日々是好日−つれづれよっぽブログ

ご訪問ありがとうございます。 日々是好日―いつも、きょうが一番よき日である、と信じ、感謝して生きる…茶道の師範だった亡き祖母が教えてくれたことばから命名しました!2016年3月、開設10周年を迎えたブログです。 「よっぽ」は、イタリアのおしゃれなねずみ“トッポ・ジージョ”からとった僕の幼い頃からの愛称です。只今、月に複数回程度の更新頻度となっています。※コメント大歓迎!(但し、記事と全く無関係なコメントは、予告なく削除させていただきます)

ゼミ卒業生のこと

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流汗悟道(りゅうかんごどう)・・・「額に汗して人の道を悟る」、「汗水流して一生懸命やれば、自ずと道が開ける」、「誠をつかむためには、額に汗しなければならぬ」

暑中お見舞い申し上げます。
全国的に、最高気温30℃超の厳しい暑さが続きます。
デスクトップのパソコンを置いている僕の寝室兼勉強部屋の気温は、扇風機を最強にして運転させても、10:30現在、32.6℃あります。
汗が自然に流れます。
冒頭に掲げたように「流汗悟道」という言葉がありますが、暑すぎて、とても、人の道を悟る心境にはなりません。

先日、大学勤務時代の教え子から届いた暑中見舞状に、「人間は汗を流して体温を下げ、それが大切ということを体で感じる毎日です。」とありました。
20年前、新任の頃に担任した最初のゼミ生の一人です。
彼女は、炎天下のスーパーマーケットの店先で働く日々だそうです。
よく頑張っています。
「流汗悟道」の精神に通じます。
きっと彼女もそのことが表現したかったのではないでしょうか。

Aさん、季節の便りをありがとう。
太陽の照りつけるスーパーの玄関先での仕事は、さぞ大変なことでしょう。
人間は、確かに汗をかいて体温を下げるけれど、同時に水分やミネラルの補給も忘れず、体調をくずさないようにね。

皆さんも、水分補給などを十分になさって、熱中症などにお気をつけ下さい。

昨夜は、寒く、暖房が復活。
羽毛の掛け布団の下にタオルケットを一枚増やして休んだが、毛布を仕舞ってしまったので、やはり寒くてあまり眠れなかった。
こんな寒い5月ってある・・・

朝、携帯でネットにアクセスしながらベッドにまどろんでいたら、ゼミ卒業生から電話があった。
万が一の確率でしか携帯に常時スイッチは入れていないのだけれど、彼とつながった。

この春にそれまでの仕事を辞し、充電期間中だ、とSNSに書いていたから、考えるところがあってのことだろう、と思いはしたが、心配していた。

思っていたより、電話の向こうの彼の声が元気そうで安心した。
きちんと次のステップへの地歩も固めつつあるように、受け止めた。

「充電」とは、自分の間口を広げ、引き出しを増やす休息と、勉強の期間だと思う。

どんな人でも、ひと仕事すると、仕事をしている間は、日々経験が重なるので、自らの蓄積が増し、引き出しが増えたように感じることがある。この充実感が仕事の醍醐味の一つである。

ところが、その感覚のままひた走るとき、気がつけば、研鑽を怠ったつもりはないのに、知らない間に、自分の知識や経験、人間関係力などの蓄積や奥行き、引き出しの数などが、もうまったく枯渇してしまっているか、あるいは古びて使い物にならなくなっていることに気づき、愕然とすることがある。社会人としての危機と試練である。

だから「充電」が必要となる。人生の途上でこれに気づき、収入をはじめいくつかの生活条件をクリアして、手を打てた人は幸福だ。

「先生と出会わせてもらって10年になりますね」・・・

電話の卒業生に云われ、学生だった彼が、僕のゼミに所属する前から知っていたことを思い出した。
50代に突入せんとする僕の実年齢に、彼は驚いたようすだったが、みんなと机を並べていた頃は、僕も若かったんだよ。
ちょうど10年前は、教職に脂がのり、健康状態もまずまずで、本当に楽しく活動できた。

