法律相談弁護士の裏庭

 法律相談は弁護士の日常業務であり、すべての事件の入口でもあり、弁護士業務の「いろは」の「い」ともいえます。しかし、この法律相談、やればやるほどその奥深さを感じ、弁護士生活30年になった今も日々勉強だなと思っています。このブログでは、法律相談にまつわるよしなしごとを綴ろうと思います。

 法律相談では、通常は(相談者が好奇心で法律知識を得たいというのだったり世間話をしに来るのでなければ)、相談者が現に遭遇したり遭遇するのではないかと危惧している紛争について、弁護士が事実関係とその裏付け(証拠)を確認して、もし裁判等の法的手段を取った場合にはどうなりそうかの見通しを検討しながら、解決のために何をしたらよいか、今後何を準備しておけばよいかなどを考えて行くことになります。そのためにはそれに適切な時間と、弁護士の知識経験と、弁護士の創意工夫・意欲が必要です。事案の内容により、事案を具体的に把握し、その裏付けとなる証拠・資料を検討し、さらによい解決手段を考えるには、相談にそれなりに時間が必要です。事案を適切に把握したり、証拠の価値を評価したり、さらには相談者が気づかない証拠の存在を指摘したり、また裁判等になったときの見通しを立てたりよい解決方法を示すためには、弁護士の知識・経験がある方が圧倒的に有利です。そして、単なる知識の切り売りレベルにとどまらず、証拠を読み込んだり、判例を調べたり、何かよい手段がないかを検討するとなると、弁護士として意欲を持って相談に当たることが必要です。
 無料相談では、そういった相談の質を確保する事情が満たされるかが問題になります。

 無料の法律相談には、行政や法テラスが主催するものと弁護士会の法律相談センターの相談の一部などの相談者は相談料を支払わないが弁護士は主催者から日当を受け取るというものと、弁護士事務所や弁護士自身が行う完全に無償のものがあります。
 前者の行政(区役所・市役所等)や法テラスの法律相談は、通常法律相談の時間は30分限定です(行政の場合さらに短いこともあります)。少し込み入った相談だと、30分では弁護士が事実関係を十分に把握できなかったり、相談者が聞きたいことを早めにいわなくて十分に答えられなかったりしがちです。また、行政や法テラスの法律相談では、相談者が弁護士を選ぶことはできません。弁護士事務所で行う法テラスの相談の場合も、時間制限はありませんが、法テラスが弁護士に支払うのは5400円(30分分)ですので、弁護士が30分以上の相談にどこまで意欲を持てるかという問題もあります。
 後者の完全無償の法律相談はどうでしょう。私はかかってくる電話には聞かれたことは答えるようにしていますが、そもそも電話では事実関係の把握に限界がありますから込み入った相談は無理ですし、自分がやっている仕事を中断して応対しているのですから長時間は避けたい(それでも長時間延々聞き続ける人に対してはやはり不快感を持ちます)し、すぐに思い浮かぶレベルの知識での回答はしてもなにか調べたりあれこれ創意工夫してまでの回答をする意欲は出て来ません。積極的に無料相談を広告している向きもあるようですが、無料相談自体はまったく収入にならないのですから、ビジネスモデルとしては無料相談で来た人を事件受任につなげるインセンティブが強くなるのが普通でしょう。

 企業側の大事務所では、1年目の新人弁護士でも1時間あたり2万円以上のタイム・チャージを請求します。パートナークラスのベテラン弁護士だと1時間あたり5万円くらいになることもあります。労働事件でそういう企業側の弁護士と互角(以上)に渡り合っている労働者側の弁護士は、経験がどれほどあっても、専門性がどれほど高くても、依頼者が高く支払えないという理由によって、相談料は30分5000円(1時間あたり1万円)レベルにとどまっているのが通常です。言い換えれば、一般市民が相談する弁護士は、経験1年目の弁護士でも、経験豊富な弁護士でも、さらにはその分野でトップクラスの専門性を有する弁護士でも、基本的に1時間1万円レベルで相談に応じています。(1時間1万円は多額の報酬と思われるかも知れませんが、東京で事務所を構えている弁護士が事務所賃料や事務員給与で年間1500万円程度の必要経費を支出しているとすれば1時間1万円で手取り年収600万円程度を得るためには月200時間の労働=月30時間弱の残業が必要になります)
 通り一遍の法律知識を得るということではなく、直面した紛争についてきちんとした回答を得たいのであれば、一般市民にとっては、誰に相談してもせいぜい1時間1万円レベルで相談できる(相談料の設定はそれぞれの弁護士の自由になっていますから、必ずそうというわけではありませんが)という現状からすれば、その分野で経験/専門性のある弁護士を選んで、それなりの時間をとって相談をした方が、結果的に時間を無駄にせずにより満足できることになるのではないでしょうか。

