法律相談弁護士の裏庭

 法律相談は弁護士の日常業務であり、すべての事件の入口でもあり、弁護士業務の「いろは」の「い」ともいえます。しかし、この法律相談、やればやるほどその奥深さを感じ、弁護士生活30年になった今も日々勉強だなと思っています。このブログでは、法律相談にまつわるよしなしごとを綴ろうと思います。

カテゴリ:借金の法律相談

 借金を抱えて亡くなった人の親族から、借金を相続したくないので相続放棄をしたいという相談が時々あります。

 単純な話に見えますが、けっこうケースによって悩ましいことがあります。一方で、相続放棄は期間制限があって期限を超えてしまうとできないことと相続財産を処分してしまっているとできないことという問題があり、他方で、相続放棄をしてしまうと後でそれを撤回することができないという問題があります。

 まずは財産と借金の状態が正しく調査・把握できているかの問題があります。長年同居している場合は、遺族が亡くなった方の財産や借金の有無・程度を把握している場合が多いと思いますが、それでも把握していないということもあります(特に借金の場合家族にも隠していることも少なくありません)。ましてや別居している場合、正しく把握していない可能性が十分あります。借金の相手が消費者金融など高利の貸金業者の場合、実は過払いで借金などなく、むしろお金を取り戻せるという可能性もあります。それをきちんと検討しないで相続放棄して、後になって過払いと気がついても、その後で過払い金返還請求というわけにはいきません。

 相続放棄をする必要がある場合、相続放棄は自分のために相続が開始したことを知った日から3か月以内(これを「熟慮期間(じゅくりょきかん)」と呼んでいます)に亡くなった方の住所地の家庭裁判所で、「相続放棄の申述(そうぞくほうきんのしんじゅつ)」という手続をする必要があります。
 熟慮期間の開始日は、相続人(配偶者=妻または夫は常に相続人となり、子がいる場合は子、子がいない場合は孫、子も孫もいない場合は親、親もいない場合で祖父母が生きている場合は祖父母、子も孫も親も祖父母もいない場合は兄弟姉妹、その場合に兄弟姉妹が死んでいてその子がいるときはその子)は相続の開始、すなわち亡くなった方の死亡を知った日です。前の順位の相続人がいる人は、前の順位の相続人が相続放棄をしたことを知った日になります。例えば亡くなった方に配偶者と子がいる場合、親兄弟は相続人となりませんが、子が相続放棄すると(子が複数いる場合は子の全員が相続放棄すると)次の順位の親が相続人となりますので、親にとっては、子が(複数の場合は全員、その結果最後の1人が)相続放棄した日が自分のために相続が開始した日となり、それを知った日が熟慮期間の開始日となります。熟慮期間は家庭裁判所に申請して延長することができますが、その手続を取らずに熟慮期間が過ぎてしまうと、その後で延長することはできませんし、もちろん相続放棄もできませんので、注意が必要です。
 さて、熟慮期間が過ぎてしまった後になって借金があることを知った場合はどうなるでしょう。その場合に借金があることを知った日から3か月は相続放棄できるという最高裁の有名な判決があります。ただ、この最高裁判決の事案は、相続する財産がないと思っていたので放置していた、つまりプラスの財産がないというケースでした。財産はありそのことは知っていたけれども借金があることは知らなかったという場合はどうでしょう。裁判所のサイトでは「Q1. 夫は数年前に死亡しているのですが,相続放棄の申述をすることはできるのですか。A.相続放棄の申述は,相続人が相続開始の原因たる事実(被相続人が亡くなったこと)及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内に行わなければなりません。ただし,相続財産が全くないと信じ,かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは,相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば,相続放棄の申述が受理されることもあります。」と説明しています。これを読むと相続財産がありそのことは知っていたけれども借金があることは熟慮期間経過後になって知ったという場合は相続放棄できないように見えます。しかし、私の経験上は、その場合でも、相続財産を処分していなければ、熟慮期間経過後でも借金があることを知った日から3か月以内は相続放棄が認められています。
 相続財産を処分、つまり使ってしまったり売却してしまったりあるいは価値のある財産を捨ててしまったりした場合、相続放棄はできないことになります。相続財産にまったく手をつけていなければ問題ありませんが、少し手をつけていると微妙な判断となります。使い途として葬式の費用を相続財産から出すことはOKです。そこから後は実務的にはケースバイケースで判断していくしかありません。

 そういう期間制限があること、相続財産に手をつけてしまうと相続放棄できなくなりかねないこと、逆にきちんと調査しないで放棄してしまうと損をすることもありうることから、借金があると疑われる相続の場合は、できるだけ早く一度は弁護士に相談してみた方がいいと思います。

 相続放棄の手続自体は、簡単なので、私は弁護士に依頼するまでもなくご本人ですることをお薦めしています(十数万円取って代理する人もいるようですが、そして弁護士が代理する以上は責任もありますのでそれくらいの費用を取ることは非難できませんが、私はたいして手間もかからずほとんどリスクのない手続ですからそれだけの費用をかけることはないと考えています)。貸金業者に対する時効援用の場合は本人が対応せず弁護士に依頼した方がいいといっている(借金の消滅時効)のと矛盾すると感じる方もいるかもしれませんが、貸金業者は相手方でなんとか借金を時効にするまいとして行動するのに対して、相続放棄での家庭裁判所は放棄を妨害する立場ではなくむしろ親切に対応していると私は思っています。

