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 吉川地区公民館が公民館※1)事業として主催している「よしかわ未来塾」が6月11日、吉川コミプラで開催され、13名が参加した。

 五十嵐一也座長、石野昭一公民館主事をはじめとして、これまでこの講座に参集してきた吉川区の諸団体のリーダーや区民が顔をそろえた。

 未来塾は、この間、直面するいくつかの課題のなかで、かつて吉川ケーブルテレビが担ってきた吉川区内の情報発信の喪失をとりあげ、その機能を補うべく、方策に関して議論を重ねてきた経緯がある。

この日の議題は、大きく2つだった。1つは、「(参加者)自分ができる情報発信とは何か」、2つ目は、今後の運営体制について。

というのも、未来塾はこれまで数回の会合の中で、情報発信や付随する吉川区の地域づくりを担う人材育成について意見交換をするとともに、IT専門家を呼んでSNS講習会なども催してきたが、吉川ケーブルテレビに代わる情報発信ツールの展望を描き切れず、会の議論が煮詰まりつつあった。

五十嵐座長は、冒頭、これまでの未来塾の議論の行方がつかみにくくなっていることを率直に認めつつ、「今日は皆さん一人一人が情報発信ということで何ができるか出し合っていただけたらと思います」と呼びかけるとともに、「運営の仕方についても座長と事務局だけで話すのではなく、今後、運営について何人か加わっていただけないか。コアな体制を作れればと思います」「連絡方法についてもメールアドレスを交換していただき、今後、連絡はメールでお願いしたい」と語った。

 その後、参加者それぞれが「吉川の情報発信で何ができるか、どう考えているか」を語った。簡単に紹介したい。

■吉川区は高齢者が多く、インターネットを使った情報発信がどこまで有効かわからない。

■未来塾は提言や提案をする場であって、実働部隊ではないのではないか。聞くところでは「やったれ」も継続が難しくなってきたと聞くし、観光協会も運営が難しい。喫緊の課題であって、この会で提案が出せればいい。

■ネットはメール交換はできるがどちらかというと足をひっぱるほう。ただ、吉川区の中でどこで何が行われているかについて情報を拾うことはできる。

Facebookをやっているが情報は早い。紙は時間がかかりすぎる。「やったれ」の関係者などもここに呼んで、他の団体も加わってもらって一緒に考えたらどうか。

■運営に相談役を加えるのはいい。誰のための未来塾かまだ分からない。スマホは便利。中学生の保護者をこの会に誘ったら「子育てや家事でとても参加できない」と言われた。その保護者が言うには「吉川には未来がない。環境、スポーツ、音楽、プール、サッカー、吹奏楽、体操など。柿崎や大潟に出かけないといけない」とのことだった。

■この会から情報発信をしていこう。それに向けての話し合いだと思う。インターネットはこれからの生活には欠かせない。高齢者はともかく勉強会を開くなどして発信していく。私もアナログ人間だが、いつの間にか携帯がスマホになり、いつの間にかインターネットで検索し、いつの間にかラインをやっている。Facebookもはじめ、Instagramはまだ「いいね」をする程度だが。Facebookの情報は早い。若い人向けにはネットによる情報発信はいい。町ゼミなどもFacebookなどで発信していくことが必要かなと感じる。

■公民館事業で町づくりを考えていこうということだと思う。今は人口減少など難しい現状。“吉川町”の中だけで完結難しく、上越市の枠のなかで吉川にいつまでも住み続けたいと思ってもらえるのが理想。上越市を使うというか。情報発信について、この会はもっと気軽にわあわあ話し合いができる場になればいい。

■未来塾は地域づくりをやる上でスキルをあげるためのもの。課題として、情報発信ツールがなくなったのでこれをどう解決するかということ。スキルをあげるために発足させた。繰り返し開催しているが、参加者の理解度が違う、こだわりが違う、これは議論するなかで詰めていく。地域づくりができる人材を育てるのが目的。正解はない。

■柿崎区、名立区にいた。情報発信の議論をしてきて、正直、絶望的になっていた。どこの市町村でも大きな課題。インターネットは吉川で誰が見るんだろうと。ホームぺージ、TwitterFacebookはそれぞれ役割が違う。最終的に紙ベースでないとダメでは。名立では「なごみちゃん」というキャラクターがブレイクしているが、子どもたちがPRすることを楽しんでいる。義務的にやるのではなく楽しめないと。

