ヘルモゲネスを探して

錬金術書を読む Si hoc est quomodo est, si non est quomodo non est [Avicennae ad Hasen Regem Epistula de Re Recta, c.1]

『アルバテル』

dossier『アルバテル』9

七つの警句第七
警句四十三
神は生き、神の業はそれが在れと望まれるところの彼自ら*のうちに生きる。たしかにそれ(神)はそれ(業のはたらき)が(神の)命ずるところに服従する**かそれに服従しないか自由のままに任せる。服従するところ(服従するもの)には報償を約し、不服従なところ(服従せぬもの)にはそれ相応の罰を用意する。それゆえ、諸霊の自由な意志はその傲慢と御子への蔑みから、創造主なる神に叛き、怒りの日に備えることになる。創造においてそれらには最大の権能が残しおかれたが、それにも限度があり、常にそれらを限界づけ糾合する神に統御されている。すなわち神の魔術師とは神の叡智の謂いあるいは神の手によってかたちづくられるあらゆる永遠の善、中庸にして至上なる個体(からだもつもの)***とみなすことができる。
悪魔(サタン)の力能が大きいのはまさに人の大いなる罪のせいである。それゆえ悪魔的な魔術師たちも大きなことを成し遂げることは、どんな人が信じるところをも超えている。それがいかに人の把握力を超えているとはいえ、それが個体的で(からだをもち)、過ぎ行く生命であるからには、それも限界づけられている。それは多くの古伝承がまた日常的に事物が証するところ。最後に、どちらの魔術もお互いに異なっている。一方は永遠の善に導き、時の内なるものを感謝とともに(恩寵のはたらきとともに)用いる。他方は僅かに永遠を促すものの、諸個体を勝手に自らの貪欲と快美の享受に用い、神の怒りを蔑するものである。

*eo statu, quo esse voluerunt 存在が意志そのものである神、その像?
**ad obedientiam mandatorum aut inobedientiam eorum uti 意に服す遣いであるか不服従なるそれであるか
***corporalia

警句四十四
通常の人の生から魔術的な生に遷ることは、眠りにある生から覚醒した生へと移ることに他ならない。人の通常の生においてはこれには無知にして知ることもなく過ごしているが、魔術師はこれを知り意志している。
魔術師はこころのうちに自身なすべきことを知り、熟考し、理拠づけ、構成し、定義することを識っている。彼は分離した本質*が発する**ところを知り、その分離した本質がいかなる秩序に属するものであるかを判断する。
魔術に通じていない人は上へ下へと葛藤に運ばれ、彼につきそう諸本質が彼のこころから逃れ出るのか刻印するのか、いかに憎むべき勧告が神のことばによって滅ぼされるか、いかに誘惑者の罠から身を守ればよいのかをも知らない。

*separata essentia
**proficiscuntur

警句四十五
至高なる魔術の感得は、各人が援けの霊の捉え方を知り、避けるべき(霊)を否む方法を知ることにある。それは詩篇作者の言うところ*から学ぶことができる。若者の道はどこで矯すことができるのか。汝の神のことばを守ることによって。神のことばを守り、悪がそれをこころから盗みとらぬように。大切なのは叡智の感得、神の栄光に反することのないその他の示唆の感得であり、隣人への慈悲を惜しまず、どの霊からこうした示唆が口授されるかなどと問わぬこと。キリストの勧告に基づいて、必要ならざることにあまりかかずらわぬよう配慮すること。マルタ、マルタ、汝はいろいろなことに煩わされている。マリアはそのよい部分だけを選び、それは彼女から取り去られることがない**。常にキリストのことばに注意を払おう。まず神の国を、その義を求めたまえ。これらは汝に加えられるだろう***。死すべき(定めの)小世界の部分たる食物、衣服、生きるに必要なものが。

*Ps118,9:「若い人はどうしておのが道を清く保つことができるでしょうか。み言葉にしたがって、それを守るよりほかにありません。」
**Luc10,41-42:「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである。」
***Mat6,33:「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」

警句四十六
言行の一致よりも人にとって尊いことはない。類似が類似を喜ぶ*ことほど幸福なことはない。これは聖なる天使たちが語り合うところにして、守りに就くところ。それに反する人はなにものでもなく、散る軽い葉に過ぎない。われわれはここに46の警句を選んだ。これらによって自らを持す者こそ、諸霊の自然本性とその条件を自らのものとする者である。
しかしここで留意すべきは、召命を超えてその先に進むことはできぬし、自らあるいは邪悪な霊の誘いに乗って地の果てを越えることもできないということであり、邪悪な霊は最終的に破滅に引き込むために惑わすばかりだ、ということである。これは容易に感得されるところ。ミダスはすべてを金に変じることを欲し、それを成すことのできる霊を自らに引き寄せ、それに欺かれ、神の慈悲が彼の愚かさを矯さなかったならば、ほとんど餓死するところだった。同じことが昨今、フランクフルトの婦女にも起こった。この婦女は貨幣に魅入られそれを貪り食ったという。人はこれについてよく省み、ミダスあるいはそれに類した伝承がつくり話だなどとは思わず、自らの執着を和らげ、霊により無何有郷(ウトピア)の黄金の山への思いに憑かれぬようこころがけねばならない。それゆえ、ことばによってこうした推測をこころから排するよう、十分な注意が必要である。怠惰な慣習に浸ることなく、神のことばをこころから追い出すことのないように。

*simile gaudeat simili デモクリトス(あるいはオスタネス?)のことばとされる「自然は自然を歓ぶ」の変奏

警句四十七
召命にあって忠実に対話する*者は、ひきつづきすべてを彼に供する伴連れとなる諸霊をも得ることになる。しかし自らなんらかの魔術の知見をもつ者は、諸霊のあらわれをともなわずともそれらと親しく会話し、それらをいろいろと宰領する。善なるものによって健全なる善を、悪しきものによって悪と破壊を。その例はこの世の史実のうちに、また日々のできごとに枚挙の暇もない。善なるものの例はテオドシウス帝のアルブガストゥス**による勝利。悪なるものの例はブルータスが祖国の父にして自らの父でもあるカエサルの才知(霊)を殺害することによって罰したところ。

*信仰深くことばを交わす、つまり信心深く祈る?
**Arbogasto ローマの将軍(394没)、380年ゴート人に対して東方テオドシウスを支援した

警句四十八
どんな魔術も霊の類(ゲネリス)の顕示であり、ここにおいて魔術が種(スペキエス、像)である。それゆえヘシオドスの九人のムーサイは確かにその『神統譜』に録されてあるように九つの魔術と称される。ホメロスの霊魂発生説におけるユリシーズの才知(霊)。ヘルメスにおいては魂の昇華した部分が霊である。モーゼは神自身のうちに赤熱した。エルサレムにキリストを礼拝に来た三賢者(三人のマグス)は、主の天使に導かれ来たのだった。ダニエル(を導いたの)も主の天使であった。この栄光は意図や努力によって得られるものではなく、神の慈悲あるいは霊的な定めによるものである*。魔術はここに発し、善あるいは悪へと発展するのである。このように、タゲース**ははじめて魔術を感得しそれによってローマ人の地を卓越したものとしたのであり、ディアーナはエフェソス人たちの信仰が天から降ったもののごとくにあらわしたのである。アポロンもまたそのとおりであった。すべて異教徒たちが受けいれた宗教はこうした霊によるものであり、サドカイ派の見解にみるような人の発案によるものではない。

*Ro9,16:「ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。」
**タゲースTages  元来エトルリア人の神。タルクィニア近郊で農夫が土を耕すうち、鋤返された土中から少年の姿であらわれた。彼はゲニウス・ヨヴィアーリスGenius Jovialis(ユピテルの精霊)の子で、姿は子供でも老成した智慧をもち、エトルリア人に前兆による予言の術を教えたとされる。

警句四十九
この序論(エイサゴゲー)の結論は、ここまで論じてきたところに尽きている。全善なる神は一であり、罪も一である。つまりそれは神の戒めに対する意図的な不服従であり、そこにすべての悪は起因する。神への畏れこそが叡智のはじめであり、魔術の有益性もそこに発する。神への畏れによって神の意志に服すこと。そこに神と聖霊は臨在し、聖天使たちの宰領があり、神の無尽蔵の宝からあらゆる善が出でる。
しかし無益にして有害なる魔術もそこに由来するのであり、そこで神を畏れるこころはわれわれの枢要なる罪を被ることとなる。この世のはじめ、神は世々にわたってその聖なる王国を設け、それにつづいて有益なるものどもをもたらした。すると蜘蛛がその巣に蝿を捕えるように、悪魔(サタン)は獲物を貪欲の罠にかけ、それを質料へと燃やし尽くすまで永遠の炎にかける*。それが熱され高みに持ち上げられるのは、墜落を深甚なものとするため**。
潔癖なる読者よ、汝の目をこころを聖史俗史に凝らし、日々この世に出来するところを眺めるならば、善悪の二重の知識同様、魔術も十全に知られることであろう。それをよりよく識別するため、ここ、序論(エイサゴゲー)の終わりにあたってその区分、下位区分を挙げておくことにしよう。各人が生に汗し生をまっとうするにあたり、追うべきものと避けるべきものの省察に資すことができるだろう。

*永遠の炎によって第一質料に戻すまで加熱乾燥され?
**ut lapsu graviore ruant→ut lapis graviore rorant 石が露を孕むまで?



