日々是好日−つれづれよっぽブログ

ご訪問ありがとうございます。 日々是好日―いつも、きょうが一番よき日である、と信じ、感謝して生きる…茶道の師範だった亡き祖母が教えてくれたことばから命名しました!2021年3月に、開設15周年を迎えました。 「よっぽ」は、イタリアのおしゃれなねずみ“トッポ・ジージョ”からとった僕の幼い頃からの愛称です。只今、月に複数回程度の更新頻度となっています。※コメント大歓迎!(但し、記事と全く無関係なコメントは、予告なく削除させていただきます)

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通院先の医療ビルの玄関に飾ってあったポインセチアが美しかったので、写真を撮りました。
あざやかなクリスマスカラーに元気をもらえたような気がしました。
花弁が布のように見えたので、最初、造花なのだろうか、と思いましたが、生花でした。

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12月2日、誕生日を迎えました。
還暦+1です。
今年の誕生日も、昨年に引き続き、寿司が食べたかったので、この日、昼過ぎに生協のこはいが届くのを待ってから外出し、駅前のマーケットに行って買って来ました。
当日は寒かったのに、外出できたので、まあまあな体調だったかなと喜んでいます。

ブログを通じ、皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました😊

新幹線ワゴン販売営業終了

(写真・記事引用 朝日新聞 2023年10月31日 夕刊7面 大阪4版)

10月31日、きょうで新幹線のワゴン販売が営業終了するそうです。これは便利だったのに、販売終了とは残念です。
障がいがあれば、乗車前に弁当や飲み物などを調達してから乗りこむのは、特に一人の場合には大変なことです。
小学生の頃、学校の夏と冬の休みに、当時住んでいた東京と神戸の母方の祖父母宅を往復するのに、東海道新幹線を利用しました。
1970年代前半、まだ新神戸駅はなかった頃で、新大阪で下車して、タクシーで六甲の祖父母宅まで行きました。
祖父がタクシー料金を出してくれたのです。
幕の内弁当と、プラスチック製容器に入った、熱い煎茶、そして食後に不二家ネクターの白桃を買ってもらうのが定番でした。

大人になってからは、今から20年ほど前までは、研究や講演など仕事で、名古屋へ行ったり上京したりといった機会がありましたが、車いす利用者らが予約する11号車は、スペースの関係で通常の客車の通路とは別にあり、ドアも閉まるので、車内販売の人には、わざわざドアを開けて声を掛けないと、気づかれず、利用できないのが残念でした。

熱いカップコーヒーと、有名な「スゴイカタイアイス」(スジャータ)は、溶かすのが大変でしたが美味しかったですね。 思い出をありがとうございました😊

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障害者差別解消法についての政府広報(内閣府)が新聞(朝日新聞 2023年10月28日)に載っていました(写真)。
皆さんで、考え合いたいですね。

障害のある人が社会生活の中で 困っていたら、 企業や店舗等で その要望に応じ、 話し合った上で 対応策を考え実行する合理的配慮の提供が2024(令和6)年4月1日から義務化されます。

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びっくりした。 もんたさんは、先日、NHKの『うたコン』という番組で、元気に歌っているのを見聞きしたばかり。 72歳になっていたのを驚きはしたが、まだまだパワフルで、声も出ていたよ。
突然だったんだね。

もんたよしのりさん死去
「ダンシング・オールナイト」などのヒット曲で知られる歌手のもんたよしのり(本名門田頼命〈かどた・よしのり〉)さんが18日、大動脈解離で死去した。72歳だった。 葬儀は親族で営んだ。後日、お別れの会を開く予定。兵庫県出身。1971年にソロデビュー後、80年に「もんた&ブラザーズ」として発表した「ダンシング・オールナイト」が160万枚超のヒットを記録し、一世を風靡(ふうび)した。西城秀樹さんに楽曲提供した「ギャランドゥ」や、大橋純子さんとのデュエット曲「夏女ソニア」などもヒット。 自身が初主演した映画「愛しき日々よ」(85年)などの映画音楽も手がけた。
(記事・紙面引用:朝日新聞 2023年10月23日 大阪14版 社会26面)

9月29日、NHK連続テレビ小説『らんまん』も最終回を迎えました。
野に咲く草花が好きで、植物学に生涯を賭した槙野万太郎(演:神木隆之介)と彼を支えた妻、寿恵子(演:浜辺美波)の冒険の物語も終わり、素敵な余韻を残し、まさに「らんまんじゃ!」な最終回だったので、寂しい感じがしました。
万太郎が仙台で見つけた新種の笹に奥さんの名を冠した「スエコザサ」のエピソードは、物語のモデルとなった牧野富太郎博士の伝記を扱った小学生向け学習まんがを、50年以上前に読んでいたので、記憶にありました。
学研の学年別雑誌『◯年の学習』の付録冊子に、当時、偉人の伝記のまんがを描いておられたのは、『はだしのゲン』の作者、故・中沢啓治さんだったのです。
物語では旧帝大の「植物学教室」の描写を通じ、日本の植物学の勃興と、当時の学問の息吹にも接することができました。
万太郎は、最初に植物学雑誌を刊行したとき、新種の植物の発見と命名の導きを受けた田辺教授(演:要潤)との共著にせず、巻末に謝辞の一文も残さなかったため、教授の逆鱗に触れていました。
勿論、教授の槙野への嫉妬や羨望の為せる業とも云えるでしょうが、同時に、主任教授を頂点とした前近代的なヒエラルキーは、アカハラやパワハラを生む温床ではないのか、と考えたりしました。
それでも、槙野の並外れた植物への情熱と、夢をあきらめない突破力が、学問への道をきり開いてきたのだ、ということがよくわかり刺激を受けました。
とても楽しい『らんまん』でした。ありがとうございました。


