(長峰城見学会が開催~動画編)

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             (物見櫓をバックに記念撮影)
 越後長峰城址保存会が主催する恒例の「長峰城見学会」が77日、開催され、城郭ファンが雨天にもかかわらず多数、集った。

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 すでにご存じのように長峰城は、長峰集落の西に位置する標高35mの高台に建設が試みられた平山城である。元和二年(1616年)、新たに長峰地域の城主となった牧野忠成氏が城作りを始めたが元和四年に長岡城に移ることになり、工事は中断、その後廃城になったと言われる。

参考

1614 (慶長19年)―615年(元和元年)大坂の陣

1614 (慶長19年) 大坂冬の陣

1615 (元和元年)  大坂夏の陣。豊臣氏滅ぶ。

1615 (元和元年)  武家諸法度(元和令)、禁中並公家諸法度を定める。

1616 (元和2年)   欧船の来航を平戸・長崎に制限する。

期間2年の間に基礎工事が進んだとみられ、専門家によると本丸跡、土塁、空堀、物見櫓の跡が現存し、ファンの夢を膨らませる。

通常、お城といえば石垣があり、天守閣があり、を想像するが2年ではさすがに無理だったろう。

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(北井会長)
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(柏友会伊丹会長)
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             (長岡開府400年品田室長)
 見学会の冒頭、北井文雄保存会会長が挨拶、続いて、来賓として(旧越後長岡藩藩士会を継承した会)柏友会伊丹耿一会長、長岡市開府400年記念事業推進室品田満室長が紹介された。

「今後も、長岡の皆さんとは牧野家つながりで交流を考えて参りたいと思います」(上野正事務局長)

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(花ケ前先生)
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(佐藤さん)
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               (金井さん)
 講演&解説は花ケ前盛明さん(新潟県文化財保護連盟理事)が務め、その後の遺構案内は、佐藤春夫さん、金井薫さんが引率した。

花ケ崎講師は、40年ほど前に「日本城郭体系」に長峰城の文章を載せ、また、吉川町史においても「長峰城址」を担当された。

「昭和37年に安塚高校に赴任し、山城と出会い、昭和42年に柿崎高校に転勤となり、吉川町、頚城村、柏崎、長岡と山城調査に歩きました。私の過去のことなんですが。その後昭和54年に直江津高校に転勤となり、平成10年の定年退職まで直江津高校にいました。この間、上越地区の山城に登ったということです」(花ケ崎さん)

こうしてみると花ケ崎講師は、吉川区における長峰城の存在に注目し、いわば発掘された高校の先生ということになる。

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(雨の中、遺構をめぐる参加者)
 今回、引率は2名の案内役の先生に分かれて別ルートで行われ、最後に合流して記念撮影をする段取りで見学会がスタートしたが、ちょうど雨が強く降り出した。 

 平成28年度から4か所にわたり“長峰城景観整備事業(樹木伐採)”が実施されてきたが、これにより埋もれていた土塁や空堀や物見櫓、虎口が手に取るようにわかるようになり、参加者は満足していた。