2010年02月04日

覚悟好き(2)

今回聴こうと思ったきっかけになったのは、

文芸春秋出版の「今面白い落語家ベスト50」を書店で

見つけたことでした。

これを読んで私の身体の中で眠っていた虫が起こされ、

頭から完全に離れていた「落語」の2文字が蘇ったのでした。

書に出てくる噺家の殆どは当時とがらりと変わっている、

往年の師匠たちの噺とはどう違うのか、1度その噺を聴いて

みたいと思ったからでした。

往年の師匠の多くは鬼籍に入ってしまったが、

若手たちは今では真打となって一門の大黒柱であり、

立派に落語界を支えているのです。


柳家小三冶、立川志の輔、柳家喬太郎、春風亭昇太、

立川談春、小さんの孫柳家花禄、当時「横丁の若様」と呼ばれた

春風亭小朝、それに三平の長男林家正蔵などが人気の中心です。

公演場所は今池ガスホール、こんな間近かで落語に出会えるとは

思ってもみませんでした。

柳家喜多八、力士上がりの三遊亭歌武蔵、柳家喬太郎の

「三人会」でした。

私が聴きたいと思ったのは、ベストワンに選ばれた

全く知らない柳家喬太郎師匠でした。

いきなり歌武蔵がタキシード姿でステージに現れて、

歌を歌い出す・・・携帯電話や写真撮影の禁止を呼びかける

内容で、ここへ喬太郎が尻丸出しのドレス姿で加わり場内大爆笑!


本業の方でも喜多八は、細い小柄な容貌からは想像できない

メリハリの利いた声で「寄合酒」を好演、トリの喬太郎も、

期待した通りの出来栄えで、歌舞伎でも演じられる江戸っ子気質を

強烈に盛り込んだ人情話「文七元結」を好演して幕となりました。



最近落語は上野鈴本、新宿末広亭など定席の勉強の場が

極く限らてしまい、落語家自らが積極的に各地の小劇場などで

公演のマネージメントするようになったようです。

師匠から受け継いだ話芸にとらわれずに、自分なりに解釈しカラー

を出していて面白いと感じた。

そして今や落語は一大エンターテンメントとなった印象でもあった。

また、聴きたい!

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2010年01月31日

落語好き(1)

