ネット上の「消したい過去」を消すには

ツイッターに顧客のプライベートを書き込んで炎上する事件が相次いでいる。2011年1月、都内ホテルのアルバイト店員がスポーツ選手と芸能人の来店情報を投稿して、ホテル側が謝罪した。5月にもスポーツ用品メーカー社員が来店したスポーツ選手に対する中傷を書き込んで炎上している。
 どちらの騒動でも、投稿者はネット上で徹底的につるしあげられた。有志によって実名が特定され、住所や顔写真、交友関係、はては自宅の不動産登記簿謄本の画像までネットにアップされた。ここまでくると情報リンチである。
 自業自得だと切り捨ててはいけない。コンピュータウイルスや誤操作で個人情報が流出したり、人違いで個人情報を晒されて中傷を受けた事例もある。個人情報の漏えいは、いまや誰もが直面するリスクといえる。

 ネット上の情報は容易に拡散され、しかも半永久的に残る。自分の意に反して広まった情報は、もはやどうすることもできないのか。個人情報保護に詳しい田島正広弁護士は、「プライバシー侵害にあたるかどうかが鍵」と語る。
「プライバシー侵害は、民法709条の不法行為(故意または過失によって他人の権利や利益を違法に侵害する行為)に該当する場合があります。その場合、情報が掲載されたブログや掲示板の管理者に削除を請求したり、損害賠償を請求することができます」
 どのような情報ならプライバシーとして保護されるのか。日本初のプライバシー訴訟である昭和39年の『宴のあと』裁判で、東京地裁はプライバシー侵害の要件として、

(1)私生活上の事実または事実と受け取られるおそれがあり、
(2)一般人の感受性を基準として、当該私人の立場に立ったときに公開を欲しないだろうと認められ、
(3)一般の人に知られていないこと、

 という3つをあげた。病歴や前科、出自、宗教といったセンシティブな情報の公開は、これらの要件に合致する可能性が高い。

 ただ、ネット上の炎上事件で晒されるのは、名前や住所、SNSの日記といった公開情報が中心で、先ほどの3要件に必ずしも該当するわけではない。こうした公開情報は保護対象にならないのだろうか。
「プライバシーの保護範囲は、時代とともに広がっています。もともと公開されている情報でも、本来の趣旨と異なる形で公開され、私生活の平穏に重大な脅威を与えているなら、現在はプライバシー侵害とみられる場合もあります」(田島氏)
 プライバシーの保護については、他の利益とのバランスも考慮する必要がある。
「犯罪報道で被疑者の実名が報道されるのは、被疑者のプライバシーより、治安維持や国民の知る権利といった利益のほうが大きいと考えられているからです。逆に微罪なのに鬼の首をとったように私生活を暴けば、プライバシー侵害のほうが上回って不法行為になる」(同)

 プライバシー侵害と認められても、一度流出した個人情報をネット上から完全に消し去ることは難しい。法的な手続きを踏んでいるのに削除に消極的な掲示板管理者がいたり、すでに拡散していて削除請求が追いつかないケースも多いからだ。田島弁護士は、こうした状況について「いずれは規制もありえる」と警鐘を鳴らす。
「理想は、掲示板管理者が自主的なルールに基づいて削除すること。それが実現されずに権利侵害が続くなら、表現の自由に最大限配慮しつつも、何らかの立法政策で手当てしていくことになるのではないか」

 表現の自由に国家権力が介入することは望ましくない。そうした事態を招かないように、ネットユーザーには個人情報の適切な取り扱いを願いたいものだ。