ウニコの日記

ケータイカメラで。 ちょこっと、気まぐれ日記。

静かな動揺

市から子宮頸癌検査のハガキが送られてきたので
軽い気持ちで検査に行った。

一度目は、5段階中3番目に値し、
少し大きな病院を紹介される。

二度目の精密検査、
子宮の内膜にピンセットのようなもので、
採血と上皮の一部を採る。

妙な痛みを持ちながら、2、3日出血に耐える。

数週間後の今日、精密検査の結果が出た。

白でなくて、グレー。

黒でもなく、グレー。

しこりのようなものが見つかり、
3ヶ月ごとに検査に行かねばならん。

冷静に保っていた笑顔のバリアが一気に破けて、
涙が止まらなくなってしまった。

命に関わることではないが、動揺が隠せなかった。

産婦人科というところは不思議で、

新たな生命に満ちた女性と
新たな生命に希望を持つ女性と
新たな生命を負担に思う女性が
同じ待合室で座っているのだ。

それぞれの道が何となく表情で分かってしまう。

私は、あからさまに、涙で顔が真っ赤になっていた。

隣の耳鼻咽喉科の待ち合いにいるおばさんは
気の毒そうに私を眺めている。

メールでご主人にも伝えたが、

まだ若いので、
きっとなだめてもらうというよりは、
私がなだめる方向な気がする。

全然、強くないのに、また荒野を歩くことになりそうだ。

懐かしき再会

何年ぶりかに、自分のブログを見つけた。
もう、この世に存在していないかと思っていたら、
ブックマークに残っていて、
クリックしてみたらここまでたどり着いたのだ。

すっかり変わってしまった自分に戸惑っていて、
昔はもっと明るくて楽しかったのにと思ったが、
このブログで書いていることを見返してみたら、

結局この暗さは変わっていないような気がする。

ただ、もっと素直で豊かな気持ちだったかもしれない。

純粋に生きてきたつもりなのに、
いつの間にかトゲトゲしさが浮いて出てきた。
あと、顔にシミが増えて、自由に使えるお金と傲慢さが増した。

欲しいと思っていたところまで、欲しいと思ったものは
およそ手に入れてきたのに、
このぽっかりとした感覚と苦しみは何だろう。

ねえ、31歳ってもっと大人に見えたけど、
ちゃんと大人になってるかな。

予想しなかった人と結婚して 
予想しなかった人生の真ん中にいるんだけど。
ここから先、どんな生き方をすればいいんだろ。

誰かが教えてくれたら、進めるのに。
もっと素直な気持ちがいつも前に出ていたら、進めるのに。

素敵な一日

今日は、大学時代からずっとお世話になったU先生の最後の授業だった。
公開授業で先生のあらゆる業界の関係者皆様がたくさんいらっしゃって
先生の女学院の思い出と思いをたくさん聞かせてくれて温かい雰囲気の中、
茶話会とパーティーも行われた。

普段おしゃべりすることのないアナウンサーの方や大阪市長さんともおしゃべりして写真も撮った。茂木健一郎さんにも会ったよ。

先生のゼミ生でよかった☆
モヤモヤも解消?!されたかな。。

明日もお仕事がんばれそうです☆

おやすみなさい〜

ヘビーなライト

今日は、何について書こうか。
視聴者が微妙にいるとなんかうれしいね。

えっと、今日、前髪切りました。えへ

それはさておき・・・

重たくて軽くなった話。

かたちのないものが、崩れて落ちていく音って本当にある。
だれかにもあったかしら?

私は、3年間大切に育んできた本当に大切なものだった。
永遠のものだと感じていたが、あっけなく剥がれ落ちていった。

薄いガラスの膜がパラパラと音をたてて。


そして、今日完全に消え去った。

神様は、そう私を導いて次の光を与える。

私にとって2011年がようやくやってきた。

羽ばたいていく天使たち

今日もまた一組のカップルを見送った。
人の幸せの情景を間近で透明人間のように、記録していく。それが私の仕事だ。

母親からベールダウンをしてもらい、緊張の中に、父親とバージンロードを歩く。
娘の腕を取り、新郎に手渡し、新たな娘の進むべき道を目の前にしたとき、

親というもの想いはどんなものなのか。

幾度の同じシーンを見てきたのに、毎回同じ質問が、私の脳裏に問いかける。

そして、ご両親が娘を見つめる姿にひとりでにシャッターが降りる。

そこに答えはあるのかな。

いつか、自分はそんな新たな道を両親に見せる日が来るのだろうか。

そんな思いも飽きることなく毎度、頭をよぎり、

チャペルの最後尾から主役の後姿を眺める。

大きな十字架の向こう側から白のドレスに光が放つ。
なんとなく天使が舞い降りた気がした。

そして、今日も彼らは羽ばたいていく。



2011年始まった。

静かに、新年が明けた。

幼い頃は、家族総出で副笑いや、凧揚げ、

餅つきもした記憶がある。

そんなときめきはないものの、

お正月というのは、なんとなく新たな気持ちにさせてくれる。

初詣も大吉だったし。

5日から初仕事で一人西宮に戻ってきた。

実家より片付いている静かな部屋は、私をホッとさせる。

「いつまでここにいるのか」木造の白壁にまた今年も語りかける。

もちろん、返事が無いのに、この部屋の狭さは私を温かくさせる。

今日のような天気は、私の頭と比例する。

冷たい風と、厚い雲、そして時折見せる淡い青空。

痛みの無い、無音の空に、答えなどない。



ある頃まではひとりが好きだったのに、

ひとりでいることに、「耐えなければならない」気持ちに襲われる。

寂しいというか恋しいというか、ただ自分自身に耐えている。

何もない自分と対話する。

そういう時期が、ちょうど今の時期にあってるのかもな。。。

この空のように、いつか春の野花たちに瑞々しい光を与えられる日を願って、

今日も冷たい風を浴びよう。

食べてしまった☆

食べたい食べたい、でも我慢・・・

と思ってた淡路島バーガーを彼と行くといってたのに、

抜け駆けして一人で食べちゃいました(えへ)

美味かった〜っ!!