今週は、8月の通院weekです。 21日(月)は眼科、そして23日(水)は、内科通院でした。 酷暑が続く中、午前中ならばいくぶん気温が低く、いくらか通院も楽なのでは、と、いずれも朝一番の受診となりました。 眼科では、左の目の裸眼視力が、0.15しか出ず、2年ほど前に、緑内障治療を始めた頃のようになっていて心配しましたが、レンズを入れたら1.2まで見えたから、大丈夫とのことでした。 しかし、目の疲れには、注意しなければなりません。 内科受診では、先月の血液検査の結果から、肝機能障害の程度を示す検査の値が、だいぶ落ち着いて来たので、いったん肝臓の薬の内服を休んで、様子をみようかと主治医に言われました。 10年以上肝臓の投薬治療を受けてきて、休薬して良い、と言われる日が来るなんて、思っても見なかったので、うれしく感じました。 肝機能障害は、実は17年前に大学の仕事をご辞退するきっかけの一つとなった病気でした。 心身両面にわたる疲労があり、これ以上仕事を続けることは無理だ、と当時の主治医の助言もあり、決断したものです。 血圧や、コレステロールの薬は続けますが、薬の種類が二つ減るだけでも、負担感が少なくなります。半年後に、血液検査をして、再び肝臓の値が悪化するようなら、その時には、また薬の再開を考えよう、ということになりました。 薬が減ったからといって、油断せず必要なセルフケアは続けて行きます。

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8月10日、吉本新喜劇の重鎮、桑原和男さんが亡くなりました。
桑原和男さん

(桑原和男さん写真引用:吉本新喜劇座員紹介、タレント検索リンク)

しばらく新喜劇の舞台でお見かけしませんでした。
桑原の和子おばあちゃんのはずなのに、新喜劇の女優相手に、「今、ワシはオッサンや!ワシの女になれ!」と豹変する、今はもう、アカンやろ!と思うセクハラ、パワハラまがいのギャグで笑ってしまいました。
新喜劇のギャグから、チビ、デブ、ハゲ、ブサイクなどを除いたら、何にも残らないご時世で、コンプライアンスに考慮した舞台は、大人しくなりすぎて、あんまり笑えなくなりました。
桑原さんのギャグ、本当に面白かったです。
長いこと、お疲れ様でした。
桑原和男さん訃報

(記事引用:朝日新聞 2023年8月11日大阪14版26面)

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NHK総合、6月2日放送(6日再放送)の『ファミリーヒストリー』録画視聴しました。
南野陽子さんの御家族のルーツに感銘を受けました。
陽子さんのアイドル時代からの愛称“ナンノ”は、愛称ではなく元々の姓であったことが分かりました。

陽子さんのお父上、英夫さんが、苦学の末、大学の夜間を卒業されたあと、かつて勤務され、技術者として60年以上前に香料の噴霧器を開発された兵庫県の香料会社が紹介されました。

その会社は、実はうちの母が、栄養専門学校卒業後、結婚前に一年間だけ就職していた会社で、南野さんのことも存じ上げていたそうです。1961(昭和36)年、母が22歳頃のことだそうです。


南野さんは、うちの母より3歳ほど年長でいらっしゃいましたが、テレビで紹介された若き日の南野さんの写真を拝見して、母は、「ナンノくん!」と懐かしがっておりました。
ナンノくんは、現在の言葉でいう、イケメンだったそうで、よくモテたのよ、とのことです。

ナンノくんの娘さんが、南野陽子さんであることは、母は当初知らず、かつて一緒に働いていた会社の先輩女性との以前の対話から知ったそうで、とても驚いていました。

南野陽子さんのご両親様は、すでに亡くなっておられます。

陽子さんは、顔立ちが、お母さんによく似ているだけでなく、親御さん双方の祖父母様やご両親様の開拓者精神や、ガッツのある気質をよく引き継がれているんだな、と感じられました。

これからも頑張って下さいね!

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(画像引用:NHKオンラインより)

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(記事紙面引用:朝日新聞 2023年6月3日付 大阪14版 社会 35面)

上岡龍太郎さん、『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)の初代局長だったね。
番組は今も見ているけれど、局長も、上岡さんから西田敏行さん、現在の松本人志さん(ダウンタウン)へと変わり、探偵もまた、何人か変わり若返ったし、依頼も便利屋的なものや予定調和的なものが増え、テイストがずいぶん変わったな。

上岡さんは歯に衣着せぬ発言をする人だった。
芸人界のリタイアも氏の美学を貫いて、潔かったように記憶している。

上岡さんの甥っ子兄弟、漫才の『ミキ』の二人もがんばっていますよ。

上岡さん、安らかに。

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