2016年08月27日

ウィーン 2

6月24日の続き・・・  (長い長い1日も、今回で終わりにしたい・・・もう8月が終わろうとしているし)

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マリア・テレジア広場には、もちろんマリア・テレジアの像が。ハプスブルグ家の帝都らしく。

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美術史美術館(だと思うが)。ハプスブルグ家が収集した美術品が展示されている。

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こちらも、美術史美術館(かな)。とすると、今回の1枚目の写真が、自然史博物館か。
とにかく、よく似ていることだけは確か。

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ゆっくりする間はなく、地下鉄で移動。
といっても、どこがどこだか?まったくわからないまま・・・
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暑さが伝わるだろうか?
強行日程が暑さを倍加させてくれて、こたえる。

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予備知識ゼロ。いまだにどこにいるのか??

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暑さのせいか、こんなトンネルが心地よく。

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どこかでみたような景観が広がった。タフガイ・ヤクブが見せたかったのは、ここかと納得。

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シェーンブルン宮殿だ。

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丘の上に建つグロリエッチ。

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時間がないので、広い庭園をほんの一画から眺めただけで、帰ることに。
もう、午後3時だった。「今日中には、帰り着かないかも・・・」の予感。
 
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空港の管制塔かな・・・

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ここは、来るときにも通過した「門」?だと思うが・・・

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風力発電の大きな羽根がたくさん見える。
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時刻は、午後5時少し前・・・

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ヤクブが少し(30分くらいか)休憩した場所だと思う。こちらは助手席で、うつらうつらと眠ることが出来たが、運転手はそうはいかない。道中で、何度か休憩をとったのだが、当然のことで頭が下がる。
今回の「ウィーン」の記事では、後ろ姿でタフガイ・ヤクブが登場している。わかると思うが・・・
彼は、大学で、救急救命士を目指して勉強をしている。

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窓の汚れも見えるが、気球が気持ちよさそうに・・・  時間は、7時に。

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午後9時前、火事に遭遇・・・ではない。丘の上の城?が沈む太陽の光を浴び、燃えているように見えた。

結局、寮に帰り着いたのは、翌日の午前2時。
ちょうど、24時間だった。
1日が24時間であるかぎり、この「最長日帰りドライブ24時間」という記録は、破られない。
鉄人・ヤクブさまさまである。










yoshi_nohon at 16:30|PermalinkComments(0)ジェシュフから 

2016年08月23日

ウィーン 1

6月24日の続き・・・

ブラチスラヴァからウィーンまでは、約60キロ。欧州の首都間距離としては、最も近い。
それなのに、ここでは首都間更新に、<6×2>日以上かかってしまった。
いくら、一番長い1日だったとはいえ・・・

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午前11時・・・

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11時12分・・・

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11時13分・・・

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11時19分・・・

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11時19分・・・

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11時22分・・・車窓からの眺めが変わって来た。

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11時23分・・・

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11時30分・・・

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11時48分・・・

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11時59分・・・街路灯に飛行機がとまって、ひと休み?

大きな街では、車を止めるのに、手間取る。さすがのタフネス・ヤクブもあちこち探すのに大変そうだった・・・

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ウィーンの街を歩き始めて撮った初写真。12時50分。

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地下鉄に乗って移動。12時57分。

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どこをどう歩ているのやら・・・

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とても暑い。

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13時24分。これは国会議事堂(のはず)。

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ギリシャ神殿風・・・

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13時33分。ホーフブルク宮殿。

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水飲み場。暑さでそのありがたさは、何よりも貴重・・・

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・・・つづく・・・

yoshi_nohon at 15:49|PermalinkComments(1)ジェシュフから 

2016年08月10日

ブラチスラヴァ 2

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丘の上に登って行くと、ブラチスラヴァ城。
12世紀には、石造りの城として存在していたらしい。17世紀に4つの塔が付け加えられ、現在のような形状に。

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「城がヘリコプターに襲われる、撃ち落とせ!」とでも・・・
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「ひっくり返したテーブル」のような・・・とも言われる。

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工事作業用の車が活躍していた。

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ドナウ川を望む。

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城近くの高台から、街を望む。

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聖マルチン大聖堂もよく見える。

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新橋(UFO橋)は、1972年に完成。斜張橋の先駆けの一つ。

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大統領官邸。もとは、マリア・テレジアの側近の宮殿だったという。

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午前10時半には、ブラチスラヴァを出発していた。
約60キロで、ウィーン。すぐご近所に、首都があるのだ。

ブラチスラヴァのアルバムはこれにて終了。(前もって調べておけば、「青の教会」は見ただろうが)
だが、長い6月24日はまだ午前中、まだまだ続く・・・

yoshi_nohon at 16:28|PermalinkComments(0)ジェシュフから 

2016年08月09日

ブラチスラヴァ 1

6月24日 ブラチスラヴァからウィーン

4日前の20時間ドライブ。その余韻が抜けきらない中、それ以上の弾丸ドライブに。
今回の出発は、午前2時だった。

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出発時は、当然真夜中、真っ暗だったが、だんだんと明るくなってきた。
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ところどころで、白いモヤというか、霧というか。
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朝8時半ごろ、ブラチスラヴァに入った。
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丘の上に、城が見えてきた。

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スロヴァキアの首都がブラチスラヴァ・・・と即答できる人は、どのくらい?そう多くはない?
地味な国の、地味な首都・・・という感じか。
人口は、40万強。首都としては珍しく2国(ハンガリーとオーストリア)の国境に接している。

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ミハエル門が見えてきた。
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門というより、塔のよう。問答無用・・・

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あの薪は、何にする? ミハエル門は、現在は武器博物館に。

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門をくぐると、観光客の姿が・・・

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これは?