■どの会に行っても同じ顔触れで新鮮味がなく、Yさんは「吉川には未来がない」とおっしゃる。私も前職でメールチェックをしていたが、今はメールがうざい。FacebookLINEもうっとおしい。情報過多だ。ネガティブなことが自由に言える会であってもらいたい。

■情報発信は出尽くした。もう結論出たのではないか。紙もデジタルも大事。

■この会は提案の会という意見があったが、私は吉川ケーブルテレビがなくなり、区民に伝える手段が薄れて、まちづくり吉川では不十分ということで、参加している。議論が目的を外れて広がりすぎて見えなくなっているのではないか。区内の活性化のために皆に伝える手段をどこで誰がやるかを考えるべき。インターネットで発信してみて、文句が出たら考える。できるところからやってみたらどうか。

 以上の意見を受けて、ネットによる情報発信の方向が見えてきたように思う。紙については、まちづくり吉川との連携を望む声もあった。運営に3人のメンバーが輪番で参加することも決まった。
 さて、吉川タイムズの考え方(※2)だが、吉川区の情報発信に関しては、6年前から取り組んできた。当面は“吉川区の応援団”というコンセプトで、未知の吉川区の人となり、“町”となりを
インターネットというツール(ブログ)を使いながら。これは今日では、新聞、出版、放送とならんでソーシャルメディアとしての地位は確立していると思う。

 吉川ケーブルテレビについては、2014年にUターンした関係もあって詳しくはないが、地域ニュースを2人の記者が取材をしていたと思う。性格は吉川町(区)の広報チャンネル、PRチャンネルという位置づけではなかったか。おそらくジャーナリズムは想定外だったと思う。

 弊紙は、今は民間非営利任意団体という位置づけで、世話人もお願いしているが、経済的なことも含めて取材のすべては筆者が責任を負っている。“吉川区の応援団”に違いはないがタブーはなしだ。そこが吉川ケーブルテレビと少し異なる。

 未来塾は、現実問題として吉川区の情報発信を担っていくとしたらネットを使うしかないだろう。これは経済的な理由からだ。それと、新聞の発行

 ネットは無料のツールがある。十分、読むにたえるメディア構築が可能だと思う。少しお金があるならWebデザイナーからオリジナルサイトを作ってもらう手もある。編集部(ボランティアになるだろう)を作り、記者を養成し、取材体制を作り、吉川区のニュースを発信する。記者は、まずは身近なところから取材をし、写真を撮り、記事を書き、編集部に入稿し、点検を経てサイトにUPする。

 動画は少し、素人は難しいかもしれないから得意な方に手伝ってもらうのがいいだろう。

 同時に、Facebookも利用したい。筆者の経験ではTwitterInstagramはあまり向かないと思われる。LINEは筆者は利用しておらず、分からない。ちなみに入稿はスマホでもメールでもFacebookでもTwitterでもできる。

 新聞については、ワードで自ら編集できればネット印刷は安いし、折り込みもそれほど高くはないから不可能ではないが、こちらはまちづくり吉川との連携・協力が考えられよう。

 未来塾で情報発信をしていくとすると、公民館事業の枠組で予算も確保しながら実現するのか、他の組織・団体を新たに作るのかなど、検討事項はいくつかあると思うがそれは今後。

 以上をとりあえずの報告としたい。

(※1)

公民館(こうみんかん)とは、現代に日本において住民のために、実際生活に即する教育・学術・文化に関する各種の事業を行う教育機関のことである。

公民館は、市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育、学術および文化に関する各種の事業を行い、もって住民の教養の向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の増進に寄与することを目的とする(社会教育法第20条)。

公民館の設置

公民館は、市町村ないしは特別区が設置する(社会教育法第21条第1項)。市町村(特別区を含む)が設置する場合を除くほか、公民館の設置を目的とする一般社団法人・一般財団法人でなければ設置することができない(社会教育法第21条第2項)。

公民館の事業

公民館は、目的達成のために、おおむね、次に掲げる事業を行う(社会教育法第22条本文)。

定期講座を開設すること。

討論会、講習会、講演会、実習会、展示会等を開催すること。

図書、記録、模型、資料等を備え、その利用を図ること。

体育、レクリエーション等に関する集会を開催すること。

各種の団体、機関等の連絡を図ること。

その施設を住民の集会その他の公共的利用に供すること。

公民館の運営方針

公民館は、公共の施設であることから、次の行為を行ってはならない(社会教育法第23条第1項参照)。

もっぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事業に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。