JR西宮の近くのちょっとボロい倉庫みたいなところでひっっそりと
あるのに、土日はいつも行列の人でいっぱい。

ちょっと早めに出たおかげで、10分待ちで食べれました。

素材は、全部淡路島産のガッツリバーガーだよ。
ぜひ、こちらにお越しの際は、行ってみてね☆淡路島ばーが1


淡路島ばーが2

わたしの心はなつもよお

誰のためでもなく、ただただ今日は日記を書いてみることにする。

机の上と心の中は果たして比例するものなのか。
よく分からないものたちばかりでいっぱいだ。

頭の中は、もう夏ばてかな・・・熱があるみたいに熱くて、
頭に氷と日当たりのよすぎる部屋に冷房がガンガンかかっている。

先日、実家に帰り母校の小学校2年生の、
お泊り学習の撮影に借り出された。

私のときと同じように、
身体より大きなリュックサックを重たそうに持った子供たち。
いつもより早い登校で、天気を気にしながら近くの公園に
アスレチックを楽しみに行く。

橋のたもとの岩に隠れる沢蟹にいちいち反応して
列を乱しながら、仕方なく前に進むちびっ子たち。

同じ場所で同じ行動を自分ではないちびっ子たちを客観的に見るのは
少し不思議な気分と、なつかしい思いになる。

学校に戻るとプールに、掃除に、お布団引きに、読書に子供たちは忙しそうだ。
少し間ができて、中庭に行くと、3・4年生のときの担任の先生に出会う。

その先生を見つけてドキリとする私は小3の私だった。
恐る恐る先生に、声をかける。
ずっと先生に言いたかったことを。

先生が私の担任をしていたころは、今の私と同じぐらいの年で
28才の新米先生だった。

今思えば、新人ゆえにこっちが勝手に傷つくようなこともよくあったし
現に私が、人生の中で唯一、登校拒否をしたことのある
何かと思い出深い担任でもあった。

生活面では、嫌なやっちゃと思うことが多々ある担任ではあったが、
授業の教え方は、べらぼうに上手かった。

理科を専門にし、その当時「教えてガリレオ君」という理科番組でいた
マスコットのはんこを手作りで作って、
感想文の優秀な子には、ガリレオ君はんこをたくさんくれた。

私は、ただ、そのはんこ欲しさに理科の授業を張り切って受けていた。
そのおかげで、中学校から高校まで理科は私の美術に並ぶ得意教科になり、
6年間クラスでずっと断トツの一番だった。

高校のときは、英語と反比例をするぐらいに学年でもトップになることが
よくあった。それで英語との釣り合いをもって平均点を保っていた(苦笑やな)

「先生、私先生のおかげで、ずっと理科はクラスで一番やったがで☆」
小3の私が嬉しそうに先生に偉いやろ?とばかりに訴える。

先生も嬉しそうに、「なんで、もっと前に言わんかったがで」
と笑いながら答えてくれる。

すると、急に廊下をかけっこして恥ずかしそうに逃げていく小3の私が、
ふっと見えた気がした。

撮影を終えて夜。
私は、泊まらずに、実家に帰ることになっていて、母と姉が迎えに来てくれた。
「今日は輪抜け様やき神社に行ってみるかね?」といわれ
久しぶりに夏の始まりの神社にお参りに行った。

なつかしく、心地がいい。

輪を抜けて、お参りを済まし、
畳み掛けの金魚すくいで金魚を三匹すくったら、
店じまいするき、おまけやと+19匹の金魚をもらった。

お母さんが、「こりゃ池を買ってこんといかんばぁあるね」
迷惑そうに顔をゆがめながら、笑う。

父にも見せ、めだかの池に入れてあげることにした。

その日は、最近に珍しくよく眠れた日であった。



関西に戻ってきて、また散らかる机の上の荷物を寄せてパソコンに向かう。

まだ、夏はこれからだ。

深夜01:48

深夜、思いにふけて文書を書きたくなるときがある。

なにか大層な出来事があったわけでもなく、気持ちの流れなのか
何かの節目なのか言葉が流れてくるのである。

今日はなんとなく落ち着いて少しいい日で、
担当の新郎新婦の参列者に、
以前担当したお客さんが来ていて少しお話した。

お客様のために撮影ができているか、と悶々と悩む中で
生のお客様からの声が何よりの喜びである。

自分らしくありながら、心も外見も磨くことは忘れてはならない。
でも、独りよがりにならないようにも気をつけないと。

お客様あっての、この仕事である。

私がもしあなただったら何をされるとうれしい?
と・・・あったばかりのお客様を目の前にいつも心で問いかけてみる。

それでも正解が見えないから、悩み続ける。
そして、こうして時々ご褒美のようにお客様に再会できると単純に嬉しい。

そして、撮ることがまた楽しくなる。


6月になり、2010年の中間地点。
今年は、ひとつずつ丁寧にカタチにしていければと思う。

まずひとつは、お母さんをイタリアに連れて行ってあげよう。
あと、一歩ずつでいいから、きちんと毎日を素敵に過ごそう。

おしゃれも楽しみながら、少しお金もかけよう。

ぺったんこ靴も必要だけど、少しずつまたヒールが履けるようになれたらいいな。

早速、ちょっと高いインポートのかわいい靴を買ってしまったけどね。
大切にかわいがってあげようと思う。

下ろしたての靴とコーディネートで買った服を着て、
三宮の高級ブティック街のショーウィンドーに
ちょっと背伸びした私を映してみる。

できたばかりのいつもは入れなかったバーニーズニューヨークに入って
見るだけショッピング☆

リッチな気分だけをショッピングバックに詰め込んで、るんるん気分で
暮れて行く六甲山を見つめながら、家路に帰る。

明日もいい日でありますように。

疲れる

今年で27歳になる。

一直線に並んでいた大学時代から
早いもので、4年が過ぎようとしている。

仕事が順調にキャリアアップしていく友や
好きな人と結ばれて結婚して妻になり、
赤ちゃんが生まれて、ママになり
あのころは、大学4年間と同じこの時間の中で、
こんなにも人生がそれぞれに変わって行くなんて
思ってもみなかっただろう。

