2008年10月22日

おかしなルール

ベトナムでの交通手段の代表は、バイク。

テレビなどでベトナムが紹介される場合、必ずといってもよいかと思いますが、大量のバイクが道を埋め尽くしている光景が映し出されると思います。

実際旅行で来られた方も、朝夕の渋滞時のバイクの量には圧倒されたのではないでしょうか。住んでいる私も、その時間帯にバイクを運転する場合、どのルートにしようか・・・、と悩まされます。

そんなベトナムの顔でもあるバイク、今日はそれに因んだルールを紹介しましょう。


質問
バイクは何歳から乗れるの?

回答
18歳からバイクは乗れます。
50ccのバイクであれば、15歳を越えれば乗られます。

質問
ライセンスは?

回答
勿論必要です。
ただ、50cc以下のバイクであれば無免許OK!

質問
多重乗車は?

回答
2人乗りOKです。3人目は、12歳以下であれば、OK。


これらが基本的なルールです。3人乗り(3人目は12歳以下まで)がOKとなっているところが、ベトナムにとってバイクがいかに生活に密着した交通手段であるかを表しているのでは?

質問
じゃ、4人家族なら、どうするの?

回答
4人乗りします!

いやいや、すみません。4人乗り駄目です、が、街ではよく見かける光景です。ホントは駄目なんですが、バイク2台所有していない人は、小さい子供2人を一緒に乗せるしか方法ないわけです。警察に見つかったら、当然罰金。


一つとっておきのルールをご紹介

ベトナムでは、昨年の11月からバイク乗車時のヘルメット着用が義務化されました。それまでは、郊外を走るハイウェイに乗る際のみヘルメットをかぶらなければなりませんでしたが、現在は、全てです。

正直、危険とは知りながらも、ヘルメットなしでバイクに乗っていた頃の爽快感がなくなると思うと、少々残念でした。

現在殆ど100%に近い割合で、ヘルメットを着用しているのですが、ここで、一つのルールが。



12歳以下の子供の場合、ヘルメットはかぶらなくてもよい!


えぇーーーーーーーーー

って思うでしょ?
何故!って思うでしょ?

そもそも、バイクでの交通事故者、それに伴う死傷者が増加し、安全のためにヘルメットの着用義務を決定したのに、何で子供はかぶらなくて大丈夫なの?

親は、メットかぶって、安全OK!、子供は・・・

ベトナム人に聞いても、ろくな答えが返ってきません。

「医者が言うには、小さい子供は首が弱いから、ヘルメットをかぶるとその重さで、首や頭によくない影響がある・・・」

と言う者や

「ヘルメットを子供にかぶせると、頭によくない・・・」

だとか

根拠があるのかないのか、分からない答えばかりで、「安全」という言葉は一つも出てきません。そもそもなんでヘルメットをみんなかぶらなきゃいけないようになったのか、分かっているのだろうか?と思いたくなります。

誰か、教えてほしいものです。


おまけ

ベトナムでも日本同様、バイクに乗る際にはライセンスが必要ですが、試験の内容、面白いですよ!

筆記試験と実技

日本と一緒じゃん!って思うでしょ?

と思いきや 

実技は・・・


八の字走行のみ!

2008年10月20日

本当に必要なものは・・・

ホーチミン市から、車で2時間程度の場所に、ブンタウというリゾート地があります。ホーチミン市民にとっては、身近なリゾートで、多くの人たちがこの地を休暇などで訪れます。

私も何度か訪れたことがあるこの場所に、何人かの友達がいます。その中に昨年結婚をし、今年めでたく第一子を授かった友人がいるのですが、一昨日ホーチミン市に来たと妻に連絡がありました。

遊びに来たと思いきや、子供が病気で・・・

と。

車で2時間以上掛かるであろうブンタウから、わざわざホーチミン市の病院へ子供の病気で来るってことは、大事です。が、疑問がわきました。

ブンタウというと、現在、外資を含めた投資が非常に盛んなところで、街もどんどん変わって行っています。大型スーパー、リゾートホテル、カジノ、高級マンションなどなど、特に不動産開発が大きく進められており、人口もまずまずおり、お金持ちな街だと思っていました。


実際そうなんです。でも妻曰く


子供専門の、小児科(総合)病院がないらしいのです。


子供が病気にかかれば、地元の病院(小児科ではなく)に最初は行くのですが、手に負えないとなると、2時間以上も離れたホーチミン市に行くしか手がないそうなんです。

これは、このブンタウという都市に限ったことではなく、南部最大の都市ホーチミン市及び首都である北部のハノイ市以外には、殆ど小児専門の病院がないようなんです(実際のところは分かりませんが)。


これって、どうなんだろう?


日本ではどうだったか?
確かに田舎に比べれば、都市部には病院の数も、大きさも、専門病院も、全てが多いのは分かりますが、無いっ、てことは、ないような・・・。

不勉強なので、わかりませんが、これも先進国と途上国の違い、といってしまえばそれまでですが、

家の中で使用するような高級タイルを、海沿いの遊歩道に使用する余裕のあるブンタウ市は、財政的に困窮している街ではないはず。

本当に必要なものは造られず、そこに住む人たちにとって望むものとは異なる、ある意味不必要なものばかりが、派手に登場する。どこの国でも行政がやることと、市民が望むものとは、かけ離れているのか?と思わざるを得ません。

幸い、友人の子供は、2日の入院のみで退院でき今朝ブンタウに帰っていきましたが、彼らはまだここまで来られるだけ、ましなんだろう。

きっと、多くの田舎の町では、子供を想う親たちの悲しい叫びがあるのではないでしょうか。

2008年10月15日

ほんとにあった怖い話

今日は、びっくり、衝撃の話をベトナムからお届け。

お食事中の方は、避けた方がいいかも・・・。ベトナムで実際にあった、こわ〜い話です。

はじまり、はじまり・・・(ストーリー中の会話は、フィクションです)




今日は、いい天気。なんだか、外に出てカフェにでも行きたい気分。
仲の良い中年カップルの二人は、仲良くカフェに出かけました。

Highlands Coffee出かけた先は、ホーチミン市でもオシャレで、清潔感のあるカフェ。チェーン展開をしていて、コーヒーもなかなかおいしい!ベトナム版スターバックスといったとろか?


