「すげ……」
昼と同じ感想を漏らしてしまう。
玉座の間は会食仕様というか、豪奢に飾りつけられていた。ドーム状のガラス屋根からは夜空が見える。いや、天井付近に無数の星が浮かんでいた。魔法だろうか? 大きな六本の柱からは滝のように水が流れ落ちている。その速度は穏やかで、聞いていると心が落ち着く音を奏でていた。これも魔法を使っているらしい、床の直前で水は消えている。壁にかかっている長大な布はうっすらと輝き、美しい刺繍を上品に浮かびあがらせていた。
間の中央には大きな長テーブルが運びこまれていた。縦三メートル、横は十メートルくらいか。完全な長方形ではなく、両端は曲線を描いている。テーブルクロスは白。その上に色鮮やかな花が飾られ、銀製の燭台が置いてある。白の蝋燭が淡い光を揺らしていた。食器やカトラリー、グラスはすでに並べられている。どれも上等なものだと一目でわかる、丁寧で美しい作りだ。
席にはまだ誰一人座っていない。要人たちはテーブルの周りで各々談笑している。例の如く玉座も空だ。俺は反射的にリゼットの姿を捜した。すると――。
「ターーケーールぅーーーッ!」
「むおぉッ……!」
これもまた昼と同じ展開だ。俺は再び一国の王女に抱擁された。
ああ、やっぱり何度味わってもいい。このムチムチとした肉感と、性欲をいっきに燃えあがらせるリゼットのフェロモン。
って、いやいやっ! そうじゃないだろう!
この会食では俺の一言一句、一挙手一投足が重要になるんじゃなかったのか? 【監査官】の注文通り、すこぶる緊張して入室したのだが。
俺の後ろから疲労を感じる大きなため息が聞こえてきたぞ?
レリアの表情を窺おうとしたら、リゼットが俺から離れた。
「タケルっ! 正式に【胤馬】になってくれて感謝するわ! 本当にありがとうっ! さっそく【孕巫女】に胤付なんて……フフッ、あなたもやるわねっ! というより、レリアからの報告を聞いたわ。あなた、手はだいじょうぶなの? 怪我は? 私が診てあげる。ほら、服を脱いで――」
「お――姉さんッ!」
この流れはもはやお約束になりつつあるな。レリアの声が響いた。
王女から姉と呼び換えたのは彼女のファインプレーだろう。リゼットの言動が私的なものだと示すためだ。
「怪我は拳の擦り傷だけでした! わたしが治癒魔法をすでにかけています! 彼を脱がす必要はまったくありません! ……というより、ちゃんとそう報告したでしょう!」
「あら? そうだったかしら? うふふっ!」
妹のお叱りも姉はどこ吹く風。舌を覗かせて無邪気に笑う。
レリアは額に手を置いて長いため息をはきだした。
「……姉さん、どうか謹んでください。この会食がいかに大切か、わかってるでしょう?」
「もちろんわかってるわよ。私たちとタケルの明るい未来への第一歩! よね?」
いや、俺にいわれてもなぁ。しかし、リゼットの笑顔があまりにかわいかったため、ついつい頷いてしまった。まあ、間違いではないよな。俺の働きで子が産まれていけば、世界の滅亡は防げるのだから。
俺の首肯に満足したのか、リゼットはウインクをした。そして、むっつり顔の妹を抱き締める。
「だいじょうぶよ、レリア。お姉ちゃんに任せておきなさい」
「……わかりました。信じます、姉さんのこと」
頬を赤く染めたレリアがリゼットを見上げる。
姉は妹をやさしい笑みで見る。頬を軽く撫で、そっとキスをした。
仲がいいな、この二人は。見ていて微笑ましい。俺は一人っ子だから、少し羨ましいくらいだ。
「よし! それじゃあはじめましょうか!」
ラトリドルの王女は【監査官】との抱擁を解いた。
パンパンと手を打ち、壁際に並んでいたメイドたちへ合図をした。
彼女たちはすぐに動きはじめた。食事と飲み物の準備がはじまった。
「皆も席に。タケルもよ。さあ」
各国の要人たちが移動をはじめる。席はすでに完全に決まっていたようだ。淀みのない動きだった。
「いきましょう」
レリアについていく。
俺の席はテーブルの入口側、真ん中の位置だ。玉座を上座としたら下座になるかな。右隣がレリア。こちら側には、俺たちの席を含めて六席用意してある。
両端にはそれぞれ二席ずつ。合計四席。
上座側には七席並んでいた。
さて、俺の左隣は誰だろう?
「……お、お隣失礼します、【胤馬】様」
「ああ。よろしく――」
彼女の姿を見た瞬間、声を飲んでしまった。
ケモノ耳やエルフ耳にはある程度慣れたが、彼女は鼻もケモノだったのだ。猫と同じ形で黒色。いや、鼻だけではない。手も猫で肉球までついている。前腕やふくらはぎは淡いブラウンの毛で覆われている。同色の髪の毛は足首までの長さ。モッフモフだ。鼻以外の顔のパーツ、上腕や太もも、胴体は人型らしい。甲冑ドレスの隙間から量感たっぷりの乳房が覗いている。
不躾だとわかっていたが、俺は彼女をまじまじと見てしまった。
その視線に気づいたのか、彼女は頬を赤く染め、深く俯き、逃げるように着席した。
「タケルさん」
レリアに名を呼ばれた。
振り返ろうとしたとき、俺以外の参加者が全員席に着いていることに気づいた。慌てて椅子に腰をおろす。
正面の席にはリゼットが座っていた。悪戯っぽい笑みを向けてくる。
「皆、席についたみたいね。それじゃあ――」
彼女がワイングラスを手に持つ。俺を含め、全員がそれにつづいた。
「異世界よりの来訪者タケルに、そして五大国の未来に――乾杯!」
「乾杯!」
一斉にグラスがあがった。
中に入っているのはやはりワインだろうか。濃い赤の液体だ。においを嗅いでみるが……うん、そうに違いない。恐々と口に含んでみる。
「む……美味い」
普段は専らハイボールでワインの経験は浅いが、最高級なものだと一口で直感した。何層もの奥深い香りが鼻を抜け、淡い酸味が味蕾を刺激し、喉をすっと流れていった。アルコール度数はそこそこ強いようだ。腹の奥がじんわりと温かくなった。
右隣を見る。レリアも同じものを飲んでいるな。俺のいた世界でも飲酒が許される年齢は国によって違う。異世界だと尚更のはず。
「ふ……ン」
しかし、あまり強くはないようだ。白い頬がさっそく朱に染まっている。吐息がエロかったから、もう少しとめないでおこう。
つづけて左隣の彼女を見る。あの手ではやはりグラスは持ち辛いらしく、両手で握っていた。幼児が割れないコップでジュースを飲んでいるような感じだな。
「んっ……んッ」
本人は一生懸命なのだろうが、その姿はとてもかわいい。和んだ。
「さて! まずはタケルのために皆を紹介しましょうか!」