○神智 ・神のことばの知見および神のことばが定めたまうたところに従う生
・神による天使たち(聖書が夜回りVigilesと呼ぶところ)の宰領に関する知見および天使の神秘の知解
○人知 ・自然の事物の知識
・人のことがらに関する熟慮


○悪知 ・神のことばの観照および悪魔の意志を離れた生
・神による天使たちの宰領にたいする無知
    ・天使による守護の蔑視および悪魔的な存在を伴連れとすること
    ・偶像崇拝
    ・無神論
○悪霊 ・自然毒の知識およびその使用
    ・人の類を破壊するすべての悪しき業にたいする慎重な配慮と神を侮辱するその使用
(了)

dossier『アルバテル』8

七つの警句第六
警句三十五
留意すべきは体験を体験と混じることなく、各人が個別の一者であると認めることである。神および個々の自然本性は確かな終局(目的)へと秩序づけられている。その範にあって、最も単純な草や根がすべてをすばらしく治癒する。同様に、星座の名や石の符号(カラクテール)等々のうちには、あたかも奇跡のごとくに大いなる注入(影響)あるいは能作の効力が隠されている。
ここにことばが発声されると、目に見えるものも見えぬものも、われわれのこの世界の水性の、気性の、地下の、オリンポの、天上の、地獄の、また神の被造物がそれに服従する。
それゆえ、個別のものを最大に精査し、これら個別(単純)なものについての知見は神から受けとられねばならない。理拠によっても体験によってもそれを把持することはできないから。

警句三十七
一々の個物はそれぞれそれにふさわしい境位にあり、目に見える被造物に関するものも目に見えぬ被造物に関するものもすべての教説は秩序(序列)、理拠、様態(様相)へと還元することができる。秩序(序列)という理拠にあっては、ある被造物は光からつくられ、他のものは闇からつくられている。これら(闇からつくられたもの)は虚栄の主体(儚いものたち)であり、闇の中に墜ちたものとは永遠の罰を被る叛逆者たちである。その領域(国)は部分的には儚く移り変わる美しいものであるが、この部分はいかなる神の賜たる大いなる効能をももち得ない。そしてまた他の部分は言うも汚らわしく恐ろしいことだが、そこはあらゆる恥と罪が、偶像崇拝、神への蔑視、真の神とその業に対する冒涜が溢れかえっている。悪魔崇拝、上長への不服従、暴動、殺人、略奪、暴虐、姦通、とてつもない放蕩、窃盗、強盗、虚偽、偽宣、利己心が支配し、この混乱のうちに闇の王国はある。一方、永遠の真実と神の恩寵たる光(から)の被造物は全世界の主(宰領者)たちであり、闇の主(宰領者)たち、キリストの四肢(信徒たち)にまで統率を展げる。両者の間には、神が最後の審判をくだしたまうまで、永遠の闘いがつづく。

警句三十八
それゆえ魔術は第一の区分において二重である。一方は神により、光の被造物として授けられるもの。他方もまた神によるものだが、闇の被造物たちに授けられるものである。これもまた二重である。善に向かって(善を目的に)、闇の君主に被造物の健全(善をなすところ)が結びつくところには神も結ぶ。一方、悪に向かう(悪を目的とする)ところ、そのような危うい欺きをなしまたそのような危難に突き落とす魔術をなす者には、神罰がくだされる。
魔術の第二の区分は、目に見えるものを目に見える器具によって完成させるか、目に見えぬものを目に見えぬ道具によって成すか、混合物をこれらの道具によって実現(帰結)するかにある。
第三の区分は、それがただ神の勧請によってのみ成し遂げられるか、この場合、部分的に預言的愛知的でありまた部分的にテオフラストゥス的*である、あるいは真の神に対する無知のうちに、霊的諸原理(君主たち)のはたらきによりメルクリウスのはたらきとして祈願が成就されるか。
第四の区分は、至高の神に代わって神から遣わされた善天使たちによって魔術が成される場合、これをバーリムの魔術**と称する。あるいはそれが邪悪なる霊の総督によって果たされる場合、これは異教の弱小なる神々のはたらきである。
第五の区分は、僅かな者に許されるところ、諸霊とともに面を合わせて成されるか、あるいは夢の中その他古人たちが占いや生贄によったようなしるしをもって成されるか。
第六の区分は、不死の被造物のはたらきによるものか、死すべきニンフ、サテュロスまた他の元素の住民ピグメイ等々によるものか。
第七の区分は、巧緻(業)なしに霊が自発的にはたらくか、巧緻(業)による勧請に仕えるか。
これらの魔術の種(スペキエス)のうちでももっとも実効あるのは、ただ神にのみ依拠するものである。それにつづいて諸霊が忠実に仕えるもの。第三は天と地の権能たるキリストによるキリスト教徒のものである。

[*Theophrastica パラケルスス式?なにを指しているのか。たとえばArchidoxis magicaeのような書物?]
[**Baalim Magia]

警句三十九
魔術の業が由来するところの七重の具(準備)
第一は、真の神の知見(しらせ)がいかにこの世の成り立ち(調合)をそのことばによって啓示したまうか、その創造および被造物の階梯がいかに昇階するか、目に見えるものをも目に見えぬものをも含めた神の被造物があらわす驚異の帰結(効果)を、昼夜を分かたず考えめぐらすこと。
第二は、人が自らの内にくだり、自らの死すべき部分と不死の部分についてあらためて検討し、自らそのものである部分とそうでない部分とを知ること。
第三は、その不死なる部分によって永遠の神を尊び愛し畏れることを識り、霊と真実において讃えること.またその死すべき部分において神の存在を、隣人への勤めを知ること。
これら三つがまずもって魔術の第一の感得であり、これらにより真の魔術あるいは神の叡智を求めまた得ることができるように、それを得るにふさわしき者として備えよ。ここに天使的被造物たちが密かにでなく公然と対面するがごとくに仕える。
第四は、母胎にいかなる類(ゲヌス)の生命が召喚されるか、それが魔術によってその種(スペキエス)を享けたものかどうかに注意する。これは読者には容易に感得されるところであり、感覚的に体験するところからも知られるところであろう。それは小さく慎ましいものにも惜しみなく与えられる
第五に、われわれは霊がその最大のはたらきに就くとき、その援助をはっきりと感じることができる。これを感得する者は神の命じたまうところにより魔術師となる。すなわちこのような人(ペルソナ)は諸霊の宰領により光輝ある事物を実現する。ここで多くの者はその罪あるいは軽視、無知、蔑視あるいは甚だしい迷妄から神への忘恩の罪を犯し、これにより名誉ある数多くの人が後に罪に、軽率あるいは強情により破滅へと引きこまれることとなったのだった。
第六に、来るべき魔術師は信仰と緘黙を守り、秘密を決して口にしてはならない。それは霊によって禁じられ、公に明かすことないようにとダニエルにも封印するよう命じられたところであった。パオロですら幻視のうちに啓示されたことのすべてを公言することはなかった。いずれにしても彼のただひとつの感得のうちにいったいどれほどのことがらが盛られていたか誰も信じなかったであろう。
第七に、将来の魔術師には至高の義が要請される。信仰を怠らず、憎まず、不義に陥ることなく、決してこれらに魂を許すことなくいかなる悪からも自らを守るように。

警句四十
感覚に外部からあるいは内部から非個体的(からだならざるもの)のなんらかの能作が感得されるときには、魔術の目的(終局)を成就するべく次の七項を精読せよ。
第一の戒めは、こうした霊は神から彼に遣わされたものであり、彼のなすところも考えるところもみな(神に)視られているということを知らねばならない。つまり、彼の生命のすべてはあらかじめ神のことばに導かれるよう記されているのだから。
第二に、常にダヴィデとともに祈りたまえ。あなたの聖霊をわたしから取り上げないでください、そして主要なる霊がわたしを確たる者としてくれますように*。そしてまたわれわれを誘惑に導かず、われわれを悪から解いてください**。天なる父よ、あなたは偽りの霊に権能を授けてアハブを滅ぼされましたが***、どうかわたしを真のうちに守りたまえ。かくあれかし。

[*詩篇50,13-14(邦訳51,10-12):「神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい,正しい霊を与えてください。わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。あなたの救いの喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。」]
[**マタイ6,13:「わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。」]
[***列王記上16,29ss. 特に22,20ss.;歴代志下18,1-34;エレミア29,21ss.
列王記上22,20:「だれがアハブをいざなってラモテ・ギレアテRamot di Galaadに上らせ、彼を倒れさせるであろうか」。ラモテ・ギレアテはレヴィ人の地(Gs21,38; 20,8; Dt4,43)とされる。またMasfa(復讐の地の意)とする者もある(cfr., Gdc10,17; Gs.13,26; 2Re8,28)。→聖杯?]