と思っているのはもしかして、私だけなのかもしれないが。


なんだか、4年目にして、今思うこと。

やっと、自分の足で歩いて行けると仕事の自信と確信を得たこと。

さあ、これからどうして行くかな・・・ということ。

このまま、神戸で今のことを継続して行くか。

それとも、生まれた国に帰り0から始めなおすか。

頭が、鉛のように重たく、疲れる。

幸せな悩みなのかもしれない。

幸せな疲れなのかもしれない。

なのに、切なくなるのは、なぜなんだろう。

これって、結婚していないから、悩めるのかな。
結婚しても変わらないことかな。

人と比べるのなんか知性のないことって
いうこともわかっているのに、幸せになって行く人たちがいいな。
とおもってみたりする。

いつまでたっても私は、子供のままだ、ね。

六甲の夕日が好き。

少し、せみの声が、秋の声に移り行くのを感じた。

昼間は、刺すような日差しが、夕時少しやさしい風が混じる。

お盆で、スーパーは張り切るおば様たちが、帰ってきた娘や孫たちのためにと
うきうきしているのが、目に見える。

お盆なのに、私は、かえっていない。

いままで、帰ることが当たり前だったのに。

両親も帰ってくることをそこまで期待していないようだ。

私も、なにか、迷いのようなものを捨ててしまった。

そんな気がする。

この街が、少しずつ身体の中に。

晴れ上がった空に夜とオレンジ色の夕日が重なり合うように。

そのことが、私自身、解ると、静かにお茶をいただくことができた。

こんな感覚を待っていたのに、いざとなると

それほど動揺しないものだ。

でも、帰るわけでもないけど、
奥のほうで、女の子がなんだか切なく涙を流しているのが、解る。

お母さんもこんなんだったのかな。

おばあさんもこんなんだったのかな。

くよくよしなさんなと、どこからかおばあさんの声が聞こえてくるような、
そんな気がした。

かがみに映るのは。私だった。

休みがチョコチョコ多くなってきたので
舞踊の撮影にいってきた。

みんないつの間にかすっかり大人の女性の顔になってきて
ボケーっとしていた自分を目の当たりにする。

帰宅して、鏡の女と目が合った。
お年頃をまたごうとしている26歳の私だった。
さらに近寄ってみると、前髪に白髪が一本混じっていた。

若白髪というより、
これは白髪です。とはっきり訴えいている太さと色をしていた。

ぼけっともしていられないぞと、今頃気が付かされる。

ふとした瞬間に、私は、ウサギとカメのウサギだなと思う。
そして、彼は、カメだと。

もう少し素直に生きてみないといけないな。

久々の再会

先日、トイレのドアを開けた瞬間、忘れていた痛みに劇的に再会する。

髄看板ヘルニアの復活である。
めまいがするほどの痛みを忘れていた。
その日は、たまに気分転換がてらのバイトにがんばり過ぎて
ちょっと疲れていた。
この三年間で、少しずつブロック注射とリハビリを繰り返し、
定期的にジムにも通い、少しずつ日常の生活に慣れてきた矢先に・・・

全く、腰の痛みを忘れて、
普通の女の子のようにヒールのあるかわいいサンダルをはいて
仕事をしてしまったのが原因だったのかな。

早速、次の日以前お世話になった病院に行く。
3年前高齢者で満員だったその病院は、
その日も変わらずお年を召された方で満員だった。
1時間待って、その日最後の患者が私だった。

そういえば、こんな先生だった。
やさしい、まだ若い40代ぐらいの先生と変わらない看護婦さん。
手際よく、早速レントゲンを撮ってくれる。
普段、撮る役ばかりで、お医者に写真を撮られるという感覚が少し、照れくさい。
そんなしょうもない気持ちは、すぐにふっとんでお久しぶりの
ブロック注射注入。(場所で言うと、人間のシッポにあたる脊髄付近)
イタクナイイタクナイとかわいくおまじないをかけてみるが、
そんなん、まったくシャレにならないぐらいの激痛。。。
うつ伏せになってるから、どんな大きさの注射でやっているかは、
未だ知らないけど、たぶん知らないままのほうがいいような気がする
と改めて心に確認する。
痛みを浸透させるために、20分ぐらい診察室で横になる。
なんで、こんなことになってしまったのか反省をすること以上にまた、
先生に会えたことがなんか嬉しかった。
そんなことを考えていると、先生が声をかけてくれた。
「ムネイヒさんは、どんな写真を撮っているお仕事をしてるんですか?」
そういえば、
3年前の私は、その当時カメラマンのアシスタントで
仕事ではまだカメラを握っていなかった。
カメラマンにもなっていない段階で、腰を悪くしてしまい、
ちゃんと歩くこともできない空回りな自分が悔しくてたまらない、
そんなどん底真っ最中に私は先生に出会ったのだった。
それから3年後、「お嫁さんを主に撮っています」と私は答える。
私は、なんのためらいもなく、その言葉を吐き出すことができた。
なんとも、言葉にできない想いがこみ上げてくる。。。
思わず、その日納品予定のアルバムを看護婦さんと先生に見せた。

先生と看護婦さんはやさしく色々とコメントしてくれる。
そして、先生は、嬉しそうに「僕は調理師になりたかった」と答える。
医者は仕方なく・・だそうだ。
看護婦さんと仕方なく医者になったなんて言うてみたいねと、微笑んだ。
帰り、私の足取りは、痛みの消えたしびれた足を引きずる以上、
足取りが軽く感じた。
また、痛んだらきなさいといってくれた。

お肌の曲がり角

去年、7キロ近く一気にやせてから
徐々にシミが増えてきて、
今年はシワが気になるようになってきた。
体重は徐々に安定し、
普通に快適な一日を過ごせるようにはなったけど。

このお肌は
年齢的に相応なのか
苦労が多いのか

どちらが正解であってもどちらとも正解であってもそれは
足し算じゃなく二乗な関係。

登山道を歩くというよりは、
深い森の中、目印のない山林をひとり歩いていく。
好奇心に、珍しい景色に見とれては、足を止めて眺めて、また歩き出す。
見たことのない植物の棘に服を引っ掛けて血を滲ませたり、
コケのついた石の上で滑って転んで服もどろどろに、
鈍い痛みとアザをつけながら、

今何合目まで来たのかも分からないで
時折出会う、木漏れ日や冷たく澄んだ湧き水に癒されながら、
また未知なき道を歩き出す。

疲れては座り込んで、おもむろに、何を言うまでもなく
涙がこぼれ落ちて、眉を寄せて眠って。

また起きて、歩き出す。

服はドロだらけでべとべとになり、全身棘とアザだらけ。
何度も泣いたせいで眉間のシワはそのままの形になってしまった。

あるとき、水面に映る自分の姿をみて、
いつの間にかすっかり変わってしまった自分に気がつく。



ふと、また化粧台の前に映る二十六歳になった私をみる。
お肌の曲がり角は、人生の曲がり角の、予告のようにも見える。

最近

また、久しぶりに日記を書こうと思う。

この微妙な会社、ライブドアのブログをはじめたのは
まだ堀江モンが汚職事件が起こる少し前に、
小川が教えてくれたことがきっかけだった。
それから私は学生時代から細く長くもこのブログを今も
続けられることになった。

そして、その小川が今度結婚する。

おめでとう。

本心は嬉しいような正直寂しいような。

でも、おめでとうなんだ。

小川は探検会の誰よりもぶつかった相手だった。
年もお互いの兄弟の年齢に近かったためか、
しょーもない兄弟げんかのような喧嘩をいっぱいした。
でもよく二人でご飯を食べに行ったり、美術館にいったりもした。

喧嘩して泣かされたし、
大学卒業のときはグラウンドで私の方がわけあって泣かしたりもした。

そんないっぱい思い出のある小川が私より先に
私をおいて結婚していく。

その報告も、直接でなく、友達から聞いた。

なんとなく不愉快に感じる。

フッたのにフられた感じに近い。

もちろん恋愛感情とはなんか違う。

なんとなく、やっぱりさみしい・・・

でも、おめでとうといってあげないといけないと思う。

それが友情ってもんだから。おそらく。

こんな気持ちは恥ずかしくて照れくさくて直接本人にはいえたりしない。
かといって手紙にしてしまったら奥さんになる彼女が見たら
深い意味なんてなくてもいやな気持ちになるだろう。

