日々是好日−つれづれよっぽブログ

ご訪問ありがとうございます。生活、社会、ひと…をさまざまな角度から綴るblogです。 日々是好日―いつも、きょうが一番よき日である、と信じ、感謝して生きる…茶道の師範だった亡き祖母が教えてくれたことばから命名しました! 「よっぽ」は、イタリアのおしゃれなねずみ“トッポ・ジージョ”からとった僕の幼い頃からの愛称です。※コメント、TB大歓迎!(但し、記事と全く無関係なコメント、TBは予告なく削除させていただきます)

旨みぎゅっとトッピングトマト

tomatoカゴメの「旨味ぎゅっと トッピングトマト」という商品のキャンペーンに応募していたところ、当選し、きょう、事務局から、当該商品を受け取りました。
サラダやスープ、パスタに振りかける、ドライトマト風の調味料ですね。
袋を開け、ちょっと味見をしてみたところ、かなりブラックペッパーとガーリックの風味を強く感じました。a1380_000020

僕は、野菜サラダにトッピングが一番オーソドックスな「ふりトマ」メニューかな、と思いますが、母は、パスタに混ぜ込んでも美味しそうね、と言っていました。




パッケージの裏に書いてあるように、たまごスープの仕上げに加えるのもいいですね。洋風になります。
料理の一助になるでしょう。



日頃、余りくじ運がなく、プレゼント当選の経験も少ないわが家ですが、この数年で、何回か、入浴剤や図書カード等、他の物も当たりました。
応募しないことには始まりませんので、最近、ネット上の懸賞で、良さそうなものは、エントリーしてみることにしています。

放送大学「障がいとリハビリテーション」聴講

放送大学の専門科目「障がいのある生活を支援する」(’13年度新開講)を自宅のCATVを通じて、4月から聴講している。録画してあった第五回「障がいとリハビリテーション」を、今日は視聴した。
2009年度にも同種の講座を聞いたのだが、法律やサービスがかなり変化したので内容と講師が一新され、新しく科目が開設されたようだ。phototext

















障がいのある生活を支援する (放送大学教材)

一般的に、リハビリテーションというと、身体機能の損傷からの回復訓練がイメージされやすいが、リハビリテーションの本質は、機能回復訓練といった側面のみならず、プロセス全体を通じた「人間としての権利の回復」にあること、そして、リハビリテーションの4側面(医学、社会、教育、職業)が有機的に連携して、総合的に障がい者本人にアプローチする現代のリハビリテーション実践の重要性が実例を交えて強調されていた。

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幼少期から青年期にかけ、病院や施設で、理学療法士らによる歩行や日常生活動作に関わるリハビリテーション(訓練)を受けて育ってきた自分には、訓練の先生=「自分に痛いことをする人、苦しめる人」のイメージが依然強い。小児と成人、また障害の発生時期(先天的及び幼少期or中途受傷)や内容によっても、リハの展開は自ずと異なるし、その過程における障がい当事者自身による「障害」の受け止め(=心理的側面)への言及が全くなかったのは、何故か。この点に少し疑問が残った。

リハビリテーションのプロセスには、例えば理学療法士など専門職と、障がい当事者の適切なパートナーシップをどう築くのか、という課題がある。
アメリカの「自立生活運動」や、反差別の当事者運動等の歴史的成果と影響もあり、障がい当事者には専門職による介入に対する反発も根強いのである。
授業の最後に、ご担当の朝日雅也講師(埼玉県立大学教授)が言及された障がい当事者の参画とその課題について、もっと掘り下げて欲しかったが、45分の放送授業の中では限界もあることだろうと思う。

このごろ

ゴールデンウィークも瞬く間に過ぎ、国内外の情勢も何かとあわただしい展開を見せるこのごろです。
例年ならとっくに初夏の陽気という頃ですが、今年はなかなか天候が定まらず、一日の寒暖差が大きく、大変体に堪えます。

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従弟の来訪

4月29日、神戸に住む従弟が遊びに来てくれました。IT談義に花が咲き、スマホやタブレットのことなど、彼にいろいろ教わりました。GREY GOOSEという、その美味しさに彼が出会って感激したという、わが家には、初めてのフランス産のウォッカをお土産に持ってきてくれて、夕食を囲みました。
オレンジテイストのそのウォッカは、アルコール度数40度で、トニックウォーターで割って飲みました。非常に口当たりや飲み越しがよく、小さなグラスに2杯飲みました。

アルコールは、亡き父譲りで余り飲めない体質で、現在は、肝臓のケアが求められる状態で、ふだんは「禁酒」なのですが、お酒ということをほとんど意識せず、美味しく飲みました。



もう一つの彼のお土産は、フルーツたっぷりのロールケーキでした。
僕は、今流行の、中心にクリームオンリーのロールケーキより、フルーツなどが挟み込んであるものの方が好みです。

