2020年06月13日

好きなギタリスト4人・デビッドリンドレー。

Lindley「好きなギタリスト4人」
四人目
「デビッドリンドレー」

好きなギタリスト四人目はデビッドリンドレーです。
どういうきっかけでリンドレーを聴くようになったのか全然思い出せませんが、ふと気がつけば大好きになっていました。
この人は普通のエレキギターも超カッコイイですが、スライドがまた最高なのです。スライドをやるときはラップスチールを使ってどこまでも伸びやかで空中に向かって飛び出すような、開放感いっぱいのプレイをします。リンドレーはジャクソンブラウンと永年コンビを組んでいますが、ブラウンのアルバム・レイトフォーザスカイ等でまさにそんな素晴らしいスライドが聴けます。前回のデビッドイダルゴのところで書いたネーネーズのアルバムにはリンドレーも参加しており、ここでも最高のプレイが聴けます。
僕の個人的な感想ですがこの人の場合セッションマンとして他の人のところで行うプレイはどちらかと言うとシリアスな印象があり、どこに出しても恥ずかしくないプレイといいますか普通にカッコイイ。しかし自分のアルバムではもう少しひょうきんさが表に出るような気がします。歌も演奏も楽しさにあふれています。声がまたそういう感じの声なのです。使用楽器も古いアメリカの通販用ギターであるSilvertoneとか日本製のTeiscoなどビザールと呼ばれるB級のものばかり。しかしそこから最高のトーンを引き出す、まさにひと味違う分かってる男なのです。
昔の話ですが橋本と二人でやっていたカメ人間というユニットでみそ汁付きカセットを発売したことがあったのですが、そのときの曲がツイスト&シャウト。もちろんリンドレーのファーストアルバムEl Rayo-X(化けもの)の超カッコイイアレンジを使わせていただきました。
ここからは余談ですが吉田拓郎1995年のアルバム Long time no see にリンドレーが参加しています。僕はそのニュースを聞いて凄く楽しみで、拓郎はず〜っと聴いてなかったけど発売日にわくわくしながら買ったのに、え?リンドレーどこ?って感じの仕上がりで凄くガッカリしたのを覚えています。せっかくリンドレーが参加してるのにその持ち味を全く感じさせないある意味ゼータクな起用法に、拓郎わかってないな〜と感じてしまいました。

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好きなギタリスト4人・デビッドイダルゴ。

Hidalgo「好きなギタリスト4人」
三人目
「デビッドイダルゴ」

好きなギタリスト三人目はデビッドイダルゴです。ご存じない方も多いと思いますがロスロボスのギタリスト兼ボーカリストです。アコーディオンその他も非常に上手いマルチプレイヤーです。
僕が初めてロスロボスを意識したのは1996年のアルバム「コロッサルヘッド」です。それまでロスロボスは名前も知っていましたし何曲か聞いたこともありました。メキシコ系のルーツミュージックをベースに持ったラテン系のロックバンドという認識でしたが特に興味も湧かないバンドでした。しかしこの「コロッサルヘッド」の中の数曲をラジオで聴いて衝撃を受けすぐCDショップに走りアルバムを買いました。全体的にローファイなサウンドに乗ってジミヘンばりのギター全開でブルースロック(的な音楽)が繰り広げられるのです。そこでこの激しいカッコ良すぎるギターを弾いているのがデビッドイダルゴその人です。彼は大男なのですが性格なのかライブではいつも必ず黒いシャツを着てステージの真ん中ではなく端に近い定位置で目立たないように弾いています。ステージアクションも全く無く、激しいソロでも普段と変わらぬ表情で弾いていますが、プレイがあまりにも良いので当然目立ってしまうのです。
ロスロボスの別ユニットでラテンプレイボーイズというのがあります。これはイダルゴとロスロボスのバンド仲間ルイペレス、それにコロッサルヘッドのプロデューサーチームであるミッチェルフルームとチャドブレイクの4人のユニットなのですが、非常に実験的で面白いアルバムを2枚発表しています。イダルゴのデモテープ(カセット)を元にしているらしく、曲というよりサウンドコラージュ的な不気味というか不思議な作品です。
イダルゴは1994年のネーネーズのアルバム「コザdabasa」にも参加、素晴らしいアコーディオン等のプレイを残しており、こちらも是非再確認してほしいと思います。

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好きなギタリスト4人・クラレンスホワイト。

Clarence「好きなギタリスト4人」
二人目
「クラレンスホワイト」

好きなギタリスト二人目はクラレンスホワイトです。ケンタッキーカーネルズ、そしてバーズ、更にホワイトブラザーズなどで活躍しました。生でもエレキでもどちらも最高峰の素晴らしいギタリストです。
生ギターではブルーグラスのリードギターを確立した人と言えるでしょう。クラレンスはまずトーンが素晴らしいです。押し出しの強い、太く丸い音。そういう音は得てしてバンドの中に埋もれがちなのですがクラレンスの場合はギターの音がしっかり立ち上がってきます。美しいフレーズと絶妙なシンコペーション、メロウなチョーキング、40年前のプレイに今でも心奪われます。リズムギターもすごいです。ベース音がとても強く、はっきりとバンドのリズムを作ります。低音がズンと響く存在感の強い音が非常に魅力的です。
また、エレキではなんと言っても自身で考案したストリングベンダー付きのテレキャスターによるペダルスチール的なプレイが特徴的です。バーズの1969年フィルモアライブなどで素晴らしいプレイを是非聴いてみてください。でももし手に入れることが出来るならNashville Westというバンドのアルバムを強力にお薦めします。ここでクラレンスはほぼ全曲イントロからバッキングから間奏までずっと弾きまくっており、荒削りながらたまらなく素敵なプレイなのです。ストリングベンダー完成以前の演奏らしいのですがベンダー的なフレーズもかなり出てきて一体どうやって弾いているのかよくわかりません。
クラレンスが使用していたベンダー付きのテレキャスターは現在マーティスチュアートが使用しており、クラレンスに勝るとも劣らないプレイで僕を魅了しています。YouTubeで動画がたくさん見られますので是非確認してみてください。ああ、あのギターがマーティの手に渡って良かった!

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好きなギタリスト4人・鈴木茂。

Shigeru「好きなギタリスト4人」
一人目
「鈴木茂」

あんでさんからのバトン、今度は好きなギタリスト4人です。
4人とはまた微妙な人数です。当然4人じゃ少なすぎますよね、なのでエイヤッと選んでしまいます。あの人もこの人も外れちゃうけど、まあしょうがないです。

一人目は鈴木茂さん。はっぴいえんどからはじまりキャラメルママ〜ティンパンアレイで数多くのセッション録音を残しました。ファーストソロアルバムの「バンドワゴン」に入っている「砂の女」や「100ワットの恋人」、カッコイイとしか言えません。ローウェルジョージを見てはじめたというスライドも独特で素晴らしい。そして忘れられない初期ユーミンのバックでのプレイ。特に「卒業写真」はイントロからエンディングまでず〜っとこの人のギターが鳴り続けて至福の時間となっています。ワウを使ったソロも最高です。

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2020年05月11日

「ボトムレスウィッチ」鈴木蘭々。

BottomlessWitch「アルバム10枚10日連続10人運動」
11枚目(おまけ)
「ボトムレスウィッチ」鈴木蘭々

おまけの11枚目です。鈴木蘭々のデビュー盤、ボトムレスウィッチ。これが知る人ぞ知る隠れた名盤なのです。
ダウンタウンが司会していた「HEY!HEY!HEY!ミュージックチャンプ」という番組に鈴木蘭々が出て「泣かないぞェ」という歌を歌ったのを僕は偶然見ていて、以来ずーっと気になっていました。調べてみるとこの曲の発売が1995年なのでその頃だったのでしょう。気になりつつもすっかり忘れていた10年後、ブックオフでこの曲が入っているファーストアルバムを見つけたのです。聴いてみると大変に素晴らしいアルバムで驚きました。なんと言っても蘭々の歌がすごくいい!凄く上手いし声に張りがあってはちきれんばかり!怖いもの知らずの若さと前進力!しかも曲は全曲筒見京平作曲で文句なし。郷ひろみでおなじみの花とみつばちのカバーもホントにハマってる。
このCDは安い中古を見つけると救出と称して買ってはOさんやTさんに送ったものです。悲しいことに100円くらいで売っているのです。このCDを見つけたら騙されたと思って救出してください、絶対愛聴盤になると思います!うれしいことに最近鈴木蘭々は歌手活動を再開したとのことです。
ついでにこのアルバムは名誉ある「第一回 吉田二郎賞」の最優秀アルバム賞と最優秀ボーカリスト賞を受賞していることをお知らせしておきます。
http://blog.livedoor.jp/yoshidajiroh/archives/50364813.html

