リゼットが椅子から立ちあがった。
 正装のドレスはそのままに、耳には赤色のピアス、胸元にも同色のネックレスをつけている。亜麻色の長いウェーブヘアーは後ろをアップにまとめている。もしかしたら、レリアと姉妹でお揃いにしたのかもしれない。

「手早く簡単にいくわよ。お腹も空いてるしね。いいかしら?」

 ラトリドル王女の問いかけに、各国の要人たちはそれぞれ頷き返した。相変わらずリゼットに理解のある人たちだ。
 その間にも、メイドが料理を並べていく。フランス料理のフルコースみたいな感じだろうか。オードブルにあたる野菜料理がやってきた。サイコロサイズに刻まれた三種の野菜が円柱状に積み重なっている。そのまわりに、濃い緑のソースが垂らされている。

「まずは私。今更名乗る必要もないかもしれないけど……ふふっ。ラトリドル国代表者、王女リゼット・ヴィエーヴ・ラトリドルよ。あなたのはじめての相手だもの……一生忘れないわよね?」

 濡れた唇に指を這わせ、艶美な笑みを浮かべるリゼット。
 たしかにその通りなのだが、こういう場でいうのは勘弁してもらいたい。ほら、右隣から大きなため息が聞こえてきたじゃないか。

「そして当国の【監査官】、こっちもあらためて紹介する間でもないわね。レリア・ヴィルジニー・ラトリドル。広場では私の超大事な妹を守ってくれたみたいね。ありがとう、タケル」

 レリアが静かに立ちあがり、丁寧に礼をする。俺の方をちらっと見た。

「……そういえば、そうでしたね。お礼がまだでした。ありがとうございます」

 頬が赤くなっているのはワインのせいだろうな。苦笑を返しておいた。

「五大国合同裁判所裁判官、プリート・ターズ。超マジメだけどムッツリなの。ふふっ」
「お……王女っ! あ……! よろしくお願いしますっ」

 勢いよく立ちあがったのは、レリアの右隣に座っていた女性だ。俺に向きなおって頭をさげる。こっちにきてはじめて黒髪を見たかもしれない。肩のあたりで縛っている。見た目は二十代後半といった感じだ。知的な美人だが、どこか幸薄そうな印象がある。大きな丸メガネが若干野暮ったい。身長は百五十センチ前半くらいか。スタイルも控えめで、リゼットとレリアと同じ正装ドレスを着ているため、それがよけいに際立ってしまう。
 しかしムッツリか。気になるなあ。

「五大国連合軍、スー・クー・クー。超強いから、なにかあったら頼りなさいね」

 うおっ。あの人だっ。
 昼間、俺に睨みをきかせてきた二メートル長はある大きな女性。服装に変化はない。足元まで伸びる眩い銀髪は三つ編み。頭の上でピョンと立つケモノ耳、腰からは細長いシッポが伸びている。どちらも黒と白の縞模様だ。四肢はやはり逞しく、筋肉が盛りあがっている。それでいて、乳房や尻は並の女性以上にふくらんでいる。淡い褐色の肌も相俟って、野生的な色気が滲みでていた。外見年齢は二十代前半だ。
 彼女はテーブル右辺、上座側の席に座っていた。音もなく立ちあがり、声もださずに礼をした。着席すると、オードブルを食べはじめた。もの凄い勢いで。

「スー? なにもいわなくていいの?」

 リゼットがスーに訊く。彼女は食事の手をとめ、一瞬、俺を見た。
 ビクッと肩が跳ねてしまう。またも背中に汗が流れた。

「……ああ」
「ふうん? まあ、いいわ」

 リゼットは小首を傾げたが、それ以上スーに突っこむことはなかった。

「ラトリドルは以上ね! 紹介をつづけたいところだけど……食事を進めましょうか。お腹ペコペコだもの」

 マイペースな王女が席に着く。周囲から異論はでず、各々ナイフとフォークを手に取った。
 俺は胸に手を置いて小さく深呼吸する。そうか、白虎を想起させる彼女は連合軍――《五天災》の一人だったのか。あの存在感と威圧感は納得だ。

