2020年11月13日

母に感謝

siten

 11月8日午後1時30分。母そのゑが家族全員が見守る中で永眠しました。亡き父と同じ、享年90歳の大往生でした。

 写真は、8年前に娘が描いた81歳の私の母です。
 母は、父親と共に60年以上も、毎日毎日朝早くから夜遅くまで田畑で働いてきました。
 仕事をしすぎた後遺症のためか、頭の位置が腰より低くなるほど腰が大きく曲がっていました。しかし、父が咲かせた盆花を凛と背筋を伸ばし花を揃える姿は気迫が感じられます。そんな生き様を娘が表現してくれました。

 3年前、母はインフルエンザにかかり介護が必要になりグループホームに入所することにしました。以来職員の皆さんの献身的な世話を受け病気もせずに過ごしていたのですが、10月末に食が十分に摂ることができなくなったと連絡を受けました。自宅で最期は過ごしたいというのが母の願いでもあったので、出来る範囲で自宅で世話をすることを決めました。11月5日に帰宅し、親戚の方やお世話になった方々に連絡し面会してもらいました。昏睡状態であったにも関わらず口を動かす姿をみると、母ははっきりと分っていたのではないかと思います。

 最期は我が家の畳の上で、草木と同じく枯れるように楽に美しく逝くことができました。家族全員が母の最後を見守ることができたは幸せなことです。物心ついてから一度も手をつないだことがなかった私は、何時間も手をつなぎながら感謝の言葉をのべることができました。床づれをしないよう体の位置を変えたり、おむつを替えたり、親孝行の真似事をさせてもらえたことが嬉しく思います。そして、私の3人の子供は、母親の最後の安らかに天国に行く姿を見ながら、命の尊さを感じ、より良く生きるための何かを学習してくれたように思います。わずか数日でしたが、私にとって、密度の高い貴重な時間を過ごさせてもらいました。

 11月10日、自宅から葬儀場に向かう際には、沢山の地区の方々に見送られたことは、母も喜んでくれたのではないかと思います。ありがとうございました。





yoshiokahisayuki at 05:36コメント(0) 

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hisa

鈍足ランナーでしたが、定年退職した平成31年3月に鳥取で29回目のフルマラソンを完走しました。
退職後はランニングする気力は失せ、畑で汗を流しています。
何をするにも、「あせらず、たゆまず、トコトコと」をモットーにしたいと思います。




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