常々言っているが、私はジャイアンツファンである前に原君ファンである。

世代の問題もあるが、原君が出てくるときの球場の高揚した雰囲気が大好き
だった。

4番の登場。

今にして思えば、看板役者が見栄を切る瞬間であろうか?

それが好きだったのであると思う。

またそれに反して、成績はよくても評価されない姿もサマになる。
王、長島に次ぐ選手成績を残しながらも酷評。

これは、頑張っていても評価されないサラリーマンの姿とも呼応する。

監督になっても最初の2年間は不遇だった。
フロントとの軋轢の中でアフォ堀内と交代。

甲子園球場で星野監督に花束を渡されて
「負けるなよ!!」と言葉かけられて涙ぐむ姿など、今でも忘れない。

第2次政権では、用兵の巧みさもあり、優勝回数を重ねる。
正直、いい監督だったと思う。
名将にふさわしい。

組織の新陳代謝を掲げたが、また数年後にでも戻ってきてほしい。

彼のよさは、鬼のような采配をしつつも、誰も責めることなく振舞うこと。
最後まで、ナベツネの悪口を言わず、選手・コーチの悪口をいわずの名伯楽であった。

実は私も。この年末に大きな退任を控えている。

彼のように美しく、綺麗に、汚すことなく去りたいものだ。

それとは別に、原君、ありがとう。
これからも、原君ファンである私です。

「私もあなたの作品のひとつです」