 懲戒解雇された場合、使用者に解雇予告手当の支払を請求できるでしょうか。
 労働基準法は、使用者が労働者を解雇するときは少なくとも30日前に解雇の予告をしなければならないと定め、使用者が30日(以上)前に予告しないときは、平均賃金の30日分以上を支払わなければならないと定めています。これを解雇予告手当と呼んでいます。(20日前に予告したというような場合は、解雇の日までの20日分の日割り賃金と、10日分の解雇予告手当を払うことになります)
 労働事件をそれなりに扱っている弁護士の感覚では、答えは、「たいていの場合は請求できる」、より正確には、「使用者が労働基準監督署から除外認定を受けた場合以外は請求できる」です。

 政権の言葉では「労働規制の緩和」、実質は労働者の権利剥奪・労働者いじめに熱心な安倍政権の手で、現在「国家戦略特区」なるものが推進されています。この「国家戦略特区」に進出する「グローバル企業及び新規開業直後の企業等」がわが国の雇用ルールを的確に理解できるように「雇用労働相談センター」なるものが設置されることになり、そこでの相談で使われるものとして「雇用指針」というものが定められました(実物はこちらで入手できます)。
 この雇用指針では、懲戒解雇について、次のように書いています。
「懲戒解雇は懲戒処分の最も重い処分であり、通常は解雇予告も予告手当の支払いもせずに即時になされ、また、退職金の全部又は一部が支給されない。」
 この記述は「雇用指針」の20ページにありますが、この指針のどこにも、解雇予告手当を支払わないためには労働基準監督署の認定(除外認定)を受けることが必要だということは書かれていません。厚生労働省が作成した(少なくとも関与した)文書で、労働基準法に明記されている手続が書かれていないということ自体驚きますが、弁護士の感覚では法律相談でこんな回答したら間違いと言うべきですし、恥です。

 労働基準法には、解雇予告手当について定めた条文の中に「ただし…労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においては、この限りでない」という規定があります。これだけ読むと、懲戒解雇の場合は支払わなくてよいと読めそうです。しかし労働基準法ではその場合には労働基準監督署(条文では「行政官庁」)の認定(この認定を「除外認定」と呼んでいます)を受けなければならないという規定があります。その規定の仕方が、「前条第2項の規定は、第1項但書の場合にこれを準用する」という、業界人以外にはわかりにくい体裁のため、気がつきにくいのですが。
 そのため素人が書いたものには、先ほどの雇用指針の表現のように、除外認定のことに触れもしないで「懲戒解雇は懲戒処分の最も重い処分であり、通常は解雇予告も予告手当の支払いもせずに即時になされ、また、退職金の全部又は一部が支給されない。」なんてものも多々あります。しかし、プロが除外認定のことに触れないで「懲戒解雇は懲戒処分の最も重い処分であり、通常は解雇予告も予告手当の支払いもせずに即時になされ、また、退職金の全部又は一部が支給されない。」なんて回答したら、誤りですし、恥なのです。