出来たらこれをみてくれるといいなと思う。

おめでとう僕らの小川。

この先を考える。

人生を考える。

この道の先に何があるのか。

私は、何に向かっているのか。。。

考える。

不自由しているわけではないが、

これはただのわがままな行動なのか。

この道の先に、私は、何があるのか。

早く会いたいのです。

先日から彼の体調が悪い。
連日、遅くまで仕事を続けていること。
就寝時間が遅いこと。
色々事情があると思う。

今は実家で安静にしているとのこと。

でも私は不安だ。
彼のことがよくわからない。

ただ、時々ふと彼は私という存在に
プレッシャーを感じているのではないかと
思うときがある。

何がどう、というわけではないが。

私という存在を重いと感じていなければ良いのだが。

私は、彼が、彼にとっての幸せになるために、
何をしてあげられるだろう。


とりあえず、まず、部屋はきれいにして
彼を安心させれる環境を整えて上げなければならないかな。。。

あー早く会いたいです。

ゆっくりゆったり

a5e8eec4.jpg昨日、陰日向に咲くを見に行きました。
期待していなっかたのに、

終始、ハンカチで涙を拭いてました。

すれ違いのなかに、ほんとの愛がいっぱい詰まってて。

本当に大切な人が、できると、

ちょっとのことが
幸せに感じられるものなのだと、
感じます。

彼のことをずっと大切にしたい。

と、思うのです。


いつも同じ石に躓く

昔から、おんなじ場所にある石に躓く。

よけているようで、決してよけることの出来ない石がそこにはある。

硬くて、ごつごつしてる。

必ず、そこで倒れ、振り出しに戻る。
むしろ、悪化してるかも。

ああ、逃げてしまいたい。

でも、またそこでつまずくんだろうな。

ああ、神様。

日が暮れました。

なぜか不安になるのです。

嫌われるんじゃないかと。

一人になると、気持ちがふらふらするのです。

雨が降って、
少し青空が見えて、
灰色のどんより雲になったり。。。
今日の天気みたい。

今日は、会いたくない。

少しだけ、頭をリセットしよう。

あなたはいったい誰なんだっけ。

私は、いったい誰なんだっけ。

部屋を暗くして、少し冷静に、

少し穏やかに。

ゆっくり考えてみよう。

ただいま、外は雨です。

こんな幸せな時間が流れていいのだろうか。

幸せすぎて、眠れない。

薄っすら暗闇に中に映る彼の寝顔に愛しさを感じてならない。

私は、 memento mori…。

部屋の中は、温かく。温かく。

外は、しとしと冷たい雨が降る。

あなたとわたしの体温でその雨もそっとやさしく包んであげましょ。

今のこのあふれそうなこの思い。

memento mori…私はそう呟く。

今を生きる。

今を生きているんだ。

背中に、あなたの視線を感じる朝の6:19。

もうあと少しで、あなたはこの部屋からいなくなる。

そんな寂しい現実が後数十分でこの部屋に訪れる。

・・・なんだか急に眠気が襲ってきた。

あと少しだけでも。
もう少しだけでも。

memento mori

あなたの待つ布団に帰ろう。

おやすみ

今日は、お仕事のお休み。

どこか出かけたいと思っていたが、
腰の調子が悪く、出かけることをやめる。

極力、横になったままで過ごす。

ごろごろしてるだけなのに
ちゃっかりおなかは空いてくる。

遅い、朝昼ごはんを食べる。

外は雨。

でも、私の心は浮かれ気味。

昨晩彼から来たメールを何度も何度も見返しながら、
枕に向かってにあにあと

「チュキチュキ」コールをする。

何度も携帯を見ては、ドキドキする。

嗚呼やばい、こんなに好きだなんて。。。

memento-mori

今日で注射は何回目だろう。
注射の激痛にもだいぶ慣れてきた。

午後は嫌いなカメラマンにアルバイト代を貰いに行き、
久しぶりに会ってやっぱり嫌いだと確信する。

梅田まで出たついでに明日誕生日を迎える母にプレゼントを買う。

しばらく会わないうちに母はすっかり歳をとってしまった。
めがねをかけ始めたので、
母の好きなKITAMURAのめがねケースを
鼻につくようなしゃべり方をする男性店員から買う。

久しぶりに梅田に出てきたけれど、

大阪が嫌い。
大阪の街も人も嫌い。と今の時期だからか思う。

梅田のど真ん中ですべてを敵に回しながら、
嫌い嫌いと呟きながら歩く。

ところが嫌いという想いと裏腹に
好きだという温かい気持ちが
身体の中に存在する。

嫌いな街を歩きながら、不愉快にならないこの足取り。

それでいて、且つ静かに淡々と温かい。

静かに、静かに、温かい。

彼の名はmemento-mori。
アドレスの一部にこの文字が使われていた。

藤原何とかっていう写真家の作品が好きで
このアドレスにしたんだけど
友達にグロイからやめろといわれた
と帰りの電車で言っていた。

で、memento-moriってなんなんだろう。

検索。

Wikipediaにて判明。

メメント・モリ(Memento mori)は、
ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」
という意味の警句である。
日本語では「死を想え」「死を忘れるな」
などと訳される事が普通。
芸術作品のモチーフとして広く使われ、
「自分が死すべきものである」
ということを人々に思い起こさせるために使われた。

と書かれてる。

一瞬胸の辺りの灯火が消えかけた。

もう少し突っ込んで、

「藤原」と「memento-mori」で検索。

藤原新也という写真家のスライドショーが始まる。

ふむふむふむ。

納得。納得。

だいじょうヴ。

明かりが元に戻る。

そして、

じんわり、少し太くなる。

あなたは、こういうのがすきなのね。

また、そして太くなる。

どんどん好きになる。

どんどん、どんどん、好きになる

イキテマス

一年ぶりでしょうか?
久しぶりに更新します。
髄看板ヘルニアになりました。
一週間、病院とお布団の上だけの生活をしていました。
病み上がりに、新たにハードな仕事をしましたが、
今はまた、徐々にリハビリを繰り返し、
ゆっくりと生活しています。

むやみやたらと、がんばり過ぎたのかもしれません。

いい機会かもしれません。

空が、こんなにきれいだったってことも
見過ごしていました。
私には、いつも頭の上に浮かんでいる空を
見る余裕もありませんでした。

私には、ゆっくりとした生活が向いているのかも・・・

というか、もう誰も見なくなった、
このブログで誰に向かっていっているのかな・・・

でも、文字にしないわけにはいけなかった。
私の中の私へのメッセージってところか・・・

今日はなんだか雨です

朝から女の子2ツカメで、寝込んでました。
年々きつくなっている気がする。

もうすぐ引越しするんです。
たった一年だったけど、
いっぱい思い出があるこの部屋を旅立たないといけないの。

そして夜間学校がもう終わりました。
夜をどう過ごしたらよいか、またわかりません。

夕方から雨が降りました。
余計に寂しくなります。

かえってきました

今日、一週間の帰省からまた大阪に戻ってきました。
充電器を実家に忘れてきました。
なのに、二人の友達と長電話しました。
それぞれに恋をしているようです。
とても、愛にあふれて、温かさを電話から感じ取れます。
彼女たちの幸せそうな姿に
自分の記憶と重ねあわさせながら、
ひとり 愛を感じる そんな夜です。

そして、静かに 携帯のパワーが 消えて なくなっていくのです。

今日もとっても楽しかった

8fff560c.jpg今日はダンサーたちと講演の打ち上げ会をしました。
芦屋の素敵なカフェで7時間以上
(後半は酔っ払った先生の独占的な語り愛でした)
楽しくおしゃべりをしながら開催しました。
私はただ、一年写真を撮っただけなのに、
彼女たちは本当にいいこです。
うにこのために、みんなが色紙を書いてくれたの。

