日々是好日−つれづれよっぽブログ

ご訪問ありがとうございます。 日々是好日―いつも、きょうが一番よき日である、と信じ、感謝して生きる…茶道の師範だった亡き祖母が教えてくれたことばから命名しました!2016年3月、開設10周年を迎えたブログです。 「よっぽ」は、イタリアのおしゃれなねずみ“トッポ・ジージョ”からとった僕の幼い頃からの愛称です。只今、月に複数回程度の更新頻度となっています。※コメント大歓迎!(但し、記事と全く無関係なコメントは、予告なく削除させていただきます)

「ことば」から

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いいこと書いてあった。

人間は弱い。
だから弱さをさらけだせる人は最強です。
自分の弱さに気付いてそれを強さにしてほしい。

(スポーツキャスター・松岡修造さんの言葉)
松岡修造『弱さをさらけだす勇気』(講談社、2018年)を出版。(しんぶん赤旗日曜版 2018年8月12日・19日合併号、44面、「ひと」より)

松岡修造さん


弱さをさらけだす勇気
松岡 修造
講談社
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「ねがはくは 花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ」(西行法師)

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4月5日、訃報が伝えられた詩人の大岡信さん(享年86歳、朝日新聞に1979年から途中の休載をはさみながら2007年まで計6762回連載された詩歌のコラム『折々のうた』筆者)が、ことに愛されたという句。

如月は、旧暦の二月。願うならば、二月の満月の頃に花のもとで死にたいものだ、というような訳か

僕の亡き父も、31年前(1986年)の今日、桜が満開の中で逝った。

きのう、万博公園の桜を見ながら、それを思い出した。

「お前、昨日お母さんと、万博へ桜観に行ったんか。よかったな〜。」という父の声がどこからか聴こえてくるようである。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)
大岡 信
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10月21日の新聞に、20世紀フランスを代表する詩人、ルイ・アラゴンの『フランスの起床ラッパ』のことが載っていた。
(記事引用写真は、『しんぶん赤旗』10月21日付9面「文化の話題」)

「教えるとは (共に)希望を語ること
学ぶとは 誠実を胸にきざむこと」

(ストラスブール大学の歌)

「社会」や「人間」に対する見かたや考え方に目覚めた学生時代、学生寮の先輩を含む友人たちが、大島博光訳『フランスの起床ラッパ (1980年) (新日本文庫)』を僕に贈って、輪の中に迎えてくれた。
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その中に冒頭の一節があった。
教職を目指して学んでいた僕には、心に刻まれる言葉だった。

大学の教員として、母校に赴いていた頃は、教室で机を並べる学生たちと、共に励みたいと、この言葉を念頭において取り組んできた。自分の力不足を奥歯で噛みしめるような日々だったけれど、学問が、「共に希望を語」り、「誠実を胸にきざむ」よすがになったか、今もときどき問い直している。

「2016年熊本地震」の発生から今日で一週間になります。
14日夜の「前震」、16日未明の「本震」ともどもに震度7という大きな地震に遭遇され、避難所はもとより、車中泊を余儀なくされておられる方々、現地に関わられる方々にとり、本日の雨は、それぞれの胸中に追い打ちをかける、無情の雨ではないだろうか、と、本当に胸がふさがる想いです。

十数年前に母校大学のゼミで担当した卒業生の男性が、熊本にいることを思い出し、最初の地震発生後に心配になって、友達になっているフェイスブックのメッセンジャーを通じ、「大変心配している」とメールを送信しました。

程なくして、ご本人から返信があり、「家族はみな無事。車中泊二日目です。」とありました。
とりあえず元気でいてくれて、安心はしましたが、ご家族ともども車中泊とは、さぞ大変だと思います。「エコノミークラス症候群になったら大変だから、時々車外に出て、体を動かして下さいね」「『余震』が続き、不安だと思いますが、ここは踏ん張ってくれよ」と、応援の気持ちを伝えるしか、自分にできることはありませんでした。