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「1962-1966」ビートルズ。

1962-1966「アルバム10枚10日連続10人運動」
10枚目
「1962-1966」ビートルズ

中学生の頃はサイモン&ガーファンクルやユーミン以外では何を聴いていたのか、今となってはあまり思い出せません。日本のフォークや、もちろんクラシックなども聴いていましたが、その頃はLPレコードなど子どもにはそうそう買えるものではなく、やはり友達にレコードを録音してもらったり、ラジオからエアチェックしたり、カセットテープ中心だったような気がします。なので今はかたちとして残っていないのです。
そんな中、よく聴き、はっきりと今につながっているのがビートルズです。これは確か友人の良ちゃんが録音してくれたものだったと思います。1962-1966は通称赤盤と言われる2枚組で、デビューからリボルバーの時期まで。そして通称青盤と言われる1967-1970はサージェントペパーズからレットイットビーの時期までを収めたベスト盤です。赤盤は初期ビートルズのフレッシュなハツラツとした姿から、作風の変化も著しい充実の中期までを捉えています。特に第4面、ひとりぼっちのあいつ〜ミッシェル〜インマイライフ〜ガール〜ペイパーバックライター〜エリナーリグビー〜イエローサブマリンと続く怒濤の選曲。なんですかこの恐ろしいほどの名曲群は!タイトルを見ているだけでワクワクします。やはりビートルズのラバーソウルからリボルバーにかけての充実ぶりはあらためて凄まじいと感じます。
僕はしばらくしてこの赤盤のレコードを手に入れ、長い間ビートルズは僕にとって赤盤のみでした。そして更に数年後、青盤を手に入れ僕は赤盤と青盤で満足し、これをずっと聴いていました。オリジナルアルバムを買おうと思い立ったのは意外と遅くCDの時代になってからです。僕は元来コンプリート癖がさほど強くなく、気に入ったものを繰り返し聴いていれば満足できるたちなのです。
ビートルズほどデビューから解散までの間に姿形もその音楽の内容も変化し続けたバンドは無いと思いますが、どの時期をとってもそれぞれにあまりにも魅力的です。どれか一枚と言われても決められません、そんなときベスト盤は良い選択かも知れません。今年2020年はビートルズ誕生60周年(1960年にクォーリーメンからビートルズに改名した)だそうです。あらためてビートルズの魅力に触れてみたいです。

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「ライヴ 夜」浅川マキ。

夜「アルバム10枚10日連続10人運動」
9枚目
「ライヴ 夜」浅川マキ

前回書いたようにRCサクセションを初めて聞いた時に同時に聞いた「裏窓」が浅川マキを聴いた最初でした。そのときはその気味悪さを面白がって笑いながら聴いたのですが、僕の心は気付かぬうちにその世界に侵食されはじめていたのかも知れません。と言うのもそれから約3年後のおそらく76年、NHK-FMで浅川マキ自身の語りによるスタジオライブ収録の番組が放送され、僕はそれを録音しました。わざわざそんな番組を録音したということはこの3年間に浅川マキに興味を向かわせる何かがあったのでしょう。その番組が放送されたのはアルバム「灯ともし頃」発売直後だったと思います。同じメンバーでその録音を再現し、またこれまでの歩みを振り返るような番組でした。とにかくその番組はすべてが異常にカッコ良く、そのテープを繰り返し聴きまくった僕はすっかりその世界に浸かってしまいました。
とは言え浅川マキの情報など田舎の美少年にはなかなか手に入るものではない、そんな時代です。なんの情報もないある日、レコード店で見つけた1枚のレコード、それは浅川マキの当時の最新盤である「ライヴ 夜」でした。これは絶対買わねばとなんとか小遣いをやりくりしてそのレコードを買ったのですが、このレコードが凄かった!両面合わせて約1時間、名曲名曲また名曲。観客との一体感も素晴らしい最高のライブアルバムでした。つのだひろ(d)、吉田建(b)、萩原信義(g)をはじめメンバーも最高です。浅川マキ70年代の集大成と言える最重要作品だと思います。
この後の浅川マキはどんどんジャズ色を強めて行き僕などには到底理解できないような作品を発表するようになります。そして僕は取り残されたような寂しさを味わうことになるのです。

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「Marvy」RCサクセション。

Marvy「アルバム10枚10日連続10人運動」
8枚目
「Marvy」RCサクセション

RCサクセションを初めて聞いたときのことはよく憶えています。中学2年の時、友人のツヨシがエアチェックしたカセットテープに入っていてそれが強烈な印象だったのです。ですがエアチェックテープだったため歌のタイトルも歌手もわからないままに月日が過ぎて行きました。余談ですがそのテープには浅川マキの裏窓も入っており、こちらもまたあまりにも強烈でした。またまた余談ですがこちらの方は「浅川マキ・裏窓」と正確に認識されて、少年の心には「浅川マキ=気味悪い歌」と刷り込まれたのです。人のエアチェックテープのことをこんなに憶えているということは当時はエアチェックテープの貸し借りなんてことが行われていたのでしょうか。その辺の記憶は曖昧なのですが。
時は過ぎて、高校を卒業した僕はデザインの専門学校に進学するのですが、そこで知り合った友人のアベ君がRCの大ファンで四六時中RCを聴いていて口癖も「愛しあってるかい〜」という人物でした。それはちょうどアルバム「RHAPSODY」から「PLEASE」の頃。RCは大ブームになっており僕もトランジスタラジオなどをいい歌だなと思い耳にしてはいましたが、既にブルーグラスにすっかり心を奪われておりRCのレコードを買うことはなかったのです。
そして更に数年が過ぎ、次にRCが僕の目の前に現れたのは1988年のことでした。発売中止騒ぎで話題となったカバーズというアルバムです。新聞記事などから興味を持ち買ってみたカバーズは素晴らしいアルバムでした。内ジャケットの写真を前に「これがリンコさん、これがG2、これがコーちゃん」と当時カメ人間というユニットを組んでいつも一緒にいた橋本が一人一人指さして教えてくれたのも良い思い出です。そして橋本はRCの大ファンだったので僕が中学の時にツヨシのテープで聴いたあの曲も判明したのです。それは5枚目のシングル「三番目に大事なもの」でした。
すっかりRCのファンとなった僕は彼らのアルバムを集め始めます。松田聖子の時と同じでほとんど中古レコードで揃えることができました。当時16条ジャックのすぐ近くにあったBe倶楽部という中古レコード店の素晴らしい品揃えのおかげです。お世話になりました。
RCのアルバムの中から僕が特に好きなものをあげるとすればシングルマン(76年)、OK(83年)、Marvy(88年)、Baby A Go Go(90年)の4枚でしょうか。この中ではちょっと地味目ですが今回はMarvyを取り上げたいと思います。
これはLP2枚組(CDは一枚もの)の意欲作で、全16曲、とてもステキなメロディや歌詞が散りばめられており聴けば聴くほど味わい深い作品です。目立つヒット曲が入っていない事もあり全体的に落ち着いた感じがして静かな気持ちで聴けるのです。そしてチャボのカッコイイ「俺は電気」もここに収められています。Marvyはじつに充実している清志郎のソングライティングの魅力が光る渋いアルバムだと思います。
Baby A Go Goになるともっと澄みきった世界が広がり、寂寥感のようなものさえ漂う名盤なのでこれも是非聴いてみてほしいです。そしてこれがRCのラストアルバムとなりました。