毎日が忙しい彼ら夫婦、午後のひと時をアフタヌーンティーで!と。今回の主演は、ホーチミン市にある5☆ホテルの社長とその婦人。セレブな二人です。


「いつものコーヒーと、今日はチョコレートケーキでも食べちゃおうかしら!」

イメージコーヒーも美味しいカフェですが、ケーキもなかなかいけるこのお店。余談ですが、僕はここのバナナジュースとチーズケーキにはまった時期があります。



「わぁ、おいしそうねぇ」

「今日はゆっくりくつろごうね」

仲睦まじき光景があったんでしょうね、この時までは・・・

さぁ、ここからですよ!


忙しい中、訪れたコーヒーショップ。アフタヌーンティーを楽しむ二人に突然、衝撃的な出来事が襲い掛かります。


「いただきまぁ〜す」

フォークをケーキに立て、小さくして上品に食べようとしたんでしょうね、きっと。このちょっとした行為が、不幸中の幸いに。

3妻「あれ?何これ?」


何か変わった形の塊が・・・・


4ちょっとわかりづらい。妻「えぇ〜と、ちょっと選り分けてっと!」



5妻「ん・・・・?」
「何これ?」
「何・・・」
「マジ?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜」



見ちゃいました?見ちゃいましたね?

チョコレートから何が出てきたの?

黒い塊・・・

目がある?

現場にいたら、卒倒してます・・・きっと・・・


夫「えっ?」 「どうした?ハニー」


「これ・・・、これ・・・」


「ひぇぇぇぇぇぇ〜」


「これ、もしかして・・・」
「これって、現実?」



6夫「おい!スタッフ!ちょっとこいや!」


「これ、見てみい!」
「何か、分かるか?これ!」
「誰が、こんなもん食えんのじゃ!えぇっ〜!」

スタッフ
「・・・・まさか・・・」
「何故?、何故?、何故?・・・」


「ちょっとマネージャー呼んでこいや!」
「日曜のひと時を、何してくれんねん!」

スタッフ
「はい、ただいま!」


7焦るスタッフ。信じられないことが、目の前で起こっちゃいました・・・。日曜の今日はマネージャー休んでるし・・・。どうしよう。近くの店の責任者呼ぼっ!



スタッフ
「ただいま、責任者が参りますので・・・」


「おうっ! 早よ、せーよ!」


それから15分後



8現れたのは、若い責任者?



若い責任者
「お客様、どうされましたか?」


「どうされましたかぁ?だぁ?」
「なめとんのかぁ!われぇ〜」


9夫「これ、みてみぃ〜や!」「お前の目には、何がうつっとる?」「えぇ〜、答えてみぃや!」

若い責任者
「・・・・・(何も語れません・・・)」







10夫「これ、どう、責任取るつもりじゃ?」
「お前、責任者だろ?」
「このカフェ、地に落ちるぞ!こんな事やってると!!」




言葉めちゃくちゃで、すみません。
さて、この後、どうなったんでしょう・・・・

それにしても、衝撃的な出来事でした。この記事見たときは。
このカフェ、僕も何度か足を運んだことあります。旅行者の方たちも、ちょっと休憩、ってことで、ここでなかなか美味しいコーヒーを飲まれた方も結構いるはず。

ひょっとして、チョコレートケーキも食べた?


こん事が起きちゃうようなショップではないんですけど。清潔感があって、何軒もチェーン展開してて。ホーチミンではかなり有名なカフェなんですけど・・・、一体何故なんでしょう。


恐らく、内部者で恨みを持った人なんでしょう、きっと。

それにしても、
チョコレートケーキの中から、ネズミ?の赤ちゃんが・・・



信じられませんが、実際あった話です。

2008年10月08日

どうして、必要なの?

ちょっと、日にちが空きました。

ベトナム人と結婚する外国人が、その手続きで、ちょっと首を傾げたくなることがあります。

どんな手続きなのか、をお伝えする前に、大まかな流れをご紹介しますね。

ベトナムで、ベトナム人と結婚をするために、婚姻届を提出するわけですが(結婚式の後でもいいのですが)、まずは、日本で言う法務局へ、婚姻申請書類をもらいにいきます。

それと同時に、在ベトナム大使館或いは領事館に行き、独身証明書ってのを発行してもらいます(戸籍謄本が必要)。発行してもらった証明書を、翻訳して公証人に証明してもらい、先ほどの婚姻申請書に記入をしたうえで、法務局へ届け出る。

と思いきや

以外なところへ行くんです。

ちょっと、想像してみてください。独身である!って証明書をもらい、婚姻申請書に必要事項を記入して、さて、


どこへ、行くのでしょ〜か?


考えてみてくれました?


きっと、正解!っていう人なかなかいないんじゃないでしょうか。
答えは?



病院、それも精神科


なんで?

そう、なんで?なんです。

勿論、妻にも聞いたんです。

「病院って・・・」
「どこか、体が悪いところがあれば、婚姻前にお互い知っておく!」
「ってなら、わかるよ」

「でも、なんで、精神科なの?」


「変な外国人とベトナム人が結婚しないように、じゃない?」

いや、いや、いや・・・
なめてるんですか?あなた・・・

こんなやり取りしたような。

でも、手続き上、行かなきゃいけません。病院の指定もされてますので、行ったわけです。正直綺麗とはいえない、完全ローカルな病院で、清潔感ぜんぜんなし・・・。

病気じゃないから、いいようなものの、以前デング熱でお世話になったローカル病院を思い出しました。

じゃ、この精神科に行って、何するのか?
やっぱり精神鑑定かなんかでしょう。僕もそう思いますし、それが妥当ですよね。精神鑑定なんて受けたことないし、どんなことするのか、ちょっと不安・・・

それを行っている部屋の前には、外国人男性とベトナム人女性が何組かいて、みんなちょっと緊張気味。

写真の大きさがどうの、こうの。書類の書き方がどうの、こうの、とありましたが、ようやく自分たちの番に。


あなた、先生?