さて、今から10年前に、当時の毎日新聞の記事を引き、当ブログに書きました「エコノミークラス症候群、車いすの人も注意」(2006年7月12日)に、予想外のアクセス数がありました。

今回の熊本地震で、車中泊を余儀なくされておられた女性が車から降りたところ、しばらくして崩れるように倒れ、救急搬送されたが、その後、亡くなられたという報道があったからではないか、と思っています。

同記事では、エコノミークラス症候群<肺血栓塞栓(そくせん)症>について次のような解説を引用しました。
「肺血栓塞栓症は、長い時間同じ姿勢をとることで足などにできた血栓が血管を流れて、肺の動脈に詰まる病気。死に至ることもある。(中略) 発症したのは、ALS(筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症)により筋力が落ち車椅子で生活していた当時61歳の男性。04年夏、呼吸困難を訴え、同病院に救急車で搬送された。胸部CT(コンピューター断層撮影)検査で、左右の肺動脈に大量の血栓が見つかった。
すぐに血栓の治療を施し、無事に回復したという。
血栓は脱水状態になるとできやすい。木村科長(引用者ー注:医師)は「この男性は、介護者の手間を考えてトイレに行く回数を減らそうと、水分摂取を控えめにしていた。車椅子の方にはよくある傾向だが、夏には注意が必要。発症防止には、自分で足が動かない場合、周りの人に手伝ってもらって、曲げ伸ばし運動などをしてほしい」と話している。車椅子の場合、ひざの位置が尻より高いと太もも部分の血液の流れが悪くなるため、尻の下にクッションを置くとよいという。」
(引用終わり)

エコノミークラス症候群は、引用記事中では、夏の水分摂取不足がその要因の一つとして取り上げられています。春先の、気温が上がってくる今からが、心配になってくることだと思います。

僕は、医師ではないので、専門的知見を持たないのですが、発症した人の背景に、高血圧症やその他循環器疾患等の有無が大きく関わるかと推測されます。
災害による生活環境の激変が大きく影響することは、論をまたないでしょう。

避難所や車中での生活を余儀なくされておられる方々、わけても、ご高齢の方、障害をお持ちの方々が、体を動かしづらい状況におかれているであろうことが、心配でなりません。

避難所の一部に、ダンボール製ベッドが導入され、体が伸ばせる状況が作られつつあるのを、報道で知りました。
ただ、現時点で、水や食料、トイレや入浴などの生活の必需の確保に比べると、体の状況の改善は、最優先事項にはなりにくく、また、当人やご家族も、「我慢してしまう」状況がある、と考えられる時、これが一刻も早く打開されますよう、願っております。

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流汗悟道(りゅうかんごどう)・・・「額に汗して人の道を悟る」、「汗水流して一生懸命やれば、自ずと道が開ける」、「誠をつかむためには、額に汗しなければならぬ」

暑中お見舞い申し上げます。
全国的に、最高気温30℃超の厳しい暑さが続きます。
デスクトップのパソコンを置いている僕の寝室兼勉強部屋の気温は、扇風機を最強にして運転させても、10:30現在、32.6℃あります。
汗が自然に流れます。
冒頭に掲げたように「流汗悟道」という言葉がありますが、暑すぎて、とても、人の道を悟る心境にはなりません。

先日、大学勤務時代の教え子から届いた暑中見舞状に、「人間は汗を流して体温を下げ、それが大切ということを体で感じる毎日です。」とありました。
20年前、新任の頃に担任した最初のゼミ生の一人です。
彼女は、炎天下のスーパーマーケットの店先で働く日々だそうです。
よく頑張っています。
「流汗悟道」の精神に通じます。
きっと彼女もそのことが表現したかったのではないでしょうか。