私は彼女たちに出会えて本当に幸せものです。
そして、そんな彼女たちを育てている島崎先生は
本当に素敵な先生だわ〜。

「今回の講演で一番楽しい思いをしたのは僕だよぉ〜」
「今回の講演で一番勉強したのも僕だよぉ〜」
というのです。
感嘆とする事ばかりです。

そして、生徒が先生どうしてそんなにニヤけてるんですか?
って聞くと、

「僕はね、君たちみんなの大ファンなんだよ」
って。

なんて、あったかいんだろう。

そして、私の個人面談もしてくれたの。

もっと普通の人が見えない世界を撮るんだと。
そして、私が卒業写真展で賞を頂いたと言うと
そりゃ〜大した学校でないな〜と
あっさり、きっぱりというのだ。

そりゃ、グサッとくるけど、
でも、素直に受け止めてしまうのはなぜなんだろう。
そのはっきりした言葉に愛情をたくさん感じてしまうからかな。

これからも、ついていきますチーム島崎☆ってかんじっす。
今日は、色紙を抱いて寝たい☆

製作中

昨日、あった大事なことを忘れてしまわないうちに、
きちんと文字に残しておこうと思う。

私は、舞踊という不思議なものに出会って、
たくさんのことを学んでいる。
そのことのひとつで、とても印象的な一日が昨日起こった。

その前に。。。舞踊との出会い。
舞踊との出会いは、まだ私が大学4年生だったとき
舞踊家島崎徹氏の講演を聞いたことに始まる。
とにかく、あんな変わった講演は初めてだった。
講演とは通常、教壇に直角に人が立ち、
黙々と自分の研究内容をお経の如く話し続けていくもの。
と大学四年間で身に染みて学んでいったことだった。
ところが、講演中にその舞踊家は、
踊りだすのだ。
そして、熱く熱く、語った。
そのなんとも変な魅力に、講演後教室を立ち去る先生に
私は思わず、
「先生の作品写真とっていいですか?」と言ってしまった。
しかし、見知らぬ卒業間近の女子大生に先生は快く、
「いいよ〜。いっぱい近づいて撮っちゃって☆」
それを期に私は、この一年先生のクラスを撮っている。
そして、一年の成果を
女学院で14〜18日舞踊専攻の公演があった。
そこで私は、この一年展示

疲れて、寝た。

腰の具合は今日は最低に悪くて、
ストッキングがはけない。
激痛が襲う。

火打石が背骨で火花を
ちらすかせていたのが
次第に確実に着火したような痛みに変わってくる。

今日は、専門の入学式。

腰のせいにするのは卑怯かもしれないが
すべての動きに時間を要する。
やばい、遅刻しそう・・・。

道に迷わないことが自慢の一つだった私が、
遅刻寸前にものすんごい道に迷い、
何人か人に聞いても皆
「わからない」という。
半泣きでちびりそうになる。
なんとか最後に道を聞いたお兄さんの指差す
“そこを左へ100m”のお陰で
ギリギリ、式に間に合う。

国歌斉唱・・・
キリスト教の大学に通っていたせいか、
国歌を聞くのは久しぶりだった。

オリンピック選手が表彰台で
優勝の喜びと国を背よって自分は戦い抜いたのだ!
みたいな気持ちを胸に手を当て
疑似体験した気分にちょっとなってみる。


式が終わって、進路報告せずままのアルバイト先に
お酒を持って挨拶に伺う。
とてもあたたかい人たちの集まる会社である。
少し話をしてから、

電車に乗る。
桜が満開のお昼時・・・
駅の広告を見て
発行されたばかりの学割で定期を購入し、
大山崎山荘美術館に向かう。

のどかな芽生えの4月7日・・・
大山崎に、スーツにヒールのまま
のどかな雰囲気に場違いな22歳が降り立つ。
桜を楽しむ定年退職者たちの群れを追い越し、
山崎の町を歩く。
私はこの町がとても好き。
町全体が山崎ウィスキーのようなやさしい上品さを持っているから。

家々のあちこちの庭に花が咲き乱れ、
穏やかな風が吹く。
さつきとメイの家のような邸宅を通り過ぎながら
踏み切り待ちで、
わたしもあんな家に住んで、
あの2階で絵を描いて
毎日、花に水をやりたいと思った。

踏み切りを超えてきつい坂が迫ってくる。
腰に負担は来るけど、景色がいいので
すいすいと足が進む。
式典に行く腰とは違う。

一人になれる喜びと、
彼のことが気になるのと、

その二つが繰り返しコツコツと坂を上るヒールの音で
天秤にかけられたみたいに、上下する。

トトロに出会えそうなトンネルを抜け、さらに坂を上って
赤茶色の別荘に着く。

“大山崎山荘美術館”

もらったばかりの学生証を手に、
また、学生になってしまったという
微妙な喜びをもったままチケットを購入し
屋敷内を廻る。

ほぼ、全部見尽くしたものばかりだった。
文句を言っても仕方のないことだけれど、
山荘の10周年記念展だから、言うまでもない。

二階のテラスから山崎寄りの京都の周辺が一望できる。
春だ。
川沿いの桜並木がずーっと一直線に満開に花を咲かせている。

明後日、彼と一緒にこようかな?
それとも、高知に帰るべきかな?
おばあさんの具合が気になる。
おばあさんならこの美しさが、
植生のよさがきっとわかってくれるだろうに。
どうか、おばあちゃんもおばあさんも
元気でい続けてくれますように。

山荘に不釣合いのコンクリート造りの地下室に向かい、
モネの絵と出会う。
正直、モネには飽き飽きしていた。
素人が、すごいわね、ともてはやす、
ただのレッテルだけのブランのみたいに感じていたから。

何枚か並ぶ絵向かいに、
座りたくなるような、
変わった椅子があったので
腰の悪い佳子バーちゃんは座ってみた。

座り心地は期待に応えることなく悪かったが、
座ってみると、そこには
モネの庭がある。

何も求めず、ただボーっと見つめると、
すこしずつ見えてきた。

濁った絵じゃねーか?から
次第に、この部分のこの色が好き。
ほー、葉っぱか?
あの、色いいね。
染まりたい。
ここが水辺の蓮ね。
あ、あれが、向こうの柳かぁ、、、
とえらく評論かじみたことになってくる。
でも、これが楽しい。
やっと、美術館らしい報酬を得たので帰ることにした。

帰宅。
電車の中で、クリームパンが食べたくなり、
こじゃれたパン屋でパンを選び、買って帰る。
姉と二人でパンとすしとラーメンとサラダという
絶妙な組み合わせで早めの夕食をとる。

姉が洗濯物をたたむ横で
安心したのか
急に頭が重くなり久しぶりに、
夕方から爆睡する。

気がつけば、姉は高知に帰り、今こうして私はブログに向かう。

そんな、一日だったのだ。

こっそり復帰。

ライブドアの問題ちょっとした欝状態が重なったため、
しばらく休んでいたこのブログを
ほとんど誰も見なくなった今、また、復帰しようと思う。
ミクシーもあるけど・・・
本当にあれは疲れる。視線が多すぎるから。