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聖マルチン大聖堂。14世紀初めに建てられた、街で最も古い教会。
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ポーランドの国旗か?よく似た赤と白のブラチスラヴァの市旗。
前方に、UFOの塔が。
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塔は、街で最も高い地上80m。ドナウ川に架かる新橋(SNP橋)の上にある。SNP橋とは、スロヴァキア国民蜂起橋。UFO橋とも呼ばれるらしい。


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・・・つづく・・・



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2016年08月05日

ブダペスト 2

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向こうに見えてきた! ブダの王宮。

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セーチェニー鎖橋。

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マーチャーシュ教会、漁夫の砦が見える。

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右岸(ペスト地区)の前方に、国会議事堂の屋根が見える。世界で3番目に大きい議事堂らしい。

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ハンガリーも初めて。ブダペストももちろん初めて。そしてドナウ河も。

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ブダ地区。

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鎖橋とブダの王宮。王宮は建てられてから700年。現在の姿になったのは、第2次大戦後。

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日帰り弾丸激走ドライブなので、観光船に乗る時間はない。観光船どころか、ゆっくりブダ地区を見て回ることもできなかった。が、「来たぞ」ということで。

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一応、橋を渡って、ブダ地区に上陸だけはした。

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ブダペストは、1873年に、ブダとペシュト(発音は、ペシュトに近いらしい。カタカナで表記すること自体が難しいのだが)が合併して誕生した街。

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これは、帰りの道中で撮ったのだが、「何、これ?」。

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丘の上に、城?砦?が見える。

こうして、長い日帰りドライブは、無事終了。
およそ、20時間。お疲れさま。




yoshi_nohon at 09:10|PermalinkComments(0)ジェシュフから 

2016年08月03日

ブダペスト 1

6月20日 ポーランドからスロヴァキアを抜け、ハンガリーへ

朝は6時に出発。
見物時間はそんなにないだろうが、とにかく行くだけでも・・・と。

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まずは、ポーランドとスロヴァキアの国境。近づいてきた。
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あっという間に、スロヴァキア。
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戦車が追いかけて来た・・・のではない、なぜか道路沿いに、戦車の他にも大砲などが展示?されている。

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次は、スロヴァキアからハンガリーへ、なのだがはっきりわからないうちに・・・
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ハンガリーに・・・
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道路上の表示には、ブダペストの文字が。

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休憩をしたところ。
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さあ、いよいよ・・・

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ブダペストだ。街のどのあたりなのかは、さっぱり・・・
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鉄道駅の近くだったのは間違いない。
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が、東駅なのか西駅なのか?
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建物は、駅。
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わからぬまま、写真だけは。
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これは、あたりと様子が異なる建物。ショッピングセンターか。
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わからぬまま、進む。
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暑い日だった。噴水の中に入りたいほど。

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向こうに見えてきたのは、聖イシュトヴァーン大聖堂。
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高いところは、96メートルの高さ。ブダペストで最も高い建物のようだ。
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大きなドームがあり、内部は金色。
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大聖堂の前に広がるのは、エルジェーベト広場。

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大聖堂の入口。
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・・・つづく・・・

 

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2016年08月01日

ザコパネ

6月18日 ザコパネ

車を降り、歩きだしたら、ほどなく雨が。

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ザコパネは、クラクフの南、約85キロにある山岳リゾート。タトリ山脈の山麓にあり、19世紀末から開発が進み、今では、ポーランドを代表するリゾート。ポーランドにおけるスキー発祥の地でもある。

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逆さまハウス。
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中に入ると、感覚が・・・
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メインストリートは、クルプフキ通り。
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街路灯の傾き角度が、日本と違うか。
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海辺のリゾート、ソポトまで710キロ・・・という表示があった。

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タトリ山脈の南は、スロヴァキア。

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「聖母マリアの聖地」(でいいのかな?)へ。
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各宗派のマークのようだ。

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ここからは、山頂の「スリーピング・ナイト」がよく見えた。ほんとに、寝ている姿のよう。

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帰り道は、クラクフを目指した。雨が上がっていい天気。
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こんな風景の中を走った。
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ザコパネからクラクフまでは、約85キロ。
クラクフからタルヌフまでが、約80キロ。
タルヌフからジェシュフまで、約80キロ。
帰りのコースなんだが、なぜか、80キロ間隔で並んでいるよう・・・





