青く高き声を歴史に聴く

大学で歴史学の研究をしています。 専門は江戸時代から幕末維新にかけて。 このブログをやろうと思った動機は単純で、歴史学を少しでも面白くしたいからです。 今の歴史学は緻密で論理的ですが、何だか面白くない。 面白いって複雑だと思うんです。 歴史にはオタク的な要素も、実用的な有用性も、世界を批判する視点も、すべてある。 そんな歴史学ができればいいなあと思います。 このブログでは、研究をしていて思うことや、自分も含めた著作の紹介や、学会などにおける活動などを書いていこうと思います。 2018年4月19日                        吉岡 孝


 

 この本を読んで学んだことが二つあります。

 一つは日本の科学技術には自由に世界を考える力が不足しているということです。かつてヨーロッパには「知を愛する」人々が自由に世界を模索する伝統がありました。しかし19世紀半ばになるとそのような模索が分科し、専門化していきます。近代科学の誕生です。科学者scientistという言葉もこの時期に生まれました。だから旧来の「知を愛する」ことを好む人々にはこの言葉は不評でした。「ダーウィンのブルドッグ」ハクスリーはこの言葉への嫌悪を隠さなかったといいます。

 一方技術は職人さんの仕事です。巧妙であってもそこには学問的体系的裏付けはありませんでした。しかし知が分科し、科学が誕生すると技術と科学が結びつくようになり、近代産業を支えていきます。しかし従来の西洋の知的伝統のなかでは科学と技術の結びつきはあり得ないことです。ヨーロッパでは長く科学技術という言葉には違和感がつきまとったといいます。

 科学技術という言葉がヨーロッパで生まれたちょうどその時、日本は明治維新を迎えます。日本人は何の違和感もなくできたばかりのこの言葉を輸入します。そしてこの時期は富国強兵の時期です。実用主義の観点から国家が科学技術政策を推し進めることになります。ですから日本では「この技術は世界にとってどのような存在意義があるのか」という根源的な疑問は意味の薄いものになりました。「役に立つ」ものが素晴らしいわけです。そして明治に工部省などをつくって科学技術政策を推進した国家は、やがて総力戦体制という「合理的」な体制で第二次世界大戦を戦うことになります。1945年の敗戦の後もこの体制が継続し、戦後復興、高度成長を担っていくことになります。自分がこの本から学んだポイントの二つ目は、総力戦体制は現在も継続していて、原子力発電所の問題もこの点から位置づけられるということです。このようにみてみると科学と技術は無理矢理結婚させられた夫婦みたいなものだと思えます。一度離婚して、良き友人としてお互いの関係をやり直したらどうでしょうか。

でも科学に裏打ちされない技術とはどういうものかイメージできないという人もいるでしょう。そういう人はタイモン・スクリーチの『大江戸視覚革命』を読んで下さい。そこには「蘭」という名で呼ばれる人間的な技術が描かれています。江戸の世界観に裏打ちされたユーモア溢れる技術です。

思えば基礎構造論に依拠してきた日本近世史は、生産概念を前提とし過ぎ、それに関わる技術のみを評価してきました。今後の技術史はこの点を反省すべきではないでしょうか。

 

(岩波新書、940円+税)



 

 自分は歴史家は同時に哲学者であるべきだと思っています。このような考えは、この国の歴史学では完全に異端です。思えばこの国の歴史学を支えてきた二大潮流である実証主義もマルクス主義歴史学も哲学を必要としない、あるいは哲学を越えたものと自己を認識しています。でも自分は世界を自分で考えてみたい。トーマス・クーンを科学史家兼科学哲学者といっても違和感はないでしょう。歴史家はそうあるべきです。

 末木文美士は日本仏教史の大家というのが多くの人の認識でしょうが、自分は歴史家兼哲学者という、この国では稀にしか存在しない人物だと思っています。そのことはこの本を読めば明らかです。西田幾多郎・鈴木大拙・田辺元(因みにこの本では田辺の「メメントモリ」という論文が引用されていますが、「機動戦士ガンダム00」の決戦兵器と同じ名前で親しみが湧きますね、自分だけか、笑)という日本の思想家から、フッサール・ウィトゲンシュタイン・レヴィナスといった西洋の哲学者まで実に多くの思想が検討されています。

 自分が最も心引かれたのは他者論。人間はさまざまな他者に囲まれて生きています。というよりさまざまな他者に囲まれて初めて人となる。その他者との間にはルールを明示化できる「顕」の領域とそれができない「冥」の領域があります。「冥」を代表する他者が死者になります。

 死者という他者をどう考えるか。死者とどう向き合うか。これは歴史学においても大きな問題です。日本のイエは先祖という死者を神として敬う組織でしたし、死者をどう祀るかは儒教の大きなテーマです。もちろん社会に大きな影響を与えています。また他者は死者に限定されるわけではありません。実際にはいない小説やマンガ・アニメの登場人物が人生に影響を与えることもあるでしょうし、会ったこともないアイドル歌手の歌を一生抱きしめていくこともあるでしょう。大切なのは他者が実在するかではなく、他者といかなる関係を結ぶかです。歴史学もこのような他者がいかに社会を規制したのかを考える必要があるのではないでしょうか。


 最後に末木は後期ウィトゲンシュタインを念頭に置きながら「日常生活こそ、哲学がそこから出発し、そこに戻っていくべきところではないか」と記しています。これは自分の考えとフィットします。日常生活は洋の東西を問わず、伝統的な哲学では「仮の世界」とされてきました。もちろん現在では違います。しかし学問の場合、理性的視角が優先され、日常は整合的に再解釈されてはこなかったでしょうか。本当に日常生活を学問に位置づけることは難しいようです。自分はそのきっかけはやはり他者論ではないかと考えています。


 

(トランスビュー、2200円+税)



 

9月9日にサークルのみんなと刀剣博物館に行ってきました。この博物館は以前代々木にあったのですが、今年両国に移り、新しくなってからは初めて行きました。さすがにきれい。

最近は「刀剣乱舞」の影響で自分より遙かに詳しい知識を持っている学生もいます。自分も擬人化アニメは嫌いじゃないですが、リアルロボット物で育った世代ですので、何かしっくりこない。まあ、刀剣よりは宝石たちの方にいいかな(笑)。

でもアニメの影響でも何でも刀剣に興味を持ってくれる人が増えたのはうれしい限りです。自分は庶民が長脇差を指すことの意義を考えてきたので、刀剣には無関心ではいられません。一番好きな刀は同田貫。明治20年11月11日、死ぬまで髷を落とさなかった「時代に取り残された」直心影流榊原鍵吉が、明治天皇の御前でただ独り明珍の兜を割った、所謂「明治兜割り」の時に使用した伝説の名刀。鑑賞に適しているとは言いませんが。

解説はこの博物館の学芸員で自分の教え子のI君がしてくれました。自分が思ったのは刀はたとえ古代に作られたとしても、現代に残っていればやはり現代に存在している物だということです。ケースに入れて展示するという方法も現代ならではのものですが、研ぎ方・刃文の見せ方も近代ならではのものがあるということです。例えば正宗をみる場合、我々は鎌倉時代と同じものをみているわけではない。現代の諸条件のなかで解釈して正宗をみている。正宗そのものをみることも大切ですが、正宗という「流れ」を感じることはもっと大切です。


 

写真は一緒にいったサークルのメンバーとの記念写真です。20.

 

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