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吉成綾加@同人サークル「ボナンザ」の
百合漫画メインな活動情報など。
別サークル名「ねこのなか」でBL松(一トド)も。

雑記

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6月4日 GirlsLoveFestival・ボナンザ【申込済】
7月2日 家宝は寝て松・ねこのなか【申込予定】
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3.11帰宅困難日記

はじめに、このたびの東日本大震災において被災された皆様に
心よりお見舞い申し上げます。

以下は2011年3月11日の地震発生後、
東京都内から埼玉県の自宅まで一時帰宅困難状態になった際の記録です。

被害の大きかった地域の皆さんはじめ、いまだ多方面に落ち着かない状況で
過去の経験を振り返るように語るのもどうかとは思ったのですが、
今も余震が続くなどの中、近日中にもまた私が体験したような
帰宅困難状態に陥る人も出るかもしれない、
その場合に少しでも参考になれば、と思い、まとめてみることにしました。

長文かつ所々に軽くとれるような表現も入りますが、どうかご容赦を。

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まずは私自身のスペックや当日の状況などを。

・30代後半、女。自宅は埼玉県の、東京都に隣接する某市内。
・職業は…とりあえず直近の〆切はない自由業(;´Д`)
・同居の家族は自分以外に2名。ともに当日は自宅近辺で勤務中。

・私は誰にも行き先を告げず、1人で午前中から外出。
都内にて趣味の街歩きをしていて、スニーカーにサポートソックス着用。

・携帯電話はsoftbank(iphoneとかでない普通の。やや古い機種)

要するに、無職の女1人で行き先も決めずに
平日の昼間からブラブラしていた訳です。
一応歩きながら漫画のプロット考えたりはしてたんですけど(いいわけ)。

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ブラブラと気ままに都内を移動して、
14時過ぎにゆりかもめ台場駅から豊洲行きに乗車しました。
豊洲から地下鉄に乗って自宅方面へ向かいつつ、
途中下車してまた歩いたり買い物しながら帰宅するつもりでした。

豊洲まであと2駅の市場前駅に停車して、人が乗り降りしたな…と
ぼんやり思っていたら、なんだかやけに揺れが大きくなって…
あれもしかして地震?と思ったあたりで、
車内で立っていた人たちは次々とホームへ。
私を含む座っていた人たちはこのまま収まるかも、と少し様子を見ていましたが、
いよいよ遊園地のアトラクション並みに揺れてきて、急いでホームへ降車。
立ち上がったのと同時くらいに「地震が発生しております、
ホームへ降りて下さい」とアナウンスがあった記憶があります。

ゆりかもめの構造って皆さんお分かりでしょうか。
線路も駅のホームもすべて高架式なので、
それはもう笑えないけど笑っちゃうくらい揺れました。
ただ今回の地震が横揺れだったからか、
もしくは耐震設計でそうなっているのか、
ゆらんゆらんと揺れるので崩れる壊れるという感じはなくて、
慣れてきたら天井の落下物や周囲を気にする余裕もありました。
ただ立って移動はとてもできない。
何か落ちてきたら転がって避けようと思いました。

駅アナウンスは「地震が発生しております、揺れがおさまるまで
お近くのものにおつかまり下さい」等ずっとされていて、
乗客も皆叫んだりもせず冷静に見えましたが、
ゆりかもめの車体がかしいでホームドアにぶつかって、
バチッと火花が出たときはさすがにうわっと声が上がりました。

あまりの揺れの大きさと時間の長さに、
これはこの後確実に電車も止まるし携帯も繋がらなくなると思い、
回線が混む前にと急いで家族の携帯あてに電話をかけました。
勤務中で留守電になっていたので、
「大丈夫だった?今、東京にいるので帰るの遅くなるかも」と伝言。
大丈夫も何もまだ揺れてるんですが、後々この伝言がものすごく効きました。
結果的にこの後、深夜に帰宅するまで家族と相互連絡は取れなかったので、
この伝言がなかったら私は完全に安否不明状態だった訳です。