第三、聖書に戒められてあるように、彼を霊の試みに慣れさせたまえ。葡萄に茨が巻きつかぬように。善にして讃えるべきすべてを捉え、神の意志に反するところからは逃れよう。
第四に、すべての迷妄から遠く離れよう。ここで迷妄というのは事物に神性を帰すこと。事物のうちには一切神性はない。あるいは神に遣わされたものなしにわれわれの信心を掲げること。これは悪魔的な魔術儀式そのものであり、神に向けられるべき崇敬を不埒にもはたらくところである(誤用されたものである)。
第五に避くべきは偶像(イドラ)*崇拝である。これは神の権能のはたらき(うごき)**を偶像もしくはその他の事物に結びつけるもので、それは創造者からあるいは自然の秩序によって据えられたところのものではなく、かえって邪悪な魔術師たち***が模すところである。

[*IdolaとHydra、そしてまたspecies(エイドス?)についてはまた別に考察してみる必要がある、と但書きしておきましょう。]
[**proprio motu potentiam divinam これは神的動因としても良いかも。]
[***Cacomagi]

第六に避くべきは、創造を模倣し、創造者の権能、産生することばを真似る危険な悪魔のものまね*。願望は(実現)存在ではなく**、それはただ全能の神のみのなしうるところであり、被造物の伝ええぬ(なしえぬ)***ところである。

[*Cacozylia、cacozelia 邪悪な情熱、渇望]
[**quae non sunt ut sint であればというのはであるではない、あるいは、ものまねは創造者の権能に至らない]
[***incommunicabile]

第七は、神および聖霊の賜に恃むこと。こころからそれを知り、胸一杯にわれわれの力のかぎり抱き締めよう。

警句四十一
さて本書最後の九つの警句、これらとともに神の慈悲の助けによってこの魔術入門(エイサゴゲー)を終えることとしよう。
そこでまず、魔術師の業について知られるところについて総覧してみることにしよう。
魔術師とは、神の賜を享け霊的諸本質を使役して(によって)、宇宙普遍と自然本性のうちに含まれる見えるものから見えぬものまでのすべてを知解する者のことである。この説明のうちに魔術師に普遍なる秘密が明かされている。
邪悪な魔術師*というのは神の許すかぎりにおいて、一時的あるいは永遠に人を狂わせ神から引き離す永遠の破滅に仕えるものである。『使徒行伝』に録されているシモン・マグス(魔術師シモン)**はこうしたもののひとりであったし、またクレメンス***がそうだった。彼は自ら神を模して不純な霊により気中に昇ったものの、神々しきピエトロによって地に降りるよう命じられたのだった。
この掟(命)は十二の律法の板にしるされるところ****であり、またその悪事あるいは呪いもそこに知られる。
二つの魔術の区分あるいは種(スペキエス)については続く巻に記すことにしたい。ここでは知識の善悪を識別することができれば十分である。その両者を得ようとした最初の人が自ら破滅を導いたことについて*****は、モーゼやヘルメスが証したところである。

*Cacomagus
**At8,9-24:「さて、この町に以前からシモンという人がいた。彼は魔術を行ってサマリヤの人たちを驚かし、自分をさも偉い者のように言いふらしていた。それで、小さい者から大きい者にいたるまで皆、彼について行き、「この人こそは『大能』と呼ばれる神の力である」と言っていた云々」。
***?
****in Legibus, XII, tabularum、『律法についてDe legibus』第十二章の一覧、たとえばオーヴェルニュのギョームの?その十二章には申命記22の示唆がある。申命記27のモーゼの命ずるところは以下の通り。
1『工人の手の作である刻んだ像、または鋳た像は、主が憎まれるものであるから、それを造って、ひそかに安置する者はのろわれる』
2『父や母を軽んずる者はのろわれる』
3『隣人との土地の境を移す者はのろわれる』
4『盲人を道に迷わす者はのろわれる』
5『寄留の他国民や孤児、寡婦のさばきを曲げる者はのろわれる』
6『父の妻を犯す者は、父を恥ずかしめるのであるからのろわれる』
7『すべての獣を犯す者はのろわれる』
8『父の娘、または母の娘である自分の姉妹を犯す者はのろわれる』
9『妻の母を犯す者はのろわれる』
10『ひそかに隣人を撃ち殺す者はのろわれる』
11『まいないを取って罪なき者を殺す者はのろわれる』
12『この律法の言葉を守り行わない者はのろわれる』
*****アダムのこと?

警句四十二
また、魔術師というのは母の胎にある時からそうした類の業をなすよう予定されているのである、ということを知らねばならない。それは彼が選んだ何物かである訳ではなく、恩寵に発する善を目的とした(善を成就する)あるいは聖書に満ち溢れる悪しき目的(悪をなすもの)へと向けられた神的な召命に他ならない。それは躓きの石に違いないが、これが人たるものに必定の災いである。それゆえわれわれは怖れ震えつつこの世に生きねばならない。
この両方の魔術種の理論と実践を習得する者もあり得る、ということを否定することはできない。しかしその至高の類を決して渇望してはならない。それを切望することは、疑いもなくからだと魂を損なうことである。それは悪しき魔術師たちによってオレブ山*でなされたところ、孤独のうちに移され、引き裂かれ、ばらばらに切り裂かれ、あるいはこころを失い等々、よくあるように神によって砂漠の悪魔に引き渡されることとなるところである。

*Oreb Is10,26:「万軍の主は、むかしミデアンびとをオレブの岩で撃たれた時のように、彼らに向かって、むちをふるわれる…」

dossier『アルバテル』7

七つの警句第五
警句二十九
われわれの大いなる研鑚(魔術の研修)は、先立つ全般的規序(秩序、命令)にしたがい、その細部の解説へと進む。霊は神のことばおよび教会そしてその四肢(信徒)の宰領者であるばかりでなく、諸個物(からだもつ諸事物)の被造に、そのからだの健全にまたその内奥の魂に仕える(はたらく)。とはいえそれは確たる宰領の規序(秩序、命令)なしには善をも悪をも、なにをもなし得ない。善なる目的(終局)を望む者には善が帰結し、神を侵し神の意志に反して悪を欲する者には悪が到来する。それゆえ、誰もみな自らの目的とするところを神のことばに合し、それを善悪の判じ石となし、避けるべきことを待つべきことから識別し規定し、終局目的に到達することを決して後回しにしてはならない。

警句三十
ここに富、この世の光輝、偉大なる名誉、尊厳、僭主の嗜好(大いなる(魔術的なる)ものとして)に励む者はそれを得るであろう。各々その運命と努力によって、また魔術的な知識によって。それはメルジーナ*の物語が証するところ。またそれは魔術師たちも証するところ。イタリアのどの国も永遠にナポリの僭主国を掌中にすることはできない。現今それを統治する者もまたその座を追われることだろう。天使の領する世界はかくも大いなる権能によって見守られているのであれば**。

[*Melesinae メリュジーナ(蛇女)の物語?]
[**この警句の途中から突然、ナポリ王国をめぐる予言となる。この小著はいつ書かれたのか、ナポリ人の手になるものではないのか、という示唆として読める一節(次の警句につづく)。]

警句三十一
君主は王国に召喚され、それが(正義は彼のうちに)達成され、汝らの願いは彼に託されることとなろう。この君主が後継魔術師にふたたび屈服することのないかぎり。その時にはナポリ王国はふたたびイタリア人のものとなるだろう。魔術師がそれ(イタリア人?)を召喚し、それが秩序(制度)を定め、その成し遂げるところに忠誠を誓わせる時には。それは書物、宝石、そして魔法の角といった奪われた魔術的な宝を集め戻す。これらとともに欲するならば容易に君主(専制)世界は設てられることだろう。しかしユダヤ人はこの世が善へと移る最後の審判に至るまで神のうちに生きることを選んだものの、そのこころは天と地の神を知解することも思いみることもできぬほどに盲目にして、不滅の甘美な果実を永遠に危機にさらしつづける。それは容易にイシスの神殿のうちにプロティヌスの霊(ゲニウス)を召喚することだろう。