 労働基準監督署が除外認定をする際の基準は通達で定められていますが、例えば欠勤については「原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合」とされていて、要件としても簡単ではありません。また除外認定は原則として解雇日(解雇予告手当の支払期日)までに受けている必要があります(通達では、除外認定は原則として解雇の意思表示をする前に受けるべきものであるが、解雇後に除外認定がなされた場合遡って効力があるとされています。その通達には、除外認定申請を遅らせることは労働基準法違反だとも書かれています)。除外認定の申請に相当程度の資料を提出する必要があり、申請を受けた労働基準監督署は労働者への事情聴取も行いますから認定される場合でも相当の日数がかかります。そして、今説明したように除外認定の申請をすると労働基準監督署は労働者を呼び出しますので、除外認定を申請したことは労働者にもわかり、労働基準監督署が除外認定をしないと判断した場合にもそれが労働者に知れることとなります。
 そういうリスクを考えると、除外認定を受けられることが確実であり、しかも解雇までに日数的な余裕を持たせられる場合でなければ、除外認定申請をせず予告手当を払うよう助言するというのが、労働事件を扱い慣れている使用者側の弁護士の通常のパターンだと思います。
 ですから、労働事件を扱い慣れている弁護士の助言を受ける使用者は、懲戒解雇の場合でも解雇予告手当はたいていは払うというのが現実だと思います。

 「雇用指針」の表現通りの助言を受けた使用者が、除外認定の手続もしないで労働者を懲戒解雇し、「懲戒解雇だから解雇予告手当を支払わない」と言ったらどうなるでしょうか。
 この場合、労働基準法違反ですから、労働者が労働基準監督署に使用者が解雇予告手当を支払わないと申告したら、労働基準監督署から使用者に解雇予告手当を支払うように指導がなされます。解雇予告手当の不払いには罰則があります(規定上「6か月以下の懲役」もあります)から、普通の使用者は指導に従って支払うことになるでしょう。
 日本の法律を知らないと言って「雇用労働相談センター」に相談に行った外国企業の経営者がこんな助言を受けてそれを真に受けたら、だまされたと思うんじゃないでしょうか。財界の利害を最優先にする人たちに押されて発言力が小さくなっているという事情はあるとしても、厚生労働省が関与して作成した指針で、このようなレベルのものがまかり通るのは情けないし、間違った情報を与えられる経営者にも、それにより使用者から不当な扱いを受けることになりかねない労働者にも不幸なことです。

 懲戒解雇だからといって、除外認定も取っていないのに解雇予告手当は払わないと言われた労働者はどうすべきでしょうか。解雇予告手当は平均賃金の30日分です(30日未満ではあるが予告期間がある場合は、より少なくなります)から、そのために法的手続を取るとかそのために弁護士に依頼するというのは費用倒れになりがちです(労働審判ではなく裁判を起こす場合には、解雇予告手当と同額の付加金の支払が命じられることもあります。しかし、付加金の支払を命じるかどうかは裁判所の自由ですので、必ず命じられるわけではありません)。先に説明したように、この場合は労働基準法違反なので、労働基準監督署に申告すれば、労働基準監督署が使用者に支払を指導してくれることが多いと思いますから、まずはそうしてみるべきでしょう。
 「雇用労働相談センター」は労働者からの相談も受け付けるようですが、このような「雇用指針」に基づいて助言されるのなら不安ですね。
 なお、解雇予告手当を請求するのは、解雇は争わない(解雇は有効と認める)ことが前提ですので、懲戒解雇が不当だ(無効だ)と主張する場合は、解雇予告手当請求ではなく、地位確認(解雇無効)の訴訟や労働審判などの手続を取るということになります。

 解雇予告手当の除外認定の問題以外の点も含めて、この「雇用指針」には労働相談の実務上間違いであったり不適切な記載がいくつかあるので、第二東京弁護士会労働問題検討委員会では、それを指摘した意見書を作ることになり、現在作業しています。
(2014年6月21日)

 労働事件では、労働者が解雇されたり自ら退職して勤務先を離れた後に裁判等になることが多く、在職中に裁判等になることはあまり多くありません。労働者は一日のかなり多くの時間を職場で過ごしますし、収入のほとんどはその職場から得ていますから、在職しながらその職場の経営者と裁判等をするというのは負担が重すぎるということでしょう。
 そういうことから、弁護士が在職中の労働者から労働問題について相談を受けた場合、直ちに依頼を受けて事件になるということは少なく、また相談の結論としてもとりあえず仕事を辞めたくなければ頑張れというようなことになることも多くなります。
 では、労働者が労働問題について在職中に弁護士に相談してもあまり意味がないかというと、そんなことはありません。