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「ホイットニーヒューストン」ホイットニーヒューストン。

whitney1st「アルバム10枚10日連続10人運動」
7枚目
「ホイットニーヒューストン」ホイットニーヒューストン

1985年、デビューの頃のホイットニーヒューストンは眩しいほどに光り輝いていました。僕はこのデビューアルバムが大好きでした。
伸びのある声、若さがイキイキと躍動して明るい未来しかないような希望に満ちた歌声。そしてしっとりと歌い上げるバラードがまた良いのです。マイケルマッサーのプロデュースによる名曲の数々、すべてをあなたに、オールアットワンス。そして極めつけグレイテストラブオブオール、僕はこの歌が好きすぎてジョージベンソンのオリジナルを探して聴いてみたところ少しだけガッカリするという経験もしています。しかしとにかくこのグレイテストラブオブオールこそが僕にとってホイットニーのベスト。いちばん輝いていたホイットニーの思い出です。
1987年に出たセカンドアルバムではもう少しダンサブルな路線に寄って行きました。マイケルマッサーも2曲だけプロデュースしていましたが、それでも僕の興味は急速に薄れて行きました。
1990年のサードアルバムに至ってはレンタルCDを借り、それも飛ばし飛ばし1回聴いておしまい。映画ボディガードも一応見ましたが心には何も残りませんでした。大ヒットしたテーマ曲も大袈裟過ぎて…。
その後ホイットニーには特段の興味もなく過ごしていたので時々聞こえてくるドラッグ関係のニュース以外では触れることもなく10年以上の月日が過ぎました。そんなある日YouTubeで目にしたホイットニーの動画。キムバレルという人とデュエットでゴスペル調の歌を歌っているライブ映像でした。声はすっかり衰え若い日の輝きはなく、太ってお腹の出た中年の女性になっていました。しかし観客は大喜びでホイットニーもなかなかのパフォーマンスを見せています。これが麻薬中毒のリハビリから復帰したホイットニーでした。後で確かめてみるとそこで歌っていたアイルックトゥユーという歌は過去を振り返りつつ現在の自分を見つめているような内容の、とても落ち着いたいい歌でした。YouTubeにあるプロモビデオもとてもいいです。僕ももう全然聴いていなかったとは言え復帰できて良かったと思いました。そんな矢先、2012年の突然の訃報でした。
ホイットニーの葬儀ではアイルックトゥユーの作者であるRケリーがこの歌を捧げており、彼のショックがありありとわかる悲痛な動画がYouTubeで見られます。
ともあれこのファーストアルバムはこれから世界へ飛び出して行く、明るい未来しか見えない頃のホイットニーの輝かしい記録として僕には忘れられない名盤です。

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「ひこうき雲」荒井由実。

ひこうき雲「アルバム10枚10日連続10人運動」
6枚目
「ひこうき雲」荒井由実

中学の頃、友人の部屋で耳にした1本のカセットテープ。その音楽を45年にも渡って聴き続けることになるとは考えもしませんでした。
そのカセットテープは彼の兄のものでした。遊びに行くたび聴いてすっかり気に入ってしまい、僕は彼の兄に頼み込んでそのテープを譲ってもらうことに成功したのです。A面にひこうき雲、B面にミスリムが録音されたそのテープを来る日も来る日も聴きまくった中学時代でした。当時のユーミンはまだシングルヒットのない時代。僕はテレビでユーミンを見た事はありませんでしたがラジオでは音楽番組のアシスタント的な事をやっていました。結構明るいキャラクターでソフトな下ネタもこなすいい感じのお姉さんでした。アルバムの曲はどれも素晴らしく本当に今でも全曲大好きですが、「返事はいらない」は特別です。詞もステキです。
ユーミンは当時のフォーク系音楽雑誌にも少しずつ登場しており、やがてサードアルバム「コバルトアワー」が発表され、そのなかから「ルージュの伝言」が小ヒットし名前が知られ始めます。そして「あの日にかえりたい」がドラマの主題歌となりヒット。僕はその頃ミュージックフェアで初めて動くユーミンを見てあまりの歌の下手さに驚いたことを覚えています。その後「翳りゆく部屋」もヒットし、ユーミンはどんどんビッグネームとなって行くのです。
ユーミンの最初の3枚は僕にとって本当に特別なものです。バックを務めるミュージシャンも最高です。なかでも細野晴臣さん(b)と鈴木茂さん(g)のベストプレイが初期ユーミンのアルバムに凝縮されていると思います。また今年、彼らの使用楽器を再現したシグネチャーモデルがフェンダーカスタムショップから発売されるそうです。

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「Seiko - Train」松田聖子。

SeikoTrain「アルバム10枚10日連続10人運動」
5枚目
「Seiko - Train」松田聖子

松田聖子はデビューの頃から聴いていました、しかし初期の頃の曲はほぼ憶えていません。なぜかと言うと僕は東京に住んでいた頃におせっかいな友達がいて、そいつは松田聖子のアルバムが出るたびそれをカセットテープに録音してなぜか僕にくれるのです。だから初期の曲はだいたい1回は聴いているのですが、特に興味も無いのでそれ以上は聴きませんから憶えていないのです。僕が東京を引き払い北海道へ戻って来てからも何のためかはわかりませんがそいつは松田聖子の新譜が出るとわざわざカセットテープに録音して送ってくれるのです。結果、ファンと言うほどではありませんが少しはいいなと思って聴くようになっていました。
そして時は経ち、偶然何かのLPを手に入れたんだったかベスト盤を録音したカセットテープをもらったんだったか、そんな感じのきっかけだったと思いますが、それが大変すばらしく一気にファンになってしまったのです。それからは自分でもアルバムを買うように。もの凄い枚数を売り上げている人ですから中古盤が山のように流通していましたからほとんど安く手に入りました。

赤いスイートピーが発売された1982年頃から最初の結婚をする1985年までを絶頂期と呼ばせていただきますがその頃のアルバムはどれも間違いなく最高のものです。その中から今回選んだのはユーミンが提供した曲だけを集めた「Seiko - Train」というコンピレーション盤です。
秘密の花園、制服、蒼いフォトグラフ、ロックンルージュ、瞳はダイアモンド……。曲目を眺めているだけでクラクラと目まいがしそうな超のつく名曲ばかりです。松本隆が関わっていた頃の松田聖子は曲の良さも相まって本当に輝いていたと思います。そして松任谷由実(呉田軽穂)とはなんとすごいソングライターなのでしょう。松本隆が松田聖子に曲を書いてほしいと依頼したときユーミンは名前を利用されるのは嫌だと思いペンネームで良ければOKと返事したそうですが、そのとき松本隆は、それでいい、名前がほしいわけじゃなく才能がほしいのだからと答えたそうです。カッコ良過ぎです。
あなたもこのアルバムで黄金時代の松田聖子を再発見してみませんか。

余談ですが松田聖子はユーミン以外の作曲でも名曲だらけです。なかでも僕が特に好きなのは「ハートのイアリング」かな。これは佐野元春作です。

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「マザーシップコネクション」パーラメント。

mothership「アルバム10枚10日連続10人運動」
4枚目
「マザーシップコネクション」パーラメント

時は1980年代後半。僕はブルーグラスの活動を積極的に行いながらも何か満たされないものを感じていたのでしょう、心の中にはなぜかR&B、ソウルの風が強く吹いていました。

特に積極的に求めているわけでなければ聞こえてくるブラックミュージックといえばやはりスティービーワンダー、マイケルジャクソンなどのモータウン系くらいでしょうか。実際1970〜80年代のスティービーワンダーは神がかっていましたし、迷信やサーデュークなど田舎の少年の耳にも強力に飛び込んできました。そんなこんなで月寒のグリーンドームで行われたスティービーワンダーのライブにも行きました。ですがPAの音がひどく、残念ながらその印象しか残っていません。その後何がきっかけだったのかはもう忘れてしまいましたがブラックミュージックを追求してみようと思い立ちガイドブックや音楽雑誌を片手にレコードを集め始めたのです。どういう順番で手に入れたのかは憶えていませんが当時大好きでかなり聴きこんだLPの数々。プリンスのサインオブザタイムス、アルグリーンのハブアグッドタイム、リックジェームズのストリートソングス、ホイットニーヒューストンのファースト、ジョディワトリーのファースト、エトセトラエトセトラ。本当に毎日こんなのばかり聴いていました。中でも僕にとって運命的なレコードとの出会い。それはジェームズブラウンのソリッドゴールドという2枚組ベスト盤です。ここに収められたプリーズプリーズプリーズから始まる全30曲、すべてが名曲ですべてがあまりにカッコイイ。一瞬にして僕はJBのトリコとなりました。そして更に聴き進み、もう一つ僕の人生に絶対欠かせないグループと出会ってしまいました。それがパーラメントです。このおバカなジャケットを見て下さい、聴く前から期待が高まってちょっと興奮気味になってしまうでしょう?これ、ジャケットも最高ですが中身がもっと最高なのです。このバンド、見た目は相当に雑多な集団でオムツ男など変な扮装をしてるメンバーが何人もうろついて、ライブ映像を見てもステージ上には大人数が入り乱れかなり混沌としています。音も混沌としている印象です。ただしスタジオ盤はかなり計算されたアレンジのスッキリとしたサウンドでありとても見通しが良く、しかもリズムセクションは相当にタイトです。今も聴き続けて全然飽きない素晴らしい名盤です。リーダーであるジョージクリントンは今でも現役でパーラメントも日々ライブ活動を現在でも続けています。ただ、みんなかなり年老いており、やはりこの頃(1976年発表)が絶頂期と言えるでしょう。
この名盤を皆さまも是非。

