日々是好日−つれづれよっぽブログ

ご訪問ありがとうございます。 日々是好日―いつも、きょうが一番よき日である、と信じ、感謝して生きる…茶道の師範だった亡き祖母が教えてくれたことばから命名しました!2016年3月、開設10周年を迎えたブログです。 「よっぽ」は、イタリアのおしゃれなねずみ“トッポ・ジージョ”からとった僕の幼い頃からの愛称です。只今、月に複数回程度の更新頻度となっています。※コメント大歓迎!(但し、記事と全く無関係なコメントは、予告なく削除させていただきます)

父への追憶

武者人形


上の写真は、昨年(2018)の同時期に、用事があって出かけた「SENRITOよみうり」(豊中市)内にあるアートギャラリーに展示してあった五月人形の写真です。

この頃になると、端午の節句に向け、父方の祖父が買ってくれて自宅にあった小さな五月人形を、「そろそろ武者人形を出そうぜ」と、父が言って飾ってくれ、うれしかった子ども時代が思い出されます。
わが家の人形は、写真のものほど立派ではなかったけれど、キリッとした顔をしており、その人形をみると何だか強くなった気がしたものでした。
祖父も父も既に亡く、長く保存していた武者人形も、今は手元にありません。

例年にないゴールデンウイーク「10連休」が始まりました。
今年は、急に季節が逆戻りしたかのように寒くなったり、天気が変わりやすいため体調が安定せず、いささか心配ですが、平成から令和への改元をはさんだこの10連休を、何とか平穏に過ごしたいと願います。

小さい柏餅


柏餅とともに、お茶でもどうぞ。

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二つの台風が過ぎ去ると、再び暑さが強まりました。
世はお盆休みですね。
暦の上では、立秋を過ぎましたので、木陰などでは、日差しがやわらぎ、夏の盛りとは異なる風に触れることもあります。

わが家では、10日、毎年恒例、亡き父のお盆の供養の為、お寺のお坊さんがお越し下さり、仏前で読経いただきました。

地震、豪雨、連日の酷暑と、今年は気象が私どもの経験則を越えていますね、というようなお話から始まり、熱中症の予防の為、引き続き冷房の使用や、水分補給に努める一方、過剰な水分の摂りすぎによる中毒症状といわれる「水毒症」への注意も必要で、何事もさじ加減というか「中庸」のバランスが問われていますね、と穏やかに話を締めくくられるお坊さんでいらっしゃいました。

「中庸」とは、難しいことばですが、「過不足なく、調和がとれている」というほどの意味らしいです。
ありがとうございました。

7月に、母が両眼の白内障手術を、日帰りで受けました。
一週間の間隔を空けて、まず右眼、そして左眼と、片方ずつでした。

手術そのものは、各回、短時間で済みますが、術前、術後のケアや注意事項が煩雑で、本人が大変そうでした。
その上、検診などで大学病院眼科外来への度重なる通院が続き、わが家では普段どおりのお盆の行事ですが、今日に漕ぎ着けるまでが非常に大変だった、という思いがありました。

母は、引き続き右眼の網膜疾患の治療と経過観察のため、通院が必要ですが、お陰をもちまして、白内障の術後は順調で、周辺の中距離、遠距離の視界は、手術前よりずっと見えやすくなったそうです。
その点への感謝を、亡き父の仏前に報告しました。
合掌。
(写真:お坊さんがお帰りになった後、ゆっくりとお菓子をいただきました。)

久しぶりのブログ更新となりました。

拙稿:ずいそう「天からの糸」を、身体障害者の福祉雑誌『リハビリテーション』NO604、2018年6月号(社会福祉法人鉄道身障者福祉協会)8-9ページに掲載いただきました。

ずいそう 天からの糸(リンク:内容をPDF化しておりますので、ご一読いただければ幸いです)

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亡き父の思い出を綴りました。
タイトルは、以前の父との対話に由来し、芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』をモチーフにしています。
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このブログには、同題の記事をエントリーしたことがありました。
読んでいただいた方から、「好きだ」「印象に残る」などコメントを頂戴していました。
今回、それらを基に、時間の経過も踏まえ、新たに書き下ろしました。

雑誌の性格を考え、「ふくし」という観点も明確にしたつもりです。


原稿は、自分の体調が比較的良好と感じられた4月下旬に書き上げ、雑誌発行元の編集担当者の方との複数回のメールでのやりとりを経て、直近号で掲載となりました。
編集担当者の方におかれましては、この度は、大変お世話になり、ありがとうございました。

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亡父の第33回忌法要(4月7日)にあたり、叔母から美しく立派な供花を頂戴しました。
温かいお心遣いに感謝しています。
父も、きっと照れたような顔をして喜んでいることでしょう。父は、そういう人でした。

本当にありがとうございます。

2
本日、4月7日は、亡き父の命日。
夕方、お寺のお上人様においでいただき、故人の第33回忌追善法要を、母と相営みました。

先代のお上人様から僧職を承継されたご長男様が、朗々としたお声で、大変立派な読経を下さいました。
余りにも見事な読経であったと感じられたので、お坊さまに、「ご立派なお経は、お上人様の修練の賜物だと存じますが、他に、日頃そのお声を保たれる秘訣などは御座いますか?」とお伺いしました。
しばし考えられた後の、お上人様のお答えは、「そうですね、のど飴を舐めることですかね〜」とのことでした。
お好みに合わせ、何種類かののど飴を準備されるそうです。
お経は、お腹から発声しておられたので、のどのケアの他に、何かあるのかな?と思ったのですが、やはり修練の賜物でしょう。ユーモアたっぷりのお話ぶりに気持ちも和みました。