特定の政党の利害に関する事業を行い、または公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。

また、市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、または特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない(社会教育法第23条第2項)。

※2)筆者は1986年から記者生活をはじめた。最初は雑誌記者から。東京の最大手出版社数社の編集部に出入りし、新聞社系週刊誌、大手広告代理店のPR誌などの仕事も行った。記者でなく編集部員として雑誌の編集に携わり、新聞社の編集記者としても仕事をしてきた。その間、少なくない著名文化人のインタビューや芸能人のインタビューもこなした。記者生活の後半は放送を専門としていたから全キー局のTOPインタビューも行った。政治家では、自民党や野党の国会議員のインタビューも行ってきた。

 2003年には日本初のインターネット新聞社にデスクとして入社し、Web編集を学んだ。その後、2014年にウェブクリエイターの資格もとった。そして、今がある。つまり、吉川タイムズは、私のライフワークとして存在している。これまで得たスキルを今、吉川区で開放させてもらっている。

 ついでだから補足させていただく。私の記者としてのキャリアの集大成は、前述のように2003年3月に知人の紹介で社員になった日本インターネット新聞社「JANJAN」という日本初のインターネット新聞社(創業2002年)だ。

 社長だった竹内謙さん(※A)は、鎌倉市長を二期務めた後、出馬せず、富士ソフトの支援を得て同社を立ち上げた。韓国で成功した「オーマイニュース」の日本版として注目された。私はまだできたてほやほやで編集体制を充実させているさなかに、デスク候補として採用され、しばらくしてからデスクとなり、やがてチーフエディターとして竹内謙さんのもとでWeb編集を学びながら仲間と新しいメディアを模索していった。

 竹内謙さんは、知る人ぞ知る有名人で、というのも、祖父が竹内金太郎という刑事弁護士だったからだ。同弁護士は、これも知る人ぞ知る尾崎秀実(※B)、阿部定(※C)の弁護をしたことで知られる。ある意味、伝説の人である。

出典:ウィキペディア
※A)竹内 謙(たけうち けん、1940年(昭和15年)12月6日 - 2014年(平成26年)4月2日)は、日本の政治家、ジャーナリスト。元神奈川県鎌倉市長(2期)。
祖父・竹内金太郎は尾崎秀実、阿部定らの弁護にあたった刑事弁護士。

 東京府東京市本郷区(現・東京都文京区本郷)生まれ。父・竹内誠は弁護士。第二次世界大戦中は夏季を神奈川県鎌倉市で過ごし、戦後はそのまま鎌倉市に定住する。神奈川県立湘南高等学校、早稲田大学理工学部土木工学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程(都市計画専攻)修了。1967年、朝日新聞社に入社。朝日新聞社では青森支局、山口支局、西部本社社会部での地方勤務を経験した後、東京本社政治部記者、朝日ジャーナル副編集長(当時編集長は筑紫哲也だった)、調査研究室主任研究員、政治部編集委員(地球環境問題担当)等を務める。

 1993年、朝日新聞社を退社。同年10月、「環境自治体の創造」を公約に掲げて鎌倉市長選挙に無所属で出馬し、環境保護活動家としても有名な、東慶寺閑栖井上禅定らの応援もあって、現職の中西功及び前神奈川県議会議員を破り初当選を果たした。1997年、鎌倉市長再選。2001年の鎌倉市長選には出馬せず、退任。2002年、江戸川大学客員教授に就任。

 2002年、日本インターネット新聞株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。翌2003年、日本初の本格的なインターネット新聞JANJANを創刊した。同年4月より早稲田大学オープン教育センター客員教授、2005年より早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授(「地域主権」担当)に着任。2008年、日本インターネット報道協会を設立し、代表幹事に就任した。

 2014年4月2日死去[1]。73歳没。

※B)尾崎 秀実(おざき ほつみ、1901年(明治34年)4月29日 -  1944年(昭和19年)11月7日)は日本の評論家・ジャーナリスト・共産主義者。朝日新聞社記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託職員を務める。

 近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。共産主義者であり]、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動し、最終的にゾルゲ事件として1941年(昭和16年)発覚し、首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。

※C)阿部 定(あべ さだ、1905年(明治38年)5月28日 - 没年不明 )は、日本の芸妓、娼妓。阿部定事件の犯人として知られる。