と疑いたくなるような、白衣も着ていない人(たぶん医者でしょう)の前に二人で座り、さあ、こい!って状況です。

一発目、

「好きな食べ物は?」

「カレー」

はぁ?

僕普通に答えちゃいましたけど、「はぁ?」です。

両親の名前は?生年月日は?ベトナムの首都は?・・・・

矢継ぎ早に、正直それ聞いて何が分かるの?って質問が幾つかされ、

「はい、終わり」

「はぁ・・・」

ホント、よく分からないまま、精神鑑定?面接?終了。

なんだか妻は、満足気味。
マジ、よく分かりません。これ、どういう意味があるの?
妻に聞いても、よく分からないようで、とにかく、今日の結果が1週間後くらいに出る、としか・・・・。

駄目だと、もう1回!

って、今のどこが駄目で、どうなってれば、いいのか、


マジ、ホント、分かりません・・・。


意味不明な事を体験しましたが、これも通らなきゃいけない道のようです。たぶん先生の

「あんた、OK!」

のサインが入った書類を、満足そうに見る妻。

ホント、分かりません。

ベトナム人に、おかしな外国人と結婚してもらっては困る!っていうことなのでしょうか、ホントに・・・。って言っても、あの質問で、僕のこと変じゃない!って分かるものなのかなぁ?

例えばですよ。ベトナムは社会主義ですから、

「社会主義について、どう思う?」

とか

「結婚したら、どこに住む?」
「どうして、この人と結婚する気になった?」

とか、ありそうじゃないですか。好きな食べ物とか、両親の生年月日とか聞いても、占いじゃないんだから!って突っ込みたくなります。

でも、満足そうな妻

もう、あまり深いことは考えません。

これが、ベトナムのスタイルなんでしょうから。きっと、僕たち外国人には分からない、奥の深〜い、とっても深〜い、意味が隠されてるんでしょう。


2008年10月02日

ベトナム人女性との国際結婚

結婚の報告をさせてもらいましたが、本日は、ベトナムでの国際結婚について、かじってみたいと思います。

日本でも、外国人との結婚の場合、恐らく様々な手続きが必要になり、同国人同士が結婚するのとは違い、クリアしなければいけない問題や、猥雑な申請が多いかと思います。当然、婚姻届提出、即受理というように形式的なものではないと思いますので、先日書きましたが、二人の記念日を結婚記念日にしよう!なんてことは、出来ないのでしょうね。

ベトナムでも、それは当然同じでして。ただ、社会主義国家であるベトナムは、日本よりもう1段或いは2段ほど、手続きが面倒。それには理由があるように・・・。

日本でも外国人の姿を普通に日常の風景の中に見ることが多くなったと思いますが、それに伴って国際結婚も増えてきているのではないかと思います。

ベトナムでも、比率は圧倒的に違いますが、ベトナム人女性と外国人男性が婚姻するケース、結構多いです。私が婚姻届を提出に行った際も、3組の外国人男性と結婚する予定のカップルがいました。

僕の場合はその中に該当しませんが・・・

お金持ちと結婚をして、その国に移民することを希望する女性も潜在的には多くいるのではないかと思います。ただ、それは自分のみが幸せになりたいという事ではなく、そうすることで、自分の家族の安泰を願う気持ちもかなりの割合であるのかもしれません。

経済成長著しいベトナムではありますが、一部の富裕層、及び中流家庭を除いては、生活が厳しい人もかなりいます。ホーチミン市などの都市部では、その割合が低いのですが、地方に行けば娘が外国に嫁ぎ、月々数百ドルの仕送りが送られてくることで、生活が一変するほどです。

また、これも生活から来ることなのでしょうが、外国に住むことが目的で、偽装結婚を外国人として、外国に移り住み、自身が居住権を得た段階で、家族を呼ぶという事も行われているようです。


どこの国でも、悪さをする外国人ブローカーっつーのがいるんですね


ベトナム戦争で敗戦を喫した南部出身者など、戦争終結と同時にアメリカに移住したり、オーストラリアやカナダ、その他諸外国に生活の場所を求めて、国を後にしたベトナム人は結構います。

最貧国の時代があったベトナムでは、聞いたことがあると思いますが、ボートピープルとして、外国に向かった人たちも多く、日本にもそういう経緯で入国を果たし、今でも暮らしている方々もいます。

現在の日本人にとっては、少々考えがたいことなのかもしれません。先進国で、サービスが行き届いた、便利で何でもある日本より、安全安心で、快適な生活を送ることが出来る国を探すほうが難しいといった理由が大きいのだと感じます。


まぁ、国情が違えば、理由も違うってことで、ベトナムでは、国外へ出るという事自体が日本ほど簡単ではないところへ持ってきて、結婚で国外へなんてことになれば、尚更審理も厳しくなります。将来外国で暮らす可能性を孕んだ外国人との結婚となると、婚姻届提出、受理OKとは行かないわけです。

勿論、外国で住むことは無いとしても、外国人はやはり外国人であり、全ての国が、どんな人でも、Welcomeというわけにはいかないという事情もありますよね。

さて、そんなベトナムの事情を、ちらっと覗き見したところで、僕らが婚姻届を出した際の話を。聞きたい?日本ではちょっと考えられない手続きといいますか、やらなきゃいけないことがありまして。


この続きは、明日以降に・・・・

今回は、ほんとに、明日以降に

2008年09月29日

実は・・・



   結婚しました!


