建築設計って・・・

建築分野の仕事に**年従事してきたけれど、建築設計って何?外から見るとどう見える? 見えるものと実態。そのギャップを少しでも埋めてみたい。

「治る」という言葉の意味

2月3日(金)に耳鼻科に行きました。
年末から続いている回転性めまい
前回1月13日に行ったとき、目の動きはほぼ正常
一日1,5L〜2Lの水分摂取とアデホス1gを一日3回
次に来た時(2月3日)には治っているでしょう。
と、言われたものの
まだ治っていないのですが・・・
自転車の乗り降りが不安。交差点で左右を見ると頭がくらくら
急に横になると、しばらくまわりが回転。
と、現状を訴えました。
でも、だいぶんよくなってきていますね。
と、言われ、「治る」という言葉の使い方が患者側と医者の側では
微妙に違うのかもと、ふと気づきました。
「耳自体は治っていても、後遺症のような形でしばらく症状が続くという
意味でしょうか?」と、たずねました。
「そうそう、だからしばらく同じ薬出すからね。次来たときに劇的によくなっていたら
一日1回に減らすということもあります。」
というお話でした。
な〜〜〜んだ、「治る」って必ずしも症状が消えるという意味ではないんだ。


腫瘍マーカーと、さらなる副作用?

ブログは半年に一回のペース?
まるで生存証明のために書いているようですが決してそのつもりではありません。
なかなかまとまらない仕事と体力との戦いの日々の中で、
書くという気力が若干失せているのかも・・・

昨年9月の診察日にフェマーラの量を減らしてもらう交渉をするつもりだったのですが、
あっさり却下されてしまいました。
体重によって増減するデータが存在しないこと。
まあ、言われてしまえばそれまでですが、お医者さんというのは科学的発想と主観的発想が
ミックスされて、ほどよいと思われる所見を述べるのが妥当という曖昧な職業なのかも、と
思ったり・・・・
その証拠に専攻が違うと微妙に言うことが違う。
まあ、建築設計の分野もよく似た現象がありますが、人の命をダイレクトに預かる人たちが
微妙に違うというのは患者の側からすると、頼りなさを感じてしまうのも仕方がないのかな?

まあ、ある意味医学は発展途上の科学的処方を手探りで行なっているとも言えるから
仕方が無いのかも。

で、フェマーラの投与量以外にも気になっていることがあって、それをその次の診察日である
去年の12月にたずねました。
たずねたこととは腫瘍マーカーのこと。
以前、抗癌剤が終わった最初の診察日のときだったと思うのですが、乳がんの術後の検診の流れ
について説明がありました。
その時の内容は
 乳癌に関しては腸癌のように数ヵ月ごとに腫瘍マーカーやCT検査はしません。
 年一回のマンモグラフィで十分、それよりも早く転移が見つかったからといって生存率が 
 伸びているというデータが存在しないこと。
 そういうわけで大きな病院(病院名を具体的に言われたのですが記憶が曖昧なので名前を
 書くのはやめておきます)では、普通年一回のCT検査もしないのですが、私の個人的な
 見解としては、転移が早く見つかって、その時有効な治療薬が開発されているという可能性
 もあると思うので、年一回くらいはCT検査もお勧めしていますが、患者さんの方で不要だ
 という判断をされるのならしません。
という内容だったのですが、
乳癌には腫瘍マーカーは有効ではないという意味なのかな?
また、再発転移がマンモで見つかる程度で治療を始めてもそれより早く始めても同じ?
逆に言うと転移したらやばいから何しても同じ事と言ってるようにもとれる・・・
まあ、その時には年一回CT受けといたらいいかな? くらいに軽く考えていたのですが、
日に日に疑問が膨らんできました。
それは、原発が乳癌だからといって、転移先がどこなのかもわからないので年一回のマンモで
良いってどういうことなんだろう。また、腫瘍マーカーは部位がどこであっても元が乳癌なら
ほんとうに有効じゃないと言えるのか

というわけで、12月の診察日に腫瘍マーカーについて質問しました。
答え
 癌の再発で腫瘍マーカーの数値が極端に異常を示した場合、すでにかなり癌が進行している
 場合であって、マンモやCTのほうが早く発見される。
(う〜〜ん、ちょっとまって、遠隔転移の場合マンモやCTじゃわからない場合もあるんじゃない?)
という疑問がまた湧いて来ましたが、こらえて話の続きを聞きました。

 でも、CT検査の時血液検査もしてるでしょ?
ん? ん? ん?
 え? 血液検査の時腫瘍マーカーもとるのですか? でも、私の場合抗癌剤治療の前にしか
血液検査受けてないのですが・・・・
続きの続き
 そうでした? 造影剤のときに、してたはずですが
私の場合、喘息発作の可能性があるから造影剤はだめと言われていて、
血液検査もしていないんですけど。

う〜〜〜ん、う〜〜〜ん、話の筋が???

