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萩の月
写真は、仙台の銘菓「萩の月」(菓匠三全)です。
仙台市内に住む従弟のゆうちゃん家から、先日いただきました。

母が、甥っ子の2歳半になる娘のおひなまつりに間に合うように、と、ちょっとした贈り物をしたのですが、そのお返しに、と気づかってくれて、「仙台のお菓子を食べてみてください」とわざわざ送ってくれたのが、カスタードクリームをカステラで包んだ仙台人気スイーツのこの御菓子でした。
ご当地では、少しレンジで温めて食べる人もいるそうで、実際にわが家でもそのようにしていただいたところ、普通にいただくのとはまた違った乙な味がして、とても美味しかったです。

このように楽しませてもらっていたところ、3月11日に「東北関東(東日本)大地震」が発生しました。

既に触れたように、仙台市内に住むゆうちゃん一家は皆無事でした。
当初は連絡がとれず、彼の両親である大阪の叔父(母の弟)夫婦も、わが家も、大変心配しましたが、やがて連絡がとれ、本人もfacebookのウォール上に無事である、とのメッセージをアップしてくれたので、それでようやく胸を撫で下ろした次第です。

この間、伝えてもらった経緯によれば、地震発生当時、ゆうちゃんは仕事で新潟に出張中、仙台の自宅に奥さんと幼子が残されていました。どんなにか怖かったことでしょう。幸いにもご近所との連携で避難ができ、避難所生活を余儀なくされる中で、仙台へ戻った従弟とも合流ができ、ひとまず安心ができたそうです。

従弟夫妻は、秋に第二子が誕生予定で、奥さんは身重なので、彼女と娘だけ、とりあえずしばらくの間、実家がある大阪へ帰し、従弟は一人仙台で自宅の片付けと、お世話になっている地域の復興のために頑張るよ、と先日メールが届きました。
わが家からは、ともかく頑張って・・・、と応援することしかできません。

発生から二週間、このたびの大地震は、日本全土に様々なことを投げかけています。未曾有の大災害は、被災地域以外の者にも、地震津波の怖ろしさをまざまざと心に刻ませました。

繰り返しになるかもわかりませんが、たくさんの方がたの犠牲と避難生活の苦しみ、家、家族、仕事、肉親や友人知人を一度に失った方がたの塗炭の苦しみを思うとき、本当に胸がつぶれる思いです。

また今回の災害の特質は、例えば「阪神・淡路」等と比べて、原発禍が加わり、東北関東圏では葉もの野菜や水道(飲料)水などにじわじわと放射能汚染が忍び寄ってきていることです。
これも、全国的な、大きな不安要素の一つです(政府の対応や、電力企業の姿勢、情報統制の事など、疑問に思うこと満載でもあります)。

ふだん気丈夫な母は、連日のテレビ報道に接しては、涙を流しています。
余りに過剰に情報に接しては、心のバランスが崩れたり、トラウマになったりすることもありますので、意識的に番組を他のバラエティーや歌の番組に切り替えたり、テレビを消してラジオだけにしたり、と工夫が必要でした。
わが家は、親子二人ですが、できるだけ楽しい、アホな会話も心がけています。

今回の大地震では、被災地に親戚、家族、友人、知人が居る人、かの地に所縁がある人と、さしあたり関わる人が居ない人との間では、事実の受け止めに温度差があるように思います。

こころのケアということでは、今回は直接被災していない場合、身内や友人知人の安否や状況がわかったら、とりあえず必要以上の情報に接しない、ということも大事なことなのです。
「不特定多数」の方がたの悲嘆に心を砕き、支援の行動をとることは、素晴らしいことですが、それぞれの生活ということを考えた時、限界があります。
過度な自粛ムードや、直接被災していない人たちが日常生活を送ることに対し、(被災地の方がたに)申し訳がないと思ってしまったり、あるいは第三者が「不謹慎」のレッテルを貼り、糾弾したりすることは、もうそろそろ終わりにしなければならないのではないだろうか、と思います。

“思いやり”には想像力と共感力、また知性と理性も必要とされ、とても難しいところです。

お菓子の話しに戻りますが、「萩の月」を製造している菓匠三全さんも、今回の地震で大きな被害を受けられましたが、一部操業を再開され、さっそく各避難所にお菓子を届けておられるそうです。初めて知りましたが、とても美味しいお菓子でした。
ぜひ復興にがんばっていただきたい、と遠くの地から声援を送らせていただきます。