9月21日はわが生涯の恩師・山岡亮一氏の命日になる。20数年前に物故されたが、一度も欠かさず墓前に花と歌を捧げてきた。歩ける限り、今後も続けるつもりでいる。銀閣寺道で花を求め、神楽が岡を南へ歩く。このあたりの風情はまったく変わらない。萩の寺、真如堂の門前を通り過ぎて黒谷金戒光明寺北門に達する。真っ直ぐ進んで中ほどから左へ坂を上ると、西翁院の墓地に至る。山岡家の墓地はいとも簡素な、見過ごしそうな墓石が一つだけある。大きなツバキが目印になる。ここに先生と夫人が寄り添うように眠っておられる。生前は気さくなオヤジとして80の傘寿までお付き合いした。ゼミの歌としてOB会の会合のたびに高吟した「赤とんぼの歌」を、一番から4番まで、すべてうたう。最後に、

   夕焼小焼けの赤とんぼ とまっているよ 竿の先

 どんな会議でも短い方がよい。ところが会議になると必ず発言はするが、会議の進行を妨げるような発言をして混乱させる人がいる。自分がどういう発言をしたら会議の進行に協力できるか、何もわかっていないのだ。欠席している人から聞いたという伝言を伝えた者がいる。ところが要領を得ないので議長が困っていた。よく聞けば代言を依頼されたわけでなく、ただ噂として聞いただけの話しだった。中途半端に聞いた話をもっともらしくしゃべる。余計なお世話をするな。かと思うと会議の終わりが告げられた後で、あいまいなことを愚痴る。後から書面できちんと伝えると言っているのに、心配げにと問いただす。全体には聞こえない小さいな声で、ぼそぼそとしゃべるのも腹が立つ。会議はすべて、出席者全員の協力で明解に進行しなければならない。

 9月4日の台風で被害を受けた。瓦が少し外れたぐらいに思っていたら、意外に乱れがひどく、工事をすることになった。取りあえずは自分で屋根に上ってずれを直した。まだ長雨には見舞われていないせいか、今のいまのところ雨漏りはない。瓦屋に見積もりを頼んで工事を見てもらった。当然のこと、仕事が殺到して直ぐにはかかれないし、材料も不足している。それでも何とか9月中にやってもらうことになった。比叡平に住んで20年にして、初めての工事である。築40年の平屋だから、補修が完了すれば、まだ当分住むことが出来る。元々日本画家が丹念に作った庭つきの家なので、大切に使っていきたい。

↑このページのトップヘ