警句三十二
また同様に、ローマ人たちは巫言(シビュラ)の書から主が設けられたこの世の理拠を学んだ、とは歴史の証するところである。しかし総督領の君主たちはたいした為政を施してこなかった。それゆえ、この僅かなるはたらきかすかな尊厳の場所に魔術的な総督領の君主の意思が成就されるように勧請する。

警句三十三
こうした尊厳を蔑し富をばかり渇望する者は、富の君主あるいはその総督の一人を呼び、望みの富の類を、地上の財(善)あるいは交易のあるいは君主への贈物を取り、また金属や変成術の修練を得る。こうして彼は富の産生を主導し、そこに彼の望みを満たす。

警句三十四
すべての召喚は同一の類にしてかたちをもつものであり、それは昔日の巫言も至高の祭司たちも同じ理拠に準じるものであった。しかしわれわれの時代の無知と無慈悲とにより、残されたのは迷妄と限りない嘘ばかりとなってしまった。

dossier『アルバテル』6

七つの警句第四
警句二十二
それを秘密と称するのは、啓示なしに人の努力のみでそれを見出すことができぬからであり、この知識は隠れたる神によって被造物のうちに隠されているから。たとえそれが霊によって事物そのものの使用について啓示されるよう許されているにしても。これらの秘密には神のものも、自然のものも、人のものもある。そのうちの僅かの最深の秘密を精査するなら、多様なことがらが明らかとなることだろう。

警句二十三
それらの秘密のうち、それが人(ペルソナ)のかたち(形相)を採るにせよ、分離した権能としてであれ、人の器官あるいはその他いかなるはたらきであろうと、まず自然(の秘密)からはじめよう。これは業を知る霊によって捉えられるか、秘密が簡潔に汝に口授されることとなるだろう。それゆえ、汝に恩寵が注ぐよう、それによって秘密の目的(完成)を得られるよう、神に祈りたまえ。隣人に益するため神を誉め讃えたまえ。

警句二十四
七つの最大の秘密

第一に、それはすべての病患を護符(カラクテール)によってか自然的にかあるいは神の援けをうけた上位の霊によって、七日のうちに癒す。
第二に、いかなる歳にあっても壮健なる生命を。身体の生においても自然本性においても、初期の高祖たちがもったように(保つ)。
第三に、人(ペルソナ)の霊のかたちをもった緒元素のうちの被造物たちの服従を得る。つまり、ピグメイ、サガニ、ニンフ、ドリアデス、シルヴァテイクスの。
第四に、目に見えるものとも見えぬものとも、すべてと知性において対話することを得る。どこにあっても事物に問い、またそれに命じることができる。
第五に、神が予め定めたまいた目的(終局)に向かい、自らを持することができる。
第六に、神を、キリストを、そして聖霊を知る。これこそ小宇宙(ミクロコスモス)の成就である。
第七に、下位世界の王ヘノクとして生まれ変わる。
これら七つの秘密はいっさい神に反することなしに、経験にして不易の心もつ諸霊から人が引き出しうるところである。

七つの中庸なる秘密
1.俗に錬金術と称される金属の変成は確かに可能だが、じつに僅かの者にのみ授けられる特別の賜である。それは修練によるものでも意志してできるものでもなく、ただ神の慈悲による。
2.金属による病患の治療とは、貴石のマグナリア(磁力)によるか、賢者の石等々によるものかである。
3.天文あるいは計算によって奇跡をあらわすこともできる。たとえば水力機関を天の注入(影響)によって制御したり等々。
4.自然魔術の業をなんであれあらわすことができる。
5.すべての自然(物性)を予見する。
6.手で行ないからだを使って果たすすべての業の基礎を知る。
8. 人の天使的本性を介してなされるすべての業の基礎を知る。

七つの小なる秘密
1.ものごとを荘重にし、多くの貨幣を集める。
2.貧しい状態から名誉と尊厳ある立場へともちあげ、偉大で高名なることがらを果たす新たな家系を設けさせる。
3.武勇に秀で、大いなる幸いを成就し、王たち皇子たちの主となる。
4.辺境にあっても町にあっても郷土は親しく善くある。
5.商人としても才覚と幸運がある。
6.アリストテレス、プラトン、プトレマイオス、ユークリッド、ヒポクラテス、ガレノスのような哲学者、算術家、医者である。
7.新約旧約の神学著作に精通した神学者、聖書学者、スコラ学者である。

警句二十五
秘密の類および種に関しては上述した通りである。あと残されたのは、いかにわれわれの望むところを得るかについて語ること。一々の秘密に関して唯一真実の途は、全善の製作者たる神に、キリストが教えたまうように恃むこと。
まず第一に神の国に、その義に訊ねよ。さすればすべては汝らに授けられるであろう。
2.また、汝らの心に誓って飽食泥酔を避け、生命に配慮せよ。
3.また、汝の配慮を神に委ねよ、さすれば聞き届けられるであろう。
4.また、われは汝の主たる神なり、汝に有益なることを教え、汝の彷徨を導こう。
5.そして汝に知性を与え、汝の進むべき道を教えよう。わが目をもって汝を導こう。
6.また、汝らが邪悪なる者であるなら、いかにして汝らの息子たちに善を与え得ようか。汝らの誓願を受け聖霊を遣わしたまう、天にまします汝の父のいかに偉大なることか。
7.また、汝ら、天にましますわが父の意志を遂げんと欲するならば、汝らはまさにわが弟子。汝らのもとへ赴き、汝らとともに留まろう。

これら七つの文書の文字から霊をあるいは能作を引き出すことができれば(霊を引き出し現勢へともたらすならば)、汝は過つことなく欲するところの目的を掬いとることができよう。目標を離れることなく、神自ら聖霊を介して汝に有用と真を教え、汝に彼の宰領する天使を汝の伴として、この世のすべての秘密の教えの援けとして授けるであろう。それ(天使)はすべての被造物が汝に服従するよう命じ、汝はこころから歓んで使徒とともに言うことだろう。聖霊は汝に仕える、汝こそ最大なるもの、汝の名は天に記されてあり、と。

警句二十六
汝の知らぬ秘密を、己がうちに権能の秘密をもつ神あるいは聖霊から啓示される、より一般的な方途が他にもある。それは夢あるいは強い想像力それとも印象(刻印)、あるいは天の知性体による誕生日の星座配置によるもの。これによって英雄的な男たちが出来上がったのであり、知識深い者たちはこの世に遍く存在する。プラトン、アリストテレス、ヒポクラテス、ガレノス、ユークリッド、アルキメデス、秘密の父ヘルメス・トリスメギストゥス、そしてテオフラストゥス・パラケルスス、すべて自ら秘密をわがものとした男たちである。効した秘密についてはホメロス、ヘシオドス、オルフェウス、ピタゴラスも言及しているが、彼らは先に挙げた者たちのようには秘密の賜を享けることはなかった。なんといっても彼らはニンフたち、メリュジーナの息子たち、父神アキレウス、アエネイス、ヘラクレス、それにキュロス*、アレクサンデル大帝、ユリウス・カエサル、ルクッルス、シラ、マリウスを語っているのだから。
[*Cyrusペルシャ初代王?]

律則(カノン)としては各個にその精霊(ゲニウス)が配され委ねられているのであり、それを通して義しき神のことばを得るのであってみれば、ブルータスやマルクス・アントニウスのような災難に襲われぬよう邪悪なる精霊の嫉妬に気をつけること。これについてはヨハンネス・ポンタヌスがそのフォルトゥナ論およびエウティクス論において言及しているところである。

第三の方途は深甚なる骨折りで、なんらかの神の援けなしには大いにして讃嘆に値するような成果は得られない。それは次のように謂われる通り。

   汝がミネルヴァに抗弁抗議することはならない。
      (ホラティウス『詩学Ars poetica』385)

不正なる迷信とともに悪魔たちと合するすべての邪悪な魔術師を嫌悪し、悪魔が果たしたところへの罰に代えて神が許したまうたところを得るよう努めなければならない。聖書がユダについて証言しているように、他にも邪悪な悪魔はいろいろなことをなす。こうしたことのすべては古のまた現今の偶像崇拝者たちが言うところ、異教徒たちか慣れ親しむ運命の濫用に他ならない。これは地獄の渡し守(カロン)の召喚あるいはサウルと婦女の業、パルサキカエ*の戦いにあたってのルカヌスの亡き兵士による予言等々にまで広がっている。
[*Parsakicae→Pasargadae (?)]