17cfb292.jpg話は少し古いが、12月に落語を聴きに行った。

私は大の落語好きで、学生時代と社会人となって

からも一時期を東京で送ったが、新宿末広亭、

上野鈴本、有楽町東宝名人会、人形町末広などへ

よく足を運んだものだ。昼の部と夜の部を9時間

かけて出たり入ったりもした経験がある。

5代目古今亭志ん生、黒門町の師匠こと8代目桂文楽、

6代目三遊亭円生、柳家小さん、三遊亭円楽、

三遊亭歌奴、林家三平などの他に派手さはないが

玄人受けする金原亭馬生、将来性豊かな古今亭志ん朝、

比類なき天才肌の立川談志、いかつい顔で歯に衣着せぬ

語り口調の4代目鈴々舎馬風が私は特に気に入っていた。

また雷門助六の演目「長短」の短気な性格とのんびり屋の

可笑しなやりとりと顔芸、噺の後のあやつり人形踊りはまさに

名人芸で、いつも抱腹絶倒させられた。

東京とという大都会の中で席亭に入ると江戸の粋な雰囲気が漂い、

田舎者の私には噺家の歯切れのいい江戸ことばから伝わってくる

何とも表現できない江戸文化匂いがたまらなかった。

それが名古屋へ転勤になってからは、とんとご無沙汰で、

その機会もなく歌丸、春風亭小朝、林家正蔵などの独演会が

名古屋であれば聴きにいく位であった。

今回改めて落語を聴きに行くきっかけとなったのが、・・・つづく 

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2009年12月16日

年々歳々人同じからず

過日中学校卒業者で東京在住者を中心とする同級会があり出席した。

小生の故郷は東北の会津であるが、進学組は東京、

実家が商売している者は家業を継ぐために田舎に残り

ほぼ半数ずつが東京と田舎に分かれていて、

名古屋方面には極僅かしか生息?して居ない。

従って会は東京と田舎の両方で行われるので、

顔を出す機会も自ずと少なくなる。

たまの出席を良いことに、待ってましたとばかり

開会の音頭を必ずとらされるはめになる。

振り返ってみると、卒業してから54年も経つので、

ざっと半世紀前のことになる。

当時紅顔の美少年やマドンナたちは、

今や見る影も無いが、

時間が経つのも忘れて懐かしい昔話に花が咲いた。

烏兎怱々、誠に月日の経つのは早いし、

現実を受け入れざるを得ないと思う。

物故者として記録される同級生も少なくなく、

出席するメンバーも年を経る度に櫛の歯が欠けるように減っていく、

2年前に顔を出して旧交を温め会の常連であった

親友のY君も昨年亡くなってしまったのは寂しい。

「年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず。


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2009年12月12日

お笑いから学ぶ

休日を利用して中日劇場の吉本

新喜劇の舞台を観劇して来ました。

テレビで全国民を笑いの渦に巻き込む

お笑い芸人さんたちですから、

観劇となると臨場感も加わり、きっと2倍も

3倍も面白い筈だと期待感に包まれて出掛けました。

舞台が開けると、池のめだか、アホの坂田、島田珠代、

チャーリー浜、チャンバラトリオなどの面々が

テレビでお馴染みのメンバーがギャグを連発して

客席を大いに沸かし、期待通り私たちの目を

楽しませてくれました。

バカバカしいギャグでも、これでもか、

これでもかと真剣にやっているのを見ると、

可笑しくなって我を忘れて羽目を外して

笑いこけていました。

この素晴らしい芸人魂を見習うべし!

