ぜいたく禁止令で消費不振に陥った中国

共産党の綱紀粛正とぜいたく禁止令により、中国の景気回復が遅れている。国家統計局が4月15日に発表した1〜3月のGDP成長率は前年同期比7.7%となり、市場予想(8.0%)や昨年10〜12月実績(7.9%)を大幅に下回った。2012年7〜9月期に7.4%まで低下した後、いったん7.9%まで回復した後だけに、マーケットの失望は大きく、上海総合指数はその日年初来安値を更新した。

消費不振の原因はぜいたく禁止

GDP成長率が7.7%という水準は、ほかの国と比べれば、決して低いとはいえない。たとえば、BRICSのライバルであるロシアやブラジル、南アフリカは今年3%前後の成長率に甘んじる見通しだし、インドですら一時の勢いを失って今年は5%程度の伸びにとどまるといわれる。それでも、2002年から2011年にかけて悪くても9%、高ければ14%の実質成長率を続けてきた中国からすれば、7.7%成長では景気失速寸前に見えてしまう。

 中国の成長率が予想より大きく下振れたのは、消費が不振に陥ったことが大きい。中国の消費全体の動向を示す小売売上高は、2012年通期が14.3%も成長したにもかかわらず、2013年に入ってからは1〜2月が12.3%、3月が12.6%と低空飛行にあえいでいる。

 ではなぜ、中国の消費がここまで悪化したのか。ここで冒頭に述べた理由に戻る。共産党の綱紀粛正=ぜいたく禁止令が原因だ。2012年11月に開催された共産党大会で、習近平が総書記に新たに就任。新指導部の初仕事として、官費の無駄遣いや官官接待、贈答行為などを厳しく禁止し、同時に汚職摘発に熱中した。前任の胡錦濤が10年前に就任した際にも同様の綱紀粛正を推進したが、今回は規模的にも期間的にも、前回を大幅に上回るスケールとなった。

汚職摘発は実際、生半可なものではなかった。昨年11月に共産党大会が終了した後、ほんの30日間で9名以上の高級幹部が「落馬」した。「落馬」とは汚職が摘発されて失脚すること。9名の中には、広東省農村農業委員会主任や四川省副書記、また山西省公安庁副庁長兼太原市公安局局長など、そうそうたるメンバーが含まれていた。こうした状況の中で、共産党幹部は浪費を続けるような無用なリスクを取らず、鳴りを潜めることになった。

官僚や国有企業の宴会が激減

象徴的なのが、今年の春節(旧正月)期間の外食ビジネスの低迷だ。春節は例年、公私ともに宴会が毎日続く時期のはず。しかし、今年の春節期間(2月9〜15日)では、中華料理の最高級食材であるフカヒレの消費量が、2012年の同じ時期に比べて7割も減少、乾しアワビやツバメの巣がいずれも4割減まで落ち込んだ。官僚や国有企業がらみの宴会が激減したことが原因だ。統計上でも綱紀粛正の影響は顕著。昨年1年間の外食売上高は前年比で15.1%増も伸びていたのに対して、今年3月は前年同月比8.7%増の1861億元にまで落ち込んだ。あっという間に伸び率が半減したわけだ。

 不要不急の出張も禁止されたため、一流ホテルの外食レストランなどの落ち込みは特に鮮明だ。国家旅行局が発表した第1四半期の北京や上海、江蘇、広州などでの4〜5つ星クラスのホテルのレストラン売上高は前年同期比3割も落ち込んでいる。

 今年に入っても共産党指導部による綱紀粛正の強化は止まっていない。国務院弁公室は3月28日に「国務院工作規則」なるものを発表。中央政府の各行政部門に対して官官接待の改善を要求、公金による贈答品や宴席の要請を禁止するとともに、地方においても公金による贈答品や宴席を開くことを禁止した。現地視察の際には、随行人員をできるだけ少人数とし、接待を簡素化することで地方の負担を軽減する。逆に地方の責任者も空港や埠頭、駅などでの送迎を控える。そのほか、仕事以外の名所旧跡や風光明媚な地域の観光は控える。逆に言えば、官僚が今までいかに現地視察や出張の名を借りて、贈答品の交換や大宴会、名所旧跡巡りの観光旅行に興じていたことがわかる。