揺れがようやくおさまり、人々が立ち上がったあたりで
「地震のため運行を中止致します、コンコースから外に出て下さい」
とアナウンスが。
ゆりかもめはワンマン運転でホームにも駅員さんはいないので、
皆それぞれホーム階段を降りて開放された改札を抜けて地上に出ました。
その後、特に誘導されずとも、すぐ自主的に豊洲駅へ歩き始める乗客たち。
私もそちらへ向かう前に一応周囲の安全を確認、
駅も道路も建物も壊れている所はないし、車も普通に走っているし、
ああ意外と大丈夫そうだなとさっきまでいたお台場方面を振り返ると

ビルからものすごい黒煙がΣ(゚д゚;)

私がいた場所から見て、フジテレビの1つか2つ手前のように見えました。
きな臭い匂いも漂ってきたけど、とりあえず自分が行くのとは逆方向だし、
他に火災が発生している場所はなさそうだし、ともあれ豊洲駅へ。
歩いている途中で消防車が何台も現場へ向かっていました。
(後に聞くとこの火事は建設中のビルの屋上で起きたものだったようです)

歩きながら携帯でもう一度、家族に電話&メールしてみたけれどすでに繋がらず。
とりあえずtwitterとmixiでお台場付近にいることを書き込み、
何度かリロードして他の書き込みやニュースを読んでいましたが、
10分ほどで携帯からウェブにも繋がらなくなり。

そこでipod nanoでFMラジオが聞けることを思い出し、
ラジオの情報から震源が東北地方であることを知りました。
その時点で~ずっと関東に住んでいて初めて体験するほどの
大きい揺れだったのに震源がそんなに遠い~ちょっとこれは
想像以上の大災害なんじゃないかと思ったのですが、
帰宅して初めて見たTVの映像は想像を超えていました…

ひとまずこの時は、購入以来ほとんど使っていなかった
ipodのFMラジオ機能に帰宅まで非常に助けられました。
NHK FMで地震の規模を、東京FMで都内の交通情報を、
nack5(旧FM埼玉)で自宅付近の被害状況を確認しながら、
かなり効率的に移動ができたと思います。

ちなみに、災害用伝言ダイヤル「171」については日頃から
家族でいざという時には利用する申し合わせをしていたのですが、
何しろ電話自体が使えない状態が続き、ここでの役には立ちませんでした。
これは災害発生後ある程度経ってからの安否確認に使うのが正解なのかもです。

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豊洲駅付近に着くと、オフィスビルやマンションから
外に避難した人たちでいっぱいでした。
電車は動いていない、というかそもそも地下鉄は怖いので、
このまま歩いて銀座方面からJRの駅に行ってみることにしました。

最初にも書きましたが私は都内の街歩きが趣味なので、
お台場から銀座まで歩くことは何度か経験済みでした。
山手線内とその周辺の大きい道路なら大体一度は歩いているし、
自分がどのくらい歩けるかや休憩のペースも分かっていたので、
都内の徒歩での移動については特に不安はなかったです。
ただ埼玉の自宅まではさすがに歩いたことはなかったので、
とりあえずそれはどうしようかと思いながら。
楽しみ方の一環としてあえて地図を持つこともしていなかったので、
それについてもちょっと後悔しました。
普段は必要に応じて携帯でネットの地図を見たりするのですが、
何しろこの辺りから夜になるまで、携帯は使い物にならなかったので。

豊洲~築地あたりは臨海地区から徒歩で都心を目指す人たちと
近隣の学校へ子供を迎えに行く人たちで交錯し、
銀座に入ると周辺のオフィスから帰宅する人がどんどん増えていき。
オフィスからの皆さんは、ヘルメットや非常持出リュック装備だったり
プリントアウトしたGoogle地図を持っている方が多かったです。
靴を置きスニーカーに履き替えているらしい女性もちらほらと(服と合っていないのですぐわかる)。
都心の防災意識は高いんだなと思いました。

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トイレを探したりしつつ、結局1時間弱くらい歩いて東京駅に出ました。
電車はすべて運休、復旧時期は不明。公衆電話はどれも大行列。
家族とは最初の留守電以外まだ連絡がとれていませんでしたが、
電話の列に並んで時間をとられるよりも日が暮れる前に
自宅までの私鉄始発駅である新宿に徒歩で向かった方が安全だと判断し、
今度は新宿目指してまた歩き始めました。

