2007年03月12日

番外編:石川島播磨重工業蠅気

 岡山にも有名な事業家がおられます。創業者ではありませんが伝説の経営者です。石川島播磨重工業の元社長の土光敏夫氏です。その後現在の東芝の再建後に経団連会長に就き、第二次臨時行政調査会(臨調)の会長へ。「ミスター合理化」「荒法師」「怒号敏夫」「行革の鬼」「めざしの土光さん」などの異名があるそうです。
 この人の本を読んだかどうか記憶があやふやですが、この方の内容は覚えています。やはり「土光臨調」という言葉は今でも行政改革の世界では有名だと思います。

 土光氏は明治29年に昔の御津町(現在の岡山市)に生まれ、今で言う関西高から東京工業大へ進学し、現在のIHI(石川島播磨重工業)に入社されたそうです。経営の危機だった同社の社長に就任し、再建に取り組み、徹底した合理化で経営再建に成功されたとか。この後に、造船疑獄に巻き込まれたが、不起訴になったとか。
 この時のエピソードで、担当検事が自宅を訪ね、ずいぶん質素すぎる家に住んでいるなと思いつつ待っていると、土光氏が近くのバス停に降り立ったそうで、この時に検事は彼の無罪を確信したと後に述べているとか。

 この人の普段の生活は一般庶民よりも質素であったそうです。年収5千万円の時も月10万円の生活費の他で収入の大半は人材養成のために投げ打っていたとか。仕事でも通勤にはお抱え運転手どころかバス・電車を利用していたそうです。
 日本中をまわった講演でも前泊しての夜の接待を全廃し、すべて日帰り出張で対応したとか、厳しい人間だったそうですが、単なる精神論一本槍ではなく、その裏には徹底した熟慮があった。どうすれば会社をよくすることができるか、頭がしびれるほど考え、構想を練ったそうで、強い信念で難局を打開していったからこそ、厳格な土光氏に多くの人が従っていったのでしょうか。

土光氏の名言です。
「社員諸君にはこれまでの3倍働いてもらう。役員は10倍働け。私はそれ以上に働く」
「私たちのまわりには、ごく僅かだが“火種のような人”がいる。その人のそばにいると、火花がふりかかり、熱気が伝わってくる。じつは職場や仕事をグイグイ引っ張っているのはそんな人だ。」
「やるべきことが決まったならば執念をもってとことんまで押しつめよ。問題は能力の限界ではなく、執念の欠如である。」

dokoh
石川島播磨重工業

http://www.ihi.co.jp/

yorishima at 11:17│ そ の 他 | あ行