「なあ……あのスーという人は、なんか……すごいな」

 小声で隣のレリアに話しかける。
 彼女も食事中だった。フォークを動かすのをとめ、口の中のものを飲みこんでから、答えてくれた。

「……わかりますか。怒らせない方がいいですよ。スーさんがその気になったら、国どころか世界が吹っとぶかもしれません」

 冗談だろう? という顔で【監査官】を見る。
 彼女はナプキンで口を拭き、真剣な表情でつづけた。

「《五天災》の中でも特別なんです、彼女は。ヴィヴァ暦零年――つまり《創世神》によって世界が創られた日ですね。『天地開闢』とわたしたちは呼んでいます。それから千年後が先ほどお話した『天地鳴動』です。この千年間は『混沌の時代』といわれ、人が欲望のままに生き、世界が最も穢れていた時代とされています」

 いきなりスケールの大きい話になったな。どうしていきなり世界史講義のつづきを――。

「おいおい、まさかとは思うが――」
「はい。お察しの通り、スーさんは『混沌の時代』の生まれです。『混沌の残滓』と呼ばれることもありますが、本人は嫌っているので注意してください。むしろ、生存者の数をなぞらえて、こう呼んだ方が――」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 異世界の常識に馴染みつつあったが、さすがに聞き流せなかった。
 バーティ広場でレリアから聞いたばかりだ。今はヴィヴァ暦二千百年だと。ということは――。

「つまり、スーは……せ、千年以上生きているということなのか?」

 レリアが重々しく頷いた。

「ええ、そうです。そういった意味でも、《創世神》に極めて近しい存在といえるでしょう」

 俺はあらためてスーを見た。

「おかわり! 大盛りで!」

 オードブルをおかわりする人なんてはじめて見たぞ。しかも大盛り。
 いろいろな意味で規格外らしい。

「……ちなみに、彼女はルーシャン王女の実母です」
「はあっ?」

 斜向かいに座る小柄な虎少女を見る。俺と視線が合うと、昼間と同様に手を振ってきた。

「……連合軍に他国王女の血縁を?」

 いくらなんでも酷い人選だ。
 レリアが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「『デカンティ・ドベリオン』の設置場所がラトリドル。……そういえば伝わりますか?」
「……ん。ああ。まあ……なんとなく」

 政治的駆け引きの結果なのだろう。魔法のことは詳しくわからないが、次元を超えて人を召喚するのは、それこそ宇宙へ向かうほどのエネルギーが必要なのではないか。そのエネルギー――この世界では魔力だな。膨大な魔力を溜めることができる『デカンティ・ドベリオン』を自国内に置くということは、他国に対しての“圧力”になるはず。ルーシャンはラトリドルにそれを許す代わりに、王女の母であるスーを送りこみ、《五天災》に据えさせたのではないか。
 この場でレリアが明言しないのは、国際問題にしないためか。
 うーむ。どこの世界でも政治はドロドロしてるぜ。

「おかわり!」

 またおかわりしてるし。

「けれど、スーさんは王女やわたしも含めたラトリドルの皆に、とても好かれているんですよ? 気さくで明るくて、やさしくて。以前、ジフェ山で土砂崩れがあって、山道が潰れてしまったんですが、彼女がたった二十分で解決してくれたんです。大量の土砂、無数の岩石を手でポイポイっと」

 す、すごすぎる。

「……ん? 気さく?」

 引っかかる言葉だった。レリアに疑いの目を向ける。

「信じられないんだが。俺、今も……昼のときもそうだが、スーに睨まれっぱなしだぞ?」

 返ってきたのはジトッとした視線だった。

「……あなたがなにか怒らせるようなことをしたんでしょう」
「してねえよ! ていうか、そんな暇なかったろ!」
「さて! じゃあ次は……ザンバス! お願いするわね。料理も次にいってちょうだい」