あれから、いろんなことがあって。

卒論を提出して、
初の展覧会をして
大学を卒業して
例のパーティがあって
将来に悩んで
腰を痛めて・・・

この一年はとても不思議な風が吹きそうな年になりそうである。

今、悩んでいることは、自分の中に振りそそがられる
あらゆるものとのバランス。

すごくわかりづらい表現だけど。

愛されるということは、嬉しいけど、

それをうまく返すことは、
本当に難しい。

これまでにないような体験だし、
きちんと私も応えたい。
けれど、
気持ちをそこまで持っていくことができない。

それ以前に
自分には、本当にしたいこと、すべきことがあるのに、

それがうまく手につかず、

かといって、

恋愛のせいにはしたくない。

もっと、自分が大人だったら、
もっと、器の大きい器用な人間だったら、

うまくあらゆることを解決できるのに。

もやもやな復帰になってしまった。

ひとまず、今日はこれまで。

あけましておめでとうございます☆

本年もウニコをよろてぃく☆

実家に帰ってます。

・・・食べ過ぎてます。

降った。

ゆきゆきゆきゆき
降りましたね、ムチャ雪。
コレは私の大学の中庭から撮ったの。
ちょっと外国にきたみたいじゃないですきゃ?
ウキウキで遊びました☆




あと、やけにりんごを沢山貰うので
アップルパイ作りました。
隠し味のレモン入れすぎて
全く隠れてない
スッパイアップルパイできました。

だれか、食べるの手伝ってください・・・

セナジュン子の部屋(るーるる♪るるる♪るーるる♪)5

部屋の話
その一、先日、笑っていいともで徹子が
    テレホンのコーナーで出てて
    30分以上しゃべってて
    その後のあらゆるコーナーが潰れていた。
    昼食取りながら御飯粒飛ばして笑った。

その二、徹子の部屋は、出てくるゲストのほとんど
    しゃべらず帰る。徹子の部屋はほんとに徹子が
    お昼の30分間を独占する徹子の部屋。

その三、うにこの部屋はみかん食べて最近やけにみかん臭い…。

その四、そして、キッタネー(汚)。と、皆が元気に声を合わせていう。

その五、そして、今、セナジュン子の部屋よりこのブログを
    書き込んでいる。

セナジュン子の部屋はセナジュンでいっぱい。。。

あっち向いてほい!って、どちら向いても
ポスターのセナジュンと目が合う。
この景色、フォーエバー。。。 

疲れた後の、チッチキチィーやで。。。。。

今日、私がものずんご〜く楽しみにしていた、
クリスマス茶会がお稽古に行っている
お茶の先生のところであった。
寒波の影響もあり、キャンセルもあったが、
予定外のお客様もいらしゃったりと、
今日一日で120人ほどがお茶室にいらした。
何日も前から仕込みのお手伝いしていた
カレーライス150人前もお持ち帰りやおかわりなどで
ほぼ完売状態。。。
(といってお金は取ってませんのよ)
(ちなみに、たまねぎ40個!!使用

茶道にクリスマス??
って思うでしょ?
でも、もう34年も欠かさず続けている
行事らしいですよ。
素敵でしょ★

私はお手前を5、6回行い
基本お客様一人が二服召し上がって
茶筌で100服分ほど点てる!!

後半はさすがに正座もきつくなってきて
意識朦朧としながら
次から次へと
茶を点てる。

しかし、乱暴にもできない
お茶碗ばかり・・・。

「コツリ!なんて音出したらすぐ割れますえ」
(150年前の茶碗を目の前に)
とあっさり言われながら
黙々と捌いていく。

でも、幸せ。

薄暗い小さな茶室の中で
外の光が障子という自然の素材によって
柔らかに照らされ
ぼんやりと陰翳を作る
人と道具たち。

楽しく会話しながら
釜の湯が沸き、
炭の火がやんわりと
茶室を暖める。

こんなに贅沢な日があろうか。。。

こんなにいい年あったかな。。。

予定では、
母も来ることになっていたが
四国も大雪だった。
寒波のため来られなかった。

母に見せたかったな。
みてもらいたかったな。

だってさ、
私が、こうして居られるようになったのも
全て母のお陰やきよ。

母がその道のプロとして
第一線で働いていた時の話を
幼い頃からずーっと
聞いて、
育ったがやきよ。

母の精神は、
今では、私自身の精神となっちゅうと
感じてならんがっちゃ。

でもね、本当はまだ
茶道のチャの字も分かっていないがぁ私。
だた、“なんも分かってないな”ってことだけは
よく分かる。
こんなにえらそうに言うけれど、
まだ駆け出したばかりの小娘でござるょ。
でも、おばぁちゃんになっても、
ずっと続けていけたらいいな。。。


*追伸*
ちなみにぃ、私もね、私もね、気合入れて
ちゃんとカメラもってって
いっぱい写そうと
張り切って
用意してたのょ


ほんでさ、
おっし!撮ろ〜!!
ってしたその瞬間。

唖然ょ。。。。


うえぇええ!?
バッテリーがな〜〜〜〜い!!!!


入ってなかったの、バッテリーが。
(気合入れて前日準備して充電してたバッテリーが
 コンセントにつながったまま
 部屋の隅に居ることが頭に浮かぶ。。。)
バックアップのカメラもないし。。。

ほんじゃしょうがない、、、、ケータイで撮るか・・・
と、鞄あさってた、そのまた瞬間。

(さらに)うぇえええ!!!

(部屋の隅っこのバッテリーの横に
 充電器に刺さったままのケータイが頭に浮かぶ。。。)

どっちも忘れてるやん。。。

シュン。。。

チッチキチィーや。ほんまに。

私っていつも、こう、ね。チッチキチィー。。。

お茶の言葉で、「降らずとも傘の用意を」
ということばがある。
幼い頃から母が私によく言った言葉だった。
今頃になってこの言葉の本当の重さを感じる。

ほんまに私は母の精神を受け継げてるのかぁ?

。。。
チッチキチィー。。。

あなたの成績は??