で、結論としては次の3月がちょうど二年になるので、CT、マンモ、骨密度、腫瘍マーカー
ということになりました。

なんだか狐につままれた気がするのですが、自分の身を守るためにこういう場合は
下手に追求しないほうがいいかな? と判断。
なぜなら??の部分で検査をしないという結論になったわけではないので・・・

ところでフェマーラの副作用のほうですが
関節痛はほとんどおさまっています。また、湿疹もほとんど出なくなっています。
ただ、去年の暮から起きている回転性めまい。耳鼻科の診断ではほぼ治っているはずなのに
まだ歩いているときや自転車に乗っている時の浮遊感が残っていて、急に振り向くと
頭がくらくらします。
明日耳鼻科で再診ですが、もしかしてフェマーラの副作用にあるめまいのほうもあるのかな?
でも、耳鼻科で、フェマーラを含む飲んでいる薬を伝えているのだけれど、何も言われなかったなあ。

普通に疲れて、普通に夏バテ?

去年の7月に抗癌剤が終わり、そののち8月の盆明けから9月17日まで
放射線治療に毎朝通っていました。
そのころと比べると今のほうがずっと楽なはずなのに、なぜか疲れていて
なかなか前向きに動くことができません。
普通に夏バテしているだけなのかなあ。やっと普通に疲れたということなのかなあ。
でも、昨年も猛暑だったし、毎朝9時に病院に通うのはきつかったはずだし、
抗癌剤の後遺症で筋肉思うように動いてくれなかったし、
でも、今思うと、自分的には元気だった。
頑張って治さなければという目標があったから?
それとも、今、年齢の節目にはまってしまったかな?
今ももちろん目標はあるし、仕事はしていかなくちゃならないし、
ホルモン治療の副作用、関節痛(特に朝)と湿疹というのか、何かに触れたところが
すぐに赤くなってしまうという厄介な状態が続いています。
土曜日に素足ではなくストッキングの上から履いていたサンダルのベルトの跡が
真っ赤に腫れあがり、日曜日は部屋の中でスリッパを履いても痛痒い状態でした。

それでも、抗癌剤治療中よりは、ずっとずっと楽なんですよ。
でも、まだ4年あるのです。ホルモン治療・・・・
年齢と、肥満(これも副作用らしい)との戦いが続く

田中好子さんの訃報に思う

昨晩帰宅したときに、はじめて知ったことであり
私自身なんの情報もないのですが、田中好子さんが乳癌で亡くなられた。
という報道がありました。
ご冥福をお祈りいたします。

ただ、この報道で気になったことなのですが
わかったのは、彼女は1992年に乳癌に罹患されていた。
昨年から様態が悪くなっていた。
抗癌剤治療はされていたようだ。
十二指腸潰瘍ということで入院され、癌が悪化した?
肺と肝臓に転移があったらしい。
くらいのことしかわからないのに。

それが、20年近い闘病生活という表現になり
乳癌は完治しやすい癌だと思っていたら怖いんですね。
という感想になっていって、白血病で亡くなられた夏目雅子さんに
思いを馳せる話になったり
田中好子さんが早くに亡くなられる宿命を背負ってられたかのような
どちらかというとエモーショナルな方向に流れているように思いました。

でも、それだけでは何があったのかわからないまま不安を煽られて
しまいます。
インパクトのある記事より、きちっと彼女の病状を伝えてもらえたらと
勝手な願いですが思っています。

私が推測できる範囲では
1992年というと彼女は30代だった。
もしかして、検診を受けられたのではなく自覚症状で、癌がみつかったときは
かなりステージが高かったのかもしれない。
仕事の忙しさにかまけて、術後(手術されたのかどうかもわからないですね)
のケアがきっちりできていなかったのかもしれない。
1992年の段階では抗癌剤治療も今以上に副作用もひどく、効用も違って
いたかもしれないけれど、抗癌剤治療自体をその当時は行われなかったか
ご本人が拒否されたかもしれない。
15年以上かかって育つと言われている乳癌の目を初期段階で摘むことができて
いなかったのかもしれない。

これくらいです。

噂だけが独り歩きしないことを願っています。

抗癌剤の副作用&後遺症

昨年5月から7月にかけて、たった4回の抗癌剤(タキソテール+エンドキサン)投与でしたが、それなりに副作用もあり、まだ副作用による後遺症(?)も残っています。
だいたい4クール(回)が1セットになっていて、2セット、3セットのかたもおられますので、短くてすんだ私が書くのも、ごく一部のことでしかないかもしれませんが、これから抗癌剤を投与される方の参考に、また、がん(乳がん)治療とはどういうものなのかと思っておられる方に、参考になればと書いておきます。

副作用については、抗癌剤治療を始める前に説明されますし、説明を書いた冊子なども渡してもらえますので、言葉ではわかるのですが、副作用の感じ方は人それぞれなので、文字情報だけではわからないことが多いです。

