何でも外国語を使って、カタカナでおしゃれに表現する時代である。もっともらしく英語やフランス語を使うとかっこよく聞こえるものか。私はずっと出町診療所に通っているが、日程の都合で昨日はクリニックほりかわへ行った。同じ先生が診療所にいたりクリニックへ行ったりしている。診療所は人数も少なく牧歌的だが、クリニックは近代的で設備が整っている。何でも自動だ。クラークという職名があって驚いた。ロシア革命の時代はクラークと言えば大地主のことだったが、今は看護師の補助らしい。支払いも自動機を使って済ませる。医者がやることは同じなのに、なんだかよそよそしい感じだった。こうして言葉ばかりがおしゃれになって、肝心な人間的ふれあいがだんだんなくなっていくような気がする。カタカナの氾濫は、真実を隠してしまうのではないか。表面ばかりがきれいごとの世の中はつまらない。

 木下そんき作詞・作曲の表題の歌が復活した。おそらくほぼ60年前の、若い紡績女工がたくさん働いていた時代に生まれた歌である。昭和30年代は全般に暗く貧しく、賃上げ闘争や警職法、三池闘争、そして安保闘争が全国的に広がっていた。そうした中でうたごえ運動が盛んに繰り広げられて、多くの闘いの歌が生まれた。23日に行われた9条の会でこの歌を紹介したところ、大半の人が知らなかったが、よく歌ってくれた。

 ふりそそそげ春の陽  そだちゆけ青草
 美しいふるさとに  二度といくさを許すな
 花には太陽を   子どもらには平和を

 時を経て内容は少しも古くなっていないどころか、ますます大切になっている。

 今年の里山クラブの比叡平小学校への研修は、すべて終了したと考えていた。ところがどっこい、もう一度やってほしいという。しかも現場作業だけでなく、「自然を守るとは」「森を大切にするとは」どういうことか。「大量のゴミを整理した経過から木を植えるまで」等々の様子を教えてやってほしいという。取りあえず来週の予定を組んだ。当然4年、3年別々だ。これは幹事一人一人でしゃべることが異なるかもしれない。手をつける前と整備後を写真で比較紹介してほしいと言われても、古い写真はない。昭和30年代の航空写真があると思うが、そこまでやるのか。それやこれや考えると、小学生に分かりやすく説明することは、むずかしいことかもしれないのだ。慣れていない人間には、10歳の子どもに対する授業がどのように行われているかよく解らない。何でも適当にしゃべればいいというものでもあるまい。

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