結構な笑いとともに学ばせて頂きました。

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2009年10月10日

生き馬の目を抜く

個人や企業が持っているパテントを安価に買い上げて保有し、

その保有した特許権を侵害している大企業を見つけ出し、

特許侵害で訴訟を起こして高額な賠償金や和解金を得ることを専門に、

巨額な利益を上げているパテントトロール会社がアメリカや中国にあるそうです。

会社そのものは小規模であらゆる分野の専門家から構成され、

相手企業をどうやって心理的に追い込めば効果を上げられるかと

心理学者までいるようです。

自らは商品を生産するわけでもなく、

メーカーの間隙をついて訴訟に持ち込み利益を上げるという

まさに油断も隙も無い「生き馬の目を抜く」企業といえます。

日本の各家電,自動車メーカーではその対策が急務となり、

対策チームまで立ち上げています。

「特許ゴロ」「特許寄生虫」などと呼ばれているのも頷けます。

そのような企業が存在しているだけでも、

私の年代の者にとっては、末怖ろしい感じがします。




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2009年09月16日

100歳以上の人口

今年100歳以上の年齢になった人は、

28395人にも達していることが

産経新聞の調査で明らかになった。

2万8千人といえば小さな地方都市にも該当する。

あくまで想定の域だが、

あなたの住む街が100歳以上の老人ばかりになったとしたら、

一体どんな街になるのだろうか。

想像を巡らせてみたら、末恐ろしくなった。

幼稚園や学校などの施設は不要になり、

その代わり病院や葬儀社や老人ホーム、介護施設

などの看板はやたら街の中に目立つようになるのではないか。

会社というものも存在するのだろうか、

スーパーや商店は?バスや電車の運転士の有資格者も居なくなるから、

公共交通機関やタクシーも無く、従って騒音や排気ガスも発生しなくて、

街から喧騒は消えてしーんと静まり返るのだろうか。

閑静な街どころか人影も無く

火の消えたようなゴーストタウンと化してしまうのか。

それとも満天の星の下で静かに余生を送れる

パラダイスになるのだろうか。

少子化問題を何とかしないと、

その何れかの時代は遠からずやって来る。


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2009年09月09日

ひらがな

私たち日本人の大部分は、日本文化の源が

中国大陸にあったという事を

中学や高校の歴史で学ぶので

知識として持っています。

私たちが日常使っている「ひらがな」や

「カタカナ」などの文字を、

中国の漢字から日本独自の文字へと編み出したのは、

日本人が持つ素晴らしい叡智が生んだものであろう。

中国人女性が縁あって日本人男性と

結婚して日本語を学ぶ場合、

「ひらがな」や「カタカナ」の原点が、

実は自分の母国の漢字なのだということを

知っている人は果たしてどのくらいいるだろうかと

思うと不思議な気がする。

私たち日本人がアラビア文字でも見るように、

彼女たちは、あの流れるような曲線美を持つ

「ひらがな」という文字をまったく異次元の文字である

と考えているのだろうか。


yoshidakimio at 18:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日本語 

2009年08月20日

敵を欺くためには、まず国民から・・・?

http//www.web-china.net

第45回目衆議院選挙の公示日とともに

やたらと周りが騒がしくなりました。

解散以来、満を持しての国民の信を問う

選挙戦であり両党ともに気合が入る。

攻守所を入れ替えて、攻める民社、

守りに転じた自民の攻防は

いやがうえにも国民の関心が高まる。

我が家の半径100m以内にも早くから

両党の立候補者が選挙事務所を構えて

にらみ合い?からの舌戦が始まり

戦国時代の砦の感さえ漂う。

内憂外患の自民党候補の○○氏は、

不人気の党首に代えて鳩山邦夫氏と

並んだポスターをべたべたと壁一面に貼っている。

「鳩山」「鳩山」・・・という文字が矢鱈と目に付いた。

「鳩山」といえば、相手方の党首ではないか、

と誰もが思う。

私も自民党の○○氏が民社党の候補であると錯覚してしまった。

私と同じように感じた方も居られると思う。

これも敵を欺くために、党首までも欺く、

いや国民を欺く戦略か?

と苦々しく思う。

30日の投票は、短慮軽率ではなく

深謀遠慮、先々の事まで考えて一票を投じようと思う。









yoshidakimio at 18:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!政治 

2009年07月12日

206日のご無沙汰

3345dcfd.jpg前回ブログを投稿してから半年以上、

206日間のご無沙汰でした。

「他人の噂も75日」と言いますが、

その3倍の日数もペンを執らなかったのですから

まさに必罰ものです。

私にとっては自省の念が強いのですが、

意気込まないで趣くまま

何かをお伝えして行きたいと

考えています。

さて、この飲み物はなんでしょうか?

色から判断すると・・・

コーヒーかココアのように見えますね。

実は・・・

ショウガ入りのホットミルクなのです。

恐らく日本には無いと思います。

このミルクとショウガのコラボレートは

考えも及びませんでした。

甘いミルクにピリッとしたジンジャーの風味。

初めて飲んだ時、

うまい!と思わずお代わりをしました。

コレ、日本でも絶対イケルと思います。




yoshidakimio at 17:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日誌 

2008年12月19日

今年最後の訪中

2008年も瞬く間に過ぎて

気が付けばもう歳の瀬に近い。

暮れも押し迫った12月27日

から3泊4日で中国を訪れる。

魅力的な40代の男性NさんとKさんの

2人の方をお連れしてのお見合い訪中です。

日本は12月らしくない暖冬に近い師走ですが、

ハルピンはどうかな?とちょっと気になります。

中国支社の劉氏に尋ねると「今年は暖かいです」

「そう、で、何度位なの?」「最低気温は−19℃、

最高は−9℃位ですね」

「来週はそれより10℃位寒くなりますよ」と事も無げに言う。

冬はハルピン空港を降り立った瞬間にピリッとした冷たい空気に

包まれ身が引き締まる。

中国の東北部は、この厳しい寒さが魅力の1つでもあると思う。

お2人には日本にはない厳寒の中国を味わって頂くのも良い

経験になるでしょう。

そんな環境の中で育まれた素敵な女性をご紹介出来るように

寒さを吹き飛ばす熱い熱い気持ちを持って行って来ます。





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2008年09月21日

交通渋滞の陰に○○あり?