自分の場合、一回目で喉枯れ→声が出なくなるという症状があり、がまんしなければならない副作用のひとつだと思っていたところ、実は同時に風邪もひいていたことがあとでわかりました。
おそらく副作用+風邪ということで、2日間ほとんど声が出ない症状が続きました。
それと同時に筋肉痛が数日続きました。(これも、風邪と副作用の区別がしがたいです)

味覚ですが、予想通りとんでもない状態が続きました。
生野菜を食べると、抗癌剤の葉を食べているような不快感。去年のことなので、不快だった気持ちが薄らいできていますが、抗癌剤の投与日の数日後から一週間何をたべても口の中の不快感が続きました。また、不思議なことにもともと好きではなかったものが異常に食べたくなるという、ある種つわりのときのような、へんな感じが続きました。

前にも書きましたが2回目の10日後くらいにラーメン屋さんでつけ麺を食べた後、いきなり全身に蕁麻疹が出るというアクシデントに見舞われました。それは、いまだに少しずつ続いていて、朝晩アレグラという薬を飲み続けています。後遺症というより、抗癌剤がきっかけで、もともとあったアレルギー症状がひどくなったのかもしれません。

それと、最初の頃あった筋肉痛と違った筋力低下のような症状が回を重ねるたびにひどくなっていき、最後の4回目のころには、ゆるやかな坂道でも自転車をこぐのが困難になっていました。抗癌剤が細胞分裂の激しいところを攻撃するから、ふだんよく使う筋肉にも影響を与えていたのかもしれません。4回で1セットというのは、体の抵抗力の限界を考えてプログラムされたものなのかなと実感しました。

4回目の投与のあと、1ヶ月で抗癌剤はだいたい体から抜けると聞いていたし、ちょうどそのあと放射線治療が始まりましたが、しばらくは筋力低下の状態が続き、寝返りをしても筋肉がついていけない状態でした。
それが抜けたと実感できたのは、猛暑の中、毎日放射線治療に通い続けていた後半でした。病気でなくても辛いと言われていた猛暑なのに、自転車が普通にこげるようになったときは、体が軽やかで気持ちがよかったです。

とにかく、いずれは楽になる時がくる。というのは真実ですね。
でも、あのころの辛さとくらべて今はずっと楽なはずなのに、ずっしり体に残った疲れと毎朝の指の関節痛は何なんだろうと思います。これはホルモン治療の方の副作用なんでしょうね。持久力、持続力が減退していってます。
単に加齢じゃないの? という説も(笑)続きを読む

NOVARTIS(ストレスリリーサー)

3月11日の震災後、自分が直接被害を受けたわけではないのに
体調が悪く、何か積極的にしようという気持ちになれない状態が
続いています。
被害を受けていない者こそ、元気に行動して経済の活性化につなげて
いかなくちゃ・・・そう思うのですが、仕事も大変な状態なので
とにかくとにかく、健康を維持して仕事を続ける。
それが一番と言い聞かせながら、ブログに何かお役立て情報をと書き始めています。

去年の8月16日から、25日間の放射線治療と平行してホルモン治療が
始まったのですが、最初はこれといって副作用がなかったものの
この数カ月前から朝起きると指の関節が痛むという症状が出はじめ
倦怠感と疲労蓄積感というのか、精神的なものとの区別がつきにくい状態。
ホルモン治療薬のフェマーラ(アロマターゼ阻害剤)の副作用を調べると
関節痛もあるようなのですが、症状がリュウマチに似ていると言われ
念の為にリュウマチの検査をしてもらいましたが、異常なし。
やっぱり副作用なのね。
そんなわけで、乳癌専門医の方が書いておられるブログで紹介されていた
指関節のストレッチグッズについて、CT検査のおり主治医に尋ねてみたのですが
「聞いたことがないですね〜」と言われてしまったので(たぶんリハビリ部門じゃないから?)
直接調剤薬局に取り寄せてもらうことにしました。
これが、その写真です。見た目はピンクリボン、しっかり握ると気持ちいいです。
名称はストレスリリーサーと書かれていました。110402_121916110402_122040