警句二十七
円を描き、中心をAとし、またB、C、D、Eを付す。東にB、Cの四分の一円、北にC、D、西にD、E、南にE、B*。各90度を7つの部分に分け、全体で28部分とする。各部をふたたび4つづつに分け、円周を112に分割する。これが真に明かされるべき秘密の総数である。このように分割された〈円〉こそ唯一全世界の〈秘密の封印〉である。不可分の神、中心Aにすべての被造物は発する。〈東方の秘密の君主〉はその中央にあり、各々の側に三太守を侍らせ、その各々が四侍者をもっている。君主自身四人の脇侍を侍らせている。これと同様に各々の四分に秘密の君主と太守たちが四つの書きものとともに侍っている。
とはいえ、〈東〉こそがすべての智慧の研鑚であり、〈西〉は勇気、〈南〉は教養、〈北〉は厳格なる生である。それゆえ東が最大の秘密、南が中なる秘密、西と北が小なる秘密である。
この秘密の封印の使用にあたっては、神から伝え教えられる秘密によってあらかじめ霊あるいは天使たちがいつ生まれるかを知らねばならない。それらは各々神から授けられた職務と力能にしたがって名をもっている。あるものは剣の権能を、他のものは悪疫を、また他のものは民の艱難辛苦を、神から授かっている。あるものたちは町を破壊する。そのうちのふたりはソドムとゴモラまたその近隣を破壊するために遣わされた。これは聖書に証されてあるとおり。またあるものたちは王国の警護につき、他のものは私的な守護につく。それゆえ各人がそれぞれのことば(言語)で容易に〈名をつくりなす〉ことができる。ここで望みのまま、医学のあるいは愛知の天使、また占術のあるいは日常の賢慮の、超自然的、自然的な叡智、その他の天使を勧請することができる。真面目に大いにこころ傾けて、願いに疑いをもつことなく信仰と不動のもと勧請するならば、父より神の諸霊のすべてを享けることができる。信仰こそすべての封印(しるし)を超えて人の願望(意思)を実現する(主体化する)ものである。こうした信仰に天使の理拠(ラチオ)の護符(カラクテール)による召喚がつづくのだが、それはただ神の啓示に依拠するものであり、先述した信仰なしにはそれも暗闇のうちに沈むばかりである。にもかかわらずそれを記録に任せ、そこに効能あるいは霊的本質が宿るものとして、素朴に神がつくりたまうたものとして用いる者は、神を冒涜することなくそれを用いることができる。しかし偶像崇拝という悪魔の罠に陥らぬよう注意せねばならない。不注意な者は容易にその犠牲になるものゆえ。それは敬虔に仕えるようにと人を誘う神の指し示したまうところを惑乱させるものであるばかりでなく、キリストの敵を、婦女の種子を打ち砕くため遣わされた大いなる誘惑にして迫害である。それゆえわたしは畏れとともに気息に向かい、神に至高なる敬意を、霊的諸本質に深き義をもって向かう。すべての無分別、尊大、吝嗇、虚栄、嫉妬、無慈悲が無残に滅びるように警戒せよ。

[*図示するなら円を巡って南東から逆時計周りに90度ごとにC、D、Eを配すという訳。]
 D  C
  ○(東)
 E  B


警句28.
すべての善は全善なる神に由来するゆえ、われわれがそれを手に入れる(それに到達する)ためには、霊と真実のうちに素朴なこころで祈らねばならない。秘中の秘の帰結は、各人が自ら望むもののために祈り、反撥を被らないことにある。その個々の祈りを蔑してはならない。それはそれによって神に祈願をささげるものであるとともに、われわれがわれわれの欲するところを享けるため嘆願し、その権威を知り得るように神がその権能と意志を施すところである。慈悲深く善なる父がその望まれた子を愛したまうことは、ダニエル以前から証されてきたところであり、祈りこそわれわれのこころの殻を破るものである。聖なるものは犬に授けられることもなく、尊い宝は蔑し軽視するものに授けられることもない。それゆえこころから繰り返し秘密の最初の七つ組みを読み返そう。そして汝の感得するところのすべてによって汝の生を導き、汝のこころから出でるすべての思念を汝の恩頼する主のうちに委ねよ。

dossier『アルバテル』5

秘密の教え梗概

1. 一々の宰領者はすべての霊にはたらく。自然本性により常に同一の方法でか、神が阻まない限りその自由意思によって。
2. 一々の宰領者はあらかじめ調えられた素材(質料)のうちに自然が長時間かかって成すところのすべてを成す。またあらかじめ調えられたのではない質料のうちに突然それを成す。太陽のオクは長時間かかって山の中に金を調え、また変成術(ケミカ)の業によってそれを短時間のうちに、魔術によって一瞬のうちに成す。
3. 真に神々しい魔術師たちは神の被造物のすべて(を成すこと)を得、世界の業を意のままに統率する。それゆえこの世界の統率者も彼らに服し、召喚されるやたちまち来たり、命に従う。とはいえ神こそがその創作者である。ヨシュアが天に太陽を置いたごとくに。
凡庸なる魔術師たちに送られた諸霊は、交渉されたところのあるものにしか服しない。
偽魔術師たちの言うことは聞かず、悪鬼(ダイモン)の姦策をあらわし、神の命により各種の危難を投げつける。ユダヤ人たちに関して、預言者エレミアがその第八章で証するごとくに。
4. すべての元素(要素)のうちには七宰領者がその執行者たちとともにあり、天空の運動とともに動く。下なるものは常に上なるものに依存する、とは尊き愛知の教えるところである。
5. 魔術によって母胎から生まれた者こそが真の魔術師。自らこの努めに就く他の者たちは不幸である。これは洗礼者ヨハネの言うところ。誰も自分自身のためには何もできない、上から与えられるのでなければ、と。
6. 霊に与えられた一々の護符は、いかなる場合にもこの交渉に効果をもち、一定の起源のうちにかなえられる。それはそれの与えられる惑星の日と時に用いるように。
7. 神は生き、汝の魂も生きる。汝の契約を保つなら神のうちに霊は啓示される。諸霊が汝に約したところはすべて成就されるゆえに。

警句十八
オリンポの諸霊の名には他の者たちによればまた別の名が導出されるが、目に見えるものであれ見えぬものであれ啓示の霊に導かれたもの(名)でなければ効力がない。そのようにして導出された一々(の名)はあらかじめ定められていたものである。それらは星座群と呼ばれ、しばしば140年以上の効力がある。それゆえこの業の初学者は数多くの名(を呼ぶこと)なしに、唯一の霊によって務め、予め魔術に限るのが身のためであり、他の業に関してはそれぞれの自発性の問題である。かわらぬ信心にかけて祈りたまえ、さすれば神は時宜に応じてすべてを指示されるであろう。

警句十九
オリンポとその住民たちは諸霊のかたちをとって(かたちない諸霊として)人々に自らを呈示し、魔術に恃む者にこそ応えるべく、彼らの務めを果たす用意がある。しかし邪悪な壊乱者たちも悪魔の嫉妬からあらわれ近寄って来る。そうした罪の数々を人は自らに引き寄せるものゆえ、それにふさわしい罰を受けることとなる。それゆえ諸霊との親しい会話を望む者は、自らを膨大な罪から護り、高き守りたるものにこころから祈り、障りとなる悪魔の嫉妬を断たねばならない。自らを有益なる魔術に尽し、神に委ねまた誓うように。

警句二十
信じ欲する者にはすべてが可能であり、信ぜず欲することもない者にはなにもかもが不可能である。最大の障り(魔術を妨げるもの)はつかのまの気まぐれな心、不定、空虚、泥酔、放蕩、神のみことばに対する不服従。それゆえ魔術師は敬虔で謙譲、言行に忠実、神へのたしかな信仰をもち、慎重で、神的なものへの叡智より他、けっして何物にも貪欲であってはならない。

警句二十一
オリンポの諸霊を召喚しようと欲するときにはその日の太陽の上昇点を観察し、望みの自然本性の霊に次の祈りを捧げるならば、汝の望みは叶えられるであろう。

全能にして永遠なる神よ、あなたを讃えるため、あなたの誉れのためすべての被造物を人が宰領するために調えられた方よ。聖霊に祈願する。太陽を機序づけるもの(N.N.)よ、われの問うところに答え教えるものよ。あるいはわれに水腫病の薬等々を授けるものよ。わが望みを成すのでなく、われらの主なるあなたの独り子イエス・キリストのために。かくあれかし。