 昔、借金をして払えなくなってそのままになっているが、これをなんとかしたいという相談がけっこうあります。
 貸金業者の督促でいやになって姿をくらまして(住民票はそのままで別の場所に住んだり放浪したりして)いたが、就職とか結婚とかあるいは生活保護を受けるとかのために住民票を(実際の住所に)移したら貸金業者から督促状が来たというケースが多いですが、自分の住所や実家に督促状が来続けていたけど無視していたがこの際きれいにしたいということで相談に来ることもあります。
 こういう場合、借金が時効消滅していれば、時効援用通知を出すだけで簡単に借金を免れることができます。(消滅時効は法律上成立すればそれによって直ちに借金がなくなるのではなく、借り主が時効を主張(法律用語では「援用」)して初めて借金の支払義務がなく なります。ですから、時効を主張するときには、ふつう「時効援用通知」を貸金業者に送ります。送ったことを後で証明できるように、弁護士はふつう配達証明 付き内容証明郵便で送ります)。
 しかし、他方で、長く放置していた借金が時効消滅していると思って貸金業者と接触したが、実は時効が成立していなかったとか借り主の対応がまずくて(後で説明する債務の承認等に当たる言動をしてしまうなどして)時効の主張ができないようになったとかいうことになったら、遅延損害金で大きく膨らんだ借金がまるごとかかってくることになります。時効が問題となるケースは5年以上返済していないわけですから、遅延損害金で借金は軽く2倍以上になっているはずです。まさしく貸し主側が時効成立を阻止する手段を取っているかとか、借り主側の対応によって、天国と地獄ということになりかねません。
 私は、こういう場合は自分で直接貸金業者と相対するのではなく弁護士に依頼した方がいいと思っています。

 最後の取引(借入や返済)から5年が経過すると原則として借金は時効消滅します。
 ただし、裁判が起こされて判決が出れば時効の進行は中断(一からやり直し)の上、時効期間は10年になります。裁判と類似の制度の支払督促(裁判所が行う支払督促という手続で、単なる督促状のことではありません)や調停等でも時効の進行は中断されますし、差し押さえ等の強制執行でも時効の進行は中断されます。裁判や支払督促は、裁判所からの書類を家族が受け取ってそれを借り主に知らせなかったり、借り主が住民票の住所以外に住んでいたり放浪していたりすれば、借り主本人が知らないうちに行われ終わっているということもあり得ます。
 そして、借り主による債務の「承認」によって、時効の進行が中断しますし、さらに借り主側には困ったことに、時効が成立した後であっても債務の承認に当たるような行為(一部でも現実に支払をするとか、支払を約束する書類に署名するとか、支払うから少し待ってくれと言うとか)を行うと、時効の主張を放棄したとか、そういう態度を取っておいてそれと矛盾する時効の主張をすることは信義に反するとかいうことになってしまい、結局時効の主張ができなくなってしまうのです。
 借り主が貸金業者と直接対応するとすれば、当然のように本人確認を要求されます。そこで何を出すかにもよりますが、現住所の他にも様々な個人情報を渡すことになりかねません。借金をするときには申込書に様々な事項を書かされるのでそれに慣れてしまっていると不用意に勤務先とかの情報まで渡してしまうかもしれません(健康保険証を本人確認に使えば自動的にそうなることもあるでしょう)。勤務先を教えるということは貸金業者に給料差し押さえをしてくれと言うようなものです。また、電話をかければ貸金業者はナンバーディスプレイで記録しているでしょうから、電話番号を教えることになり、その後は文書だけでなく電話による督促もできるようになります。長らく返済していない借り主の場合、貸金業者は住民票から住所を割り出しただけ(住所以外はわからない)ということが多いのに、電話番号や勤務先を教えてあげたら、督促や強制執行の手段を自分から知らせてやるようなものです。
 そうして貸金業者に効果的な督促手段や給料差し押さえの対象まで教えて上げた挙げ句に、実は貸金業者が借り主が知らないうちに判決を取っていたりして時効が成立していないとなったら、目も当てられません。
 その上、借り主本人が出てくれば、貸金業者にとっては、債務承認をさせるチャンスです。そのために、負けてやるから少しだけでも払ってくれとか、大幅に減額するからこの書類にサインしてくれとか言ってくるでしょう。それに乗ったらもう時効の主張はできなくなり、その後になって弁護士に相談されても後の祭りということになりかねません。
 時効成立が予想されるケースで借り主が直接貸金業者と対応することは、うまく行けばいいですが、様々なリスクがありけっこう危ない橋を渡ることになると、私は思います。

 さて、借金の時効消滅を主張した場合、信用情報はどうなるでしょうか。時効消滅前は、長期に延滞が続いているわけですから、延滞の記載があります。時効援用通知を出した場合、法律上支払義務はなくなりますが、支払を強制されない債務(法律用語では「自然債務」といいます)としては残っていますから「延滞」のままということも理屈としては考えられます。
 私自身はこの問題についてあまり関心がなかったので(今後は借金などしたくありませんという方の債務整理は気持ちよくやれますが、今後も貸金業者から借りたいという方の債務整理は結局また借金まみれになることが予想されあまり気持ちよくやれませんので)気にしていませんでしたが、2013年12月に全社に時効援用通知を出した依頼者に約2週間後にJICCとCIC(信販会社系の信用情報機関)で自己情報開示をしてもらったところ、どちらも「該当情報なし」になっていました。たまたま時効援用通知を出した貸金業者が消してくれたということなのか、信用情報機関の対応が変わったのかは知りませんが、時効援用でも速やかに延滞等の情報が消されている場合があるようです。

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