かれんだー12友達が
恋愛成績表のサイトを教えてくれた。
私もやってみたが、
結果はフツーだった。
そんでもって
精神年齢が16歳
うう。
若いと受け止めればよいのか、
未熟と受け止めればよいのか。
恐らく後者の方。

そして、私はかなりの恋愛下手
ということだそうです。

変にあたってるところが悲しいです。

あなたの結果はいかが??
↓↓↓
http://hanihoh.com/love2/

ひえひえだぁ。

ふゆ2昨日、急にバイトが入った。
泊りがけの介助バイト。
このバイトを始めて3年が経つ。
といっても、
ほんとに細く長くといった具合に。
以前は何人も定期で担当し
バイトに明け暮れている時期もあったが、
今は、たった一人を月に数回の1時間半
担当するだけである。



正直、ほとんど、
お金にはならない。
やめようかなと思ったことは
幾度とあったが、
やめなかったのは、
その人といて
やっぱ楽しかったから。

ほんでその人が
また素敵な女性で
いつも
ドジを踏んでしまう私を
「もうクビや〜」
って怒っては、その次には
「で、来月はいつ来れるん?」
と笑っていってくれてる。
(半ば諦めてる感じもするけど・・・)
彼女は、
彼女と出合った3年間の
私のあらゆることを
よく知る人物の一人であり、
いつの間にか
大きな存在になっていた。

ふゆ1私は、大体
1時間半お風呂介助定期を週1で担当。
お風呂のときは、
もう一人その日に泊まりの担当で
入ってる(馬が合う)介助者と女3人で
お風呂に入って
一週間
こんな、あんなことあったと
1時間30分ずーっと喋りっぱなし。


ほとんど、
バイトというよりは
ストレス解消に近いかもしれない。

そんな、細く、なが〜ぃお付き合いの
(どっかの銀行のキャッチフレーズみたい…)
彼女の介助で急遽キャンセルが入り、
私もいろんなものに追われている中、
日ごろのこともあり、ほんと急に
泊まりの介助を引き受けることにした。
夜の20時〜次の日の14時まで
何ヶ月ぶりかに。。。
彼女とこうして
二人でじっくり話すのは
久しぶり。

いっぱい話した。
やっぱり、コイバナが盛り上がった。
彼女は、最近
ちょっとイイことがあるらしい。
楽しそうにその話をしてくれる。
素敵な話。
そして、もう寝る頃となって、
彼女は、
わたしに、
文字盤で一文字ずつなぞりながら
こう言った。

「い・ま・す・ご・く・し・あ・わ・せ」と。

それを聞いて、
私も、すごく幸せになった。
彼女と出合って3年間
そういう言葉を彼女から
聞いたのは初めてだった。
その夜は、ほんと素敵な夜だった。
そして、
彼女に出会えたことを心から感謝した。

どうか、彼女の恋がうまくいきますように。

キャロリング5

頭、ぽっぺ、イタィ、ィタィ、
言いながら、
布団から出て、
寮に戻る。
薬を飲んで何とか炎症を抑える。
チクショー、痛みを伴う構造改革め!(ん?)


ツリー今日は寮のキャロリング。
一年で一番この行事が美しい。
普段、色々ちっちゃいことで
悩み多き乙女ではあるが、(乙女?)
そんなことも、
すべて
洗い流してくれる
素敵な行事。





(フィリピの信徒への手紙4.4)
主において常に喜びなさい。
重ねて言います。
あなたがたの広い心が全ての人に知られるようになさい。
主はすぐ近くにおられます。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。
何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、
あなたがたの心と考えとを
キリスト・イエスによって守られるでしょう。

クリスチャンとかじゃないけど、
こうして人生の中のたった4年間を
あるこうした枠のなかで染まってみる
というのもアリだと思う。
普段では気が付かないことを、
ふとした
その言葉に
心動かされ
忘れていた何か
大事なことを
教えられることがあったりする。

ちっぽけな自分が見えたり、
感謝する心を忘れていた自分に出会ったり、

ほんとの自分と向き合うこと
それが素直にできる。

それが、
なんか
ひとりでに
涙が出てきたり、
しちゃって、
自分の痛みに気づく。

特に最近の礼拝はよく
ポロッと
泣けちゃう。

歳??
それとも
それだけ自分が
素直に生きてないってこと??

ん〜、分からん。

あ゛、、、、ぁ〜〜〜、
いいこといってるつもりやったのに、
足、ムチャしびれたぁぁぁぁ!!!
うほーーーーーー。

もう寝たいのにぃ、
ベットまで、、、遠いぃ。

でも、(ぽっぺ)痛いけど、
いい一日やったよ。

なんじゃごりゃ!!

親知らず、抜きました。
ムチャ、デカイ歯が取れました。

金槌でコンコンコンコン!!
ポロッ!!
ッて感じで。
麻酔が効いていたので
ちっとも痛くなかったけど、

しばらくたってきたら・・・
ウィッテー(痛って〜)!!
と痛みが増してきた。

(ちなみに、療養に姉の家で過ごしている。
ありがたい話が、
こんな私に姉が最初から最後まで
付き添ってくれている。
ありがたやありがたや。。。)

朝起きて、
鏡を見る。

ん、なんじゃごりゃ〜!!(@マツダダイサク)
顔の半分が
殴られたような膨れ顔!!
もともと、ムクンダ顔してるのは
もう手遅れな話やけど
それ以上に、
ぽっぺたの片ッポが
おたふくに。
これが、
まさに、
あの、
hoppeta-puku!?(@探検)

痛みと膨れは
まだ引いてくれないので
今日はおとなしく

よい子は「ハリーポッター」DVD3巻
をみるとするかぁ・・・。

こんなに元気に書いてるけど、
実は結構キツイ。
頭痛が酷い。
本当に辛い時ほど
人間は明るくしていなければと、
祖母はよく私に言った。

まぁ〜
こんな顔めったにないき〜
記念に写真とっとこう〜っと☆
だはは

ひーらぎかざろーしゃららららーらっららら♪

くりすますもうすぐXmas
寮のお玄関もこうしてツリーが飾られて、
お庭のもみのきにはライトアップされて
私のキリスト教の大学はこの時期になると、
ヒイラギやポインセチアが飾られたり
いたるところに、Xmasの香りが漂うの。
ホントキレイ。
その空気に押されて
私もやっと着メロをChristmassongに

今年のXmasは、サンタさん来るかにゃ??

嗚呼、マロンチクチク。

もらったの、彼に。
コツコツコツ・・・
狭い廊下の向こう側から颯爽と男が歩いてくる。
彼は、佇む女と花を交互に見つめて言った。
彼:これを君に。
私:えぇ?いいんですか?
女の腕に花束はそっとやさしく手渡される。
私:ホントに??
男は無言で女を見つめ、じっくり頷く。
私:あ、ありがとうごさ・・・
と言い切る前に男はまた颯爽と女の前から立ち去る。
それから、彼には会っていない。
女は、その花束30本のカーネーションを見つめては
あの日のことが頭から離れない。
アレは、夢だったのかしら?
しかし、真っ赤なそのカーネーションは
しなやかにしかっりとガラスの花瓶に活けられ、
今、この部屋に恋の香りを漂わせている。

(コレは、こう見えてフィクションではありませんのょ)


ほんとの、話なの。。。
素敵でしょ。。。
しかも、ホントに素敵なおじ様。
その名はトール。

嗚呼、ロマンチックな夜だったわ。

まだまだ、引っ張ります。

もみじ2
もぅ、12月だけど、、、










もみじ1もう少しだけ、秋を楽しんでいてもぃい?