仕事に充実感があったこの当時こそ、実は自らの「危機と試練」の時期であったことに、今さらのように気づくのだ。

車いすで教員生活を続けることは、やはり並大抵のことではなかった。
職場での身分や待遇などありていのことは、この際省くけれど、専門性で、何がしかの禄を食んでいる以上、教育内容を常にリフレッシュするため、裏づけとなる研究は、体がきつかろうと(そのため後年はかなり手抜きだったが・・・)やっていたので、それを10年以上続けたツケが、障がいの身の上に重く負担としてのしかかる結果となったのだ。

体調を崩し、「充電期間」を自覚して、1〜2年は休もう、と決意したのは、それからすぐ後の2004年の秋のことだった。卒論指導などが継続中のゼミ生を、自身が死んだのなら致し方ないが、体調が悪くても無責任に放り出すことは、教師としてようやらず、ゼミに所属していた学生を全員無事送り出すため、さらに一年半、講師生活を残る力を振り絞って続けたのだった・・・。

一月も早13日。
鏡開きも終わり、年始のあれこれも一段落。
旧い友人から、今日も年賀状を受け取りました。
こちらの体調を気づかってくれる文面から、忙しい合間を縫って、やっと書いてくれたものと感じました。
ありがとう

今年頂いた賀状から、いくつかの気づきが得られました。
昨年は3・11、大震災や原発事故を通じ、生き方を問われた年だ、と指摘された方が多かったです。

昨年、東北へ障害者支援に2回行き、福祉の貧困を痛感してきました。
また、人のつながりの大切さ、そこから生まれる力のすばらしさも学びました。
障害者も、すべての人も希望のもてる社会にしたいと切に思いました。


昨年は未曾有の天災に日本中がおびやかされてしまった一年でしたね。
一方で人間が造った科学の設備が人間を不幸にしてしまった一年でもありました。
これからの日本を担っていく者の一員として、おかしいことには堂々と異議を唱えられる存在でありたいものです。


以上に引用した、賀状に添え書きされていた一文は、かつて僕が担当した大学ゼミに集まってくれた卒業生の方がたからのものです。
「社会人になったら、おかしいことには、おかしいと言える人でいてください、お互いにそのような人になれるよう、頑張ろう」と、僕はゼミ生が卒業していく時に繰り返し話してきました。

15年前、まだ30代前半の新米教師だった頃にゼミ室で机を並べた卒業生の一人は、そのことを覚えていてくれたのかもしれません。

「きらめくことば」がそこにあり、心強く、励まされ、そして、うれしく受け止めました。

本日は、野田改造内閣が発足しました。
「社会保障と税の一体改革」だ、といって、消費増税に全力を挙げるシフトが敷かれた感があります。

震災からの復興や、放射能の危機から、現在も避難生活を続ける人々、困難な中にある人のことは、本当に政策の視野に入っているのだろうか、その点が甚だ疑問であり、不安です。

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慶祝。今日の佳き日を明日からの力に。
「人の生きがいは他人を喜ばすことにある。
夫婦は互いにもっとも身近な他人である」
ご夫婦がお互いを喜ばせるたくさんの工夫をどうぞ暮らしの中に。
夫婦の生きがいを社会へも活かし、貢献しうるお二人であって下さい。

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かつて母校で担当したゼミ卒業生の一人から、結婚の知らせを受け、故郷で開く披露宴に出席して欲しい、と連絡があった。
彼ら夫妻は昨年入籍し、新生活をはじめているが、8月28日、手づくりの披露宴を開催した。

晴れやかな席へいざなってくれる、彼の気持ちがとてもうれしかったが、自分の体調が許さず、また遠方のため、祝宴への出席に代えて、電報でメッセージを送った。冒頭の一文がそれである。

僕の学びの導きの糸となって下さった社会教育研究者(故人)の言葉を引いている。

関連記事:君、ロマンを忘れちゃいかんよ!(2007年07月24日)

人の生きがいは他人を喜ばすこと、という点が、ふくしの心に通じ、原点だと思う。

人生の門出を、自分たちの手で切り開かんとしている夫妻にふさわしいと考えた。
卒業生のF君よ、どうか頑張ってくれ!