悲しい出来事

昨年3月末から4月にかけて入院していたとき同室だった人。
彼女は2度目の入院で、一度目は抗癌剤で入院、2度目は胃の
バイパス手術だったと聞いています。

2度目の時の退院日が一緒で、その後も時々電話やメールで
連絡をとりあったり、通院のときにお茶したりの関係でした。

確定申告の準備やこちらの体調の悪化で、しばらく連絡をして
いなかったのですが、昨日の夜9時を過ぎて、彼女のアドレスから
携帯が鳴りました。
お昼にしか連絡してこない人だったので、何かあったのかと
慌てて電話をとりました。
男の人の声だったので、「***さんですよね」と、こちらから
確認しました。「そうですそうです」という返事
一瞬再入院の連絡? そう思いましたが 
「あのね、この3月2日に亡くなったんです。」
あとは、どういう言葉のやりとりだったのか記憶がありません。
「連絡ありがとう。」最後にこう言いました。
ご主人とは一回しかお目にかかっていないけれど、仲の良いご夫婦で、
ご主人は看護師さんをされていたのですが辞められて、家のことや
彼女の病院の送り迎えや、いろいろ彼女のために動いてられたみたいでした。
もしかしてご主人が看護師さんをされていたということで、入院に
なるところを通院や自宅療養ができてたのかな、そう思います。
旅行の計画もされてたみたいです。
さっぱりした性格の人で、先生に「私の治療エンドレスなんでしょ?」
って、何回聞いても返事してもらわれへんねん。と言ってられたのを
思い出します。
告知について、いろいろ考えさせられます。

がん治療の費用

風邪なのか、花粉症なのかわからない状態が続いています。
手術や特殊な病気や治療を経験すると、今の体調の悪さは
自分の特殊性なのか、季節のせいなのか、歳のせいなのか
わからなくなります。

倦怠感の中、自分の今後の生活設計にも影響してきますので
がん治療に関わった費用を集計することにしました。

数字は健康保険適用した後の金額ではありますが、高額医療費の
還付のほうは無視して数字を出しました。
なぜなら、高額医療は月をまたがると計算が変わる。
収入によって上限が異なる。というものなので・・・
それと、現実にはあまり適用はできないようです。
抗癌剤が3週間に一回だったりするので、一ヶ月10万を超えたのは
私の場合、入院費だけでした。

ではでは、集計表です。(少々の計算ミスは目をつぶってくださいね)

2010年度がん治療に伴う医療費
2月
  検査投薬料    35,650円

3月
  手術入院費    110,000円(30日〜) 
  先進医療     78,400円(センチネルリンパ節生検)
  食事代        210円(手術は31日で絶食状態で入院したので)
   3月計     188,610円  
  
4月
  入院費      59,000円(〜4月8日) 
  食事代       4,620円
  診察料        210円
  証明書類代     8,000円(医療保険2通分)
   4月計      71,830円

5月
  検査・抗癌剤   37,810円(1回)
  診察料       3,520円(副作用による診察・処方含む)
  投薬        5,800円(抗癌剤前後の薬代他)
  証明書類代     4,000円(所得補償保険)
   5月計      51,130円 

6月
  検査・抗癌剤   74,690円(2回)
  診察料       3,030円(副作用による診察・処方含む)
  投薬        7,550円(抗癌剤前後の薬代他)
   6月計      85,270円

7月
  検査・抗癌剤   37,810円(1回)
  診察料       3,170円(副作用による診察・処方含む)
  投薬        6,450円(抗癌剤前後の薬代他)
   7月計      47,430円 

8月
  検査・放射線治療 66,200円(初回検査+放射線12回)
  診察料       2,600円
  投薬        9,120円(ホルモン治療薬含む)
   8月計      77,920円       

9月
  検査・放射線治療 54,210円(放射線13回)
  投薬        8,900円(ホルモン治療薬含む)
   9月計      63,110円 
  
10月
  診察料        620円
  投薬       15,670円(ホルモン治療薬含む)
   10月計     16,290円

11月
  診察料        620円
  投薬       15,990円(ホルモン治療薬含む)
   10月計     16,610円

2010年 合計 654,090円

現在、ホルモン治療を続けています。5年間ということなので、あと約4年半
2ヶ月に1回で(フェマーラ+蕁麻疹の薬)約16000円なので
あと残り16000円×54ヶ月/2=432,000円也
昨年度と合計すると100万円超えちゃいますね。

自分のケース(初期で、抗癌剤の回数が少ない)で、この金額なのですから
癌にかかる費用の平均は、どうなるのでしょう。
入院、治療で知り合った方々で、初期であっても、さらに抗癌剤の回数が4回多い。
ハーセプチン(分子標的治療)をうけておられる方
ハーセプチンは一回約55,000円と聞いています。それが12回加わると
66万円プラスされます。

それと、書き忘れていましたが、カツラ、帽子、下着などの費用もかかります。




ボーダー上の選択

今日は午後から確定申告の書類を持って税理士さんのところに行きます。
木曜日は塾文化教室の方で授業があって、そのときは風邪気味の中
なんとかがんばっていましたが、
昨日は帳簿の仕上げを自宅でしていました。

昨年(2010年)4月26日に、退院後の最初の主治医の診察がありました。
がん告知(2月)のときよりも緊張しました。
その約2年前に手術を受けていた友人が初期だから定番の放射線治療で
終わりだと信じていたところ、抗癌剤、ハーセプチン、ホルモン治療の
フルコースになってしまい、ショックだったと聞いていたからです。
ただ、患者同士の又聞きの場合、正確な情報が伝わるとは限らないので
初期なのに、なぜそうなったのかという部分は推測でしかありません。
で、自分の場合はどうだったのかというと
(その当時のメモが行方不明なので記憶で書いています)
・がんの悪性度     中
・浸潤径        2.5cm
    (2個というのは、つながっていて組織的には一個だったらしい)
・管浸潤        なし
・エストロゲン受容体  80%(何に対する%なのか記憶なし)
・HER2反応       −(陰性)