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「夜のこちら」三橋誠(シバ)。

夜のこちら「アルバム10枚10日連続10人運動」
3枚目
「夜のこちら」三橋誠(シバ)

高校生の頃の僕はもちろんポールサイモンを追求しつつも徐々に日本のフォークの源流をを遡りはじめました。それはレコード屋さんで偶然見つけたなぎらけんいちがきっかけだったと思います。やがて僕はカントリーとかブルースのスタイルに憧れを抱きはじめたのです。

自分たちの放送が株と競馬の繰り返しでおっさんにしか聴かれない放送局であることに虚しさを感じはじめた日本短波放送(NSB)というラジオ局が自ら「ラジオたんぱ」などという大衆にベッタリすり寄ったふざけた愛称を名乗り若者に猛アピールを開始したのもその頃でした。そんなアピールにまんまとハマり僕は学校から帰ると毎日のようにラジオたんぱを聴きました。ラジオたんぱには大橋照子という人気アナウンサーがいて毎日夕方に少年向けの底の浅い番組を放送していました。この大橋さんがなぜかキャンディーズと仲良しで時々ゲストに呼んだり特番をやったりしていたのです。当時の僕はキャンディーズが大好きだったのでそんな理由もあり日々ラジオたんぱを聴いていたわけですが、ラジオたんぱは大橋さんだけではなく一風変わった人選で音楽番組のようなものも始めてしまいました。そこに起用されたのが当時まったく無名の、今をときめく友川かずきだったのです。一体日本全国で何人の若者がこの放送を聴いていたというのでしょう。多くて二桁くらいだったのではないでしょうか?そしてあるときそんな番組にゲストで登場したのが新譜を発売したばかりのシバでした。シバは歌もギターもブルースハープも超カッコ良く僕はすっかり心を奪われてしまいました。で、番組の終わりにはレコードプレゼントが!僕はハガキを何枚も出しました、そしてめでたく送られてきたのがこのレコードです。これが本当に素晴らしい内容で、友人の増子善一くんも大変気に入り、この中に収録された「星の明日」という歌は彼の十八番となりました。通称ロックグラスといえば思い出される方もおられるでしょう。

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「ブックエンド」サイモン&ガーファンクル。

bookends「アルバム10枚10日連続10人運動」
2枚目
「ブックエンド」サイモン&ガーファンクル

そのあたりの事情はどこかに書いたことがあるような気もしますが、どういうわけか小学生の頃からすっかりクラシック音楽にはまっていた僕をポピュラー音楽(なんて言い方、今はしないのかな)の世界へ導いてくれたのがサイモン&ガーファンクルなのです。当時家族ぐるみで付き合いのあった僕より2つ3つ年上の赤倉恭さん(通称やっちゃん・故人)がよく聴いていて、僕はカセットテープに何枚も録音させてもらって毎日聴いていたのです。小6〜中1あたりから聴き始め今でも日常的に聴いているのですから50年近く聴き続けている計算となりサイモン&ガーファンクルとは本当に一生の付き合いとなるのでしょう。
そんな中、僕も中学生となり折しも巷ではフォークブームです。やがてギターを手に入れ雑誌「ガッツ」「ヤングセンス」「ヤングギター」「新譜ジャーナル」等を片手にガシャガシャと弾き始めるわけです。吉田拓郎、泉谷しげる、NSP、あのねのね、かぐや姫、エトセトラエトセトラ。そして当時のフォーク誌には当たり前のようにギター奏法のコーナーがありそこで色々なテクニックを勉強しマスターするのですが、そういう所には大抵ポールサイモンの奏法解説が出ているのです。サイモン&ガーファンクルのレコードをよく聴くと確かに大変美しい音色のギターが聞こえ、そうかこれを弾いているのがポールサイモンなのか、と僕もなんとかこんな風に弾いてみたいと挑戦を始めたのです。しかしそれは追求すればするほど難しく、またライブ盤などではかなり自由に崩して弾いており少年には微妙なところで追求しきれなかったなあと思います。ポールサイモンのギター奏法はかなり緻密に練りあげられており、繊細とワイルドが同居する歌の伴奏としては最高峰のものだと思います。

サイモン&ガーファンクルのオリジナルアルバムはどれも名盤でありどれを選んでも間違いないものばかりですが、今回はジャケットでブックエンドを選んでみました。これはパロディジャケットも数多く作られているシンプルでとてもいいジャケットです。
このアルバムの収録曲について豆知識をひとつ記しておきましょう。ポールサイモン最高の名曲のひとつである「アメリカ」。この曲をよく聴くと大変ユニークなベースに耳を奪われます。こんな独創的なベースは他で聴いたことがありません。果たしてこの素晴らしいベースを弾いているのは一体誰なのでしょう。サイモン&ガーファンクルは曲ごとの演奏者クレジットが発表されていないので誰が弾いているのかはっきりしないのです。僕もぼんやりこのベースはジョーオズボーンなのかな〜?と考えていました。ですが最近サイモン&ガーファンクルのバックはレッキングクルーという腕利きスタジオミュージシャン集団が務めていたということが分かってきたのです。そして長い時間をかけてネットの情報を一つ一つ当たってようやくたどり着いた答え、それはなんとラリーネクテル “Larry Knechtel” だったのです!あの有名すぎる明日に架ける橋のイントロのピアノを弾いた人です。ピアノだけではなく意外にもベースもギターも上手い人なのでした。めでたしめでたし。

名盤、サイモン&ガーファンクルのブックエンド。聴いた事のない方は是非どうぞ。

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「タモリ2」タモリ。

タモリ2「アルバム10枚10日連続10人運動」
1枚目
「タモリ2」タモリ

北見の田澤さんからのご指名でこの楽しそうな企画に乗ってはみましたが、お気に入りのアルバムをリストアップしてみるとついあれもこれもとなりとても10枚では足りません。皆さん同じなのでしょうが20〜30枚はスラスラと出てきてしまうのです。削りに削ったところでとても10枚では収まりません。しょうがないので今回は不本意ながら僕にとっての二大重要ジャンルであるところのクラシックとブルーグラスを省略することにしました。
僕は日常的に家でブランデーグラスを傾けながら聴いている音楽の約8割はクラシック音楽というとても高い教養にあふれた穏やかで気品のある人間であり、皆さまに紹介したい曲や聞いていただきたい話も多々あるのですが今回は泣く泣く諦めることとします。この僕の自然に滲み出るような教養とそれに相応しい上品でウィットに富んだこぼれ話をどこかに書く事もあると思いますのでネット散歩中に見つけるようなことがありましたら是非読んでみてください。
またオラは日常的に楽器をかき鳴らすような人間だども、自分にやれるのは下手クソなんだけんどアメリカの山ん中に暮らすアタマおかしいビンボー白人の暇つぶしのような青いクサという音楽くらいなんだわ。なもんでオラはみんなにあんまり知られてないけど教えてあげたい演奏をこっ恥ずかしいがいっぱい知ってる。だどもそれを書くのも諦めることとすっぺ。アメリカのアタマおかしいビンボー白人の速いだけの野蛮な音楽なんざ誰もがそっぽ向くからそんなもの書いたってこっ恥ずかしいだけなんだどもね。そんなこっ恥ずかしい音楽なんだけどオラは大好きなんだわ、でかい声では言えんけどね。

前置きが長くなりましたがそんなわけで第1回、1枚目にご紹介したいのはタモリのタモリ2というアルバムです。僕が高校生の頃タモリはオールナイトニッポンのパーソナリティとして当時心の清い美少年であった僕の心をグイとつかんで離しませんでした。今でこそ教養人としての顔が前面に出ているタモリですが当時はハチャメチャで悪趣味で下品な芸風でテレビに出ていたと思います。タモリ本人はその頃の自分のことをエガちゃんに例えていた事もありましたね。だがラジオの中のタモリはそれとは違い知的な香りが滲み出ていました。このタモリ2というアルバムはのちに「タモリ3・戦後日本歌謡史」として限定発売された名盤の誉れ高いアルバムの完成後、それが諸般の事情で発売中止となってしまった埋め合わせとして急遽録音されたアルバムなのです。つまりタモリ3のあとに制作されたのがタモリ2です。急遽制作されたアルバムらしく後半はタモリの持ちネタがいくつか収録されているのですが僕の一番のお気に入りはハナモゲラ古典落語です。落語の下げって爆笑を誘うでもなく唐突にスッと終わる感じがありますが、このハナモゲラ古典落語はまさにそんな感じでなんともすっきり気持ち良い。細かいですがそんなところに「タモリ、やるな〜」とこの人の奥の深さや解ってる感を感じ取っていたのでしょう。以来現在までずっと僕はタモリファンです。