 リゼットの合図で彼女の左隣の女性が立ち上がった。そして、メイドたちによってオードブルが下げられていく。
 しまった、食べ損ねた。次にでてきたのはスープ。澄んだ琥珀色だな。実はものすごく手のかかるコンソメスープに違いない。んー。いい香りだ。食欲が湧いてくる。

「【胤馬】様……いえ、私もタケルさまとお呼びしてもよろしいでしょうか。私はザンバス国の代表になります。王女のジーネス・レーインと申します。どうか、よろしくお願いしますね」

 スープに向いていた目が、褐色肌の王女さまに吸い寄せられた。
 昼のときはフェイスベールに包まれていた顔が、今は完全に露わになっている。二重の少し垂れた目だ。瞳の色は緑。ふっくらとした唇が色っぽい。淡いピンク色の髪を、頭の高い位置でポニーテールにしている。腰のあたりまでの長さだ。彼女の着ている服がザンバスの正装なのだろう。胸は黒のビキニで覆い、下はスリットの入ったロングスカート。透明のベールを頭に被っている。見た感じでは三十路前後くらいか。もしかしたら経産婦で人妻なのかもしれない。胸も大きいが臀部もきわめて豊かで、頭の中に“安産型”という言葉が浮かんでしまった。

「よ……よろしくお願いします」

 ザンバスの人たちを見てわかったが、俺は褐色肌にけっこう弱いらしい。なんというか、エキゾチックな魅力があるんだよな。人は自分と異なった情報が多い遺伝子に強い関心を抱くと聞くしなあ。
 タケルさま……か。ベッドの中で呼ばれたら、たまらないだろう。

「私たちの国では【監査官】と連合軍を兼任させております。カリーナ・カルメルですわ」

 ジーネスの合図で女性が立ち上がった。テーブル左辺、下座側の席だ。
 俺は思わず息を飲んだ。

「……た、【胤馬】様。カリーナと申します。どうか……名前でも覚えていただけたら、幸甚の限りです」

 美女……いや、美少女? 十代後半くらいだろうか。瞬きをするのがもったいないくらい、美しい娘だった。二重の大きな双眸、長い睫に深い青色の瞳。褐色肌とよく合う白髪は、眉毛の位置で切り揃えられ、後ろやサイドは背中までの長さだ。毛先は少しカールしている。俺と目が合うと、彼女はさっと俯いた。
 それで思い出した。彼女は昼間も、俺と視線が重なった直後、王女の影に隠れた。
 あのときはフェイスベールが邪魔で、こんなに美しいとは気づかなかった。見ているだけで胸が高鳴ってしまう。
 美貌だけではない、スタイルも最高だ。身長はだいたい百六十八の俺と同じくらいだろう。胸と尻はムチムチに大きく、ビキニからこぼれそうだし、スカートの中で窮屈そうにしている。《五天災》だけあって腹はキュッと引き締まり、惚れ惚れするくびれを生みだしていた。

「カリーナ……」

 無意識に、美少女の名前を口にした。

「は、はい……っ」

 彼女が心底うれしそうに返事をした。胸の前で手を組み、瞳をきらきらと輝かせている。

「ふふっ、お二人はとても仲良くなれそうですわね」

 ザンバスの王女が上品に笑う。
 俺は慌ててカリーナから視線を外した。
 彼女も急いで着席し、赤くなった顔を隠すように俯いた。が、すぐにちらっと俺の方を見て、恥ずかしそうに微笑んだ。
 う……わっ。やべ……なんだこれ。胸が苦しいぞ。
 ま、まさかこれが――。
 ん?
 ふと、右隣を見る。

「うおっ! な……なんだよ、レリア」

 ラトリドル国【監査官】がさっきより強烈なジト目になっていた。

「……別に」

 それだけをいうと、レリアはワインの残りをぐっと飲み干した。
 いったいなんだというんだ。
 ……まさか?
 いやいや、まさかな。

「最後に合同裁判所の裁判官を紹介します。ネイトル・ワイズライですわ」