Recital of Salaman and Absal, in Henry Corbin, Avicenna and the Visionary Recital, tr.eng. W. R. Trask, New York 1960.
〔ナシーラディン・トゥーシーによる要約〕
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「ものがたり
サラーマーンとアブサールは母を同じくする義兄弟だった。アブサールの方が若く、彼は母に育てられた。成長とともに彼はいよいよ美しくなり、また知的になった。彼は文芸および知識(学知)に秀で、純潔で勇敢だった。そんな折、サラーマーンの妻が熱烈に彼を愛することとなった。彼女はサラーマーンに言った。「彼にもっと頻繁にあなたの家族を訪ねるように言ってください。そうすればあなたの子供たちは彼からいろいろ学ぶことができるでしょう」。そこでサラーマーンは彼にそのように誘ったが、アブサールは婦女と交わることを絶対的に拒んだ。そこでサラーマーンは言った。「君にとってわたしの妻は母親の類だろう」。こう説得されてアブサールは兄の家を訪れた。
若い妻は彼を熱烈に見詰めた。後に彼女は密かに彼に自分の気持ちを伝えた。アブサールは困った様子をみせ、彼女は彼が期待に答えてくれはしなさそうだと感じた。そこで彼女はサラーマーンに言った。「あなたの弟をわたしの妹と結婚させましょう」。サラーマーンは彼に彼女の妹を妻として与えることとした。そうこうするうち、サラーマーンの妻は妹に言った。「わたしがあなたをアブサールと結婚させるのはなにも彼をあなただけのものにするためではない。つまりわたしは彼をあなたと共有したいのです」。そしてついに、彼女はアブサールに言った。「わたしの妹はたいへん慎ましい娘です。日中は彼女のもとへ行かないでください。あなたに慣れるまで彼女と口を利かないでください」。婚姻の夜、サラーマーンの妻は妹の床に潜り込み、そこにアブサールがやって来た。彼女はもはや自分自身を抑え切れず、自らの胸をアブサールに押しつけた。アブサールは疑念を抱いて自問した。「慎ましい娘がこのような振る舞いに出るだろうか」。その時、諸天は濃い雲に覆われた。そこから閃光が煌めき、その光が女の顔を照らした。アブサールは彼女を激しく押しのけ、部屋を去り、逃げ出した。
彼はサラーマーンに言った。「わたしはあなたのためにすべての土地を征服したい。わたしにはその力があるから」。そこで彼は軍隊を率い、幾つもの民と戦い、非難を受けることもなく、陸と海を彼の兄のために征服していった。アレクサンドロスより遥か昔、彼は大地のすべての主となった。彼が郷里に戻ると、かの女はもはや彼のことなど忘れているだろうと思ったのだが、彼女は昔の熱情をとり戻し、彼を抱擁しようとした。しかし彼はこれを拒み、彼女を押し戻した。
敵軍があらわれ、これに対してサラーマーンはアブサールとその軍隊を派遣した。するとサラーマーンの妻は軍隊の指揮官たちに、アブサールを戦場に放置するようにと言って大金を分け与えた。そして彼らはそのようになした。敵軍は彼を打ち負かし、彼を傷つけた後、彼が死んだものとみてその血の海の中に放置した。ここに子を養う野生の獣が来て、その涙から彼に乳を与えた。こうして彼は完全に治癒するまで糧を与えられることとなる。そこで彼はサラーマーンを探すと、兄は敵軍に攻囲され、弟の死を嘆いているところだった。アブサールは兄を見つけると、武器庫から武具を取り、敵軍に襲いかかった。彼は敵軍を引きずり出し、その御方を捕虜にした。そして彼の兄を王に挙げた。
サラーマーンの妻は調理人と執事を呼び立て、両者に大金を渡し、アブサールに毒飲料を出させ、これを飲んだ彼は死んだ。彼は血筋ただしい忠実な友で、砂漠で行動する技量にも優れていた。彼の死を兄はたいへん悼み、王位を棄てて同盟者の一人にこれを譲った。そして隠遁生活に入り、主との対話に勤しんだ。主は彼に何が起こったか真実を発いた。サラーマーンは彼の妻、調理人、執事に彼らがアブサールに与えた毒飲料を飲ませ、三人は死んだ。」