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2019年11月12日

第5回 旭川ブルーグラスフェス。

5th-asahikawa2019年9月14〜15日、今年もまた開催される素晴らしき音楽の祭典・旭川ブルーグラスフェスに向かうオヤジたち。関野さん、僕、山崎、広吉のオヤジ四人が一台のクルマに同乗して毎年々々飽きもせず旭川を目指します。いかれたオヤジ四人の車中は下らなくも楽しい、しかもためになる話でいっぱいで途中の寄り道も楽しいのです。しかし今年は僕の所属するザ・ホースボーンブラザーズ(以下HBB)がフェスのトップバッターに指名されたので遅刻するわけにはいきません、あまりダラダラすることなく一路旭川を目指します。途中の昼食も効率よく山崎が前もってネットで見つけた滝川の海鮮丼のお店で予定通り880円也の美味しい海鮮丼をいただき、さあ、行くぞ旭川!首を洗って待っとけよ!

会場に着くと懐かしい顔と懐かしくもない見飽きた顔がそこかしこに。だが一様にみんな笑顔です。やあやあと挨拶を交わしつつHBBや今回バンジョー森下がトラで入るストーヴの練習&打ち合わせ。そんなこんなで慌ただしく過ごすうちにフェス開始時間です。まず一発目は前述の通りHBB。このフェスは音を出した時すぐに良さが実感できます、これこれ!相変わらずこの素晴らしい音!この素晴らしいPAのおかげで出演者は楽しくリラックスして演奏ができるのです。僕らも例に漏れず楽しく緊張することなく出番を終えました。音の狩人(サウンドハンター)松本君、今年も入魂のオペレートありがとう!このPAがあるからこそ旭川フェスの価値は一段も二段もアップしていると思います。HBBは明日もう一度出番があるので楽しみです。

ステージについては練習や打ち合わせ等で時々会場を抜けるので残念ながら見られなかったバンドも多いのですが、いくつかの出演者について感想を書きます。まずフェスのホストバンドともいえる旭川キンペンズ。端正なサウンドと天使のような二坂さんのボーカルそして夢のようなコーラスは健在でした。癒やされるなあ。一日目はバンジョーレスだったので更に落ち着いた感じでとても良かったです。

Copper Kettles は北大OB達也さんが旭川フェス用に組むバンド。今年は関東在住の近藤さんがバンジョーで入り素晴らしい演奏を聴かせてくれました。実は約40年前、僕が東京で暮らしていた頃にこの近藤さんとほんの短い間ですが一緒にバンドを組んで何度か練習しフェスに出たことがあったのです。しかしその出来があまり良くなかったのか(笑)このバンドはなんとなく有耶無耶に流れてしまい近藤さんともその後音信不通となっていたのです。どんな曲をやったのかさえもう記憶にないくらい昔のことです。約40年ぶりに会った懐かしい近藤さんはちょっとクールだが柔らかな昔と変わらない笑顔で、僕がその頃の話をすると嬉しいことにちゃんと覚えてくれていました。右も左もわからないブルーグラス初心者の頃に会ってそれきりだった近藤さんと再会し話ができたのは僕にとって今回のフェスの大きな収穫でした。

Wingrass からはやはり目が離せません。今年はなんと言っても地獄タクシー。こんな曲をよくやろうと思うもんだ。しかもすごくカッコ良く面白かった。またYMOのコズミックサーフィンも良かった。この曲は大昔、橋本とカメ人間でやろうとしてボツった曲。僕は結構好きな曲なのです。

Tune Delay は昨年に引き続き岡山から参加、磯山夫妻のデュオです。デュオといえばギター&マンドリンが多いのですがここはギター&バンジョーという、それだけでオリジナリティーのある組み合わせ。しかし出てくる音はマイルドで大人のサウンドです。なんだか去年より更にブラッシュアップされた演奏と感じたので後でそのことを伝えると去年は初めて来た場所で人見知りのためアがっていたという意外なお話でした。

STOVE はツアー中の健さんに代わり森下がバンジョーで入ってくれて無事出番を終えました。楽しくておだってしまい僕は曲の進行と共にどんどん声が嗄れてかすれて行ってしまいました。

Daisy Hill は大阪から初参加、久永夫妻のデュオです。心にじっくり沁みてくる歌声とよく乾いた音色のマンドリンにすっかり魅了されてしまいました。歌を大切にしていることがはっきりわかる心のこもった歌唱で素晴らしかった。僕にとって残念だったことはこの素晴らしいビルモンローモデルのマンドリンを弾かせてもらうのを忘れてしまったことです。いい音だったなあ。いつか機会があれば是非弾いてみたい。あと洋子さんには僕の少年時代からの親友増子善一の娘・史ちゃんと宝塚フェスで出会い親子となった話など楽しい話を伺うことができました。フェスの後、富良野へ観光に行くとのことだったので娘である史ちゃんの実家の地図を書いて渡せば良かったな、と後で思いました。

Jam Pack String Band は Nao Mandolin の安川さん、Nessie Expedition の松本さん、我らが亀野さんによるレジェンド大集合のバンドです。亀野さんが最近では珍しく重いバンジョーを弾いていたのでますます腰が曲がっていました。夜中にこちらのレジェンドのタープにお邪魔して有意義で楽しいお話を色々と聞かせてもらいました。

Bluegrass Stomp は東京から初参加のバンドで今回バンジョーが本来の小杉さんに代わり森下がトラで入っています。このバンドがタイトでカッコイイブルーグラスバンドでした。僕は約40年前に東京の杉並区松ノ木というところに住んでいてそこはマンドリンの岩本さんの Acoustic World から歩いて数分という場所だったので何度か岩本さんのところに楽器をリペアに出したりしたことがあるのです。その頃は村山さんというリペアマンの方が居られ、早川さんも働いていました。懐かしい。そしてベースは岡部さん。会場で話はできなかったのですが、後でフェイスブックを通じて若い頃岡部さんの天を駆けるように自由なマンドリンプレイを憧れを持って見ていたと伝えることができました。どこかのフェスで見たあの素晴らしいマンドリンプレイは40年経った今でも時々思い出すほどの強烈なインパクトだったのです。

Holly Labo. はフルメンバーで参加。このバンドはやはり聞かせますね。いつものことですがボーカルはもちろんコーラスも凄く良かったです。また特に今回は関野さんのペダルスチールが絶好調に素晴らしく自虐ネタと言い訳ばかりのMCも今回ばかりは飛び出す余地がありませんでした。

泥ダンゴは地元旭川の超カッコイイブルースデュオ。これは生では見られなくて後で YouTube で見たのですが、ああ、生で見たかった!こういうことがあるからステージから目を離してはいけないんですよね。来年も出てくれたら絶対見逃さない!

New England Club は梅原夫妻のバンドで今回も僕をベースで誘ってくれました。しかしこのベースプレイが YouTube で篭橋にチェックされると思うと妙に意識してしまい、しなくていいミスを連発してしまいました。見えない敵に負けた、いや自分自身に負けたということなのでしょう。

ツンデジはその名の通り Tune Delay と Daisy Hill の合体バンドです、ベースは Bluegrass Stomp の岡部さん。旭川フェスならではの贅沢な組み合わせですね。リードボーカルを二人交互に、そして爽やかなコーラスが本当に心地よい素敵なバンドとなっていました。

やぎたこを旭川フェスで観られるなんてなんという贅沢!そしてそれは流石に凄いステージでした!特に最初、ステージ前に出てきてノーPAの完全生音で一曲。これが凄い迫力、鳥肌ものでした。考えてみれば当たり前なのですが踏んでる場数が違う!圧巻のパフォーマンスだったと思います。

さて、予定のプログラムが終われば楽しいジャムタイムです。今年はその前に北大OBのバンジョー弾き、頓別漁協組合長・大谷さんからプリップリの活ホタテが振る舞われ、特に道外からのお客様方面から歓声が上がっておりました。そしてホタテの興奮も冷めやらぬままジャムに突入です。ジャムといえば倉田さんです。今夜のジャムはおそらく倉田さんとの戦いになるでしょう。