Aさん、季節の便りをありがとう。
太陽の照りつけるスーパーの玄関先での仕事は、さぞ大変なことでしょう。
人間は、確かに汗をかいて体温を下げるけれど、同時に水分やミネラルの補給も忘れず、体調をくずさないようにね。

皆さんも、水分補給などを十分になさって、熱中症などにお気をつけ下さい。

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」(出典:『愛蔵版 星の王子さま』、岩波書店、サン=テグジュペリ 作、内藤濯 訳、99頁より) 冒頭の一文は、サン=テグジュペリの代表作、『星の王子さま』の中の有名な一節です。 砂漠に不時着した飛行機のパイロットが、遠い小さな星から来た少年に出会う、不思議な物語でした。 児童文学ですが、「大人の童話」のような気がするのです。 単に視覚を頼りにする、ということではなく、物事の本質を見極める大切さを教えてくれます。 6月29日は、フランスの地方都市リヨンに生を受けたサン=テグジュペリの誕生日(1900年)にちなみ、「星の王子さまの日」とされているそうです。
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(写真は記事とは関係ありません)
クリスマスです。
イヴの夜に、恋人が居らず一人きりで過ごす人を「クリぼっち」というそうです。

テレビでこの若者造語が紹介され、ネーミングが面白かったので、笑ってしまいました。

あるレストラン予約サイトが20〜30歳代の男女約1800人を対象にした「クリスマスディナー」に関する調査では、男性70%、女性58%が「付き合っている人がいない」と回答。男女平均で、64・5%がイブに恋人がいないとみられるといいます。

クリぼっちは、このごろ増殖傾向にあるのでしょうか。

幼い頃のクリスマスが思い出されます。

クリスマスはキリスト様のお誕生日で、それを祝うお祭りだ。
家は、キリスト教ではないのだから、クリスマスは関係ないんじゃない?

というような家でした。

住んでいた東京の社宅のお友達の家にある、いくらかディスプレーが美しく施してある小さなクリスマスツリーが羨ましく、クリスマスツリーが欲しい、といったところ、母は、新聞紙を筒状に丸め、端から縦に破いて、モミの木の枝に見立て、これがツリーよ、と強弁(笑)しましたが、幼いなりに、それで納得したものです。40数年前の光景です。

医師がサンタクロースに扮し、ジングルベル等の歌にのって、「メーリークリスマス」と登場した、入院中だった施設でのクリスマス会、小学生時代、友達と思い思いのプレゼント交換をした学校のクリスマス会など、僕のクリスマスは、派手さはないが、強く記憶に残っている思い出とともにあります。

どんな人にも、素敵な思い出が重ねられますように。
一つで良いから、心に灯火がともる一日であれば、最高だと思います。

僕は、長いあいだ、クリスマスに自宅にいることは少なかったのですが、退職してからは、自宅で穏やかに過ごせています。
最近は、とりわけ隣人の方々に支えられ、温かいお気持ちをいただいているわが家です。感謝しています。

今夜は、小田和正さんの音楽番組「クリスマスの約束 2013」(毎日放送など)が放映されます。
毎年、クリスマスの特番として、この時期に放映されており、心待ちにしている番組です。
贅沢な出演者の競演が楽しみです。

「人生はチョコレートの箱、開けてみるまでわからない」

1990年代の半ばにヒットしたアカデミー賞映画『フォレスト・ガンプ〜一期一会』(米、1994年)のテーマとなった言葉です。
昨日、トム・ハンクス主演のこの映画のDVDを見ました。
これも、一軒置いてお隣のたつやさんからお借りした数点のうちの一枚です。




主人公のガンプは、知能指数75とされる障がいのボーダーライン上にある子どもで、お母さんは彼を特別な学校ではなく、一般の学校に入学させるよう、心を砕き、冒頭の言葉のように息子を励まし続けるのです。

