(ホテル前から見た八甲田山)
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(八甲田ホテル

 八甲田ホテル(※1)は八甲田山のなかにある。酸ヶ湯温泉も相当山の奥深くにあるが、さらにそこから10分ほど上ったところに威風堂々と存在していた。周辺はブナ林で、ほかの建物はない。したがって、夕食を外で食べることはできない。

空が近く、当日は曇りだった。遠くの山並みはまだまだ雪が残っており、ブナの大木群がまったく葉を落とした状態で寂しげに突っ立っている。5月2日の夕刻のことだ。

1 静寂な森の中に佇む、国内最大級の洋風ログ木造建築のリゾートホテル。ここでは、都会が数百年の彼方に失った大自然を見渡すことができます。いまなお、その大きなふところの中であるがままの姿を見せています。

足を踏み入れた瞬間、八甲田の自然に抱かれた贅沢な時間を感じていただくことができます。

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(部屋はこんな感じ)
 荷物をホテルに運んでもらう。ホテルは大木で作られ、ひとつひとつの作りがとにかく大きい。ゆったり感が半端ない。部屋に案内していただく。素晴らしい。窓の外はブナの林。視界は開けていて八甲田の険峻な山々がそびえている。

 問題は夕食。私たちはディナーは頼んでいなかった。朝食付きのコースを選んでいた。というのも一泊二食だとホテル代がかなり高かったから。長旅なのでね。それに、ホテルにはほかに飲食店が必ずあると思ったからだが…ない。そこで、レストランに出かけてフルコースではなく単品は大丈夫か聞くと、OKとのこと。事前に注文しておき、混雑前に来てください、とのことで事なきを得たのだった。

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(朝食会場)
 疲れていた。3スケだったから。このホテルのいいところは温泉だったこと。奈良ホテルも万平ホテルもすばらしいが、温泉ではなかった。ここがポイント。すぐ下には酸ヶ湯温泉(※2)があるのだから不思議はないのかもしれないが。ホテルマンによれば、一人でも申し出れば車で10分ほどの酸ヶ湯温泉に送迎してくれるという。ただ、八甲田ホテルにも大浴場があるとのことで、遠慮させていただいた。実際、大浴場は、設備はもちろん、広さもお湯も文句のつけようがないものだった。

(※2)八甲田山中の一軒宿で登山帰りに立ち寄る登山客も多いが、豊富な湯量と各種効能から温泉目的の宿泊客がシーズン期には多数訪れることもあり、宿の規模は大きい。またその効能から湯治客も多く、一般客向け以外に湯治用宿泊棟が設けられている。

名物は「千人風呂」。総ヒバ造りの体育館のような巨大な建物で、大きな浴槽2つ(「熱の湯」、「四分六分の湯」)と打たせ湯(湯滝)がある。「熱の湯」と「四分六分の湯」は隣同士であるが泉源が異なる。また名前から受ける印象と実際の湯の温度が異なっている。「熱の湯」は源泉の湯をそのまま使っているが、ややぬるめ(名前の由来は、熱の湯の方が体の芯から温まるから、あるいは源泉の湯をそのまま使っているから)。一方、「四分六分の湯」は源泉の湯に水を混ぜているが、もともとの源泉の湯が高温であるため、熱の湯より高温である(名前の由来は「熱の湯にくらべて体の芯から温まらないから」あるいは「湯と水の混合比による」とされている)。

脱衣所は男女別だが中は混浴となっている。ただしまったくの混浴というわけではなく、大浴槽は中央半分に目印があり、そこで男女が区切られている。また過去には飲用の猪口等が設置されていて、四分六分の湯の飲用(レモン水のような味がする)が可能であった。温泉浴場として千人風呂の他に、こぢんまりとしており男女別の「玉の湯」がある。千人風呂に洗い場はないが、玉の湯には設置してあり体を洗うことが出来る。

 夜はのんびりテレビをみたり、原稿を書いたりして過ごした。当然、ネットはLANケーブルが装備されていて不便は感じなかった。

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(八甲田ホテル前で記念撮影)
 朝は、豪華な朝食をいただいた。その後、周囲を散歩。生憎の雨で傘をさしつつ、ブナの森をゆっくり撮影しながら。

最後の桜は秋田・角館(※3)武家屋敷が有名というけれど…

旅の4日目は、秋田・角館。選んだのは桜の名所だから。妻が選んだ。ちなみに角館の豆知識。

(※3)角館(かくのだて)は秋田県仙北市の地名、および国の重要伝統的建造物群保存地区の名称。現在も藩政時代の地割が踏襲され、武家屋敷等の建造物が数多く残されており、「みちのくの小京都」とも呼ばれる。

 桜の名所として知られる。武家地のシダレザクラが「角館のシダレザクラ」として国の天然記念物に、檜木内川左岸堤防の桜並木は「檜木内川堤(サクラ)」として国の名勝に指定されており、また、「桧木内川堤・武家屋敷」として日本さくら名所100選にも選ばれている。