9dd6bd19.JPG

私たちが常宿にしているホテルから

大通りに出るには、

一方通行の裏通りを抜けて行きます。

僅か50〜60メートルの長さしかない

この通りは、小さな商店や会社などが並んで

絶えずトラックが荷物を積み下ろしているので混雑を極めるのです。

ある日、大通りの出口に差し掛かる辺りで、

交通事故があって30分以上も交通がストップしたのです。

ドライバー達は最初は大人しく待っていましたが、

一向に動かないのに気が付きました。

痺れを切らしたドライバー達は、事故車に向かって

「早く場所をどかせ!」と一斉に非難を浴びせ始めました。

中国では、事故を起こすと、警察を呼ぶ前に当事者間で

補償代金を巡って事故車の脇に立って交渉をするのです。

このような光景は、1日2〜3度は目にします。

車線はあっても無いに等しいし運転、信号無視も珍しく無いし、

便乗していてもヒヤヒヤの連続です。

命が幾らあっても足りないのです。

事故車は、お互いに相手をなじり、自分の正当性を主張しているのでしょう、

一向に動く気配が無いのです。

ついに車両から降りてその事故車に押しかけて

罵声を発するやら、ドアを叩いたりし始めました。

しかし、全く動きません。

30分も経過した頃、渋滞していた車両が漸く動き出しました。

その車両の脇を通り過ぎざま、窓越しに一瞥すると、

運転席で中年の女性がハンカチを手に涙を拭いている姿が目に入りました。

お互いの主張を譲らずに周りを全部敵に回して一斉攻撃を受けてしまった

からでしょう。

それにしても、非難ごうごうの中、テコでも動かない

精神力には敬服しました。

あの涙は、悔し涙か、それとも反省の涙だったのでしょうか?


yoshidakimio at 12:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!中国あれこれ 

2008年09月19日

コレは、理に叶っています!

4b7d52e5.JPG私がお薦めする国際結婚

ハルピンから高速道路に乗って

東へ180kmの方正県という

インターチエンジ出口での光景です。

1台のトラックの荷台に同じ形のトラックが載っていました。

文字通り、♪親亀の上にぃ、子亀が〜♪の状態です。

よくもまあ、うまく載せましたねぇ。

ガソリンの高騰は中国国内に於いても例外ではなく、

1リットル5元、即ち日本円で80円もします。

平均月収2〜3万円の中国人の所得で比較すると、

とてつもなく高価な燃料代金となります。

マイカーを所有しているのは、富裕層が殆どです。

しかし、このトラックのドライバーはお金持ちではないでしょう。

このトラックは1台でガソリン代、

高速道路料金を半分に節約したことになります。

智慧を絞った上でのことでしょうが、

まことにソツが無く、理に叶った方法ですね。


yoshidakimio at 18:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!中国あれこれ 

2008年08月31日

夏はハダカで歩く!

e1f3f230.jpg暑い夏の時期に中国を訪れると、

男性が上半身をハダカで歩いている姿をよく見かける。

街路上だけでなく、レストランの中でさえも人目を憚る

ことなく、平気でハダカになる。

良く観察すると、ハダカで歩くスタイルには

2つのタイプがあるようだ。

Tシャツならシャツを捲くり上げた裾の部分を

メタボ腹の上に乗せ、一層腹を突き出して、

これ見よがしに歩く。

半袖シャツの場合は、脱いだシャツを

肩に架けて風を切るように闊歩する。

中にはカップルの男性も居るから驚きである。

日本だったら、彼女から即座に別れ話が持ち上がるだろう。

数年前、彼らに習ってお腹を出して歩いて

みんなで大笑いしたことがある。

涼風が身体を通り抜けるようで、・・・

ナント気持ちの良かったことか。

これって、旅の恥は掻き捨て?

それとも・・・

郷に入っては、郷に従え?