とはいえすべての時を越え、親しくあなたの意に叶うのでなければ、霊は疲れることもない。

温和と平静のうちに来たりますよう。そしてわが嘆願に応えたまえ。神に感謝。あなたの命(秩序)のうちに平静に憩いたまうあなたの名において。あなたの名を呼ぶときにはまたわれに戻り来たりたまえ。創造者が授けたまう命(秩序)もしくははたらき(勤め)によって。かくあれかし。

dossier『アルバテル』4‐7 フル

1aca4723.gifフル*は次の護符を喜ぶ。
[*[2344]「フル・ガブリエレ 月(ルナ)の支配のもとにある水と気の本性。これらの諸霊は実に権能があり、欲するままに金銀を与える。呼ばれるとたちまちあらわれ、あらゆる種の獣、魚を、また欲するままの貴石を与え、賭け事や商いに幸運をもたらす諸霊を授ける。」]


それはすべての金属をその言行とともに銀に変える。ルナリア(草?月のもの)を統率し、水腫病を癒す。水の諸霊を与え、これらは目に見える人のかたちをとって人に仕え、三百年の生を授ける。

dossier『アルバテル』4‐6 オフィエル

83e023ff.gif
オフィエル**は水星(メルクリウス)のものを統率する。その護符(カラクテール)は次の通り。
[**[2344]「オフィエル・サムエル 水星(メルクリウス)の知性である。愛知と音楽、あらゆる楽器の奏し方を教える。またあらゆる薬草、金属、鉱物の知識を授け、諸金属を金もしくは銀に変える賢者の石を教える。どこへでも望みのところへ、なんの畏れも危険もなしに時速二百レーガの速さで連れて行く諸霊を授ける。気と火の本性であり、水曜日の明け方に召喚する。その護符発議の通り。」]


その諸霊は十万軍隊。それは容易に眷族諸霊を授ける。またすべての業を教え、その護符によって(尊厳を与えられて)、一瞬のうちに生銀を賢者の石と化す。

dossier『アルバテル』4‐5 ハギト

6458dfbb.gifハギト*は金星(ヴェヌス)のものを統率する。護符に尊厳を与えられ美しく司り、神々しく飾られる。一瞬にして銅を金に変え、また金を銅に変える。それに忠実なる諸霊をこころにかなうものに授ける。
[*[2344]「ハギト・ラファエル 金星(ヴェネレ)の権能に服す。ヴェヌスの本性にして、気の本性をもつ。愛を主宰し女たちを宰領する。女王、皇女、貴婦人たちの厚遇を与え、縦に彼女たちをあたえる。貴石や金銀を欲するだけ授ける諸霊を与える。金曜日の暁に召喚する。その護符は次の通り。」]

護符


霊の4000の軍隊を持ち、時宜に応じて1000にひとりの王を授ける。

dossier『アルバテル』4‐4 ホク(あるいはオク)

d43c77a7.gifホク[オク]***は太陽のものを統率する。それは六百年の完璧な健康を与える。また叡智を、卓越した諸霊を与え、完璧な薬を教え、すべてを純金****や貴石に変える。金を与え、財布を金で溢れさせる*****。それは護符により尊厳を増し、全世界を統治する者のごとき神意をあらわす。
[*** [2344]「オク・アナエル この諸霊は火であり、火の本性をもち太陽の支配のもとにある。おとなしく善良である。富に権能あり、欲する者すべてに金を与える。命じられるところを忠実に果たす眷属諸霊を与える。火性であり、日曜の暁に召喚する、その護符は次の通り。」]
[****convertit omnia in cur[v]um [撓む、Robert Turner(1575)はgoldと読んでいる、つまりaurum金。anfer?かもしれない] purissimum / たとえばCatullus, Carmina 67.74にcurvus arator(犂に凭れる耕作者)という句がある。]
[*****Dat aurum & crumenam pullulantem auro. →anfer & pullus…あるいはpullulantem一語でpullus anferともなりかねない。つまり引き出す、増殖させる、か。ヘルモゲネス水銀から生じるものつまり金の増殖(鶏と鵞鳥)。]

護符


自ら36536の軍団を率いる。単独ですべてを統率し、すべての霊は百人隊として仕える。

dossier『アルバテル』4‐3 ファレグ

509d3d22.gifファレグ*は火星(マルス)に帰されるところのものを統率する。平和の原理(平和の皇子)である。それに充てられる護符は戦事に大いなる力を授ける(尊厳をあらわす)。
[*[2344]「ファレグ・サマエル 火星(マルス)に支配される。戦いと武具を宰領し、闘いに勝利を与える。一々の傷を防ぎ、火傷をも切り傷をも負うことなくどんな兵器にも決して傷つかないようにする。50人の仲間とともに諸霊を与え、二十万人の兵士を出現させ、敵を脅えさせ逃散させる。その護符は次の通り。日の出に召喚せよ。」]

護符

dossier『アルバテル』4‐2 ベトル

5744229f.gif
ベトル**、これは木星(ユピテル)に帰されるところを統率する。召喚に応じてたちまちあらわれる。
それを讃える護符(カラクテール)にますます力を授け(威厳を示し)、気の諸霊と和解して、それの真の答えとして宝を差し出す。効果覿面の奇跡的な薬をつくるため、自らの事物と貴石の数々をあちらからこちらへと移動させる。それはまた天空の眷属を与え、神が望みたまうならば七百年の長寿を授けることもできる。
[**[2344]「ベトル・サキエル 木星(ユピテル)を支配する気つまり気の本性。王たちに好まれ、いつも金と銀に溢れた財布を与える。眷族諸霊は命ぜられるところのすべてをなす。木曜の明け方呼ばれるとすぐにあらわれる。その護符は次の通り。」]

その護符


自ら42王、35皇子、28総督、5公、21仲介者、14宰相、7使者、29000の霊の軍団を持つ。

dossier『アルバテル』4‐1 アラトロン

756faf4c.gif警句十七
七つの原理主催者(主宰する皇子たち)は単純にそれが目に見えてまた見えず臨在するその時その日に、神がそれらに与えた名と努め(職務)を以って魔術的に召喚される。また以下のような護符(カラクテール)を示すことによって。

主宰者アラトロン*が自然本性的に果たす権能は、天文学において土星(サトゥルヌス)の効能に帰されるところのものに等しい。
その自由な意志によって果たされるところは以下の通り。
1. 何をも一瞬にして石に変え、動物をも植物をも外見はそうしたものと化す。
2. 宝を炭に変え、また炭を宝に変える。
3. 親しい者に一定の権能を与える。
4. 錬金術、魔術、自然学を教える。
5. 人をピグメイたちと和解させ、人を毛深くする。
6. 目に見えなくする。
7. 不妊の者を妊娠させ、長命を授ける。
[*[2344]「アラトロン・カッシエル 土星(サトゥルヌス)の支配のもとにあり、土(性)。土曜(安息日)の第一時、つまり金曜深夜の次の時に召喚される。その権能は隠された宝を暴き欲するところにもたらすことができる。問われるところのすべてを与え、眷属諸霊は忠実にそれに仕える。その護符は次の通り。」]


その護符


49王、42皇子、35総督、28公、21宰相を持ち、14眷属、7使者を侍らせ、36000軍団(レギオン)を統率する。一軍団は490からなる。

dossier『アルバテル』4

七つの警句第三
警句十五
恒星天の天空に棲む諸霊を〈オリンポ〉の諸霊と称し、その努めは〈宿命〉を宣明し、神の意のままに許されたところの運命的なできごとを宰領することにある。邪悪な霊(ダイモン)も悪しき宿命も、当然ながらこのいとも高きに坐したまうものを損なうことはできない。それゆえいずれかのオリンポの霊が自らの星辰を明かし予言したとしても、神の承認がなければなにごとも現実となる(現勢へと引き出される)ことはない。それを現実へともたらすことができるのはただ〈神〉だけである。神こそが天上界、天界、月下界、月下界(地獄)のすべての創設者である。それゆえ将来するところが将来するべく、汝の導き手たる神に委ねよ。〈さすればすべて望みのまま幸いに目的を達するであろう〉。この世の歴史が証し、日々の体験が明かすように。それは敬虔なる平和。不敬なるところに平和なし、とは主の言いたまうところ。