昨夜、そのF君から、メッセージのお礼の電話をもらった。
絵画がモチーフの、僕の祝電は、玄関に飾ってくれているそうだ。
電話の向こうから、力強く元気な声が聴けたから、本当にうれしかった・・・。

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約5年前、仕事をしていた頃に単身で住んでいたアパートで、お隣さんでもあったゼミ卒業生から、久しぶりに自分の携帯に電話をもらった。

僕は、携帯をほぼメールの確認にのみ用い、通話は外出時と緊急用のみで、他はスイッチを切っているので、なかなかつながらない。

最近は「留守電着信」という機能があり、何回か彼から電話をもらったことがわかったので、こちらからTELすると、今度は先方が留守電と、思うように連絡がとれなかったが、やっと話すことができた。

このブログを読んでくれているようで、僕の体調を気遣って一報をよせてくれたようだった。
「先生は、退職されても、向学心が失われず、以前はブログにも勉強されたことがよく記事になっていたのに、最近は、体調のことに触れられた記事が多くて心配になりまして…」と彼。

まったく図星。体調があまり良くない状態で推移しているのは、事実なので、しかたがないが、それにしても最近は“勉強”のかけらもないこのブログ…。
“向学心”には正直参った。

もともと福祉の専門的にすぎる内容にはしない(その能力にも資質にも欠けるので…)つもりではじめたこのブログだけれど、以前には障害者福祉を中心に、福祉関係の動向に触れた記事や、考察、読書ノートなどの記事も多少はあった。
しかし、最近はそれも影をひそめ、もっぱら体調のことや身辺雑記、「懐メロ」に近い音楽紹介等がほとんどで、その記事の更新とて、しばしば間隔が空く有様…。

体調のことを含め、簡単な近況を彼に伝え、ブログを余り更新していなかったら、調子が悪いんだな、と思っておいてくれ、と話したけれど、これではいかんわな…。

現在、社会福祉の理論書を、夜寝る前に読んでおり、読了したら記事にしよう、と思い定めて、すでに2ヶ月ぐらい過ぎた。本を読むスピードも、別人のように落ちたのだ。読んで理解できない訳ではないが、社会福祉学の大御所による、難しい論理展開のその本が、即効性のある導眠薬になってしまっている昨今、向学心を失わない、と思われている元教師は、はなはだ恥ずかしい状態になっている。

それどころか、教師だった頃に抱いていた熱意や、一研究者としての気概も、気力や体力がついていかず、かなり失われていることを、ブログを通し、彼は読み取っているとみた。
心配かけてまったく申し訳ない…。
内容が専門に近いものであればあるほど、裏づけや根拠に乏しいことを書くのが嫌で、十分な下調べをして記事を書く事も難しいので、長く福祉のことに触れないできた。

自分が生き、自分の障害や健康状態と向き合って過ごしていることにのみ、唯一責任がとれるので、そういう内容が多くなる。

もうちょっと元気が出たら、また頑張ってみるから、気長に見守ってください。

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10月31日、卒論(ゼミ)指導を担当した元・社会人学生、Kさんとお会いした。
「天王寺に行く用事が出来たので、先生のお近くでお会いできませんか」とメールを頂いていたのが実現した。
2006年の7月に一度お会いして以来のこと、新しい車いすでモノレールに乗って千里中央へ行き、昼食を共にしながら懐かしい再会となった。
聞けば彼女が若い日に卒業された大学の同窓会が大阪市内で開かれる、という。
愛知から出てきて、その参加の前に、時間を作って下さった。

過去記事:Aさんへの手紙(2006年10月9日)に記した、韓国からの留学生の女性も、めでたく結婚された、という朗報も聞いた。
くわしいことはここに書けないが、その話には、ドラマチックなエピソードが詰まっていた。

Kさんは、長く小学校の教諭を勤めた。
在職の最後の7年は、今で言う特別支援学級の担任で、そこでの障がい児童とのかかわりが、母校への編入学につながった。
学部で僕が開講していたゼミ(『障害児・者の生活福祉研究−ともに生き、共に学ぶ−』2004〜05年度)を選択されたことが、出会いの最初であった。

大学院に進み、手堅い学位論文をまとめられた。「修士論文をまとめてみて初めて、“研究”の何たるかが少しわかりました」と彼女はいう。
修論はもとより習作的なものだし、多少とも研究のノウハウや、何よりもスピリットが身につけば、それでよい。