IMG_20130429_143643ウォッカもロールケーキもすごく美味しかった。どうもありがとう。












友人らとの再会
きのう、5/10は、市内近郊で仕事をしている大学時代の同窓生お二方にお目にかかるため、千里中央へ出かけました。
784389ae.jpgお一方は約10年ぶり、もうお一方は、実に28年ぶりの再会となりました。昼食とティータイムをご一緒しましたが、往事を巡る思い出話やエピソードは、尽きることを知りませんでした。心に迫る再会となったことを感謝しています。

子どもの日に

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『光明』  
「自分の中には 自分の知らない 自分がある
みんなの中には みんなの知らない みんながある
みんなえらい みんな貴い みんなみんな天の秘蔵っ子」(安積得也)


5日は「こどもの日」。
4月1日現在の15歳未満の子どもの数は、去年に比べ15万人少ない1649万人(総務省推計)で、32年連続で減少、というニュースに接しつつ、安積得也氏の冒頭の詩が頭に浮かんだ。

しょしん

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風薫る五月となりました。
ゴールデンウイークの谷間の平日です。
十連休の方もおられますか?それにしても例年の同時期に比べ、今年はずいぶん肌寒さが残りますね。きょうは暦が一ヶ月ほど遡ったくらいの、桜が咲く頃の気温だった大阪府北部でした。

photoshosinn先日、僕がかつて学んだ学校の同窓会紙が送られてきました。題は「しょしん」(写真)といいます。

十代後半の延べ三年間、学校(養護学校=現在の特別支援学校、幼稚部、小・中学部で構成)を併設した肢体不自由児施設に入所して、教育を受けながら、両足の手術を受け、リハビリ生活を送っていました。
会紙は、その学校のものです。療育センターと呼ばれた施設は、2008年に、開設以来50年で、その歴史の幕を閉じました。

過去記事:大切なもう一つの学び舎に感謝(2008年3月30日)


病院の機能は、県立のリハビリテーションセンターにその一部が移されたそうです。療育センターの建物の跡地には、同支援学校の高等部の校舎が経ち、肢体不自由児とともに、知的障がいの生徒の教育が進められています。

既に高等部の卒業生も出ているようなので、今後、同窓会は、療育センターの生活を経験した多くの同窓生と、センターの生活を共有せず、学校に通学した若い卒業生が混在することになります。余計な心配かもしれませんが、同窓会としてのアイデンティティーは果たして保てるのかな?と思っています。

同窓会紙の最新号には、病棟でお世話になった元看護師さんが思い出のメッセージを寄せておられ、懐かしく思いました。この看護師さんには、術前処置の際、医療用の先端が細いハサミとガーゼを渡され、「局部の体毛を、ある程度、自分で刈りなさい、仕上げは私がするから・・・」と言われ、自分で黙々とカットした、二度目の入院(1980年頃)の頃の記憶がよみがえりました。

センターは「病院でありながら、医師や訓練士がお父さん、保育士や看護師はお母さんやお姉さんと家庭的な雰囲気」の療育だったこと、その反面で、「家族との面会は、月に二回だけ、と制限があり、時間も短かった」・・・その悲喜こもごもに言及されており、30年以上前の当時の生活を彷彿とさせます。

今日、障がい児の療育は、外科手術等のための短い入院治療を除いては、コミュニティーベースでやるのが当然となり、隔世の感があります。荒っぽい整理をすれば、児童の入所型施設は、一部を除き養護系、非行系のものが残るだけ、となっています。

家族と隔絶された入所型施設の生活は、一般の方には想像がつきにくいと思いますが、僕が福祉や教育を考える時の原点となっています。

昨年、当時のことを交え、専門誌にエッセーを書きました。

過去記事:「水虫」からエッセイが生まれた(2012年9月3日)

この当時の生活を思い出すと、会紙の題名ではありませんが、文字通り初心に帰るような気持ちになり、少し力が湧きます。

友人のコンサート5

小西コンサート友人でシンガーソングライターの小西達也氏から、「小西達也コンサート2013−51歳の誕生日にどーしても50歳の誕生日を祝っておきたい訳有りコンサート−」の案内ハガキが届いた。

10年ぶりの自主公演だそうだ。昨年、50歳の祝いのコンサートが、自身の入院で延期になっていた。




ホームページに管理人の方が書いていた告知で、それを知り、「来年は記念のコンサートができるように、早く元気に・・・」と本人にメールを送って激励していたけれど、やっと開催できるんやね・・・。
おめでとさん

小西達也の「いちばん星みつけた」



野に咲く花を贈ります。
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買い物とリサーチャー5

d4db1264.jpg必要なものがあって、最寄りの駅の近くのビルの中にあるドラッグストア(写真)へ買い物に行きました。反対側のスーパーの方を見て、お客さん等の様子をウォッチングしていたら、買い物客に、何かのマーケティング調査をする女性に遭遇しました。ターゲットに一声かけたら、さっそくお礼の品(ラップのような品)を目の前において畳み掛けるように質問していました。聞き取ったことは、自分の手元の、ペン入力が出来るタイプのスマホかタブレットに手早く入力されていました。ターゲットに断られてしまうこともありましたが、狙いは中高年だけかと思ったら、若い主婦にも声をかけており、ターゲットを探す眼は、タカのようでした・・・。女性リサーチャーのすぐそばに居た僕は、視線を合わせぬようにしていました。インタビューされることはありませんでした。