 例えば経営不振などを理由に給料を減額するという通告を受けた場合、労働者が合意書に署名したりしなくても、文句を言わずにその減額された給料を受け取り続けていると、労働者側も給料の減額を承認したという扱いをされかねません(そういう裁判例があります)。
 例えば契約期間を決めて(1年間とか)労働契約をしてそれを繰り返し更新してきた契約社員に対して、使用者側が契約を更新する時に今回でおしまいで次は更新しないと言ってきた場合(契約書に「不更新条項」を入れてきた場合)、本来は繰り返し更新しているので理由なく雇い止めできなくなっている労働者でも労働者が不更新条項に文句を言わないでいると、不更新条項が有効に成立したと扱われかねません(そういう裁判例があります)。
 このように、使用者側が労働者に一方的に不利な労働条件の変更を通告してきた場合、力関係から労働者側で拒否できないことが多いのですが、それでも黙っていたら後日闘うことになっても不利な取扱を受けてしまいます。弁護士に相談してもらえば、労働者からその職場の状況や使用者側の説明、さらにはその使用者が設けている職場の制度内容などの情報を得て、どういうことができるか、現時点で何をするか、将来に向けて何を準備できるかなどを助言するというか、一緒に考えることができると思います。

 退職勧奨を受けた場合、使用者の退職勧奨の理由や提示してきた退職条件なども考慮して、どのような対応が可能か、退職勧奨自体への対応や退職勧奨を拒否した場合の使用者の対応(解雇してくるか等)の見込み、将来に向けて今から準備すべきことなどを、弁護士と話し合うことができます。
 退職勧奨の際に、自ら退職しないなら懲戒解雇する、そうしたら次の就職にも響くなどと労働者を脅す使用者が少なくありません。そういう相談事例では、弁護士の目からはとても懲戒解雇などできそうもない(裁判になったら解雇無効になる)ささいなことをとりあげておどろおどろしいことをいっているケースをよく目にします。
 労働事件では、労働条件や会社が設けているさまざまな制度は、実は法律で定められていなくて労働契約や就業規則等の会社の規則類で決められていることが多く、弁護士もそういった会社の規定類や制度の説明書類を持ってきてもらわないと有効な対策が立てられないことがあります。最近では給与明細さえペーパーレスで会社のコンピュータからしかアクセスできないということも増えています。そういう書類は、解雇されてしまうとその後は入手できないということになりかねません。また、退職勧奨の際の会社とのやりとりなども、通常は密室で労働者側は1人ですから、録音でもしておかないと後から立証できないということになりかねません。
 この問題で後で争いになった時にどのような証拠や書類が必要か、今の段階で将来に向けて何を準備しておくかなどを、早めに弁護士と協議しておくことで、のちに争いになった時に、少しでも有利に進められる可能性が出て来ます。

 例えば残業代請求をしたいという場合、出勤時刻と退勤時刻をどうやって立証するかとか、その会社の制度を検討することで使用者が何を主張してくるか、残業代請求で問題になりそうな点は何かなどを予め検討して対応策を準備することもできます。

 さまざまな問題で、何か気になることがある場合、弁護士はその時点で直ちに裁判等をすることが好ましくないようなケースでも、問題点を指摘したり、相談者のために現時点でどういう行動が可能か、よりよい結果につながるか、将来に向けて何を準備しておくかなどを助言したり相談者と一緒に考えることができます。
 労働事件の場合、その労働者の労働条件や会社ごとの制度によりその労働者のために考慮したり使える材料が変わってくるので、労働契約書や就業規則などの規則類、さらには会社が関連する制度等について説明した資料など(あと給与明細も意外に役に立つことが多いです)はできるだけ相談の際に持ってきてもらえると、より有効な対策を考えられると思います。

 借金を抱えて亡くなった人の親族から、借金を相続したくないので相続放棄をしたいという相談が時々あります。

 単純な話に見えますが、けっこうケースによって悩ましいことがあります。一方で、相続放棄は期間制限があって期限を超えてしまうとできないことと相続財産を処分してしまっているとできないことという問題があり、他方で、相続放棄をしてしまうと後でそれを撤回することができないという問題があります。

