Uno Y


ピロリ菌除菌で慢性胃炎が改善するのか?

 

 

「ピロリ菌除菌は胃がん発症を予防しない」という私の論文に対して、

(おそらく、日本の)除菌推進の査読者から、

 

「日本でのピロリ菌除菌は胃がんを予防するためではなく、慢性胃炎の治療である」

 

という、驚くべき反論があった。

 

わかりました。いいでしょう。

 

では、除菌によって慢性胃炎を改善するのか?

という問題を議論する。

 

慢性胃炎には萎縮性胃炎と腸上皮生がある。

特に、腸上皮化生は、それ自体が癌化することもあり、また、他の部位に発生する癌の指標でもあり、前庭部から胃体部(全体に)に広がっている場合には発癌のリスクが高い。

 

下の表は、今年の韓国の論文の表である。

 111図1
Yoon K, Kim N. [Reversibility of Atrophic Gastritis and Intestinal Metaplasia by Eradication of Helicobacter pylori]. Korean J Gastroenterol. 2018 Sep 25;72(3):104-115. 

http://pdf.medrang.co.kr/Kjg/072/Kjg072-03-02.pdf

ピロリ菌除菌後、慢性胃炎の改善に関してのこれまでの報告である。

 

最近では、萎縮性胃炎が改善するという報告が多いが、腸上皮化生では、全く結果が分かれている。

ほとんどすべての研究は胃の前庭部と胃体部から、2から5個生検した組織の変化をもとにしている。そもそも、内視鏡所見にかかわらず、定点でサンプリングしているのである。胃の面積を200㎝平方としても4個の生検では(一回で4㎜平方としても16㎜平方)、1-2㎝平方であり、わずか100分の1以下のサンプリングである。腸上皮化生があっても、あまりにもバイアスが大きすぎる。定点観察といっても、墨汁などでサンプリングの位置に印をつけているわけではないので、微妙にずれると異なった結果を導くであろうし、内視鏡所見で、所見がある部位を避けたりすれば、いくらでもデータは操作できる。定点観察といっても、地震や気温の固定された地点での観察と違い、決して同じ場所ではないのである。

 

これについて、上堂らは、日本消化器内視鏡会機関誌で次のように記している。

「腸上皮化生の発生と進展には局在性があり,その分布は胃内において非連続的かつ不均一であるため,慢性胃炎とそれに伴う腸上皮化生の状態を把握するためには胃内の定点から複数個の生検を行うことが推奨されている .しかし,いくら多数の生検を行ったとしても生検診断は点の診断でしかなく,胃全体の慢性炎症とそれに伴う萎縮・腸上皮化生の分布を正確に把握することはできない.胃の腸上皮化生を内視鏡で診断することは,その分布を正確に把握することで胃癌発生の危険度を評価し,また盲目的な生検によるサンプリング・エラーを回避するうえでも重要と考えられる」

https://www.jstage.jst.go.jp/article/gee/56/6/56_1941/_pdf/-char/ja

 

2018年、慢性胃炎に対するピロリ菌除菌効果を5年間追跡したイタリアの研究では、慢性胃炎が軽度の場合には、萎縮が改善したが、慢性胃炎が中等度の場合には改善に乏しく、程度が重篤な場合(腸上皮化生を伴う)には、除菌後5年で胃癌が5%に生した。彼らは、進行した慢性胃炎では胃癌を予防できなかったと結語した。

Rugge M, Meggio A, Pravadelli C, et al. Gastritis staging in the endoscopic follow-up for the secondary prevention of gastric cancer: a 5-year prospective study of 1755 patients. Gut. 2018. pii: gutjnl-2017-314600

 

以上を整理すると、慢性胃炎では、悪化(進行して癌発症)、不変、軽快の3つのベクトルがあり、その程度によって、除菌後のベクトルの方向が異なると理解できる。

 333図1

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以上から、慢性胃炎では、腸上皮化生を伴っている場合では、除菌後もベクトルの方向が変わらないため、ピロリ菌除菌は全ての慢性胃炎に対して有効な治療法だとは言えない。

そして、日本のピロリ菌除菌の適応は、
腸上皮化生の有無にかかわらず、すべての慢性胃炎である。
そのため、除菌前に、正確な腸上皮化生の診断すら、義務化されていない。
そして、除菌者の高齢化とともに、除菌後胃癌が増加し始め、現場は、混乱をきわめている。