あと何かあった記憶(たぶんエストロゲン以外のホルモン系の%だった
ように思いますが)は、不明瞭なので省きます。
今記憶をたどってみて、医学的にどういうことなのか正確にわかっていない
部分もあるのですが、本質的な意味ですべて理解するのは無理ですよね。
建築物の構造を分野外の人がどこまで理解できるのかと、同じことが言えるのかも
でも、自分の体のことなので、100%とか行かなくても、知り得ることは
知っておきたいですね。

上記の数値の結果、今後の治療方針はどうなったのかの話ですが
まず、ホルモン治療は有効なので行います(5年間)
ホルモン治療が有効なのは良いことなのですよ。とも、言われました。
ハーセプチンは、HER2陰性ということで、有効ではないのでしません。
あと、抗癌剤ですが、抗癌剤治療を行うべきか不要かというボーダー上に
あると言われました。
例えば癌の悪性度が「中」ではなく「低」で、浸潤径が2cm以下なら
行いません。とのこと
あとの再発リスクを考えると、ホルモン治療だけに頼るのは、ちょっと・・・
という状況で、結論は連休明けまで持ち越しになりました。

5月6日の二回目の診察で、
体力や年齢的なことも考えて、結局、抗癌剤治療も受けることにしました。
今の間に出来ることをしておこうという結論です。
それがよかったかどうかは神のみぞ知る。ですが・・・・

でも、オプション(と言えるのかな?)なので、3週間に一回で
4クール、TC療法ということになりました。


今日は、確定申告に向けて医療費控除の計算書も作ったので、
次回はがん治療の費用をまとめてみたいと思います。






蕁麻疹(じんましん/Urticaria)

久しぶりに翻訳の仕事を昨日からしています。
(今晩送ったので、「していました。」になるかな?)
建築絡みの内容なので、ちょっと嬉しい!!
でも、やたらとかゆいのです。手首や、肘や、脹脛や、・・・

去年の6月に入ってから、2回目の抗癌剤を投与されたあと、
10日後くらいして、やっと食欲がもどりかけてときに、
某ラーメン屋さんで、つけ麺をいただきました。
もともと、あまり脂っこいものは好きではなかったいのですが
抗癌剤の治療中は、食欲が失せた後の反動でトンカツとかチャーシューとか
そういうのが食べたくなるのです。
で、そのつけ麺のチャーシューがやわらかくて、美味しくて、
でも・・・・ちょっと変な予感がしていました。
その後、夕方から全身のいたるところが痒くなってきて、眠っていても痒くて
頭や顔まで掻いていました。

朝起きると、顔が真っ赤に腫れ上がり、全身蕁麻疹状態。
お医者に行って注射をしてもらって、セレスタミン一週間分もらって
なんとか収まりましたが、それ以来、ちょっとしたことで蕁麻疹が
出るようになり、昨日今日と、軽傷の中の重症レベルです。

抗癌剤との因果関係、現在飲んでいるフェマーラというホルモン治療薬
(アロマターゼ阻害剤)との因果関係は、不明のままです。
もともとアレルギー体質なので些細なことで過敏になったりするので
厳密に言うと因果関係はあるのだとは思います。
薬を飲んだり、抗癌剤を打ったりという状況で蕁麻疹が直後にでると、
明らかにアレルギー反応が出たということで、中止したり薬を変えたり
ってことになるんでしょうが、
そうでない場合、お医者さんも手の打ち用がないみたいで、
かゆみ止めを出しておきましょう。の、レベルになってしまうんですよね。
現在、アレグラを朝晩飲んで、ステロイドがほんの少し入った軽い塗り薬を
使っています。

困ったものです。

センチネルリンパ節生検(sentinel lymph node biopsy)

2010年3月31日に手術が決まり、3月30日に入院しました。
それに先立って行われた説明の中で、「センチネルリンパ節生検」という言葉を
初めて聞きました。
センチネルリンパ節の「センチネル」とは、門番という意味で、
センチネルリンパ節とは、他のリンパに浸潤していくのを見張って
いてくれるリンパ節と言えばいいのでしょうか。
簡単に言ってしまうと、センチネルリンパ節生検とは、
がんの部位に最も近いセンチネルリンパ節に転移があるかどうかを
手術中の短時間で調べる検査で、その結果によって腋窩リンパ節の
郭清を行うかどうかを決めることになります。
その当時(なんと2010年3月31日にまで)は、先進医療
(健康保険が使えない)でした。
センチネルリンパ節に転移がなければ、他のリンパ節には転移はない
だろうと判断されます。
でも、それは100%転移がないという意味ではないらしい。
なぜなら、手術中の短時間での判断であること。
センチネルリンパ節がどれなのかがはっきりしない場合もあること。
(これは医者に聞いたのではなく、私の個人的推測ですが)