警句十六
オリンポには七つの異なった主宰あるいは努めがある。神はこれらにより宇宙を、この世の仕掛けを宰領させたまうた。それら目に見える星辰はアラトロン、ベテオル、ファレグ、オク、ハギト、オフィエル、フル。これらをオリンポと称す。その各々が多重の天界の軍団を従えている。
[*ARATRON, BETHOR, PHALEG, OCH, HAGITH, OPHIEL, PHUL
Arsenal 2344.では序列が異なる。7.Phul(Gabriel), 3.Phaleg(Samael), 6.Ophiel(Samael), 2.Betor(Sachiel), 5.Hagit(Raphael), 1.Aratron(Cassiel), 4.Och(Anael)]

アラトロンは目に見える49の国を統率する。
ベトル 32(42)
ファレグ 35
オク 28
ハギト 21
オフィエル 14
フル 7

つまり宇宙には186(196)の国があり、そこを七統率者が主宰している。このすべてが〈天文学(アストロノミア)〉において明瞭に説かれるものである。ここではこれら諸原理(皇子たち)の権能がいかに対話(交渉)にはいるかを説くことにしたい。アラトロン**は土曜日(安息日)の第一時にあらわれ、自らの国と住民たちに対応する。その他もそれぞれの時日にあらわれる。そしてそれぞれが490年を指揮する。単純な原理的変則により、キリスト生誕60年前にベトルの宰領がはじまり、主キリストの430年までそれは続いた。これをファレグが920年まで引継ぎ、オクが1410年まで、以降ハギトが1900年までを統治する。
[*ARATHRONと表記(Araの座)]

dossier『アルバテル』3

七つの警句第二
警句八
神は事物や人物を名指したまい、神の宝からそれらにまた効能とはたらきを分け与えたまうたと聖書に記されているとはいえ、呪文(カラクテーレ)や星座名はその図形や発声をもってするだけでは効能をもたない。それが効能やはたらきをもつのは、神あるいは自然本性によりこうした名や呪文(カラクテーレ)が整序される(に命ぜられる)ときのみである。天にも地にも、まして神に由来するものでない地獄にすらそうした効能はない。自らなにももたず、与え得ず、働きと化すことのできぬものがなにごとかを成すことなどできない。

警句九
それは神に由来し、霊的被造諸物のうちに、そして自然および自然本性の事物を四分する個物(からだある諸物)のうちに置かれた至高の叡智。それに長い断絶をおいて棄教した霊がつづき、最後の審判に備える。六番目に神に服する地獄の宰相。七番目に諸元素および元素的なもののうちに、低地(最悪の場所)に棲むピグメイたち。それゆえ、創造者と被造諸物を分かつ叡智はそれを適切に識別することにある。たしかにそれは一々の事物の慣用から引き出されるところに明らかであり、それらがいかにどのようにして成っているかを真にしることができるものである。じつのところすべての被造物はなにがしか人の役に立つよう調えられており、そのために存するのであるとは、聖書、道理、体験に照らして明らかである。

警句十
天と地のすべて、目に見えるものをも見えぬものをもすべて創造したまいし全能の父なる神は、聖書のうちで自らを眺めたまうとしるされている。またやさしい父が息子たちを愛するように、かれはわれわれになにが有益でなにがそうでないかを教えたまう。われわれが避けねばならぬこと、迎え入れるべきことを。そして個別の(からだあるものの)永遠なる至高の酬いを約したまい、また罰をもってわれわれの役に立たぬものを避けるように、服従へと誘いたまう。それゆえ、汝は日夜聖書を自らの手でひもとき、現在にそして永遠に幸福と祝福を得るがよい。このように成し、聖書が汝に教えるところに従って生きるがよい。

警句十一
四という数はピタゴラス式のもので、最初の平方数(方陣、四角)である。それゆえわれわれはそこにすべての叡智の基礎を据える。聖書に啓示された神の叡智の次、自然本性についての考察のために。
そこに、神より出でたすべて、望むと望まざらぬとにかかわらず神に仕え服する全被造物の叡智を樹てたまえ。ここに神の全能は輝くこととなる。ここにわれわれの役に立つ被造諸物を必要とされぬものから識別する〈諸事物の枢要CARDO REI〉がある。この業はほかならず神より遣わされたものであり、ここに主はその秘密を明かしたまう。神は何かを惜しんで、寛大にその宝を施したまわぬなどということはないのだから。
それゆえ、われわれに分け隔てない寛大な神にのみ、〈希語・不明。トオン・プネウマティコン・スペルミ(霊的種子?羅語の希アルファベット転記混合)?〉を向けよう(真っ直ぐ志向する)。彼はわれわれにその子を与え、聖霊に祈るよう命じたまうた。われわれが目に見えるものも見えぬものもあわせたすべての被造物のうちでも最大のものたるゆえに。「汝は求めるもののすべてを得るであろう」。神の賜の濫用を避け、すべてを汝の健康(救済)に資すために用いるよう配慮しなさい。これらすべてを眼前に、汝の名が天に記されるよう気を配りなさい。汝らの霊が服従するならば、天に挙げられることでしょう。キリストはこう警告したのでした。

警句十二
『使徒行伝*』で、幻視の後、聖霊はペトロに言いました。降りよ、疑うな、百卒長コルネリオに遣わすようさしむけたのはわれなれば、と。こうしてことばは聖なる神の天使の声をもって教えとして伝えられた。エジプトにおいては碑銘としてあらわされたように。しかしそれも後の人々には歪曲された見解、邪悪な諸霊の刺激としていろいろ子供たちのうちに毒麦として撒かれた、とは神々しきパオロまたヘルメス・トリスメギストによってあかされている通りです。神の聖霊の教えに出でる〈道理に叶った業の導入〉より他に対処のしようはありません。〈耳傾ける〉ことにより他、真の信仰はないのですから。これが確かな真実であることを汝はよもや疑いもしないことでしょう。汝に語りかける霊が真を言うか偽を言うかは、汝の神に対する信仰に懸かっています。これについては、「わたしはわたしの恩頼するところのものを知っている」とパウロとともに言いなさい。天にまします父の意志なくしては雀とて地に落ちることはなく、信仰厚き者にもまして、神は信仰薄き者のために苦しみたまう。汝はまったく神に依存する者なのであってみれば、なぜ神にのみ恃まないのか。
[*10,19以下:「ペテロはなおも幻について思いめぐらしていると、御霊が言った、「ごらんなさい、三人の人たちがあなたを尋ねてきている。さあ、立って下に降り、ためらわないで、彼らと一緒に出かけるがよい。わたしが彼らをよこしたのである」。そこでペテロはその人たちのところへ降りて行って言った、「わたしがお尋ねのペテロです。どんなご用でおいでになったのですか」。彼らは答えた、「正しい人で、神を敬い、ユダヤの全国民に好感を持たれている百卒長コルネリオが、あなたを家に招いてお話を伺うようにとのお告げを、聖なる御使いから受けましたので、参りました」。そこで、ペテロは彼らを迎えて泊まらせた。」]

警句十三
主は生き、生あるものすべてはそのうちに生きる。彼こそ真の〈エホヴァ〉、万物を与えたまうもの。御子を通しただその声とことばをもってすべてあるものを無から造りたまうた。彼はすべての星辰を呼び、天のすべての軍勢を名づけたまうた。こうして神はすべての被造物の名によってその真の力、事物の自然本性、目に見えるもの見えないものすべての秩序と位階を明かしたまうた。そして神の権能は力能を生むことによって自然と宇宙の被造物のうちに隠された潜在力(可能態)を現勢させ(現実態となし)たまい、闇から光へともたらしたまうた。それゆえ汝の目的とするところは、諸霊の職責と権能であるところの名を知ること、そしてそれらがいかに神により汝に従属し献身するものであるかを知ることでなければならない。ラファエルがトビアに遣わされたのは、彼が父を癒すため、息子を危難から救うため、妻を娶るためであったように。またミカエルは神の民を統率する神の堅忍であるように。神の音信たるガブリエルはダニエル、マリア、ザカリアそして洗礼者ヨハネの父に遣わされた。彼は切望する汝にも与えられるであろう。そして汝の魂に事物の自然本性について汝の望むところを教えるだろう。この使いを汝は神への、救い主への、汝を聖とするもの、つまり父と子と聖霊への畏れとともにもちいたまえ。召喚にあたっては慎重を期し、必要なものより他を頼んではならない。