例年は徹夜のジャムを終え就寝前に亀野さんの焚き火を訪ね、下らない話の花をひとしきり咲かせてから寝袋に入るという日曜朝の過ごし方をしている僕ですが、今年は亀野さんからの「もう朝まで起きていられないかも知れない」というSOSにも似た発言を受け深夜のジャムを抜けて山崎と二人で小雨降るなか亀野さんのタープを訪ねてみました。そこには安川さん、松本さん、亀野さんの三人の姿がありました。レジェンド達から楽しい話をたくさん聞くことができて充実した時間でした。ありがとうございました。

さて小一時間で亀野さんのタープから会場に戻るとジャムの人数も大分減っています。さあここからが倉田さんとの勝負です。倉田さんは次から次へと僕のよく知らない曲を歌い続けます。僕は次から次へとよくわからない間奏を弾いているうちに夜が明けてしまいました。フェス主催者の松本は「日曜のPAがあるから。」の言葉を残してクールに去って行きました。ここで去ることが出来るか出来ないかが松本と星くんの二人の間に大きな差を生む要因となるのですがそれは後の話。最終的に残ったのは倉田・金一・星・坂本の4人。やりきった感に満たされたというより頭がボーッとしてドロドロな感じでした。辺りはすっかり朝の雰囲気、早起きな人はもうボチボチ起きてきています。僕もいつもの定位置で寝袋に入りました。サウンドチェックの音が聞こえ、フェス二日目の準備も始まったようです。

そんなわけで日曜の前半のステージは聴けておりません。もそもそと寝袋から出て本日もう一度出番のあるHBBの練習・打ち合わせ等を済ませステージを見に。昨日に引き続きもう一度 Daisy Hill のステージです。やはり心に沁みてくる歌声と乾いた素晴らしいトーンのマンドリンに聞き惚れていると、MCでヘイゼルディケンズの人柄がよくわかる感動的な話(ヘイゼルは生涯部屋の壁に池田町のフェスにゲストで出演した時のポスターを飾っていたという。これは北海道の誇り。)が紹介され、そして Tune Delay の好美さんも加わっての West Virginia My Home 。お話だけで既に泣きそうになっているところへこの美しいコーラス。洋子さんと好美さんの想いが凝縮されたこの一曲は間違いなく今回のフェスのクライマックスだったと思います。

そして今日のやぎたこさんは渋い選曲で存在感が際立っていました。このデュオを旭川フェスで観られるのは本当に贅沢です。演奏に対する真摯な姿勢を目の前にして居住まいを正したくなるのは自然なことでしょう。特に僕のような怠け者にとっては。

その後我々HBBも楽しく演奏させていただきましたが後で YouTube にて確認するとなんだか浮き足立った演奏で、今ひとつ落ち着きが足りないようです。やぎたこさんからもっともっと多くを学びたいですね。

そしていよいよ最後のバンド、旭川キンペンズの登場、今日は湊氏のバンジョー入りです。フェス最後のバンドに相応しく爽やかな二坂さんのボーカルが会場いっぱいに広がって行きます。ところが、あれ?なんとなくヨレヨレの人がいる。声もかすれて音程も怪しいぞ。そうですマンドリンの星くんです。徹夜ジャムが響いてますね〜!スタッフは朝から仕事があるので寝てはいられないのですが、さぞかし使い物にならなかったことでしょう。松本は早めの時間に勇気ある撤退をしました。流石、翌日を見越した責任感あふれる行動です。星くんも来年は早めにジャムから解放してあげなければと思いました。それとは別にキンペンズで面白かったのはオズボーンブラザーズでお馴染みアーカンソーで湊氏の「やりたいことは良くわかる!」と声をかけたくなるようなバンジョーでした。ソニーオズボーンというよりはそれを強烈にリスペクトしたロンスチュアートの演奏を意識しすぎて崩れ去って行くさまは、あのようにして世界中のバンジョー弾きが挑戦と敗北を繰り返しているであろう事が想像できてブルッと身震いしてしまいました。そしてロンスチュアートの偉大さもより強く感じることが出来たと思います、眼鏡越しにダリンヴィンセントを見てニヤリと笑う得意げな顔を思い出してしまいました。そしてアンコールの Little Mountain Church House の素晴らしい演奏で第5回旭川フェスは幕を閉じたのです。

さて旭川フェスの素晴らしさとはどこにあるのでしょう。毎年同じ事を考えていますが、やはり答えは同じになってしまいます。『ステージに出る人は一所懸命良い演奏をし、観客は敬意を持ってそれを見る。それが出来ているのが旭川フェス』去年も書きましたが皆上まゆ子さんのこの言葉がすべてです。これ以外考えられません。これがしっかりフェスの柱として意識されているからこそもてなしの気持ちが生まれ、結果主催者も参加者も真摯であり紳士であるのだと思います(思わず韻を踏んでしまいました)。松本によるあの素晴らしいPAも、出演者の情報を簡潔に盛り込んだ城の暖かい司会も、ひいらぎさんの提供するあたたかい食事や飲み物も、全員の演奏動画をYouTubeに上げるのも全てその延長戦上にありこれこそがホスピタリティ、つまり心からのもてなしであり喜んでほしいという気持ちから生まれる行動なのだと思います。その点で今年から出来たルールである『演奏中は会場内での宴会禁止』はとても良い事だと思います。ステージそっちのけで酒を酌み交わしわいわいガヤガヤと騒がしさが目に余るフェスが横行する中、ひとつくらいそうではないフェスがあっても良いのではないでしょうか。旭川フェスは本当に観客が真剣に演奏を楽しんでいると思います。僕にとってはここに一番の価値があります。旭川フェスがこの先どうなって行くのかわかりませんがここだけは変わってほしくないと強く思います。

さあ、祭りは終わってしまいました。ですがオヤジたちはまたオダチながら帰るのです。まだまだフェスの高揚感が続いています。帰りの途中で食事をどうするか、ああでもないこうでもないと喋り続けた結果疲れてしまいどうでもいいような道の駅で三人ともどうでもいいようなカツカレーを食べ、それでも楽しく札幌へ帰ってきました。早くもまた来年の旭川フェスが楽しみです。一年に二〜三回旭川フェスがあればいいのに!

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2018年11月20日

第4回 旭川ブルーグラスフェス。

42361298_941241096077259_1123123803191246848_o今年の旭川フェスは直前に起きた地震の影響がまだまだ収まっていなかったこともあり、後で聞いた話によればスタッフの間では開催の是非を含め色々な話し合いが行われたそうです。震源地近くでは余震が続いており落ち着かない日々を過ごしている方も多く、実際千歳在住の大沼や中原さんも直前になって参加を見送りました。僕の住む札幌市手稲区は余震もあまり感じない、揺れの少ない地域であり震源地近くで暮らしている方々とはかなり温度差があったようです。結局旭川フェスは「無理のない範囲で楽しみましょう」ということで9月の15・16日に例年と同じ島田音楽堂で開催されました。

そうなれば例によって関野さんの車でオヤジだけの楽しい道中。今年は昨年ケガで不参加だった広吉も復活してまたまた下らないバカ話だけで約3時間。途中の美唄で中国人のやっている美味しい中華を食べつつ下道を通ってのんびり行きました。

会場に入った時にはもうステージは始まっていました。すぐに受付を済ませ周りを見てみるとそこには岡山から来られた磯山夫妻の姿が。今回もまた全国各地から旭川フェスを目指してブルーグラス界の有名人が訪れるという知らせは既に入ってきています。磯山さんとは数年前フェイスブックで知り合い実際に会うのは初めてです。「お〜、いつもモニター上でしか見たことのない人が目の前にいる!」とテレビでよく見る芸能人にでも会ったかのような感想を抱きつつ初対面のご挨拶をしました。なんと柔和な、感じのいいご夫婦なのでしょう!感激しました。その他にも本州からたくさんの方々が参加されるというニュースがあり、北大OBの忠司や酒井、森下、もちろん篭橋。そしてやはり僕らマンドリン弾きとしては憧れの人・元Acoustic Heavy Orchestra 谷村さん、しかも夫妻での参加ということです。(更にバンジョー数珠つなぎの扇さんからダン吉さん、北大OB村田くんなど珍しい顔ぶれが参加されていましたが残念ながら今回お話しすることが出来なかったです。)