なんせ、手術されている側は、その場面を見ることができないのですから・・・

31日の手術の後、麻酔から覚めた最初の私のことばが、
「転移がありましたか?」だったようです。
無事センチネルリンパ節には転移がなく、腋窩リンパ節の郭清は
しなくてすみました。

雪景色

snow


今年二度目の雪景色です。

金曜の朝起きたらいきなり雪景色。
土曜日仕事に行けるかなと思っていたところ
なんとか雪が消えてくれた。
同じ関西でも微妙に違うようですが・・・

ところが、今日またまた雪です。
午後には降り始めていて、慌てて帰ってきました。
車が通る道路も積もり始めていて、一時間遅かったら
どうなってたかな?
坂道を自転車を押して帰ったのですが
雪道に慣れていない者にとっては楽しむ余裕はなかったなあ。

大病の予兆

乳癌が大病といえるかどうかは、わかりませんが、
何か大きな病気を予兆するものってあるんだなと思うようになりました。

癌がわかった前々年度(2008年)今思えば遠い昔。
建築設計の仕事が思わしくなく、翻訳の仕事と掛け持ちで塾の講師の
仕事を請けていました。
最初は近所だから他の仕事に負担がかからないように週一回くらいなら
いいかな・・・という状態だったのですが、
小さな分室にも週2回行くようになっていました。

たまたま建築基準法関係の大改正により、管理建築士の講習会を受け
それに合格しないと建築士事務所としての仕事が続けていけないという
状況の中で、11月ごろだったと思いますが塾の仕事を休んで講習会に
行き、その振り替えで無理して翌日に塾の仕事を請けました。

塾の場所は自宅から電車を乗り継いで1時間半はかかる場所で、
早めに出て喫茶店で教材を広げて準備をしていました。
すると、いきなりめまいがはじまり、これは尋常ではないと思い
近くの薬屋に飛び込み、ぐるぐる回転するめまいが起きてまともに
歩けないと訴えました。
薬局の人は気の毒がって、すぐ飲むドリンク剤と長期で飲む薬を
勧められました。
今考えるとそのドリンクがよくなかったようで、飲んだ後めまいが
おさまらないまま無理して電車に乗りましたが、いきなり吐き気で
耐え切れずに途中下車しました。
生徒には携帯で直接連絡しまくって、キャンセルしてもらいました。

余談ですが、塾講師のアルバイトは健康でないという時点で×になる
ようです。しかたのないことですが・・・・

めまいと吐き気という組み合わせは一般的には脳疾患に違いないと
思われるようですが(主治医の紹介で精密検査も受けました)
結局内耳の病気、疲労がたまると出てしまうようです。
吐き気(実際吐いてしまいました)は、ドリンク剤が原因のようでした。
人参入りの滋養強壮剤で、健康な人が少し疲れたときに飲むドリンク。
その薬剤師は、状況把握ができないやぶだったんじゃない? と
友人からも言われました。
そのときもらった(買った)長期で飲む薬も、そのまま飲んでいません(笑)

そんなこともきっかけで、塾の講師の仕事は少しずつ減らしてもらいました。
考えたらその夏には父が喉頭がんになり、付き添いで何回も病院に行き
たぶん疲労困憊していることも自分では気づかず、綱渡りみたいに塾の
夏期講習も手伝っていたので疲労がたまりにたまっていたのでしょう。
そして、暮れに父が脳梗塞で倒れ、翌年2009年には、例のごとく病院の
追い出しがかかり、特別養護老人ホームの申し込みやなんやらで、妹たちと
駆けずり回っていました。

そして、その2009年の夏に父が亡くなりました。

今振り返ると、このような一連の流れの中で、健康体でい続けるのは
無理があったんだなと思います。
どこか弱いところに何かが起きるような状況で、もしかして乳癌が大病
というのじゃなくて、乳癌が見つかったことで、体を休めることになった。
もっとたいへんなことになったかもしれないことにストップをかけてくれた?
それは、いろんな力が働いたおかげなのかもしれない。
そんなことも思うようになりました。

告知の定義(2)

癌告知とは・・・
「あなたは癌ですよ。」と伝えるだけではないですよね。

何十年も前なら、癌と言えば死に至る病という認識が強かったと
思うのですが、その当時に「あなたは癌ですよ。」と言われたら
告知したということになったんだと思います。
でも、現在では癌は早期発見すれば助かると言われるようになって
きていますので、「あなたは癌ですよ。」と言われても、
「わかりました。では、どういう癌なのですか?」という質問を
次の段階で発することになると思います。
で、それに正確に答えてもらって、はじめて告知されたということに
なるのではないでしょうか。