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2008年08月30日

羊頭狗肉

792252b3.jpgテレビを観ていると、

食べ物に関する番組の多いことに気づく。

より美味しいものを追求して、

こだわりの店に行って、そこの

シェフが腕に縒りをかけた料理を頂く。

まさに至福のひと時である。

神戸牛、松坂牛、米沢牛、近江牛、飛騨牛、

三田牛など、牛肉のブランドだけでも

それぞれの産地に旨い牛肉が存在する。

 ところで「米ぬかパンってご存知?」

と尋ねても、若い人には

皆目検討すら付かないだろう。

戦後間もなく我が家の庭先で、

東京から来たという見ず知らずのおじさんが

その米ぬかで作ったパンを焼いていたのを記憶している。

戦後はまさに食べる物が無くて腹を空かして

いた時代。

米ぬかだけでは、ポロポロとして形にならないので

小麦粉を少々混ぜてつなぎにする、

つまり蕎麦のつなぎと同じ原理である。

それを戦災地の東京で売り、一旗挙げるのだと聞いた。

今では米ぬかは飼料にしか使わない。

戦後の学校給食も脱脂粉乳から始まった。

これも当時から豚の飼料だったものを、

GHQが飢餓状態の日本の子供達への

給食としてコッペパンと共に提供してくれたものだった。

日本の食生活がこれから洋食文化へと変化して行く

要因となったのではと思う。

戦後の食料不足の時代、庶民はこぞって

「食べること」に苦労し、どこまでも探しに行った。

体育の授業中に留守にした教室の弁当が誰かに食べられたり、

盗まれたりすることがよくあった。

「食」にまつわる文化の違いは国によって違うし、

食材や調理の方法、味付け、ハーブを使うなど、

その味わい方もまた異なる。
 
世界中でも、中国人ほどあらゆる物を食べる民族は居ないそうだ。

彼らは四つ足の物なら、机やコタツ以外は食べてしまうなどと

揶揄する人物もいるくらい、本当に何でも食べる。

 鶏の足、鶏のとさか、豚足、蛙、蛇、鳩などの他に犬の肉も食べる。

「羊頭狗肉」という言葉があるが、狗」とは「犬」のことである。

羊の看板を掲げているのに、中身は犬の肉だったというまやかしの事である。

方正県では犬の肉を食べさせる店の看板が目に入った。

どのように料理をして客に出すのか、鍋料理なのだろうか。

暫く、その店の前に立っていたが、ついぞ食指は動かなかった。

yoshidakimio at 17:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!中国あれこれ 

2008年06月27日

法令順守とは?

f4277b47.JPG中国へ行くと必ずハルピン〜佳木斯間の

ハイウェイを利用します。

この辺りの高速道路は片側2車線で

反対車線とはワイヤーで仕切られています。

かつては穴が開いていたり、凹凸があったりで

とてもハイウェイという代物ではありませんでした。

ここ2年の間で整備されて見違えるほどになり

快適な走行も可能になりました。

しかし交通マナーは依然として褒められたものではありません。

簡単にハイウェイに人が立ち入る事ができるし、

バスを利用する乗客が平気で歩いてたりします。

先月このハイウェイで危険な目に遭いました。

突然でした、追い越し車線を逆走してこちらに向かって来る

猛スピードの1台の自動車が目に入りました。

「おいおい、逆走して来る車がいるぞ」

「気をつけて!」

幸い私たちの車は走行車線を走っていたので

この車を難なくやり過ごしました。

しかし、次々に逆走車の台数が増えて20台程、

真ん中辺りには公安のパトカーの姿までありました。

「一体どうなっているの?」と暫く先へ進むと、

反対車線でトラックが絡む大きな

事故があり渋滞になりかかっていたのです。

理由は直ぐに判りました。

事故のあった後方のワイヤーがタランと垂れていました。

渋滞を嫌ったドライバーが仕切りのワイヤーを外して

勝手に反対車線を走行して来たというわけです。

何の前触れも無く法を無視して反対車線を逆走するなんて考えられますか?