警句十四
汝の魂はその造り主によりて永遠に生きる。それゆえ汝の主たる神に祈り、彼のみに仕えたまえ。神の導きたまうところの目的を測り、神と隣人に負うところのため、このように成したまえ。神は汝が誉ある息子であることを、こころに彼の御子のことばを保つ者であることを要請したまう。彼を讃えるならば、汝の天なる父の意志を果たしたまえ。隣人には汝が汝に来たる者すべてとともに御子を讃えるという人としての努めを負うているのです。これが律(掟)であり預言です。現世の事物に関しては、汝の父なる神に恩頼するならば生に必要なものはすべて与えられるであろう。隣人に対しては、霊的なものであれ身体的な(からだある)ものであれ、汝はたまわった神の賜を分かちたまえ。

そこで次のように祈りたまえ。

天と地の主、目に見えるもの見えぬものすべての造り主よ。わたしはそれに値せぬ者なれども、あなたのひとり子、われらの主イエス・キリスト、あなたの全善へと導くようあなたが遣わしたまう聖霊の御名においてあなたに祈ります。かくあれかし。
わたしはこの生に必要なる完璧な業(完徳)求める者ですが、それは大いなる闇に沈み、また人々の限りない異見に唾されてきたので、あなたの教えなしにはわたしはそこからいかなる効力をも引き出し得ません。あなたの霊のひとつをわたしに遣わしたまえ。あなたの誉れを讃え、隣人の役に立つところをわたしが知り解す徳能をわたしに授けるものを。わたしに容易な感受を授ける優しいこころを。そして使用に必要なもの以上にあなたの無尽蔵なる宝をわたしにもたらすやもしれぬ知解をわたしの心のうちに隠したまえ。わたしに恩寵を授けたまえ。あなたの賜を敬虔に畏れとともにわれらが主イエス・キリストにより聖霊とともにわたしが用い得るように。かくあれかし。

dossier『アルバテル』2

アルバテル・マギアエ
の書
第一巻、序論(エイサゴゲー)

目に見えるもの見えぬものすべての創造者の名において、その宝の玄義と秘密をわれわれにあかし、そのはかりしれぬ父性と寛大をわれわれに施したまえ。あなたはあなたの独子、われらの主イエス・キリスト、諸霊の宰領者を通じてわれわれに秘密の諸霊をあかされ、それを『アルバテル』の書としてともに著された。かくして人に知らしめられたこの大いなる秘密は神なしには用いるに躓くもの。かくあれかし。



七つの警句第一
警句一
秘密を知らんとする者は秘密がいかに秘匿されているか、啓示がいかにそれをあかすか、そして封印されたものがいかに封じられているかを知らねばならない。聖なることがらを犬に与えたり、真珠を豚に投げたりしてはならない*。この鉄則をよく守り、秘密の知解のために汝の心眼をよく開き、汝の魂に欲するところがあかされるのを聞き届けよ。汝は人の魂が欲し得るかぎりのもの、自然の内で(汝の本性に)汝に従う神の天使たち霊たちを獲得することとなろう。
[*マタイ7.6]

警句二
いかなるものも神の名において召喚せよ。独子を介した神への祈りなしにはなにを識ることも成すこともできない。汝に与えられ汝の裁量に任された霊を恐れず驕らずにもちいるとともに、神の使いたる聖霊に敬意を払いたまえ。汝の残された生を神の名誉にかけて汝と汝の隣人のため平静に成就せよ。

警句三
汝自身とムーセス(ムーサイ)のために生き、さまざまな友情にも時を惜しみ、すべての富を贈与し、誘いには気を配りたまえ。決して神のことばを汝の口にのぼせてはならない。

警句四
よき警告には従いたまえ。いかなる遅延をも避け、汝の言うこと成すことを厳格に一貫するようにこころがけよ。神のことばにより誘惑者の誘惑に抗し、俗塵を避け、天上を探れ。自らの思慮に頼らず、聖書の章句に従い、すべてを神の観照に恃みたまえ。「成すことを知らぬときにはわれわれの目を神へと挙げ、あなたの援けを期待する」。そこにこそ人の最後の隠れ所があり、そこにこそ神の援けが光り輝いてある、とはフィロンの言うところ。

警句五
「汝の主たる神をこころから愛し、全身全霊を賭けて汝のごとくに汝の隣人を愛せよ*」。神は自らの眼のごとくに汝を護りたまい、いかなる悪からも解放し、すべての善を授けたまうであろう。もはや汝の魂がなにも欲することのないほどに。もはや将来すべきもののないほどに汝のからだと魂に健常が注ぎ集まるように。
[cfr.ルカ10.27]

警句六
汝の学ぶところはすべて何度も繰り返し、汝のこころに刻みつけるように。多くをではなく何度も学びたまえ。人の魂はすべての存在たることはできぬし、それらを再生せしめる神性たることもできぬのだから。それほど困難なことは他に何もなく、ここに言う多性のうちに存する(そのように増殖する)ことはできないのであるから。

警句七
「迫害の時にはわれを召喚せよ、されば汝を聞き届けよう。われを称えよ*」と主は言いたまうた。無知というものはいかなるものであれ魂への迫害なのです。それゆえ汝の無知において神を召喚したまえ、そうすれば汝は聞き届けられるだろう。汝よ、神を称えることを忘れてはならない。詩篇作者は次のように言っているだから。「主よ、われらのためならず、あなたの名に栄光を帰すために**」。
[*詩篇49.15 [50.15]:「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」。]
[**詩篇113.9 [115.1]:「主よ、栄光をわれらにではなく、われらにではなく、あなたのいつくしみと、まこととのゆえに、ただ、み名にのみ帰してください」。]

126.『アルバテル』

アリストテレスの『デ・アニマ』との対比が済んでいませんが、ここでひと息つきつつ、惑星魔術の書をひとつ読んでみることにしましょう。

***

アルバテルArbatel de Magia veterum, Basilea 1575 (ed.P.Perna)
至高なる叡智の研究
すべてを神に聴き、神が忠言せぬところは識らず、語らず、成さぬように。
バーゼル
1575


アルバテル
魔術について
あるいは
古の
神の偉大なる民の
異教の(魔術師)博士の
神の栄光と
人類愛を明かす
霊知

まずはじめに邪なる魔術師や神の賜を蔑する者に対抗して、そのすべての益と歓びを真に敬虔に神の被造物への愛となし、神の恩寵のはたらきを自らおよび隣人の善と益に役立てる者のために、闇より光を生む。


本書は九巻、七の七倍の警句(アフォリズム)より成る。
第一は〈序論(エイサゴゲー)〉と呼ばれ、あるいは魔術の教えの書、あるいは(希語・ティス・プネウマティケース、霊的なるもの?)、この業のすべてを完璧に知解する概括的な四十九の警句。
第二は〈小宇宙魔術(ミクロコスマ・マギア)〉である。この〈小宇宙〉の霊的叡智はその〈霊〉に、また魔術的精霊(ゲニオス)が委ねられたその生誕日に依存することおよびその様相。
第三は〈オリンピカ・マギア〉。オリンポスの諸霊がいかに働き、いかに人がそれを受けるかについて。
第四は〈ヘシオドスおよびホメロスのマギア〉。ここでは、人に敵することのないカコダイモンと呼ばれる諸霊のはたらきが教示される。
第五は〈ローマのあるいは巫言(シビッラ)のマギ〉。そのはたらきは諸霊および主の管掌により地上のすべてに配分される。これがValde insignis Magia(いとも著しい魔術)であり、ここでドルイドの教えにも言及される。
第六は〈ピタゴラスのマギア〉。これは諸霊とともに大いにはたらき、ここから自然学、医学、数学、錬金術等々の技芸(業)が与えられる。
第七は〈アポロニウス等々のマギア〉でこれはローマおよび小宇宙(のマギア)と連結している。これは特に人に敵する諸霊に対して権能がある。
第八は〈ヘルメティカ〉でエジプトのものであり、それほど神的マギアとは呼び得ないものである。これは神殿に棲むあらゆる類の神々を産生するものである。
第九の〈叡智(サピエンチア)〉はただ神のことばに由来するものであり、これはまた〈預言的(プロフェティカ)マギア〉と称する。
Categories
Archives
livedoor プロフィール

yoohashi4

六年目、ということでまたプロフィル欄を更新しようと思ったのですが、もうその欄に触れられなくなってしまっていました。 さて、これからどこへ行くのか。 あと探しものといえば、Sanioris Medicinae。
ギャラリー
  • ピカトリクスとヒュプネロートマキア
  • 『ヒュプネロートマキア』その後
  • エジプトマニア
  • 『ヒュプネロートマキア』到着
  • プレトンとベッサリオン...
  • アガンベン『ホモ・サチェル』全編刊行記念講演会
Amazonライブリンク
ピタゴラス派−オルフィックのロゴスへ... 2012年9月、デザインを変えることで、やっと旧メアドを削除できた。
  • ライブドアブログ