今は昔、となった僕の教員生活も、後半、20代の若い学生だけでなく、人生経験豊かなKさんや、外国人留学生、障がいを抱えながら学ぶ学生、他大学や専門学校からの編入生だった方々に支えられ、多くのことを学んだ貴重な体験だった、と改めて痛感した。若輩、浅学な自分に、よくついてきてもらえた、と感謝。卒業生の方がたに恥ずかしくない生き方をしたい、と念ず。 Kさん、本当にありがとうございました。

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初心忘れるべからず―。

この格言は、一般に「初めてその事にたずさわった時の感動や意気込みを忘れずに物事に当たらなければならない」という意味で使っている人が多いけれど、本来の意味は「物事を始めた頃の未熟で失敗ばかりであった時の記憶――その時に味わった屈辱や悔しさ、そこを切りぬけるために要した様々な努力など、を忘れてはならない」という意味が正しいのだそうだ。

先日、よっぽゼミの卒業生の一人から「お元気ですか?」とメールをもらった。
部屋の掃除をしていたら、卒論講評シートが出てきた、という。
障がい者福祉を学ぶ僕のゼミに所属した学生が提出してくれた専門演習論文(卒論)に対し、僕が書き送った文書のことである。

懐かしく読み返し、「初心に帰りました」とメッセージにはあった。
卒論の経験は、社会に出て、何年経っても「初心」を忘れない、格好の体験の一つかもしれない。
おそらく現在の仕事にも、なにか共鳴するところがあったのだろう。

このシートが、「すでにゴミ箱行き」ではなかったことがうれしい。
そして、そのことを知らせてくれた気持ちも…。

ゼミの第1期生が卒業した1997年から、最後の卒業生を送り出した2006年まで約10年間にわたり、ゼミ生一人ひとりの顔を思い浮かべながら、提出された論文への評価を伝える実践を続けてきた。
僕の手もとには、立派な卒論を残して学び舎を巣立ったゼミ卒業生110名余の卒論講評シートのコピーをすべて保存してある。


卒業生、Kさんにとって、その紙が出てきたことで、「初心に帰り」元気が出るきっかけになってくれたとしたら、とても幸せである。

お互いに頑張ろうね

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【卒論を書こう本】

卒論を書こう―テーマ探しからスタイルまで

よくわかる卒論の書き方 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

福祉系学生のためのレポート&卒論の書き方
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“よっぽゼミ”を2年前に卒業して、大学院に進学し、成人期知的障がい者の生活支援について研究を続けていた女性から、無事、修士(社会福祉学)の学位を取得し、修了した、とていねいなお手紙をいただいた。

先日、読み応えある修士論文のコピーも送ってもらい、学部で彼女の卒論を指導した僕にとっても、たくさんのことを再び学ぶ機会となった。
学問に年齢は関係ないけれども、50歳代後半で学位を取得した向学心と熱意に、心からの拍手を送り、敬意を表したい気持ちである。

修士論文にたくさんの課題が残された、と受け止められている様子だったので、次のようにお返事のはがきを書いたところである。

お手紙ありがとうございました。
この度は学位取得おめでとうございます。
修士の2年間、本当にあっという間でしたね!
論文にたくさんの課題、それで良いと思います。
修論は、(執筆してから)時間が経つほどに、今後物を考える基礎となったり、新しい研究テーマの応用に生きてくる“分身”となります。
どうか息長い受け止めをされますよう願っています。

春、新たな出発のとき、○○さんのペースで、ご自分にあった活動が見出されますよう、祈っています。
どうぞご自愛のうえお過ごし下さい。ではまた!

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ロシアの代表的な民芸品、マトリョーシカ人形です。クリスマスプレゼントにいかがでしょうか?