 まずは財産と借金の状態が正しく調査・把握できているかの問題があります。長年同居している場合は、遺族が亡くなった方の財産や借金の有無・程度を把握している場合が多いと思いますが、それでも把握していないということもあります(特に借金の場合家族にも隠していることも少なくありません)。ましてや別居している場合、正しく把握していない可能性が十分あります。借金の相手が消費者金融など高利の貸金業者の場合、実は過払いで借金などなく、むしろお金を取り戻せるという可能性もあります。それをきちんと検討しないで相続放棄して、後になって過払いと気がついても、その後で過払い金返還請求というわけにはいきません。

 相続放棄をする必要がある場合、相続放棄は自分のために相続が開始したことを知った日から3か月以内(これを「熟慮期間(じゅくりょきかん)」と呼んでいます)に亡くなった方の住所地の家庭裁判所で、「相続放棄の申述(そうぞくほうきんのしんじゅつ)」という手続をする必要があります。
 熟慮期間の開始日は、相続人(配偶者=妻または夫は常に相続人となり、子がいる場合は子、子がいない場合は孫、子も孫もいない場合は親、親もいない場合で祖父母が生きている場合は祖父母、子も孫も親も祖父母もいない場合は兄弟姉妹、その場合に兄弟姉妹が死んでいてその子がいるときはその子)は相続の開始、すなわち亡くなった方の死亡を知った日です。前の順位の相続人がいる人は、前の順位の相続人が相続放棄をしたことを知った日になります。例えば亡くなった方に配偶者と子がいる場合、親兄弟は相続人となりませんが、子が相続放棄すると(子が複数いる場合は子の全員が相続放棄すると)次の順位の親が相続人となりますので、親にとっては、子が(複数の場合は全員、その結果最後の1人が)相続放棄した日が自分のために相続が開始した日となり、それを知った日が熟慮期間の開始日となります。熟慮期間は家庭裁判所に申請して延長することができますが、その手続を取らずに熟慮期間が過ぎてしまうと、その後で延長することはできませんし、もちろん相続放棄もできませんので、注意が必要です。
 さて、熟慮期間が過ぎてしまった後になって借金があることを知った場合はどうなるでしょう。その場合に借金があることを知った日から3か月は相続放棄できるという最高裁の有名な判決があります。ただ、この最高裁判決の事案は、相続する財産がないと思っていたので放置していた、つまりプラスの財産がないというケースでした。財産はありそのことは知っていたけれども借金があることは知らなかったという場合はどうでしょう。裁判所のサイトでは「Q1. 夫は数年前に死亡しているのですが,相続放棄の申述をすることはできるのですか。A.相続放棄の申述は,相続人が相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内に行わなければなりません。ただし,相続財産が全くないと信じ,かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは,相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば,相続放棄の申述が受理されることもあります。」と説明しています。これを読むと相続財産がありそのことは知っていたけれども借金があることは熟慮期間経過後になって知ったという場合は相続放棄できないように見えます。しかし、私の経験上は、その場合でも、相続財産を処分していなければ、熟慮期間経過後でも借金があることを知った日から3か月以内は相続放棄が認められています。
 相続財産を処分、つまり使ってしまったり売却してしまったりあるいは価値のある財産を捨ててしまったりした場合、相続放棄はできないことになります。相続財産にまったく手をつけていなければ問題ありませんが、少し手をつけていると微妙な判断となります。使い途として葬式の費用を相続財産から出すことはOKです。そこから後は実務的にはケースバイケースで判断していくしかありません。

 そういう期間制限があること、相続財産に手をつけてしまうと相続放棄できなくなりかねないこと、逆にきちんと調査しないで放棄してしまうと損をすることもありうることから、借金があると疑われる相続の場合は、できるだけ早く一度は弁護士に相談してみた方がいいと思います。