続:も、ももりんです。

ももりん3と、友達が・・・。










ももりん2の、載せろって、脅してくるので・・・









ももりん1の、載せさせていただきました。








でも、おっしゃるとおり、ももりんは、かわいい。です。

あきだろ、あき。

落ち葉
大学案内の取材があった。
毎年、お世話になっている広報部のマスェダさんからのご依頼である。
マスェダさんは大学の事務の女性の中でもかなり素敵な女性だ。
今回、取材時にはいらっしゃらず、
終わりかけに話はほとんどできなかったが、
少し顔を見せてくれた。

私もいつか、あんな女性になりたいな・・・。

取材ではこの大学生活を振り返っていく内容。
そういえば、私は高校生の時、
毎日、大学案内のパンフレットの
キレイな建物や庭、キャンパスライフの写真を見て
まだ見ぬ大学生活に憧れを抱き、
想いを膨らませていたことを思い出した。

いつか私もこんな女性になりたい・・・
と卒業生であるNHKアナウンサーの
武内陶子さん、有働由美子さんの
インタビューのページをずっと見つめていた。
そして、毎朝「おはよう日本」を見て
素敵だな〜って、
爽やかな気持ちで遅刻寸前に家を飛び出した。

そんな想いで入ってきたこの大学生活も
あっという間に過ぎ去り、
もう四ヶ月しか、残されていない。
今頃になって、
あれもしなきゃ、これもしなきゃと
焦り始めてる。

ヱミさんが、退寮のときにいった、
桜並木の話を毎日、毎日、
真っ赤に染まったこの並木を歩きながら
思い返す。
一本一本の桜が、
愛しく、愛しく、
一枚一枚の葉っぱが
けなげで、本当に、
愛しい。

そして、いつもより
ゆっくり歩いてみる。

そして、ただ歩いてるだけなのに、
涙まで出そうになってくる。

残されたここでの生活を噛み締めながら
そして、
ここのこの恵まれた景色を
心に焼き付けて
あと少しのこの生活を迎えて行きたいと思う。

ううぅ、また目頭が、に、にじむぅ。

秋真っ只中

秋まとも2
忙しくても、
短い間でも、
茶室には極力足を運んだ。
お稽古とケータイ写真だけ止まなかった。
いつの間にか秋は深まっていたんだな。
と、気が付いた。

あいぃー、それは・・・

夜空2人一週間ほんま、色々あったのでガンガン書き込みます。
この前、セナジュン子と寮の屋根に上りました。
夜景が、月が、夜空が、
そして二人の想いが美しかったので、
ちょっとバカップルもどきみたいなことをしてしまいました。
とってもいい夜でした。

も、ももりんです。

友達が、何の用もないのに、
急に、ももりん写真を、
かわいいでしょ!と
若干、脅し的に
画像メールを送ってきました。
脅し的ではあったけれど、
ほんまにかわいかったので載せときます。ももりん…

ふぃさびさのこうしん

ふぃさびさのこうしんでさう。
(久々の更新ですって普通にいえばいいけど、
 ちょっとテンション高いところを見せたくとぇ…うへ)

なんだかんだめまぐるしい一週間だった。
相変わらず、ジタバタ、ドタバタ。

逃げ出したくもなったり、
ムチャたのしかったり、
キュンってしたり、
カーッとしたり、
そして、NANAの続きが気になったり・・・

この一週間を振り返って
一番初めに言わないといけないことは・・・
ノディ〜ありがとう
ほんとうにお世話になりました。
ムッチャ楽しかったです。
期待をかなり裏切られるほどの、かなり素敵なご家族でした。
特にぃ、特にぃ、おじいぃ〜(さん)!!
おじい様の唄には、感動でした。

「戦争は、異文化交流や!」という心意気、ほんとうに
明るく元気で素敵なおじい様やった。
そして、パパも面白いし、ママは若くて、美味しいご飯ばっかりやし、
ほんま、素敵なご家族でした。
ほんまに、また行っていい?????
てか、ムチャノディーだけに向けて書いてるぶんしょうになっちゃったけど、
ノディー以外にこのブログを見てくれてる皆さん、
ノディー家は、ほんとにいいです。
大阪の誇りです。
ありがとう。
(NANAの続きが気になる・・・)







昨日→姉、今日→セナジュン子と。5

昨日、姉が京都から
思いつきで(思いつきで、よ!)
遥々、私のところへ夕ご飯を食べに来た。
たった一食のために。
京都から一時間以上かけて、ね。
行くき!と言い出してから
一時間、
マッハで夕食を5品作って食べさせ、
(かぼちゃ煮・高野豆腐煮・コダワリ卵スープ・野菜炒め・牛炒め…)
お土産のわらびもちと共に
お抹茶を立て、
だはははぁ〜って
ずーっと
しょーもない話
喋って、
笑って、
がーっと
爆睡…。
(夜遅いから結局、宿泊。)

朝一でタクシー呼んで帰らして、
その後、
理系カメラマンのおっちゃんに
今が旬の紅葉を背景に
写真部の卒業アルバム写真撮影。

ホットドッグとかぼチャスープを
セナジュン子とカブリツキ、

今年も広報部のマセダさんに呼び出され、
大学案内の掲載を
卒業できるかどうかも微妙やに、(…そ、卒論)
頼まれ、取材日の打ち合わせをし、

そっから、
夕方までずーっと
セナジュン子と部屋で

おやつ、
PC、
昼ご飯、
PC、
おやつ、
PC、
寝たり〜
食ったり〜
喋ったり〜
まったり〜
講義聴講〜

実に、濃い〜、一日だった。
せやけんど、ムチャたのちかったじょ

人生って楽しーな

通りすがりのナツ子姫5

なつこちょん最近、
何かと忙しく
なかなかブログの更新不能。
せかせか、
バタバタ走り回っている
そのときでも、

ナツ子姫だけは、
にゃーペース。

おれんじでんじ5

昨日、
大阪城ホールで
オレンジレンジライブに
行ってきた。

さほど、
ファンでもないのに
いける機会がめぐってきたので
イットケ!ノリで
予習もせず
行った。

コンサートホールは
もちろん
オレンジレンジなので
若干、(若干よ)
若い女の子に溢れてた。

HIROKIぃ〜とか YAMATOとか、とか
わか〜ぃ声々が(−3−)
飛び交っていた。

この若さに乗り切れるかいな〜
と若干、
不安を抱きながら
始まる。
(この時点で、ちょっと、な、)

シングルも買ったことないのに
なんだかんだ
ほとんどが知ってる曲だった、
ごっつ楽しかった

多少の息切れがしたものの
(ほんと、ちょっとだけやで)
キャッキャいいながら
楽しんだ。

最後には、これは恋か。
と思うほど、
かっこいいやんって言いながら
帰った。

しかし、30分後・・・
22歳の女二人は
焼き鳥屋で
低ーいテンションで
梅酒をほとんど
会話のないまま
飲み食いしていた。

しみじみ、
若さには勝てん、
と。

ダルダル身体で
部屋に帰って、
なんとか、復習。
http://www.orangerange.com/home.html
オレンジレンジの公式サイト。

私が気に入ってたメガネのアフロは
(名前も知らなかった)
RYOというらしく、
昭和60年生れであった。
・・・。
おっ、と。
そのほかのメンバーも
同い年か、それ以下。
(薄々、気付いてたけど…)

いつの間に
時代は流れてしまったんだ。
・・・。

気まぐれな恋は、
ほんの数時間に終結してしまった。

(ちなみにぃ、
一番人気のギターの
NAOTO〜【っていうらしい】
は、同じ誕生日。)






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