約2年間ブログ更新を中断してた間に、色んなことがありましたが、最大級の出来事の一つが、そう、結婚しちゃったことです。

妻です。

妻です
現在27歳。私、36歳。立派な年の差婚ってやつですか。とはいえ、ベトナムでの国際結婚事情を考えると、大したこと無いんですけど。

僕が高校3年生のとき、彼女が9歳・・・、小学校4年生・・・

と考えちゃうと、なんだか、まずいですけど。


入籍は今年2008年の8月18日。

日本ですと、役所に婚姻届を届けて、受理された日が結婚記念日になりますよね。だから、2人の記念日に婚姻届を出そう!ってストーリーが出来ちゃうと思うのですが、ベトナムではちょっと違ってまして。

この話は、今度書きますが、入籍日は、たまたま、この日になった、というのが本当のところで、何かを意図して選んだわけじゃなく、勝手に決められちゃったわけです。

僕にとっては、たまたまの、この日は、非常に大事な日なのですが、2人に限ったことで言えば、なんだか8の数字が多くて、末広がりで、よさそう!ってくらいしかないのかもしれません。

そんなところからなのか、ベトナムでは結婚を記念する日といえば、入籍日より披露宴の日になるようです。日本だとやっぱり入籍日ですよね?

では、披露宴の日取りが記念日だとすると、その日はなんらか2人の記念日に行うのか?というと、これまたそうでもないんです。

ベトナムも中国の影響から暦というのは、生活していく上で非常に重要になってきます。日本で言うところの大安・吉日ってやつですが、ベトナムで結婚披露宴を行うとなった場合に、まずこの日取りを決めることが非常〜に重要になってきます。

多くの人は仏教徒であるため、自分が通っているお寺さんや、有名なお寺で、2人が幸せになれる結婚披露宴の日取りを見てもらいます。占いみたいというと、ホンとそんな感じなのですが、それを言っちゃいけません。

あくまでお寺さんの高尚なお坊さんに見てもらうわけです。

幾つか候補が出されて、その中から決めるのですが、決まった日取りは


今年2008年11月24日!


特別意味はありません。


式が終わるまでは一緒に住むことにはなっておりませんので、正直結婚したという自覚というんでしょうか、何かが変わったという実感が無いのが正直なところです。

誰かに紹介するときに、

お付き合いしている●●です。



妻の●●です。

に変わったくらいでしょうか。といっても、いつも、彼女の・・・と言ってしまう、自覚の無い私です・・・。

2008年09月27日

ぶらり ホーチミン

このブログを見ていただいている方の中で、ベトナムには行ったことが無いという方のために、今日は、ちょっとだけ、ホーチミン市の顔をお届けします。

タンソンニャット国際空港

ホーチミン、タンソンニャット空港です。現在のホーチミン市の玄関になります。昨年新規オープン。これまではこの写真には写ってはいませんが、写真正面左側に国際及び国内空港がありました。現在は、写真の空港が国際ターミナル、前の空港が、国内ターミナルとなっています。

日本のODAで、建造された空港です。新しくオープンしたと思いきや、数年後には、ホーチミン市から約1時間ちょっと離れた場所に、更に国際空港をつくるんだとか。市内から車で40分くらいですので、便利な場所にあるんですが、遠くなったら、何かと不便です。

空港から市街地へ

空港から市街地へ向かいます。皆さんが宿泊されるであろうホテルは、殆どホーチミン市の中心部である、1区にあります。空港からは車で約40分程度です。以前と比べ、車やバイクの量が増加しましたので、多少時間が掛かりますね。

道路拡張工事や、下水道工事などなど、いたるところで現在工事が行われていますし、大きなビル建設なども盛んに行われていますので、街の顔も少しづつ変わってきています。

市街地

だんだん中心部に近づいてきました。奥に建物があるのが見えますか?
ここには、ベトナム戦争当時の南ベトナム大統領官邸があります。現在は統一会堂として、イベントが催されたり、見学が出来ます。建物内部にある地下施設は、戦争当時の指令基地として使用されており、一見の価値あり!

中心部1

統一会堂の反対側には、歴史を垣間見るサイゴン大教会や、ショッピングセンターなんかがあります。このショッピングセンター同様に、その他の場所では各国からの投資が盛んにされており、ベトナム人の購買意欲を掻き立てている?ようです。とはいっても、外資のデパートは、日本のデパートと殆ど変わらない価格帯の商品がずらりと並んでいますので、まだまだこれからといったところでしょうか。

中心部2

そんなこんなで、中心部に到着!高層のホテルや、高級ブランドショップなど軒を連ねるように、狭いところに並んでいます。まだまだ、シンガポールやバンコク、クアラルンプールなんかと比べると、規模は小さいですが、現在どんどん高級ホテルやオフィスタワー、レジデンスが建設されており、この先数年もすれば、今の顔とはかなり違った表情になるのではないかと思います。

普通、観光をされる場合、ホーチミンでも数は少ないですが、観光スポットをぐるりと回るのですが、今回は趣向を変えて、あまり行かない場所に行ってみましょう。

7区へ

ホーチミン市の南部に位置する将来の新都市へ!中心部からはおよそ車で30分。街を外れると、なーんにも無い場所を通っていきます。違うルートもありますが、今回は田舎道を選択。この写真は1年以上前のものですので、移ってはいませんが、新都市開発もかなり規模が大きくなっており、この道路、両側には何もありませんが、こちらも開発が現在急ピッチで進んでいます。大きなショッピングセンター、数校の大学が集まる学園都市、勿論大型マンションなどなどが、予定、建設され始めています。

7区開発区

何も無いところに、何かが出来たという事で言えば、このホーチミン市の7区は、そんなところです。10年も前は、ほんとに何にも無かったくらいだそうですが、現在では、高級住宅街をはじめ、新都市となるべく、どんどん開発がされております。