シダレザクラは角館北家2代目佐竹義明の妻が嫁入り道具の一つとして持ってきたのが始まりとされ、樹齢300年以上の老樹など約400本が古い町並みの中に立ち並んでいる。また、檜木内川堤のソメイヨシノは1934年(昭和9年)に当時の皇太子(今上天皇)の誕生を祝って植えられたもので、約2キロメートルにわたる桜のトンネルが形作られている。

  角館では桜の見頃がゴールデンウィークと重なっていたこともあって、全国から多くの観光客を集めてきた。 しかし、近年は桜の開花時期が早まっており、観光客の減少が懸念されている。

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(盛岡ICを降りたところでわんこそば。しかし、この店はダメだった。そばつゆを捨てる桶が汚い感じがした)

 八甲田から逆走する。国道394号から東北自動車道に入り、ひたすら南下する。小坂PA、花輪SA、田山PA、そして、安代JCTを南に進路を取る。岩手山SA、滝沢PAを通り、盛岡ICで東北自動車道を降りる。国道46号線(岩手県盛岡市から秋田県秋田市へ至る一般国道。奥羽山脈を横断し、秋田県と岩手県の県庁所在地を結ぶ重要路線)に入り、滝沢市(雫石町)、仙北市(田沢湖)を通り、角館街道秋田市方向に走る。この間はとにかく寂しい山間が続き、人家もまばらでまさに辺境という感じだった。こういう状態で果たして角館という名所は本当に期待できるところなのか不安になる。

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(人気の田町武家屋敷ホテル。前払いさえなければいいイメージだったのに)
 角館に入り、少し迷ったが目当てのホテル、田町武家屋敷ホテルに到着する。そこは角館と呼ばれるエリアの一角にあり、ネットでは人気のホテルだったが、規模は小さく、二階建ての武家屋敷を模した建物だった。入口には大きなしだれ桜が突っ立っていた。もう花は散ってしまっていたが。前の通りは武家屋敷通りと名がついている。文字通りの武家屋敷が残存している。新潮社記念文学館(※4)があるのが不思議だったが、創業者が角館出身ということだった。発見!

(※4)新潮社記念文学館は、新潮社を創設した佐藤義亮(さとうぎりょう18781951)の顕彰を目的に設けられ平成124月にオープンしました。初代社長の佐藤義亮は、仙北市角館町の岩瀬町出身です。明治37年に、創設してのち新潮社を国内における大出版社にのし上げた功績は大きく「郷土が誇る先人の一人」です。

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(角館の観光地図)
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 さて、チェックインしたところで、びっくりしたのが家族経営のようで、建物は新築の民宿という感じだった。私たちは、富山全日空ホテル、奈良ホテル、万平ホテル、八甲田ホテルといったところを好んでお世話になっていて、差にとまどった。妻は「ネットで一番人気だったからね」といった。受付でいきなり、代金を前払いさせられてさらにとまどった。「まだ、何もサービスをうけておらず、部屋もみていないのに代金払う?」と少々、不機嫌に。

 ともあれ、お腹がすいた。名物は比内地鶏ということで探し回った。武家屋敷通りを北に歩き、突き当りの「にぼし屋」を左折。しばらく歩くと食事処が現れた。「しちべえ」「藤八堂ぱにあ」「月の栞」「十兵衛」など。気に入ったのが「月の栞」。親子丼を堪能した。

 地図を片手に散歩して思ったのは、角館と呼ばれる観光地は非常に狭いエリアだということ。1日あればかなり把握できるようだった。メインは桧木内川の桜トンネル。すでに葉桜になってしまっていたが、ソメイヨシノが満開なら大変な美しさだろうと思われた。

 夜は温泉に送迎してくれるというので私だけ頼んだ。車で5分のところに「源泉かくのだて温泉・町宿ねこの鈴」という唯一の温泉があった。外観はおもしろかったが、中は銭湯だった。本格温泉を期待してもダメ。公衆浴場で子どもがたくさんいた(笑)。

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(桧木内川の桜トンネルをバックに)
 翌朝の朝食はすばらしかった。角館を出発したのは午前9時過ぎだった。吉川までどれぐらいかかるか見当もつかなかったが、往路よりは少し距離は短いはずで、夜の10時ぐらいを目標にアクセルを踏んだ。

 途中、仙台の友人Iさん宅に立ち寄ったのが午後1時。Iさんから、同じく仙台在住の学生時代の友人が食道がんで闘病中であることを聞き、メールする。返事があったが、これが最後の交信になってしまった(5月10日に鬼籍に入る)。 

郡山JCTから新潟市に至る磐越自動車道からの田園地帯の風景を初めて見る。磐梯山はかつて一度上ったことがあったが、高速道路から見るのは初めてだった。とくに会津地方の田んぼの景観がすばらしかった。眠い!

自宅にたどり着いたのは午後10時ころだった。