都市酪農、多角化にカジ 近隣農家を巻き込み好循環

20121022-00000000-fsi-000-15-view個人経営の都市型酪農が、乳業メーカーへの出荷に依存したビジネスから脱却し、多角化経営で成功を収めるケースが出てきた。

高付加価値の乳製品を百貨店や高級スーパーで販売し、固定ファンを開拓する一方で、消費地に近い利点を最大限に活用し、駅ビルにイートイン完備の乳製品専門店を開業するなど、消費者の懐に飛び込んだ小売り事業も積極展開する。都市型酪農家が始めた新ビジネスを核に、周辺の農家も生産物の供給という形で潤う仕組みを構築するなど、地域経済に好循環をもたらしている。

 東京・多摩地域の中核都市、八王子市。商業ビルが立ち並ぶ中心市街地から車で10分足らずの通り沿いに、約2ヘクタールの牧場が広がる。酪農家、磯沼正徳さん(60)が経営する「磯沼ミルクファーム」は、生乳の1割程度を牧場オリジナルの乳製品にし、ネットなどで販売する。25日にはJR八王子駅に開業する駅ビル「CELEO(セレオ)八王子北館」に、イートイン完備の専門販売店を立ち上げる。

 大手乳業メーカーなどで製造する牛乳の小売価格は通常1リットル200円前後。これに対し、「みるくの黄金律」と名付けた同牧場のオリジナル牛乳は、900ミリリットルで840円と高額だ。それでも、深い味わいで人気を集め、ヨーグルトなども含めたオリジナル乳製品全体の年間売上高は約3000万円。磯沼さんは「小規模経営だからこそ、コストがかかっても品質にこだわれる」と、その経営判断に揺らぎはない。

 北海道の大規模酪農と比べ、都市近郊の酪農家の経営環境は厳しい。農林水産省の調査によると、北海道の酪農家戸数は、1960年からの約50年間で10分の1程度にまで減少したが、1戸当たりの乳牛飼育頭数は約36倍に増加するなど集約化が進む。

 一方、東京、神奈川などの都市圏は、戸数が40分の1から100分の1に減った上、1戸当たりの規模も13〜15倍にとどまる。都市近郊の酪農家を悩ませるのは割高な経営コストだ。狭小な放牧地は牧草が少なく、エサの購入量を増やさざるを得ないほか、機械化による経営合理化も困難だ。また、牧場と住宅地が近いため、においや衛生に対する管理費もかさみ、「価格競争面で不利な条件を強いられる」(農水省畜産部)という。

 それでも、消費地との距離の近さは大きなメリットになる。磯沼さんは、オリジナル乳製品の販売とあわせ、市街地との好アクセスを武器に、消費者が気軽に牧場体験を楽しめるサービスを提供。訪れた観光客の反応を収集し、きめ細かなマーケティングにつなげている。

 加えて、都市圏は他産業との接触機会も多く、コーヒー業者から廃棄物のコーヒーのかすを安値で買い受け、牛舎の防臭に活用するつながりも生まれた。牛舎にまかれたコーヒーかすは牛糞などとまざって、高品質の堆肥になり、新たな販売品目となっている。

 特徴が際立った磯沼さんの商品づくりに、流通各社も注目しており、昨年、百貨店最大手の三越伊勢丹が取り扱ったほか、現在も系列の「クイーンズ伊勢丹」が一部店舗で販売する。他の北海道以外の酪農家の乳製品も、高島屋や高級スーパー「成城石井」で店頭に並んでいる。

 一方、酪農家の経営多角化が、近隣農家の販路拡大に貢献するケースもある。神奈川県伊勢原市にある「石田牧場」の石田陽一さん(28)は昨年3月、牛舎の隣接地で、牧場でとれる生乳を原料にしたジェラート専門店「めぐり」をオープンした。食品加工を学んだ妻、早恵さん(26)のノウハウを生かそうとしたことがきっかけだ。今ではリピーターも増え、初年度の売上高は約2200万円になった。

 常時、12種類をそろえるジェラートは、近隣農家が作った野菜や果物が練り込まれる。あくまで旬のものにこだわり、通常なら定番のイチゴ味も、6月以降はメニューに入れない徹底ぶり。壁には、野菜や果物を提供する農家らの写真が張られ、来店客はその顔をみながら、ジェラートをほおばる。

 訪れた自営業の男性(61)は「ミルクとフルーツの味がしっかりしている」と顔をほころばせる。「ジェラートを通じて農家を身近に感じれば、若い世代が農業を支えてくれる」と信念を語る陽一さん。高コストに立ち向かう酪農家の取り組みは、日本の農業全体の向かうべき方向と重なっている。