 相続放棄の手続自体は、簡単なので、私は弁護士に依頼するまでもなくご本人ですることをお薦めしています(十数万円取って代理する人もいるようですが、そして弁護士が代理する以上は責任もありますのでそれくらいの費用を取ることは非難できませんが、私はたいして手間もかからずほとんどリスクのない手続ですからそれだけの費用をかけることはないと考えています)。貸金業者に対する時効援用の場合は本人が対応せず弁護士に依頼した方がいいといっている(借金の消滅時効)のと矛盾すると感じる方もいるかもしれませんが、貸金業者は相手方でなんとか借金を時効にするまいとして行動するのに対して、相続放棄での家庭裁判所は放棄を妨害する立場ではなくむしろ親切に対応していると私は思っています。

 メインサイトで「まだ最高裁がある?(民事編)」という記事へのアクセスが多くなっている(以前は「民事裁判の話」とか過払い金請求関係の記事へのアクセスの方が多かったんですが、たぶんそういう領域は業者さんがばっちりSEO対策をしているページが増えて検索サイトでの順位が下がったのでしょうね)ため、私のところに上告とか上告受理の相談が相当数あるのですが、最近は、さらに最高裁でも負けて確定したのだが、再審請求をしたいという相談が増えています。ここのところ、2週間の間に3件も民事再審請求をしたいという相談が来て、ちょっと悲鳴を上げました。
 それでメインサイトに慌てて「再審請求の話(民事裁判)」という記事を書きました。

 法律的な説明はそちらを読んで欲しいのですが、一般の方は、刑事裁判の再審請求や再審開始決定の報道を見て、民事裁判でも同じように再審請求ができるものと思うようです。
 そもそも刑事裁判の再審も、報道されるような再審請求事件は日弁連が組織的に弁護団を組んで多くの刑事事件のエキスパートが献身的に地道な努力を続けて、それでも滅多に再審開始とはならないというのが実情です。再審開始決定が大きく報道されるのは、それがとても珍しいことだからです。
 そして、刑事裁判の再審は、確定判決の結果(主文)を変更すべき「明らかな証拠をあらたに発見したとき」という再審理由で行われるのが通常です。そのために再審請求の弁護団は確定判決の根拠となっている証拠について新たな鑑定を行い続けるわけです。
 ところが、民事裁判の場合、確定判決の結果を変更すべきことが明らかな証拠を新たに発見しても、それは再審理由になりません。もし確定判決が誤りであることを1点の曇りもなく立証できたとしても、それは再審理由にならないのです。そこに、民事再審請求をしたいと言ってくる相談者の根本的な勘違いがあります。
 民事裁判の場合、確定判決の証拠となった文書や物が「偽造または変造され」るか確定判決の根拠となる証言が「虚偽の陳述」であることに加えて、その偽造や偽証について有罪判決が確定するなどして初めて再審理由となるのです。

 他に「判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったこと」という再審理由もあるのですが、これもなかなか難しいところです。
 再審請求をしたいという相談者がこれを言ってくるときは、たいていは判決に影響を及ぼすとは考えにくいような主張についてであったり、小さな事実を積み上げて大きな事実を認定させる構造になっているときのその小さな事実について触れていないレベルのことが多く、また実際には判断を落としている(判断していない)のではなく「間違った判断をしている」ことを主張している場合が多くて、そもそも「判断の遺脱」と言えないことが多いです。
 それに加えて、判断の遺脱の議論をするときに難しいのは、本来の意味での「判断の遺脱」は判決を読めばすぐにわかるはずだということです。民事訴訟法は、判決に再審理由があってもそれを控訴・上告で主張していれば再審の訴えを提起できず、逆に再審理由があることを知りながら主張しなかったときも再審の訴えを提起できないと定めています。判例上は、再審理由があることを知りながら上訴しなかったときもこれと同じと判断されています。さらに判例上、判断の遺脱については原則として判決を受領したときに知ったと解され、代理人(弁護士)が知ったときは本人も知ったと解されています。そうすると、判断の遺脱を知らなかったという特別な事情を主張立証できない限り、確定判決に判断の遺脱が本当にあったとしても、それを再審理由とすることはほぼ無理ということになります。

 そういうことで、民事再審請求をしたいという相談自体が、ほとんどの場合そもそも絶望的なわけで、もちろん、それこそ万一のケースもあるかもしれないので一応相談には乗りますが、やっぱり裁判は1審で勝負するのが原則で、その段階で相談に来て欲しいなぁと思います。

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