東京駅から皇居を回る形で新宿通りに出て西へ向かいましたが、
歩道は人で、車道は車でぎっしりという感じでした。
じれて車道を歩く人もいましたが、
車は渋滞でも時々バイクが通るのであれは危険。

四谷あたりからはもう方向を間違えることもないと思い、
混雑を避けて1本裏道を歩いていたのですが、
そこの暗がりで棒を露出している人発見('A`)
その時は裏道でもかなり人通りがあったのでどうということもなかったのですが、
混乱している時だからこそ通常の防犯的なことも気をつけた方がよさそうです。
非常事態に興奮して出てきちゃうのかな、ああいう人…

途中のコンビニはどこも激混み。
おもに近隣の会社に泊まることにした人が夕食を買っているようで、
おにぎり、お弁当、パン類の棚はからっぽ。
私もこの後どうなるか分からないので念のため、比較的すいている店で
水・ウィダーインゼリー・カロリーメイト・チョコレートを買っておきました。
でもできたら温かいものが食べたい…

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新宿にたどり着いたのが18時過ぎだったと思います。
JR新宿駅の方は遠目に見ても物凄い人ごみだったので
そちら方面は避けて、自分が利用する西武新宿駅に向かいました。

駅出入り口シャッターはすべて閉まっていて、運転再開は未定とのこと。
通常は利用者が少ない大久保寄りの改札に行ってみても、
シャッター前に電車復旧を待つ人の列がそれなりにありました。

しかしすっかり日も暮れて、気温もどんどん下がり、
私は昼間のうちに帰るつもりだったのでやや薄着でかなり寒く、
このまま外で当てなく待つのは無理だと思いました。
でもここからまた埼玉まで歩くのも、できなくはないけれど、
もし途中で大きい余震などあった場合に残り体力を考えると不安。
ということで、とりあえず腰を落ち着ける場所を探すことにしました。

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この頃、携帯で相変わらず通話とメールはできませんが、
ウェブにはまた繋がるようになりました。
暖と栄養と休息をとるため富士そばに入り、ちくわ天そばを食べながら情報収集。
(この時点で閉店している店も多い中、見た範囲では富士そばとドトールは
どの店舗も営業してました。なぜだろう?)
ラジオ+twitterで流れてきたりmixiで友人が教えてくれた情報から、
新宿付近にも休憩所として開放されている場所が多数あるということで、
それらどこかに行って電車の再開まで待機してみることにしました。

付近の避難場所地図なども見て、当初は近くの小学校を目指したのですが、
公立の学校などは住宅地の奥にあり、すでに暗くなっていたため
元々場所を知っていないとなかなかたどり着けません。
道を探して回り込んだ大通りにたまたま日本赤十字の事務所があり、
職員の方々が外に出て休憩できますと声かけをしていたので、
結局そこで休ませてもらうことにしました。

ここ以外にも大久保のハローワーク前で職員さんがお茶を振舞っていたり、
韓国料理店に無料で休憩できますと張り紙がしてあったり、
ビジネスホテルも部屋が満室でもロビーを開放していたりと、
休める場所は結構あちこちにありました。
開き直って?飲み屋で宴会しているのもよく見かけた。
ただもしも朝までとなると、女1人でもあるし、行く場所は限られる気がしました。

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赤十字はビル1階のロビーに元々あるソファと臨時に並べたらしい
椅子があり、50~60人は座って休めるようになっていました。
徒歩帰宅のための東京近郊地図の配布もしていて、
それだけをもらって行く人も多かったです。
トイレも数箇所が利用可能。待たずに使えました。
テレビもあったようですが私の位置からは見えませんでした。
ただNHKで交通情報などが伝えられると、職員さんが館内放送で
アナウンスをしてくれて、それで電車の再開など知ることができました。
暖房も入っていましたが、出入り口を開放しているのでちょっと寒く、
希望者には毛布が貸し出されました。私も薄着だったので助かりました。

ここで座って一息ついた頃に、家族が地震直後に出したメールがようやく到着。
現在の居場所と電車が動くのを待っていることを返信しました。
後で聞くとそのメールはすぐ届いたようですが、それに対して
家族が返したメールが私に届いたのは帰宅してお風呂に入った後でした。
ちなみに家族はau。こういう時は同じキャリアの方がいいんでしょうか。

