それゆえこれらの哲学者たちの教説によるなら、これらの器具の輝きがこれらの現象を生起させ、無知な魂は自らに帰還する作用の中で、幻視(ヴィジョン)を自らの内面の奥底で直観(洞察)し、霊により活き活きと注意を集中する。そこで魂は自らのうちにさまざまなものをより広く深くはっきりと感得することになる。これがそのはたらきであり、魂の中のこの幻視(ヴィジョン)(311そのものはこのように深い洞察に溢れており、魂は自らを省察することによってこのような力能であることができる。つまりそれ(魂)は自らのうちにそれらを集める(迎え入れる)ことができ、この類の収集において忘我(奪魂)あるいは法悦状態となることができる。この類の実修ができる者たちは、この行為が完了するや否や、こうした顕現を感得した赤児たちの目を閉じる。それら〔の眼〕を閉じるとは、(g)この記憶(想起)が魂に存しつづけ、これの慣習によって活力を取り戻して先の状態に戻らないように、すくなくとも一定時間諸器官の力も脱落したままに留めるためである。さもなければ、赤児の体躯が危険に冒されるどころか、狂気に陥るかもしれない。というのも、先の配慮をしたにしても、赤児たちの相貌は驚愕に固まったままであるから。幻視(ヴィジョン)もしくは顕現が悪鬼(ダイモーン)の憑依によるものであるなら、その悪鬼(ダイモーン)の現在によって赤児の自然本性は激しく攪乱され、その相貌は激しい恐怖をあらわしたままになるだろう。悪鬼(ダイモーン)はその恐ろしい自然本性の痕跡を残すことなく人の体躯に入りこむことはない。それゆえ、(h)幻視者(予言者)に自然本性だけがはたらいた場合、その眼の中に恐れが認められなくとも、あなたが驚くことはない。悪魔的な実体はこれがその作用を人にもたらす(伝える)時、あるいはその能作を幻覚(ヴィジョン)に混じる時、(人の)自然本性の敵としてはたらく。あなたにこれを教えるのは、こうした見解にもかかわらず、それらの赤児たちは自らの魂においてすべてを見ることができる訳ではないからである(2。人の魂のあるものは他よりもよりその体躯に付着(愛着)し、より深くこれに組み込まれており、体躯と混融している(混乱状態にある)。これによって、体躯から引きはがすことがより困難で、自らを取り戻すのに時間を要することとなる。自然本性にのみ従って実修しようと欲する者たちが、この類の幻視あるいは顕現に赤児の爪だけを選んだのはこうした理由によるものだった。官能的な(金星の)欲求は人の魂に驚くべき様相で付着し(攻撃し)、自らの体躯に対してだけでなく、諸他の体躯にも...(p.1050 B e)他の貪欲さ、あるいは霊的な傷(罰)は官能の(金星の)欲求よりは人の魂との絆は弱く解けやすいものではあるが、これまた魂の帰還を妨げるはたらきをすることに変わりはない。(f)しかし赤児たちは官能からもその他の悪徳からも解かれており、清浄であるので、この実修の目的のためにいまだ大人たちのように悪徳に穢れていない童貞赤児を探す慣行がある。それにまた別の理由として、わたしが推測するところによれば、赤児たちの無知(無辜)にある。邪悪な霊たちの暗示には傲慢にも創造者の栄光と競い合おうとする邪悪があり、純粋な処女性を偶像崇拝に陥らせようとはたらく。」

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yoohashi4

六年目、ということでまたプロフィル欄を更新しようと思ったのですが、もうその欄に触れられなくなってしまっていました。 さて、これからどこへ行くのか。 あと探しものといえば、Sanioris Medicinae。
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