ただ、デルタ地帯であるこのあたりは、地盤が非常にゆるく、ちょっとした問題にもなっています。杭を沢山打ち込んで、建物が地盤沈下しないようにしないと、将来こわーいことが待っているかも。

日本で何かと問題の欠陥住宅ではありませんが、せっかく何千万円も支払って購入した家やマンションが・・・なんてことになったら、大きな社会問題になりそうですね。そうならないことを祈るばかりです。

7区未開発区

以前のこのあたりの風景というわけではないですが、今でも開発が進んでいる場所と目と鼻の先にはこんな光景も見られます。この光景が、さっきの写真に写っているような高層マンションに変わったなんて、ホント信じられません。

ベトナムでは、ご存知のように開発が色んなところで進んでいます。何も無いところに何かを作り、街を形成していっている段階ですね。所得格差も広がる一方ですので、開発が進んでいる隣には、貧困に苦しむ方々の住まいがあったりします。

貧困区と開発区

写真に掲載されているような、バラック同然の建物に住んでいる人もまだまだいます。ここも開発指定になれば、今住んでいる人たちは、大金持ちになれるのかなぁ。でも、土地の権利書なんかもってないんだろうなぁ、きっと。

お金持ちが住みやすい街より、お金持ちもそうでない人でも、楽しめる街を作ってほしいですね。
yoshifumivn4444 at 23:47|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)旅行 

2008年09月22日

ベトナム企業 QCGL(クオックオンザーライ株式会社)社長から見るベトナムの社会構造

昨日、事件の話をしました。ベトナムの社会で今何が起きているのか
自分自身、勝手気ままに考えてみました。近年若者による凶悪犯罪が
増加傾向にあるベトナムですが、見聞きした限りですが、ベトナムの
一つの顔を紹介します。

近年といっても、5年弱のベトナム在住では、近年に当たってしまい
ますが、それ以前はベトナム人からの話を元に考えてみました。

問題といいますか、根源に潜むのは


.戰肇淵爐亮匆餽渋さ擇咾修海ら派生する貧富の差
外国文化の急激な移入


といったところではないかと思っています。かなり大雑把ですが。
テレビや雑誌なんかでも、急激に移入してきた外国の諸文化による
若者の影響が伝えられています。

日本でも、ある凶悪事件が若者の犯したものだと分かると、
●●のビデオを見てたとか、●●の影響だとか報道されますよね。
ベトナムでも同じような見方をしているようです。

確かに、ネットを通して(一部規制が掛かるようですが)、何でも
見れます、ベトナムでも。アダルトサイトしかり、若年層には
好ましくないサイト、映画なんかで言えば、海賊版のDVDが、
100円ちょっとくらいで買えちゃいますから、影響云々言ったって
どうしようもないでしょうし、海賊版のDVDは別にして、この分野
に規制を掛けることは、なかなか結論が出る問題ではありません。

一括りに、外国の文化の問題で片付けてはいけないだろうし、
世界に繋がったこの国で、止めることは非常に難しい。
影響が無いとは絶対に言えません。ファッションをはじめ、
生き方や、考え方なんかの影響を受け、取り入れる若者は後を絶ちません。いいものであれば良いでしょうが、そうとばかりはいえないです
よね。

結局、親がどう子供と向き合い、教育するのか。
ベトナムでも一緒なんじゃないかな。子供が社会を始めて見るのは
構造の最小単位である家族であり、その中で起きていることが
自分にとっての最初の行動規範に自然となっていくのではないか
と思う。

強引にまとめましたので、次!



突然ですが、クオックオンザラーイ株式会社というベトナム企業を
ご存知でしょうか?恐らく殆どの方が知らないと思いますが、
一部、ベトナムに直接、間接投資をされている方ならご存知の方
もいるかとは思います。

ベトナム中部に位置する、ザーライ省に本社を置く木材加工や建設
不動産事業を営む、私営企業です。ザーライ省は木材資源が豊かで
この会社も、もともとは木材の販売から始まり、現在は、建設や不動産
開発まで行う大企業になっています。とても優秀な企業です。

現在は、職を退いているかとは思いますが、女性社長が優秀で、
ベトナムの経済成長とともに、会社を一気に大きくしました。
相当のやり手で、素晴らしい社長との声もよく聞かれます。

現在の社長(会長兼任だったか)は、一人息子が引継ぎ、母が育てた
企業を更に大きくしており、ベトナムを代表する企業の一つとも
いえます。

若干26歳の社長。大企業を引っ張り、恐らく非常に頑張っている
のだと思います。そんな社長ですが、今回のタイトルにも掲げさせて
もらったのは、今をさかのぼること4,5年前の出来事に、ベトナム
社会の構造的欠陥を見て取れる象徴だと思ったからです。

今から4,5年前というと、当時21,22歳といったところです。
話からすると、社長に就任していたという事らしいですが、
定かではありません。いずれにしても、20歳を少々過ぎたところで
企業の社長ですから、2世とは言え、優秀なんだと思います。



事件は起こります。

車にも興味を持ち始めた頃でしょうか。お母さんに買ってもらった
のでしょう、外国産の高級車を日夜乗り回してた彼、暴走運転で
警察の御用に。

まぁ、ここまでだったら、日本の若社長、企業の社長、身に覚え
がありますかねぇ(実際あったら困りますが)。
若気の至りで・・・で、なんて話してたりするんでしょうか。

一般の人からすれば、お金持ちのボンボンが、高級車乗り回して
いい気なもんだ!となりますが、まぁ、仕様が無いなで終わりに
したいところです。

ただ、少々といいますか、大きくここから話が違ってきます。

警察官に呼び止められ、注意をされた彼が取った行動は


拳銃・・・えっ!拳銃!?


車の中に隠し持っていた拳銃を、警察官に向けて威嚇したわけ。

おい、おい、

ベトナムって、拳銃の所持OKなの?