僕が、大学3年になった1986(昭和61)年のこの日に、父は病没しました。
春休みに、病床の父を見舞い、「5月連休に中学校での教育実習の打ち合わせのために帰ってくるから・・・」と、父の手を握り別れたのですが、それが生きている父と対面した最期となりました。
父は、「もう、(学校へ)帰るんか・・・」と少し寂しげに、透き通った遠い眼をして、こちらを見つめていました。

その時の様子が、あれから32年経った今でも克明に思い出されます。

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本日は、父の好物で仏前に少し供えた玉子焼きや煮麺、煮物を夕食に、そして食後には和菓子などをいただきました。

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父の野辺送りをした日は、斎場へ向かう車窓から、雲一つない青空に、満開の桜が見えました。
そこで先日(3月30日)、万博記念公園で撮った写真を、今年の桜の名残にもう一枚だけ添えさせていただきます。

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父の告別式当時、弔問に来ていただいた方々から、故人の人柄を映したような、晴れやかな日だ、それだけにきょうの見送りが悲しくてならない、と口々にお声かけいただいたことを憶えています。
斎場は、現在もありますが、桜並木はなくなり、銀杏並木に変わりました。時の流れですね。


ささやかな時間でしたが、無事に節目の法要を済ませることが出来、ホッとしました。

今季初、柿


昨日(9/13)は、鍼灸整骨院で施術を受けた。
整骨院へは、最近は、月に1,2回の通院となっている。

この日は、朝から全身の調子がよくなかった。
が、施術後、血行がよくなり、左足の足首付近に感じていたしびれもとれたので、良しとしよう。
目の疲れもとれた。

母が、「お前が体調のよくない日は、目元でわかる」という。
右目に比べ、視力の弱い左目が、にわかに二重瞼になって、起きてくる、というのだ。
体のサインは、正直だ。

写真は、今季お初に食べた柿。
甘味がのるには、もう一歩、という味だった。
秋がこれから深まれば、柿もきっと甘くなろう。

柿の実を見ると、昔ばなしの「さるとかに」(猿蟹合戦)を思い出す。
悪がしこい猿は、まだ青い柿の実を、蟹のお父さんに「これでも喰らえ!」と投げつけ、死なせてしまうのだった。

僕の幼い頃、亡き父が、このお話の絵本を引き写して、水彩絵の具で色を着け、画用紙数枚の紙芝居に仕立て、僕の誕生日に実演してくれた。
柿が蟹のお父さんの頭に当り、「痛い、痛い」といいながら死んでしまう場面は、子どもごころに残酷で、今も憶えている。

父の実演は、それは巧かった。

さるとかに

31年前に亡くなった父のお盆の供養を、例年通り自宅でお寺のお坊さんに読経いただいて行いました。
「今年は、今しばらく酷暑がやわらぐ様子がみえないので、くれぐれもご注意の上、お大切になさってお過ごしください」と、温かいお言葉をかけていただいて、お坊さんは帰られました。

「私達には『寒修行』といって、寒い時の修行はあるのですが、暑い時の修行はございません、ですからこれ(お盆の檀家周り)がこの時季の修行であろう、と思ってやっております。」とお坊さんは話されました。

文字通り厳しい暑さの中、本当に有難うございました。

インスタグラムにUPした写真は、故人の仏前に供えた果物などです。


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「ねがはくは 花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ」(西行法師)

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4月5日、訃報が伝えられた詩人の大岡信さん(享年86歳、朝日新聞に1979年から途中の休載をはさみながら2007年まで計6762回連載された詩歌のコラム『折々のうた』筆者)が、ことに愛されたという句。

如月は、旧暦の二月。願うならば、二月の満月の頃に花のもとで死にたいものだ、というような訳か

僕の亡き父も、31年前(1986年)の今日、桜が満開の中で逝った。

きのう、万博公園の桜を見ながら、それを思い出した。

「お前、昨日お母さんと、万博へ桜観に行ったんか。よかったな〜。」という父の声がどこからか聴こえてくるようである。

折々のうた (岩波新書 黄版 113)
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本日は、亡き父のお盆の供養のため、お寺のお坊さんがご来訪下さり、仏前で読経をいただきました。
父の没後30年、わが家では、毎年8月10日、恒例の行事です。

先代のお上人様が、今年二月に遷化されたため、お悔やみを申し上げました。
家に来て下さった方は、三男さんでいらっしゃり、ご自分のiphoneに保存された父上のご遺影を見せて下さいました。このあたりが現代ですね。

写真のお上人様は、大変にこやかにされておいででした。「和顔施」という言葉が有りますが、それに相応しいお写真でした。
ありがとうございました。
(写真は、お坊さんがお帰りになられてから、いただいたお菓子です。)

お盆・和菓子

月が替わりました。
父が存命の頃、暖房器具を出してくるのは、彼の誕生日の22日と、わが家では決めていましたが、近年は、寒くなるのが早いので、その決めごとは崩れています。

今日あたり、「寒い、寒い。ストーブを出そうや」という、寒がりだった亡き父の声が聴こえたような気がしました。


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