こどもの頃の

姉の母の記憶は




いつも いつも
忙しいそうに 掃除機をかけていた









わたしの母の記憶は



ほぼ、家事などしないで
出かけていた






姉とわたしは3つの年の差なので、

数年の年月で 母は

母のスタイルを変えていったと思われます









もうひとつ、
妹のわたし の記憶にはないけれど

母は数ヶ月に一度
父(夫)に対して

ストライキ
を起こしていたんだよ

と姉から聞きました






毎日仕事で帰りが遅く、
土日も接待ゴルフで不在

子育てに興味なし

の夫に対して

母は、泣きながら
ストを起こしていたそうです










「もう、やんなっちゃったー」

と、言って

ふっきれた後の母が

わたしの中にある 母の記憶


のようです。。








よしむら


安ければ いい

は、卒業したい





「 安いほど売れて 」
「 安ければいい 」

だと、どんどん

どんどんどんどん

いろんな企業が安いものばかり作り

いかに安く作るか、ばかり考え、


世の中、そんなものばかりになってしまうし







食べ物も、洋服も、なんであっても
良いものを作ろうと
誰かの事を思ったり、地球の環境のことも考えたり

てま、ひま、かければ
それなりに高くなるし


そういう作り手さんほど
儲からなくては

ならないよな~、、、



と、
台所で
そんなことを考えてみる




よしむら

今思うと


父はとんでもなく
不器用だったので



「 釣りに行こう 」と言って
川まで行っても


釣り糸がからまり、
何もせずに  ただ帰ったり




運転は乱暴なので、
こどもたちは後部座席で必ず
酔ってしまうのでした








ある時期、父がものすごくハマった
緑色の瓶のジュースがあったのですが

毎日のように自販機で買って
飲んでいたため、

その商品のボタンが陥没して
お金を入れると
その緑の瓶のジュースしか出てこなくなった

という こともありました











今でこそ、老いぼれてしまっていますが

幼いころ
姉とふたりで

「 行ってらっしゃーい 」とベランダから見送った
会社に向かう父の背中は

そんな不器用な姿を見せない
ちょっとだけ、格好良い

背中だったのです。






よしむら


先月、

祖母の三回忌の法要がありました




祖母が亡くなり、
妊娠をして
出産、育児・・・と

祖母を思い返す
余裕がなかった私は


祖母のことを
考えないように、
考えないように、と
していたように思います







5年前

夫に頼んで
近所で有名な薔薇園に
施設に入っていた祖母と
お出かけしました




道中、車の窓から見える真っ青な空を見て

「 綺麗ね~ 」
「 綺麗ね~ 」と何度も言うので

「 今からもっと綺麗な薔薇を見に行くのよ 」と
言ったのを
祖母のとびきりの笑顔とともに
覚えています







薔薇園では少し眠そうにしていた祖母も
後日、施設の人から聞いた話だと

帰ってきてからもずーっと嬉しそうにしていた
そうで



薔薇を見に行ったことは
覚えていないかもしれないけれど

車いすの祖母を担いで
連れて行ってくれた夫に
とても感謝をしました











娘と散歩中
薔薇の綺麗なお庭を通りがかり
そんなことを思い出し


ようやく祖母を思って泣いたのでした






よしむら

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