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2016年07月31日

デンブノ 木造教会

6月18日(土) マウォポルスカを西へ。

ザコパネまで行ってみたくなり、ヤクブに打診。
いつものように「問題ない」という答えだった。(ウクライナだけは、問題ありだったのだが・・・)

車窓から眺める風景は、「見逃すなよ」と言い聞かせたくなるほど、気持ちのいいものだった。

地図上で、途中にデンブノという文字発見。
確か、そこには、世界遺産の木造教会があるはず。
この地方にある世界遺産の木造教会は、6か所。前回他の5か所はまわっていたので、このデンブノで、6か所全部の教会を見たことになる。
さっそく、希望を伝えて、寄ってもらった。

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まっすぐな道の奥、牛たちが迎えてくれた静かな農村風景の中に、それはあった。

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15世紀の後半に建てられたという、大天使ミカエル聖堂。
木の素材は、から松で、割れやすくて、普通の3倍も建築に手間がかかったとか。
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(事前に調べてなかったからいけないのだが・・・)内部に使われている多彩な色(33色)が何を原材料にしているのかわからず、修復が難しいので、保存に注意が払われているらしい。
どうもこの写真の部屋ではなく、正面奥にある部屋のようだ。

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世界遺産「南部マウォポルスカの木造教会群」の一つは、こんな村にあった。
人口は、約800人。教会の歴史は、500年超。
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ボチャン(こうのとり)は、いつからそれを見守って来たのだろう。

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ザコパネをめざして、走る。
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前方に山の稜線が見えてきた。
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近づくにつれ、雲が多くなり、天気は・・・

・・・つづく





yoshi_nohon at 08:18|PermalinkComments(0)ジェシュフから 

2016年07月30日

ジェシュフ・ガイドツアー

6月17日(金) 晴れ あつ〜

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17時に、この塔の下で、ビギナークラスの学生と待ち合わせ。観光学科の生徒がいたので、ジェシュフ案内を頼んでみたのだ。
この大きなモニュメント、何かの戦いを記念しているのだろうとは思っていたが、実はよくわからなかった。(今も、よくわからないが)
ジェシュフ案内の小さな英語版パンフには、「革命行動記念碑」とされている。1974年に造られたとある。
学生の話では、共産時代をひきずるもので、その存続や撤去について話題にされることがあるらしい。

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今や、ジェシュフを代表する存在感である。このまま残せばいいと思う。
悪名高い、ワルシャワの文化科学宮殿もあることだし。

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名前が印象に残ている「ソコワ」通り沿い。

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ジェシュフ最古の教会。最も古い部分は、1434年に造られた。鐘楼は、後の改築時に造られたもの。

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市庁舎。1591年に建てられた。

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リネク(市場広場)。この地下には、前兆369mの地下観光道がある。

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建物の右端には、本屋さん。昔から、そこは本屋の定位置だとか。

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もとは、修道院だった。現在は、学校と教会と博物館に。

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今は、銀行になっている。

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ルボミルスキ城。16世紀末に造られたが、破壊のため1903〜1905年に建て直された。1981年までは、中に刑務所があったらしい。現在は、裁判所に。
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ルボミルスキ夏の王宮。

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城の近くに、こんな建物が並ぶ一画がある。
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20世紀の初め、(というから、城の再建のころか)に建てられた別荘らしい。今では、オフィスやラジオ局になっている。

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大きなモニュメントから始まった暑いガイドツアーは、この像で終了。
ユスティナ、ありがとう。




yoshi_nohon at 07:09|PermalinkComments(0)ジェシュフから 

2016年07月27日

ヴ・ジェ再訪問 その3

さて、ヴロツワフ。これで合計何度目?

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1000年の歴史のある街、ヴロツワフ。
1000年の文字がはっきりと。公的には、西暦1000年に街が始まったとされている。

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街の中を、オドラ河が流れる。
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12の島と、100以上の橋がある水の都。
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これは、オソリネウム図書館。かつては、修道院だったとか。
ポーランドの詩聖アダムミツキェヴィチの代表作の手稿やレンブラントの版画などが保管されているという。

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この建物も目立つ。中は、大きな屋内マーケット。たくさんの店が並んでいる。

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300年以上の歴史ある建物は、ヴロツワフ大学のメイン校舎。

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広場は、13世紀の半ばごろに造られたという。市庁舎は、ヴロツワフの顔。
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市庁舎の半地下にあるピヴニツァ・シフィドニツカ。入口周辺は、見るたびにきれいになっているような。
ヨーロッパ最古の歴史ある店として、人気が出ているのを感じさせる。

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広場の端に見えるのは、ヤシュとマウゴシャの家。(ポーランド語で、ヘンゼルとグレーテルの家)
2つのビルが、手をつないでいるかのように、アーチでつながっている。
その後方には、聖エリザベート教会。市内で2番目の大きさだとか。塔の高さは83m。

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ここは、ヤトキ通り。アートギャラリーや工房が並んでいる。
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昔は、肉屋さん通りだった・・・


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歴史ある街、ヴロツワフ。自分のポーランド修行もここから始まった。

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yoshi_nohon at 20:18|PermalinkComments(0)ジェシュフから