まさに自己中で、自分がやりたいことをするだけ・・・。

パトカーがランプを点滅しサイレンを鳴らし

安全を確認しながらゆっくり走行するとか

他の車を事故に巻き込まない配慮をするべきでしょう。

まだ、ハイウェイを利用する車の数は少数とはいえ

、正面衝突の惨事になりかねない蛮挙と言えます。

ハイウェイに掛かっている「法令順守」と赤い大きな字で書かれた大横断幕が、

空しく見えて仕方がありませんでした。






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2008年05月24日

ほんもの?

d9f288cc.jpg私がサポートする国際結婚

ブログを長い間休んでしまいました。

書きたいことは山積しているのですが・・・

努めて書くように致します。

最近「食」に纏わる話題や事件が多いようです。

私たち日本人は食料自給率40%しかない国土に住みながら

世界中の殆どの食材を手に入れることも、

料理を食べることもできる。

その気になればどこの国の料理も食べてみたいという願いは叶うのです。

誠に日本人に生まれた恩恵を実感する一瞬でもあります。

先日中国に日本の牛肉の輸出が禁止されていることを知りました。

ある水産加工業者が蟹と偽って牛肉を中国へ輸出しようとしたのが発覚し

報道され、それが知るきっかけとなったのです。

BSE以来、中国国内では日本の牛肉は高値で取引されているのです。

ところで…。

4月に訪中した際にどこかで見た「神戸牛」の表示。

写真を探してみると…

ありました。

ひょっとしたら、これも日本の業者が密輸した牛肉でしょうか?

ほんもの?にせもの?

いやいや、いずれにしても問題ありの牛肉です!

わたし?中国には神戸牛はあり得ないと信じていますから

食べませんでしたよ。


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2008年04月10日

ナンバープレートなんか要らない?

d62d8ccb.JPG私がサポートする国際結婚

「アレ、アレ・・・・?」

ハルピンの街中をナンバープレートの付けて無い

車両が悠々と走っていたのを目の当たりにしました。

わずか1週間の滞在期間中だけでも、その数3台です。

日本では必ず仮ナンバーを装着しないと

法律違反となって処罰されます。

このような車両は取り締まる側の役人、

即ち公安が乗っているのだそうです。

写真のリヤウィンドウから公安の帽子が見えますね。

ナンバープレートの貸し借りもあるようですが、

こんな車両は一体誰が取り締まるのでしょうか?

中国の公安はとかく評判が良くないようです…どうしてかお分かりですね?


因みに、

中国にも仮ナンバーで走行している車両もありますが、

紙にマジックでナンバーを書いてフロントカラスに

貼り付けてあるだけです。



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ナンバープレートなんか要らない?

32ce991d.JPG私がサポートする国際結婚

「アレ、アレ・・・・?」

ハルピンの街中をナンバープレートの付けて無い

車両が悠々と走っていたのを目の当たりにしました。

わずか1週間の滞在期間中だけでも、その数3台です。

日本では必ず仮ナンバーを装着しないと

法律違反となって処罰されます。

このような車両は取り締まる側の役人、

即ち公安が乗っているのだそうです。

写真のリヤウィンドウから公安の帽子が見えますね。

ナンバープレートの貸し借りもあるようですが、

こんな車両は一体誰が取り締まるのでしょうか?

中国の公安はとかく評判が良くないようです…どうしてかお分かりですね?


因みに、

中国にも仮ナンバーで走行している車両もありますが、

紙にマジックでナンバーを書いてフロントカラスに

貼り付けてあるだけです。



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2008年03月30日

中国にはこんな所も(8)