今回の綱紀粛正とぜいたく禁止令により当然、外食や旅行産業が打撃を受けた。贈答用のギフト券販売が急激に落ち込んだため、大手百貨店が受けた影響も小さくない。江蘇省の地元百貨店の雄であるゴールデン・イーグル(金鷹・3308)は年初1月7日につけた20.4香港ドルから4月2日には13.10香港ドルまで急落した。一方、高級官僚の宴会の席の必需品である高級酒のマオタイ酒や五糧液の値段も急落した。マオタイ酒(500cc、52度)の価格は2012年1月の最高値1本2047元から今年3月には1621元まで急落、五糧液(500cc、52度)の値段も同じ期間に1本1213元から1018元まで下落した(表)。

 高級官僚の汚職の象徴とされた外国製の高級腕時計や高級アパレルブランド、輸入高級車の販売も落ち込んでいる。これらの有力銘柄や関連銘柄はいずれも株式市場で大きく値を消すことになった。

 例えば、中国の主要都市でレクサスやホンダなど高級日本車やベンツなどの輸入販売を手掛ける中升控股(881)は2月21日高値の13.50香港ドルから4月3日には9.20香港ドルまで急落した。対日感情の悪化だけが原因でないことは、ライバルの正通汽車服務(1728)が1月23日高値7.48香港ドルから4月2日には4.45香港ドルまで値を下げたことから明白だ。正通汽車服務はランボルギーニやポルシェ、アウディ、ボルボなど欧州系高級車の輸入販売に特化している。

 下げ幅だけを見れば、中升の32%に対して、より高級感の強い正通汽車は42%に達した。欧州製の高級時計の輸入専門店である東方表行集団(398)は1月16日高値3.28香港ドルから4月9日安値は2.06香港ドルまで暴落、下げ率は37%となった。

「魔女狩り」も流行

輸入高級車に関しては、習近平氏の側近であった高級官僚の子息が昨年末、北京でガールフレンドらとランボルギーニを暴走中に事故死したことも悪材料となった。結果、高級官僚本人が閑職に追い込まれるなど、事実上失脚したことが一般民衆にも知れ渡った。また、高級腕時計は中国のネット市民の間で、高級官僚の腕時計のブランドや価格を報道写真から割り出すような一種の魔女狩りが大流行。地方幹部が数十個保有していた外国製腕時計の資金源を追及されて失脚したり、中央政府の幹部の中にも数千万円相当の腕時計着用が発覚してもみ消しに奔走したりする事態などが散見される。

綱紀粛正がもたらした実体経済への影響はそれだけではとどまらない。贈答品や接待が禁止されたことで、地方政府や国有企業の資材や事務機器、備品、什器などの発注担当者が、とりあえず様子見を決め込んだ。今回の無駄遣い禁止令が一過性のものだとすれば、このタイミングでの発注は、それこそ既得権の「無駄遣い」になってしまう可能性があるためだ。

 オフィスのコピー機械が壊れて現場から悲鳴が上がっても知らんぷりで、出入りの業者が以前のように「正常」に戻るのをひたすら待っているような官僚も少なくないという。もちろん、あまりに見え透いたことをすれば進退にかかわるため、最低限の発注は出してはいる。それでも冒頭に述べた景気回復の遅れにつながっている面があることも、誰も否定できないだろう。

窮地を救った習近平夫人、彭麗媛氏

こうした綱紀粛正(自主規制も含まれよう)で沈鬱な空気が流れる中、一服の清涼剤となったのがファーストレディ効果。習近平主席夫人の彭麗媛が3月末の初めての外遊時に国産ブランドの衣服を身にまとっていたことで、上海株式市場では関連銘柄が買い上げられた。

