夏休み


祖父母の家に遊びに行くと




祖母がせっせと

たくさんの野菜をボールに
すりおろし始める




部屋中が
セロリの匂いでいっぱいになって



コトコトグツグツ




カレーライスが出来上がる









料理があまり得意ではなかったらしいけれど
祖母のカレーは本当に美味しかった








今でも セロリ の匂いを嗅ぐと


居間で
汗をたくさんかきながら
おろし金で野菜をすってくれている祖母に

駆け寄って 行きたくなる


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よしむら












こどもの頃の

姉の母の記憶は




いつも いつも
忙しいそうに 掃除機をかけていた









わたしの母の記憶は



ほぼ、家事などしないで
出かけていた






姉とわたしは3つの年の差なので、

数年の年月で 母は

母のスタイルを変えていったと思われます









もうひとつ、
妹のわたし の記憶にはないけれど

母は数ヶ月に一度
父(夫)に対して

ストライキ
を起こしていたんだよ

と姉から聞きました






毎日仕事で帰りが遅く、
土日も接待ゴルフで不在

子育てに興味なし

の夫に対して

母は、泣きながら
ストを起こしていたそうです










「もう、やんなっちゃったー」

と、言って

ふっきれた後の母が

わたしの中にある 母の記憶


のようです。。








よしむら

今思うと


父はとんでもなく
不器用だったので



「 釣りに行こう 」と言って
川まで行っても


釣り糸がからまり、
何もせずに  ただ帰ったり




運転は乱暴なので、
こどもたちは後部座席で必ず
酔ってしまうのでした








ある時期、父がものすごくハマった
緑色の瓶のジュースがあったのですが

毎日のように自販機で買って
飲んでいたため、

その商品のボタンが陥没して
お金を入れると
その緑の瓶のジュースしか出てこなくなった

という こともありました











今でこそ、老いぼれてしまっていますが

幼いころ
姉とふたりで

「 行ってらっしゃーい 」とベランダから見送った
会社に向かう父の背中は

そんな不器用な姿を見せない
ちょっとだけ、格好良い

背中だったのです。






よしむら


先月、

祖母の三回忌の法要がありました




祖母が亡くなり、
妊娠をして
出産、育児・・・と

祖母を思い返す
余裕がなかった私は


祖母のことを
考えないように、
考えないように、と
していたように思います







5年前

夫に頼んで
近所で有名な薔薇園に
施設に入っていた祖母と
お出かけしました




道中、車の窓から見える真っ青な空を見て

「 綺麗ね~ 」
「 綺麗ね~ 」と何度も言うので

「 今からもっと綺麗な薔薇を見に行くのよ 」と
言ったのを
祖母のとびきりの笑顔とともに
覚えています







薔薇園では少し眠そうにしていた祖母も
後日、施設の人から聞いた話だと

帰ってきてからもずーっと嬉しそうにしていた
そうで



薔薇を見に行ったことは
覚えていないかもしれないけれど

車いすの祖母を担いで
連れて行ってくれた夫に
とても感謝をしました











娘と散歩中
薔薇の綺麗なお庭を通りがかり
そんなことを思い出し


ようやく祖母を思って泣いたのでした






よしむら


家族でおでかけ


となると
いつも決まって
玄関で父がサンダルを履き(冬でも)

「 遅いなー まだか!」とイライラ
怒っていました



父が玄関に立つ頃
ようやく母のお化粧がスタートする 

具合だったので、

「 早くしろ! 」と
出かける前から父は機嫌が悪くなるのです 







母というのは、お出かけともなると




ガスは切ったか?
戸締りはしたか?
忘れ物はないか? 