ひとまずは落ち着きましたが、ここでは横になることはできなそうなので、
もし朝まで電車が動かなかったら別の避難所に移ることも考えていました。
都内在住の友人に頼ろうかとも思いましたが、このあたりで
携帯のバッテリーも切れてしまい、連絡も取れなくなっていました。
(実際電池切れの間に友人から「電車動かなかったらうちにどうぞ」との
申し出がきていて、でも有難かった(ノд・。) グスン)

一応電池式の充電器は持っていたんですが、
私の機種がちょっと特殊かつ古いモデルのためか、
一度に一瞬メールチェックするくらいの充電しかできなくて…
どこかしらで電源を借りることはできたと思うので、
普通のアダプター式充電器も持ち歩いていた方がよかったと思いました。

ただ20時くらいの時点でJRと東武鉄道は全線今日中の復旧はなし、
とアナウンスされていましたが、私の利用する西武鉄道の発表はなく、
さらに地下鉄が少しずつ運転を再開していたので、
何となくこれは今日中に帰れるんじゃないかな~とは思ってました。

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予想通り、22時半頃、西武線運転再開とのアナウンスが。
すぐに駅に向かうと、ちょうど再開1本目の電車が出た直後。
ひどい混雑もなく、すんなり座って最寄り駅まであっさり帰れました。
すべて各駅停車だったのと途中電車がつまってホーム入り待ちなどして、
時間は通常の1.5倍くらいかかりましたが。

地震でゆりかもめを降りた時に改札をスルーしたので
西武線に乗る際パスモでエラーが出て、駅員さんに聞くと
「タッチせずそのまま入場して降りた駅で処理して下さい」とのこと。
それでいいの?と思いつつ地元駅でその旨伝えると、
西武新宿からの料金だけ引き落とされました。
この場合のゆりかもめ分の料金は取られないって、
確かに目的地まで乗せてもらえなかったからそうなんだろうけど、何か意外。

地元駅は車で迎えに来てもらっている人が多かった以外は、
コンビニもやっているし(この時は特に品切れもなく、
翌日の朝食用のパンなど買いました)普通でした。
都内の大騒ぎが嘘のようだと思いました。
家に着いてテレビを見るまでは。

私は駅から近いので普通に歩いて帰宅。
家族には留守電とメールが伝わっていたので
それほど心配はされていなく、おかげで
「フラフラ遊んでるからだ」と嫌味を言われるはめに。
それでも何とか日付が変わる頃には帰れてよかった。
あのまま朝までは、どこにいてもかなりきつかったと思います。

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後日談ですが、さすがに翌日は軽い筋肉痛がありました。
それよりも、そんなことと言われそうですが重要な事として、
長時間日陰のない場所を歩いた結果、顔のシミが増えました…
これからの季節、特に女性は帽子を持ち歩くべきです!
日傘は、あの歩道の混雑では使えません。
男性も日射病の恐れがあるし、帽子、必携です。

他には水・ラジオ・地図は最低限あった方がいいと思います。
便利なのもですが、持っていると安心感が違います。
あとは家族との連絡方法を電話とメール以外にも用意すること。
うちはこれ以降、twitterの家族共用アカウントを作って、
そこに書き込むことで安否確認ができるようにしました。

また特に私のようなどこにも所属しないフリーの人ほど、
自分の行動範囲に自分なりの緊急避難場所を
設定しておくのもいいと思います。
こういう時に無条件で駆け込めるのは公的な場所以外では
普通やっぱり自宅か職場、あとは恋人の所くらい?
友人知人はもちろん助けてくれるだろうけれど、
向こうも無事かは分からない状況で頼っていいものか…
と躊躇してると、結構行き場所に迷います。
避難場所や指定の帰宅支援ステーションを調べたり、
友人宅や行きつけのお店にあらかじめよろしく言っておいたり、
いざという時の身の振り方を確認しておくのも大事なことかと。

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以上、通勤通学でもないのに帰宅難民になり、
それでも何とか帰還した記録でした。
長文かつ駄文で申し訳ありませんでした。
どこか少しでも、何かの参考になる部分があれば幸いです。