さて、今年はなぜかあまりステージを見なかったです。しかしあまり見なかった中でも印象に残ったバンドについて少し触れます。
会場に着いて間もなく始まった木山さんのマンドリン弾き語り「秋篠こりえり〜」。ラッキーフェスでもすばらしい演奏を聞かせてくれた木山さんですが、やはり良い。特に日本語詞の Last Train From Poor Valley が素晴らしかったです。その前に演奏したあのワルツのインスト。この曲を聴きながら僕は竹内まりやの事ばかり思い出していました(笑)

谷村夫妻の「Melody Makers」美しいマンドリンデュオですが後半、恭子さんがテレキャスターに持ち替えブルースフィーリングたっぷりの演奏を聞かせてくれたのがとても意外でカッコ良かったです。

おなじみ「せきのやまざき」は美しいギター・マンドリンデュオ。相変わらず山崎のランディウッドは素晴らしい音。ですが今回特筆すべきははKentucky Waltz における関野さんのギターソロでした。この名演が山崎の頭部同様まぶしい光を放っていました。

そして旭川の御大・亀野さん。今回は古川さんというピアニストとのデュオでした。これが素晴らしかった!フェス会場がしばし薄暗いラウンジに変わり、皆ブランデーグラス片手にお洒落な会話を楽しんでいました。

そんなわけで中原さんと大沼が参加出来なかったので僕はエントリーしていたバンド(ホースボーンブラザーズ)がなくなってしまい今回のフェスは出番なしか、と少し寂しい気持ちでいたところ急遽梅原さんから「New England Club」にベースでのお誘いがあり俄然盛り上がってしまいました。というのもこのバンドはオズボーンの曲をたくさんやっており、つまり僕がブルーグラス界で一番好きなベーシストであるジミー・D・ブロックになりきれるということなのです!これは非常に嬉しく張り切ってしまいました。梅原さん誘ってくれてありがとうございました。

「Holly Labo」は関野さんの自虐ネタというか病気話で大いに沸きましたが、大変だったんですね。復帰できて本当によかったです。これからもお体を大切にまだまだ頑張ってほしいです。

岡山から参加、磯山夫妻の「Tune Delay」はちょっとお洒落な選曲のギター・バンジョーデュオ。プー横町もデスペラドも良かったです!YouTubeでしか見たことのない人が目の前で弾いていることに若干の違和感を覚えながらも(笑)楽しませていただきました。来年は是非是非グラスアバウツで来て下さい!磯山さんとはステージ終了後に関野さんと一緒に少しお話しできたのですが、あの人の噂でつい盛り上がってしまいました。

ステージ終了後はお楽しみジャムタイム。谷村さんとジャムしました!なんというか素晴らしくなめらかなマンドリンに感心しました。そしてとても自然ではったりのないスタイルと感じました。押しつけがましくないのです。上品というのかな、でもちゃんと聞こえてくる。トーンも素晴らしかった!あの時間は本当に充実したジャムだったな〜!

谷村さんが去った後もジャムは続きます。篭橋と僕は朝までジャムを誓った仲なのです。今年は川口くんが僕らのジャムの輪に参加してこなかったのがかなり物足りなかった。川口くん、来年は是非我々と朝まで行こう!夜もどんどん深い時間に突入し一人また一人と脱落して行く中、やはり我々は当然のように最後まで務めさせていただきました。そして徐々に明るくなる頃に外に出るとやはり亀野さんが焚き火を管理しつつまだ起きています。そこでひとしきり下らない話で盛り上がり、二日目のステージが始まる頃ようやく眠りについたのです。それにしても全くと言っていいほど酒も飲まず朝までただひたすら楽器を弾いている。なんと素晴らしいことなんだ。時間が40年逆流し、まさに少年の頃のようではないか(笑)

さて二日目のステージですがそういうわけで全く見ていません。起こされたのが最後から二番目「マンドリンサミット」が始まる直前です。これは谷村さんを中心にマンドリン弾きが集まってジャムのようにソロを回すという企画で、僕もその端っこに混ぜてもらったのです。ここでも谷村さんは際立っていました。大勢集まったときにそのなめらかな美しいトーンで他の人との差がはっきりわかりますね。YouTubeにアップされている動画で例えばDaybreak In Dixie の谷村さんの二回目のソロに入るところなど何度見てもゾクゾクします。やはり伝説のプレイヤーです。また一緒にプレイしてみたいです。

第4回旭川フェスも終わってしまいました。さて旭川フェスの良いところってどういうところなんでしょう。それはフェス後に皆上まゆ子さんがどこかに書いていたこの言葉に集約されると僕は思います。『ステージに出る人は一所懸命良い演奏をし、観客は敬意を持ってそれを見る。それが出来ているのが旭川フェス。』今、記事を発見できずに記憶で書いていますので細部の言葉遣いは違うかも知れませんがつまりそういうことだと思います。だから僕は旭川フェスが大好きなんです。PAの音が素晴らしいのもその一連の流れの中にあるからでしょうし、それが本当のおもてなしなのだと思います。

この記事を書くにあたってYouTubeでTune Delay の演奏を確認しようと開いてみたらそこには磯山さん本人のコメントが載っていました。

『とても素敵なフェスでした。場所、音、なにより人柄がすばらしくて、本当に楽しませてもらえました。』

僕は主催者でもないのに嬉しくて誇らしくて泣きそうになってしまいました。

いやいや、泣いている場合ではありません。オヤジ四人も札幌へ帰らねば。またまた下らないバカ話を3時間。飽きもせず昨日寄った中国人の中華料理屋でまた中華を食べて(笑)、途中の道の駅で美味しい野菜や農作物を仕入れながらの珍道中。あ〜楽しかった!主催者の皆さん、また来年もお願いします、本当に楽しませてもらいました。ありがとうございました!

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2018年01月05日

弦に負けながら弾く。

先日のデヴィッドグリアの衝撃のライブに触れ、その奏法を皆でああでもないこうでもないと分析するうちに達也さんから飛び出した言葉です。
「んん?弦に負けながら?それどういうこと??」僕がこれまで目指し考えてきた弾き方とはあまりにも違うように感じ、そんな事はどう考えても自分には出来ないと思いました。ですが日が経つうちにいつもとは正反対とも思えるそのやり方に興味が湧いてきてあれこれ試しています。
僕がいつも使っているピックは普通のセルロイドでフェンダー351シェイプのエクストラヘビー(1.22mm?)、デヴィッドの使用ピックに近いものは持ち合わせがありません。なんとなく手持ちの中で少し厚めのPRO PLEC 1.5mm(これは断面の丸みが好み)を軽く持ち(なかなか浅くは持てないけど)弦の反発を逃しながら弾いてみると当然ですがいつもと違うサウンドが出てきます。弦にピックが当たるカチカチ音が少し目立ちます。しかし慣れないながらもしばらく弾いているとデヴィッドのあのなめらかな甘いトーンに近づいていると感じます。弦の反発と戦いながらゴリゴリと力強いピッキングでズドンと大きな音を出している時とは明らかに違います。甘い。明らかにメロウだ。音も伸びる。バンドで周りが大きな音を出している時にこの弾き方が出来るかと言えばちょっとキビシイと感じますし、特にジャムの時などは無理だと思いますが、これは試してみる価値大ありです。板が無理なく楽に振動している感じがします。そして自分のギターからこういう音が出るのかと新鮮な気持ちになれます。もう少し試行錯誤が続きますねこれは。

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2017年10月09日

第3回 旭川ブルーグラスフェス。

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9月9日・10日は恒例となった旭川ブルーグラスフェスに参加してきました。僕が今いちばん好きなフェス。こんな素晴らしいフェスを一年に一度しかやらないなんて良くない慣習です、主催者には年間複数回の開催を求めたい。結論から言えば、昨年の感想と同じになってしまうのですが、昨年より更にグレードアップした素晴らし過ぎるフェスでした。

旭川へは昨年と同じく今回もまた関野さんの車でおやじだけの道中。車中では下らない会話のみ!ただ今回はアクシデントにより広吉が参加できなかったので関野さん・山崎・僕の三人旅です。出発前、関野さんは新しいバンドHolly Laboがあるので超重いペダルスティールギターを車に積んだのですが、そこで大昔、ススキノのキッパーズというお店に関野さんやガンさん達と毎月演奏しに行っていたときの事を思い出してしまいました。当時この超重いペダルスティールを運ぶのはバンドでいちばんの若手である大沼の仕事でした。懐かしい。