家事と
こどもと
自分自身


室内もある程度片付けてから。と思うと
準備がとんでもないわけです




煙草を吸って、サンダルを履いて
出かける準備ができる
お気楽夫とは
 
比べものになりません








近頃

40歳手前になった夫が
頑固で たまりません


自分の父親とは遠い性格の人を
選んで結婚したつもりですが…

行く末が心配な  今日この頃 



よしむら


こどもの頃

2月14日
父が職場でもらった
両手に紙袋いっぱいの
チョコレートを持って帰ってくるのが

楽しみでした





姉と一緒に
綺麗な包み紙を開けて、

ウィスキーボンボンだと

「 なーんだ~ 」とがっかりして 







その父の両手いっぱいの チョコレートも
年々、数が減っていき


あ、あれが
バブルってことだったのか~ と
のちに理解するのです 









ホワイトデーの季節になると

ふと、ところであれは何だったの?
と思うことがあるのですが 



大学生の私に父が

「 なんでもいいからフランス製の香水を
  プレゼント用に買ってきてくれ 」

と言って
2万円を手渡し、遣いを頼んだことがありました





当時、香水が好きだったので
わくわくしながら選び
フランス製の香水をチョイスして

ラッピングをしてもらい
無事、父に渡しました





母にあげる訳もないし
聞くに聞けぬまま

香水のゆくへは分からぬまま
今日に至ります


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よしむら


 


孫の知る限り

あまり お洒落 でもなく

贅沢をすることもない 祖母でしたが


いつもお洒落が大好きだった 
祖母の妹の みっちゃん とデパートに行くと

レースの白のブラウスや
たくさんのリボンのついた
高そうなダウンコートなど

買い物を楽しんでいるようでした





でもやっぱり
それらを着ている祖母は
見たことがなく、

デパートのタグがついたままの
綺麗なお洋服が何点か
タンスに残っていました










大学生の頃、祖母と
東京にお芝居を見に行く機会がありました

その際、
リボンのダウンのコートで 旅行に来ていた祖母

とっておきの一枚を着る
特別な機会だったのだろうな
と思うと

そういう機会をもっと
つくってあげれば
タンスの中のタグ付きのお洋服も
祖母が笑いながら着るチャンスが
あったのではないかな~


としみじみ
思うのです
tansu

よしむら 


「 いつも じゅんこちゃんのお弁当は おむすび でいいね~ 」


幼稚園の先生に言われ

そのときは
意味は よくわからなかったけれど

なんだか先生に褒められた~ という
ぽかぽかしたうれしい気持ちが
こころに残り ながら成長しました





のちのちに考えると

” ごはんがそのまま入っているお弁当ではなく
毎日ちゃんとお母さんがおむすびをにぎってくれているのね ”

という意味だったんだな~と気づき



そう思うとなんだか母の愛情が汲み取れ、
そこをまた褒めてくれた先生にも優しさを
感じたのでした








こんな大人になっても
30年も前のこと覚えていて
今もなお、そのときの母の愛情を感じ取れ
自分の娘にも同じように愛情をそそいであげたい
と思える
とは、
日常のささいなことも

ささいなことでは ないのかも
しれません 









みなさま
今年はどんな日常でしたでしょうか

わたしは、
泣いたり悩んだり後悔したり 、、、



でもささいなことも
振り返れば
素晴らしいことにつながる

やもしれません






今年も一年、誰かのために
がんばったみなさまが

あたたかな新年を迎えられますこと
心よりお祈り申し上げます






今年もありがとうございました




よしむら



我慢強くも なく

恥じらいも ない 

わたしでも



産後、鬱になり

泣きながら姉にメールをいれたことが
ありました





悲痛なメールに対しての返信は

「 あなた自身、
 しっかり こども に戻る時間を作りなさい 」

そんなひとこと でした










先日
久しぶりに自分の洋服を買いました


楽しくてうれしくて




デパートのおもちゃ売り場で
ジェニーちゃん人形を
買ってもらった
こどもの頃のことを

思い出したのでした




よしむら 




秋が来ると
思い出すのです



祖母と電車に乗って


奈良の ” 正倉院展 ” に行ったこと 



中学生の私は
心底、学校に行きたくなくて
ずる休みをしました


「 正倉院展 連れて行ってあげよか? 」
そう祖母に言われて

ずる休みの重たい心が
少し 華やいだのです






奈良まで珍しい電車に乗ったこと
帰りに、梅田の 宇宙百貨( 雑貨店 ) に寄ったこと

正倉院展で見た国宝よりも
心に残っています







大人になり
当時、付き合っていた夫に

「 正倉院展に毎年行ってるのですが
   一緒にいきませんか? 」 と

初めて誘われた時は
なんだかとても嬉しかったのです


私と祖母の思い出の場所を
好いてる人がここにも居たのか と









今年は残念ながら行くことが
できませんでしたが

いつか家族三人で行ける日が
きっと
すぐに来るのでしょう。。


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よしむら
 

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