ガンプは、子どもの頃、両足に靴型補装具を装着していましたが、いじめを逃れ、遠くへ走ることを繰り返しているうちに、走る能力に恵まれ、学生時代にはアメフトの選手として活躍したり、ベトナム戦争で功績を挙げる等、成功を収めます。とてもドラマチックな彼の半生です。
これが、バス停のベンチに座り、乗車を待つ客への、ガンプの問わず語りと回想というカタチで描かれています。

ガンプは、いじめや差別を受けながらも、自分を一人の人間として受け止めてくれる人に全幅の信頼を置き、十二分にその持つ能力を発揮して行きます。ガンプの愚直なまでの人間的魅力が人の心を打つのです。

ガンプは、ベトナム戦退役後、「平和を守る男」として北米大陸を何度も横断し、走り続けるのですが、愚直に走る、ということが、人生のテーマとして浮かんできます。
「人生は・・・、開けてみるまでわからない」とは至言でしょう。

この映画が日本で上映され、注目された当時は、僕は、大学で、初めてゼミナールを担当した頃でした。
学生といっしょに、障がいある人を扱った映画などを見て、討論してみたいな、と思っていました。
ガンプの人気を、社会におけるそれまでの障がい者観や、そうした主人公像の変化として、とらえる論評が当時多くなされていました。

卵に目鼻・・・卵に目と鼻をつけたように色白で可愛らしい顔立ちのたとえ。
ほめ言葉ですね。

亡き父は、「あいつは”卵に目鼻”っちゅう感じの姉ちゃんやった」と、ある日、外で入った喫茶店の店員の女性の対応が芳しくなかったことを言いながら、その容貌も「卵に目鼻」と形容していました。

父が言うそれは、「のっぺりした、イカしていない男女の顔立ち」という意味らしく、本来の意味とは反対で、誤用でしたね。

父の「卵に目鼻」は、彼の口癖の一つで、いつもマイナス表現に使っていたものでした。
だから、僕も、間違えて覚えていました。
それが「可愛らしい顔立ち」の形容で、ほめ言葉だと知るのは、ずっと後のことです。

僕はきょう、朝からひげそりをして、やっとサッパリ&シャキッとしました。
体がしんどくて、数日放置していたら、電動シェーバーの外刃にヒゲが引っかかるほど伸びてしまったので、ウエットシェービングとしました。やっとひげを剃るぐらいの元気は出てきて、剃ったあとは、顔がツルンとむき身タマゴのようになり、「卵に目鼻」となりました・・・違うか(笑)

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ホチキス














唐突ですが、ホッチキス(ステープラー)です。
ところで皆さんは、下の写真のような、ホッチキス(ステープラー)の芯のことを何と呼ばれますか?
「芯」?「針」?それとも「タマ」?

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facebookに「ホッチキスの芯は針ですか?僕はタマです」と書かれている方がいらっしゃって、僕もそう呼んでいたので、我が意を強くしました。

大学で働いていた頃、ゼミで配布する資料を作成し、ホッチキス(ステープラー)で綴じていたところ、途中で中身が無くなりました。
そこで、教員控室のお世話をして下さっていた事務職員の方に、「ホッチキスのタマが無くなったので、下さい」などと言っていたら、そばで聞いていたある教授が、「ほーっ、先生は、それを”タマ”言いますか?」と茶化されました。
職員の女性は、「ああ、針ですね」と言って出してくれました。

僕は、「ホッチキスの中身は、”タマ”ちゃうの?」と思いつつ、「タマはやっぱり恥ずかしいのか、それとも関西限定かなー」とずっと思っていました。関西は、割合「タマ」が多いのか、と思いましたが、そうでもないようです。塊はタマと呼ぶけれど、バラしたものは、針と呼ぶ、と区別する方もおられるようです。
ちなみに、これの正式名称は、JIS(日本工業規格)では、「つづり針」(JIS S6036)と決められているようです。

最近は、エコを考えて、針なしホッチキス(ステープラー)もいくつか発売されています。


「針」でも「タマ」でも、どちらでも良くなりますね。

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