でも本当は、この日記が役に立つことなどない方がいいですよね。
まだ先の見えない中でも、そうあることを祈りつつ。











無事にしております。

ブログのアップは遅くなりましたが、今回の地震の後も私は無事に過ごしております。
皆様にもどうぞご無事でありますように。

twitterではほぼ実況していましたが、
3月11日の地震の時は、ゆりかもめに乗車中でした。
ちょうど駅に着いたところで揺れに会いました。
線路途中でなくて本当に良かったとしか…
その後はお台場の火災を見ながら新宿まで歩き、
避難所で電車の再開を待ち、
なんとかギリギリ当日中に埼玉の自宅に帰ることができました。
このあたり詳しくはまたブログにまとめたいと考えています。
「通勤もしてないのに帰宅困難者になった記録」orz

とりあえず、ラジオが聞ける機器は持ち歩きましょう。ipod nanoおすすめ。
電話とメール以外のネットサービス等でも家族との連絡方法を決めておきましょう。
ただ歩き続けるよりも、情報が集まる場所で待機した方が結果的に帰宅が早い場合もあるかと思います。
そしてこの状況が落ち着くまで、外出は歩きやすい靴で。
今はこんなところでしょうか。


今後の状況もまだ分かりませんが、
いまのところ5月開催のCOMITIAについては事務局より
開催しますとのお知らせを頂いています。
今月21日のマリみてオンリーについてはまだ分かりませんが、
開催されるのであれば可能な限り参加するつもりです。
せめて楽しみの場を維持することくらいしか出来ることはないので、
通常通り、各イベントで皆さんに本を見て頂けるよう頑張りたいと思います。
またイベントに来られない状況の方もいらっしゃるかと思うので、
年内は特にwebでの作品発表も積極的にしていきたいです。

まだまだご自身やご家族が落ち着かない状況の方も
いらっしゃるかと思いますが、どうぞお気をつけて、
またイベントや同人誌を通して元気に会えますように!
その日のために頑張って描いてます。

『西口プロレス10周年記念大会』

2011年2月19日、新宿FACEにて
西口プロレスの10周年記念大会が開催されました。

先月の大会についての雑記
「なんとか試合を見られるように」と書きましたが、
結局それは叶いませんでした。
でもいつもより大勢のお客様と、盛りだくさんの試合内容の
熱気は充分感じられ、今日の現場にいられたことに感謝。

続けていてくれることで、私の励みにもなってくれる西口プロレス。
何かや誰かのファンでいることは私にとって、
自分も漫画で誰かにそう思われたらいいという
モチベーションになって戻ってくる、とても大事なことなので、
これからも20周年30周年に向けてそこにあり続けて欲しいです。

30周年には還暦を過ぎてるメンバーも、と思ったらちょっと戦慄しましたが…

ハッピーホワイトバレンタイン

pixivには間に合ったけどこちらでは日付変わってしまいましたが…

思いついてざっくり描いたバレンタイン&雪の日記念イラストです。

早くこんなふうに2人が寄り添うところまで描き進めるよう頑張ります。

dfbc58e6.jpg

『西口プロレス』雑記

2011年1月25日、お笑いプロレス団体
西口プロレス』の月例興行に行ってきました。

これも10年前の旗揚げから、途中離れた時期もありますが
ずっと通っているライブ(興行?)ですが、
近年は事情により、当日会場にいても試合を観ることがなかなかできません。
なので感想ではなく雑記・日記として。


そう、来月2月の興行で西口プロレス旗揚げ10周年なのです!
10年も何やってんの!お前もだ!(自分にツッコミ)
みたいな感慨にふけった1月興行でもありました。
…本当に10年なにやってたの私…('д` ;)

ともかく来月は記念興行ということで、
懐かしのレスラーやキャラクターも多数登場する楽しみな大会になりそうです。
私もなんとか時間を作って試合を観られたらと思います。


あとどうでもいいんですが、
当日友人と初期に出場していた選手の話題になった時の会話。

友「たんぽぽおさむさんて見た事ないんだけど、どんな人?」
私「なかなか渋いよ、阿曽山大噴火さんが年取ったらあんな感じかも」
友「そうなんだ!ゆきおとこさんみたいな人かと勝手に思ってた」
私「なんでよ!w」

分かる人には分かる、でも別に分からなくてもいい、おかしな会話でした。
しかし何でゆきおとこ!勝手に思いすぎだ!
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