で、自分の場合どうなのか? 正確に伝えてもらったのか?
ほんとうかどうか、厳密にはわかりません。
たぶん伝えられる範囲で伝えていただいたのだと思います。

乳癌だとわかった後、2010年2月にいろいろ検査をしてもらいました。
2回に分けて、約3万円かかりました。
心電図、レントゲン、血液検査、CT、肺活量、骨シンチ
骨シンチでは、骨に転移があるかどうかを見る検査だったと思いますが
現時点では、骨には転移がないと聞いてほっとした記憶があります。
骨シンチ検査は、核医学検査室というところで、30分〜40分かけて
全身の骨の状態を検査し、検査の後、自分の全身の骸骨を見せてもらいました。


喘息の持病があるのでMRは中止になりました。
手術をするとき、持病があると不利になることをいろいろ知りました。
造影剤は喘息発作を招く危険性があるそうです。
また、全身麻酔のとき、器官にチューブを入れるので、これもまた
喘息発作の危険性が。。。。
手術のとき、喘息の吸入薬を持ってきておいてくださいね。
と、言われ、少し不気味だなと思いましたが、発作は起きずにすんだ
ようでした。

告知の定義

昨年の1月末に、まあ受けてみましょうで受けたマンモグラフィ。
市に問い合わせたら、予約がいっぱいで、そこしかありませんよ。
と言われて行ったはじめての小さな診療所。
正直、病院じゃないんだ。いいのかな? そんな思いがありました。
そのときは、そのお医者様が乳腺外科専門医であることも知りませんでした。
まず触診があって、たぶん大丈夫でしょう。
でも念のために、ということでマンモグラフィ。
水平方向と垂直方向で板状のもので思いっきり挟まれ
こんな痛い思いをなぜしなくちゃならないのかと一瞬思いました。

ところが、検査が終わった後に、お医者様から
ちょっと怪しげなものが出てきたからエコーもとらせてくれる?
(エコーは無料検診外なので約5000円取られた記憶が)
と言われ、エコー検査を受けました。

絶対癌だとは言い切れないけど、2cm程度のものが二つあるから
生検に出すので注射するね。と言われ、思いっきり太い? 注射器
のようなもので組織を取られました。
一週間後に結果が出るので来てください。
絶対じゃないけど覚悟しておいてね。と言うようなことも言われた
記憶が・・・・

一週間後行くと、あっけなく癌だと告知されました。
まあ、大きさからして初期だと思うけど、二つ並んであるのが
少し気になる。あとは、大きな病院で精密検査を受けて治療方法を
相談してください。手術とか、抗がん剤とか、
で、病院はどこにしますか? 
と、あっさり言われたので
紹介はしていただけるのでしょうか? とたずねたら
近くではK病院、その次はY病院・・・・

友人と父親がY病院だったので、Yにしてください。
とお願いしました。
早いほうがいいからと、その場で紹介状を書いてくださって
電話で予約していただきました。
仕事の都合と先方の空き状態との調整で一週間後くらいに
なりました。

その日はあっという間に過ぎ、何がなんだかよくわかっていなかった
のかもしれませんが、妙に自分は冷静だったような気がします。
そして、お医者様のほうは、どちらかというと深刻な表情ではなく
にこやかな表情でした。
もしかして、このお医者様は患者の心理を考えて、わざと軽く
ふるまってられたのかな? 
それとも、たまたま相性がよかっただけ?
こういう態度がいやって思う人と、よかったと思う人があるような
気がする。
それにしても、告知ってこんなにあっさりしてもいいの?
そんなことも思いました。

たぶん、治療可能な範囲だからあっさり告知したのかな?
もし、ステージがもっと高かったら、正確には告知しないのかな?
助からなくても、助かりますよ。とか、ドラマで出てきそうな
シチュエーションが一瞬頭にうかんできました。

マンモグラフィー

ブログを2年以上放置状態で、久しぶりにログインしようとしましたが
自分のIDって何だっけ・・・・
の状態

漸くログインできました。

実は昨年の3月に乳癌の手術をしました。
そのあといろいろあって、ブログは放置状態。
でも、このままでは自分の頭の中も整理できない。
時系列で整理しようと思ったものの、それはそれで
自分にとって負担になりすぎるので、気まぐれに
ブログを再開することにしました。

昨年の1月に初めてがん検診(マンモグラフィー)を
受けました。
今まで検診を受けたことがない自分がなぜ受けたのか?
今思えば不思議です。

★市から無料の検診の案内がきた。
 見ると期限がもうない。
★友人が背中を押してくれた。
 その友人は、直観力というか、霊能力が優れているのです。
★ひょんなことから、アフラックの代理店を始めることになった。
 がん保険といえばアフラック。それなのに検診も受けたことがない。
 ちょっとまずいかなと思いました。