ロシアの民芸人形マトリョーシカ(5体セット)

マトリョーシカ人形は、大きい本体の中が何重もの筒状構造になっていて、少しちいさい人形がいくつも出てくる楽しさがある、かわいい人形ですね。

2年前まで、大学で卒業論文の指導を手がけていました。
一人の女子学生が、卒論はマトリョーシカだと、表現していたことがあり、面白いとらえ方をするな、と思った記憶があります。
彼女は、卒論を完成させるために、次から次へと越えなければならないハードルを、マトリョーシカのなかのいくつもある小さい人形になぞらえたのだ、と思います。
しかし、卒論を全部完成させた達成感がたまらない、うれしい…という風にも言っていました。

母校、社会福祉学部の本年度の論文提出日は、きょう11月30日。
多くの学生さんは、論文を書き上げた達成感を味わっている頃でしょうか
“よっぽゼミ”の卒業生の中には、大学院に進学して、今年、修士論文を執筆している人が、何人かいます。
その執筆も、論文の完成に向けて佳境に入っている今、この人たちも、もしかしたら気分は“マトリョーシカ”かも知れません。
苦しいだろうけれどもあきらめないで、ぜひ頑張ってもらいたい。
心からのエールを送ります。

事は、論文書きや研究などにとどまりません。
次から次に、さまざまな課題に直面する人生そのものがマトリョーシカなのかも…、と思ってみたりします。

明日から師走。2007年も、カレンダーあと一枚になります。
今年を振り返るには、まだ少し早いのですが、あっという間に時間が過ぎて、考えていることの半分も果たせないで、行く年を送ろうとしているのか…と、焦りを感じるこの頃です。

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10年ほど前に担任した「よっぽゼミ」卒業生の女性から、ご結婚(入籍)の報せが、新住所の案内を兼ねて、ハガキで届いた。
今年は「よっぽゼミ」卒業生の結婚の知らせが多い年だ。
転職や結婚、研究の進捗状況、留学の相談と推薦状の作成依頼まで、教職にあった期間中はもとより、退職してからも、数は少ないけれど、何かと連絡してくれる卒業生がいることは幸せだ。

今回のRさんは、よっぽゼミ2期生の人だから、1996年から1998年にかけて、ゼミで学んでいた人だ。真面目な学びぶりで、ゼミの欠席もほとんどなかったが、どちらかといえば、目立たず、口数が少ないので、ゼミの授業時に、「あれ、あなた、先週はゼミを休んでいたっけなどと聞くと、「いやだ、先生、私は毎週来てますよなどと、僕がうっかり間違えてしまうような学生さんだった。

その彼女が、卒論の打ち上げコンパを開いているうどん屋で、「先生、大学を卒業したらイギリスに留学するので推薦状を書いて下さい」という。いつの間に準備したのか、イギリスの障害者支援を学んできたいという鮮明な目的の下、留学先も決め、あとは担任の推薦状があれば、出願できるという。

こちらは、英文の留学推薦状など書く能力もない、情けない教師なので、困ってしまったが、とりあえず英訳のしやすさに配慮して、日本語で文章を書けば、留学を取り扱う社会教育機関のようなところが、英文に直して発行してくれる、というから、急いで推薦状を書いた。

彼女は、1年ほど、イギリスの障害児療育の現場で学んできて、帰国した、という知らせを受けた。
それから程なく、今度はメキシコのオアハカ州というところで、障害の重い人のケア活動を行う研修留学に採用され、メキシコの母語であるスペイン語を習得しながら現地の作業療法や生活支援に従事した。

彼女が海外にいる間、何回かエアメールや電子メールのやり取りをした。彼女は、コスタリカコーヒーが美味しいことなど、現地の暮らしや勉強の様子をよく伝えてくれたものだ。車いすの姿勢保持や体の変形防止などの考え方や実際を、僕にわかる範囲で情報をメールで伝えたこともあった。現地の車いすが重く、固いもので、技術的にもたくさん課題があることを、彼女から教えてもらった。

おとなしい印象のRさんのどこに、このようなガッツとバイタリティーがあったのか。自分でもびっくりするくらい、私は行動力があるんです、と本人が語っていたことがあったが、不言実行の行動力にはこちらが驚かされた。

帰国後、専門学校に通って資格を取り、現在は、日本のある病院の作業療法士として勤務するRさん。
優しく穏やかに見受けられるパートナーと出会い、年明け早々に挙式予定とのこと。本当におめでとう
よっぽゼミの卒業生が、人生を堅実に歩んでおられ、幸せそうであること…。それが僕には何よりの知らせである。

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