今年もまた旭川へ2時間強の道中が本当に楽しい!ブルーグラスという奇縁で繋がったこの三人はなんと40年近くの付き合いになります。僕の髪もすっかり白くなり、山崎くんもいつの間にかおじいさんみたいになってしまいましたが僕らは十代からの付き合いです。関野さんだけが例外的に変わらぬ外見を誇ってますが、その関野さんにしてもなんと七十代!時の過ぎるのは本当に速い。まったく「少年老い易く学成り難し」そのものです。信じられない事でしょうが僕らもついこの間まで少年だったのです。感覚としてはおとといくらいまでは少年でした。

そんなこんなで国道12号線をゆっくりドライブし旭川に到着。フェス会場である島田音楽堂へ入るとPAチェックの真っ最中。ここは本来クラシック音楽向けのホールなので会場に入ってすぐは残響の多さがやはり気になります。しかしそんなことは数分で気にならなくなります。何故でしょう、それは松本渾身のPAシステムがいつも超いい音を響かせているからです。もちろん今年もいい音。松本はこのフェスのためにPAシステムを毎年グレードアップさせていて今年はミキサー卓まで購入しているのです。それでこそ音の狩人だ、素晴らしい音をありがとう!旭川フェスのPAはキミのライフワークだ!実際ステージ上で演奏していてもその音の良さは他のフェスとは全然違い、モニター環境が優れているためか本当に演奏しやすいのです。今回僕は日曜日に山崎くんの名器ランディウッドを借りて弾きましたがその時演奏しながら感じた「いい感じ」がひと月も前の事なのに今でも残っています。この音の良さは他のフェスと旭川フェスの大きな違いだと思います。

午後4時、フェス開幕です。去年は旭川キンペンズという素晴らしいバンドとの出会いがありましたが今年はどんな素晴らしいバンドが僕の目の前に現れるのでしょうか、楽しみだな〜。しかしその瞬間は意外と早くやって来たのです。四つ目に出てきた「きゅうりのキューちゃん」なるヘンテコな名前のバンド。全員酪農大OBのようで、スタッフの一人である星くんがマンドリンで参加しています。青森からマンドリン集会などにも参加してくれる坂本さんもいる、つまりツインマンドリンです。しかしバンジョーは無し。そして星くんの小さな娘もなぜかフィドルを構えて踊っている。ちょっとイレギュラーな編成です。プログラムはあまり取り上げられないビルモンローの珍しいインスト、しかし酪農大ではかつてジャムの定番曲だったというサザンフレーバーなども挟みつつ割と普通な感じで進行していましたが、ビルモンローの名曲 Tall Pines で空気が一変しました。これは素晴らしかった!ボーカルとギターは星くんの妻、星妻だ。聴いていて何故だろう、グッと来ました、フェスはまだ始まったばかりだというのに!とにかく素晴らしいボーカルとコーラスでした。「きゅうりのキューちゃん」などというヘンテコな名前からは内容が全く想像できず完全にノーマーク、名前に騙されました。星妻はこれからも名曲 Tall Pines を歌い続けてほしい。日々の生活と子育ての中でTall Pinesを歌う、なんと素晴らしいことでしょう!そしてこれがこのフェスのステージで最初の感動となったのでした。

その後も素晴らしいバンドが続きましたが特に強く印象に残ったバンドがあります。それは関野さん、いや皆上率いる Holly Labo と松本とフェススタッフによる旭川キンペンズです。Holly Labo は関野さんのペダルスティールに乗せてひいらぎの皆上まゆ子さんがカントリーの名曲を歌うユニットで、塩屋ほたるちゃんの透明感のある美しいコーラスと大沼の安定したベースが加わります。これがいつも素晴らしいのです。ワイルドな迫力もしっとりとした美しさもあり、選曲もバラエティーに富んでおり聴いていて心地良い。関野さんのペダルスティールもいい音です。僕は冗談めかして「関野さんの晩年を飾るバンド」なんて言ってましたがいえいえ冗談ではなく本当にそう思っています。関野さんはいいバンドを組みましたね、ケガなどしている場合じゃないです。ライブ活動もどんどんやってほしいですが、まあ程々に、しかし長〜く続けてほしいバンドです。

そして旭川キンペンズ。去年、僕の心の隙間からいつの間にか入り込みいつまでも居座って離れない素晴らしいバンド。今年も良かった!しかも去年のデビューから一年経って落ち着いて来たというか安定感が増し安心して聴いていられます。そして二坂さんの天使のようなボーカルはますます健在、星くんの若々しいテナーもこのバンドの爽やかさに大きく貢献していると思いました。松本はこの爽やかな若者たちをバンドに引き入れた事によって随分トクをしているなというのが僕の印象です。バンドに充満する爽やな空気が決して爽やかとは言えない松本までも爽やかに見せてしまうというトリック。いつかこの手法を僕も取り入れたいと思います。勉強になります。

旭川フェスのもう一つ大変優れた点は一晩中楽器弾き放題というところ。最近のフェスではなかなか実現できない徹夜ジャムが可能なのです。過去のブルーグラスフェスでは当たり前だった徹夜のジャム、しかし治外法権とされていたブルーグラスフェスにも騒音問題は容赦なく襲いかかり深夜の大騒ぎなど今では夢のまた夢です。若い頃の僕はとにかく徹夜のジャムが好きでフェスとかけてジャムと解くだったのですが最近は寄る年波に勝てずじつはジャムも控えめでした。しかし時間制限があるとなると勝手なものでジャム魂がムズムズと鎌首をもたげてくるのです。旭川フェスはそんな夏のある種欲求不満解消的な場でもあるのです。去年も当然朝まで思う存分、今年もまた当然一晩中ジャムってました。酒もほとんど飲まないにも関わらず非常に楽しく有意義な時間です。今年最後まで僕に付き合ってくれたのは川口くん平間くんという素晴らしい若手ナンバーワンプレイヤーでした。本当に楽しかった!川口くん平間くん、最高の時間をありがとう!また是非一緒にジャムしよう!そしてジャムもお開きとなった午前5時、今年は広吉がいない関係上亀野さんも早々に寝てしまったので駄法螺を語る相手もなく、しょうがないので僕も後ろの厨房のソファで寝てしまいました。

今回が第3回という旭川フェスの歴史はまだ始まったばかりですが、このフェスは第1回から僕の心をガッチリつかんで放さない、ほぼ理想的と言える最高のフェスなのです。この先、長い歴史を作って行く中で更に理想にちかづくことでしょう。

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2016年09月20日

篭橋くんと僕。

kagohashi僕にとって今回の旭川フェス参加の表テーマが佐々木仁さんとの再会だとすると裏テーマはなんと言っても「篭橋との再会あるいは初対面」だったと言えるでしょう。再会?初対面?それってどういうこと?

僕も含めフェイスブックでは皆チャットのように会話をしています。高嶋くんと篭橋くんもよくFB上で音楽に関するやりとりをしていました。僕はたまたま見ていただけなのですが、ある日彼らがユーミンについて話しており、ユーミンの事には黙っていられない僕がそこについついコメントしてからFB上での付き合いが始まりました。高嶋とは同じマンドリン弾きということもあり彼の現役の頃はよく話していました、しかし篭橋とは話した記憶が無い。じつは顔もよく思い出せない。でも妙に気が合うというかよくわからないけどその後FB上ではいつも音楽の話をするようになりました。話題としてはベース談義が多かった。何故かこの3人は共通点としてベースが好きなのです。下らない話とベースの話で親しくなってゆくにつれなんとなく「どんな奴だっけ?」という思い出せないもどかしさも募ってゆきました。

その篭橋が旭川フェスに来るという。去年の旭川フェスには高嶋が来て再会を喜び合いました。果たして篭橋とはどんな顔で再会を喜べばよいのか、その前にそれは本当に再会なのか。それを世間では初対面というのではないか?そもそも顔もよくわからないというのに。

結論から言えばそれらはすべて杞憂でした。現地ではなんとなく自然に「よお!」とフェイスブックで見た事のある顔に挨拶し、自然に会話が始まり、当たり前のようにジャムをしてました。ほとんどの人が寝てしまった朝5時頃まで一緒にジャムをし、既に明るくなったキャンプサイトで泥酔寸前の亀野さんと広吉の相手を二人でして、7時過ぎにそれぞれ寝るまで、ごく自然な「古くからの友人」感があったと思います。

最後に、篭橋くんがベースで参加し、今回の旭川フェスにバンドで遠く神戸から全員で来てくれた「TODAY」の皆さん。素晴らしい歌と演奏で旭川フェスは盛り上がりました。もちろんベースも素晴らしいプレイでした。流石夜な夜なベース談義で盛り上がっている人の弾くベースはひと味違います。

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