と、聞きたくなりますよね?

当然NO!

です。持ってちゃ駄目ですよ、ベトナムでも日本同様。
遊び半分で、酔っていたかどうかも別にして、そもそも拳銃持ってる
ことが問題です。幾らお金があるからって、車までにしときなさいよ
といいたいところですが、実際やっちゃった・・・。

当然、即逮捕!

になったわけです。
きっと、当時記事になったから、ベトナム人が知っていたのだと
思うのですが、びっくりしたのか、しなかったのか、
この辺は定かではありませんが、1,2度記事になった後

ぷっつりと

続報が記事になりません。逮捕されて、その後どういう刑が課された
のか、みんな知りません。

今では、大企業を引っ張る優秀な社長さんです。


さて、これ、どう感じました?

拳銃持ってた人間が、ベトナムを代表する社長?
マジ?ベトナムって、なんでもアリなの?

そんな感想もあるでしょう。

拳銃は別にして、若いとき、突っ走っても、今は立派な社長
なんだろ?じゃあ、許してやれよ。

こんな意見もあるかと思いますが、

問題はそこじゃないんですねぇ。勿論、拳銃持ってれば、法律違反で
ベトナムの刑法に則って裁かれなきゃいけません。
執行猶予がつくかどうかは別にして、刑に服して、罪を認めて
更正したのだとすれば、社会は彼を認める努力をしなければ
ならないでしょう。そして今立派に社長業をこなしているのなら、
それを評価することも出来るでしょう。

今、立派にやってるんだろ?じゃあ、いいじゃん!と簡単には
行きません。実際会ったことは無いので、大企業を彼が本当に
引っ張っているのかは分かりません。母親が院政をしいているのかも
しれませんが、問題は

その後ぷっつり・・・

というところです。

お分かりですね。恐らく

お金の匂いがぷんぷんします。

ザーライ省にとって、当企業は非常に大きな貢献をしているはずです。


よく、こんな話を耳にします。交通公安警察に捕まった若者が
罰金も免許取り上げも車両撤去もされずに、事なきを得た、と。

こんな会話が聞こえてきそうです。

警察官
「ヘルメットは?時速オーバー、信号無視」

若者
「あぁ〜、ごめん、ごめん」

警察官
「ごめん、ごめん、じゃないよ、免許取り上げ、罰金・・・」

若者
「えぇ〜、勘弁してよ」

警察官
「・・・・・(無視)」

若者
「どうしても、駄目?」

警察官
「・・・・・(無視)」

若者
「あっ、そう、俺の父ちゃん、●●省の●●局長なんだぁ」

警察官
「マジ?(言葉にならず)」

沈黙の後・・・・
警察官
「まぁ、今回のところは・・・・」


これがベトナムの社会構造の一端ですかね。日本でもあるんでしょう
ね、実際。公務員試験の口利きだとか、裏口入学、事件のもみ消し
云々があるわけですから、権力によるなんとかが。

ここから見えてくるものは何か。権力やお金を持っている人は
この国では、恐らく日本以上に強いのです。ベトナム人ではない僕が
政治がどうのこうの言える立場にありませんが、ベトナム人
にとってみれば、どうでしょう。

勿論、社会構造なんてものは、大なり小なりはあれ、似たような
ものなんだと、達観しているわけではありませんが、そう感じます。

むしろ、某アフリカ諸国で独裁政治の中、一般人が虐殺にあったり
独裁者独り占めによる飢餓や、疫病の蔓延なんてものが無いだけ
ましかも、なんて思ったりもします。

どちらも望ましい社会の構造ではありませんが、黒い部分はどの
国や社会にも混在しているんだと思います。

ただ、あるものは仕方が無い。絶対になくならないから、それで
いい、とは絶対に言いたくはありません。では何が出来るのか、
と問われれば、今の僕にはわかりません。

ただ、出来ることを小さいことでも実践するしかないのだと思います。

ここまで書くと、ベトナムの金持ちや役人は、どうしようもない
と思いがちですが、役人は良く分かりませんが、企業の社長さん
なんかの多くが、寄付をしたり、慈善事業に参加したりする話も
よく耳にします。

そして、一般の人たちが、恵まれない弱者に手を差し伸べる機会を
ボランティアを通して、よく見かけます。

賄賂や持てるものによる搾取、政治構造の腐敗等々、ベトナムの
悪い面を想像する方も多いでしょうが、

やさしい手を差し伸べるベトナム人も沢山いることは、間違いのない
事ですし、それがベトナムにとっての救いでもあり、ベトナムが
今後発展し、世界各国に胸を張って様々アピールしていく土台に
なっていくものだと信じています。

なんとなく帳尻を合わせてしまうベトナム人、日本人に似ている
ようにも思えます。いい面でもありますが、国際社会では、
どうなんでしょうね。






2008年09月21日

ベトナム人の気質1

昨日、私の知り合いのベトナム人宅付近で、事件が発生。

男性4人が、一人の男性に刃物で襲い掛かり
怪我を負わせた、というものです。

よく、ベトナムを紹介する記事や、投資関連会社のHPには
ベトナム人は温厚で、人懐っこくて、という事が書かれています。
ベトナムに旅行に来られる方の多くは、渡越する前に書籍や
ネットでベトナム関連の記事を目にし、上記のような内容を
目にすることと思います。

はずれではありませんが、当たりでもありません。

どこに住んでいても、そういう人たちは沢山いるもので、
それを通してしか通常、その国の国民気質を判断することは
難しいといえます。勿論犯罪統計などで、その国の犯罪発生率
が少ないことも大いに参考になるでしょうが、ひと括りで
言えるほど簡単な事柄ではないとは思っています。

