<やまゆりの園生(そのふ)の闇に振るわれし 刃はわれの心をも刺す>(有沢螢)

2019年7月25日の「天声人語」(朝日新聞)で引用・紹介されていた、手足が動かせす病床で歌を詠む元教師の歌人の一首に胸を衝かれました。重度の障がい者の入所者19名の命が奪われた障がい者施設「津久井やまゆり園」の事件から本日で3年。
事件のことを決して忘れないし、事件を風化させてはならないでしょう。

人間の生きる価値に優劣をつける「優生思想」をはじめ、障がいある者を巡る差別や偏見と、無関係とは思えない事象にこの間にもたくさん遭遇してきました。
そればかりか、最近は、いちいち実例は挙げませんが、障がいの有無を超えて、全く「人が大事にされていない」社会だと痛感せざるを得ない、多くの悲しい事件や事故に接して、気持ちがふさがるような毎日です。
僕は、「個人の尊厳」の危機だと感じています。

一方で、希望が感じられるようなこともあります。
先の参議院選挙では、れいわ新選組や無所属で、難病や重度障がいを有する議員が3名誕生し、当該の方々の議員活動を保障するための条件整備が、国会内外で進みつつあるからです。
国会での当事者議員の誕生は、憲政史上初と受け止める方もいらっしゃるでしょうが、車いすの国会議員は、実は初めてではありません。
衆参両院で議員となり、郵政相も務めた八代英太(前島英三郎)氏がおられます。
元テレビタレント・司会者として活躍していた八代さんは、有名歌手の地方公演で司会をしていて、ステージのセリから下部に転落し、脊髄を負傷して、車いすユーザーとなられました。1973年のことです。
八代さんが初めて郵政大臣に就任された時(1999年)は、座ったままで出来るラジオ体操「みんなの体操」が考案されたし、各地の郵便局で、スロープが再整備されたり、局舎のバリアフリー化が暫時進んだので、車いすユーザーが大臣になる効果はスゴいな、と思ったものでした。
障がいの当事者が政治家になったからといって、直ちに世の中が良くなる、というわけではありません。どういう政策を行うかが問われるからです。
それにしても旧態依然として100年間は進まなかった国会のバリアフリー化ですから、政治的立場は脇においても、八代氏のご苦労がしのばれます。

今度の新議員の誕生にあたり、公用車に福祉車両を導入するという報道もありました。市民のレベルでの社会活動や移動のバリアフリーは遅々としてすすまないのに、国会議員を迎えるためだったら、予算も含めて「やれば出来る」のか、と複雑な思いを抱きつつです。
難病や障がい者議員の登場でも、僕は、単に「利益代表」のような政策は望んでいません。総合的な視野をもった政策提言を、御本人の立場から行ってほしい。「人を大事にする」社会づくりを、皆さんと共有し、希望のよすがとしていきたい。