69b4b0cd.jpgもう一枚の写真は、途中に咲いていた白いツツジです。
先週は、たしかまだつぼみが多かった気がしましたが、よく咲いています。
花を摘み、そのガクの部分をとり、花の甘い蜜を吸ったのも、かなり昔の記憶です。
モチツツジといって、ガクの部分がベタベタする種類が、蜜が多いのですが、写真のツツジは違う種類かな

さくらんぼいちご

さくらんぼいちごめずらしい銘柄のいちごをいただきました。
「さくらんぼいちご」(別名:アスカルビー)というそうです。徳島県の生産者が栽培されている品物らしいのです。

イチゴ栽培のトータルサポート 有)ミカモフレテック

大変ジューシーで、光沢がよく、ほどよい酸味がある、苺らしいイチゴです。

美味しくいただきました。ごちそうさまです。

こいつな、歩かれへんのや。

きょうは、亡き父の命日です。
父が亡くなってから28年になります。

生きていたら11月の誕生日で80歳でした。
あと2年弱で、自分が父の亡くなった年齢(52歳)に達します。

父の臨終は早朝。時間は忘れました。
母からの、父の死の一報は、当時住んでいた大学の寮の、廊下側の小さな赤い公衆電話からでした。

叔父(母の末弟)が高速を飛ばして、大阪から愛知まで来てくれて、入寮したばかりの同室の後輩が、足を捻挫したというのも、とりあえず放っておいて、叔父の運転する車で、当日の昼前には寮を出発し、数時間で自宅へ到着し、白装束になった父の亡骸と対面したことを思い出します。

車で駆けつけてくれた叔父も、この二月に亡くなったことを思うと、様々な思い出が改めて交錯します。

小学生の頃、家族で京都のあるお寺に出かけた時のことを思い出しました。
1975(昭和50)年頃だったでしょうか。

僕は、当時松葉杖で辛うじて歩いていましたが、道のデコボコのところを歩くのも危なく、足も大変疲れたので、父の背に負ぶさっていました。
身長は120センチぐらい、体重は20kg台後半の小学校6年生でした。
小柄な父が、僕を引きずるようにおんぶして歩いていたところ、傍を通りかかった老婦人が、われわれ親子を見て、声をかけてこられました。

「まあ、坊や、こんな大きな体をしてお父さんにおんぶしてもらって・・・!お父さんにいつまでも甘えていないで、降りて自分で歩きなさい!」と、老婦人。父の背の僕を叱責されました。

「オバちゃん、こいつな、歩かれへんのや。足が不自由なんでな・・・でも、普段は杖ついて、歩きよるんやで。」と父。

老婦人は、その場で、「あっ!」という表情で、手で口を押さえて立ち尽くされ、「まあ、知らなかったわ、ごめんなさいね、元気な坊やだとばかり思ったものですから・・・頑張ってくださいね」といって去って行かれました。

「お父さん、オバちゃんに叱られたで・・・何が頑張れや!。お寺の見学は、もう構わへんから、ここで下ろして。」と僕。

「お前は黙ってお父さんの背中におったらええんや。気にせんでええ。」と父。

その後、父は一言もしゃべらず、また歩いて行ってくれました。
黙して語らなかった父ですが、今、その心情を思えば、僕はやはり涙が出るのです。


photo山桜


写真は、頂いたおそらく山桜です。ソメイヨシノが満開の日に父は逝きました。
桜つながりで、偶然、やさしいお気持ちを頂戴致しました。本当にありがとうございます。

アン・ドゥ・トロア−キャンディーズの豪華公式記録本が出版

往年の女性3人組アイドルグループ「キャンディーズ」の公式記録書籍が刊行されることになったそうです。 今年(2013年)9月1日は、デビュー40周年だそうで、これを記念した出版(通信販売)だそうです。 「普通の女の子に戻りたい」と宣言し、グループを解散したのは、1978(昭和53)年。 解散から35年が経過します。 ということは、グループとしての活動期間は4年余り、案外短かったんだなーと改めて思います。 一世を風靡して、1970年代を彗星のように駆け抜けたキャンディーズですが、一定の年齢以上の人々に、今も深い印象を残しているグループでもあります。 以前「年下の男の子」(1975年)という楽曲が、グループ名は忘れてしまいましたが、あるガールズバンドによってカヴァーされていることも知りました。 ゼミの学生に教わりました。 良い楽曲は世代を越えて歌い継がれて行きます。 スーちゃんも今は亡くなり、ミキさんは芸能界を退いています。 過去記事:喜びと悲しみを分け合う−故田中好子さんの遺した言葉(2012年4月21日) 現在も活躍しているのは、ランちゃん(女優の伊藤蘭さん)だけですね。 グループの再結成が何回か構想されたことがある、と芸能記事を読んだこともあります。 しかし、それはとうとうかなうことはありませんでした・・・。 今回の刊行がファンの方々や、関係の方々をはじめ、たくさんの方々の記念碑的なものとなることを願っています。
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