eb455db2.JPG私がサポートする国際結婚

家に入るとご両親と改めて

しっかり手を握って挨拶を交わしました。

力強い手から歓迎の意が伝わってくる。

日に焼けていかにも実直な父親の印象を受ける。

家財道具はタンスが1棹とテレビだけで質素な

生活振りが窺える。

しかし家財道具より人間として最も大切な純真な心を

彼らが持っているのが間もなく理解できた。

Uさんとご両親が強い親子の絆で結ばれている事は

他人の私でも直ぐに理解できました。

彼女はご間に入って両親の肩を両手で抱きにっこりと

笑顔で話しかけている。

私たち日本人に興味があるのだろうか、

隣人も5〜6人は居るようです。

一頻りの挨拶が終わりテーブルに座ると、

ご近所のおばさんが両親と親族を代表して

結婚についていろいろと質問を投げかけてきました。

この地域では日本人は初めだし見たことも無いという。

走りに走ってロシア国境近くまで来てしまった。

昨日、サウナの中で私たちを興味深げに見ていた50代の

男性から笑顔で声をかけられたことを思い出しました。

「日本人の方ですか?」

「私の息子が日本の大阪へ留学しているのです」

このように庶民の方は日本に対して非常に友好的である。

と同時に日本の高い文化に憧憬と尊敬の念を持っているのです。

この地域は新農業のモデル地区になっていて政府の新しい政策の

一環として開発が進められていると説明がありました。

詳しいことは知りませんが、

彼らは農民ではない、会社員としてこの農場で働いているのです。

今の住居は、4月に隣接している土地に建築中の

1戸建ての団地に移ると嬉しそうに話した。

屋根にソーラーパネルが設えられブルーに塗られた壁が鮮やかな

近代的と思える1軒家が数軒並んで建っている。

「私たちの身分は農民でありません。農場で働く非農業の戸籍です」

と誇らし気に説明してくれた。

中国では農民籍と非農民籍では、月とすっぽんの差があるのです。

「農場では日本製のトラクターやコンバインを使用しているのです」

日本というの国の人間よりも日本製品の方が先にお目にかかっているのです。

優れた性能を持つ日本製農機具は中国では貴重な存在です。

「ほう、メイド・イン・ジャパンですか」

「働くのは1年に1ヶ月半だけです」

「えっ、僅か1ヶ月半ですか?後はどうしているのですか?」

「釣りですよ、ここから近い所にロシア国境の河があり、そこで

鮭やたくさんの魚を釣るのです」

「秋になると豊富に木の実が取れ、釣りもできます。是非1度遊びに来て

ください」「ありがとうございます」

そんな会話の中でよくよく拝見すると、

他村では見られなかった余裕ある

ゆったりとした時間の中で生活している顔に見えたのです。

決して裕福では無い筈だ。

けれどもこの大自然の恩恵を享受しながら

時間を過ごすことで精神的に貧困にならないのだろうか。

日本人は物質的には恵まれているが、精神的には病んでいると

言われて久しい。

日本という国の良さ、日本人としての品格、他人への心遣い、

親子の絆というものをどこにおき忘れ、自分本意、自己中心的考えが

蔓延して住み難い社会になってきているのは間違いない。

社会主義の中国にこのような場所があるとは思ってもみなかった。

まさに目からウロコ、有頂天になっていてはいけない。

学ばなければなら事は何処にでもあることを思い知らされた。


yoshidakimio at 17:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!中国あれこれ 

2008年03月29日

中国にはこんな所も(6)

a4a16e6c.JPG私がサポートする国際結婚


6時起床、慌しい朝食を摂り、

急かされるように車に乗り込む。

今日は更に東へ100km走り、

Uさんの実家訪問して

遅くとも夕方までにはハルピンへ

戻らなければならないだ。

比較的新しい道路がどこまでも続くが

他の車両と出会うことは殆ど無い。

平地からやや上り坂になり、

この辺りまで入ると直線的だった道路もカーブが多くなる。

どんどん先へ進むと景色に変化が見られた。

なだらかな丘陵が広がり空気も澄んでいる。

北海道かシベリアのような白樺の並木道が続く。

きちんと整備はされていないが素朴な風景だ。

Uさんはこんな奥地で生まれ育ったのかと

思うと感慨深いものがある。

こんなに奥まった所でも庶民の足はバスしかないのだろう。

2時間ほど走ると、○○農場と書かれ大きなゲートがあり

それをくぐると僅かな戸数の集落があり

Uさんが「ここです」と路地に入るように言った。

50代の男性が3人表で待って出迎えている。

入り口に近い1軒がUさんの実家だと分かった。

私たちの車を誘導してくれ路地を曲がろうとしたが

隘路でもうこれ以上進めないのでここに停めた。

降りると笑顔で出迎えて握手。

直ぐに家に招かれて入った。

家屋は長い年月が経ち

風雨に耐えてきた歴史を感じさせるものだった。

(つづく)

yoshidakimio at 17:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!中国あれこれ