理由はこんなとこでしょうか。
偶然としか言いようがないのですが、そのおかげで癌を初期で発見
できました。

マンモグラフィーは痛いなんの・・・・・
これから初めてと言う方を脅かすことになりますね。
でも、痛い部分を差し引いても、とても意味のある検診です。
なんせ、触診では見つからなかったのに、2cmを超える癌を
見つけてくれたのです。

メルマガ発行

みなさん、こんにちは

ほんとにほんとにお久しぶりでございます。

建築業界は姉歯事件以降特に不況の嵐
さらに、リーマンショック、株価下落

さっぱり動く気配がありません。

副業だったはずの翻訳業務のほうがメイン
になってしまうのかも
といっても、こちらのほうもお仕事は不定期です。

そんな長いトンネルの中、くさっていても仕方がないので
メルマガに挑戦

見切り発車なのでペースがまだつかめていませんが
もしよろしかったら
http://www.mag2.com/m/0000275114.html
から、メルマガ登録してくださいませ。

タイトルはシンプルに
【建築基準法からはじめよう】です。


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気になる建築用語

TOP記事が「謹賀新年」のままというのも、あんまりだと思いつつ2月になって一週間が過ぎようとしています。
そこで昨年から今年にかけて、何ヶ所からかの建築がらみの文書の翻訳依頼があり、自分なりに用語をまとめてみました。
守秘義務もあり、前後関係など詳しいことはかけませんが、依頼主が建築関係を熟知しているあまり、なんでもない用語を建築用語として勘違いしてしまう場合もありますが、どちらかと言うと建築用語を知らないのが原因で誤解を招くような用語指定もありました。

下記は気になる代表的なもので、必ずしも、いつでも、下記の訳語が
当てはめられるわけではありませんが、参考に・・・

Architect                設計者、建築家、建築士 
Design document             設計図書
Design fee                設計料
Site                現場、現地
Site office               現場事務所
Architectural design drawing       建築設計図
Working drawing             施工図、実施設計(文脈による)
Construction drawing           構造図、構造設計図
Erection work              据付工事、建方工事
Door and window schedule         建具表
Finish schedule             仕上表
Interior finish work           内装工事
Steel framed erection          鉄骨建方
Waterproofing work            防水工事
Operation sheet             工程表
Work schedule              同上
leveling mortar             均しモルタル
leveling concrete            捨てコンクリート
interior elevation            展開図
interior section             展開図、内部断面図

scheduleをスケジュール、designをデザインというカタカナ語を安易に当てはめられているのを見かけますが、日本語の概念が元の英語と変化してしまっているので要注意です。
また、特殊な現場用語、専門用語は、内容を理解した上で使用してほしいと思います。英語が出来る=翻訳が出来る、という意味ではないことが上記を見ていただいたらお分かりかと思います。


※追加用語がありましたら、確認して追加していきます。
ご提案ください。

(英語と日本語と位置がそろっていないのはご容赦を)



My mini cityですが、下記コマンドが使用できるところまで発展しました。

※人口を増やします

※工場を作ります

※交通を整備します

※治安を改善します



下は、2月6日現在の街です。

My City






















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謹賀新年

夜景1












なんばパークスガーデン(1月2日)
携帯からなので写り悪いです。



またたくまに過ぎてしまった一年。
光陰矢のごとしを実感する余裕すらなかったと言えるかも

今年は激動の年であるらしい。
確認申請業務は一体どうなってしまうのだろう。
建築業界は?

そういう次元を超えてとんでもないことが待ち構えているのかもしれない。

でも廻りを見渡すと平和そのもの
文化や教育は確かに荒廃の方向に突き進んでいるように思える。

そんな中で去年から流行り始めたweb上での街つくり
何かを暗示しているのかな?

自分も遅まきながら作ってみました。

※人口を増やします

※工場を作ります



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イメージの貧困さ

奈良1


















志賀直哉旧邸近くの風景


何かを提示するとき、極力偏った見方になってしまわないよう、
意識的に抽象的表現をすることがある。

ところが、その場合、提示する側の偏りを避けると言う効果がある反面、
受け手側のイメージの貧困さが、内容を狭めてしまう危険性がある。

A⊆Bの関係で、Bという大きな領域を提示しても、その中のAの部分
しかイメージできない者はA=Bと思い込んでしまう。

建築設計の場合も同じことが言えるのかもしれない。

その状況を避けるためには、どのような具体性を提示したらよいのだろう。

そのひとつにスケッチがある。
様々なスケッチを提示する。
そこから新たなイメージを膨らませていくことは可能かもしれない。

でも、抽象的概念というもののスケッチは?

上の写真の向こうには何が見える?




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yosi
大学卒業後三年弱某ハウスメーカーに勤務、退職した年に一級建築士取得、設計事務所(二社)勤務を経て現在独立。建築設計がらみの何でも屋と化す。建築関係の技術翻訳(英日)もやってます。

【私の自慢】
海外旅行の経験がない(自慢と言えるか?)
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