確かにベトナムは、他国と比べても治安は良いほうに入る
と思っています。東南アジアの中ではシンガポールに次ぐ
治安の良さなのではないかと思っています。

ベトナムに旅行に来られた人の中には、引ったくりにあったり
泥棒被害を受けたりした方もおられると思いますが、
凶悪事件に巻き込まれた、傷害や殺人事件に・・・というのは
ほぼ皆無に等しいのではないでしょうか。

旅行中に知り合ったベトナム人がとても親切で、いつも笑顔で
という話をよく聞きますが、それもベトナム人の一面で
基本は温和な民族だと思います。人がいいから、一生懸命
説明してくれて、もういいよ・・・と思ってしまうこともある
くらいですから。

ちょっと事件の話からずれましたが、今回の事件、ちょっと
発生経過を追ってみようと思います。詮索好きなベトナム人
、当然私の知り合いも同じで、自宅から10メートルも離れて
いないところで発生したこの事件、発生した場所には怖くて
自宅の玄関から遠巻きに見ていたのですが、後から調べたそうです。


お前は、記者か?警察か?

と思いたくなりますが、そんな探究心、僕は好きです。



事件発生は、午前9時頃。その30分ほど前に事件現場から
約100メートほど離れた市場(マーケット)から始まります。

市場に買い物に来た、20代の男性が、最近のインフレの
影響もあってか、売られている品物の値段にケチをつけました。

20代の男性
「ちょっとこれ、高すぎなんじゃない?」

女性店主
「最近、どこも高いだろ?」

20代の男性
「それにしたって、マジ高すぎ!」

女性店主
「高けりゃ、他で買いな!」

20代男性
「客に向かってなんだ!」
「しょうもないもの高く売りやがって」
「バ●、ア●、・・・・」

女性店主
「何〜!」

と、こんな会話があったのでしょう(これ、私の拙いフィクション)

悪態をついて20代男性は店を後にします。

まぁ、ここまでは、ベトナムでよく見る光景、とまでは
いかないですが、私も日ごろ悪態まではつきませんが、
店員の態度の悪さや、値段の高さに、

「これ、やりすぎ・・・」

と思うこともありますので、血気盛んな20代男性なら
行き過ぎた言動があったかもしれません。

で、この後事件に繋がるわけですが、何があったのか?


その時、市場で、一人悶々と怒りに震える女性店主が
取った行動とは?

想像できますか、何をしたか?そしてどんな結末が待ち受けて
いるのか・・・。



女性店主
「ちくしょー、あのガキ!」
「ぎゃふん、と言わせてやる!」

そういえば、この「ぎゃふん」って言葉、最近使いませんが
どこから来たのでしょうね、って書いてて気になりましたので
暇な方は、どうぞ

ギャフン-言語由来時点


また、それました。いつものことですが、すみません。

女性店主
「よ〜し、こうなったら!」

ここで、女性店主、主人に電話を掛けます。

女性店主
「あんた、今、こんなことや、あんなことがあって」
「その20代の男、なんとか、とっちめてよ!」

きっと、伝言ゲームを超える尾ひれがついて、夫には
話がされたのでしょう。この会話聞きたかったです。

店主の夫
「何〜!、そいつはけしから!」
「そいつの特徴は?俺が行って、とっちめてやる!」

女性店主
「あんた、頼もしい!」

なんて、言葉があったか、なかったか・・・

この、助っ人伝言ダイヤル、もとい、助っ人お願い電話。
ベトナムでは日常茶飯事です。実は



これが、ベトナムで最も恐ろしいこと

そして、事件発生の引き金を引く出来事



なのです。1対1の男の勝負!拳固で勝負!っていう言葉は
この国にはありません。やられたら、それ以上の人数を連れて
凶器を持って、逆襲あるのみ!勝てば官軍!

ベトナム人の気質という意味では、よく、こんな状況の話を
聞きますので、根底にある気質とでも言えばいいのでしょうか、
結構多くの人に当てはまるのかもしれません。
勿論、親の道徳教育がしっかりしていたり、
企業勤めの方々、温厚なベトナム人、には当てはまりませんが。


そして、今回、女性店主が助っ人をお願いした自分の夫。
これが、たまたま運悪く、同じ市場で

肉屋を営んでいたんです・・・

The End・・・

といったところです、この時点で・・・。


予想通りといいましょうか、この夫、3人の自分の息子を
引き連れて、ごっつい肉切包丁片手に、店もそっちのけで
すっ飛んでいきます。

市場から100メートルも離れていない住宅街にふらふら
歩いていた当の若者を発見した夫とその息子たちは、
どんな言葉を浴びせたか、言葉のやり取りもエスカレート
したのでしょう、襲い掛かります。

20代男性の運命は・・・・。


何とか、難を逃れて、と書きたいところなんですが、頭を
はじめ、その他にも深い傷を負い、搬送された病院で
亡くなったそうです。


なんかコミカルになってしまいましたが、こういう事件は
ベトナム人社会では、よく起こっています。5年弱をこちらで
過ごし、ベトナム社会も徐々に見えてきたとは言え、近年
人傷沙汰は増加傾向にあるようです。

特に若者が、簡単にナイフやその他刃物や凶器を使い、簡単に
人を殺める事件が増えていることは、ベトナム人も口にする
ところです。一昨日こんな記事も読みました。


ホーチミン:ゴーバップ区で「刀狩」運動


何かベトナムで変化が起きている、そう感じてしまいます。

治安が良い

確かに悪いとは言いません。ベトナムより治安が悪い国は
山ほどあります。この国のかじ取りを担っている党による
情報の操作も考えられますが、そうとばかりは言えないでしょう。

それは何か?
何がベトナムで起きているのか?

正直分かりません・・・、ただ、考えてみたいです。


2008年09月20日

久しぶり!って、長すぎ!5

久しぶり!

って、誰に言ってるんだろう?

おまけに、長すぎ!停止期間・・・。

このブログを楽しみに見てくださっていた皆さん!

帰って参りました!