 ブランドは広州市の「例外」(EXCEPTION de MIXMIND、未上場)。価格帯は女性用スーツが一着7000〜1万人民元(10万〜15万円)と決して安くはないが、それでも欧米ブランドと比べれば雲泥の差がある。写真が公表された翌日の本土株式市場では、ハイエンド婦人服のLANCY朗姿(002612・CH)がストップ高、皮革ジャケット専門メーカーのKAISER凱撒(002425・CH)が3%超も買われたほか、大楊創世(600233・CH)など国産男性用ブランドアパレル関連もツレ高となった。

 大楊創世は習近平が今回外遊時に着用したスーツメーカーと言われる。残念ながら、LANCYの上昇は一過性にとどまったが、KAISARと大楊創世は中国株相場が上値の重い中、4月中旬に入っても強含み基調を維持している。現地の専門家は、これまでの欧米を中心とした舶来ブランド信仰が後退するひとつのきっかけになるかもしれないと、好意的な見方を抱いてるものも少なくない。

綱紀粛正・ぜいたく禁止令でメリットを享受している業界にはカラーテレビも入りそうだ。今年の第1四半期のカラーテレビ販売台数は前年同期比43%増の1238.6万台、売上高は39%増の416.3億元と急増している。香港上場のスカイワース(751・HK)やTCLマルチメディア(1070・HK)などが4月に入っても右肩上がり基調を維持して、年初来高値を更新し続けている。宴会が禁止されて外出機会が減れば、自宅でおとなしくテレビやビデオ鑑賞でも、ということか。50インチが占める割合が2012年1〜3月期の6.7%から、今年の1〜3月期は11.5%に急増していることから、都市部での販売増が鮮明になっているといえよう。

スポーツ関連銘柄が好調

意外なところでこれから期待できるのが、スポーツ関連かもしれない。中国の国有企業のトップビジネスマンに趣味を尋ねると、真顔で「ハイキング」や「山登り」と答える者が多い。実際には中国各地で多くのゴルフ場が法律の抜け道を探して建設されていると伝えられるが、公式的には2004年からゴルフ場建設は違法となっている。本当はゴルフが好きでも公の席ではそう答えられない。とはいえ、当面はゴルフを避ける幹部や官僚が増えるのはほぼ確実。さらに、夜中の宴会が減れば、本当にハイキングやトレーニングジムなどの関連商品の需要が高まるとみられる。

 そんな中、香港市場ではスポーツウエア銘柄の値動きがしっかりしてきた。業界全体を取り巻く環境としては、ユニクロやH&Gなど海外ブランドの上陸とシェア拡大、2008年の北京オリンピックにあやかって大量出店した反動による数年にわたる在庫激増の反動――など決して楽観的になれるような状況ではない。ただ、大手スポーツウエアの安踏(2020・HK)や中堅の361°(1361・HK)といった銘柄の今年に入ってからの値動きは相場全体が下落トレンド入りした中でも、むしろ堅調に推移している。

 こうしたスポーツがらみでメリットを受けるものとして、実は台湾の有力企業も挙げられる。ジャイアントの英語名で知られる世界最大手の自転車メーカーである巨大機械(9921・TT)や追随する後発の美利達(9914・TT)などの値動きはまさに右肩上がり。年初から巨大機械は約10%、美利達は約40%も上昇している。美利達の強さは、スポーツ用マウンテンバイクや競技用自転車の需要の高まりを背景に、売上高に占める中国比率が今年40%を突破するとみられることが市場で好感されているようだ。

 日本の投資家にとって残念なのは、上述した中国高級アパレルブランドのほとんどが本土A株銘柄で、日本からの直接投資ができないことだ。中国側の市場開放の加速が待たれる。また、台湾企業についても日本の証券会社で取り扱っているところはまだ多くない。とはいえ、日本企業の間でも、こうした綱紀粛正やぜいたく禁止令を逆手にとってビジネス機会に転じるところも現れる可能性も十分にあると考える。