コメント頂いていた方々、返信コメントもせず、放置しっぱなしで、すみませんでした。

もう2年近くも経っちゃったんですね。最後に書いたブログの日付は、なんでか、2007年になってますが、2006年11月7日からさ迷ってたんですね、僕。

ブログ更新をやめちゃったのは、なんだか、ブログ書くのに疲れちゃった、と言いますか、本末転倒になってた気がして、いったんやめよう!と。僕のブログは、ベトナムでの生活や仕事の中で、色んなベトナムの顔を自分を通して、色んな人に見てもらうためにはじめたんですが、いつの間にか、

ネタ探しをしている自分がそこに

なんだか、自然体じゃなくなってました。


きっと、僕と同じような事を感じて、ブログの更新やめちゃった人、多いんじゃないでしょうか。



まっ、難しいことは置いておいて、これからは、新規一転、ブログ始めます!

タイトルは、「ベトナム便り 〜My life in Vietnam〜」です。

野球をトップにもってきていましたが、これからは自分の生活や仕事、その他諸々、勿論野球も!で行きます。

ベトナムでの野球普及やめたわけじゃないんですよ。なかなか色んなアイデアを進めていく時間が無くて、といういい訳です。これまで、何とか早く土台を作り、野球普及に繋げることをいろいろ考えてきました。そして小さいながら、スタートできたこともありました。


自分の力を過大評価していた面もありますし、それがなんだか純粋な気持ちを邪魔してしまっていたように今は思います。ベトナムにいても、日本に帰国したとしても、ベトナムでの野球普及は、僕のライフワークで!という結論に至り、今回再スタートのブログもタイトル変更したわけです。

この約2年間、色んなことがありました。これまでの空白期間のことも含めて、皆さんに色んなベトナム、そして僕のVietnam Lifeをお伝えできればと思います。





Profile
Yoshifumi Nishimura
ベトナムでの仕事・生活・ライフワークを通して見える、色んな顔をお届けします。
DPBC(野球普及振興委員会)
日本人及びベトナム人からなる、DPBC(Deffusion & Promotion Baseball Commitee/ベトナム野球普及振興委員会)は、ベトナム・ホーチミンにおいて野球普及振興活動をしております。皆様のご支援・ご意見をお待ちしております。                                                                                            Mail to DPBC
“野球不毛の地”である、ベトナムに2003年12月に降り立ち、ホーチミン市にて野球普及振興活動を実施。ベトナムという国、そしてベトナム人にあった野球を模索しながら、ベトナムの若者や子供とともに、そして当地で発足させたDPBC(Deffusion & Promotion Baseball Commitee/ベトナム野球普及振興委員会)の日本人メンバーとともに、青空の下、白球を追いかける。日本では文化の域にまで達した野球が、このベトナムではどのような発展を遂げるのか。そもそもベトナムという国には、そしてベトナム人には野球が必要なのかどうか、答えはまだまだ遠い空の向こうにある・・・。
Baseball History in HCM
●December 2003
野球普及振興のため、ベトナムへ

●April 2004
ホーチミン市スポーツ専門学校にて、サッカー専門選手に対し野球指導開始

●May 2004
ホーチミン市から約50祖離れた、Cu Chiにある中学校にて開催されていたベトナム人指導による野球教室に招かれ、その後定期的に参加

●December 2004
ホーチミン市スポーツ専門学校での野球教室閉講

●February 2005
ホーチミン市日本人学校において、1日野球教室開催

●April 2005
South Saigon Schoolにて、高校生対象に野球教室開始

●April 2005
DPBC(Deffusion&Promotion Baseball Commitee/ベトナム野球普及振興委員会)発足

●September 2005
South Saigon Schoolにおける野球野球教室が、高校生対象から中学生対象へ移行

●October 2005
Cu Chiの中学校で続けられていた野球教室が、無期休止に

●November 2005
北陸ベトナム友好協会の招きで来越された、石川星陵高校野球部総監督・山下智茂氏、元中日ドラゴンズ投手・小松辰雄氏と会談

●November 2005
South Saigon SchoolとCu Chiの少年野球チームとの記念試合開催

●January 2006
ベトナム中部クゥアン・チー省ドンハ町にあるレ・ロイ高校にて、野球教室開催。当高校のグラウンドには、New York Mets Danny Gravesさんからの寄付によって、野球場が建設される

●January 2006
日本人チーム及びベトナム人チームによる、第1回野球試合開催

●January 2006
アメリカメジャーリーグ、New York Mets Danny Graves投手とホーチミン市にて会談

●January 2006
Saigon Town&Country Clubスポーツ施設で、Baseball Little Leageが開始される。スポーツメーカーNikeがスポンサーとなり、アメリカ人やヨーロッパ人がボランティアとしてコーチする

●February 2006
野球教室を実施しているサウス・サイゴン・スクールチーム初めての国際親善試合。対戦相手はSaigon Town&Country Clubリトルリーグ

●April 2006
元韓国プロ野球選手Chon(チョン)氏との会談。チョン氏は以前KBO(韓国野球機構)から派遣され、ベトナムの大学で野球を指導した経験のある人物。今後のベトナムでの野球普及を協力し合う事を約束する。

●May 2006
South Saigon School野球教室3度目の対外試合。対戦相手は、在ベトナム日本人により結成された軟式少年野球チームSaigon Phoenix。Saigon Phoenixにとっては、初の対外試合。

●Aug 2006
日本にて発足した日本ベトナム野球普及協会からベトナムへ、野球道具の寄贈式典が会長自民党武部幹事長出席の下実施される。式典へ参加し、今後の北と南でのベトナム野球普及活動における協力体制を確認する。
Saigon South School
サイゴン・サウス・スクール野球教室で、毎週火曜日と土曜日に授業を受ける生徒たち。皆楽しく、そして一生懸命白球を追いかけてます!全員ではありませんが、ご紹介します。
posted from フォト蔵